第 3 章 基本的センサの原理と構造

第 3 章 基本的センサの原理と構造
山﨑弘郎
センサ、あるいは変換器により、計測対象量を電気量に変換し、電子計測技
術を応用して計測を実行する手法が定着した。自動車においても本来の“走る”
“曲がる”“止まる”の機能を高い性能で実現するためにセンサが使用されるが、
この他に安全や環境保全のために、多彩なセンサを使用して高度な制御と自動
化システムが実現されている。
ここでは、自動車に使用されるセンサの中で、代表的な信号変換の手法とそ
れを実現するセンサの原理や構造を紹介する。
センサが変換する対象量は、物理量と化学量とに大別される。ここでは、第
2 章で解説したセンサ技術の全体像を背景に、基本的な物理量センサデバイス
と化学量センサデバイスの信号変換原理と構造とを述べる。
物理量とは物理学を構成する数式モデルを記述する量であり、現象を記述す
る特徴量である。最初に物理量センサとして構造型、次に物性型センサについ
て代表的な変換原理と構造とを説明する。
化学量とは対象の物質成分とその構成比、濃度などを示す量である。化学量
センサには対象が気体である気体成分センサと、液体を対象とする液体成分セ
ンサとがある。
3.1
微小変位センサ
力やモーメントを弾性体に加えるときに生ずる弾性変形の変位を、電気信号
に変換する。変位を変換するには、まず、インピーダンスの変化に変換する。
別の電源から電流、あるいは電圧を加えて、出力信号である電圧、あるいは電
流に再変換する能動型センサの構成となる。変換を仲介するインピーダンスに
は、抵抗、キャパシタンス、インダクタンスの 3 種類がある。それに対応した
センサデバイスの構造がある。
3.1.1
抵抗歪みセンサ
ストレインゲージとも呼ばれ、抵抗体の材料に金属と半導体とが使われる。
(1)金属抵抗歪みセンサ
金属線の抵抗 R は、長さ L、断面積 A 、比抵抗ρにより、式(3.1)で示され
57
第 5 章 実用センサと応用システム
三谷干城
1967 年に VW 社から、D ジェトロニック方式の電子制御燃料噴射装置が差
動トランス式の圧力センサを用いて発売され、カーエレクトロニクス時代の幕
開けとなった。以降、カーエレクトロニクスは車の新しい機能の開発になくて
はならぬ技術となった。クルーズコントロール、パワーステアリング制御、点
火時期制御、ブレーキ制御、トランスミッション制御、サスペンション制御、
ナビゲーションシステム、車間距離制御、ガソリン筒内噴射制御、ハイブリッ
ドカーなどへと車の世界は、目まぐるしい進化を遂げた。この陰にセンサの果
たした役割は大きく、この新しいシステムと同時にセンサも新しい脱皮を繰り
返してきた。
私が 12 年間に亘り担当した半導体圧力センサの例を見ても、市場に出たの
は 1980 年であるが、その後、半導体技術の目覚しい進歩により、当初の外形
に比べ、現在流動中の製品は 1/10 程度になっている。コストも市場競争で大幅
に下がっている。
本章では、現在車で使われているセンサをできるだけ網羅し、ポイントを絞
って簡潔にまとめた。古くから使われているセンサにはその変遷を簡単に述べ、
原理と応用を説明した。できる範囲で外観写真を載せ、また、理解しやすいよ
う出力の波形も載せた。
5.1
温度センサ
車において、古くから用いられているのが温度センサであり、現在に至り非
常に多く用いられている。車の種々の運転状態を検知しその結果を、各種のコ
ンピュータに信号として送り、予め決められた機能・目的のため、車を最適に
そして所望の運転状態に制御する重要なセンサである。しかし、温度と言うシ
ンプルな、そして我々に直感として馴染みやすい自然現象であるため、それほ
ど注目されていないのも事実で、単純な物理現象を検出するセンサではあるが、
このセンサの不具合が、車の重大な問題に繋がることを設計者は認識しておか
ねばならない。一般的に温度センサは、温度により物体の長さ・色・状態・起
電力・電気抵抗などが変化する性質を利用し、広く用いられている。
113
1970 年以降の温度センサを調べてみると、バイメタル方式やワックス方式も
あるが、これらはセンサと同時にアクチュエータ機能も持っていたことは興味
深い。測定対象としては、エンジン冷却水温、油温、吸気温など広範囲に亘る。
この結果は、指示・故障診断・警報用などに使われている。
1980 年以降の急速な車の電子制御化の流れの中で、温度センサに要求される
仕様も様変わりしてきた。測定温度の範囲が、従来の 200℃程度までだったの
が、触媒など排気系の温度の測定が必要になったことで、1000℃程度まで広が
った。また、正確で応答性の良い、且つスイッチではなくアナログ値出力の必
要性が強くなってきた。この要求に対応し、高温までの測定を可能にする CA
熱電対を用いたセンサの出現や、従来からのサーミスタの高精度化が進んだ。
