中国のメディア環境を どのように理解すれば よいのか

経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
中国のメディア環境を
どのように理解すれば
よいのか
わ た な べ こ う へ い
渡邉浩平
告費の増大により各電視台に大きな収益を与えるこ
る。
ととなった。中央電視台においても1994年より広
活字メディアを管理する出版管理条例(国務院)を
告枠の入札を始め、2011年度の成約額は150億元(約
見ると、3条ではマルクス主義、毛沢東思想などの
2000億円)となり、「党の喉と舌」である代表企業が
堅持を謳い、25条では領土、国家分裂の問題など
同時に産業化を果たし高額な広告費を稼いでいる。
非常に細かく10項目の禁止事項が記載されている。
国務院の下の新聞出版総署が出した管理規定には
「正しい世論動向の堅持」が謳われている。ここから
■WTO加盟とメディアの市場化
WTO
(世界貿易機関)加盟により、活字メディ
分かるように、憲法に表現の自由の記載はあるが、
ア・音楽ソフトの流通、広告業、映画の輸出入な
法令の位階レベルの低い規制がメディア管理を細か
ど、メディア産業においても一定の市場開放を図っ
く規定しており、メディアは当局によって恣意的に
てきたが、新聞社、テレビ会社への外資参入などは
管理される余地が残されているのである。
認められていない。これは「文化安全」という言葉で
くくられる伝統的な中国メディア管理体制の堅持、
北海道大学大学院 メディア・コミュニケーション研究院 教授
東アジアメディア研究センター センター長
経済広報センターは5月18日、北海道大学大学院の渡邉浩平教授を講師に迎え、講演会「現在の中国の
メディア環境をどのように理解すればよいのか」を開催した。参加者は約50名。
■メディアの産業化
そしてイデオロギー支配といえる。自国のメディア
このようにメディアは共産党によって管理されて
産業を強くするために地域を越えた発展ができるよ
いるが、現状のテレビ番組を見ると娯楽番組が充実
うに制度を改め、経営体のグループ化や資本増強が
しているなど、中国のメディアは既に産業化してい
図られた。北青傳媒
(北京青年報のホールディング
ることが分かる。中国メディアには2つの役割があ
会社)や遼寧出版集団などの株式上場がその例だ。
メディアにとっても2008年は大きな転換点とし
中国のメディアは、今後報道機関として、あるい
中国では、メディアは党の
「喉と舌」
(代弁者)
とい
は産業として、どのように成長していくのであろ
われる。この言葉が初めて使われたのは、中国共産
経営の視点から見ると、公益性事業
(宣伝プロパ
て重要な年となった。チベット騒乱から国内外にお
うか。対中国広報担当者にとって、報道の規制度
党が延安に根拠地を置いていた1942年、
『解放日報』
ガンダ)と経営性産業(産業化、株式上場)に分かれ、
ける北京五輪支持の愛国運動、四川大地震、北京五
合い、新聞・テレビ・ネットの影響力の違い、微博
の紙面上である。当時、ソ連のコミンテルンの影響
内容面から見ると、時政
(報道)と非時政
(ドラマ、
輪、リーマン・ショックなどを経験し、中国自身が
(マイクロブログ)の信頼度、中国のPR業界とその
が強かった『解放日報』を、毛沢東が「中国共産党の
バラエティー、芸能)に分類できる。前者のプロパ
国際的な発言権(国際話語権)を強める必要があると
活用方法、ネット業者との付き合い方など多くの関
喉と舌」と発言し、コミンテルンの影響を排除する
ガンダや報道の部分はしっかり当局に掌握されてい
考え、ソフトパワー(軟実力)や、パブリック・ディ
心事項があろうが、まず、その問題を考える前提と
ために使用した。
るが、ドラマなどの非時政についてはさらなる産業
プロマシー
(公共外交)を活用し、国際イメージ
(国
化が促されている。
際形象)の増強を図り始めた。2011年10月に開催さ
して、私なりに現在の中国のメディア環境について
整理してみる。
■最近の中国報道
『新聞傳播法教程』
という大学で使用されるメディ
るのだ。
ア法の教科書にも、
「
『喉と舌』
は中国の報道の性質を
これを新聞とテレビの歴史から見ると、新聞では
れた六中全会では、
「文化体制改革を深化させ、社会
表した表現、共産党の指導の下にある報道の政治宣
党機関紙と晩報
(夕刊)の二紙体制だった時代を経
主義文化の大発展、大繁栄を推進させる」とし、経
伝の機能を際立たせたもの。よってニュースメディ
て、1990年代になって登場した都市報が産業化を
済、軍事力のみならず文化力を併せ持つ「総合国力」
まず2011年下半期以降の事件とメディアの関係
アは共産党の各組織の指導と管理の下に置かれ、
『党
リードした。市民本位の目線は大変な人気を呼び、
を強化するとの方向性があらためて打ち出されたの
を見ると、温州高速列車事故、六中全会(中国共産
のメディア管理』
体制を堅持している」
と記載されて
当然広告収入も伸び、報業集団(新聞社)の屋台骨と
である。
党第17期中央委員会第6回総会)、広東省烏坎事
いる。
なった。同グループ内にある大報(党機関紙)を小報
■インターネットの影響力
件、王立軍事件、薄煕来政治局員解任、陳光誠事
一方、現行憲法
(1982年改正)では、中国におい
(都市報)が養う現象が発生した。テレビは中央電視
件、アルジャジーラ記者退去処分などの重要事件
ても、言論、集会、団体の結社、デモの自由は保障
台を筆頭に、全国級電視台、省級電視台、市・県級
ネットの影響力は非常に強いといえる。現在ネッ
に、メディアは少なからず影響を与えているといえ
されており、また、通信の自由、信書の秘密保持、
