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Principles of Economics/ N. G. Mankiw, 1997
第 I 部 イントロダクション
第 1 章 経済学の十大原理 . . . . . . . .
第 2 章 経済学者らしく考える . . . . .
第 3 章 相互依存と交易(貿易)からの
利益 . . . . . . . . . . . . . . . . .
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第 X 部 長期における貨幣と価格
16
第 27 章 貨幣システム . . . . . . . . . . 16
第 28 章 インフレーション:原因とコスト 16
3
第 II 部 需要と供給 I:市場の機能
第 4 章 市場における需要と供給の作用
第 5 章 弾力性とその応用 . . . . . . . .
第 6 章 需要,供給,および政府の政策
3
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第 XI 部 開放経済のマクロ経済学
17
第 29 章 解放マクロ経済学:基本的概念 17
第 30 章 開放経済のマクロ経済理論 . . 17
第 III 部 需要と供給 II:市場と厚生
第 7 章 消費者,生産者,市場の効率性
第 8 章 応用:課税の費用 . . . . . . . .
第 9 章 応用:国際貿易 . . . . . . . . .
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第 IV 部 公共部門の経済学
第 10 章 外部性 . . . . . . . . . . . . .
第 11 章 公共財の共有資源 . . . . . . .
第 12 章 税制の設計 . . . . . . . . . . .
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第 V 部 企業行動と産業組織
第 13 章 生産の費用 . . . . . .
第 14 章 競争市場における企業
第 15 章 独占 . . . . . . . . . .
第 16 章 寡占 . . . . . . . . . .
第 17 章 独占的競争 . . . . . .
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第 VI 部 労働市場の経済学
11
第 18 章 生産要素市場 . . . . . . . . . . 11
第 19 章 勤労所得と差別 . . . . . . . . 11
第 20 章 所得の分配 . . . . . . . . . . . 12
第 VII 部 より進んだ話題
12
第 21 章 消費者選択の理論 . . . . . . . 12
第 VIII 部 マクロ経済学のデータ
13
第 22 章 国民所得の測定 . . . . . . . . 13
第 23 章 生計費の測定 . . . . . . . . . . 14
第 IX 部 長期の実物経済
14
第 24 章 生産と成長 . . . . . . . . . . . 14
第 25 章 貯蓄,投資と金融システム . . 15
第 26 章 自然失業率 . . . . . . . . . . . 15
第 XII 部 短期の経済変動
18
第 31 章 総需要と総供給 . . . . . . . . 18
第 32 章 総需要に対する金融・財政政
策の影響 . . . . . . . . . . . . . . . 19
第 33 章 インフレ率と失業率の短期的
トレードオフ . . . . . . . . . . . . 20
第 XIII 部 おわりに
20
第 34 章 マクロ経済政策に関する五つ
の論争 . . . . . . . . . . . . . . . . 20
第 I 部 イントロダクション
第 1 章 経済学の十大原理
