配付資料 - 北村達也

2011/8/20 ICJIE2011@天津外国語大学
ウェブサイトを利用した読解学習支援の実践例
~tutor.bunko プロジェクト:モニター調査を通して見えてきたもの~
BT284
森川結花(甲南大学)・永須実香(上智大学)
・浜田崇男(フリー)
・北村達也(甲南大学)
[email protected]
1.はじめに
tutor.bunko(チューター文庫)http://basil.is.konan-u.ac.jp/tutor/bunko/
2009 年9月~
上級者用読み物教材
「日本文学
/ 中級者用漢字教材 / 教室活動用教材
珠玉の小品集」
http://basil.is.konan-u.ac.jp/tutor/bunko/advanced/index.html
青空文庫より選んだ12作品(+新作1作品)を公開中
?なぜ、
「文学」作品なのか?
◆
教材作成の観点から
①テキストの内容・言語表現の質が高い
②日本語で読む必然性がある
③時間を経過しても古びない定番教材となりうる ④補助教材(映画、翻訳など)を活用しやすい
◆
学習者が得られるもの
①「本物」に触れる喜び
② 学習者間/ネイティブ読者と共通の読書経験
2.文学作品と言語教育----「読書」と「教室学習」との違いはどこから?
1)<先行研究> 文学作品を授業で扱いにくい事情について
 言語学習全般にわたる歴史的な傾向 : 高橋(2009),李(2009)、
 現実的な事情(時間的な制約など)
: カルトン・水野(2011)
 学習者側の問題 : 森川(2009)
2)「読書」と「教室学習」とで何が違うか?

読者に許されている「三つの自由 1」(
{選ぶ/やめる/考える}自由)が、
学習者には許されない

読者と作品との閉じられた空間が、教室学習の場では保たれない
3)オンライン自律学習支援システムの場ではどうか?

