鉄道会社の駅構内に見る統合と非統合 Integration and Disintegration

鉄道会社の駅構内に見る統合と非統合
Integration and Disintegration of Management at Station
吉田 篤 (慶應義塾大学 SFC 研究所)*
Atsushi Yoshida (Keio University SFC Research Institute)
This study discusses the management of station. It is found that there are two types of
management of station, integration and disintegration. This investigation classifies their ways of
development for operation of platform. The result shows that there are differences between factors of
integration and disintegration of management.
キーワード:駅構内,統合,テナント
Keyword: Platform, Integrated, Tenant
1 はじめに
日本の鉄道(特に私鉄)は政府からの援助
を受けることなく,独立採算で独自に施策を
展開1しており,世界的に見た成功事例として
取り上げられる.成功した理由の一つに沿線
サービス市場を含めた地域の独占が指摘され
ている.しかし,私鉄の鉄道事業としての地
域独占性に対する疑問が、とくに規制(政府)
の失敗を重視する欧米の論者から提示される
ことがある2.これは,規制の撤廃により参入
障壁を低くし,産業全体の活性化を目指す考
え方によるものである.
日本においても鉄道以外の産業においては,
新規参入を促す規制撤廃が進んでいる.2001
年末に IT あるいは情報通信関連産業をめぐ
って,IT 戦略本部・総務省・経済産業省・公
正取引委員会などの政府機関や,経済団体連
合会などが,それぞれの提言を含んだ報告書
を発表したが,すべての報告書が何らかの形
での「水平分離」を検討の視座に据えている3.
本研究では駅構内(駅構内の改札内外を含
む,駅ビルを含まない,と定義する)に着目
し,質問票調査とインタビュー調査により,
鉄道事業者を抱え込み型,外部活用型4とに類
型化した.そして,その違いはどのような要
件によるのかを探り,駅の活用方法について
の提言を行う.
1-1 先行研究
多角化に関する先行研究は吉原ら[吉原ら
1981]が代表的である.
吉原は多角化の動機と
して,内的要因(未利用資源の有効利用,負
の目標ギャップ,企業規模)と外的要因(既
存製品市場の需要の成長率の長期的停滞,既
存の主力製品の市場高集中度,既存製品市場
の需要の動向に不確実性が大きいこと,独占
3
*.JR 東日本フロンティアサービス研究所より出
向中
1 公共セクターに属する事業者に対しては一定
の補助が主に建設に対して投入されているが,
その範囲は限定的なものに過ぎない.
2
[正司 2001],
『都市公共交通政策』
,P158 より
引用
[池田・林 2002]『ブロードバンド時代の制度設
計』P3 より引用
4
グループ内企業を活用する「内部活用型企業」
とグループ外企業を活用する「外部活用型企業」
である.ここでグループ内企業とは連結対象企
業(孫会社を含む,フランチャイズ店舗を含む)
とし,グループ外企業はそれ以外(行政団体,
非営利団体含む)とした.
禁止法の企業分割規定の強化)
をあげている.
鉄道事業の多角化についての先行研究は十
分に蓄積されているとは言いがたい.
斎藤[斎
藤 1993]は,鉄道事業の多角化は脱交通・脱
地域の方向へ向かうと指摘している.
そして,
正司[正司 2001]は関西の私鉄のグループ経
営を分析し,私鉄はその地域・交通といった
強みのあるところに焦点を置くべきである,
と指摘している.
本研究ではこの 2 つの特徴の違いはどのよ
うな要因によるものであるかを明らかにする
ことを目的とする.そして,情報通信産業を
出発点に一般化され,検討されている「産業
の水平分業化」が鉄道業にも適用できるもの
であるのか検討し,駅構内の活用方法につい
て類型化したそれぞれに対して提言を行う.
1-2 研究の目的
さらに正司[正司 2001]は,小売飲食系分野
では,鉄道旅客をあてにした多角化における
競争力には疑問が残るが,駅という資産を活
用せざるを得ない,と指摘している.
本研究で行った質問票調査(4-1 節で詳述)
によると,鉄道事業者が 2 つの企業群に分か
れる(表 1)
.グループ内企業を積極的に活用
する企業が 50%,グループの考えにこだわら
ない企業が 45%である.
本章では駅構内の現状について調査・議論
し,論点を探る.
表 1.駅構内営業の方針
問:今後,駅構内に店舗を展開するにあたり,当ては
まる選択肢を選んでください.
件数 比率
1)グループ内企業を積極的に活用して
ゆく.
2)グループ内企業を活用するが,とき
にはグループ外企業を活用する.
3)どちらともいえない.
4)グループの考えにこだわらないが,
ときにはグループ内企業に配慮する.
5)グループの考えにこだわらず,グル
ープ外企業も積極的に活用してゆく.
合計
3
15%
7
35%
1
5%
7
35%
2
10%
20
100%
(注)調査対象は大手鉄道会社 23 社で,20 社から回
答を得た(回収率 87.0%)
.
2 駅構内の位置付け
2-1 セグメント情報
駅構内収益をどのセグメントの収益とみな
すかは事業者によって異なり,複雑である.
例えば,
抱え込みでテナント運営を行う場合,
その収益は流通事業セグメントに計上され,
外部活用により家賃収入を得る場合,その収
益は不動産事業セグメントに計上されるのが
一般的である.
駅構内営業に関する経営情報については,
それが計上されるセグメントが複数にまたが
る場合もある.例えば E 社では,駅構内には
直営店舗はほとんどなく,有価証券報告書に
は流通事業セグメントはない.そして,駅構
内営業収入のセグメント情報への反映は,不
動産事業セグメント(E 社の不動産事業部門
と E 社グループ不動産会社)とその他事業セ
グメント(E 社グループ商事会社)に分かれ
る(電話によるインタビュー調査)
.公開され
ているセグメント情報から入手することは難
しいため,インタビュー調査・質問票調査を
実施し,データの入手を試みている.
一方,C 社は他の鉄道事業者と異なる特殊
なセグメントの設定を 2001 年度の決算報告
から行っており,駅構内の営業活動は駅スペ
ース活用事業セグメントに属する.これは C
表 2.組織形態と意思決定
駅構内担当部署
鉄道事業部門
事業開発・流通事業部門
外部活用型
抱え込み型
4社
1社
3 社+2 社*
(A 社)
9社
(C 社)
どちらでもない
1社
(B 社)
*:公益事業者が 2 社含まれる.
