第3章 3.1 質量公式 原子核の質量 原子核の最も基本的な物理量の1つは,基底状態の全エネルギー,すなわち,質量であ る.原子核の質量を議論するときには,電気的に中性な原子の質量を用いることが多い.そ れは,原子核が通常,そのまわりに電子を伴った原子の状態にあり,また,原子核の反応や 崩壊(壊変)においても電荷が保存するからである.そういう意味で正確には原子の質量で あるが,以下では,原子核の質量と言ったら中性原子の質量を意味することにする. 3.1.1 質量の単位 基本単位 kg,m,s で構成されるエネルギーの単位は J = kg m2 s−2 であるが,これではミクロな原子核の世界を記述するには大きすぎる.通常,原子核物理学 で現われるエネルギーのスケールは以下の単位の程度である. MeV 原子核物理学においては,エネルギーの単位として MeV が広く用いられる [ 1 ]: 1 MeV = 106 eV = 1.602 176 462 (63) × 10−13 J (3.1) 質量に光速の2乗をかけるとエネルギーになるので,質量の単位は [ 1 ] 1 MeV/c2 = 1.782 661 731 (70) × 10−30 kg (3.2) である.なお,自然単位系がしばしば用いられる.この単位系では光速を c = 1 とするの で,質量の単位は MeV になる. 原子質量単位 (atomic mass unit) 原子核の質量は概ね質量数に比例しているので,ある基準の質量を単位として表すのも便利 である.基準として 12 C を原子核としてもつ中性炭素原子が用いられる.これを原子質量 単位と言い, 1 u= (3.3) M (12 C) 12 41 42 第 3 章 質量公式 で定義される.値は u = 931.494 013 (37) MeV/c2 (3.4) である [ 1 ].記号として,u の代わりに amu が使われることもある. 原子核の質量を表す際の基本となる,陽子の質量 mp ,中性子の質量 mn [ 1 ],および水素 原子の質量 mH の値 [ 2 ] は mp = 938.272 00 (4) MeV/c2 = 1.007 276 466 88 (13) u mn = 939.565 33 (4) MeV/c2 = 1.008 664 915 78 (55) u (3.5) mH = 938.782 98 (4) MeV/c2 = 1.007 825 023 (55) u で,中性子は陽子より約 0.1% 質量が大きい.中性子と陽子の差,中性子と水素原子の差は mn − mp = 1.293 331 8 (5) MeV/c2 mn − mH = 0.782 354 (2) MeV/c2 (3.6) 電子の質量 me は me = 0.510 998 902 (21) MeV/c2 (3.7) である [ 1 ]. 3.1.2 質量の表し方 Z 個の電子を伴った中性原子の質量を,原子核の質量数 A と原子番号(陽子数) Z を用い て M (A, Z) で表すことにする.この表し方を用いると,中性子の質量は mn = M (1, 0),水 素原子の質量は mH = M (1, 1),原子質量単位の基準となる中性炭素原子の質量は M (12 C) = M (12, 6) である. 原子核の質量は,構成する粒子の質量と結合エネルギーで決まるが,後者は前者の 1% 程 度である.そのため,質量そのものよりは,結合エネルギーや,ある基準からの差を用いる ことが多い. 結合エネルギー( binding energy ) 陽子数が Z 中性子数が N の原子核をもつ中性原子の質量は ZmH + N mn に近い.我々は この値からのずれの特徴に興味がある.原子核の結合エネルギーは次式で定義される. B(A, Z) = ZmH + N mn − M (A, Z) (N = A − Z ) (3.8) この定義式からも明らかなように,結合エネルギーは原子核(中性原子)を Z 個の水素原 子と N 個の中性子に分けるのに必要なエネルギーである. 結合エネルギー B(A, Z) は電子の結合エネルギーを含むが,通常は無視できるほど小さ い.結合エネルギーについては次の節で詳しく述べる. 3.1 原子核の質量 43 Mass Excess 同じ質量数 A をもつ原子核におけるエネルギーの関係を考える際には,質量そのものや結 合エネルギーよりも,次の式で定義される mass excess のほうが便利なことが多い. ∆M (A, Z) = M (A, Z) − Au (3.9) 結合エネルギーを用いて mass excess を表すと, ∆M (A, Z) = Z mH + N mn − B(A, Z) − A u (3.10) = − B(A, Z) + Z (mH − u) + N (mn − u) ここで, mH − u = 7.288 97 (5) MeV/c2 (3.11) mn − u = 8.071 32 (5) MeV/c2 である.