• 経済学とは,希少な資源を社会がいかに管理するかを研究する学問である。
• 個人の意思決定に関する基本的な教訓は以下の四つである。
⃝
1 人々は様々な目標の間のトレードオフに直面している
⃝
2 どのような行動の費用も,失われた機会によって測らなければならない
⃝
3 合理的な人々は,限界的な費用と限界的な便益とを比較することで意思決定する
⃝
4 人々は様々なインセンティブに反応する
• 人々の間の相互作用に関する基本的な教訓は以下の三つである。
⃝
5 貿易は相互に利得をもたらす
⃝
6 通常,市場は経済活動を組織する良策である
⃝
7 政府は,市場のもたらす成果を改善できることがある
• 経済全体に関する基本的な教訓は以下の三つである。
⃝
8 生産性が生活水準の最終的な決定要因である
⃝
9 貨幣量の増大がインフレーションの根元的な原因である
⃝
10 社会は,インフレ率と失業率の短期的トレードオフに直面している
第 2 章 経済学者らしく考える
• 経済学者は,科学者の客観性を持って研究テーマに取り組む。すべての科学者と同じく,適切な仮
定を置き,単純なモデルを構築して,自分たちを取り囲む世界を理解しようとする。
• 経済学は二つの分野に分けることができる。ミクロ経済学とマクロ経済学である。ミクロ経済学者
は,家計や企業の意思決定と,市場における家計や企業の相互作用を研究する。マクロ経済学者
は,経済全体に影響する要因や趨勢を研究する。
• 実̇証̇的̇な主張とは,世界がどうあるかについての主張である。規̇範̇的̇な主張とは,世界がどうある
べきかについての主張である。経済学者が規範的な主張を述べる場合,それは,科学者というより
も政策立案者としての行為である。
• 経済学者たちが政策立案者に相反するアドバイスをするのは,科学的判定の相違か,価値観の相違
からである。ときには,エセ経済学者が難問に対して非現実的に容易な解決策を提示したために,
政策立案者の受け取るアドバイスが分かれてしまうこともある。また,経済学者が一致してアドバ
イスしても,政策立案者がそれを無視してしまう可能性もある。
• 経済学者の考えはほぼ一致しているが,実際の政策に反映されていないものは多い。
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家賃の上限規制は住宅供給の量・質ともに低下させる
関税と輸入割当ては一般的な経済厚生を低下させる
変動為替相場制度は有効な国際通貨制度である
不完全雇用状態の経済では,財政政策には顕著な景気刺激効果がある
予算を均衡させるには,毎年ではなく,景気循環を通じての値を均衡させるべきである
生活扶助受給者への現金給付は,同額の現物給付よりも受給者の厚生を高める
巨額の財政赤字は経済に悪影響をもたらす
最低賃金の引き上げは,若年労働者と未熟練労働者の失業率を引き上げる
政府は社会福祉制度を「負の所得税」形式に改革すべきである
環境対策としては,総量規制よりも,排出税や売買可能な排出権の方が優れている
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第 3 章 相互依存と交易(貿易)からの利益
• 個人は,国内に限らず世界中の多くのほかの人々によって生産された財やサービスを消費してい
る。相互依存と交易(貿易)は,より多くのより多様な財・サービスをすべての人々が享受するこ
とを可能にするので,望ましいことである。
• 一つの財を生産する能力を 2 人の間で比較するときには二つの方法がある。より少ない投入量で生
産することのできる人は,絶対優位を持っているという。より低い機会費用で生産することのでき
る人は,比較優位を持っているという。交換(貿易)の利益は,絶対優位ではなく比較優位に基づ
いている。
• 交換(貿易)が人々をより豊かにするのは,自分が比較優位を持っている活動に特化することを可
能にするからである。
• 比較優位の原理は,国の場合にも,人の場合と同様に当てはまる。経済学者が自由な国際貿易を提
唱するときには,比較優位の原理に基づいている。
第 II 部 需要と供給 I:市場の機能
