意思決定の重要な特徴

意思決定の重要な特徴
簡単な実験から始めよう。
まず、目の前に2つのコインがあることを想像してもらいたい。それぞれに
ひずみがあり、コイントスをしたときに「表」が出る確率は、コインAは55パ
ーセント、コインBは45パーセントである。チャンスは一度だけ。自分が選ん
だコインで「表」が出れば1万ドルが非課税でもらえ、「裏」が出れば1セン
トももらえない。
コインA:表が出る確率は55%
コインB:表が出る確率は45%
コインAに賭けたとしよう。コインは空中に舞い上がり……落下する。結果
は「裏」。お金はもらえない。そして、コインBを選んでいたらどうなってい
ただろうと、試しに投げてみる。結果は「表」
この際、コインAを選んだ決断を、皆さんはどのように評価するだろうか。
7点満点(『明らかに間違った決断』は1∼、『明らかに正しい決断』は7)で
答えていただきたい。
答え:
次に、別の状況を考えてもらいたい。
今度は、皆さんが小さな会社のCEOであり、唯一の経営者であるとする。
現在、2つの新製品のうちの1つを実際に市場に投入する予定で、その決断を
迫られている。製品Aは、成功する確率および失敗する確率が、それぞれ55パ
ーセントと45パーセントであり、製品Bは、逆にそれぞれ45パーセントと55パ
ーセントである。成功すれば、税引後の純利益1万ドルを個人的に手にするこ
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Chapter1 ◎メタ意思決定の重要性
とになるが、失敗すれば何も手に入らない。これらの確率予測は、現時点で知
りうるすべての情報をもとにしたもので、市場調査、類似製品の過去の実績、
各製品に特化したマーケティング・プラン、それらマーケティング・プランの
実行品質についての現実的予測などが考慮され、さらに、ライバル企業の反応
や突発的なライバル企業の参入の可能性といった外部要因も考慮されている。
皆さんは、製品Aを選択し、失敗する。しかし、最大のライバル企業が突発
的に製品Bを投入し、成功する。
さて、製品Aを選択した自分の決断を、先ほどと同じように7点満点で評価
していただきたい。
答え:
どうだろう。満点の7点をつけられただろうか。つまり、与えられた情報を
考えれば、それが最良の決断だったとお考えだろうか。それとも、不満足な結
果を見て、どのように評価すべきか迷っておられるだろうか。この2つの質問
にどのように解答されたかによって、皆さんの意思決定の重要な特徴が明らか
になる。つまり、
「2つの選択肢を天秤にかけるというプロセスを中心として、
自分の意思決定の質を評価したか」「得られた結果からの偏見をもとに評価し
たか」である。
経営者教育セミナーで同じ質問をしてみると、ほとんどの経営者は、数学的
な確率をもとにコインAを選択したのは、正しい決断であったと答える。しか
し、7点(満点)をつけることには賛成しないし、6点でさえ反対する人も多
い。中には、完全に誤った決断だとする人もいる。
つまり、失敗に終わった結果を見てしまえば、優れた意思決定プロセス(成
功の可能性の高いコインを選ぶこと)を認める気にはなれないのである。さら
に、同じ質問を製品投入のような事業に絡むケースに当てはめてみると、7点
をつけようとする人はさらに少なくなる。失敗という結果が、さらに心に重く
のしかかるからである。
意思決定の質に注目する
このように、ほとんどの意思決定者が結果を重視しているということは、決
して驚くべきことではない。なぜなら、ほとんどの組織が、決断の結果を見て
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その人を評価するからだ。大きな成果を上げれば、昇給やボーナスが与えられ
る。担当したプロジェクトがうまく行けば、昇進の機会が与えられ、失敗すれ
ば、うまみのある仕事への配置換えは見送られる。組織がこのように結果を重
視するのも、ある程度は理解できることである。それにはいくつかの理由が考
えられるが、その1つは、結果の方がプロセスよりも評価が容易で、より客観
的な判断が下せるということだろう。「導入を決めた新しいサービスや製品が
利益を上げているかどうか」または「統率するチームがうまく機能し、課せら
れた仕事が時間通りに予算内でやり遂げられたかどうか」といったことは評価
が容易なのである。
しかし、結果が重視されるのは、このように評価が簡単なことだけが理由で
はない。多くの人々は、「結果がよければ必然的に利用されたプロセスもよか
ったに違いない」と信じているのである。また、その逆に、「結果が悪ければ、
それは必然的にプロセスが粗末なもの、または不適切なものだった」と想定す
るのである。
ある事業部長は、私たちに次のような質問をもち出したとき、明らかにこの