1990 年代に入ると車にエアコンの装着が増え、エアコン制御のためにも温度
センサが広く用いられ始めた。
では、現在車に多用されている重要な温度センサであるサーミスタについて
詳述する。サーミスタ(Thermistor)とは、Thermally Sensitive Resistor を
縮めた呼び方だと言われており、温度を感知して、その電気抵抗が変化するセ
ラミック半導体である。温度上昇と共に抵抗値が減少するサーミスタを NTC
(Negative Temperature Coefficient)サーミスタと言い、逆に抵抗値が増大
するサーミスタを PTC(Positive Temperature Coefficient)サーミスタと言
う。車用に PTC サーミスタが使われる例は少なく、通常サーミスタと言えば
NTC サーミスタであるが、PTC サーミスタについても簡単に述べる。
PTC サーミスタはチタン酸バリウムを主成分とし、微量の希土類元素を添加
して、導電性を持たせたチタン酸バリウム系酸化物半導体の一種である。チタ
ン酸バリウムは、キュリー点という特定の温度で起こる相転移によって、抵抗
値が急激に増大する性質を持ち、その構造上の簡便さにより、電流制限素子(フ
ューズ機能素子)、定温度発熱体、温度センサとして用いられる。
PTC サーミスタの車用としての主な用途は、過電流保護用としてドアロック
用モータ、あるいはドアミラー用モータの保護として使われ、モータと直列に
接続される。モータに異常負荷が掛かり、電流が規定値以上流れたり、規定以
上の時間流れると、PTC が自己発熱し、抵抗値が上昇する。これによりモータ
に流れる電流が制限される。また、二輪用でサーモワックスを過熱し膨張させ
ることで、バルブ開閉量を調整し、燃料噴射量を制御している。
NTC サーミスタ材料は一般的には、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッ
ケル(Ni)などで、これらの酸化物を焼成し熱処理を加えて製造する。小型で
安価であり、応答性が良いので広く用いられている。
サーミスタの絶対温度 T0 における抵抗値を R0、絶対温度 T1 における抵抗値
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を R1 とすると、抵抗-温度特性は次式で表される。
R1 = R 0 exp(1 T1 − 1 T0 )B
(5.1)
式(5.1)より、任意の温度範囲における B 定数は、式(5.2)で表される。
(LnR1 − LnR 0 ) ⋅ (K )
(5.2)
B=
(1 T1 − 1 T0 )
B 定数とは、半導体の活性化エネルギーをボルツマン定数で割ったもので、
B 値の大きいほどサーミスタ抵抗値の温度に対する変化割合が大きくなる。1/T
を X 軸に、LogR を Y 軸に取れば、 B 定数は右上がりの勾配を示す(直列抵抗
を 0Ωとした場合)。一般的には、 B 定数は 25℃/85℃で 2000K から 4000K で
ある。
サーミスタを形状から分類すると、チップタイプ(ビードタイプ)・ディス
クタイプ・薄膜タイプ・厚膜タイプなどがあるが、厳しい使用環境条件に耐え
るための特性の安定性や応答性、形状、コストなどからチップタイプが使われ
ることが多い。チップタイプには大きく分類して、リード付とリードなし(角
形)があり、リード付もリード線が逆方向に伸びるアキシャルリードタイプと
同一方向に平行に伸びるラジアルリードタイプとがある。これらは、温度セン
サの装着形状で使い分けられる(図 5-1)。
(1)角型チップサーミスタ(2)アキシャルリードタイプ(3)ラジアルリードタイプ
図 5-1
サーミスタの形状(㈱大泉製作所提供)
サーミスタを用いた温度センサを設計するときの、主な注意点を挙げる。
NTC サーミスタは高温で抵抗値が小さくなるので、サーミスタの熱暴走でサー
ミスタが破壊する。そのため、適当な電流制限回路が必要である。次に、リー
ドタイプサーミスタは通常ガラスで封止されており、ガラスの線膨張係数に比
較的近い材質の物質でガラスの周辺を保護する必要がある。また、センサに要
求される機能にどのくらいの応答性が必要かで、構造設計を変える必要がある。
小型で比較的安価なセンサではあるが、品質には気を配る必要がある。
温度センサとして、サーミスタ以外に高温用として CA 熱電対を用いた高温
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用センサも用いられている。CA 熱電対とはクロメル・アルメルを素線として
用いた熱電対で、ゼーベック効果を利用している。排気ガス浄化装置として、
使用される触媒の異常温度上昇を検知するために用いられている。900℃程度
