第58号

vol.58
2010年10月29日
APPROACH
編集責任者:総務部長 大嶋 巖
http://www.jodc.or.jp/approach/
▲バックナンバーが閲覧できます。
内藤 哲也専門家
Mr. Tetsuya Naito
1. 内藤 哲也専門家(インドネシア)
2. 藤本 大助専門家(ベトナム)
島村 紳専専門家(中国)
3. 吉識 智彦専門家(ベトナム)
APPROACHは、海外各国で専門家として活
躍されている方々の指導現場での貴重な体験
談を掲載しております。
夜が明けて頂上を目指し、合計17時間掛かりようやく
インドネシア ビトン
登頂することができました。クラバットの山頂から普段生
派遣期間: 2010/6~2010/12
活しているビトン、マナドを見降ろすと「登頂成功」の実感
指導内容: 鰹節の生産時に出る副産物の利用・衛生管
理に関する技術指導
クラバット山登頂から得たもの
私が赴任していますインドネシア、北スラウェシには日
本人に「メナード富士」と呼ばれる標高2100mのクラバット
山があります。クラバット山は受入企業から見ることがで
きるため、これを見るたびに日本を思い出します。
現地スタッフに「休日にクラバット山に一緒に登ろう」と
言われ、クラバット登頂を決意しました。「富士山に比べ
れば標高が低いので、楽に登頂できるだろう」と考えなが
が湧き、熱いものがこみ上げてきました。
異国の地で指導がうまく伝わらず、思うような結果が出
なかった時などは悩んでしまうこともあります。しかし、そ
ういう時こそクラバット山を眺めて、頂上で現地スタッフに
言われた言葉を思い出すようにしています。
「現地の言い伝えで『クラバット登頂成功したものは心
が強くなる。』という言葉がある。内藤はもう心が強くなっ
た。」
この言葉を忘れず根気強く指導を続け、現在では尐し
ずつではありますが実を結びつつあります。
ら、準備もたいしてせずに登頂日を迎えました。
登り始めて数時間が過ぎ、標高が高くなるとヤシの木
がなくなり、岩に苔が生えていたり、見たことのない不思
議な景色が広がりました。登頂予定時間を大幅に過ぎて
しまい日没を迎え、ライトなどの装備がなかったため道を
見失うことがありました。このままでは事故の恐れがある
ので、8合目あたりで野営をしましたが、雨で服が濡れて
いたため寒さに震えながらの野営でした。
▲山頂にて(右から2番目が内藤専門家)
▲9合目にて(一番右が内藤専門家)
1
藤本 大助専門家
Mr. Daisuke Fujimoto
ところで、三猿には、「悪いことを見たり、聞いたり、言
ベトナム ホーチミン
ったり、にとらわれない。」つまり、「物事にとらわれないこ
派遣期間: 2010/7~2011/1
とがうまく生きていく知恵だ。」という解釈があります。しか
指導内容: モバイル・サイト用CMS(コンテンツ・マネージメ
ント・システム)開発についての指導
しこれは、「他人に迷惑を掛けない」が根本にあっての話
でしょう。海外で勝負する日本人が多くなった今日、時に
は大胆に、この「忘れざる」を付け加えることが、国際社
「見ざる・聞かざる・言わざる」そして…「忘れざる」
「見ざる・聞かざる・言わざる」という言葉を、ご存じの方
も多いはず。これは三猿と言われ、叡智の三つの秘密と
会で逞しく生きていく上で必要なのかもしれません。
また、日光東照宮に猿が1匹増えても驚かない日が来
るのかもしれません。
されています。
さて、現在ベトナムのホーチミンに赴任しており、ベトナ
ムのことを尋ねられると、「見ざる・聞かざる・言わざる、
そして…忘れざる」だと答えます。
①「見ざる」
咥え煙草をし、携帯電話を片手にバイクに乗り、脇見
運転をする「見ざる」。
▲飲食店にて
②「聞かざる」
バイクの上に寝転がり、話しかけてくるバイクタクシー。
断るもこちらの話を聞かず話し続ける「聞かざる」。
島村 紳専門家
③「言わざる」
中国 広東省
ご飯屋にて、周りの事を気にせずに、お酒を飲み話し
Mr. Shin Shimamura
派遣期間: 2010/7~2010/12
