R・ボワイエのフォード主義的

進化経済学会第 20 回大会(於:東京大学)報告論文(提出用)
「R・ボワイエのフォード主義的成長モデルの再検討」
畠山光史(Akinobu Hatakeyama)
岡山大学大学院社会文化科学研究科・博士後期課程
I はじめに
本稿の目的は、ロベール・ボワイエ(Robert Boyer)のフォード主義的成長モデルの定性分析
によって、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(Boyer 1988a の定義に従
い k とする)の値が変化した場合 1の生産性レジーム(Boyer 1988a に従い(I)と定義する)及び
需要レジーム(Boyer 1988a に従い(II)と定義する)の動態と均斉成長下での k の最適値を明ら
かにすることである。
先進資本主義諸国は、第 2 次大戦後 1970 年代前半まで約 30 年間に渡り、歴史上類を見
ない高成長と低失業を実現した。この期間は、後に「資本主義の黄金時代(The Golden Age of
Capitalism)」(Marglin and Schor 1990)あるいは「黄金の 30 年間」と称される。
しかし、1970 年代の石油危機の発生後、ケインズ理論に依拠して行われてきた総需要管
理政策によっては、1970 年代の不況には対処できないことが明らかになった。インフレー
ションと景気後退が同時進行する「スタグフレーション」が起き、1980 年代以降、先進資
本主義経済、特に大陸ヨーロッパ諸国は成長率の低下と高失業問題に直面する。
このような先進資本主義諸国の高成長の終焉と危機への転落について、Aglietta(1976)に始
まるパリ・レギュラシオン派 2は、新古典派経済学やケインズ経済学、さらには構造主義的
マルクス主義の観点からは、分析不可能であった長期的・歴史的な資本主義経済の成長と危
機の分析枠組みを構築した。それが、レギュラシオン理論あるいは「レギュラシオン・アプ
ローチ」(山田 1995)である。
。
特に、ボワイエの提示したモデルは、
「黄金の 30 年間」の資本主義経済の高成長から 1970
年代以降の危機を含む、19 世紀から 20 世紀後半までの資本主義の長期的動態の根底にある
経済メカニズムを明らかにした(Boyer 1988a)。レギュラシオン理論に依拠すれば、
「黄金の
30 年間」に実現された高成長の背後にある経済メカニズムは、大量生産・大量消費を伴う
蓄積体制であるとされる。そして、高成長を支えた成長体制を「フォーディズム」あるいは
「フォード主義的成長体制」と名付けている。その上で、フォーディズムの好循環を支えた
制度のひとつとして、労働と経営の労使間妥協、すなわち労働側のテーラー主義的労働編成
の受け入れとその対価としての労働生産性上昇分の労働者への分配という「賃労働関係」を
指摘する。フォーディズムにおいて、特に重要なパラメーターは、実質賃金の生産性上昇率
に対するインデクセーション率(k)であるとされる。そして、k の取り得る範囲を数学的に示
し、k の変化によって成長体制がどのように変化するのかを図で示している(Boyer 1986 訳
書 pp.238-242 付録 7 及び Boyer 2004 p.67 ボックス 9)。典型的なフォード主義的成長体制
の場合、この値は 1 か 1 に近い値をとるものとされる(ボワイエ 1990 p.125)。以上のような
推測に加えて、Boyer and Mistral(1988)では、Boyer(1988a)が提示したモデルの各パラメータ
ーの実証分析が行われている 3。
彼らの推定結果によると、
k は 1.02(1960~1973 年)、0.76(1973
本稿では、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)以外のパラメー
ターは不変と仮定している。
2
Boyer(1988b)は、技術変化を伴う経済変動の分析に関連させて、レギュラシオン・アプ
ローチを概説している。
3
詳細は Boyer and Mistral 1988 ボックス 9 を参照。
1
1
~1979 年)、1.73(1980 年代)と推定されている。実証分析結果を考慮しても、典型的なフォ
ード主義的成長体制下では、k は 1 に近い値をとるものと考えられる。
以上のようなボワイエの説明は、従来そのまま受け入れられ、モデルの定性分析によって
k の最適値が検証されることは皆無であった。ボワイエ・モデルを単純化した上で、雇用成
長率をゼロと仮定し定性分析を試みた先行研究として、清水(2011)がある。清水(2011)は、
雇用成長率をゼロと仮定した場合に、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーショ
ン率(k)の最適値は 1 であることを示している。さらには、ボワイエ・モデルの定式化の離
散時間における動学化を試みた先行研究や、累積的因果連関と関連付けボワイエ・モデルの
定式化の不十分さを指摘する先行研究も存在する。例えば、有泉(1991)は Boyer(1988a)の提
示したモデルの動学化を行った上で、累積的因果連関と関連付け、ボワイエの定式化では、
技術進歩自らが誘発する総需要及び総所得の増大効果を捉えることができないと指摘する。
また、宇仁(2009)は、ボワイエの定式化では部門間格差や投資関数の変化を捉えることがで
きないと指摘する。
たしかに清水(2011)は、ボワイエ・モデルの定性分析によって k の最適値を示している。
しかし、雇用成長率はゼロという仮定をおいている。典型的なフォード主義的成長体制では
雇用成長率は正と考えられる。ゆえに、雇用成長率を正と仮定した場合の k の最適値を定性
分析によって明らかにする必要がある。また、有泉(1991)や宇仁(2009)が指摘する不十分な
点がボワイエ・モデルに存在することも事実である。しかし、両研究はボワイエ・モデルの
定性分析を行った上で、k の変化によるマクロ水準での経済成長体制の動態を分析したもの
ではない。さらには、k の最適値を明らかにしたものでもない。
それゆえ、雇用成長率は正であるとの仮定をおいた上で、実質賃金の生産性上昇率に対す
るインデクセーション率(k)の変化による(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの変化と k
の最適値を明らかにすることが必要であると考えられる。
したがって、雇用成長率が正という仮定の下でのボワイエ・モデルの定性分析によって、
(I)生産性レジーム及び得(II)需要レジームの動態と実質賃金の生産性上昇率に対するインデ
クセーション率(k)の最適値を明らかにした上で、フォード主義的成長モデルの持つ経済学
的インプリケーションを導出することが、本稿の独自性である。
以下、本稿は次のように構成される。最初に、Boyer(1988a)に基づいて(I)生産性レジーム
及び(II)需要レジームを導出し、本稿で分析対象とする基本モデルを提示する(II 節)。次いで、
生産性上昇率に対する実質賃金のインデクセーション率(k)の変化による(I)生産性レジーム
及び(II)需要レジームの動態と均衡点、すなわち均衡生産性上昇率と均衡産出量成長率を決
定する点の変化を明らかにする(III 節)。その上で、均斉成長下における k の最適値を明らか
にする(IV 節)。最後に、フォード主義的成長モデルの持つ一般的性格と意義について経済学
的インプリケーションを述べる(V 節)。
II ボワイエ・モデルの概要と本稿の分析対象
本節では、まず Boyer(1988a)に基づき、フォード主義的成長モデルの定式化から、(I)生産
性レジーム及び(II)需要レジームを導出する。次いで、本稿が分析対象とするモデルについ
て明示する。
2.1 ボワイエ・モデルの定式化
2.1.1 「単純化された」ボワイエ・モデルの基本構造
Boyer(1988a)に依拠すれば、
「単純化された」フォード主義的成長モデルは、以下の 6 式に
よって示される(p.611)。6 式の内、方程式が 4 本、恒等式が 2 本である。
2
PṘ = a + b ∙ İ + d ∙ Q̇ ―(2.1) (生産性方程式)
̇ � ―(2.2) (投資方程式)
İ = f + v ∙ Ċ + u ∙ �PṘ − RW
̇C = c ∙ �Ṅ ∙ RW
̇ � + g ―(2.3) (消費方程式)
̇
̇
RW = k ∙ PR + l ∙ Ṅ + h ―(2.4) (実質賃金方程式)
Q̇ = α ∙ Ċ + (1 − α) ∙ İ ―(2.5) (恒等式 1:支出面から見た総産出変化率)
Ṅ ≈ Q̇ − PṘ ―(2.6) (恒等式 2:雇用成長率決定の近似式)