第 4 章 市場における需要と供給の作用
• 経済学者は需要と供給のモデルを用いて競争市場を分析する。競争的市場においては,多くの売り
手と買い手がいるので,一人一人は市場価格に対してほとんど影響力を持たない。
• 需要曲線は,需要量が価格にどのように依存するかを表している。需要法則によると,財の価格が
下落するにつれて需要量は増大する。したがって,需要曲線は右下がりである。
• 需要量の決定要因には,価格以外にも,所得,嗜好,予想,代替財および補完財の価格などがあ
る。こうした価格以外の決定要因が変化すると,需要曲線はシフトする。
• 供給曲線は,供給量が価格にどのように依存するかを表している。供給法則によると,財の価格が
上昇するにつれて供給量は増大する。したがって,供給曲線は右上がりである。
• 供給量の決定要因には,価格以外にも,投入価格,技術,予想などがある。こうした価格以外の決
定要因が変化すると供給曲線はシフトする。
• 需要曲線と供給曲線の交点で市場均衡が決まる。均衡価格では,需要量と供給量とが等しい。
• 売り手と買い手の行動によって,市場は均衡へと自然に導かれる。市場価格が均衡価格を上回る
と,超過供給が発生して市場価格を下落させる。市場価格が均衡価格を下回ると,超過需要が発生
して市場価格を上昇させる。
• ある出来事が市場にどのような影響を与えるかを分析するには,需要と供給の図を用いて,その出
来事が均衡価格と均衡取引量をどう動かすかを調べる。分析に当たっては 3 段階アプローチを用い
る。第 1 に,その出来事が需要曲線と供給曲線のどちらをシフトさせるかを判断する。第 2 に,曲
線がどちらにシフトするかを判断する。第 3 に,新しい均衡と古い均衡とを比較する。
• 市場経済において,価格は経済的意思決定を導くシグナルであり,希少な資源は価格を通して配分
される。経済のすべての財について,価格は需要と供給とが釣り合うことを保証している。それ
ゆえ,均衡価格は,買い手がどれだけの量を購入し,売り手がどれだけの量を販売するかを決定
する。
3
第 5 章 弾力性とその応用
• 需要の価格弾力性とは,価格の変化に対して需要量がどれくらい反応するかを測る尺度である。財
が必需品ではなく贅沢品である場合,密接な代替材が利用可能な場合,市場が狭く定義される場
合,あるいは買い手が価格の変化に反応するのに十分な時間的余裕のある場合,などには弾力的に
なる傾向がある。
• 需要の価格弾力性は,需要量の変化率を価格の変化率で割ることによって求められる。弾力性が 1
よりも小さく,したがって需要量の変化の比率が価格の変化の比率よりも小さい場合には,需要は
非弾力的であるという。弾力性が 1 よりも大きく,したがって需要量の変化の割合が価格の変化の
割合よりも大きい場合には,需要は弾力的であるという。需要曲線が水平に近いほど,需要の価格
弾力性は大きい。
• 総収入,すなわち財に対して支払われる総額は,財の価格にその販売量をかけたものに等しい。総
収入を増やすためには,需要曲線が非弾力的な場合には価格を引き上げることで,需要曲線が弾力
的な場合には逆に価格を引き下げることで実現できる。
• 需要の所得弾力性とは,所得の変化に対して需要量がどれくらい反応するかを測る尺度である。需
要の所得弾力性の定義は,需要量の変化率を所得の変化率で割ったものである。
• 供給の価格弾力性とは,価格の変化に対して供給量がどれくらい反応するかを測る尺度である。供
給の価格弾力性は,しばしば,分析における時間的視野に依存する。たいていの市場では,短期よ
りも長期の方が供給は弾力的である。
• 供給の価格弾力性は,供給量の変化率を価格の変化率で割ったものに等しい。弾力性が 1 よりも小
さく,したがって供給量の変化の比率が価格の変化の比率よりも小さい場合には,供給は非弾力的
であるという。弾力性が 1 よりも大きく,したがって供給量の変化の割合が価格の変化の割合より
も大きい場合には,供給は弾力的であるという。供給曲線が水平に近いほど,需要の価格弾力性は
大きい。
• 需要と供給という分析用具は,小麦市場,石油市場,非合法な麻薬市場など,多くの異なる種類の
