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咲く花はみな違う

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白岡市立南中学校
校 長 室 通 信
平成 28 年 6 月 6 日
No.44
咲く花はみな違う
百の国があれば百の花が咲く、みな花が違う。みな
昨年の「すばる」181 号で「もとも 花が違うが、しかし花としてのそれぞれの趣がみんな
と特別な Only one」と題して個性を伸 味わえる、鑑賞できる。しかもその花が相交差して咲
ばすということについて考えたことを いて、非常な錦を織りなすというような、みごとなも
書きました。世の中に誰一人同じ人は のになってくるところに、私は世の姿があるのではな
いないどころか、右の松下幸之助氏に いかと思うんです。
もし百の国が一つの花、同じ花であるとすれば、百
いわせれば、製品にも同じものはない
といいます。確かに個体差のようなも 花繚乱にならない。全部同じ花やから趣がない、まこ
のはあるし、せいぜいグループ分けが とに単調になってしまう。それは美ではありません。
いろいろの形のものが相調和して、そこにさらにより
できるということなのでしょう。
松下氏の文を読んでいて、大事だな 高き美を生み出すところに、ほんとうの美というもの
あと思ったのは、一人一人違う、一つ があるのではないかと思います。(中略)
私は同じものが二つないというように、世の中が作
一つが同じではないということを前提
にして、それを認め大切にしながら互 られていると思うんです。そこにそれぞれの特色とい
いが交わり、調和して世の中の美が生 うもの、個性というもの、それぞれの使命というもの
まれるということです。「相交差」し がある。そういうものが相交差して社会を形成してい
て錦を織りなす、「相調和」して美を る。そこに社会美というものが見いだされるわけです。
生み出すというような言い方で説明し (1958 松下幸之助「人生と仕事について知っておい
てほしいこと」PHP 総合研究所)
ています。
そして、それぞれ違っている個性と使命があるといいます。その使命が相交差して社会
美が生み出されると。言い換えれば、単なる〝違い〟が個性として意義あるのではなく、
その個性を交差、調和させながら使命を果たすことによって、個性が個性として意義深い
ものとなるということなのではないでしょうか。個性が使命に結びつ
いたとき、単なる個性にとどまらず、社会の美へと発展性を帯びる、
そんな気がしています。
私たちは、私たち自身も含めて多くの個性に出会います。特にその
個性の発展途上の子どもたちが目の前にいます。大きく言えば、その
個性に向き合うのが私たちの仕事です。向き合うというのはただ座視
することではありません。そこに関わっていくことです。その視点で言えば、子どもたち
に自分の個性を自覚させる、やるべきことを考えさせるのが仕事ということでしょう。そ
れを他の個性と交差させたり、調和させたりして行うわけです。
もちろん、個性を自覚させるなどというのは、大人にだって簡単なこ
とではありません。今のところ私には、学習や部活動、あるいは進路選
択などの機会を使って「自分って何?」を考えさせるしか方法は見当たり
ません。ただ、そのどの場面でも「交差」と「調和」を意識しておくこと
が最も重要だと考えています。個性は、一人の世界では個性ではなく、
他の個性があるから個性になる。まあ、当たり前ですね。個性の伸長は
他との交差と調和によって行われる。そういうことだと思います。
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