質量数が等しい原子核に関して,mass excess の差が質量差を与えるのに対して, 結合エネルギーの差は質量差を与えない.それは,水素原子と中性子の質量が異なるからで ある( mn − mH > 0 ). 例として,質量数が A = 56 の原子核の mass exces,結合エネルギー,および核子あた りの結合エネルギーは次の表のようになる [ 2 ]. 表 3.1 Z 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 Ca Sc Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga ∆M (56, Z) -13.237 -25.467 -39.132 -46.239 -55.289 -56.905 -60.601 -56.035 -53.900 -38.601 -25.728 -4.741 質量数 A = 56 と 57 の原子核 B(56, Z) 449.584 461.032 473.914 480.239 488.506 489.341 492.254 486.905 483.988 467.907 454.251 432.482 B/56 8.028 8.233 8.463 8.576 8.723 8.738 8.790 8.695 8.643 8.355 8.112 7.723 ∆M (57, Z) -7.120 -21.387 -34.558 -44.376 -52.393 -57.485 -60.176 -59.340 -56.075 -47.305 -32.686 -15.901 B(57, Z) 451.539 465.023 477.412 486.448 493.682 497.991 499.900 498.282 494.234 484.682 469.281 451.713 単位 MeV B/57 7.922 8.158 8.376 8.534 8.661 8.737 8.770 8.742 8.671 8.503 8.233 7.925 第 3 章 質量公式 44 Weizsäcker の質量公式 3.2 3.2.1 結合エネルギーの特徴 実験によって測定された原子核の質量は,次のような特徴を示す [ 2, 3 ]. 1. 原子核の結合エネルギー B(A, Z) は質量数 A に比例する.すなわち,核子あたりの 結合エネルギーはほぼ一定である(図 3.1 参照).質量数の小さい原子核を除くと, B(A, Z)/A は 7.4 MeV と 8.8 MeV のあいだにある. 2. 核子あたりの結合エネルギーは A ≈ 60 で最大になる.質量数が 60 から増加すると, B(A, Z)/A の値は単調に減少する(図 3.1 参照). 3. 質量数 A を固定して,結合エネルギーの陽子数 Z 依存性をみると,B(A, Z) は Z の 2次曲線で近似できる(図 3.2 参照). 4. 3. をさらに詳しく見ると,質量数 A が奇数のときは1つの2次曲線で表されるのに 対して,質量数 A が偶数のときは,2つの2次曲線で表される.陽子数 Z が偶数(中 性子数も偶数)の原子核は陽子数 Z が奇数(中性子数も奇数)の原子核に比べて結合 エネルギーがやや大きい(図 3.2 参照). 5. 質量数が小さい領域では,陽子と中性子を同数ずつ( Z = N )もとうとする傾向があ る(図 3.3 参照)[ 4 ]. 9.0 B ( A,Z ) / A [ MeV ] 8.5 8.0 7.5 7.0 0 50 100 150 200 250 mass number A 図 3.1: 中性子,陽子放出に対して安定な原子核の核子あたりの結合エネルギー g.s. energy [ MeV ] 40 35 30 25 20 15 10 5 0 g.s. energy [ MeV ] 3.2 Weizsäcker の質量公式 35 30 25 20 15 10 5 0 A = 57 A = 56 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 atomic number 図 3.2: 質量数 A = 57 と A = 56 の原子核 Z =N Z = 20 Stable Isotopes N = 20 Z = 14 N = 14 Z =8 N =8 Z =2 stable isotopes with Z = N = even except 84 Be no stable isotopes for A = 5, 8 3 2 He N =2 : only stable for A > 1 above the Z = N line 図 3.3: Z ≤ 20 の安定な原子核 45 46 第 3 章 質量公式 3.2.2 半経験的質量公式 Weizsäcker によって提唱された半経験的な質量公式( mass formula ) [ 5 ] は原子核を一 種の液滴とみなしている. 