電視台と厳格な4級別体制の下にあったが、難視聴
トユーザーは約5億人
(人口の約40%)いるが、沿
る。
公民は国家を批判し起訴する権利を有する、と書か
地域解消などを目的として省級電視台の衛星テレビ
海地域の若年層を中心とし、世代・地域間に偏り
れている。しかし、51条には言論の自由行使の際、
が全国化することとなり、湖南衛視(衛星テレビ)の
が生じている。人民網に人民ネット・ネットセン
て、3つのキーワードを挙げる。党の管理、メディ
国家、社会、集団の利益を損なってはならないとあ
「超級女声(素人の歌手オーディション番組)」や江蘇
ター・ネットモニター室
(人民網網絡中心輿情監測
アの産業化・市場化、インターネットの影響力の3
り、制約があることが分かる。その上、憲法前文の
衛視の「非誠勿擾(『誠実でない人お断り』というタイ
室)があり、ネット世論の動向を観察している。同
点だ。
4つの基本原則の中に、
「共産党の指導」
の記載があ
トルのお見合い番組)」などが高視聴率を獲得し、広
組織では「社会青書」で毎年ネット書き込みのランキ
ここで、中国のメディア環境を考える枠組みとし
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り、これは共産党の統制を保障するものと考えられ
〔経済広報〕2012年8月号
2012年8月号〔経済広報〕
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経済広報センター活動報告
ングを公表している。最初に発表された2007年は
ると、各メディアの使い分けが大切であることが分
華南虎の偽装、株暴落、闇炭鉱事件などが書き込み
かる。
数の多い事件として挙げられていたが、さほど多く
はなかった。書き込み数は2008年、2009年と年を
■日本企業にとっての中国メディア環境
追うごとに増加し始める。特に2010年は重要な年
中国のネット環境は、統制されながら同時に産業
で、新浪微博(新浪運営のマイクロブログ)が利用さ
化され、ネットの影響力が増大しながらも万民のメ
れ始め極端に増加した。つまり、中国版ソーシャル
ディアとはいえず、同時に統制も進んでいるという
メディアが影響力を持ち始めたことが理解できる。
複雑な様相を呈している。最近の中国政府は、マイ
2011年には、集計されるネットメディアに騰訊微
クロブログを巧みに使い世論誘導を図っている。日
博も加わり、温州高速列車事故などをめぐって多く
本大使館やトヨタ、キヤノンなどの日本の組織もこ
の書き込みがされた。
の微博を有効に利用し始めているが、中国メディア
事例として温州高速列車事故の情報拡散を見る
を活用するには、誰に対してどのようなメッセージ
と、都市報である『新京報』などは第一面に写真で詳
を発するのかを明確にし、同時に長期的な戦略が必
細な記事を掲載するも、同日の『人民日報』などは
要である。韓国の文化戦略のように、その国の言葉
大変小さな記事のみであった。その後、都市報は連
を操る担当者を置き、きめ細かい戦略を立てるな
日、一面に現場やネットから入手した詳しい記事
ど、長期的な視点が必要だ。
を掲載するものの、中央宣伝部から事態の鎮静を目
的とした差し替え指示が出され、列車記事は紙面か
■メディアを通して見た日本と中国
ら消えた。その後、ボツ原稿や、中央宣伝部の指示
日本は経済成長の過程の中で、その果実を享受す
がネットに掲載された。温州高速列車事故における
ると同時に、環境問題など負の側面も多く経験して
ネットの影響力は大変大きかったといえ、現在の中
きた。高齢化問題や格差問題など日本が先行して抱
国のメディア環境を考える上で大変示唆に富む事件
える問題も多い。中国でも現在、過度の経済成長の
であった。
ひずみが現れており、社会問題に対して強い関心を
持つ層も現れた。我々は中国の人々と多くの課題を
■社会階層とメディア
中国において社会階層を定義するのは難しいが、
共有していると考える。日本の組織が、中国のス
テークホルダーと良好な関係を構築するために、情
2000年以降、中国の持続的経済発展を目的とした
報共有、情報発信の領域でできることは少なくない
中間層の育成を目標に、中国社会科学院において、
だろう。親しみやすいサブカルチャーを
「つかみ」
と
10大社会層の区分が発表された。現実は農業・産
して、その奥の多元的な日本の社会、つまり行政、
業労働者の底辺層が全体の過半数を占めており、都
企業、様々な組織や市民が連携して問題の解決に当
市化、工業化に至っていないことが分かる。
たる日本の姿をきちんと提示することが肝要だ。
またネットユーザーと非ネットユーザーのメディ
中国のメディアは管理されているし、時にエキセ
ア接触を見ると、ネットユーザーはネットを中心的
ントリックな意見が支配的になる不安定な環境にあ
情報ソースとしながらも、新聞とテレビからも情報
る。しかし、その背後には、未来の中国を担う人々
を得ている。しかし、非ネットユーザーはテレビ依
がいる。中国の人々に真摯に情報を提供し続けるこ
存度が極めて高い。また上層部は党メディアの影響
と、そして、中国のステークホルダーから様々な意
力を受け、中間層は商業メディアやネット、底辺層
見をくみとれる双方向の仕組みを作っておくこと、
はテレビを中心にネットの影響力を受けていると想
それが何よりも大切ではないか。
k
像される。確かにネットは大きな影響力を与えてい
るが、万民のメディアではなく、広報の視点から見
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〔経済広報〕2012年8月号
(文責:国際広報部主任研究員
加藤博也)