JET Aviation Basel

Jet Aviation バーゼル工場
~世界最大級のビジネスジェット整備センター~
スイス北部の主要都市バーゼル近郊の空港 EuroAirport Basel-Mulhouse-Freiburg(以
下バーゼル空港)には、世界最大級のビジネスジェット整備ステーションがある。ビジネ
スジェットに対する総合サービス事業大手 Jet Aviation 社(本社=スイス・チューリヒ)
の運営するこの整備ステーションでは、ビジネスジェット主要機種のほぼ全てに対し、メ
ンテナンスと Completion(キャビンのデザイン・製造・艤装および耐空検査を含む、航空
機製造の最終工程)を中心に、サービスを提供している。
↑バーゼル空港内に立地する Jet Aviation のビジネスジェット専用格納庫のひとつ。A380 も格
納できる。キャビン・カスタマイズを中心とする作業がおこなわれている
★ Jet Aviation 社の原点
見知らぬ他人と乗り合わせることのないビジネスジェットは、ハイジャックや航空テロ
に遭遇するリスクがゼロに近く、プライバシーの保たれた機内では、移動時間も商談や会
議に活用することができる。定期便路線のない地域にも直行できる。さらに、「取引先に、
より強く自分を印象づける効果も重視されている」(Eugen Hartl 副社長)。
こうした利点から、ビジネスジェットは各国政府・王室・個人・企業と、あらゆる人々
に活用されている。個人も企業もビジネス目的で活用している点は共通だ。「多地域に拠点
展開する傾向の強い製造業は、ビジネスジェットのメリットも享受しやすいので、ヨーロ
ッパの主要メーカーの多くが活用している」(Hartl 副社長)。
スイス政府も政府専用機として複数機のビジネスジェットを導入しているし、スイス企
業も、1社で1機所有するケースは少ないものの、多くの企業がフラクショナル・オーナ
ーシップ(共同所有の一種で、一定時間の年間利用権を購入するシステム)やチャーター
によりビジネスジェットを活用している。
近年では、日本を除く東アジアでもビジネスジェットの需要が増大している。
「中国は既
に、独自のビジネス航空産業が成立するほどの巨大市場となっている。韓国企業による利
用も伸びており、今後は要チェックの市場となるだろう」
(Hartl 副社長)。
Jet Aviation 社の創業者 Carl Hirschmann 氏は、こうした時代の到来を予測し、1967 年
にビジネスジェット専門の整備会社として、Basel で事業を立ち上げた。彼はビジネス航空
にとって、メンテナンスが主要な要素となることを理解していた。つまり、この Basel の
整備センターは、Jet Aviation 社の原点でもある。
ビジネスジェットの利用拡大に伴い、Jet Aviation 社は業務を拡大し、FBO やチャータ
ー、航空機の販売や運用マネジメント、格納庫の賃貸、装備品のアップグレードやカスタ
マイズ、キャビンのデザイン・製造・艤装まで手がける、ビジネスジェットに関する総合
サービス企業へと成長を遂げた。現在、世界の 26 空港に拠点を設け、5,000 人以上のスタ
ッフを雇っている。このうち Basel には、52 カ国から 1,700 人のスタッフが集っている。
↑メンテナンス格納庫のひとつ。バーゼル空港内には、Jet Aviation 社のビジネスジェッ
ト整備工場がずらりと並んでいる
★ 世界最大級の Completion センター
スイスとフランスにまたがるバーゼル空港の広大な敷地内には、合わせて9つの Jet
Aviation 社の格納庫が立地している。格納フロアだけで計 31,862 ㎡、部品の整備・加工な
どワークショップ部分が計 20,156 ㎡の面積を持つ施設群は圧巻。現在、800 人を超える
Completion 作業スタッフを擁する Jet Aviation 社のバーゼル工場は、世界最大級の
Completion センターとなっている。
同工場はまた、1996 年以降、世界的なブランドでもあるフランス製ビジネスジェット「ダ
ッソー・ファルコン」の艤装も手がけており、2009 年までに累計 100 機のダッソー・ファ
ルコン機のキャビン艤装をおこなっている。
9つの格納庫のひとつは、2008 年に新設したばかりで、総2階建ての超大型機エアバス
A380 も収容できる、Completion 用の大型格納庫だ。フランス領内に立地している。もち