(注)質問票調査(本稿 4-1 節)の回答部署.ただし,広
報担当による回答の場合,電話にて駅構内担当部署を質問した.
表 3.インタビュー調査結果要約
ノウハウ
の蓄積
A社
(外部活用型)
B社
(どちらでもない)
C社
(抱え込み型)
テナントの
立ち退き
定期借地権
(1 年)
--マーチャン
ダイジング
定期借地権
無形資産全般
グループ内企業
によりいつでも
可能
社が駅構内の収支管理を明示的に行っている
ことを表わしている.
2-2 組織形態
駅構内に関する質問票調査の回答記入部署
は企業によって様々であり,企業にとって駅
構内の位置付けは一様ではない.例えば,F
社では2002年7月から運輸部営業課が運転系
統と駅系統に分かれ,駅担当の部署が「お客
さまサービス事業部」として発足した.そし
て,駅の構内営業についての意思決定は「お
客さまサービス事業部」と「流通開発部開発
企画部」との打ち合わせで行われている(電
話によるインタビュー調査)
.
A 社では 2002 年 7 月に「ステーション事業
部」を立ち上げた.それまで駅構内のテナン
トは抱え込み型であったが外部活用型への方
針転換が行われた(インタビュー調査)
.G 社
でも同様に,2002 年秋から駅構内のテナント
は外部活用によると方針転換があった(イン
タビュー調査)
.
4-1 節の質問票調査結果から駅構内の担当
部署の違いについてまとめると表 2 のように
なる.駅構内担当が事業開発・流通事業部と
なる企業には抱え込み型が多いことが確認さ
れる.
2-3 駅構内テナントの契約方式
一般的なテナントの契約方式には「テナン
ト契約」と「百貨店契約」とがある.前者は
テナントとの不動産賃貸契約である.テナン
トは不動産に対する投資(改築など)を自前
で行わなければならず,財産を計上すること
になる.不動産賃貸料は契約条件によって異
なるが,売上高のおよそ 10∼15%程度である.
一方後者はテナントとの営業委託契約で,テ
新規事業
意思決定のスピ
ード重視
外部活用
失敗も多い
育てる
基本
コンセプト
新しい収入源
沿線の面白さ
成長戦略
ナントは不動産に対して投資を行わない.し
かし,賃料は 20∼50%程度となる.当然,不
動産を所有する側で店舗の改築等,投資を行
わなくてはならない.これら 2 つの契約方式
の大きな違いは,テナントの入替のしやすさ
である.前者は財産権・営業権等,テナント
側に権利が発生しテナントの入替は困難にな
るが,後者はテナントの入替がやりやすい.
駅構内における契約は,これらの契約方式
とは異なり,定期借地権契約という方式をと
る.これは期限を定めた契約であり,本研究
でインタビュー調査の対象となった企業は駅
構内のテナントに対してこの契約方式を選択
していた.
3 仮説:駅構内の 2 つの類型化
3-1 インタビュー調査
表 1 の質問票調査で 4,3,2 と回答した企
業(それぞれ A 社,B 社,C 社とする)にイン
タビュー調査を行った5.A 社,B 社,C 社へ
のインタビューの中から興味深い点について
まとめたものが表 3 である.
テナントの立ち退きについて 3 社とも入替
のしやすさを重要視する方針をとっており,
鉄道会社が強い立場(権限)を持っていると
言える.新規事業,基本コンセプトについて
は三者三様であるのも興味深い.
3-2 抱え込み型と外部活用型
まずここで,駅構内のテナントについて 2
つの経営方針が並存することを確認する.本
研究によるインタビュー調査とアンケート調
5
インタビューの詳細については付録を参照の
こと.
表 4.店舗数シェア
問:全駅構内の店舗数における自社グループの
シェアはどれくらいですか.
回答数
比率
81% ∼ 100%
5
(27.8%)
61% ∼ 80%
5
(27.8%)
41% ∼ 60%
2
(11.1%)
21% ∼ 40%
3
(16.7%)
0% ∼ 20%
3
(16.7%)
合計
18
(100%)
(注)調査対象は大手鉄道会社 23 社で,18 社
から回答を得た(回収率 78.3%)
.
査によると,鉄道事業者には駅構内のテナン
トを連結対象となるグループ内企業で運営す
るか,グループ外企業で運営するかと言う点
で異なる 2 つの企業群が存在することが明ら
かになった.テナントをグループ内企業で運
営する企業は,駅という恵まれた環境を生か
し,組織固有の知識やノウハウを蓄積し,物
販飲食業を鉄道事業の次の収益源として育成
していく意識が強かった.一方,グループ外
企業を活用する企業は,ノウハウのないサー
ビスにおいて,必要に応じて知名度のあるテ
ナントを誘致し,駅の魅力を高めていく意識
が強かった.
以下では,
前者を
「抱え込み型」
,
後者を
「外部活用型」
と呼ぶことにする.
(4-2
節で質問票を元に再度定義している.
)
質問票調査による,駅構内の現状について
の回答を表 4 に示した.グループ内企業とグ
ループ外企業のテナント数が拮抗している企
業は 11%である.
全体の 56%の企業が抱え込み
型,
33%の企業が外部活用型である.
現状では,
抱え込み型の企業の方が多い.
3-3 駅構内の 2 つの側面
抱え込み型企業と外部活用型企業の違い
はどのような要因で現れるのか,ここでは駅
構内の役割について検討する.
抱え込み型:C 社のケース
「駅構内は通過人口がとても多く,非常に
高い売上高を確保できる.他の事業者に営業
させるのはもったいない」というインタビュ
ーの回答が象徴しているように,駅構内は範
囲の経済性,利益の内部化の対象となってい
る.
囲い込み型のテナントは,将来の成長戦略
のために鉄道で得られた豊富なキャッシュフ
ローを注ぎ込む6,という PPM(プロダクトポ
ートフォリオマトリクス)を用いた考え方で
ある.そして,成長のためにノウハウが必要
であり,社員の教育や商品開発,店舗査定等
無形資産を蓄積する.人材の面では,人材の
有効活用,雇用の創出といった論点が重要で
ある.インタビューから「子会社では採用で
きない人材を親会社で採用し,出向によって
受け入れ,
活用できる」
との回答を得ている.