ここで、変数の上にあるドットは時間に関する変化率を表す。記号の定義は、PR は生産
性、I は投資、C は家計消費、RW は実質賃金、Q は産出量、N は総雇用を表す。
また、パラメーターの経済学的意味は、以下の 5 点にまとめられる。
i) (2.1)式の b は資本深化が生産性に与える影響を、d は産出量変化率の生産性変化率への
影響、すなわち「カルドア・フェルドーン効果」を表している。a は資本深化及び「カルド
ア・フェルドーン効果」では捉えることのできない要因を含む項である。
ii) (2.2)式の v は伝統的なケインズの乗数効果を、u は古典派理論に基づく利潤変化率が投
資変化率に与える効果を表している。f はケインズ理論と古典派理論では捉えることのでき
ない要因を含む項である。
iii) (2.3)式の c は労働者の限界消費性向を表し、g は労働者の賃金水準には依存しない基礎
消費を表す。
iv) (2.4)式の k は生産性トレンドに対する実質賃金弾力性を、l は雇用変化に対する実質賃
金弾力性を表す。h は生産性トレンド及び雇用変化以外の要因による実質賃金変化を表す。
v) (2.5)式の α は前期の純総産出に占める消費の割合を表す。モデルの定式化から明らかな
ように、政府支出や純輸出、すなわち輸出-輸入は捨象されている。ゆえに、本モデルの総
需要は、消費と投資から構成されており、1-α は前期の純総産出に占める投資の割合を表
している。
Boyer(1988a)の提示する以上の方程式体系に含まれる変数のうち、内生変数はPṘ 、İ 、Ċ 、
̇ 、Q̇ 、Ṅ の 6 個である。外生変数はないが、a、f、h に外生的要因が反映されると仮定す
RW
る。また、パラメーターは b≥0、d≥0、v≥0、u≥0、0≤c≤1、k≥0、l≥0、0≤α≤1 と条件付け
られている(Boyer 1988a p.611)。
2.1.2 (I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの導出
まず、(2.1)式(2.2)式(2.3)式(2.4)式(2.6)式を用いて、PṘ をQ̇ で規定する(I)生産性レジームを
導出すれば、
b[vc(1+l)−ul]+d
a+b(f+vg)+b(vc−u)h
(I):PṘ =
∙ Q̇ +
―(2.7)
1−b(vc−u)(k−1−l)
1−b(vc−u)(k−1−l)
⇔PṘ = B ∙ Q̇ + A ―(2.8)を得る 4。
ただし、A ≡
a+b(f+vg)+b(vc−u)h
1−b(vc−u)(k−1−l)
―(2.9)、B ≡
b[vc(1+l)−ul]+d
1−b(vc−u)(k−1−l)
―(2.10)と定義する。
次に、(2.2)式(2.3)式(2.4)式(2.5)式(2.6)式を用いて、Q̇ をPṘ で規定する(II)需要レジームを導
出すれば、
(1−α)f+(ch+g)[α+(1−α)v]−h(1−α)u
[αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)
(II):Q̇ =
∙ PṘ +
―(2.11)
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
⇔Q̇ = D ∙ PṘ + C―(2.12)
1
C
⇔PṘ = ∙ Q̇ − ―(2.12’)を得る。
D
ただし、C ≡
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
D
(1−α)f+(ch+g)[α+(1−α)v]−h(1−α)u
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
―(2.13)、D ≡
[αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
―(2.14)と定義
Boyer(1988a p.613)では、(2.7)式の右辺第 2 項の分子が a+bf+vg+b(vc-u)h となってい
るが、a+b(f+vg)+b(vc-u)h の誤植であると考えられる。
4
3
する 5。
以上が、Boyer(1988a)の提示する経済成長モデルの(I)生産性レジームと(II)需要レジームで
ある。
2.2 本稿の分析対象
2.2.1 (I)生産性レジームと(II)需要レジームの切片及び係数項の符号の検討
2.1 節で示したように、(I)生産性レジームの定義式は(2.7)式であり、(II)需要レジームの定
義式は(2.11)式である。
本節では、各レジームの傾きと切片の符号を検討することによって、(I)生産性レジームと
(II)需要レジームのPṘ − Q̇ 平面における形状を検討する。具体的には、(I)生産性レジームの
係数項 B と切片 A、(II)需要レジームの係数項 D と切片 C それぞれについて、導出過程で用
いた仮定と Boyer(1988a)の条件付けを用いて、符号を検討する。
ここで、検討を簡単にするために、(2.9)式及び(2.10)式の分母をΔ1、(2.13)式及び(2.14)式
の分母をΔ2 と定義する。さらに、(2.9)式(2.10)式(2.13)式(2.14)式の分子をそれぞれ NA、NB、
NC、ND と定義する。
すなわち、∆1 ≡ 1 − b(vc − u)(k − 1 − l)―(2.15)
∆2 ≡ 1 − [α + (1 − α)v]c(1 + l) + l(1 − α)u―(2.16)
NA ≡ a + b(f + vg) + b(vc − u)h ―(2.17)
NB ≡ b[vc(1 + l) − ul] + d ―(2.18)
NC ≡ (1 − α)f + (ch + g)[α + (1 − α)v] − h(1 − α)u―(2.19)
ND ≡ [αc + (1 − α)vc − (1 − α)u](k − 1 − l)―(2.20)である。
ここで、(I)生産性レジームと(II)需要レジームの導出過程で用いた仮定と、Boyer(1988a)の
パラメーターの条件付けを考慮すれば、すなわち∆1 ≡ 1 − b(vc − u)(k − 1 − l) ≠ 0―(2.21)、
∆2 ≡ 1 − [α + (1 − α)v]c(1 + l) + l(1 − α)u ≠ 0―(2.22)及びk − 1 − l ≠ 0―(2.23)と b≥0、d≥0、
v≥0、u≥0、0≤c≤1、k≥0、l≥0、0≤α≤1 という条件を考慮すれば、A、B、C、D の分母及び
分子について以下のことがいえる。
まず、(2.21)式及び(2.22)式より、分母は非ゼロであることが分かる。正負については、パ
ラメーターの条件からのみでは、判定できない。次に、分子については、符号判定以前に非
ゼロであるかどうかの判定も不可能である。しかし、分子がゼロの場合、A、B、C、D はす
べてゼロとなり、よって(I)生産性レジームも(II)需要レジームもゼロとなる。(I)生産性レジ
ームも(II)需要レジームもゼロというケースは、本稿の目的に照らして不適切であると判断
し、除外することにする。よって、以下では分子についても、分母と同様に非ゼロであると
仮定して議論を進める。
以上のことから、レジーム導出過程でおいた仮定と Boyer(1988a)のモデルのパラメーター
の条件付けからいえることは、A、B、C、D すべての分母分子が非ゼロ、すなわち A、B、
C、D が非ゼロであるということである。
よって、分母については符号の組み合わせとして 4 通り想定される 6。また、分子につい
ては符号の組み合わせとして、16 通り想定される 7。
C という記号表記については、家計消費を表す C と同じであるが、本稿では
Boyer(1988a)の表記に従うことにする。
6
(1)∆1 > 0, ∆2 > 0、(2)∆1 > 0, ∆2 < 0、(3)∆1 < 0, ∆2 > 0、(4)∆1 < 0, ∆2 < 0の 4 通りであ
る。
7
(1)NA > 0, NB > 0, NC > 0, ND > 0、(2)NA > 0, NB > 0, NC > 0, ND < 0、
(3)NA > 0, NB > 0, NC < 0, ND > 0、(4)NA > 0, NB < 0, NC > 0, ND > 0、
(5)NA < 0, NB > 0, NC > 0, ND > 0、(6)NA > 0, NB > 0, NC < 0, ND < 0、
(7)NA > 0, NB < 0, NC > 0, ND < 0、(8)NA < 0, NB > 0, NC > 0, ND < 0、
5
4
したがって、分母及び分子の場合分けから、A、B、C、D の取り得る正負の組み合わせの
総数は 16 通りということになる 8。
具体的には、
