高性能エンジン油用粘度指数向上剤 - 「はたらき」を化学する 三洋化成

活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス
101
高性能エンジン油用粘度指数向上剤
中田繁邦
当社潤滑油添加剤研究部ユニットチーフ
[ 紹介製品のお問い合わせ先 ]
当社石油・環境本部石油・機械産業部
近年、地球温暖化防止に向けた
対応策として、車両の軽量化、エ
潤滑油は温度変化に対する粘度変
環境保護と石油資源枯渇問題の観
ンジンの燃焼効率向上、エコドラ
化の小さいことが望ましい。この
点から、CO₂ 排出量の削減や省エ
イブ支援システムなどが進められ
粘度変化をコントロールする役割
ネルギーへの取り組みが盛んに行
ており、その1つに潤滑油の高性
を果たすのが、粘度指数向上剤
われている。国内のCO₂ 排出量で
能化が挙げられる。
[図
見ると、運輸部門は2割を占め
自動車では、エンジン油、駆動
下VII)であり、粘度指数向上能が
1]
、その内、自動車の排出量が
油など低温から高温(自動車の場
大きいほど燃費向上への効果が高
9割に当たることから、自動車の
合はおおよそ−30∼150℃の範
い。
燃費向上や交通網整備などの関連
囲)に至る広い温度領域で、潤滑
本稿では、VIIの一般的な機能と
法案の改正や施策が実施されてい
油が使用されている。潤滑油は一
エンジン油の規格動向、そして燃
る。燃費基準については、国土交
般の液体と同様に、高温では粘度
費向上に有効な省燃費対応エンジ
通省と経済産業省主催の分科会で
は低く、低温では粘度が高くなる
ン油用VII『アクルーブ』について
2020年度を目標とした最終取り
性質を示す。高速走行時のような
紹介する。
まとめが発表され、企業単位とし
高温下では、潤滑油の粘度が低す
た乗用車の燃費基準が 20.3㎞ /ℓ
ぎると金属上の油膜が薄くなるた
VIIの主成分は油溶性高分子であ
(2009年 度 実 績:16.3 ㎞ /ℓ、
めに、摩耗や焼き付けといった問
る。その作用機構は、油中でのポ
2015年度燃費基準17.0㎞/ℓ)ま
題が起こる。一方、冬場の始動時
リマーの溶解状態の変化を巧みに
で引き上げられる予定であり、欧
のような低温下では、粘度が高す
利用している。高温になると潤滑
米諸国についても、燃費規制の強
ぎると粘性抵抗が大きくなるため
油に対する溶解性は上がり、分子
。この
化が予定されている[図2]
に燃費を悪化させる。したがって、
鎖は伸びて広がった状態をとるた
(Viscosity Index Improver、以
廃棄物 2.5%
エネルギー転換部門
7.0%
工業プロセス
3.5%
VII の作用機構・組成
20
17.8
17.6
18
16.6
燃費
運輸部門
20.6%
総排出量
約11億4,500万㌧
産業部門
33.9%
16
35.0mile/gal
14.9
(㎞/ℓ)
14
12
民生(業務)部門
18.8%
16.8
27.5mile/gal
11.7 10
民生(家庭)部門
14.1%
米
CAFE
米
米カリフォルニア州 EU2008年 EU2012年 日本2015年
2020年法案 2015年 CO2-140g/㎞ CO2-130g/㎞ 推定値
出典:日本自動車工業会
出典:独立行政法人国立環境研究所
図1●日本の部門別 CO2 排出量の割合
(2009 年度)
図2●各国の乗用車の燃費規制比較
(日米欧)
三洋化成ニュース ❶ 2013 新春 No.476
230 ポリマーの溶解状態
220 210 高粘度の基油B(VIIなし)
基油のSP値
(約8.2)
PMA
粘度指数
200 低粘度の基油A+VII
粘度
適正粘度範囲
不 溶
190 180 170 OCP 低粘度の基油A(VIIなし)