市場に適用することができる。
第 6 章 需要,供給,および政府の政策
• 価格の上限とは,法律で定められた財・サービスの最高価格である。その一例はガソリン価格規制
や家賃規制である。もし価格の上限が均衡価格を下回っていれば,需要量は供給量を上回る。その
結果不足が生じるため,売り手は何らかの方法(長い行列,差別,賄賂など)で財・サービスを買
い手に割り当てなければならない。
• 価格の下限とは,法律で定められた財・サービスの最低価格である。その一例は最低賃金である。
もし価格の下限が均衡価格を上回っていれば,供給量は需要量を上回る。その結果余剰が生じるた
めに,財・サービスに対する買い手の需要は何らかの方法で売り手に割り当てられなければなら
ない。
• 政府がある財に課税すると,財の均衡取引量は減少する。すなわち,ある市場への課税は市場の規
模を縮小する。
• ある財への課税は買い手が支払う価格と売り手が受け取る価格の間にくさびを打ち込み,市場が新
しい均衡に移動すると,買い手がその財に支払う額は増加し,売り手が受け取る額は減少する。そ
の意味で,売り手と買い手は税の負担を分け合う。税の帰着は,その税が買い手に課税されるか,
売り手に課税されるかに依存しない。
4
• 税の帰着は需要と供給の価格弾力性に依存する。その負担は,市場のなかで弾力性が小さい側に割
り振られる傾向がある。なぜならば,弾力性の小さい側は,税に反応して売買の量を変えることが
簡単にはできないからである。
第 III 部 需要と供給 II:市場と厚生
第 7 章 消費者,生産者,市場の効率性
• 消費者余剰とは,財に対する買い手の支払許容額から実際に支払った金額を差し引いたものであ
り,買い手が市場に参加することから得られる便益を図る尺度である。消費者余剰を求めるには,
需要曲線よりも下で価格よりも上の部分の面積を計算すればよい。
• 生産者余剰とは,売り手の受け取った金額から生産に要した費用を差し引いたものであり,売り手
が市場に参加することから得られる便益を図る尺度である。生産者余剰を求めるには,価格よりも
下で供給曲線よりも上の部分の面積を計算すればよい。
• 消費者余剰と生産者余剰の合計を最大にするような資源配分を効率的という。ただし,政策立案者
は,経済的成果の効率ばかりでなく,衡平にもしばしば関心を持っている。
• 供給と需要の均衡は,消費者余剰と生産者余剰の合計を最大にする。すなわち,市場の「見えざる
手」により,買い手と売り手は資源を効率的に配分するようになる。
• 市場支配力や外部性などの市場の失敗が存在する場合,市場では資源が効率的に配分されない。
第 8 章 応用:課税の費用
• 財に対する課税はその財の買い手と売り手の厚生を減少させる。消費者余剰と生産者余剰の減少
は,通常政府の税収よりも大きい。消費者余剰,生産者余剰,税収の合計である総余剰の減少は,
課税による死荷重と呼ばれる。
• 課税は,限界的な買い手と売り手を市場から退出させるため,買い手の消費と売り手の生産を減少
させ,総余剰を最大化する水準よりも市場規模を小さくする。需要と供給の弾力性は,市場参加者
が市場の条件にどのくらい反応するかを測るので,弾力性が大きいほど死荷重は大きくなる。
• 税が大きくなると,インセンティブがより歪められ,死荷重が増加する。税収は最初,税の大きさ
とともに増加する。しかし,税がさらに大きくなると市場規模が縮小するので,結局,税収は減少
する。
第 9 章 応用:国際貿易
• 自由貿易の効果は,貿易がないときの国内価格と世界価格を比べることで確定できる。国内価格の
方が低い場合には,その国がその財の生産に比較優位を持つので輸出国になる。国内価格の方が高
い場合には,外国がその財の生産に比較優位を持つので輸入国になる。
• 貿易を開始して財の輸出国になると,財の生産者の厚生は改善し,財の消費者の厚生は悪化する。
貿易を開始して財の輸入国となると,財の消費者の厚生は改善し,財の生産者の厚生は悪化する。
どちらのケースにおいても貿易による利益は損失を上回る。