外部活用型:A 社のケース
一方,
「駅における賃貸料は歩率によって
決まるので,売上高が最大となるテナントが
合理的であり,顧客満足も最も高くなると考
えられる」というインタビュー回答が外部活
用型の特徴を象徴している.
外部活用による利点は駅・沿線の魅力が増
すことである.抱え込み型によるテナントは
同業他社と比較してノウハウの蓄積が十分で
はなく,競争力には疑問が残る[正司 2001].
よって,顧客単価や顧客滞留時間,賃貸料に
駅の魅力が反映されると考えられる.B 社が
インタビューで「駅構内の賃貸料は駅の利用
者数で基準が決まる」と述べていることから
も確認できる.
利益創出については抱え込み・外部活用ど
ちらがよいとは言えない.図 1,2 にその考え
方の模式図を表わした.抱え込み型と外部活
用型との違いは,利益の面で言えば,自社の
売上高と同業他社の売上高の差・賃貸料・テ
ナントの利益をどの程度に見積もっているか,
という違いである.ただ,株主からの利益圧
力が強い場合や,駅周辺に競合店舗が多い場
合,悠長に成長戦略を描くことができないで
あろう.そして,利益の出ないテナントを早
く整理撤退させて,より利益の出るテナント
に入替えると考えられる.
1 章での他の産業における水平分業の視点
は,新規参入を促して産業を大きく成長させ
6
亀井善太郎,
『運輸と経済』2001.10-12,
「鉄
道事業のグループ経営の展望」
自社運営の
物販による利益
支払賃貸料
>
テナントの利益
図 1.内部活用型企業の考え方
支払賃貸料
自社運営の
物販による利益
<
テナントの利益
局の合計 23 社
回収率:87.0%[20 社]
質問内容:経営資源に関する質問([1-a]∼
[1-j])
,
駅・沿線の魅力に関する質問
([2-a]
∼[2-g])
,新規事業に関する質問([3-a]
∼[3-c])
,利益圧力に関する質問([4-a]
∼[4-e])
.
質問票では,表 8 の項目 25 問について,重
要度を 5 段階評価で質問した
(1:重要である,
3:どちらともいえない,5:重要ではない)
.
それぞれの重要度について,グループ内企業
に対する重要度・グループ外企業に対する重
要度を分けて質問している.そのため,本研
究では以下の 3 つの変数を用いる.
図 2.外部活用型企業の考え方
ることがその主張の重要なポイントであった.
その考え方を鉄道事業に適用すれば,駅とい
う通過人口が多く,集客力の面で恵まれた場
所を用いて,
新規事業を起こすことができる,
という考え方も可能である.新しい収入源と
して期待できるだけでなく,鉄道を利用しな
い顧客が駅に足を運ぶようになることも考え
られる.
4 分析の手法
3 章でおこなったインタビュー調査と議論
に基づいて,探索的な質問票調査を行った.
分析は主成分分析と対応のあるサンプルの平
均値の差の検定(T 検定)により行った.最
初に主成分分析で質問票調査による多様な情
報を集約,全体像を描き出し,T 検定により
その細部を実証・確認した.データソースは
次の通りである.
4-1 質問票調査
手法:郵送法
(郵送先は鉄道事業者各社の広報担当部署)
時期:2002 年 11 月から 2002 年 12 月末日
対象:JR6 社7,大手私鉄 16 社8,東京都交通
7
北海道旅客鉄道株式会社,東日本旅客鉄道株
式会社,東海旅客鉄道株式会社,西日本旅客
鉄道株式会社,四国旅客鉄道株式会社,九州
旅客鉄道株式会社
1. グループ内企業に対する重要性
2. グループ外企業に対する重要性
3. グループ外企業に対する重要性とグルー
プ内企業に対する重要性の差(
「内外活用
偏向度」と呼ぶ)
変数 1,
2 は回答者の認知によって大きく変
動するものである.しかしながらその差であ
る変数 3(内外活用偏向度)は企業が戦略的
に駅の構内を使い分けていることを表す重要
なものであると考え,
本研究の分析に用いる.
値が正であればグループ外企業に対する重要
性が高く,負であればグループ内企業に対す
る重要性が高い,と設定する.
質問票調査は母集団の 87%を回収したもの
の,分析数 N が 20 社でありかつ,回答者の認
知によるものなので,必ずしも十分な分析結
果が得られるとは限らないことを注記してお
く.
8
南海電気鉄道株式会社,京阪電気鉄道株式会
社,
西武鉄道株式会社,
帝都高速度交通営団,
阪神電気鉄道株式会社,東武鉄道株式会社,
名古屋鉄道株式会社,京成電鉄株式会社,西
日本鉄道株式会社,相模鉄道株式会社,小田
急電鉄株式会社,東京急行電鉄株式会社,京
王電鉄株式会社,阪急電鉄株式会社,京浜急
行電鉄株式会社,近畿日本鉄道株式会社
表 5.主成分分析に用いたデータの基本統計量と相関係数
基本統計量
平均値 標準偏差
1-a
1-f
1-h
2-a
3-c
4-a
4-c
-1.556
-0.316
-1.316
0.833
0.000
0.316
0.842
1.423
1.108
1.250
0.985
1.374
1.057
1.463
相関係数
N
18
19
19
18
19
19
19
1-a
1.000
0.411
0.369
0.266
0.351
0.318
0.229
1-f
1-h
2-a
3-c
4-a
4-c
1.000
0.165
0.115
0.365
.517(*)
.516(*)
1.000
-0.056
0.291
0.206
0.002
1.000
0.422
0.275
0.377
1.000
0.421
.580(**)
1.000
.501(*)
1.000
表 6.主成分分析により抽出された主成分と説
明された分散の合計
成分
1
2
合計
抽出後の負荷量平方和
分散の %
累積 %
2.447
1.800
34.963
25.716
34.963
60.678
表 7.第 1,第 2 主成分の成分行列
キーワード
主成分
1
2
1-a
資金
0.285
0.676
1-f
教育
0.519
0.515
1-h
雇用
-0.141
0.863
2-a 賃貸料
0.710
-0.125
3-c 新収入
0.688
0.363
4-a
競合
0.613
0.417
4-c
売上
0.850
0.101
因子抽出法: 主成分分析
回転法: Kaiser の正規化を伴わないバリマ
ックス法
4-2 抱え込み型と外部活用型の分類
質問票調査のうち,将来の駅構内の活用方
法に対する質問(表 1)の回答と現在の駅構
内の活用方法(表 4)に対する回答の和(最
大 10 から最小 2 までの 9 段階)
が 5 以上であ
れば外部活用型,4 以下であれば抱え込み型
とした.以下ではこの類型化に従って分析し
た.