ような見方をしていた。「3人の部下のうち、1人を昇進させることができる
とします。実績を見れば、1人は間違った判断を下す確率が50パーセントもあ
り、もう1人は25パーセント、最後の1人はまったく間違ったことがないとし
ます。さて、私がどの部下を昇進させると思われますか?」。彼は、私たちが
最後の1人、つまり1度も間違いを犯したことのない部下だと答えることを予
想していた。
しかし、私たちはその質問に答えるかわりに、次のような質問を返した。
「どうしてあなたは、間違った判断を下したことのない部下のことを評価する
ことができるのですか。私たちが知る限り、間違いを犯さないようにするには、
何もしないこと以外に方法がないのです」
1つの失敗によって昇進が絶たれる可能性のある組織や、失敗が結果だけで
判断される組織では、誰もが決断を下すのを恐れるようになるだろうし、何を
するにしても、腰が引けてしまうに違いない。結果重視の姿勢は、幸運に報い、
不運を罰するという危険性をもたらすことにもなる。しかし、反対に、もしそ
の部長がプロセスを重視すれば、昇進に最もふさわしい候補者を見つけること
が実際にできるはずである。だが、残念ながら、彼は納得してくれなかった。
皆さんはどうだろう、納得していただけるだろうか。
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Chapter1 ◎メタ意思決定の重要性
本書全体を通じて私たちが主張しているのは、意思決定でよい結果を出そう
とすればよいプロセスを用いなければならない、ということである。それは、
意思決定者は実際に自分がコントロールできるものに焦点を絞るべきだ、と私
たちは考えているからである。
「プロセスか結果か?」のジレンマをよりよく理解するために、よい結果は
どのようにして生まれるのか、ということを考えていただきたい。まず、結果
に影響を与えるものとしては、次の3つの要素が挙げられる。
①決断(思考および意思決定プロセス)
②実行(決断したことがらの履行と、コントロール可能な他の要素)
③偶然(コントロールできない要素、運)
偶然の範囲に入る要素をコントロールすることはできない(ただし、コント
ロールできる要素を増やし、できない要素をなるべく少なくすることは、可能
である)
。つまり、たとえ優れたプロセスが優れた行動と結びついたとしても、
100パーセントよい結果がもたらされる保証はないのである。不運はすべての
人間に訪れる。しかし、よい結果が最大の確率で保証されるのは、優れた思考
および意思決定プロセスが、優れた行動をともなったときであることは明らか
● 図1-1 結果を左右する3つの要素
②実行
①決断
結果
③偶然
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である。
幸いにも、組織が結果だけを評価する傾向はしだいに弱まりつつあるようだ。
米国の前財務長官であるロバート・ルービンは、次のように語っている。
「意思決定はその結果のみで評価される傾向にあるが、正しく評価するには、
意思決定自体の質に注目する必要がある……。結果が重要でないと言っている
のではない。結果は重要である。ただ、正しい意思決定を行なうには、時には
リスクを取らなければならないのに、それが結果だけで判断されるとすればリ
スクを取ることに臆病になってしまうだろう。これは重大な問題である。もっ
と簡単に言えば、意思決定の評価方法は、意思決定の方法そのものに影響を与
える、ということである。もし結果だけを重視するのではなく、質を基本に判
断が下されるようになれば、公共サービスも改善されるだろうし、議員や役人
も、もっと効果的な仕事ができるようになるに違いない。財務長官をしていた
ときもウォール街で働いていたときも、私は何度も困難な決断を迫られた。し
かしポイントは常に、よい結果を出すにはよい意思決定が鍵となる、というこ
とだった。そのためには、絶対的な解答を退け、不確実性を心得ていなければ
ならない。可能性を天秤にかけなければならない。不確実性を恐れてはならな
い。そして意思決定は結果だけでなく、その意思決定がどのようになされたか
ということからも評価されなければならない」
優れた意思決定プロセスを用いて、よい結果で報われた人は、まさに称賛に
値する。しかし、優れたプロセスを用いたのに失敗してしまった人も、称賛に
値する。たまたま運が悪かっただけかもしれないからだ。逆に、拙い意思決定
プロセスを用いたにもかかわらず、際立った成功を収めた人は、称賛にも昇進
にも値しない。この幸運な人の成功は、単なるまぐれかもしれないからだ。そ
のようなまぐれは起こりえる。しかし、まぐれに自分のキャリアをかけようと