• 輸入への税である関税は,市場を貿易がないときの均衡に近づけ,したがって貿易による利益を減
少させる。国内生産者の厚生は改善し,政府は税収を得るが,消費者の損失はこれらの利益を上
回る。
5
• 輸入割当は,供給曲線の世界価格よりも上の部分を割当ての分だけ右方にシフトさせるが,関税と
同じような効果を持つ。しかし,関税の下で政府が得る収入を,割り当ての下では輸入許可証の保
有者が受け取る。輸入許可証に価格を付けることにより,関税とまったく同じ効果を得ることもで
きる。
• 貿易制限を支持するさまざまな議論がある。それらは,雇用の確保,国内安全保障,幼稚産業保
護,不公正競争の防止,外国貿易制限への対応を根拠としたものである。これらの議論のなかには
ある状況においてメリットを持つ場合もあるが,経済学者は通常自由貿易の方が良い政策であると
考えている。
第 IV 部 公共部門の経済学
第 10 章 外部性
• 買い手と売り手の間の取引が第三者に直接影響を与えるとき,その効果は外部性と呼ばれる。公害
のように社会的費用が私的費用(企業の供給曲線)を上回ったり,アルコール消費のように社会的
価値が私的価値(消費者の需要曲線)を下回るような「負の外部性」があると,市場における社会
的に最適な量は均衡取引量よりも少なくなる。技術の外部波及(スピルオーバー)のように社会的
費用が私的費用を下回ったり,教育のように社会的価値が私的価値を上回るような「正の外部性」
があると,社会的に最適な量は均衡取引量よりも多くなる。
• 外部性の影響を受ける人たちがその問題を当事者間で解決できることがある。たとえば,ある企業
が他の企業に外部性をもたらすときに,二つの企業は合併によって外部性を内部化することができ
る(りんご農家と養蜂家)。あるいは,利害関係者たちは契約を結ぶことによって問題を解決する
こともできる。コースの定理によると,費用をかけないで交渉することができれば,当初に権利が
どのように分配されていても,資源が効率的に配分されるような契約は常に到達することができ
る。しかしながら多くの場合,多数の利害関係者の間で契約に達するのは困難であり,コースの定
理は当てはまらない。
• 公害のように,民間で外部性を十分に処理できないときには,政府がしばしば介入する。場合に
よっては,政府が規制を課して,社会的に非効率的な行動を妨げることがある。あるいは,ピグー
税を課して外部性を内部化することもある。ピグー税は,汚染する権利に価格を付けることであ
り,他の税と異なり死荷重を生まないため,望ましい方法である。環境を保護するもう一つの方法
として,政府が限定数の汚染許可証を発行する方法がある。この政策の最終的な結果は,汚染者に
ピグー税を課すこととほとんど同じである。汚染の需要曲線が未知で,どの程度のピグー税を課せ
ばよいのか分からない場合,汚染許可証を競売にかければよい。
第 11 章 公共財の共有資源
• 財は,排除可能か,また競合的かによって異なる。財は,もし他人の使用を妨げることができれば
排除可能である。もしある人が享受すると他の人たちが同じ財を享受することができないのであれ
ば,その財は競合的である。排除可能かつ競合的である私的財において,市場は最もうまく機能す
る。市場は他のタイプの財に対しては,それほどうまく機能しない。
6
競 合 性
排
除
可
能
性
あ
る
な
い
あ る
な い
私的財
・アイスクリーム
・衣服
・混雑した有料道路
共有資源
・海にいる魚
・環境
・混雑した無料道路
自然独占
・消防
・ケーブルテレビ
・混雑していない有料道路
公共財
・国家防衛
・知識
・混雑していない無料道路
• 公共財は競合的ではなく,排除可能でもない。公共財の例としては,花火大会,国家防衛,基礎知
識の創出がある。人々は公共財の使用に対して料金を請求されないので,財が私的に供給される場
合にはただ乗りするインセンティブを持つ(フリーライダー)。したがって,政府が公共財を供給
し,費用-便益分析に基づいて供給量を決定する。
• 共有資源は競合的ではあるが,排除可能ではない。共有資源の例としては,共有牧草地,きれいな
