幹細胞生物学から再生医学へ:全能性幹細胞と組織幹細胞 独立行政法人 国立長寿医療研究センター研究所・再生再建医学研究部・橋本有弘 生命科学は、一般の人々の生活に深く関わるようになり、今後さらにその傾向が強まることは 避けがたい。遺伝子組み換え作物などの食料問題から再生医療にいたるまで、状況は加速 度的に進行しており、近い将来、生命科学の寄与なしには社会が維持できなくなる可能性す らある。このような時代背景を考えると、今後、『生命科学に関わる社会的課題』が次々と生じる であろうことは想像に難くない。しかも、それらの課題の中には、一握りの専門家の判断に任 せるべきではない、社会的決断(判断)を必要とする重要課題が含まれる。それ故に、誤った 情報や偏った見解が容易に流布し、一般大衆がそれに迎合して、不適切な判断をくだしてし まう危険性も大きくなっている。 最近、「幹細胞」、「再生医療」、「iPS 細胞」などの専門用語が、新聞テレビなどを通じて、広く 一般の人々の知るところとなっている。しかし、残念なことに、マスコミが伝える情報の多くは、 ある局面のみを抽出・拡大したイメージであって、必ずしも科学的な意味での「理解」につなが るものではない。「単語を知っていること」を「(言葉の意味する)内容を理解していること」と勘 、、、 違いする、すなわち「わかったつもり」になる危険性は、むしろ、より高くなっている。それ故、 「生命科学についての理解力を有する人材」の社会的必要性は、きわめて高い。本講義では、 、、、、、、、 次世代を担う若い人たちが、『幹細胞生物学/再生医学』を科学的な意味で正確に理解する ための一助となることを願って、基礎研究と臨床の境界領域で悪戦苦闘している研究者の視 点から解説したい。 今日、「幹細胞」と呼ばれている細胞は、「(1)人為的に作成された、全能性を有する培養細 胞」と「(2)多細胞生物の体内に存在している多能性細胞」に大別することができる。ES 細胞お よび iPS 細胞は、前者(1)にあたる。一方、後者(2)には、「(2-1)発生過程において胚組織中に 一時的に存在する幹細胞」と「(2-2)成体組織に存在する幹細胞(組織幹細胞)」が含まれる。 本講義では、はじめに (1) ES 細胞および iPS 細胞の特性と再生医学に応用するための取り組 みについて紹介する。次に、(2)組織幹細胞のひとつである「骨格筋幹細胞(筋サテライト細 胞)」について、私たちの行っている以下の研究内容を紹介したい。 ① 筋疾患(筋ジストロフィー、進行性骨化性線維異形成症、サルコペニア)における筋幹細胞 の役割解明を目的とした、マウス個体および培養細胞を用いた解析。 ② 動物実験の成果を臨床応用に発展させるために、独自に開発したヒト筋細胞培養系を用 いた解析。
© Copyright 2024 Paperzz