(1)A > 0, B > 0, C > 0, D > 0、(2)A > 0, B > 0, C > 0, D < 0、
(3)A > 0, B > 0, C < 0, D > 0、(4)A > 0, B < 0, C > 0, D > 0、
(5)A < 0, B > 0, C > 0, D > 0、(6)A > 0, B > 0, C < 0, D < 0、
(7)A > 0, B < 0, C > 0, D < 0、(8)A < 0, B > 0, C > 0, D < 0、
(9)A > 0, B < 0, C < 0, D > 0、(10)A < 0, B > 0, C < 0, D > 0、
(11)A < 0, B < 0, C > 0, D > 0、(12)A > 0, B < 0, C < 0, D < 0、
(13)A < 0, B > 0, C < 0, D < 0、(14)A < 0, B < 0, C > 0, D < 0、
(15)A < 0, B < 0, C < 0, D > 0、(16)A < 0, B < 0, C < 0, D < 0
という 16 通りが考えられ得る A、B、C、D の組み合わせの最大数である。
以上 16 通りの符号の組み合わせすべてについて、定性分析することは数学的には可能で
ある。しかし、パラメーターの現実経済での取り得る値の範囲や本稿の分析目的に照らして、
以下で行う定性分析では 1 つの組み合わせのみを分析対象とする。具体的には、
Boyer(1988a)
が提示する典型的なフォード主義的成長体制下でのパラメーターの条件を考慮し、上述の
16 通りの組み合わせから 1 つ選択する。
2.2.2 本稿の分析対象の導出
まず、分析を簡単にするために、外生的要因を表すパラメーターはすべて正、すなわち
a>0、f>0、h>0 と仮定する。同時に、基礎消費も正、すなわち g>0 と仮定する。さらに
Boyer(1988a p.619 の図 27.3 の stage3)に依拠すれば、典型的なフォード主義的成長体制下で
は、以下の 3 条件が成立していたとされる。具体的には、①d>0、b>0、②k≥0、l≽0 である
αc
αc
が、k<1+l、③v≫0、u < u� 、ただしu� ≡ vc +
である9。ここで、第 3 条件よりu < vc +
⇔vc − u >
αc
1−α
1−α
1−α
> 0となることに注意が必要である 10。なぜならば、3 条件の中でも、特にこ
の条件が符号の判定で重要であるからである。
さらに、現実経済では、0 < α < 1、0 < c < 1が成立し、0 ≪ v ≅ 2(Kaldor 1978)であると
考えてよい。
以下、
Boyer(1988a)の 3 つの条件と現実経済で成立し得る諸条件を考慮して A、
B、C、D の符号について検討する。
最初に、分母については∆1 ≡ 1 − b(vc − u)(k − 1 − l) = 1 −⊕ (⊕)(⊖) > 0―(2.21)は明ら
かである。そして、∆2 ≡ 1 − [α + (1 − α)v]c(1 + l) + l(1 − α)u
= 1 − (1 + l)[αc + (1 − α)(vc − u)] − (1 − α)u―(2.22)となる。
(9)NA > 0, NB < 0, NC < 0, ND > 0、(10)NA < 0, NB > 0, NC < 0, ND > 0、
(11)NA < 0, NB < 0, NC > 0, ND > 0、(12)NA > 0, NB < 0, NC < 0, ND < 0、
(13)NA < 0, NB > 0, NC < 0, ND < 0、(14)NA < 0, NB < 0, NC > 0, ND < 0、
(15)NA < 0, NB < 0, NC < 0, ND > 0、(16)NA < 0, NB < 0, NC < 0, ND < 0の 16 通りであ
る。
8
数学公式に従えば、A、B、C、D の組み合わせの総数は 4×16 通り、つまり 64 通りと
なる。しかし、分母、分子の正負を組み合わせた結果、異なる分母、分子の符号から A、
B、C、D の符号の重複が発生する。重複を除けば 16 通りとなる。
α
9
Boyer(1988a p.617 の図 27.2)では、第 3 条件の中のu� の定義式右辺第 2 項が となって
1−α
αc
いるが、1−αの誤植であると考えられる。この点については、有泉(1991)も図 1(p.27)の注釈
1 で、本稿と同様の指摘をしている。
最後の不等式は、0 < α < 1、0 < c < 1を仮定すれば、0 < αc < 1、0 < 1 − α < 1が成
立することから導かれる。
10
5
ここで、u がu� ≡ vc +
αc
に収束したとすれば、(2.22)は
αc
αc
�
∆u→u
= 1 − (1 + l) �αc + (1 − α) �vc − �vc +
��� − (1 − α) �vc +
�
2
1−α
1−α
αc
= 1 − (1 − α) �vc +
� = 1 − (1 − α)vc − αc = 1 − (⊕) ⊕⊕ − ⊕⊕> 0―(2.23)と仮定でき
1−α
1−α
る 11。
ところで、u < u� ≡ vc +
αc
の場合には、(2.23)よりも−l ∙ [αc + (1 − α)(vc − u)]分小さくな
1−α
るが、これを考慮したとしても依然として∆2 > 0―(2.24)と仮定できる 12。
次に、分子については以下のごとくである。
まず、NA ≡ a + b(f + vg) + b(vc − u)h =⊕ + ⊕ (⊕ + ⊕⊕) +⊕ (⊕) ⊕> 0 ―(2.25)であ
り、NB ≡ b[vc(1 + l) − ul] + d = b[(vc − u)l + vc] + d =⊕ [(⊕) ⊕ + ⊕⊕] +⊕> 0 ―(2.26)
であることは明らかである。
そして、NC ≡ (1 − α)f + (ch + g)[α + (1 − α)v] − h(1 − α)u
= (1 − α)f + g[α + (1 − α)v] + h[αc + (1 − α)(vc − u)]
= (⊕)⨁ + ⨁[⨁ + (⨁)⨁] + ⨁[⨁⨁ + (⨁)(⨁)] > 0―(2.27)となる。
最後に、ND ≡ [αc + (1 − α)vc − (1 − α)u](k − 1 − l) = [αc + (1 − α)(vc − u)](k − 1 − l)
= [⨁⨁ + (⨁)(⨁)](⊝) < 0―(2.28)は明らかである。
以上のことから、典型的なフォード主義的成長体制の下では、分母の符号は∆1 > 0, ∆2 > 0
が、分子の符号はNA > 0, NB > 0, NC > 0, ND < 0が成り立つと考えられる。したがって、
A>0、B>0、C>0、D<0 という符号が成立すると考えられる。
以下では、上記の符号が成り立っていると仮定して、実質賃金の生産性上昇率に対するイ
ンデクセーション率(k)について、①0 < k < 1 + l、②k = 1 + l、③k > 1 + lという 3 つのケ
ースを検討する。
ところで、k の変化の(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームへの効果を検討する前に、
①0 < k < 1 + l、②k = 1 + l、③k > 1 + lという 3 つのケースについて、(I)生産性レジーム
及び(II)需要レジームの形状と両レジームの交点で決定される均衡生産性上昇率と均衡産出
量成長率を導出することが、ボワイエ・モデルの定性分析を行うために、有益であると考え
る。
2.3 (I)生産性レジームと(II)需要レジームの形状及び均衡点
2.3.1 (I)生産性レジームと(II)需要レジームの形状
まず0 < k < 1 + lの場合、(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの形状は図 1 に示す通
りである。具体的には、(2.9)式(2.21)式(2.25)式より A>0、(2.10)式(2.21)式(2.26)式より B>0、
(2.13)式(2.24)式(2.27)式より C>0、(2.14)式(2.24)式(2.28)式より D<0 である。よって、PṘ − Q̇
平面において(I)生産性レジームは右上がりに、(II)需要レジームは右下がりに描かれる。切
片はともにPṘ 軸上で正の値をとる。均衡点は E であり、均衡生産性上昇率はPṘ E 、均衡産出
量成長率はQ̇ E である。
次にk = 1 + lの場合、(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの形状は図 2 に示す通りで
