携帯電話の影響による都市空間における人間行動の変化に関する研究

平成13年度卒業研究概要
携帯電話の影響による都市空間における人間行動の変化に関する研究
生活環境デザイン学科 985505 岩室康晴
指導教員 志田弘二
1 研究背景、目的
2001年9月の時点でのPHSを含む携帯電話加
入台数は約7000万台を突破し、ここ数年でラ
イフスタイルに劇的な変化をもたらした。今
では携帯電話の無い生活が考えられないほど
携帯電話は私達の生活においてなくてはなら
ないものとなっている。
そして公共的な空間での使用が目立つよう
になり、不適切な使用が社会問題ともなって
いる。
そこで、携帯電話というツールは、現実の
都市空間や公共空間における人間の行動や活
動に何らかの影響を与えているのではないだ
ろうかと考えた。
公共性の高い場所における携帯電話使用者
の割合や行動特性の現状を明らかにすると共
に、特に歩行空間での携帯電話使用によって
環境認知がどのように変化するのかを明らか
にする。それにより、携帯電話の使用を考慮
したより快適で魅力的な都市空間、建築空間
を設計するための指針となることを目的とす
る。
2 携帯電話の歴史、現状、次世代
携帯電話は小型化、軽量化されることで普
及し始め、その後メールやインターネット接
続サービス等により、単に移動可能な電話か
ら、個人の複合情報端末となっていく。次世
代携帯電話によりその傾向は高まると思われ
る。そのため携帯電話は通話だけでなく、操
作するという行為をより引き起こす事になる
であろう。また現在は男性では20,30,40代、
女性では20,30代の普及率が高いが、10代や40
代女性の加入者増加率が高い事から今後多世
代に普及していくものと思われる。
3 都市空間における携帯電話の使用状況
名古屋駅セントラルタワーズ中央コンコー
ス(図1)と名古屋駅西側太閤通り広場の実際の
空間における携帯電話使用率や使用者の行動
特性について調査した。名古屋駅セントラル
タワーズ中央コンコースでは、携帯電話使用
率は9.6%と約10人に1人がなんからかの形で
携帯電話を使用していた事になる。内訳は歩
行中は約6%と少ないが、滞留者の使用率は約
30%と高い。また通話と画面を見ている割合
およそ半々であった。
名古屋駅西側太閤通り広場では、携帯電話
使用率は4.6%で、歩行中の使用率は2.6%と中
央コンコースに比べて低いが、滞留者の使用
率は62.1%と2倍になった。これは駅改札口か
らの距離や、信号機の位置、ベンチ等のモノ
の在り方等に起因すると思われる。
また性別、年齢に注目すると、男女の差は
ほとんどなく、年代別でみると20代の使用者
の使用数が多く、次いで10代、30代の順に多
い。しかし他の年代でも使用者が0では無い
事から、公共空間における携帯電話使用は、
ただ年代が若いというだけでなく、個人の意
識の差にも起因するものと思われる。
使用者の行動特性に関しては、携帯電話使
用・不使用者とも単独での滞留者は壁や柱等
を背にする特徴があるが、携帯電話使用者に
関しては1人でもそのようなオブジェクトを
背にしない滞留をする傾向がみられる。これ
は携帯電話を使用する事で、特に何かを背に
しなくても、公共の空間で個人の空間をつく
り、周囲に意識を払う事なく、滞留できると
■ 滞留場所(図3-1)
滞留者
JR
携帯電話使用者
不使用者
男性10代
20代
30代
40代
50代
60代以上
女性10代
20代
30代
40代
50代
60代以上
グループ(2人以上の友人、
知人等の集団)
高
島
屋
S:1/500
調査対象区域
近鉄・名鉄
タクシー乗り場
地下鉄
いう携帯電話の効果を示していると考えられ
る。歩行者に関しては通話だけでなく、画面
を見ながら歩行する姿が見受けられ、衝突や
転倒の可能性、人の流れを横切ったり、対抗
する流れに対してジグザグによけながら歩く
などの行動も見られた。
4 歩行中の携帯電話使用による環境情報
認知への影響
歩行中の携帯電話使用による環境情報認知
の影響についての実験を行った。実験は地下
鉄交差点から今池駅交差点までの750mを等距
離(250m)づつ3区間に分割し、それぞれ被験
者ごとにランダムな順序でその3区間を「携
帯電話非使用歩行」「携帯電話で通話しなが
ら歩行」「携帯電話を操作しながら歩行」す
る区間に分けた。その後環境認知に関するア
ンケートを行った。
歩行速度は携帯電話非使用時に比べ、使用
時は遅くなる事が分かった。(図2)
環境認知に関するアンケート結果では全体
的に携帯電話使用時は認知度が低い。(図3)し
かし(図4)をみると、操作時は人や車の音に対
しては認知度が高い事が分かった。また視覚
的事象に関しては、建物のファサードや景観
等の広い視野を要求される項目において、特
に携帯電話使用時の認知度が低下している。
ここから携帯電話使用時は認知可能範囲が狭
くなっていると考えられる。また聴覚的事象
に関しては、携帯電話使用時は、車の音のよ
うなその場所の支配的な音(常に存在する音
)に対しては認識しているものの、偶然起こ
るような突発的な音に対しては認知度が低い
ようである。また注意力に対する評価(図5)を
見ると,非使用時より通話時の注意力が低下す
ることは全員一致しているが、操作時におい
て、高い、低いに極端に分かれている。これ
は操作時においては周囲の情報を読み取るた
めの時間が短くなり、注視する範囲が狭くな
るため、注意力が低いと答える人と、逆にそ
のために注意力が上がったと答える人の2パ
ターンが存在したためと思われる。
5 総括、展望
これまでみてきたように、携帯電話を使用
することで、都市空間、公共空間においての
行動に様々な変化が生じ、環境情報認知度が
低下している事が分かった。
今後さらに都市空間・公共空間においての
携帯電話使用率、特に画面を見て操作すると
いう行為が行われる可能性が増加するものと
思われる。そのため安全面では、携帯電話使
用者の行動特性を考慮した、人の対流・動線
計画、床面でのサイン計画などを行う必要が
ある。歩行空間や滞留空間においては、歩行
中の携帯電話使用者や携帯電話による場所に
左右されない滞留者が増加すると考えられる
ため、それらを考慮して歩道の有効幅や滞留
場所、オブジェクト等を計画する必要がある
と思われる。
また携帯電話に限らず、ブルートゥ−スの
ような技術の展開により、情報端末によって
提供される仮想空間と現実空間とを連携させ
た新たな空間計画方法も提案されており、こ
れらにより今までの都市・建築計画では提案
されなかった人の活動や、セキュリティ等の
解決困難な問題への解答が得られる可能性が
あると思われる。
平均値
携帯電話非使用時
通話時
操作時
30.5%
(5.5km/h)
35.5%
(4.9km/h)
34.0%
(5.0km/h)
図2 全体歩行時間に対する状態別の比 ()内は速度
49%
(25)
22%
(11)
29%
(15)
図3 自由記述による事象の指摘比率・実数の比較
()内は指摘数
6
人
4
9
ファサード
2
オブジェクト
1 1
6
サイン
景観
9
1
3
3
2
1
3
7
車の音
6
2
人の声 1
2
出来事
0
1
5
図4 事象別指摘人数
10
携帯電話非使用時
15
通話時
20
操作時
非使用時
低い やや低い 普通 やや高い 高い
通話時
低い やや低い 普通 やや高い 高い
操作時
低い やや低い 普通 やや高い 高い
図5 注意力に関する5段階評価