160 150
7.5 8 8.5 9 9.5
VIIのSP値
低温 温度 高温
図3● VII の溶解状態、粘度挙動の模式図
図4● VII の SP 値と粘度指数との関係(基油に配合時)
め、潤滑油の粘度を大幅に増加さ
イソブチレン(PIB)系およびスチ
質となるVIIの溶解度パラメーター
せる。逆に低温ではポリマーの溶
レン/イソプレン(SCP)系などに
(SP値)差に起因する。SP値とは、
解性が下がり、分子鎖は凝集し丸
分類でき、OCP系とPMA系が主
溶媒への溶質の溶解のしやすさを
まった状態となるため、潤滑油の
に使用されている
[表1]
。
示す指標であり、溶質のSP値と
粘度はそれほど上昇しない。その
OCP系は増粘作用が大きいため、
溶媒のSP値差が小さいほど溶解
ため、低粘度の基油に添加すると
少量の添加で所定の粘度に調整可
性が高く、その差が大きいほど溶
潤滑油の粘度を適正範囲に保つこ
能であるが、粘度指数向上能は小
解性が低くなる。
[図3]
。
とができる
さい。一方、PMA系は増粘作用が
VIIのSP値とVIIを添加した潤滑
VIIは重量平均分子量が1∼50
小さく添加量が多いが、粘度指数
油の粘度指数との関係を図4に示
万程度であり、化学組成からオレ
向上能に優れている。PMA系が
す。基油(SP値=約8.2)に対し、
フィンコポリマー(OCP)系、ポ
OCP系に対し粘度指数向上能に優
SP値差が小さいOCP系(SP値=
リメタクリレート
(PMA)
系、ポリ
れる理由は、溶媒である基油と溶
約8.2)
は、基油への溶解性が高す
ぎるために低温でも分子鎖が広が
表1● VII の種類
ポリマーの種類
(略称OCP)
ったままであるのに対し、基油と
のSP値差が大きいPMA系(SP値
−−CH₂−CH₂−−−−CH₂−CH−−
−
−
オレフィンコポリマー
化学構造
=9.0∼9.2)は、溶解性が適度に
CH₃
低いため低温での分子鎖の広がり
が特に小さく、高温での広がりと
CH₃
(略称PMA)
の差が大きくなるため粘度指数向
−
− −
−
ポリメタクリレート
−−CH₂−C−−−−−−
上能が優れる。
COOR
粘度指数向上能のもう1つの因
子として、VIIの重量平均分子量が
ポリイソブチレン
(略称PIB)
−
− −
−
CH₃
関係する。VIIの分子量とVIIを添加
−−CH₂−C−−−−
−
した潤滑油の粘度指数との関係を
CH₃
図5に示す。VIIの分子量が大きい
ほど粘度指数が高くなる。
(略称SCP)
−
−
共重合体の水添物
−−CH₂−CH₂−−−−
−−CH₂−CH₂−CH−CH₂−−−
一方で、油溶性高分子であるVII
CH₃
は、機械のしゅう動部分(エンジ
−
−
スチレン/イソプレン
ン内のピストンとシリンダー壁の
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高性能エンジン油用粘度指数向上剤
50
300
粘度指数(左目盛り)
粘度低下率(右目盛り)
30
粘度低下率
粘度指数
220
排気
吸入
40
260
180
20 (%)
140
10
密 封
潤 滑
清 浄
冷 却
衝撃吸収
防 錆 0
100
1 10 100
重量平均分子量(万)
出典:マツダ㈱HP
基油にVIIを添加して100℃動粘度を7mm2/sに調整した。せん断条件:JASO M347-95
図5● VII の分子量(Mw)
と粘度指数および、せん断安定性との関係
図6●エンジン油の役割
すり合わせ部分)で生じる高いせ
格であり、ハイフンの前の5W、
費性を満足したエンジンオイル処
ん断力を受けて徐々に分子鎖が切
0Wは低温粘度を表しており、数字
方に対し認定が行われる。この規