例えば、α=0.8, c=0.6, v=2 を仮定すれば、∆2 =1-(1-0.8)×2×0.6-0.8×0.6=0.28 とな
り、∆2 > 0である。
12
ここでも脚注 11 と同様に、α=0.8, c=0.6, v=2 と仮定すれば、
−l ∙ [αc + (1 − α)(vc − u)]=-l・[0.8×0.6+(1-0.8)(2×0.6-u)]=-l・(0.72-0.2u)となる。ここ
αc
αc
0.8×0.6
でも、まずは u がu� ≡ vc +
に収束したとすれば、u� ≡ vc +
=2×0.6+
=3.6 とな
1−α
1−α
1−0.8
り、−l ∙ [αc + (1 − α)(vc − u)]=-l・(0.72-0.2×3.6)=0 である。典型的なフォード主義的成
長体制下では、u < u� であるが l は限りなくゼロに近いと考えてよい。したがって、
−l ∙ [αc + (1 − α)(vc − u)]は限りなくゼロに近い数と考えられ、∆2 > 0と仮定できる。
11
6
ある。具体的には、(2.9)式(2.25)式よりA = NA > 0、(2.10)式(2.26)式よりB = NB > 0、(2.13)
式(2.24)式(2.27)式よりC > 0 (2.14)式より D = 0である。よって、PṘ − Q̇ 平面において(I)生産
性レジームは右上がりでPṘ 軸上では正の値をとる。(II)需要レジームはQ̇ 軸上でQ̇ = Cと一致
する点で垂直となる。すなわち、産出量は生産性トレンドに関係なく、一定の率 C で成長
する。均衡点は E であり、均衡生産性上昇率はPṘ E 、均衡産出量成長率はQ̇ E である。
最後にk > 1 + lの場合、(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの形状は図 3 に示す通り
である。具体的には、(2.9)式(2.21)式(2.25)式より A>0、(2.10)式(2.21)式(2.26)式より B>0 で
ある。ただし、0 < k ≤ 1 + lの場合よりも∆1 は小さいので、A と B の値は大きくなってい
る 13。(2.13)式(2.24)式(2.27)式より C>0 である。(2.14)式(2.24)式を用いて、さらに(2.28)式で
k > 1 + lのケースを想定すれば、D の分子は正である。ゆえに、D>0 である 14。換言すれば、
C
1
− < 0、 > 0である。したがって、PṘ − Q̇ 平面において(I)生産性レジームは右上がりであ
D
D
りPṘ 軸上で正の値をとる。(II)需要レジームは傾きが正であるが、PṘ 軸上で負の値をとる。
均衡点は E であり、均衡生産性上昇率はPṘ E 、均衡産出量成長率はQ̇ E である。
以上が、k と 1+l の大小関係で 3 つに場合分けした時の、PṘ − Q̇ 平面における(I)生産性レ
ジーム及び(II)需要レジームの形状と両レジームの交点で決定される均衡点である。
2.3.2 均衡点と安定条件
以上のような(I)生産性レジームと(II)需要レジームから導出される、k ≠ 1 + lの場合の均衡
成長率�Q̇ E , PṘ E �は、以下のようになる。
−B 1
Q̇
(2.8)式と(2.12)式より、行列表現を用いれば、�
� � � = �AC�―(2.30)となる。(2.30)
1 −D PṘ
AD+C A+BC
式をクラメールの公式を用いて解けば 15、�Q̇ E , PṘ E � = �
,
�―(2.31)を得る。
1−BD 1−BD
ここで、(2.31)式で示される均衡成長率の安定条件は、2.2.2 項で導いた A>0、B>0、C>0、
D<0 に加えて、|1 − BD| > 0⇔|BD| < 1―(2.32)である 16。
III ボワイエ・モデルの定性分析(1):実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーショ
ン率(k)の変化及び(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの動態 17
本節では、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の変化による(I)生
産性レジームと(II)需要レジームの移動と両レジームの交点で決定される均衡点の移動につ
いて考察する。
3.1 実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の変化の効果
(2.15)式より、k>1+l の場合には∆1 ≡ 1 − b(vc − u)(k − 1 − l) = 1 −⊕ (⊕)(⊕)となり、
(2.21)式に示す分母よりも k-1-l の部分の符号が異なる分だけ小さくなっていることが分
かる。
14
(2.28)式において、k>1+l の場合にはND = [αc + (1 − α)(vc − u)](k − 1 − l)
= [⨁⨁ + (⨁)(⨁)](⨁) > 0となることは明らかである。
15
例えば、Chiang and Wainwright(2005)の 5.5 節を参照。
16
例えば、Gandolfo(2009)の 21 章を参照。安定条件と k の関係については、本稿の補論
A で述べる。
17
本節で分析に用いる微分法の詳細については、例えば Chiang and Wainwright(2005)の 7
章を参照。
13
7
3.1.1
(I)生産性レジームの動態
(2.7)式の直線の傾きをTI とすると、TI ≡
まず、(3.1)式を k に関して微分すれば、
d[TI ]
dk
=−
=−
{b[vc(1+l)−ul]+d}[−b(vc−u)]
{∆1 }2
{⨁[⨁⨁+⨁(⨁)]+⨁}[−⨁(⨁)]
{⨁}2
=−
=−
{⨁}[⊝]
⊕
b[vc(1+l)−ul]+d
1−b(vc−u)(k−1−l)
=
b[vc(1+l)−ul]+d
{b[vc+l(vc−u)]+d}[−b(vc−u)]
―(3.1)である 18。
∆1
{∆1 }2
> 0―(3.2)である。
さらに、(3.2)式を k に関して微分し、2 階微分を求めれば、
d2 [TI ]
−{b[vc(1+l)−ul]+d}[−b(vc−u)]∙2∆1 ∙[−b(vc−u)]
−{b[vc+l(vc−u)]+d}[−b(vc−u)]∙2∆1 ∙[−b(vc−u)]
=−
{∆1 }4
{∆1 }4
−{⊕[⊕⊕+⊕(⊕)]+⊕}[−⊕(⊕)]∙2⊕∙[−⊕(⊕)]
−{⊕}[⊝]⊕[⊝]
⊖
−
=−
= − > 0―(3.3)である。
{⊕}4
⨁
⊕
=−
dk2
=
ゆえに、(I)生産性レジームの変化は次のようにまとめられる。まず、(3.2)式より(I)生産性
レジームの傾きは、k の増加に従って大きくなる。ただし、(3.3)式より傾きの増加幅は k の
増加に従って大きくなる。
以上の議論は、(I)生産性レジームの切片である A についても同様に当てはまる。すなわ
ち、(I)生産性レジームの切片もまた、k の増加に従って大きくなり、増加幅は k の増加に伴
って増幅される 19。
ここで、1 単位の k の増加に対する傾きと切片の変化は、
d[TI ]
−
d[A]
=−
{b[vc(1+l)−ul]+d}[−b(vc−u)]
{a+b(f+vg)+b(vc−u)h}[−b(vc−u)]
−
{∆1 }2
dk
dk
{−b[vc(1+l)−ul]+d+a+b(f+vg)+b(vc−u)h}[−b(vc−u)]
=
ある。
d[TI ]
以下本稿では、
dk
{∆1 }2
−
d[A]
dk
{∆1 }2
―(3.4)分異なっていることに注意が必要で
> 0―(3.5)が成立している、すなわち 1 単位の k の増加に対し
て、傾きが切片よりも大きくなると仮定して定性分析を行う。
3.1.2 (II)需要レジームの動態
(1−α)f+(ch+g)[α+(1−α)v]−h(1−α)u
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
(2.11)式より、PṘ = [αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l) ∙ Q̇ + [αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)
―(3.6)であ
る。ここで、(3.6)式の直線の傾きをTII とすると、
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
∆
2
TII ≡ [αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l) = [αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)