する人などいないだろう。幸運だけをあてにすることなどできないのだ。
したがって、ここで、本章の最初で評価していただいた2つの意思決定につ
いて、もう一度考えていただきたい。明らかに正しい決断であるという7点を
つけられなかった人は、今ならどうだろう。まずそのことを考えてから、読み
進めていただきたい。本書では、何が優れた意思決定プロセスの基本的な要素
なのかということについて、私たちが突き止めたことを指し示していく。
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Chapter1 ◎メタ意思決定の重要性
小さな
よい結果が出る可能性が最も高いのは、優れた意思決定プロセスが、う
まとめ
まく実行されたときである。
● 図1-2 プロセスと結果のマトリックス
結果
良い
悪い
良い
当然の成功
不運
悪い
まぐれ
当然の失敗
意思決定に利用
されたプロセス
優れた意思決定のための4段階のプロセス
「ねぇお願い、ここからどっちに行けばいいのか、教えていただけないか
しら」アリスは尋ねました。「それは、まったくもって、どこに行きたい
か次第だよ」猫は答えました。
「どこでもいいのよ」アリスは言いました。
「じゃあ、どっちに行っても構わないじゃないか」猫は答えました。
ルイス・キャロル、『不思議の国のアリス』より
アリスと違い、われわれは、どこに行き着いてもいいとは考えていない。し
たがってどの道を進むかは、重要な問題である。ルイス・キャロルが好んで描
いたような混乱した世界に行き着かないようにするには、首尾一貫した道路地
図を準備しなければならないのである。
意思決定のプロセスを4段階に分ければ、まさにこういった地図を手にする
ことができる。この4段階のプロセスとは、次のようなものである。
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第1段階 フレーミング
フレーミングとは、問題をどの角度から見るのかを決定し、その状況の中で
重要と考えられる側面および重要と考えられない側面について、基本条件を設
定することである。このことによって、どのような基準によってある選択肢が
別の選択肢より優れていると考えられるのかが、割り出される。
第2段階 インテリジェンスの収集
インテリジェンス、つまり情報を収集する者は、「知ることのできる事実」
と選択肢を集め、「知ることのできない事実」を評価することで、不確実要因
が残る中での意思決定をも可能としなければならない。自分の考えに対する過
信や、自分の考えを裏付ける情報だけを収集しようとする傾向など、意思決定
者がひっかかりやすい落とし穴には十分に気をつける必要がある。
第3段階 結論の導出
堅実なフレーミングと優れたインテリジェンスだけで、賢明な意思決定が約
束されるわけではない。勘と経験だけでは優れた意思決定を引き続いて行なう
ことはできないし、たとえ十分なデータが目の前に揃っていたとしても無理で
ある。体系的なアプローチを取れば、より正確な選択が可能となるし、闇雲に
考えるよりも、時間的にもずっと効果があがる場合が多い。これは特に、集団
で意思決定を行なう場合に言えることである。
第4段階 経験からの学習
意思決定者は、過去の意思決定の結果を筋道立てて学ぶことによってのみ、
引き続いてその技能を磨くことができる。さらに、決定事項が最初に実行に移
されたときから学習をスタートさせれば、その意思決定や実行計画を初期段階
で修正することができる。このことに、成否が左右される可能性もある。
もちろん現実の世界では、私たちが示すこの4つの段階も一直線のプロセス
とはならないし、それぞれがこれほど明確に分かれているわけでもない。実際
のところ、「インテリジェンスの収集」段階で発見された情報を検討したとき、
1つ前の段階に戻って、意思決定をリフレーミングしなければならないことも
ある。また、問題が複雑になれば(例えば事業の再配置など)、小さな意思決
定を何度も繰り返す必要があるかもしれない。その場合、フレーミング、イン
テリジェンス収集、結論の導出の各段階を、何度も繰り返すことになることも
考えられる。
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Chapter1 ◎メタ意思決定の重要性
このように、意思決定とはそもそも複雑なプロセスなのだが、そのプロセス
を段階別に分けて考えることは、非常に役に立つ。なぜなら、自分がどの意思
決定段階にいるのかをいつでも心得ていられるようにしない限り、各段階の固
有の間違いを防ぐことなどできないからだ。そして、いったんその段階と段階
に潜む代表的な罠を心得れば、
それらの間違いを防ぐことは難しいことではない。
この4段階のプロセスは、あくまでも枠組みであり、厳格なルールではない。