5 全体像の把握
5-1 主成分分析
全体像の把握のため,内外活用偏向度につ
いて主成分分析を行った.質問項目が多く,
分析が困難であるため,代表値として[1-a]
第2主成分:資源活用軸
←内部活用
外部活用→
**:有意水準 1%,*:有意水準 5%
2
1
B社
A社
0
C社
-1
D社
-2
-2
-1
0
1
2
←内部活用
外部活用→
第1主成分:利益創出軸
●:抱え込み型,□:外部活用型
図 3.主成分得点プロット,
駅の特性の違いと事業者の考え方
(資金)
,[1-f](教育)
,[1-h](雇用)
,[2-a]
(賃貸料)
,[3-c](新しい収入源)
,[4-a](競
合)
,[4-c](高い売上)を選択した.
主成分分析の結果を次に示す.固有値が 1
以上の主成分を採用した.表 7 の成分行列か
ら,第 1 主成分は賃貸料,新しい収入源,競
合への対抗,知名度による売上に関する項目
であることから「利益創出軸」
,第 2 主成分は
資金,教育,雇用に関する項目であることか
ら「資源活用軸」と呼ぶこととする.これら
の軸に従い,主成分得点を計算しプロットし
た(図 3)
.外部活用,抱え込みの類型化は 4-2
節の定義を用いた.
5-2 主成分分析の解釈
第 1,2 主成分の成分行列(表 7)の成分は
ほとんど正であることから,主成分得点には
質問項目の正負がそのまま反映される.すな
わち,主成分得点が正であれば外部活用的,
負であれば抱え込み的である.
図 3 によると,y 軸方向の正の部分に外部
活用型企業,負の部分に抱え込み型企業がプ
ロットされている.これは第 2 主成分である
資源活用軸が外部活用・抱え込みの違いを説
明していることを意味する.一方,x 軸方向
をみてみると,プロットが幅広く分布してい
る.これは,利益創出のための手法・考え方
によって,外部活用型企業でも抱え込み型,
抱え込み型企業でも外部活用型を採用する場
合があることを意味する.次の章では同一の
類型内にも多様なパターンが生まれる要因に
ついて詳細を検討する.
6 差の検定による分析
6-1 平均値の差の検定
(対応のあるサンプルの T 検定)
3 章と 5 章では抱え込み型企業と外部活用
型企業とでは異なる意図でグループ内企業と
グループ外企業を使い分けているのではない
か,という主張をした.ここでは企業群を抱
え込み型と外部活用型との 2 種類に分け,
別々に変数 1(グループ内企業に対する重要
性)と変数 2(グループ外企業に対する重要
性)について対応のあるサンプルの平均値の
差の検定を行った(表 7)
.
対応サンプルの差は,本稿で定義した「内
外活用偏向度」に対応しており,値が正であ
ればその項目についてはグループ外企業を重
視,値が負であればグループ内企業を重視す
ることを表わす.
(対応サンプルの差の)
平均
値の値が有意であれば,その項目について意
図的に企業が抱え込み・外部活用を使い分け
ていることを意味する.
6-2 有意差が確認された項目と考察
抱え込み型企業と外部活用型企業での使い
分けに差異が見られた項目は資源活用に関す
るものと利益創出に関するものとにまとめら
れる.
資源活用に関して
資金の有効活用([1-a])について抱え込み
型企業に有意差(0.1%)が見られた.仕入れ
コスト([1-e])について抱え込み型企業に有
意差(8.1%)が見られた.グループの人材
([1-g])について抱え込み型企業に有意差
(0%)が見られた.雇用の場([1-h])につい
て抱え込み型企業に有意差
(0%)
が見られた.
以上より,資金の有効活用(新規店舗等へ
の投資)
,仕入れコスト,グループの人材,雇
用の場について,抱え込み型企業は抱え込み
が重要であると認識している.一方,それら
の項目について外部活用型企業には有意差が
見られない.
利益創出に関して
キャッシュフローの増加([1-b])について
の考え方で共に有意差が出ている.その平均
値の正負の違いから考え方の違いを説明する.
すなわち,抱え込み型企業は対応サンプルの
差の平均値が負であることから,内部活用に
よってキャッシュフローの獲得を考えている.
一方,外部活用型企業はその平均値が正であ
るので,外部活用によるキャッシュフローの
獲得を考えている.ところが,賃貸料増加
([2-a])
,高い賃貸料([4-d])に関する質問
から抱え込み型・外部活用型両方の企業は外
部活用による賃貸料の最大化を考えている.
ここで抱え込み型企業についてまとめると,
キャッシュフローの最大化を抱え込みによっ
て志向しつつ,賃貸料の最大化を外部活用に
より行う姿勢が見られる.このことは,抱え
込み型企業が外部活用による駅の魅力アップ
(賃貸料の最大化)を重視していることを示
す.
競合店舗([4-a])
,店舗知名度([4-c])に
関する質問からは,外部活用型企業が外部活
用により競合との競争や知名度を利用した売
上高の最大化を意識していることが分かる.
一方で,抱え込み型企業は競争力の向上につ
いて抱え込みと外部活用を使い分けていない
(いるとはいえない)
.
因果関係は明らかでは
ないが,
「競争を意識する企業は外部を活用
する」と言える.B 社のインタビューにより
「競合の設定についてはもともと意識してお
らず、駅の立地条件に頼っていたが、駅外も
良くなってきており、キラーコンテンツを入
れることも必要であるという認識をもってい
る」という回答を得たが,分析結果と整合的
である.
表 8.対応のあるサンプルの平均値の差の検定(T 検定)結果
平均値の値が正であれば外部活用的(グループ外企業をより重要視する)
,負であれば抱え込み的(グル
ープ内企業をより重要視する)ことを示す.