―(3.7)である 20。
まず、(3.7)式を k に関して微分すれば、
d[TII ]
dk
=−
∆ ∙[αc+(1−α)vc−(1−α)u]
∆ ∙[αc+(1−α)(vc−u)]
⊕∙[⊕⊕+(⊕)(⊕)]
2
2
= − {[αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)}
2 = − {[αc+(1−α)(vc−u)](k−1−l)}2 = − {[⊕⊕+(⊕)(⊕)](k−1−l)}2
⊕
⊕
< 0―(3.8)である。
さらに、(3.8)式を k に関して微分し、2 階微分を求めれば、
d2 [TII ]
−∆2 ∙[αc+(1−α)vc−(1−α)u]∙2{[αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)}∙[αc+(1−α)vc−(1−α)u]
{[αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)}4
−∆2 ∙[αc+(1−α)(vc−u)]∙2{[αc+(1−α)(vc−u)](k−1−l)}∙[αc+(1−α)(vc−u)]
−
{[αc+(1−α)(vc−u)](k−1−l)}4
dk2
=
18
19
=−
(3.1)式の等号は(2.15)式を用いれば成立する。
d[A]
(2.7)式の切片 A を k に関して微分すれば、 dk = −
=−
{⊕+⊕(⊕+⊕⊕)+⊕(⊕)⊕}[−⊕(⊕)]
=−
{⊕}[⊖]
{a+b(f+vg)+b(vc−u)h}[−b(vc−u)]
> 0である。次に、切片 A の 2 階微分を求めれば、
{⨁}2
⊕
−{a+b(f+vg)+b(vc−u)h}[−b(vc−u)]∙2∆1 ∙[−b(vc−u)]
=−
{∆1 }4
dk2
−{⊕+⊕(⊕+⊕⊕)+⊕(⊕)⊕}[−⊕(⊕)]∙2⊕∙[−⊕(⊕)]
−{⊕}[⊝]⊕[⊝]
⊖
=−
=−
−
{⊕}4
⨁
⊕
d2 [A]
20
{∆1 }2
(3.7)式の等号は(2.16)式を用いれば成立する。
8
=
⊕
⊕
> 0である。
=−
=−
−⊕∙[⊕⊕+(⊕)(⊕)]∙2{[⊕⊕+(⊕)(⊕)](k−1−l)}∙[⊕⊕+(⊕)(⊕)]
{[⊕⊕+(⊕)(⊕)](k−1−l)}4
(k−1−l)
−⊕⊕2∙⊕(k−1−l)∙[⨁]
⊕
=
⊕
―(3.9)である。(3.9)式は分子の k-1-l の符号、すなわち、k と
1+l の大小関係に応じて符号が異なることに注意が必要である。具体的には、0 < k < 1 + l
d2 [TII ]
ならば
dk2
d2 [TII ]
< 0―(3.10)、k = 1 + lならば
dk2
d2 [TII ]
= 0―(3.11)、k > 1 + lならば
dk2
> 0―(3.12)
となる。
以上のことから、(II)需要レジームの変化は次のようにまとめられる。まず、(3.8)式より
(II)需要レジームの傾きは、k の増加に従って小さくなる。ただし、(3.10)式(3.11)式(3.12)式
より、傾きの減少の変化分は k と 1+l の大小関係によって異なる。当初、k が0 < k < 1 + l
の範囲にあったならば、k = 1 + lに近づくにつれて、k の変化 1 単位当たりの傾きの減少の
変化分はゼロに近づいていくが、k > 1 + lの範囲になると逆に k の増加に伴って正の値とな
る。
ところで、(II)需要レジームとQ̇ 軸(PṘ − Q̇ 平面の横軸)の交点である C 21には k が含まれな
いので、C は k の変化によって変化することはない。すなわち、PṘ − Q̇ 平面においてQ̇ = C
を中心として(II)需要レジームは k の変化に応じて時計回りに回転する。
3.2 実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の変化による均衡点の移動
本節では、k の増加による(I)生産性レジームと(II)需要レジームへの影響を通じた均衡点
の移動を考察し、k の増加が経済学的にどのような効果を有しているのかを明らかにする。
3.1 節での議論から明らかなように、k の増加により、(I)生産性レジームはPṘ − Q̇ 平面に
おいて、傾きと切片が大きくなり、k の増加に従って傾きと切片の増加幅は大きくなる。(II)
需要レジームはPṘ − Q̇ 平面において、傾きが小さくなり、減少幅は k と 1+l の大小関係に依
存している。回転の中心であるQ̇ = Cは、k の増加に応じて変化しない。
以上のことを、①0 < k < 1 + l、②k = 1 + l、③k > 1 + lという 3 つのケースを想定し図
示すれば、それぞれ図 4、図 5、図 6 のごとくである。
まず図 4 より、0 < k < 1 + l の場合、k が増加すれば(I1)生産性レジームは上方移動し、
(II1)需要レジームはQ̇ = Cを中心として時計回りに回転する。その結果、(I1) 生産性レジーム
は I’1 まで移動し、(II1)需要レジームは II’1 まで回転する。この時、均衡点は E1 から E’1 へと
移動し、均衡生産性上昇率及び均衡産出量成長率は、E�PṘ E1 , Q̇ E1 � → E′�PṘ E′1 , Q̇ E′1 �となっ
て、ともに上昇することになる。
次に図 5 より、k=1+l の場合には k は不変であり、(I)生産性レジーム、(II)需要レジームと
もに不変である。この時、均衡点は E であり、均衡生産性上昇率及び均衡産出量成長率は、
ともにE�PṘ E , Q̇ E �で不変であり、変化率は一定である。
最後に図 6 より、k > 1 + l の場合、k が増加すれば(I3)生産性レジームは上方移動し、(II3)
需要レジームはQ̇ = Cを中心として時計回りに回転する。その結果、(I3)生産性レジームは I’3
まで移動し、(II3)需要レジームは II’3 まで回転する。この時、均衡点は E3 から E’3 へと移動
し、均衡生産性上昇率及び均衡産出量成長率は、E�PṘ E3 , Q̇ E3 � → E′�PṘ E′3 , Q̇ E′3 �となって、
ともに上昇することになる。
以上の分析結果を総括すれば、図 7 に示す図 4、図 5、図 6 を統合した図を描くことがで
きる。ここで、当該経済の初期時点を産出量成長率はゼロで、新技術の開発、新生産様式の
導入といった「何らかの」要因により技術進歩が起きた時点と仮定する。すなわち、Q̇ = 0
かつPṘ > 0を満たすPṘ − Q̇ 平面上の任意の点を当該経済の初期時点と仮定し、それを下付
き数字の 0 で表す。
(1−α)f+(ch+g)[α+(1−α)v]−h(1−α)u
(2.11)式でPṘ = 0とすれば、Q̇ =
―となり、(2.13)式を用い
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
̇
れば、Q = Cとなる。
21
9
図 7 に示すように、k の増加に応じて、(I)生産性レジームが上方に移動し、(II)需要レジー
ムはQ̇ = Cを中心として時計回りに回転する。すなわち、時間が経過するにつれて、(I)生産
性レジームは I0→I1→I*→I2→I3 と上方へ移動する。(II)需要レジームは、II0→II1→II*→II2→
II3 と時計回りに回転する。その結果、均衡点は E0→E1→E*→E2→E3 と変化する。均衡点の
移動に応じて、均衡生産性上昇率及び均衡産出量成長率は、�PṘ E0 , Q̇ E0� → �PṘ E1 , Q̇ E1� →
�PṘ E∗ , Q̇ E∗ � → �PṘ E2 , Q̇ E2 � → �PṘ E3 , Q̇ E3 �と増加する。したがって、k の増加に伴って図 7 の
均衡点を繋ぐ矢印が示す経路をたどり、経済成長することになる。
図 7 を k の値に応じた(I)生産性レジームと(II)需要レジームから構成される 4 つの領域に
分割すれば、図 8 のように領域を分割することができる。領域分割を行うことによって、k
の増加に応じて産出量(Q)、生産性(PR)、実質賃金(RW)、利潤(π)の時間に対する変化率、換
̇ )、利潤変化率(π̇ )の動態
言すれば産出量成長率(Q̇ ) 、生産性上昇率(PṘ )、実質賃金変化率(RW
について、以下の 6 点にまとめることができる。以下、領域 4 つと均衡点 2 つ(E*と E3)につ
いて述べる。
1) 領域①(I0 及び II0 の下方領域):k < 0のケース
領域①では、モデルのパラメーターの条件付け、すなわちk ≥ 0という条件から非現実的
な領域である。