断されてしまう。せん断力は、分
が小さいほど低温特性が優れてい
子量が大きいほど強く受けるため、
る。また後ろの30、20は高温粘
格が改定されるごとに省燃費性能
が強化され、
現在はGF-5/SNが最
VIIの分子量が大きくなると粘度低
度を表しており、数字が小さいほ
新規格となっている。
下率が大きくなる。この分子鎖切
ど高温粘度が低く、燃費特性が高
断による粘度低下の割合でせん断
これまでエンジン油用VIIは安価
安定性を評価し、潤滑油の長寿命
い。日本の低燃費自動車の多くは、
0W-20グレードが使用されている。
化のためには、粘度低下が小さい
この規格のうち、以下の3項目
満たすOCP系がほとんどであった
ほうがよい。
は粘度特性に関する項目であり、
が、ILSAC /API 規格によって省
分子量が小さいほどVIIのせん断
VIIにより調整される。
燃費性が強化されたため、粘度指
安定性は向上するが、分子量は粘
①100℃動粘度の上下限:上限動
数向上能が優れるPMA系が使用
度指数にも関係するため、VIIの分
粘度はオイルによる抵抗度、下限
されるようになってきた。
子量は用途に応じて最適化される。
動粘度は油膜による潤滑性を保証。
エンジン試験による省燃費性は、
②150℃高温高せん断粘度(HTHS
前述のHTHS粘度の80∼100℃測
エンジン油には、ピストンとシ
粘度)の下限:しゅう動部で起こ
定値が低いほど優れているといわ
リンダー壁の摩耗を防ぐ潤滑性の
る高温、高せん断下での最低粘度
れている。つまり、150℃ HTHS
ほかに、気化室の気密を保つ密封
を規定しており、油膜切れによる
粘度の最低粘度を保証しながら、
性、エンジン内部の清浄性、冷却
焼き付き、摩耗の防止を保証。
80∼100℃ HTHS粘度をより下
性、防錆性、衝撃吸収性といった
③低温特性(CCS粘度、MRV粘
げることが求められ、粘度指数向
役割[図6]が必要であり、種々の
度)
:CCS粘度はピストンを上下す
上能が優れるPMA系がOCP系に
添加剤によって実現している。こ
る際の限界粘度、MRV粘度はエン
比べて有利である。
のエンジン油の性能はSAE(米国
ジン底にたまった油をポンプによ
PMA系においてさらに省燃費
自動車技術者協会)粘度分類と
り吸い込みができる限界粘度を規
性を向上させた高性能PMA系VII
ILSAC(国際潤滑油標準化認定委
定しており、
低温でのエンジン始動
『アクルーブ』シリーズについて、
員会)/ API(米国石油協会)規
性を保証。
格によって規格化されている。
SAE粘度分類は、5W- 30や0W-
ILSAC /API規格は、エンジン
試験による各粘度グレードの省燃
ブ』シリーズ
20と表記したマルチグレード規
費性を規定した規格であり、省燃
粘度指数向上能に優れたVIIを設
エンジン油の規格
三洋化成ニュース ❸ 2013 新春 No.476
省燃費に向けた VII の動向
かつ少量の添加でSAE粘度規格を
以下に説明する。
高性能 PMA 系 VII『アクルー
活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス
高性能エンジン油用粘度指数向上剤
想定して行った。150℃ HTHS粘
高
低
粘度指数
度を保証粘度の2.6mPa・sに設定
した場合、100℃、80℃ HTHS
高性能PMA系Ⅶ
粘度はOCP系従来品に比べ約30
%低減、PMA系従来品に比べ約
15%低減できている。これらVII
特殊モノマーでの高性能化
は燃費向上に大きく寄与し、日本
車を中心に省燃費対応エンジンオ
イルに使用されている。
『アクルーブV-5000』シリーズ
従来PMA系Ⅶ
は、せん断安定性やスラッジ分散
性のニーズに応じて『V-5090』