抱え込み型企業(N=10)
対応サンプルの差
外部活用型企業(N=8)
平均値 標準偏差
1-a
資金有効活用
-2.111
1.269
-4.990
0.001
(**) -0.875
1.458
-1.698
0.133
1-b
キャッシュフロー
-1.000
1.700
-1.861
0.096
(+)
0.375
0.518
2.049
0.080 (+)
1-c
収益変動補完
-0.300
0.675
-1.406
0.193
0.250
0.707
1.000
0.351
1-d
スペース活用
-0.400
0.966
-1.309
0.223
1-e
仕入れコスト
-0.900
1.449
-1.964
0.081
1-f
教育効果
-0.500
1.434
-1.103
0.299
1-g
グループ人材
-2.100
1.197
1-h
雇用の場
-2.100
1-I
商品開発
1-j
t 値
有意確率
(両側)
対応サンプルの差
質問項目の
キーワード
平均値 標準偏差
t 値
有意確率
(両側)
(a)
(+)
-0.375
0.744
-1.426
0.197
-0.125
0.641
-0.552
0.598
-5.547
0.000 (***) -0.625
1.188
-1.488
0.180
0.994
-6.678
0.000 (***) -0.500
0.926
-1.528
0.170
0.200
1.033
0.612
0.555
0.500
0.756
1.871
0.104
店舗査定
0.200
0.919
0.688
0.509
0.125
0.354
1.000
0.351
2-a
賃貸料増加
0.778
1.093
2.135
0.065
1.000
0.926
3.055
0.018 (*)
2-b
顧客単価増大
-0.300
0.675
-1.406
0.193
0.250
0.707
1.000
0.351
2-c
顧客滞留時間
0.100
0.568
0.557
0.591
2-d
店舗顧客信頼
0.000
1.155
0.000
1.000
0.125
0.354
1.000
0.351
2-e
沿線事業者調整
-0.400
0.966
-1.309
0.223
-0.375
0.744
-1.426
0.197
2-f
沿線地価
-0.200
0.633
-1.000
0.343
0.000
0.535
0.000
1.000
2-g
地域魅力
0.100
0.876
0.361
0.726
0.250
0.463
1.528
0.170
3-a
新規事業
-0.100
1.197
-0.264
0.798
0.250
0.463
1.528
0.170
3-b
誘客効果
0.300
0.823
1.152
0.279
0.500
0.756
1.871
0.104
3-c
新収入源
-0.200
1.549
-0.408
0.693
0.500
0.926
1.528
0.170
4-a
競合店舗
0.100
1.287
0.246
0.811
0.625
0.744
2.376
0.049 (*)
4-b
出店退店交渉
0.300
1.160
0.818
0.434
0.500
0.756
1.871
0.104
4-c
店舗知名度
0.900
1.663
1.711
0.121
1.125
0.835
3.813
0.007 (**)
4-d
高い賃貸料
0.900
0.876
3.250
0.010
0.875
0.991
2.497
0.041 (*)
4-e
株主
0.000
1.155
0.000
1.000
(+)
(a)
(*)
(a)
***:0.1%有意,**:1%有意,*:5%有意,+:10%有意
(a)
:a 差の標準誤差が 0 なので、 相関係数と t は計算できない。
(注)質問項目の正確な文章は次の通り.
[1-a]グループ内資金を有効活用(新規店舗への投資等)できる.[1-b]キャッシュフローを増やすことが
できる.[1-c]鉄道部門の収益変動を補完できる.[1-d]駅のスペースを有効活用できる.[1-e]仕入れコス
トが削減できる.[1-f]自社グループ社員の教育効果を期待できる.[1-g]グループの人材を有効活用でき
る.[1-h]雇用の場として活用できる.[1-I]駅構内の特性に合わせた商品を開発できる.[1-j]自社が店舗
を査定する能力を高めることができる.[2-a]将来の駅の賃貸料を最大化できる.[2-b]駅での顧客単価を
増大できる.[2-c]駅での顧客滞留時間を最大化する.[2-d]出店当初から店舗が顧客の信頼を得ることが
できる.[2-e]沿線事業者との調整を容易にできる.[2-f]沿線の地価を高める.[2-g]地域の魅力を高める.
[3-a]新規事業につながる.[3-b]非鉄道利用者の駅への誘客が期待できる.[3-c]新しい収入源となる可能
性がある.[4-a]駅周辺の競合店舗に対抗できる.[4-b]出店退店交渉を容易にできる.[4-c]店舗の知名度
による高い売上が期待できる.[4-d]高い賃貸料が見込める.[4-e]株主による短期利益圧力に応えること
ができる.
6-3 有意差が確認されなかった項目と考察
この節では,統計的に有意差は確認できな
かったものの,興味深い示唆を含むと考える
点について論じる.
「駅・沿線の魅力([2-b]∼[2-g])
」
・
「新規
事業([3-a]∼[3-c])
」の質問項目について有
意差が見られなかった.しかし,全体的に有
意確率は外部活用型企業の方が小さな値を示
しており,内部活用・外部活用の使い分けの
意識がはっきりしていると言うことが示唆さ
れる.特に新規事業([3-a]∼[3-c])に関す
る質問は外部活用型企業において小さな有意
確率となっている.外部活用によって様々な
アイデアをトライアルし,新規事業を創出し
ようという姿勢を意味する.その一方で新規
事業([3-a])
,新収入源([3-c])での抱え込
み型企業の平均値は負であるが,これは,新
規事業を抱え込みによって行うことを意味し
ている.有意差ではないので,一部企業の行
動であり全体としては議論できないが,D 社
のインタビュー調査によると「沿線地域は人
口の減少が続くと見込まれ,マーケットとし
てうまみが少なく,
限られた商売になるため,
沿線地域の外に展開し『外貨』を稼ごうとい
うことで,それなら東京と言うことになっ
た.
」との回答を得ている.この事例は,経営
環境の厳しさから鉄道以外の収入源を求めて,
D 社が駅構内のテナントを積極的に抱え込み
型で行い,ノウハウを蓄積し,脱地域を目指
していることを表す.
沿線事業者との調整([2-e])に関する質問
は抱え込み・外部活用型企業ともに平均値が
負であり,抱え込み型が重要視されている.
鉄道事業の特性として,信用という視点は重
要である.B 社インタビュー調査では「抱え
込みによりクリーニング事業を駅構内で行っ
たが,
沿線事業者団体から撤退を求められた.
沿線との関係を重視して非常に有望な事業で
あったにもかかわらず,やむなく撤退した.