ている。こちらが、「もう尐し落ち着いて」と「言わざる」を
指導内容: 自動車用コンベアシステム製造の品質管理に
得ないが、言っても「聞かざる」なので、結局「言わざる」。
関わる技術指導
④「忘れざる」
ビールを注文し、店員がビールを運んでくる途中、別客
から呼ばれ彼女はそのビールを、誰もいないテーブルに
置き、注文を取りにその客のもとへ向かう。そして、注文
を厨房へ通し戻ってくる。私はテレビを見ている彼女を見
つめる。目が合う。私がビールと彼女と交互に視線を落と
す。彼女もビールと私と交互に視線を落とす。そして、彼
女の視線は、再びテレビへ。覚えていないのか、「忘れ去
る」。
中国の食文化
私の赴任先である受入企業は、広州空港から高速道
路を利用して1時間ほどの佛山市にあります。以前にも2
度出張経験がありますが、いずれも食生活に苦労した記
憶があり、今回も不安に感じていました。
現地での食事はやはり外食ばかりで、仕事の帰り道や
ホテル近くのお店を利用することになります。以前と比べ
ると、ホテル近くの食堂の数も増えていて、尐し嬉しく思
いました。中にはゲテモノ料理を出すお店もあり、ある時
入ったお店がどうやら蛇料理専門店だとわかり、注文も
せずに退散したことがあります。
現在、よく利用するお店はホテル近くにある四川料理
店です。辛いものがあまり得意でない私にはミスマッチな
のですが、お店の雰囲気が良いため続けて通っていま
す。それほど辛くないものを色々と試した結果、ジャガイ
モの千切りが日本の味付けに近く、全く辛くないため、一
▲街の様子
番のお気に入りになりました。今でも一服の清涼剤のよう
な存在です。
2
吉識 智彦専門家
Mr. Tomohiko Yoshiki
ベトナム ホーチミン
派遣期間: 2010/6~2011/1
指導内容: CADによる建設仮設図面の作図技術向上に
関する技術指導
休日の過ごし方
ムイネービーチはホーチミン市から東へ約250kmに位
置するリゾート地です。ベトナムの有名所であるニャチャ
ン、フーコックは何れもホーチミンから遠方地であり、手
▲ジャガイモの千切り
近なところでムイネーまで小旅行をしてきました。
中国生活を続ける以上、いつまでも辛口料理から逃げ
道端で黙々と草を食べる牛、整然と並ぶゴムの木やド
ている訳にはいきません、ここは中国。何事にもチャレン
ラゴンフルーツの農園を眺めつつ、車で4時間程揺られる
ジです。でも、やっぱり辛いです。特にマーボー豆腐には
と海が開けます。そこには夥しい数の漁船が眼下に広が
ふんだんに唐辛子が使われており、最初の頃は食後しば
り、浅瀬には籠状に編まれた一寸法師を連想させるお椀
らく口がきけないほどでした。ただひとつだけ、辛くてもは
型の小舟がぷかぷか浮かんでいます。大人も子供も混じ
まった料理があります。それは火鍋です。真ん中に辛い
って地引き網をしている風景を目にすると、昔ながらの漁
赤いダシが、その外側には辛くない白いダシがあり、両
村のようで、旅情を誘ってくれます。
方が味わえて、さらに辛さを調節できるのです。夏の暑い
海岸沿いは開発が進み、安宿からリゾートホテルまで
日、冷房を効かせた部屋の中、大勢で汗をかきながら食
並んでおり、通りには欧州から来たと思われる観光客が
べたあの火鍋の味は忘れられません。
目立っています。宿泊したホテルにはプールがあり、バン
ガロータイプの部屋の目と鼻の先には水平線を望むプラ
最後にひとつ、中国で一番驚かされたものは、頭と脚
イベートビーチが広がっています。残念ながら透明度の
がそのままお皿に載って出てきた鶏料理です。こちらで
高くてきれいな海というわけにはいきませんが、リラック
は高級料理で、大好きな人が多いと聞きました。恐るべ
スチェアーから望む風景、特に夕焼けには何もかも忘れ
き、中国の食文化です。
てしまいそうです。
▲休日のムイネービーチ
▲食事風景(右から2番目が島村専門家)
漁村らしく新鮮なシーフードがいっぱいで、中でもイカ
は身が太くて味も濃く、シンプルに炭で焼いたもの(ジュ
3
ーシー!!)、さっぱりと生姜蒸しにしたもの(ぷりぷりっ!!)、