『V-5110』
『 V- 5130』をラインア
小 大 粘度低下率(%)
ップしている。
当 社 で は エ ン ジ ン 油 の ほ か、
図7●高性能 PMA 系 VII と従来 PMA 系 VII との性能比較
CVTF、ATF、ギヤ油などの自動
表2●『アクルーブ V-5000』シリーズと従来品の性能比較
性能項目
単位
非分散/分散
−
車駆動油、油圧作動液、工業用潤
アクルーブ アクルーブ アクルーブ
V-5090
V-5110
V-5130
従来品
(PMA系)
従来品
(OCP系)
滑油などに適したVII として『アク
非分散
非分散
分散
非分散
非分散
ルーブ』シリーズもラインアップ
HTHS粘度
(150℃) mPa・s
2.6
2.6
2.6
2.6
2.6
しており、幅広いニーズに対応し
HTHS粘度
(100℃) mPa・s
4.9
5.2
5.1
5.7
7.5
HTHS粘度
(80℃)
7.8
8.1
7.7
8.8
11.6
ている。
mPa・s
今後の展望
動粘度
(100℃)
mm²/s
7.32
7.87
7.18
8.70
8.05
動粘度
(40℃)
mm²/s
31.8
32.7
30.6
39.3
41.8
2016年をめどにILSACは、さ
CCS粘度
(−35℃)
mPa・s
5,500
5,050
5,100
5,800
5,500
MRV粘度
(−40℃)
mPa・s
10,200
13,200
14,000
15,800
15,000
Yield Stress
−
None
None
None
None
None
らなる省燃費性に対応した次世代
規格(GF- 6)への改定準備を進め
Bosch SSI
%
29.8
32.7
25.0
35.0
22.0
ている。当社はさらに技術を深化
させ、GF-6に適合する製品開発
を行っていく。
計するには、基油とのSP値差を
[図7]
。一方、粘度指数を従来と
大きくすること、分子量を大きく
同等にすれば、粘度低下率が小さ
当社はこれからも高性能かつ環
することが有効であることを前項
いため潤滑油の寿命を延ばすこと
境性能の高い製品の開発を通して、
で述べたが、それぞれ基油溶解性
ができる。
地球温暖化防止に貢献していく。
やせん断安定性と相反関係がある。
この技術は自動車の燃費向上な
当社の高性能PMA系VII『アク
ど低炭素社会の構築に大きく貢献
ルーブ』シリーズは、独自の技術
しており、当社は自動車エンジン
で設計した当社オリジナルの特殊
モノマーを従来のモノマーと共重
油用高性能PMA 系VII として『ア
クルーブV-5000』シリーズを上
合している。その結果、従来技術
市している。
では困難であった高いSP値でも
基油に溶解することができ、かつ
表2に当社の高性能エンジン油
用VIIである『アクルーブV- 5000』
低温域でVIIがより収縮しやすくな
シリーズを添加した潤滑油と従来
る 構 造 を 有 す る た め、 従 来 の
品を添加した潤滑油の性能を示す。
PMA系VIIとせん断安定性が同じ
性能評価は、日本車の主流であ
る最低粘度グレードの0W -20を
場合での高い粘度指数を実現した
三洋化成ニュース ❹ 2013 新春 No.476
参考文献
1)狩野美雄、松家英彦「粘度指数向上
剤(VII) の 機 能 と 用 途 」 潤 滑 経 済
No.383 p.12(1998)
2)
中西秀男
「粘度指数向上剤の動向」
ト
ライボロジストNo.48 p.890(2003)
3)由岐剛「低粘度潤滑油における粘度
指数向上剤の潤滑性向上技術」トライ
ボロジストNo.53 p.449(2008)
4)阿尾信博「潤滑油の低粘度化と粘度
指数向上剤の動向」潤滑経済 No.560
p.30(2012)