メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)について 内科(糖尿病・内分泌) 江 口 英 行 て、がんの対策と早期発見・予防はもちろん大切です はじめに が、それと同じくらいに動脈硬化症(心脳血管疾患) 「メタボ」は私達の会話の中でもよく使われる言葉 の予防も重要になります。 で、お腹が出ていて小太り(以上)で、血糖、中性脂 図2 肪、尿酸などの値が高い人、というイメージではない 平成 22 年 主な死因別死亡数の割合 でしょうか。 一般に血圧が高いと脳梗塞に、コレステロールが高 1.4% いと心筋梗塞になりやすく、血糖値が高い人は腎不全 1.4% 2.0% 2.5% になって人工透析を受ける危険性が高い、ということ は良く知られています。血圧、コレステロール、血糖 の値がかなり高い場合は危険だということは誰でも 理解しやすいのですが、それでは、小太りで血圧や血 ・ ・ ・ 20.0% 3.4% 3.8% 29.5% 15.8% 9.9% 10.3% ・ 糖、中性脂肪の値がちょっと高いくらいの人はどうな 悪性新生物 心疾患 脳血管疾患 肺炎 老衰 不慮の事故 自殺 腎不全 慢性閉塞性肺疾患 肝疾患 その他 厚生労働省「人口動態統計(確定数)」より のでしょうか。 こういった研究の中で、肥満(特に内臓脂肪蓄積) が高血圧、耐糖能異常(糖尿病予備軍+糖尿病)、脂 診断基準と該当者数 質異常症などの生活習慣病の原因になり、これらが “重複”し“連鎖”反応を起こすことによって、脳卒 中や心筋梗塞などの動脈硬化症を引き起こし、それと 平行して糖尿病が発病して、眼底出血や腎不全などの 合併症により失明や腎透析に至ることが解ってきま した。メタボリックシンドロームを時間的な流れで考 えた「メタボリックドミノ」 (図1)は視覚的に理解 日本では腹部 CT 上の内臓脂肪面積が 100cm2 以上に なると生活習慣病が増加することに注目し、それに対 応した腹囲径(へその高さで男性:85cm 以上、女性: 90cm 以上)を診断基準の必須項目としています。そ して、これに加え、脂質異常、血圧高値および空腹時 血糖高値の 3 項目のうち 2 つ以上該当すれば、メタボ リックシンドロームと診断されます(表 1) 。 しやすいと思います。 図1 メタボリックドミノの概念図 表1 我が国のメタボリックシンドロームの診断基準 内臓脂肪の蓄積(必須項目) 腹囲(へそ周り) 男性 85cm 以上 女性 90cm 以上 (男女ともに、内臓脂肪面積が 100cm2 以上に相当) 上記に加え、以下の 2 項目以上該当するかどうか シオノギ製薬ホームページより 平成 22 年の日本人の死因は、第 1 位が悪性新生物 (がん)で 29.5%、第 2 位は心疾患(15.8%) 、第 3 位 は脳血管疾患(10.3%)となり、心疾患と脳血管疾患 を合わせると 26.1%を占めています(図 2) 。したがっ ①脂質異常 中性脂肪 150mg/dL 以上 HDL コレステロール 40mg/dL 未満 のいずれかまたは両方 ②高血圧 最高(収縮期)血圧 130mmHg 以上 最低(拡張期)血圧 85mmHg 以上 のいずれかまたは両方 ③高血糖 空腹時血糖値 110mg/dL 以上 平成 21 年度特定健康診査(メタボ 健診)において 40 歳から 74 歳でメ 酸化ストレス増加により血管障害が起こると考えら れています。 タボリックシンドロームに該当した 人は 14.4% (男性 20.6%、 女性 6.6%) 、 予備群*1 は 12.4%(男性 17.7%、女 性 5.7%)で、予備群を含めると 4 人 治療 治療の基本は食事、運動などのライフスタイルの改 に 1 人という割合でした。また、男 善ですが、これが容易ではありません。 性は女性に対して圧倒的に多い傾向 1. 食事療法 にあります。 *1 表 1 の①~③のうち 1 つに該当する人 1 日の摂取エネルギーは、体重 1kg あたり 25 カロリ ーを目安に設定します。ダイエット本は山ほどありま すが、沢山あるということは反対に、 “誰でも、楽に、 診断の意義 こうすればうまくいく”という方法は無いとも言えま フィンランドの研究で日本とは異なる診断基準で す。腹囲の 1cm は約 1kg の内臓脂肪に相当し、約 7,000 すが、メタボリックシンドローム(NCEP 基準、Kuopio カロリーのエネルギーが蓄えられています。もし 1 日 研究)は虚血性心疾患による死亡を 3〜4 倍上昇させ に 100 カロリー分の食事を減らせば、7,000÷100=70、 ることが示され、また、別の Botnia 研究(WHO 基準) すなわち 70 日(10 週間)で腹囲を 1cm 減らせること では心筋梗塞を 2.63 倍、脳梗塞を 2.27 倍増加させるこ になります。 100 カロリーとは、 ご飯なら軽く 1/2 杯、 とが示されました。これらの研究は、たとえ個々の危 唐揚げなら小 2 個、 マヨネーズなら大さじ 1 杯分です。 険因子の強さが軽度から中等度であっても、個人に集 これならすぐにできそうな気がしませんか? 積することによって心血管系疾患発症の危険性が高 2. 運動療法 まることを示しています。 内臓脂肪を減らすためには、脂肪をエネルギーとし 日本では厚生労働省研究班が平成 22 年 2 月に発表 て燃焼しやすい有酸素運動を行なうことが効果的で した結果によると、メタボリックシンドロームと診断 す。中でも、速歩(ウォーキング)は日常生活の中で された人は、そうでない人に比べて心筋梗塞や脳梗塞 誰もが取り組める、初級者にもお勧めの運動です。週 を発症する危険が男性で 1.44 倍、女性で 1.53 倍高くな に 10Ex(エクササイズ)以上の運動を加えることが望 っていました。しかし、現在の腹囲基準である「男性 ましいとされ、 「30 分の速歩を週 5 回」に相当します。 85cm 以上、女性 90cm 以上」を超えると、心筋梗塞や 食事の量を変えなくてもこれぐらいの運動を続ける 脳梗塞の危険が急激に高まるという線引きは困難だ と、1 か月で 1〜2%の内臓脂肪を減らすことができま ったとも報告され、今後、腹囲基準の見直しをはじめ、 す。 (だいたい 2〜3 か月で腹囲が 1cm 減少するペース 血糖値や HDL コレステロール値の基準なども変更さ です。) れる可能性があると考えられています。 3. 薬物療法 標準体重より+60%以上ある病的肥満者には、中枢 成因 過食、アルコール多量摂取、運動不足などの生活習 慣の乱れが肥満(内臓脂肪蓄積)を起こしインスリン 性食欲抑制薬が 1 剤のみ承認されていますが、効果は 一次的です。他に欧米で臨床応用されている薬剤はあ るものの、今のところ、「安全に、楽に体重を減らす 痩せ薬」は無いと思っていた方が良いでしょう。 抵抗性が生じ、その結果として高血圧、耐糖能異常、 脂質異常症などの生活習慣病が“重複して連鎖的に” 起こります。内臓脂肪は中性脂肪の代謝が活発で脂肪 さいごに 肝になりやすく、肝臓のインスリン抵抗性を起こして 私達は誰でもメタボリックシンドロームになる危 空腹時血糖を上げます。また、内臓脂肪から放出され 険性を持っています。しかし、30 分のウォーキングを た遊離脂肪酸は膵臓からのインスリン分泌を低下さ 週 5 日間行ったり、おかずを少し残したりする気持ち せ、一方で肝臓および筋肉に脂肪が蓄積してインスリ があれば予防は可能です。メタボ街道を進み続けるか、 ン抵抗性を起こします。さらに脂肪細胞から分泌され それとも踏み止まるかは、あなたの気持ち次第です。 る活性物質(アディポサイトカイン)が炎症を起こし、 頑張りましょう。
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