の高温を検出し、速い応答性が必要である。
5.1.1
吸気温センサ
吸入空気温度をサーミスタなど用いて測定し、エンジンコントロールシステ
ム(燃料噴射量の補正)などに用いられている。要求される環境条件としては、
応答性が良いこと・汚染物質(EGR ガス、ブローバイガス、ガソリンなど)
ヘの耐性を有することなどである(図 5-2)。吸気温センサをスタンドアロンに
せず、エアーフローメータと一体化した製品もある。使用温度範囲は-30℃か
ら+120℃が一般的である。
(1)外観
(2)RT 特性(例)
図 5-2
5.1.2
吸気温センサ
水温センサ
冷却水温をサーミスタなど用いて測定し、エンジンコントロールシステム
(燃料噴射量の補正)、電子点火システム、アイドリング制御システム、ラジエ
ータファン制御、メータ表示などに用いられる。それほど応答性は必要ないの
(1)外観
(2)RT 特性(例)
図 5-3
水温センサ
116
る。
R=
ρL
(3.1)
A
今、加えられた力により長さ方向に ΔL だけ伸びると、断面積が ΔA だけ縮
少し、結果として抵抗が ΔR 変化したとすれば、
ΔR
Δρ ΔL ΔA
(3.2)
+
−
R
L
A
ρ
である。右辺第 1 項の( Δρρ)は、弾性変形による比抵抗の変化率であるが、
=
金属の場合は無視できる。また、伸びと直角方向の幅変化による断面積減少と
の間にはポアッソン比 σ で定まる式(3.3)の関係がある。
ΔA
= −2σ(
ΔL
)
(3.3)
A
L
ΔR
ΔL
= (1 + 2σ)
(3.4)
R
L
従って、歪み( ΔL /L)と抵抗の変化率( ΔR /R)との比はセンサ固有の感度
で、ゲージファクタという。金属の σ はほぼ 0.3 であるから、式(3.4)では約
1.6 となるが、実際には 2 前後である。金属ストレインゲージには図 3-1 に示
すように細い金属線をベースとなるプラスチックフィルムや紙に貼り付けたも
のと、線の代わりに箔を貼り付けたフォイルゲージとがある。抵抗線に使用さ
れる金属材料は、抵抗値が安定で、抵抗の温度係数が小さいことが必要である。
通常、アドバンスと呼ばれる材料(Cu;54%、Ni;46)や Ni-Cr 系の合金が
使われる。
図 3-2(1)は円柱に作用する力を、(2)はトルクを計測する装着法を示す。
(1)円柱に作用する
(1)ワイヤゲージ (2)フォイルゲージ 圧縮応力計測
図 3-1
金属抵抗歪みセンサ
図 3-2
(2)円柱に作用する
トルク計測
歪みセンサの装着
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(2)半導体抵抗歪みセンサ
金属抵抗線の代わりにシリコン半導体の抵抗を利用したもので、金属に比べ
て感度が高いのが特徴である。半導体の場合は、式(3.2)における変形による
比抵抗の変化( Δρρ)が大きく、それが支配的となる。比抵抗の変化と歪み
との間に式(3.5)の関係があるので、式(3.2)は式(3.6)となる。
Δρ
ΔL
= πE
L
ρ
ΔR
(3.5)
Δρ
ΔL
ΔL
+ (1 + 2σ)
= (πE + 1 + 2σ)
(3.6)
ρ
R
L
L
但し、 E は歪みと応力との関係を示すヤング率と呼ばれる弾性係数、 π は比
抵抗変化率と応力との関係を示す比例定数でピエゾ抵抗係数と呼ばれる。
π 及び E はシリコンの場合結晶軸方向によって異なるが、 πE が 50~120
程度にもなる。それ故、他項の影響は πE に比べると無視できる。 πE がゲー
ジファクタを左右するので、半導体歪みセンサは金属に比べて感度が大きい。
しかし、変換原理が物性型であるため温度の影響が大きいのでブリッジ回路と
して、回路の対称性を利用した差動構造で温度の影響を抑制する。
半導体歪みセンサの特徴が発揮されるのは、圧力センサである。圧力により
変形するダイアフラムをシリコンで作り、その表面の一部に不純物を拡散して
歪みセンサとする。この方法は、シリコンによる集積回路(IC)を製作する工
程とほぼ同様であるので、超小型の圧力センサが多量生産される。図 3-3 はそ
の構造の一例を示す。
図 3-3
=
半導体拡散型歪みセンサシリコン感圧膜上に作成した圧力センサ
下側は、エッチングにより n 型シリコンを溶解し、ダイアフラムを残して圧力
受感部を構成する。上側から部分的に 4 か所Ⅲ族の不純物を拡散して強制的に
p 型に転換し、その部分をストレインゲージとする。4 個の拡散ストレインゲー
ジは蒸着金属膜で接続されて、ホイートストーン・ブリッジを構成する。共通
のシリコンの基板の上に温度補償用の温度センサ、ブリッジの電源、増幅
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