アジア太平洋新時代 における日印関係

経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
アジア太平洋新時代
における日印関係
経済広報センターは9月15日、経団連会館でインドジャーナリストによるシンポジウムを開催した。モ
デレーターは創価大学客員教授の榎 泰邦氏(元駐インド大使)
。各ジャーナリストによるプレゼンテーショ
ンの後、参加者からの質問をベースにディスカッションを行った。参加者は約120名。
い。また、東アジア経済統合の中核としてアセアン
ると考えている。しかしながら、日印間の人材交流
の存在を認めているものの、「アセアン+α」の枠組
は進んでおらず、インド人留学生は500人しかいな
みからは、インド、豪州、ニュージーランドという
い。
「親米派」と見なす国を排除しようとしている。他
民生用の原子力協力も始まっている。フクシマの
方、米国は、東アジアでの中国の覇権を恐れ、TP
事故で一時的に後退しているが、インドではエネル
P(環太平洋戦略的経済連携協定)を強力にサポート
ギーが不足しており、原子力の平和利用の流れは、
し、日本の参加も促している。
安全確保の確立とともに進むだろう。
こうした中、インドは「三国」が敵対すべきだとは
考えていない。インドは、中国が抱える課題に正面
から向き合う必要がある。日本、韓国、シンガポー
ルなども、東アジアの繁栄に向けたインドの役割に
期待している。東アジア各国は、中国との対話を進
インド洋の海洋安全保障と日印協力
ヴィディ ・ウパダイ
インド商工会議所連盟(FICCI)
シニア・アシスタント・ディレクター(防衛・航空宇宙担当)
めるべきである。
プレゼンテーション
日印の経済関係~今後の見通し~
ラジーヴ・アナンタラム
『ビジネス・スタンダード』紙
シニア・アソシエイト・エディター
東アジアの経済統合
~インドから見た可能性~
ジャヤンタ・ロイ・チョウドリ
アジア太平洋経済の域内統合
~日印の役割~
ラジャラム・パンダ
ムズ海峡に接しており、
それらの海峡が世界を
インド防衛問題研究所 シニア・フェロー
結ぶ要衝となっている。
『テレグラフ』
紙 シニア・エディター
ま た、 世 界 の 交 易 全 体
経済統合は、単なる経
の40 %、 コ ン テ ナ 船 の
イ ン ド は、1991年 か
1980年 代 の 中 国、90
済協定による自由貿易を
50 %、 原 油 タ ン カ ー の
らの経済改革により、工
年代のインドの発展に日
上回るものであり、その
70%が通過する非常に重要な海洋である。インド
業生産の許可制廃止や関
本を加えた
「三国」の経済
実現により、貿易やサー
洋は、世界各国にとっても、インドにとってもライ
税の引き下げ、金融市場
規模は、世界のGDPの
ビス、情報、人の移動な
フラインが集中する非常に重要な海域だ。
の自由化などを進めた。
約25 % を、 ま た、 こ れ
ど広範囲な自由市場の構
一方で、NATO(北大西洋条約機構)や各国によ
そ の 結 果、 そ の 後20年
ら「 三 国 」に 韓 国 と ア セ
築が可能となる。しかし
る警備にもかかわらず、海賊行為は後を絶たない。
間でGDP(国内総生産)
アン諸国を加えた
「東ア
ながら、各国の政策の違
インド海軍は、以前からインド洋での安全確保の
は世界9位となった(購
ジア」の経済規模は、約
いや安全保障、独自の規制など、実現のために避け
ために海賊対策に注力するとともに、人道支援や災
買力平価ベースに換算すると世界4位)。2000年以
30%を占めるまでに成長した。
「東アジア」は世界で
て通れない課題が多い。APEC
(アジア太平洋経
害支援などでも貢献し、周辺の小規模な沿岸諸国に
降の平均成長率は7%であり、貿易とともに、外国
最も経済成長率の高い地域であり、経済統合によ
済協力)や東アジア共同体などの国際メカニズムの
安全を保障してきた。インドと日本は、2008年に
からの投資も増加している。
り、欧米で続く経済混乱の影響を受けるリスクを回
構築と、課題解決に向けた対応が必要となる。
安全協力協定で合意済みであるが、インド洋の安全
インドと中国は、経済面では貿易・投資共に関係
避するとともに、輸出志向の国にとってはインドが
日本は、1960年代からの経済成長により、後に
確保のためには関係各国での枠組みづくりが重要で
が強い。国境紛争など政治的な緊張もあるが、経済
大きな市場となる。更に、インドはアフリカ・中央
シンガポールや韓国、台湾などの成長を促進し、域
あり、そのためにも日印はCEPAなど経済面だけ
面では着実に進歩している。一方で、日本との貿易
アジアを結ぶ架け橋となり得る。
内統合のプロセスを進めたと認識している。また、
でなく、安全保障面での協力も一層強化すべきであ
多額のODA(政府開発援助)という形でアジアに貢
る。
関係は中国と比較にならないほど小規模で、更なる
発展に向けたステップアップが必要である。
インドは90年代初頭より、経済開放とともに、
東アジア統合を視野に
「ルック・イースト政策」
を進
献してきた。しかしながら、日中・日韓の間にある
日印経済は、CEPA(包括的経済連携協定)発効
めてきた。一方中国は、南シナ海や東シナ海におい
靖国問題などが統合プロセスを遅らせる要因となっ
により今後の発展が期待できる。インド側は、価格