私は簡単なベトナム語は出来ますので、拙いながらも
甘味と旨味の凝縮した柔らかい一夜干しを炙ったもの(も
彼らと直にやり取りする中で、話しぶり、表情や動作、ジ
う最高!!)と、イカってこんなに美味しいものだと思わせてく
ェスチャー、絵、間の取り方などの非言語コミュニケーショ
れます。たらふく食べてビールも飲んで1人10万ドン(約
ンによって伝え、伝わってくるものがあります。後は、酒の
500円)程度です。
力を大いに借りて。
指導の中で彼らのプライベートや素の部分に触れると
生活環境が異なる異国で暮らしていると、知らず知ら
いう機会はそうそう無いものです。このような席でざっくば
ずの間にストレスを溜め込んでしまうこともあります。たま
らんにやり取りすることにより、彼らの考え方や情報を知
には、ゆったりとした独特の時間が流れるこのムイネーで
ることができ、逆に私自身のことも知って貰うことが出来
過ごす休日も良いものです。
ます。直接的に「思い」のやり取りが出来ると、相互作用
現地スタッフとの意思疎通
の結果として、必ず指導にプラスになると確信していま
す。
ビールグラスをテーブルに置くや否や繰り返される「モ
ッ・ハイ・バー・ヨー!!」(1・2・3・乾杯!!)、ベトナムの国花で
理事長からのエール
もあるハスを使ったサラダに始まり、海老や肉の焼いたも
の、空芯菜のニンニク炒め、炒飯、しめは鍋に南国のフ
ルーツ、「モッ チャム ファン チャム ニャ!!」(一気飲み
ね!!)の声も加わり、大量のビール瓶が。
これがレストラン(といっても屋根はあるが吹き曝し)で
行われる飲み会のいつもの光景です。アルコールに強く
ない私にとっては試練の場でもありますが、彼らの醸し出
す雰囲気はたまらなく心地良いものです。
日本人のノーベル化学賞受賞に思う
菅野 利徳
今年のノーベル化学賞に、クロスカップリング技術の共同
開発者として、鈴木章・北大名誉教授と根岸英一・米パディ
ユ大特別教授の2人が選ばれたのは、最近明るい話題が尐
なかった我が国にとって、誠に喜ばしいことでした。ノーベル
賞がスタートしたのは1901年からですが、過去科学分野で
受賞された15名(他に文学賞2人、平和賞1人あり)のうち10
名が2000年以降の受賞であることに象徴されるように、近
年、科学技術の先端分野での日本人の業績が高く評価され
るようになっているわけです。
他方、刊行誌「グローバル経営」10月号には、電通シンガ
ポールに勤務されている小山雅史氏の「アジアにおける日
本ブランド」という調査レポートが掲載され、アジア諸国での
日本及び日本製品に対するイメージが、近年务化しつつあ
り、代わって韓国が巧みなマーケティングで、消費者に親し
み感を醸成していることを紹介しています。アジアの諸国
▲現地スタッフたちとの交流
さて、このような会に参加する目的は彼らと意思疎通を
するためということがあります。二者間対話において、言
葉によって伝えられるメッセージは全体の35パーセントに
過ぎないという説があります。これは同じ母国語同士であ
ってもです。母国語が違い、生活習慣が異なる場合は尚
更でしょう。そもそも完全なる意思の疎通は不可能だと思
います。しかしながら、完全なる意思の疎通に出来るだけ
近づけていくということは出来ます。
で、日本或いは日本製品は、「Hardworking、Polite、
Punctual、Efficient、Creative」といった総じて良いイメージで
見られている旨も報告されています。しかし、冒頭に触れた
我が国の科学技術力やこれまでに培われた日本への良好
なイメージに安住するだけでは活きた経済の中の競争には
勝てません。海外の市場において我が国の強みや良さをも
っと大胆に消費者に訴求し、またそれぞれの国の所得水準
や生活の実態を踏まえた製品供給にも更に工夫を凝らすな
ど、実際のビジネスに結実させる「長けた」取り組みの必要
性を改めて考えさせられました。
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