」
というコメントを得た.このことは,B 社が
魅力的テナントにより,利益を創出すること
よりも,沿線との関係を重要視していること
を表わしている.もしも,外部活用によるテ
ナントに,撤退を視野に入れた沿線との調整
を期待するとすれば契約・交渉は容易ではな
い.
6-4 分析結果のまとめ
これまでの分析結果をまとめると次のように
なる.
抱え込み型企業が重要視すること
• 内部活用による資金の有効活用
• 内部活用による仕入れコストの削減
• 内部活用による人材の活用
• 内部活用による雇用の場
• 内部活用によるキャッシュフローの増加
• 外部活用による賃貸料の最大化
外部活用型企業が重要視すること
• 外部活用によるキャッシュフローの増加
• 外部活用による賃貸料の最大化
• 外部活用による競合への対抗
• 外部活用による知名度を利用した売上高
の最大化
有意差の見られない項目
• 駅・沿線の魅力に関する各項目
• 新規事業に関する各項目
抱え込み型企業は,経営資源の有効活用を
目指している.そして,外部活用による賃貸
料の最大化を重要視するのは,抱え込みによ
るテナントの賃貸料を高く設定することの意
義があまりないことを反映していると考えら
れる.
外部活用型企業は抱え込み型の企業を少数
ながらも有しているが,経営資源の有効活用
について有意差が出なかった.その一方で,
外部活用による競合への対抗・知名度を利用
した売上高を重要視しており,その経営環境
が厳しく,競争的であることがうかがえる.
外部活用による新規事業の創出を重要視して
いるものの,有意確率が高くなるのは,その
厳しい経営環境から新しいことにチャレンジ
する余裕がないことが要因としてあげられる.
7 将来の展望
各企業は状況に応じて,抱え込みや外部活
用を企業戦略の一部に組み込んでいる.具体
的には高い賃貸料を目指すのであれば外部活
800
7-1 鉄道事業者の 2 類型化と経営指標
ここで,経営指標について考察を加える.
企業の規模に影響を受けない数値データとし
て,横軸に経営成果:総資産事業利益率
(ROA)
,縦軸に経営資源:有利子負債比率
(デットエクイティレシオ)をとり,各企業
をプロットした(図 4)
.この図だけから判断
を下すことは危険であるが,抱え込み型企業
は経営資源が豊富で,経営成果が高い.そし
て,逆も真である.今回は,この因果関係に
ついては言及しないが,推量を含めて考察を
加える.
経営成果の良し悪しによる経営資源の蓄積
が抱え込みと外部活用との違いになっている,
と推察できる.抱え込み型企業は経営資源の
蓄積が豊富であり,その豊富な資源を投入し
て,テナント運営のノウハウを蓄積して成果
をあげており,一種のポジティブフィードバ
ックを創り出している.外部活用型企業はそ
の逆である.経営資源が豊富ではなく,経営
環境が厳しくなると,外部活用型にならざる
を得なく,高い経営成果をあげることも難し
くなる.一種のネガティブフィードバックに
陥っている.この説明によれば,抱え込み企
業は将来への成長戦略が万全であり,外部活
用企業は将来への成長戦略に不安が残る,と
いえる.
しかし,逆の懸念もある.抱え込みによる
と顧客は選択肢を狭められ,駅・沿線の魅力
は減少する可能性がある.一方,外部活用に
よると顧客の求めるベストの選択肢を用意し,
最大限の顧客満足を追及している.この説明
によれば,
抱え込み型企業は顧客満足を失い,
駅・沿線の魅力が減少してゆくが,外部活用
型企業はアセンブラとしてノウハウを蓄積し,
駅・沿線の魅力を高め,成長が見込まれる.
A社
有利子負債比率
(デットエクイティレシオ)
用型,沿線事業者との調整を考慮するにはコ
ントロールのきく抱え込み型,といった具合
だ.これは,抱え込みも外部活用も機能的な
ものである,ということを示唆している.す
なわち,これらの手法は駅構内のテナント戦
略を効果的にするためのバリエーションとな
っている.
600
400
200
0
0
C社
1
2
3
4
5
総資産事業利益率(ROA)
6
図 4.経営指標(2002 年 3 月期)のプロット
●:外部活用型企業,○:抱え込み型企業
7-2 他の産業との比較
ゲーム産業の分析[田中・新宅 2001]では,
ゲーム産業も抱え込み型と外部活用型に類型
化することが可能であるとされている.そし
てその違いはゲームソフト自体の製造業とし
ての側面と芸術作品としての側面によるもの
であると実証的に述べられている.さらに,
情報を「技術やノウハウに近い情報」と「コ
ンセプトやアイデアに近い情報」
とに分けて,
前者の重要性が高い産業では抱え込み型,後
者の重要性が高い産業では外部活用型の産業
組織になるとの示唆を与えている.
車社会との競争が激しく,労働人口が減少
してゆく環境の中で鉄道が集客するためには,
コンセプトやアイデアに近い情報を活用する
必要が高まるとすれば,外部活用型のノウハ
ウを蓄積することは極めて重要である.
7-3 提言
これまで,抱え込み型と外部活用型の特徴
とその要因について議論してきた.この節で
は抱え込み型企業と外部活用型企業とに提言
を提示する.
抱え込み型企業に対する提言
ここでは,アイデアやコンセプトを模索す
るシステムとしての外部活用を提言したい.
外部活用型の企業は新規事業創出を目的の 1
つとして外部活用を行っていることを指摘し
たが,経営環境が厳しく競合も考慮に入れな
くてはならず,新規事業を創出する余裕はあ
まりないと推察できる.これまで抱え込み型
企業は「高い賃貸料」を目的として外部活用
によりテナントを入れてきたが,経営資源の
豊富なうちに,外部活用のノウハウを探り,
駅構内の活用方法について選択肢を増やして
おいた方がよいとも考える.環境の変化によ
っては常に経営が好調で推移するわけではな
い.厳しい経営環境に陥る前に,いわば先行
的に学習する必要性も出てくる.
駅は「通過人口に恵まれており,物販業は
在庫と言う観念がないと言っても大げさでは
なく,
流通業に等しいくらいである」
(C 社イ
ンタビュー)ので,短期間で新しいアイデア
やコンセプトが多くの人の目にさらされ,テ
ストマーケティングが可能である.東急電鉄
が開発した新形態コンビニ「ランキンランキ
ン」はまさにそのテストマーケティングを活
用し,全商品の 3 分の 1 の新商品を常時陳列
し,売上ランキング情報を提供することによ
り,情報発信基地としての付加価値を高めて
いる.
