助成年度:平成 3 年度 長野県白馬村のスキー場開発にともなう植物

助成年度:平成 3 年度
[所属]
[役職]
[氏名]
信州大学 教養部
教授
代表者 土田 勝義
(他計4名)
[課題]
長野県白馬村のスキー場開発にともなう植物・植生への影響と保全
[内容]
長野県北安曇郡白馬村は、日本アルプス北部の山麓から山頂まで標高差のある地域に位置し、多雪地帯で
もあってスキー場の開発に恵まれている。また 1998 年に行われる冬季オリンピックのスキー競技会場に指定
され、各種施設が建設されつつある。当地はすでに昭和 30 年代後半より、急速にスキー場が開発され、現在
北アルプスの東斜面の山麓の多くはスキー場となっているほか、近年は北アルプスに対面する東山地域でも
スキー場が開発されている。さらにこれに関連した、別荘地の造成、各種観光施設、宿泊施設、道路の建設
等にともないさまざまな影響が出ているが、本テーマの主題である、植物や植生への影響も大きいといえる。
当研究では、このような開発による白馬村の優れた自然が荒廃していく中で、植物的自然を対象としてその
影響の現状を把握し、また予測することによって、開発と保全の調和のとれた、当地域の発展に寄与する具
体策を求めていきたい。
(1)白馬村の特定植物の分布と現状調査
白馬村において天然記念物に指定されているにもかかわらず、年々減少傾向にあるギフチョウ、ヒメギフ
チョウの食草である、ウスバサイシン、カンアオイ類、またこれらの蝶の吸蜜植物で、しかも春の山麓を美
しく彩るカタクリの 3 種の特定植物について、分布および現状調査を行なった。これらの植物の分布は、人々
の生産活動やスキー場などの開発地域と重なっており、最も人間の影響を受けやすい環境の下にある。現在
までの調査では、かつて山麓地帯の落葉広葉植林に広く分布していたこれらの植物は、土地造成、森林の消
失、針葉樹の造林により減少しているほか、現在針葉樹林内に生育していても、樹林の発達とともに消失し
ていく可能性が推察される。これらの植物の保全には、その生育環境である、林床の明るい落葉広葉樹林を
いかに維持、保全するかが課題となる。
(2)白馬村の植生と開発
白馬村の土地利用が進んでいる平地から山麓にかけて、2 万 5 千分の 1 の植生図を作成した。群落区分数
は 24 種(うち 4 種は人工物、スキー場、開放水域など)であった。白馬村の最も標高の低い平坦部は、集落、
市街地、水田が広がっている。この平坦地の両側(東西斜面)は山地の山麓となり次第に標高が高まってい
くが、白馬村の南部ではコナラ、ミズナラの二次林が、中部、北部では別荘地が広がっている。また全般的
に山足では、スギ・ヒノキ植林地が見られ、一部ではカラマツ植林地もある。これらの背後の斜面にはスキ
ー場がいたるところで見られる。スキー場はほとんど牧草地となっている。スキー場の標高の高い所の周辺
ではブナ林が所々に散在している。これはスキー場の造成に当って、高漂高地に残存していた当地域の自然
植生であるブナ林を伐採したことを示している。冬期オリンピックのバイアスロンとクロスカントリー競技
予定地域は、植林地、二次林、湿性地となっているが、かなり大規模なコース造成が行なわれる予定であり、
とくに自然度の高い湿性群落の保全が問題となる。すでに完成したジャンプ台周辺は、一部ミズナラ林域で
あったが、森林伐採前にここに生育していたカンアオイの一部は、他所に移植された。全体として白馬村の
低一中標高域においては、平地ではわずかに残存している湿性群落の保全が必要である。山地では標高が高
い所ではブナ林がまとまって残存しており、これらの保全が望まれる。
(3)スキー場等造成予定地域の植物・植生とその影響
冬期オリンピックのクロスカントリー、バイアスロンの競技コースの造成が予定されている、①姫川東側
の平地および中山山麓地域、また男子滑降競技、スーパー大回転競技が行なわれる八方尾根スキー場(既設
のスキー場を使用の予定)の上部で、人の立ち入りなどが推測される②八方尾根地域と、隣接の五竜とおみ
スキー場で、スキー場の拡張が予定されている遠見尾根の湿地帯の植物相、植生について調査を行なった。
①の地域では、スギ植林地、カラマツ植林地、ミズナラ林、ハンノキ林、ヨシ群落、カサスゲ群落が存在し
ていた。ハンノキ林以下は湿生植物群落で、かなり自然度の高い植生であった。またスギ植林地内には、今
までここでは確認されていない、分布が西日本に限られているビチュウフウロの生育が確認された。また長
野県では南信にしか自生しないとされていたキンセイランの生育も確認した。②の地域の湿原植生としては、
ヨシ群落、ホソバタマミクリ群落、ミヤマホタルイ群落、タカネクロスゲ群落、アオモリミズゴケ群落、ミ
ヤマイヌノハナヒゲ群落、ヌマガヤーイボミズゴケ群落、イワイチョウーヌマガヤ群落が確認された。これ
らの群落は人の踏みつけや、土地の造成で急速に減少したり、縮小しており、早急な保全が必要である。
(4)絶滅危惧植物トガクシショウマの個体群維持に関する研究
トガクシショウマは日本で絶滅が危惧されている特殊植物である。その分布は本州中部北部に限られてい
るが、可燐な花や希少性で採取による減少、また繁殖力の弱さなどで絶滅が心配されている。白馬村には各
所でトガクシショウマが自生しており、分布の南限となっている。そのため繁殖生態(送粉昆虫の活動、結
実動態、種子散布、集団のサイズ構造など)を調査し、保全に対する基礎的資料を得ようとこころみた。そ
の結果、トガクシショウマは種子繁殖が主であり、その集団の維持、保全には、種子生産と散布に関する要
因の解明が必要であること、花粉媒介にはオオマルハナバチ、種子散布にはヤマアシナガアリの活動が必要
であることが分かった。トガクシショウマの種の保全には、これらの昆虫の生活場所であるブナ林の保全が
必要とされる。
(5)中止・廃棄スキー場の植生の変化
白馬村では、数ヶ所に廃棄または休止中のスキー場があるが、使用中止後、放置されて植生が変化しつつ
ある。かつて使用中は草刈りにより、ススキ草地として維持されてきたが、中止後は低木類や陽樹が次第に
生育してきている。一方、まだススキ草地の景観を示し、場所によっては雪崩も生じているものもあるが、
これらの植生の復元状況の違いは、経過年数や、地形、土壌などによるものと思われるが、これらは植生復
元への基礎資料となるものである。
(6)白馬村来村者へのアンケート調査
白馬村は今では観光立村であるが、観光客などの外部からの来村者の動態は、当地の開発施策と大きな関
係を持たざるを得ない。ここで夏期に来村者にアンケート調査をおこなった。白馬村への来村の理由や、イ
メージを知ることは、開発と保全を考える上で重要な基礎資料となる。それによると、白馬村は自然が豊か
である。自然を破壊しないようにという回答が多かった。来村者の期待に応えるような村の基本政策や、住
民の意識が高まることを期待したい。