第 3部 「地域」を考える―自らの変化と特性に向き合う― 事 例 3-1-13 東シナ海の小さな島ブランド株式会社 日常的な生活と生業に価値を見出し多様なビジネスを創出する島の豆腐屋 うコンセプトのもと、島米と干物などの加工品をギフトセッ トとして通信販売するものである。また、島の日常的な風 薩摩川内市の川内港から西方約 26 キロメートルの東シナ 景を旅行者にとっての非日常的な体験として提供する観光 海上に位置し、北部に位置する上甑島、中部に位置する ガイド事業「しまなび」も同時に開始した。 中甑島、南部に位置する下甑島の 3 つの島から形成され 2013 年 5月には、古民家を改築して社屋を建設し豆腐 ている。人口は 3 島合わせて約 5,000 人であり、豪壮な海 屋(屋号:山下商店)を開業した。かつては朝早くから 食崖、特異な湖沼群、鹿の子百合の原生地、緑豊かな常 豆腐屋にザルを持った人々が集まり、豆腐を購入するつ 緑広葉樹原生林と、他では見られない自然景観が今でも いでに会話が交わされる様子が島の日常的な風景として 護られており、2015 年 3月に国定公園に指定された。 根付いていたことから、その原風景を今の時代に再生し 同社の創業者である山下社長は甑島で生まれ育ち、高 たいとの想いから豆腐屋を開業した。今では、毎日朝か 校進学とともに島を離れていたが、卒業後に京都の和装 ら豆腐を買いに来る人々が山下商店に集まり会話が交わ 小物の卸会社に勤めながら、上甑島で開催されているアー されている。また豆腐を販売するだけでなく、島内を行 トイベント「KOSHIKI ART PROJECT」の企画・運営に関 商し、御用聞きの役割も担っている。 わっていた。その一方で、愛する故郷において、かつて 当初は山下社長一人で始めた会社であったが、創業か の風景が失われつつある状況に危機感を抱き「本土にい ら2 年半が経った 2014 年 11月時点で年商 4,000 万円、従 ながら島との関係を築いていくスタンス」から「島にいな 業員は 11 名(パート含む)となり、甑島の生産者を支え がら本土との関係を築いていくスタンス」へと方針を転換 るとともに、雇用の受け皿となる企業に成長している。ま し島への Uターンを決意した。 た、夏期には期間限定のバーの営業、日常風景のマップ 2010 年に、まず米作りとサツマイモの生産に取り掛かっ づくり、プライベートブランド商品の開発・販売など、 たが、まったく収入が得られない時期もあり、農業による 次々と新しい事業を展開しており、2014 年 10月には鹿児 安定収入の確保がいかに困難であるかを思い知らされた。 島市内最大の百貨店マルヤガーデンズに常設店を設置す 一方で、当時の甑島には地場の農水産物を使ったお土産 ることとなった。2015 年春には、島内の民宿を事業継承 品がまったく売られていないという状況があった。そこで、 する形で運営を開始する予定であり、さらには旧港ターミ 2012 年 4月に、島の魅力をきちんと消費者に届けたいと ナル跡地を利活用した飲食事業と物販事業の両輪展開に いう想いから、甑島の農水産品と加工品の通信販売事業 よる「コシキテラスプロジェクト」もスタートする予定で を主とする会社を設立した。最初に取り組んだ「島米プ ある。2020 年には年商 4 億円、従業員数 30 人という経営 ロジェクト」は、甑島の素朴な暮らしと美しい風景を守り 目標を掲げる東シナ海の小さな島株式会社は、今後も甑 育てていくための農業や漁業という生業の営みそのもの 島の風景を護り伝えていくために、新たな事業を展開し に価値を見出した。この営みに対して支援してもらうとい ていく。 第2 節 東シナ海の小さな島ブランド株式会社(従業員 11 名、 資本金 10 万円)のある甑島(こしきしま)は、鹿児島県 山下商店(豆腐屋)の様子 中小企業白書 2015 339 第1章 地域活性化への具体的取組 【事例からの示唆】 ■成功要因 一般的に農山漁村における地域資源は、農作物や水産 を立ち上げていくことは、リスクも伴うが、複数の事業を 展開していくことで、一つの事業が停滞しても他の事業で 補完できるというリスク分担を図るメリットもある。元来、 物などの物的資源や自然景観などの景観資源、文化財な 離島の生活では複数の仕事をかけもつことで生計を立て どの文化資源あるいは地域の人々(人的資源)が挙げら ている人が本土に比べて多い。限られた地域経済の中で れる。しかし、山下社長は、甑島の素朴な暮らしと美しい 起業するにあたっては、複数の事業を展開することが重 風景を守り育てていくための農業や漁業という生業の営み 要な視点となる。 そのものを地域資源と捉え、島米と干物などの加工品を また、本事例の最も重要なポイントは山下社長の覚悟 ギフトセットとして通信販売を行っているところが成功要 と決断であるといえる。山下社長は「自分で決めたことだ 因の一つとして挙げられる。これによって、顧客が単なる から誰にも言い訳できない」と述べている。離島という 消費者ではなく応援者という認識に変換され、資源価値 特殊な条件の中で起業し、2010 年の起業からわずか 4 年 を高めることにつながっており、さらには固定客(ファン) 間で年商 4000 万円、11 人の雇用を生み出すまでに至っ の獲得という効果も得られている。 たが、ここまで来る過程で相当の苦労があったという。し また、島の食材を使った特産加工品の商品開発におい かし、自身が決断したことであるため、相当の苦労は覚 ては、「島の風景を伝えられる商品づくり」というコンセプ 悟を決めて乗り越えていかなければならないという強い思 トを基にデザインされている。会社としてデザイナーを雇 いを持って乗り越えてきた。農山漁村で起業するというこ 用することで、お土産品のパッケージデザインやリーフ とは相当の覚悟を決めて決断することが大きなポイントで レット等のメディアデザインなど、東シナ海の小さな島ブ あるといえる。 ランド株式会社で展開している各事業におけるデザイン の質を高め、企業としてのブランド確立にも寄与している。 ■今後の課題 ■地域課題の解決 びは来訪者への集落案内に対する住民の理解と協力のも 島米プロジェクトでは農家や水産業者と連携し、しまな 340 -地域において多様なビジネスを創出- と実施し、豆腐屋は島の人々に親しんでもらうことで営む 東シナ海の小さな島ブランド株式会社では多角的に事 ことができている。このように、山下社長が展開してきた 業を展開している。農業、豆腐屋、島内外における特産 事業は、地域住民の理解と協力に支えられてきた側面も 品の小売販売・通信販売、飲食業、そして2015 年には ある。今後、旧港ターミナル跡地を利活用した飲食事業 宿泊業を開設し、旧港ターミナル跡地を利活用した飲食 と物販事業を展開していくにあたっては、これまで以上に 事業と物販事業の両輪展開も予定している。様々な事業 地域の人々の理解と協力を得ることが重要な課題となる。 2015 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
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