そこで本稿からの提言として,駅の一部,
又は一部の駅を外部活用により,巨大テスト
マーケティングセンターとして様々なアイデ
アや店舗業態,コンセプトを試行することを
提案したい.将来の鉄道業の拡大,サービス
向上のための足がかりとなる可能性をシステ
ムの中に組み込むのである.
外部活用型企業に対する提言
6-3 節では B 社が抱え込みによるクリーニ
ング事業から沿線事業者との調整のために撤
退したことを紹介した.B 社は外部活用にお
いてもテナントの撤退(エステデミロード,
バーガーキング,ミスタードーナツ)をいく
つか経験している.
外部活用型企業はテナントに対するコント
ローラビリティをどのように担保するかを交
渉・契約のノウハウとして蓄積してゆく必要
がある.質問票調査により「期待した収益や
資産効率を達成していない店舗を整理撤退す
るとき,
手順や基準が明文化されていますか.
(1.はい,2.いいえ)
」という質問をしたとこ
ろ,
「はい」という回答はゼロであった.
この「テナントに対するコントローラビリ
ティ」に関しては本稿では調査が不十分なと
ころであり,残された大きな課題である.
7-4 今後の課題と展望
外部活用型の駅構内運営と言っても,幅広
い.コンセプト,テナントの選定,契約方式,
ゾーニング等々,具体的な方法論が必要であ
る.今後は外部活用を効果的に進めるための
具体的な仕組みについて研究を進めてゆきた
い.
総じて外部活用型企業の業績は良くない状
況であったが,その因果関係は明らかではな
い.
業績そのものは連結ベースの業績であり,
一方で本稿における外部活用型という観念は
駅構内に限定したものであるので因果関係を
考えること自体,意味のないことかもしれな
い.しかし実際には,駅構内の運営を抱え込
み型で行うか,外部活用型で行うかという意
思決定がその企業の経営方針や組織形態にか
かわっており,大変興味深い.駅構内の総売
上は公になっていない経営指標であるため,
入手が困難なデータでもある.外部活用型の
具体的な方法論と加えて今後の研究課題とし
たい.
謝辞
本研究は問題意識から研究デザイン,論文
作成まで慶應義塾大学総合政策学部教授榊原
清則先生と研究会学生諸氏に大変お世話にな
った.環境情報学部教授有澤誠先生には JR
東日本寄附講座の受け入れ先として面倒を見
ていただいた.質問票調査・インタビュー調
査では鉄道事業者各社担当者の方に多忙なと
ころご協力いただいた.ここに厚く御礼申し
上げる.
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付録
A 社インタビュー:駅を新しい収入源に
A 社においては 2002 年 7 月にステーション
事業部を立ち上げ,駅構内事業について本格
的に取り組んでいる.鉄道事業収入の伸び悩
みから新たな収入源として期待している.
賃料(社内の構内営業規則によって定めら
れているが、古くなってきている)は売上高
に対する歩率で決まるので,グループ外企業
であろうとグループ内企業であろうと,売上
高の高い店舗を入れてゆく.例えば駅で売れ
るタバコはあら利が 10%程度なのでペイす
るのは難しい.
今までの駅構内事業は 100%グループ会社
によるものであったが、今後はグループにこ
だわらずに展開する(成長戦略上、重要な店
舗についてはこの限りではない)
.
店舗を配置するときはお客様の特性と駅の
コンセプトとの整合性を重要視する.駅構内
事業は鉄道と異なり、新規性・トレンド・変
化のスピードが重要であり、意思決定の時間
を短くする必要性がある.そこで,契約期間
は 1 年サイクルの更新とし,契約によって権
利が発生しないようにしている(いつでも立
ち退きを求めることができる)
.
競争相手を定めるのではなく、限られたス
ペースでいかに収益をあげるかということを
考えている.
B 社インタビュー:線路の面白さを追求
駅構内の店舗を決定する際に重要視する事
柄は、収益性・駅のコンセプトとの整合性・
店舗の知名度・新規性である.線路の面白さ
を考えると、グループしかないということで
はない.例えば,ある駅にグループ内企業の
コーヒー店を入れたら,隣の駅にはグループ
外企業の違うコーヒー店を入れるというよう
に,駅ごとにメリハリを考えている.ただ,
グループ内企業とグループ外企業の条件が同
じ時はグループ内企業を優先することになる.
B 社は沿線地域には観光地を持っていないが、
顧客を特定しやすいというメリットがあり、
ブランディングを考えている.
賃貸契約は社内ルール(最低ラインが定め
てある)が決められている(乗降人員によっ
て賃料がきまり,
固定+歩合がメインとなる)
.
2001 年から定期借家制度を前提に契約して
いる.
競合の設定についてはもともと意識してお
らず、駅の立地条件に頼っていたが、駅外も
良くなってきており、キラーコンテンツを入
れることも必要であるという認識をもってい
る.
駅構内事業の特性については,新規性が重
要であり,世の中のトレンドと関係が深く,
変化のスピードが速いと考えている.そのこ
とから,ノウハウの蓄積は必要なく(マーチ
ャンダイジングのノウハウは必要)
,
短期的な
意思決定が必要である.資産効率はよい.
成功事例として F 駅があげられる.沿線顧
客のブランディングを行い,外部資本を導入
した.ゼロからよりも認知されたものを持っ
てくることが,成功した理由として考えられ
る.一方,失敗事例もある.例えば,写真売
店は狭くて現像機をおけないため、その場で
現像することができないという状況のまま,
のんびりしていて自然消滅してしまった.ま
た,クリーニングは需要があるが、業界団体
との絡みであきらめてしまった.鉄道が本業
なので影響を与えるわけにはいかない.グル
ープ外会社の失敗事例としては,エステデミ
ロードの倒産,バーガーキングの JT 撤退,ミ
スタードーナツの不祥事があげられる.ミス
タードーナツについては全面撤退したが、そ
の意思決定は早かった.
C 社インタビュー:小売飲食業の成長戦略
C 社では駅構内における外部資本の活用方
法にルールを定めている.
それは,
「駅構内に
外部資本単独では入れない」というものであ
る.駅構内に外部資本を入れる時の手法とし
ては,外部資本+子会社(経営主体となる)
の方式が原則である.それには 2 つの理由が
ある.①鉄道事業優先のため、いつでも場所
を空けることができる.