その理由として、生産性が上昇しても実質賃金は低下し、よって有効需要が減少し、投資
が不変とすれば、結局産出量も減少するということが指摘できる。
2) 領域②(I0, II0 及び I*, II*から構成される領域):0 ≤ k < �
l
1+l
�のケース
領域②では、k が増加すると産出量成長率、生産性上昇率、実質賃金上昇率、利潤率いず
̇ < π̇ である。
れも上昇する。すなわち、PṘ ≥ 0, Q̇ ≥ 0, 0 ≤ RW
その理由として、生産性が上昇すれば、インデクセーションによって実質賃金は上昇し、
有効需要が増加し、結局産出量も増加するということが指摘できる。
したがって、領域②の場合、企業は生産量を増大させれば利潤が増加するので、生産増加
が合理的選択であるといえる。
3) 直線 I*及び II*:k = �
l
1+l
�のケース
(I*)生産性レジーム及び(II*)需要レジームから導出される均衡点 E*では、産出量成長率、
生産性上昇率、実質賃金上昇率、利潤率に関して均斉成長が実現している。換言すれば、Q̇ −
1
̇ + Ṅ が成立している 22。
Ṅ = π̇ − � � ∙ Ṅ = PṘ = RW
1−β
l
4) 領域③(I*, II*及び I3, II3 から構成される領域):�1+l� < k < (1 + 1 + β)のケース
領域③では、k が増加すると生産性上昇率、実質賃金上昇率は上昇する。しかし、利潤増
̇ > PṘ > π̇ > 0である。
加率は k の増加に伴って小さくなってしまう。すなわち、RW
その理由として、生産性が上昇すれば、インデクセーションによって実質賃金は上昇する
が、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)が利潤変化率を一定に保つ
水準である
l
よりも過大であるために、利潤増加率が小さくなるということが指摘できる。
1+l
5) 直線 I3 及び II3:k = (1 + 1 + β)23のケース
(I3)生産性レジーム及び(II3)需要レジームから導出される均衡点 E3 では、生産性上昇にも
関わらず、利潤は変化しない。すなわち、π̇ = 0である。
22
23
均斉成長下での k の最適値の導出については、4.2 節で論じる。
利潤変化率がゼロ、すなわちπ̇ = 0となる k の値の導出については、補論 B で論じる。
10
その理由として、インデクセーションによって実質賃金は上昇するが、上昇率は利潤変化
率が不変、すなわちπ̇ = 0となる水準にまで達するということが指摘できる。
6) 領域④(I3 及び II3 の上方領域):k > (1 + 1 + β)のケース
領域④では、k が増加すると利潤は減少してしまう。すなわち、π̇ < 0である。
その理由として、生産性が上昇すれば、インデクセーションによって実質賃金は上昇する
が、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)は、もはや利潤を「浸食」せ
ざるを得ない水準に達しており、利潤が減少するということが指摘できる。
したがって、領域④の場合、企業は生産量を縮小すれば利潤が増加するので、生産縮小が
合理的選択であるといえる。
IV ボワイエ・モデルの定性分析(2):均斉成長下での実質賃金の生産性上昇率に対するイ
ンデクセーション率(k)の最適値
本節では、III 節での議論をふまえた上で、まず均斉成長下での内生変数の均衡成長率を
導出する。次いで、均斉成長が成立している条件の下での実質賃金の生産性上昇率に対する
インデクセーション率(k)の最適値を導出する。
4.1 均斉成長下での内生変数の均衡成長率の導出
3.2 節において、直線 I*及び II*から導出される均衡点 E*で均斉成長が実現されると説明
した。それは以下の理由による。
最初に、Q = π + RW ∙ N―(4.1)であると仮定する。ここで、Q:産出量あるいは国民所得、
π:利潤、RW:実質賃金、N:総雇用を表している。
均斉成長下での内生変数の均衡成長率を導出するために、まずは(4.1)式の両辺の自然対数
dQ
をとり、時間(t)に関して微分すれば、dt =
と定義すれば、(4.2)式は、Q̇ =
π
代入して整理すれば、Q̇ =
ここで、β ≡
Q π
RW∙N
Q
dπ
dt
Q
dπ dRW
dN
+
N+RW
dt
dt
dt
dπ dRW
dN
+
N+RW
dt
dt
dt
+
π+RW∙N
RW∙N
Q
dRW
dt
RW
π+RW∙N
―(4.2)となる。ここで、Q̇ ≡
dQ
dt
Q
―(4.3)
―(4.4)となる。(4.4)式の右辺の分母に(4.1)式を
+
RW∙N
Q
dN
dt
N
―(4.5)となる。
―(4.6)、すなわち国民所得に占める雇用者所得の割合とすれば、(4.6)式
π
と(4.1)式より1 − β ≡ Q―(4.7)、すなわち国民所得に占める利潤の割合であることは明らかで
ある。(4.6)式と(4.7)式を用いて(4.5)式を書き直せば、Q̇ = (1 − β)
= (1 − β)
dRW
dt
dπ
dt
π
dRW
dt
+ β � RW +
―(4.10)、Ṅ ≡
RW
dN
dt
N
dN
dt
N
dπ
dt
π
+β
dRW
dt
RW
�―(4.8)となる。(4.3)式の定義と同様にして、π̇ ≡
+β
dπ
dt
π
dN
dt
N
̇ ≡
―(4.9)、RW
̇ + Ṅ �―(4.12)とな
―(4.11)と定義すれば、(4.8)式はQ̇ = (1 − β)π̇ + β�RW
る。
本稿では、雇用成長率は正と仮定したケースを論じていることから 24、(2.6)式よりQ̇ ≈ Ṅ +
̇ + (1 − β)Ṅ =
PṘ ―(4.13)であり、(4.12)式のQ̇ に(4.13)式を代入して整理すれば、PṘ − βRW
(1 − β)π̇ ―(4.14)となる。
ここで、均斉成長、すなわち実質賃金上昇率と雇用成長率の和が生産性上昇率と等しいと
24
雇用成長率がゼロと仮定したケースについては、清水(2011)を参照。
11
̇ + Ṅ = PṘ ―(4.15)が成立している。(4.15)式を(4.14)式のPṘ に代入して整理
仮定すると、RW
̇ + Ṅ = π̇ − � 1 � ∙ Ṅ ―(4.16)が得られる。さらに、(4.16)式を(4.12)式のRW
̇ + Ṅ に
すれば、RW
1−β
1
代入し整理すれば、Q̇ − Ṅ = π̇ − �1−β� ∙ Ṅ ―(4.17)を得る。
以上のことをまとめれば、(4.15)式(4.16)式(4.17)式から、均斉成長下では、Q̇ − Ṅ = π̇ −
̇ + Ṅ ―(4.18)が成立していることが分かる。すなわち、産出量成長率か
�1−β� ∙ Ṅ = PṘ = RW
1
ら雇用成長率を差し引いた値と利潤上昇率から国民所得に占める利潤の割合の逆数に雇用
成長率を掛けた値を差し引いた値と生産性上昇率と実質賃金上昇率に雇用成長率を足した
値が等しくなっている。
このように、雇用成長率を正と仮定した場合には、産出量成長率と利潤変化率及び実質賃
金上昇率は雇用成長率によって「調整」される。この点が、清水(2011)の分析した雇用成長
率がゼロのケースとの相違点である。
以上が均斉成長を仮定した場合の内生変数の均衡成長率の導出過程と均斉成長を満たす
内生変数の相互関係である。4.2 節では、本節での議論をふまえた上で、均斉成長下での k
の最適値を示すことにする。
4.2 均斉成長下での実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の導出
本節では、均斉成長が成立しているという仮定の下で、実質賃金の生産性上昇率に対する
インデクセーション率(k)の最適値を導出する。その上で、k の最適値に対応する(I)生産性レ
ジームと(II)需要レジームのPṘ − Q̇ 平面上での位置関係について、III 節の分析結果をふまえ
ながら検討する。
̇ + Ṅ = PṘ を仮定でき
4.1 節で示したように、均斉成長の場合には、(4.15)式、すなわちRW
̇
RW
Ṅ
る。(4.15)式の両辺をPṘ で割って整理すれば、
= 1 − ―(4.19)となる。ここで、II 節で
定義したように、モデルの定式化からl ≡
̇
̇
PR
PR
̇
RW
―(4.20)と定義され、l
Ṅ
は雇用変化率に対する実
質賃金弾力性である。このことに注意しながら、 (4.15)式の両辺をṄ で割って整理すれば、
Ṅ
̇
PR
=
1
―(4.21)となる。
1+l
(4.19)式に(4.21)式を代入して整理すれば、
̇
RW
̇
PR
=
l
―(4.22)となる。(4.22)式が実質賃金の
1+l