体積エネルギー( volume energy ) 液体の凝集エネルギーは液体の量に比例すると考えられる.従って,原子核のエネルギーは 最も粗い近似で質量数に比例する: E1 = −bvol A (3.12) 核子のあいだにはたらく核力は平均して引力である.引力であるから,自己束縛系とし て原子核が存在できるのである.従って,体積項にはエネルギーの減少(結合エネルギーの 増加)を意味する負号をつけてある.体積エネルギー項は,上に示した結合エネルギーの第 1の特徴に対応している. この特徴を 結合エネルギーの飽和性( saturation property ) という.これは核子間に はたらく強い相互作用が短距離力であることを示唆している.1つの核子に着目すると,短 距離力によってすぐ近くにいる少数の核子としか相互作用しない.従って,結合エネルギー は核子数に比例すると考えられる.もし,核子間にはたらく相互作用が長距離力であるなら ば,核子は原子核内の全ての核子と相互作用する.このときには,A 個の核子からなる原子 核の結合エネルギーは A 個から2個取り出す組合せの数 A C2 = A(A − 1)/2 ≈ A2 に比例 する. 表面エネルギー( surface energy ) 液滴の表面では表面張力がはたらいているので表面エネルギーが生じると考えられる.単位 面積あたりの表面張力を σ とすると,半径 R の球状液滴の表面エネルギーは表面張力 σ と 表面積 4πR2 の積で与えられる: E2 = 4πR2 σ (3.13) 表面エネルギーは結合エネルギーを減少させる.液滴の体積が質量数に比例すると考える と,半径は質量数の 1/3 乗に比例する: R = r0 A1/3 (3.14) E2 = 4πr02 σA2/3 = bsurf A2/3 (3.15) 従って,表面エネルギー項は と表せる. 原子核が核子からなる系であると考えると,核の内部にある核子にはそのまわりの核子 から引力を受けている.しかし,表面にある核子には内部にある核子からだけ引力を受けて いる.従って,表面効果として,エネルギーを増加させる表面エネルギー項が現れる.質量 3.2 Weizsäcker の質量公式 47 数とともに,体積は R3 に従って増加し,表面積は R2 に従って増加する.そのため,質量 数が小さいと表面効果が大きく,核子あたりの結合エネルギーは減少する. Coulomb エネルギー( Coulomb energy ) 陽子は正の電荷 e をもつので,陽子間には Coulomb 斥力がはたらき,原子核のエネルギー を増加させる.半径 R の球に電荷 Ze が一様に分布しているとすると,Coulomb 相互作用 のエネルギーは靜電気学の処方に従って計算できる: Z(Z − 1) E3 = 2 ρ0 dr ρ0 dr | r − r | ρ0 4πR3 =e 3 (3.16) 積分の前の因子 Z(Z − 1)/2 は Z 個の陽子から2個の陽子を取り出す組合せの数である.積 分は r と r について,それぞれ半径 R の球の内部にわたって行う.積分を実行して E3 = Z(Z − 1)e2 6 1 3 e2 Z(Z − 1) ≈ bCoul Z 2 A−1/3 = 2 5 R 5 r0 A1/3 (3.17) を得る.ここで,Z(Z − 1) を Z 2 で近似した.陽子数とともに Coulomb エネルギーは増 加するので,核子あたりの結合エネルギーは減少する. 対称エネルギー( symmetry energy ) Coulomb 相互作用を除くと,原子核は同数の陽子と中性子をもとうとする傾向があり,質 量数が小さい領域で顕著に見られる.質量数が大きい領域では,Coulomb エネルギーの寄 与が顕著になるが,この傾向は変わらないと考えられる. 原子核のエネルギーはこれに対応した対称エネルギー項を含まなければならない: N −Z E4 = c N +Z 2 A − 2Z A=c A 2 A = bsym (A − 2Z)2 2A (3.18) N/Z の比の値が同じで2倍の核子があれば,対称エネルギーも2倍になるはずであるので, 対称エネルギーは質量数 A に比例すると考えられる.上に仮定した対称エネルギー項は, Z = N のまわりに N − Z について展開して,最低次の2次の項だけをとったものである. 対エネルギー( pairing energy ) 結合エネルギーの特徴の4番目に示したように,原子核は同種の核子を偶数個もとうとする 性質がある.実際,陽子数 Z も中性子数 N も奇数で安定な核種は,2 H,6 Li,10 B と 14 N の4種だけである.この性質は対エネルギー(後述)の結果である.そこで,次の形の対エ ネルギー項を加えることにする: −δ(A) E5 = ∆(A) = 0 δ(A) Z = 偶数, N = 偶数 Z + N = 奇数 Z = 奇数, N = 奇数 (3.19) 48 第 3 章 質量公式 4 proton pairing energy [ MeV ] 3 2 1 0 4 neutron 3 2 1 0 0 50 100 150 200 250 mass number A √ 図 3.4: 対エネルギー.