て領有権を強く主張し、存在感を高めてきた。その
ている。
競争力のある衣料分野、ジェネリック医薬品分野で
結果、中国を除く東アジア諸国はインドとの経済連
日本市場にアクセスし、競争力のある賃金での優秀
携を強めることとなった。
な人材の提供と、インド国内のインフラ整備などで
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イ ン ド 洋 は、 東 は マ
ラ ッ カ 海 峡、 西 は ホ ル
中国は、アジアでの米国の影響力を弱めるべく、
現在インドは、DMIC
(デリー・ムンバイ間産
業大動脈構想)やメコン川流域総合開発などの大型
インフラプロジェクトを進めており、CEPAによ
中国海軍の台頭とアジア太平洋の
海上安全保障
プラカシュ・ナンダ
『ウダイ』誌 論説委員長
『ジオポリティクス』誌 エディター
日本に貢献できる。一方、日本にはインドへのR&
インドを「平和的な隣国」と位置づけ、市場を取り
る今後の日印間の経済発展が期待される。インド国
D
(研究開発)進出も含めた事業展開を期待してい
込もうと考えているようだが、インドの「ルック・
内への日系企業の進出が増える一方で、日本のIT
アジア太平洋には世界の多くの大国が存在し、核
る。
イースト政策」に対しては何らコメントをしていな
技術者不足をインド人技術者で補うことも可能にな
保有国が6カ国存在する。また、日本・インド・中
〔経済広報〕2011年12月号
2011年12月号〔経済広報〕
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経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
国の3カ国合計の経済規
渉で解決する」と言っているが、中国は中核的利益
模は米国やEU(欧州連
確保のために、軍事力での解決を目指していると思
りょうが
合)を凌 駕するともいわ
われる。
況では印中FTA締結は難しいだろう。
大したのと同様、日印経済も発展の可能性は高い。
■アジア太平洋の海洋安全保障について
これまでは、インドを内需・国内市場中心に見てい
れており、21世紀の世界
アジア太平洋地域の安定のためには、各国間の勢
経済に貢献するのは、ま
力均衡を維持するとともに、国際的な協調に向けた
榎 日本にとってのインドの重要性は、インド洋の
ドを見る、あるいはR&Dセンターをインドに設立
さにアジア太平洋地域の
交渉に中国を含めることが重要である。アジア太平
重要性を知ることでよく分かる。海賊の襲撃などの
する、といった動きが出てきている。
各国である。
洋は、関係する全ての国が航行権を有するべきであ
緊急時にインド洋で最も頼りになるのはインド海軍
り、その保障に向けてインドも責任を果たしていき
であり、海上保安庁も海賊対策のために定期的に合
政治面も含めて日印間での広範な協力関係の構築が
たい。
ここ数年中国が海軍力
た企業が多かったが、最近では輸出基地としてイン
CEPA締結により、単に経済関係だけでなく、
同演習を行っている。2008年のシン首相来日時の
できたことも、両国にとってプラスである。例えば
認識していることがあると考えている。①外国市場に
インドの
「ルック・イースト政策」には、第3期
日印安全保障共同宣言以来、インドとの協力体制が
米国では、医者の4分の1はインド人であり、大企
アクセスするための、インド洋~太平洋のシーレーン
の現在では経済のみならず安全保障も含まれる。
強化されてきた。日本にとっては、共同宣言は米・
業のCEOもインド人が多い。優秀なインド人知的
の重要性、②東・南シナ海の地下資源をめぐる戦略的
また、対象地域にはアセアンだけでなく、豪州や
豪に次ぐ3カ国目であり、それだけインドの重要性
コミュニティーの存在が米国の活力を下支えしてい
重要性、③漁業権確保などの環境戦略、④東・南シナ
ニュージーランドも含む。
を認識しているということである。
る。
Q南シナ海での中国海軍の挑発的な行動を、インド
うが、日本もインドの知的労働者の積極的な受け入
を強化してきた背景には、指導層が次の6つの要因を
海における核戦略、⑤東・南シナ海での領有権主張、
今後、日本でも、労働市場の自由化が進むであろ
インドには、インド洋と太平洋を安全に繋ぐ、と
⑥東・南シナ海および、それ以外のエリアでの中核的
いう役割がある。中国とは対立せず、多国間協調の
利益確保
(海洋安全保障、海洋開発の利権主張など)
で
必要性を認識させ、多国間で安定した関係を構築す
ある。
る体制づくりが必要である。
はどのように見ているのか? れを検討すべきである。
また、CEPAによりインドでの小売業への参入
中国海軍の強化により、フィリピンなど近隣各国
Aルック・イースト政策の第3期には、アジア太平
規制が緩和される見通しだが、人口密度が日本に似
との間で紛争が起きている。中国政府は「紛争は交
洋全域が視野に入ってくることになり、海軍の戦略
ているインドでは、米国型のショッピングモールよ
にも繋がっている。また、インド海軍はベトナムや
りも、日本のコンビニビジネスの方が成功するので
韓国、日本、豪州、ニュージーランドも訪問して
はないかと考えている。
ディスカッション・質疑応答
■
「アジア三国」について
Qなぜインドは印中FTAの検討に消極的なのか?