ろん収容するだけでなく、A380 を含むエアバス機や、B747 ジャンボ機を含めたボーイン
グ機の各ビジネスジェット仕様をはじめ、ビジネスジェットの主要機種のほぼ全てに対し、
艤装などをおこなっている。
この格納庫では、個々の機材ごとに「小さな島のように」作業スペースが完結しており、
インテリアのデザイン、機体整備から装備品の搭載まで、あらゆる作業がその中で進めら
れていく。
↑生産効率を高めるため、ビジネスジェット1機ごとに、完結した作業エリアが設置される
★ キャビン・カスタマイズ
ビジネスジェットと定期旅客機との大きな違いのひとつは、ビジネスジェットは購入者
のニーズに応じて個別にキャビンがデザインされること。キャビン・カスタマイズは、FBO
(自動車における高速道路サービス・エリアに相当する、ビジネスジェット利用者のため
の休憩ラウンジ・給油・メンテナンス・飲食などの提供拠点)のようにビジネス航空特有
の産業分野を形成している。
Jet Aviation 社のバーゼル工場では 2011 年1月現在、30 人以上のインテリア・デザイナ
ーが、外部のデザイナーと協力しながら、寝室や浴室、会議室、厨房、トイレ、さらには
機内エンターテインメントに至るまで、顧客ニーズに合わせたカスタマイズをおこなって
いる。
製造工程は、大半が手作業。よりきめ細かで精緻な加工を追及するためだ。
座席や客室の内壁、家具類などはもちろん、顧客のリクエストによっては実物大のキャ
ビン模型(モックアップ)も製造する。電気系統の配線なども手がける。
また、電子航法装置のアップグレードや、レイアウトの変更、機内照明の LED への切り
替えに至るまで、さまざまなアフターサービスもおこなっている。
↑シートのクッション張り作業。ほとんどの加工作業は、手作業で丁寧に進められていく
★ ビジネスジェット MRO
Jet Aviation のバーゼル工場のもうひとつの主力事業であるメンテナンス部門では、D 整
備(1カ月程度かけて実施される、最も大掛かりな整備。いわゆる重整備)まで含めた、
あらゆる整備サービスを提供しており、機体の改修、コックピットやキャビンの電子シス
テムのアップグレードなどもおこなっている。対象機種は、ガルフストリーム、ボンバル
ディア、ダッソー・ファルコン、エアバス、ボーイングのほとんどをカバーしている。
同工場では、機体整備だけでなく、世界各地からの MRO 事業者が参加している OEM ワ
ークショップも併設し、エンジンや補助動力装置、アヴィオニクスなどの整備・修理を提
供している。エンジンであれば、ハネウェル、GE、プラッツ&ホイットニー、ロールス・
ロイスなど、アヴィオニクスであればロックウェル・コリンズやハネウェル、GE といった
主要ブランドの大半をカバーしている。
AOG(交換部品の緊急通関業務)も 24 時間体制でおこなっている。
飛行機本体に関わる品々だけでなく、救命ボートなどの備品類のメンテナンスも手がけ
ている。
↑エンジンの MRO ショップ。ハネウェル-GE 製 CFE 738 シリーズや、ハネウェル製 TFE 731
シリーズなどの整備・修理をおこなっている。年間、約 60 基のエンジンを整備している
↑世界最大級のビジネスジェット MRO センターが立地するバーゼル空港(定期航空ターミナ
ル)。スイスとフランスの両国土にまたがっており、内部もスイス領とフランス領で左右対称の
造りになっている。現在は自由に相互通行できるが、国境の検問所跡が残っており面白い。写真
はスイス側から撮影
文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト)
ビジネス航空推進プロジェクト
略歴
http://business-aviation.jimdo.com/
元中部経済新聞記者。在職中にビジネス航空と出会い、その産業の重
要性を認識。NBAA(全米ビジネス航空協会)の 07 年および 08 年大
会をはじめ、欧米のビジネスジェット産業の取材を、個人の立場でも
進めてきた。日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するた
め退職し、08 年 12 月より、フリーのジャーナリストとして活動を開
始。ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に、C-ASTEC とも協
力関係が始まる。2010 年6月より C-ASTEC 地域連携マネージャー
(非常勤、3月末まで)