曲線は 12/ A ただし, 12 δ(A) = √ MeV (3.20) A とする.この質量数依存性と大きさは 図 3.4 に示すように,対エネルギーの実験値 [ 2 ] か ら経験的に決めたものである. 以上をまとめて,Weizsäcker の質量公式は次のように表される: B(A, Z) = bvol A − bsurf A2/3 − bCoul − bsym Z2 A1/3 (A − 2Z)2 A − ∆(A) 体積エネルギー 表面エネルギー Coulomb エネルギー (3.21) 対称エネルギー 対エネルギー パラメータの値は Green [ 6 ] によって求められた.その後,多くの原子核の質量が測定さ れ,実験値を再現するパラメータとして,たとえば,次の値の組が用いられている: bvol = 15.56, 単位は MeV である. bsurf = 17.23, bCoul = 0.697, bsym = 23.29 (3.22) 3.3 3.3 3.3.1 安定な原子核 49 安定な原子核 ベータ安定線 Weizsäcker の質量公式には陽子数 Z に依存する2つの項,すなわち,Coulomb エネル ギー項と対称エネルギー項がある.質量数 A が等しい原子核の中で結合エネルギーが最大 の核種は ∂B(A, Z) =0 (3.23) ∂Z A=一定 によって決定され,その陽子数 Z ∗ は Z∗ = A (3.24) bCoul A2/3 2+ bsym で与えられる. 最も安定な原子核の分布は2つのパラメータの比 bCoul /bsym が決定している.対称エネ ルギーは Z = N である原子核を安定にしようとするが,Coulomb エネルギーが増加する と Z ∗ が大きくなり,安定な原子核は Z = N の線から中性子が多い方へ離れる.それぞれ の質量数 A に対する Z ∗ を示したのが図 3.5 である.この図には自然界に存在する安定同 位体を小さな黒い四角形で表してある.詳細に見るとずれはあるものの,全体としては安定 な同位体の分布を良く再現していることがわかる.なお,それぞれの質量数に対する最も安 定な原子核は,下に述べるベータ崩壊に対して安定な原子核であり,これらの原子核をつな いだ線を β 安定線( β-stability line )という. 100 proton number Z 80 Stable Isotopes 60 40 20 0 0 20 40 60 80 100 120 140 neutron number N 図 3.5: 安定な原子核.曲線は (3.24) 式. 160 第 3 章 質量公式 50 図 3.6 に,安定な原子核の核子あたりの結合エネルギーを示す [ 2 ].質量数の小さい領 域を除けば,実験値と質量公式による値とは良く一致している.ただし,質量数 A ≈ 90, 140,210 付近では実験値の方が大きくなっている.これは,下に示すように殻効果である. 図 3.7 には安定な原子核における結合エネルギーを成分ごとに示す.主に,表面エネル ギーと Coulomb エネルギーが体積エネルギーを部分的に相殺し,核子あたりの結合エネル ギーを 8 MeV 程度に減少させていることがわかる.対称エネルギーの効果が小さいように 見えるが,対称エネルギー項によって安定な原子核が形成されているのであり,この項の役 割は大きい. 自然界に存在する安定同位体 3.3.2 理科年表 [ 4 ] には 287 種の安定同位体があげられている.そのうち,207 は等しい質 量数をもつ原子核のなかで,最も安定な核種である( A = 1 から A = 209 まで.A = 5 と A = 8 を除く).厳密には安定ではないが,トリウム 232 Th 及び3つのウランの同位体 234,235,238 U が安定同位体に入れられている.残りのほとんどは二重ベータ崩壊(後述)す る原子核である. また,自然界には放射性同位体も存在し,次の3つのグループに分類される [ 4 ]. 1) ウラン( 235 U,238 U ),トリウムのような長寿命の放射性元素を親とする放射壊変系 列に属する核種. 2) 40 K のように放射壊変系列に属さない長寿命の核種. 3) 宇宙線により生成される核種.高層大気中では,宇宙線が窒素,酸素,アルゴンなどの 原子核に衝突して核反応を起こしたり,その際放出された中性子が2次的な核反応を起 こして放射性核種を生じる.このグループに属するのは 3 H,7 Be,10 Be,14 C,22 Na, 32 P,35 S,36 Cl などである. 2番目のグループに属する核種を下の表に示す.壊変様式については次節に述べる. 