②他社のノウハウ
(無
形資産:賃貸方式、コンセプト、物販、マー
ケティング等)を獲得することができる,と
いう理由である.
一方,駅ビルにおいてはほぼ100%外部
資本によって運営されている.グループ内企
業が駅ビルで営業したいというときにも採算
性等様々な条件を勘案し,断られることもあ
る.
契約については,駅構内の賃料は売上歩合
制である.もしも,グループ外企業との提携
である場合は,ロイヤリティを支払うことに
なっている.そして,1年ごとに契約を更新
するが、いつでも出てゆく可能性はある.一
方,駅ビルでは賃料は固定(坪単価)+歩合
(一定額を超えた部分に対して)であり,契
約期間、更新にはルールなく、個別交渉とな
っている.例外もあり,地方の駅は競争力が
ないので、安い賃料で有名テナントを誘致す
ることもある.
駅の工事の際は,事業創造本部と鉄道事業
本部の打ち合わせが必要であり,駅完成後も
メンテナンス、空調等打ち合わせは必要で継
続的に行われる.
新規事業の買収基準・撤退基準はないが基
本的には育てる,という方針である(よほど
買い得のものは買収する)
.
撤退するときはそ
の都度検討する(トリガーを引くルールはな
い)
.
飲食物販のプロとしてノウハウを蓄積し、
事業を成長させてゆくので,外部資本を活用
しない.
D 社インタビュー:環境変化による多角化戦
略
沿線の環境変化:沿線地域には 1%ギャップと
いう課題がある.これは,沿線地域の対全国
比として,昔は 5:4:3 と言われていた.つ
まり,全国の面積比の 5%,人口比の 4%,生産
(GDP)比の 3%ということである.現在では
さらに数値が低下し,5:3:2 と言われてお
り,沿線地域の置かれた状況をよく表してい
る.
D 社の環境変化:D 社は昭和 62 年 4 月に国鉄
分割民営化により発足した会社で,今年で 16
年目を迎えている.発足当時と比較して環境
の大きな変化は何と言っても高速道路網の整
備による高速バスの著しい躍進である.
会社発足時にはほとんど整備されていなか
った高速道路が,各県庁所在地を結ぶ X ハイ
ウェイの完成によりほぼ沿線地域を網羅した.
また,本州と沿線地域とを結ぶ橋もなかった
が,現在では 3 本となっている.この橋と接
続した高速道路網とにより各県庁所在地間は
いうに及ばず,京阪神地区と県庁所在地を中
心に高速バスが著しく発展した結果,当社の
主な事業である鉄道事業への大きな影響を及
ぼしている.そして,例えば T 市と大阪,神
戸間は約 10 分ヘッドで運行しており,
地域間
競争が激化している.また,経営安定化基金
の利率が大幅に低下し,発足時のスキームが
機能していない状況にある.
D 社グループの全国展開−外貨調達:さぬき
うどんのセルフスタイル(自分でうどんにの
せる天ぷらやあげなどをトッピングする)が
遊び感覚で若者に受けているとか, 500 円と
いう安い単価がデフレ化で支持されたとか,
また健康志向であるヘルシーメニューがいい
とか言われている.
(株)めりけんやは,X 社
の子会社と協力して出店した.
好調に推移し,
来客数は 1 日 1500 人前後である.2 店とも
(株)めりけんやの直営店舗ではなく,運営
は X 社の子会社であり,食材の供給や店舗の
運営指導を行っているが,できれば早い段階
で直営店舗を持ちたいと検討している.首都
圏に直営店舗を持つことで,
今後 FC 展開する
際の社員研修としても活用できるからである.
「沿線地域は人口の減少が続くと見込まれ,
マーケットとしてうまみが少なく,限られた
商売になるため,沿線地域の外に展開し『外
貨』を稼ごうということで,それなら東京と
言うことになった.
」
(D 社事業開発室担当課
長成房様)
当初,
(株)めりけんやは贈答用のうどんを
製造していたが,県内のさぬきうどん店に多
く見られる製麺所でうどんを食べると言う最
も贅沢な食べ方がさぬきうどんの 1 つのスタ
イルであることから,製麺工場近くにうどん
店を展開したのが始まりである.そして,ま
ず沿線地域から近い O 駅構内に出店しノウハ
ウの蓄積に努めた.
(株)
めりけんやは事業と
して順調に伸びているが,過去に一度店舗を
廃止すると言う厳しい経験をしている.品質
に関しては,さぬきうどん業界では申し分の
ない商品を提供していたのにもかかわらず,
十分な立地調査を行わなかったことに原因が
あると思われる.さらに,グループ会社の中
には独自に教育ソフトを開発し,現在では全
国の約 5500 校に導入された実績があり,
今回,
さらに中国上海でも販売を開始しており,文
字通り外貨獲得として期待されている.
T 駅周辺用地開発−公募方式による民間資本
の活用:D 社は何でも自前でやろうというわ
けではなく,T 駅周辺の土地活用では公募方
式により高知市に本店のあるスーパーに 15
年の事業用借地権設定で開発を任せた.
現在,
T 駅周辺ではサ官民一体となったプロジェク
トが進行しているが,全体計画の見直しも,
建設中の大規模建物へのテナントの入居やそ
の集客力も不明確なことから,慎重な判断を
した結果である.
「自社開発も検討したが,プロジェクト全体
の計画が定かではなく,リスクが高いため,
リスクヘッジの意味もあり,賑わいの創出の
ためには部外のノウハウを借りた方がよいの
ではないか.これはあくまで暫定活用という
ことで,15 年の事業用借地権設定とした.
」
(成房様)
駅構内店舗の入替え:D 社の駅構内店舗は,
会社発足時から平成9年10月に子会社化する
まで直営事業として展開してきたが,現在で
はグループが運営している.店舗の売上には
敏感になっており,売上の落ち込みがひどい
とか,店舗収支の改善の見込みもなく赤字が
続くのであれば,業態変更や撤退をグループ
会社の判断として決定している.また,T 駅
や S 駅,M 駅などにはグループ会社がディベ
ロッパーとして商業施設を展開しているが,
入居しているテナント側の経営判断として退
店することもあり,ディベロッパーとしても
テナントリーシングに苦労している.