したがって、直面する意思決定に応じて、必要だと感じる範囲で守ってもらえ
ばいい。つまり、柔軟に使っていただけばいいのである。しかし、誰もが必ず
最初の3つの段階は経なければならない。それらは、必ず実行されるプロセス
であり、うまく対処されることもあればそうでない場合もある。体系的に処理
されることもあれば、場当たり的に処理されることもある。もし突き当たって
いる問題にとって極めて重要な段階で手を抜けば、いずれ、そのつけを払わさ
れることになる。
● 図1-3 意思決定プロセスの4つの段階
〈第1段階〉
〈第2段階〉
〈第3段階〉
フレーミング
インテリジェンス
の収集
結論の導出
〈第4段階〉
経験からの学習
最初の2段階には基本的に拡張性がある。つまり、選択肢を増やしたり、仮説に疑問を投
げかけたり、知識を増やしたり、解釈を拡大したりするのである。後の2段階には対照的に
収束性がある。好ましい選択肢を絞り込んだり、学習したことを簡潔にまとめ、将来のため
の教訓としたりするのである。
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どの段階にどれだけ時間を費やすべきか
これら4つの意思決定段階を管理する際の鍵となるのは、それぞれの段階に
どれだけの時間を費やすかということである。意思決定の訓練を受けていない
人は、時間を無計画に割り当てており、そのため、フレーミングを完全に見過
ごしたり、直接インテリジェンスの収集にかかったり、経験から学ぶことなし
に次の意思決定へと突き進んだりしている。
そこで、次のエクササイズに挑戦していただこう。
まず、皆さんが最近突き当たった重要な意思決定について、考えていただき
たい。例えば、
「欠員のあるポジションに誰を推薦するか」「どのコンサルタン
トまたは受託業者を雇うか」「担当しているプロジェクトの予算やスケジュー
ルは妥当なものか」「試験的に始めた事業を拡大(または中止)すべきか」
「新
しい製品またはサービスを投入すべきか」といったこと。または、日常的に直
面する数々の意思決定について、考えてもらってもいい。さて、皆さんはその
意思決定の4つの段階に、どのように時間を割り振っただろう。その意思決定
に費やした時間のうち、何パーセントをフレーミングに割り当てただろう。イ
ンテリジェンスの収集はどうか。結論の導出ではどうか。経験からの学習には
どれだけの時間を使ったか。そして、今後、同様の決断を下すことがあったと
すれば、皆さんはどのように時間を割り当てるだろう。
【エクササイズ】
皆さんは意思決定の時間をどのように使っているだろうか?
最近行なった意思決定において、時間をどのように割り当てたか書き込んで
ください。
段階 時間の割り当て
フレーミング ――%
インテリジェンスの収集 ――%
結論の導出 ――%
経験からの学習 ――%
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Chapter1 ◎メタ意思決定の重要性
100%
経営者教育セミナーで参加者に同じ質問をしたところ、下の表にあるような
結果がでた。「現在の時間の割り当て」をみると、大半の時間は、インテリジ
ェンスの収集と結論の導出に当てられていて、フレーミングに費やされている
時間は、4つの段階で最も少ない。また、経験からの学習に割り当てられてい
る時間は、平均して全体の13パーセントでしかない。
しかし、セミナーの終了時には、これらの経営者たちも今後はフレーミング
と経験からの学習とをより重視すると語る。優れたフレームがあれば、どのよ
うな情報をどのように収集するかを指示することができる。したがって、情報
収集の多くを人に任せることができるし、選択自体に頭を悩ませる時間も減ら
せるのである。
経営者たちは意思決定の時間をどのように使っているのか?
段階 現在の時間の割り当て 今後の時間の割り当て
フレーミング 12% 22% インテリジェンスの収集 40% 33%
結論の導出 35% 22%
経験からの学習 13% 23%
どのように決断するかを決断する
意思決定におけるこれら4つの段階は、優れた意思決定プロセスには欠かせ
ないものである。しかし、熟練した意思決定者は、ある程度の時間を割いて、
プロセスそのものを選択しなければならないと考えている。
つまり、第1段階に進む前に、意思決定全体の性質を決定づけるような選択
をするのである。この準備段階では、意思決定の性質を評価し、何を決断する
かを決断し、意思決定プロセスのどの段階が最も重要かを見極め、各段階にど
のように時間を割り当てるかを検討し、意思決定をどのように管理し、どのよ
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