表 3.2 核種 40 K Rb 113 Cd 115 In 123 Te 138 La 144 Nd 147 Sm 87 放射壊変系列に属さない天然一次放射性核種 半減期 1.28 × 10 4.8 × 1010 9 × 1015 4.4 × 1014 1.3 × 1013 1.3 × 1011 2.4 × 1015 1.06 × 1011 9 壊変様式 y y y y y y y y − β , EC β− β− β− EC − β , EC α α 核種 148 Sm Gd 176 Lu 174 Hf 187 Re 186 Os 190 Pt 152 半減期 7 × 10 1.1 × 1014 3.6 × 1010 2.0 × 1015 5 × 1010 2 × 1015 6.0 × 1011 15 壊変様式 y y y y y y y α α β− α β− α α 3.3 安定な原子核 9.0 B ( A,Z ) / A [ MeV ] 8.5 8.0 7.5 7.0 0 50 100 150 200 250 mass number A B ( A,Z ) / A [ MeV ] 図 3.6: 安定な原子核の核子あたりの結合エネルギー 16 volume energy 14 surface energy 12 Coulomb energy 10 8 symmetry energy 6 4 2 0 0 50 100 150 200 250 mass number A 図 3.7: 安定な原子核において Weizsäcker の質量公式の各項が占める割合 51 52 第 3 章 質量公式 この表に示した核種は安定ではなく,ベータ崩壊,あるいはアルファ崩壊によって別の核種 に変わっていく.しかし,寿命が宇宙の年齢( 1.5 × 108 年程度)よりも長く,宇宙・星の 進化の過程で生成された原子核が,未だに残留しているのである. 3.3.3 殻効果( shell effect ) Weizsäcker の半経験的質量公式は,全体として実験データを良く再現するが,実験値と 詳細に比較してみると,特徴的な違いが見られる.たとえば,図 3.6 に示した,安定な原 子核の核子あたりの結合エネルギーにおいては,比較的質量数の小さい領域でずれがあり, また,質量数が A = 90, 140, 210 あたりでは,測定値が系統的に質量公式の値より大きく なっている.そこで,両者の違い ∆E(A, Z) = B(A, Z)測定値 − B(A, Z)質量公式 (3.25) を計算してみると 図 3.8 のようになる.図の上のパネルは,中性子数が等しい原子核を線 で結んで陽子数に対する ∆E の変化を示してあり,下のパネルでは陽子数が等しい原子核 を線で結んで中性子数に対する ∆E の変化を示してある.どちらの場合も,Z, N = 28, 50, 82 の近傍で ∆E は正に大きくずれており,また,下のパネルでは N = 126 近傍において 同様な現象が見られる.これらの特徴的な陽子数・中性子数は,後の章で見るように 魔法 数 と呼ばれ,原子核内の核子が殻構造を持つことを示唆している. 3.3 20 50 安定な原子核 82 ∆E [ MeV ] 15 28 10 5 0 -5 0 50 100 proton number Z 82 20 126 ∆E [ MeV ] 15 50 10 28 5 0 -5 0 50 100 150 neutron number N 図 3.8: 質量の実験値と Weizsäcker の質量公式による値の差 53 54 3.4 第 3 章 質量公式 第 3 章の参考文献 1. D.E. Groom et al., European Physical Journal C15 (2000) 1, available on the Particle Data Group WWW page (URL http://pdg.lbl.gov ) 2. The 1995 Update to the Atomic Mass Evaluation, available on http://www.nndc.bnl.gov/nndcscr/masses/ 3. Table of Isotopes, Eighth Edition, R.B. Firestone, Ed. V.S. Shirley, (John Wiley and Sons, Inc., New York, 1996) 4. 理科年表(丸善,2001 ) 5. C.F. von Weizsäcker, Z. Phys. 96 (1935) 431 H.A. Bethe, Rev. Mod. Phys. 8 (1936) 82 6. A.E.S. Green and D.F. Edwards, Phys. Rev. 91 (1953) 46; A.E.S. Green, Phys. Rev. 95 (1954) 1005
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