生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の均斉成長下における最適値である。最適
値を k*と定義すればk ∗ ≡
l
―(4.23)である。
ところで、k の最適値 k*はPṘ − Q̇ 平面(図 7 及び図 8)において、どの位置の(I)生産性レジ
ームと(II)需要レジームに対応しているだろうか。
このことを明らかにするために、k に関するモデルの条件付けと k*と k=1+l の大小関係
を確認しておく。まず、モデルの条件付けから、k ≥ 0でありk ∗ ≥ 0―(4.24)といえる。さら
にk ∗ − k = −
1+l+l2
1+l
1+l
< 0―(4.25)となることから k*は k よりも小さい値であるといえる。
ここで、(3.2)式と(3.8)式を考慮すれば、k*に対応する生産性レジーム(I*と定義する)は I2
よりも下方に、需要レジーム(II*と定義する)は II2 を反時計回りに回転させた座標にそれぞ
れ位置していることが分かる。すなわち、図 7 及び図 8 において、k*に対応する(I)生産性レ
ジームは I*であり、(II)需要レジームは II*である。
以上のことから、雇用成長率が正の場合、均斉成長率に対応する 2 つのレジーム(I*及び
II*)は k=1+l に対応する直線よりも下方あるいは反時計回りに回転した座標に位置している。
以上が、均斉成長を仮定した場合の実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーショ
ン率(k)の最適値の導出過程であり、k の最適値に対応する(I*)生産性レジーム及び(II**)需要
レジームのPṘ − Q̇ 平面における位置である。
12
V おわりに
本稿の目的は、R・ボワイエのフォード主義的成長モデルの定性分析によって、実質賃金
の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の値が変化した場合の(I)生産性レジーム
及び(II)需要レジームの動態と均斉成長下での k の最適値を明らかにすることであった。
本稿の議論を振り返れば、以下のごとくである。まず、II 節では Boyer(1988a)の定式化に
依拠し、(I)生産性レジームと(II)需要レジームを導出した。また、分析対象とする基本モデ
ルを提示した。次いで、III 節では生産性上昇率に対する実質賃金のインデクセーション率
(k)の変化による(I)生産性レジームと(II)需要レジームの動態とそれに伴う均衡点の移動を
明らかにした。具体的には、k の増加に伴って(I)生産性レジームは傾きも切片も大きくなり
ながら上方移動すること、(II)需要レジームは傾きが小さくなり、Q̇ = Cを中心として時計回
りに回転することが判明した。最後に、IV 節では均斉成長下における k の最適値(k*)が
l
1+l
であることを明らかにし、k の最適値に対応する(I)生産性レジームと(II)需要レジームの
PṘ − Q̇ 平面上の位置を示した。
以上の本稿の議論から、フォード主義的成長モデルの持つ一般的性格と意義について、ど
のような経済学的インプリケーションが導かれるのか。以下、2 点述べておきたい。
第 1 に、持続的な経済成長、すなわち持続的な産出量成長率の増加と生産性上昇、実質賃
金上昇、雇用成長、利潤成長を実現しようとするならば、資本・労働間の「何らかの」合意
形成によって、生産性上昇という「成長の果実」を労使間で「適切に」分配しなければなら
ないということが指摘できる。
フォード主義的成長モデルにおいて、実質賃金上昇の生産性上昇率に対する「適切な」イ
ンデクセーションは、持続的な経済成長を実現する上で非常に重要である。ところが、
「適
切な」分配は、各国・各時代の当該経済における他の制度諸形態に適合した労使間の合意形
成過程を経なければ実現されない。市場メカニズムにさえ任せておけば、自然に実現すると
いうものではない。したがって、フォード主義的成長体制にとって、労使間合意は「適切な」
実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率を実現する上で、必要不可欠な制
度であるといえる。
第 2 に、本稿の分析結果は、1980 年代以降、政界・官界・学界等で広く普及した新自由
主義的なイデオロギー25に基づいた経済政策について、示唆に富む見解を提示できる。
例として、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーションの廃止あるいは削減を
取り上げる。
図 9 に、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーションの廃止あるいは削減が行
われた場合の(I)生産性レジームと(II)需要レジームの動態と均衡点の移動を示している。k が
小さくなることによって、(I)生産性レジームは下方に移動し、(II)需要レジームは反時計回
りに回転する。実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーションの廃止あるいは削減
が行われなかった場合に実現できる均衡生産性上昇率及び均衡産出量上昇率(図 9 の均衡点
E0)と比較して低水準の均衡生産性上昇率と均衡産出量成長率が得られる(図 9 の均衡点 E k
reduced)。さらには、(I)生産性レジーム及び(II)需要レジームの動態次第では、不況に陥って
しまうかもしれない(図 9 の均衡点 E k abolished)。
たしかに、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーションの廃止あるいは削減は、
個別企業にとって、短期においては利潤を回復させる手段となり得る。しかし、多数の企業
が同様の政策を採用する場合、経済全体として見れば、
「合成の誤謬」に陥ってしまう。つ
まり、新自由主義的な労働市場改革は、マクロ水準で負の効果を有するといえる。長期経済
成長の持続という観点に立てば、労働者、経営者といった経済主体レベルつまりミクロ水準
でも、最終的には負の効果を有すると考えられる。新自由主義的な労働市場改革とは逆に、
25
新自由主義の普及の歴史については、例えば Harvey(2005)を参照。
13
実質賃金を生産性上昇率に対して「適切に」インデクセーションさせることは、長期に渡る
経済成長が実現する可能性が高く、労働者及び経営者双方にとって正の効果を有している
と考えられる。
以上が、本稿で分析したボワイエのフォード主義的成長モデルから導出される経済学的
インプリケーションである。
ただし、本稿の分析においては、モデルの構造上、国家や国際レジームは捨象されてい
る 26。また、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率以外のパラメーターは
不変と仮定していた。このような制約を緩和して分析を行った場合、本稿で導かれた結論及
び経済学的インプリケーションがどのように変化するのかについては、残された課題であ
る。さらには、本稿の定性分析の結果をふまえた上で、Boyer and Mistral(1988)が行っている
ような定量分析を行う必要がある。
【図一覧】
図 1:(I)生産性レジームと(II)需要レジーム(0<k<1+l のケース)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。A は(I)生産性レジームの
C
1
切片を、B は(I)生産性レジームの傾きを、− Dは(II)需要レジームの切片を、Dは(II)需要レジ
ームの傾きを示す。また、PṘ は生産性上昇率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示
す。
国家のレギュラシオン分析としては、Théret(1992)を参照。国際レジームに関しては、
ボワイエ・山田(1997)を参照。
26
14
図 2:(I)生産性レジームと(II)需要レジーム(k=1+l のケース)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。A は(I)生産性レジームの
切片を、B は(I)生産性レジームの傾きを、C は(II)需要レジームの横軸との交点を示す。ま
た、PṘ は生産性上昇率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示す。
図 3:(I)生産性レジームと(II)需要レジーム(k>1+l のケース)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。A は(I)生産性レジームの
C
1