教材 html とユーザー学習者との関係 = 読者と作品との関係
3.「日本文学 珠玉の小品集」モニター調査(「読書」行動観察)
<方法>
•
実施期間
2011 年2月~3月
•
課題作品
「ごんぎつね」http://basil.is.konan-u.ac.jp/tutor/bunko/gon/gongitsune_text.html
「南京の基督」http://basil.is.konan-u.ac.jp/tutor/bunko/kirisuto/nankin_text.html
1
「読者の自由」に関しては西田谷(2000)参照。
指示・配布したもの
•
tutor.bunko サイトの教材本文、紙媒体、「ごんぎつね」には英訳版のコピー
モニター学習者 現役留学生6名(ごんぎつね)/留学生OB4名(南京の基督)
•
モニター
母語
JLPT
学習歴
モニター
母語
JLPT
学習歴
ご
J
韓
N1
2年半
南
S
英
1級
5年
ん
A
中
N2
1年半
京
K
中
N1
4年半
ぎ
Q
英
N2
2年半
の
P
英
N2
5年
つ
R
英
N3
2年半
基
H
英
2級
5年
ね
B
英
N3
2年半
督
M
仏/西
N4
8ヶ月
モニターへの指示
•
1.サイトでも紙媒体でも好きな方で作品を自由に読む。
2.読みながら紙媒体に分からない箇所、好きなシーン、キーワードだと思った語などを記録。
3.感想書き込み用ブログにコメントを書き込む。
(ごん)http://gongitsune6girls.blogspot.com/ (南京)http://jp-literture.blogspot.com
質問→児童文学についてどんなイメージを持っていますか/日本の宗教観はあなたの国の宗教観と
どんな違いがありますか/兵十がごんを撃ったことを許せますか・・・など
質問→「娼婦」のイメージは?/どんな後味が残りましたか/なぜ物語の舞台が南京なのでしょうか
<結果>
①ポップアップ訳語表示機能について
モニ
語彙調べ +
機能使用
ター
読み所要時間
の有無
J
1時間強
×
電子辞書を使った。
A
2時間半
×
インターネットの電子辞書を使った。
Q
2時間半
○
ポップアップだけで十分だった。電車内でだけ電子辞書を使った。
R
不明
×
チャレンジのためポップアップは使わない。訳さずざっと読みで 15 分。
B
1時間 15 分
○
電子辞書だと1頁 30 分。ポップアップだと1頁5分。
M
10 時間
×
英訳と比較対照し一語一語、異同を調べていった。
S
3時間
○
ポップアップが役に立って、普通に読んで楽しめた。これがなければ苦労していたと思う。
K
1時間半
×
電子辞書をちょっとだけ見た。
P
不明
○
H
3日間
×
ポップアップ+Rikaichan。ポップアップで意味が出て来ても、読むのを中断されるので読
みにくい。調べるべき言葉が多すぎたことと会話文の話者が分からないこと、古語・外来語
に苦しんだ
青空文庫+Rikaichan とても苦労して読んだ。読んでいる途中であらすじを見つけて読み、
やっと全体像が理解できてから本文が理解できるようになった
■
感想
P,Hの苦労 → Sの提案
「完全な翻訳でなくても、説明だけでも英語でどうですか?
私も学生の時は翻訳や対訳で小説を読みま
した。今でも韓国ドラマを見るとき、説明を先に読んでから見ます」
②
作品内容についての感想
<二つの作品の特徴>
作品
作者
分類
テーマ
読者への課題/挑戦
備考
ごんぎつね
新美南吉
童話
誤解と不条理に満ちた人
生の悲しさ
細かな描写(揺れる心情+何気ない 小学国語教育の定番教材
動作+周りの情景)から何を読み取
るか?
南京の基督
芥川龍之介
短編小
説
救いのない社会問題に直
面したインテリ青年の葛
藤
エキゾシズム(異国・異教)と背徳 映画化(1995)
(少女売春・性病感染・冒涜的事件) *「蜘蛛の糸」との比較において
に巧みに隠されたテーマが読み取れ
興味深い
るか?
<モニターからの感想>「ごんぎつね」
ブログ投稿数
J
インタビュー
「ごんぎつね」感想
韓国にも似たタイプの話があるので懐かしい。いいことをするつもりだったところに人間の本性が現れて
いると思う。悲しい話には真実が語られ、人間は悲しい話から学ぶ。
A
1
前に簡易版で読んだが、原作は背景や人物の叙述が詳しい。だいたい分かったが時間がかかった。
ごんが哀れだと思った。
Q
8
ごんは自分の非を悟り改心した。そのごんを最後に殺すなんて共感するには残酷すぎる。でも、子供に
世の中の真実を隠さず教える大切さについては児童文学の授業で学んだ。
R
7
とても気に入った。ごんも兵十も私みたいだと思う。世の中の明暗をこの話は教えてくれる。
単純で「いい人」同士の誤解とすれ違い。最後に兵十がごんを撃ったのも理解できる。
B
4
他の国の児童文学にも残酷な話はある。そこから子供は真実を学ぶ。私には兵十の行いを責めることはできない。
日本では魂は青い火になると文化の授業で習った。兵十の火縄銃から出ていた青い煙はごんの魂だろう。
M
11
ごんは野生動物でありながら、人間にすごく似たキャラクター。どちらの性格も子供の心の中には
存在している。兵十の仕打ちはリベンジというより農民として当然だと理解する。その兵十をごんは許した
のだから、わたしも兵十を許す。
<モニターからの感想「南京の基督」>
S
2+チャット
普通に読んで楽しめた。変な話だと思った。主人公の子供っぽい頭の中で考えた話だと思っていたが、
最後に現実に戻って、他の男から話の事実が出て来る。何が言いたいのかよく分からないが自業自得の
教訓話ではないことには気が付いた。騙されていた感じがした
K
4+インタビュー
この話だけ読んでもテーマは分からなかったけれど、他のレビューサイトを見たりして考えた。
世の中には知らない方がいいと言うこともある。そのことをジャーナリズムの授業で学んだ。
死んでいく人に事実は伝えられない。幸せな気持のままそっと送ってあげるしかないこともある。
P
3+レポート
自分にとって big challenge だった。この手の話は学校では読まされたことがあるが、自分からは
読まない。これは Christianity の話だとは思わない。ナイーブな娼婦のキャラ設定は興味深い。
しかし、僕自身は現代物の小説を読みたい。
H
14+メール
楽しめなかった。言葉調べに過剰な負担を強いられた。同じ表現の繰り返しには辟易。主人公に宗教性は
感じない。米国ではこんな風に宗教を扱ってはいけない。これはユーモアと皮肉の話だろう。
「日本人の旅行家」だけがまともで好感がもてる。
<読書記録から> 二人以上のモニターが重要箇所としてマーキングしたところ
「ごんぎつね」
いたずら、穴、魚を捕る張り切り網、魚をつかむ、盗人狐、一生懸命に逃げる、葬式、白いかみしも、位牌をささげる、ウナギが食べたい、あんないたずらをしなけれ
ばよかった、俺と同じ、独りぼっちの兵十。イワシを投げ込んで、うなぎのつぐない、兵十の家、イワシ屋にひどい目に遭わされた、栗を拾う、松茸を毎日くれる、知
らんうちに、神様に御礼を言う、
「俺が毎日松茸や栗を持って行ってやるのにその俺には御礼を言わないで神様に御礼を言うんじゃ俺は引き合わないなぁ」、栗を持って、
ふと顔をあげました、土間に栗が固めておいてありました、うなずきました
「南京の基督」
無邪気な希望の光が生き生きと蘇った、皮肉な調子が入り交じった、誰にも迷惑はかけておりません、さもなければ私は、私どもの幸せのために、恨みもない他人を不
幸せに致すことになりますから、テーブルの上のランプの火は一頻りぱっと燃え上がって、娼婦には大金の十ドルも金花の決心は動かせなかった、初めて知った恋愛の
歓喜が激しく彼女の胸元へ突き上げてくるのを知るばかりであった、基督の家に違いなかった、無限の愛を含んだ微笑、私は中国料理は嫌いだよ、