おり、米国を加えた多国間演習にも参加している。
10月には、日印米の高官が東京で会談する。イン
Q原子力の平和利用について、インドは今後、外国
ドは、インド洋・太平洋で積極的にその責任を果た
と国内のどちらの技術を中心に進めるのか? 日
榎 日 本・ イ ン ド・ 中
Aインド経済界は中国を脅威と感じている。同時
していく。中国に対しては、過剰に反応するつもり
印原子力協定についてもコメントをいただきた
国 の 三 大 国 の 協 力 と、
に、中国に対しては政治的にも経済的にもサポート
はないが、無責任な行動に対しては対処する用意が
い。
する必要性を感じていない。インドのシン首相も、
ある。
それぞれのチェック機
能がアジアの繁栄と平
「印中FTAは経済メリットもあるだろうが、現時
和に多大な影響を与え
点では国民の受け入れ準備が整っていない」と発言
る。 イ ン ド は ア ジ ア で
している。
Aインド経済は成長を続けており、エネルギー需要
Q中国の軍事面での挑発的な行動は、共産党一党支
配体制に関係があると思うか?
3番目の経済大国であ
り、
「アジア三国」という
概念は定着してきたと考えている。
も増加する。再生可能エネルギーでは不足するた
め、原子力利用も必要である。フランスなどとも
協定を結んでいるが、日本にも核利用技術があるの
Q印中FTAに慎重な背景には、領土問題などの政
治的警戒心があるのか?
これからの国際政治においては、中国にも国際社
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を上回った時期もあった。日中経済が短期間で急拡
A中国の国内情勢が不安定であり、国内の不満をそ
で、原子力協定もいずれ締結されると考えている。
らす意味もあると思われる。
また、中国には
「アジア支配」という長期的なビ
Q今後、日本のどのような中小企業がインドで成功
会の秩序の維持のために一定の役割を果たさせる必
A経済政策は政治にも影響される。仮に領土問題を
ジョンや中華思想があり、仮に民主国家になったと
要がある。また、中国が海洋領土の主権を強硬に主
差し置くとしても、印中間には経済面の問題もあ
しても、これは不変であろう。しかしながら、民主
張していることなど、その力を持て余す場合には、
る。インドの宗教の祭典で使用する爆竹の製造会社
化が実現すれば、複数の段階を踏んでの意思決定や
Aまず、現状のルールの下では、インドでの資金調
日印で協力して対応する必要があろう。
すると思うか?
が、中国企業の参入により駆逐された。インドの女
国民のコンセンサスを得るプロセスが必要となり、
達が難しいということを認識しておく必要がある。
一方で、日本もインドも、アジアの経済ネット
神や偶像も、安価な中国製品が国内に氾濫してい
挑発的な行動を取りにくくなると考えられる。
インドのビジネス事情がよく分からないと思うの
ワークの中で中国とのFTA(自由貿易協定)を結ん
る。各国が繁栄すべく多方面に協力できるのであれ
でおらず、アジア太平洋の経済統合のネックとなっ
ばよいが、中国は中長期的にはアジアを支配すると
ている。三国時代といいながら、日印中の閣僚レベ
いう野心を持っているのではないか。中国と対決し
ルでの対話がいまだに実現していないことも問題
てもメリットはないが、自己中心的な行動を取らせ
榎 日印経済関係は、まさに大きく発展する前夜に
だ。
ておいてはいけない。いずれにせよ、このような状
あると考えている。インドへの投資が中国への投資
〔経済広報〕2011年12月号
で、インド企業との合弁事業として進出すべきだろ
■日印二国間の関係について
う。インドの大手企業のサプライヤーという位置づ
けで参入するのがいいのではないか。
k
(文責:国際広報部主任研究員 落合基晴)
2011年12月号〔経済広報〕
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