切片を、B は(I)生産性レジームの傾きを、− Dは(II)需要レジームの切片を、Dは(II)需要レジ
ームの傾きを示す。また、PṘ は生産性上昇率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示
す。
15
図 4:(I)生産性レジームと(II)需要レジームの k の増加に応じた移動(0<k<1+l のケース)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。A は(I)生産性レジームの
C
1
切片を、B は(I)生産性レジームの傾きを、− Dは(II)需要レジームの切片を、Dは(II)需要レジ
ームの傾きを示す。また、PṘ は生産性上昇率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示
す。’は k の増加に対応することを示す。下付き数字 1 は、0<k<1+l に対応することを示す。
図 5:(I)生産性レジームと(II)需要レジームの k の増加に応じた移動(k=1+l のケース)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。A は(I)生産性レジームの
切片を、B は(I)生産性レジームの傾きを、C は(II)需要レジームの横軸との交点を示す。ま
た、PṘ は生産性上昇率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示す。’は k の増加に対応
することを示す。下付き数字 2 は、k=1+l に対応することを示す。
16
図 6:(I)生産性レジームと(II)需要レジームの k の増加に応じた移動(k>1+l のケース)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。A は(I)生産性レジームの
C
1
切片を、B は(I)生産性レジームの傾きを、− Dは(II)需要レジームの切片を、Dは(II)需要レジ
ームの傾きを示す。また、PṘ は生産性上昇率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示
す。’は k の増加に対応することを示す。下付き数字 3 は、k>1+l に対応することを示す。
図 7:(I)生産性レジームと(II)需要レジームの k の増加に応じた移動(総括)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。実線は k=0 に対応するレ
ジームを、点線は k 増加後の k に対応する各レジームを示す。また、PṘ は生産性上昇率を、
Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示す。下付き数字 1、2、3 はそれぞれ 0<k<1+l、k=1+l、
k>1+l に対応することを示す。*は k の最適値�
l
1+l
17
�に対応することを示す。
図 8:(I)生産性レジームと(II)需要レジームの k の増加に応じた移動(領域分割)
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。実線は k=0 に対応するレ
ジームを、点線は k 増加後の k に対応する各レジームを示す。また、PṘ は生産性上昇率を、
Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示す。下付き数字 1、2、3 はそれぞれ 0<k<1+l、k=1+l、
k>1+l に対応することを示す。*は k の最適値�
l
1+l
�に対応することを示す。
図 9:新自由主義的な労働市場改革の効果
注) 筆者作成。I は生産性レジームを、II は需要レジームを示す。実線は初期時点に対応す
るレジームを、点線は k 減少後の k に対応する各レジームを示す。また、PṘ は生産性上昇
l
率を、Q̇ は産出量成長率を示す。E は均衡点を示す。*は k の最適値� �に対応することを
1+l
示す。
下付き k reduced あるいは reduced はインデクセーション率の削減を、
下付き k abolished
あるいは abolished はインデクセーション率の廃止を示す。
18
補論 A:(I)生産性レジームと(II)需要レジームの均衡点の安定条件とそれを満たす k の導出
本補論 A では、Boyer(1988a)が提示するモデルの均衡点の安定条件について、パラメータ
ーを用いて導出する。また、安定条件を満足するような実質賃金の生産性上昇率に対するイ
ンデクセーション率(k)の範囲についても示す。
本文(2.32)式で示したように、モデルの安定条件は、|1 − BD| > 0⇔|BD| < 1―(A1)である。
ここで、本文(2.10)よりB ≡
本文(2.14)式よりD ≡
b[vc(1+l)−ul]+d
―(A2)、
1−b(vc−u)(k−1−l)
[αc+(1−α)vc−(1−α)u](k−1−l)
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
―(A3)と定義されていることに注意して、安定
条件を書き直せば、すなわち(A1)式の B と D にそれぞれ(A2)式と(A3)式を代入して整理す
れば、まずは
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
|k − l − 1| < �{b[vc(1+l)−ul]+d}[αc+(1−α)vc−(1−α)u]+b(vc−u){1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u}�―(A4)を得る。
ここで、(A4)式の右辺の絶対値の中の式を Z、
1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u
すなわちZ ≡ {b[vc(1+l)−ul]+d}[αc+(1−α)vc−(1−α)u]+b(vc−u){1−[α+(1−α)v]c(1+l)+l(1−α)u}―(A5)と定義す
る。そして、(A4)式を k について解けば、(1 + l) − |Z| < k < (1 + l) + |Z|―(A6)を得る。
これが、均衡点の安定性条件から導かれる k のとり得る範囲である。k が(A6)式の示す範
囲内にある限り、均衡点は安定であるといえる。
補論 B:実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の最大値の導出
本補論 B では、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率(k)の取り得る最
大値を、利潤変化率がゼロとなる値と定義したケースの k の導出過程を示しておく。
まず、k は実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション率であるから、k =
̇
RW
̇ = kPṘ ―(B2)である。ただし、実質賃金を RW、
―(B1)である。(B1)式を変形すれば、RW
̇
PR
生産性を PR で表し、変数の時間に関する変化率を上付きドットで示している。
̇ + (1 − β)Ṅ = (1 − β)π̇ ―(B3)である。(B3)
ここで、本文の(4.14)式を再掲すれば、PṘ − βRW
̇ + (1 − β)Ṅ =
式で利潤変化率をゼロと仮定すれば、すなわちπ̇ = 0と仮定すれば、PṘ − βRW
̇
̇ に(B2)式を代入して整理すれば、k = 1 + 1−β � N �―(B5)を得る。
0―(B4)となる。(B4)式のRW
β
β
̇
PR
本文(4.15)式の均斉成長の定義式、つまり実質賃金上昇率と雇用成長率の和が生産性上昇率
̇
̇ + Ṅ = PṘ ―(B6)を(B1)式に注意しながら変形すれば、 N = 1 −
に等しいという定義式、RW
̇
PR
k―(B7)を得る。(B7)式を(B5)式に代入して整理すれば、
π
k = 1 + (1 + β) = 1 + ―(B7)を得る。これが k の取り得る最大値である。ただし、(B7)式の
Q
π
最後の等号は、本文(4.7)式、すなわち1 − β ≡ Q―(国民所得に占める利潤の割合)―(B8)より
成立する。
以上が、雇用成長率が正の場合の、実質賃金の生産性上昇率に対するインデクセーション
率(k)が取り得る最大値の導出過程である。
19
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社会主義・日本』, 藤原書店。
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