モニターたちの読み方の特徴
話の中で「動き」
「変化」があったところに注意が集中する傾向
前面の「図」を読み、背景の「地」には無関心 2
★「地」の部分に潜むもののシンボル的意味、コードを読み取れるようになることが課題
4.まとめ&tutor.bunko プロジェクトの今後の課題

日本語教育の観点からのテキスト分析の必要性
→ 言語情報(図)/文化情報(地)の抽出・分析 → 支援システムに組み込む

SNSの利用 → 留学生OBを中心とした日本語ファンネットワークとの連携
「大人の学習者が楽しく読める 日本文学読み物サイト」の構築へ
<謝辞>本研究の一部は甲南大学総合研究所および 23 年度科研費(21320095)の支援を受けて行われました。また、訳語表示
機能作成システム e-chuta に関する英語・中国語の辞書データを東京国際大学の川村よし子先生よりご提供いただきました。
記して感謝致します。
■
tutor.bunko 関連URL一覧
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tutor.bunko(親サイト)
http://basil.is.konan-u.ac.jp/tutor/bunko/
日本文学 珠玉の小品集
http://basil.is.konan-u.ac.jp/tutor/bunko/advanced/index.html
→ 本文、解説、設問(選ぶ問題・考える問題)、文型・語彙リスト、印刷用 pdf.、紹介デジブック
日本文学 珠玉の小品集
http://ttb-bungaku.cocolog-nifty.com/blog/
tutor.bnko 漢字の部屋
http://bunko-kanji.blogspot.com/
e-chuta
http://basil.is.konan-u.ac.jp/e-chuta/
→ 訳語表示機能付き本文 html 作成支援システム 英語版・中国語版
iTunes Podcast 日本文学 珠玉の小品集 http://itunes.apple.com/jp/podcast/id346535404
→ 朗読音声が無料でダウンロードできます。
tutor.bunko 公式ブログ
http://blog.goo.ne.jp/kasu3kou1/
参考文献
堀場裕紀江(2001)「L2リーディング研究の課題と可能性」『言語科学研究』第7号 pp.43-63
甲田直美(2009)『文章を理解するとは-認知の仕組みから読解教育への応用まで』スリーエーネットワーク
栗原由華・中浜優子(2010)「ストーリー構築における視点」南雅彦編『言語学と日本語教育Ⅵ』pp.141-156 くろしお出版
李勇華(2009)「中国の国語教育における文学教育の現状」鈴木泰恵・高木信・助川幸逸郎・黒木朋與編『<国語教育>とテクスト
論』pp.259-291 ひつじ書房
牧野成一(2009)「文化習得論の構築をめざして」『第二言語としての日本語の習得研究』第12号,pp5-27
マルチヌ・カルトン、,水野雅司(2011)「文学作品の読解と情報通信技術」学習院大学外国語教育研究センター紀要『言語・社会・
文化』第9号 67-88
森川結花(2009) 「文学作品をテキストとした上級学習者用読解教材の開発と実践」リーディング・チュウ太ワークショップ&シン
ポジウム 2009 発表 ppt http://basil.is.konan-u.ac.jp/chuta/morikawa_slide20091003.pdf
中井久夫(2010)「われわれはどうして小説を読めるのか」『私の日本語雑記』pp.196-211 岩波書店
西田谷洋(2000) 「文学理論入門」 http://www.kokugo.aichi-edu.ac.jp/nishitaya/lec/2000/intro3.htm
高橋和子(2009)「文学と言語教育ーー英語教育の事例を中心にーー」中島平三監修、齊藤兆史編、シリーズ朝倉<言語の可能性>
10『言語と文学』pp.148~171
鶴田清司(2005)『なぜ日本人は「ごんぎつね」に惹かれるのか』
和田敦彦(1997)『読むと言うこと テクストと読書の理論から』ひつじ書房
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栗原・中浜(2010)では、物語を構築していく際の日本語母語話者と中国語/韓国語母語話者の視点の置き方の
違いについて分析している。