空気,混雑した道路がある。人々は共有資源の利用に対して料金を請求されないので,過剰に利用
する傾向がある。したがって,政府は共有資源の利用を制限しようとする。
第 12 章 税制の設計
• アメリカ政府は,さまざまな税を用いて収入を得ている。連邦政府にとって最も重要な税は所得税
と社会保険のための給与税である。州・地方政府にとっての最も重要な税は売上税と固定資産税で
ある。
• 税制の効率性は,納税者の費用と関係がある。納税者から政府への資源の移転に加えて,二つの課
税の費用がある。一つは税がインセンティブと行動を変化させることで生じる資源配分の歪みであ
る(死荷重)。もう一つは税法に従う管理負担である。
• 税制の衡平は,税の負担が人々の間に公平に分配されているかということに関係している。応̇益̇原
則によると,人々が政府から受け取る便益に基づいて税を支払うのが公平である。応̇能̇原則による
と,人々が金銭的負担に応じる能力に基づいて税を支払うのが公平である。税制の衡平を評価する
ときには,税の帰着の研究から得られた教訓を思い出すことが重要である。すなわち,税負担の分
配は納税申告書の分配と同じではない。
• 政策立案者は税法の変更を考えるとき,しばしば効率と衡平との間のトレードオフに直面する。租
税政策についての論争の多くは,人々がこの二つの目的に異なるウエイトを置くことから生じる。
第 V 部 企業行動と産業組織
第 13 章 生産の費用
• 企業の目的は,総収入(T R)から総費用(T C )を差し引いた利潤を最大化することである。
• 企業の行動を分析する際には,生産に要するすべての機会費用を含めることが重要である。機会費
用のうちのいくつかは,労働者に支払う賃金などのように明示的なものである。その他の機会費用
は,企業の所有者がその企業で働くためにあきらめなければならない他の仕事の賃金のように潜在
的なものである。
7
• 企業の費用は生産プロセスを反映する。典型的な企業の生産関数は,投入量が増えるにつれて傾き
が緩やかになり,限界生産物逓減となる。結果として,企業の総費用(T C )曲線は生産量が増え
るにつれてより急になる。
• 企業の費用は固定費用(F C )と可変費用(V C )とに分割することができる。固定費用は,企業
が生産量を変化させても変わらない費用である。可変費用は企業が生産量を変化させると変わる費
用である。
• 企業の総費用から二つの関連した費用の尺度が導き出される。平均総費用(AT C )は,総費用を
生産量で割ったものである。限界費用(M C )は,生産量が追加的に 1 単位増えたときの総費用の
増加分である。
• 企業の分析をするときには,平均総費用(AT C )と限界費用(M C )をグラフにすることがしば
しば有用である。典型的な企業では,限界費用は生産量の増加につれて増大する。平均総費用は,
生産量の増加につれて最初減少するが,その後増大する。限界費用曲線は常に,平均総費用曲線と
最小値(効率的規模)で交わる。
• 多くの費用は短期には固定されているが,長期には変化する。短期の平均総費用(AT C )曲線を
合成することにより,長期の平均総費用曲線を描くことができる。長期平均総費用曲線は,短期平
均総費用曲線よりもフラットになる。長期平均総費用曲線が低下しているとき「規模の経済」が働
いているといい,フラットになっているときは「規模に関して収穫一定」という。
第 14 章 競争市場における企業
• 完全競争市場とは,⃝
1 市場に多数の買い手と多数の売り手が存在する,⃝
2 さまざまな売り手に
よって供給される財がほぼ同じである,⃝
3 企業の市場への自由な参入と市場からの自由な退出が
可能である,という三つの特徴を持つ。
• 競争企業は価格受容者であるので,その収入は生産量に比例する。したがって,企業の平均収入
(AR)と限界収入(M R)は財の市場価格に等しい。
• 利潤を最大化するために,企業は限界収入(M R)と限界費用(M C )が等しくなるような生産量
を選ぶ。競争企業の限界収入は市場価格に等しいので,企業は価格と限界費用が等しくなるような
生産量を選ぶ。したがって,企業の限界費用曲線は供給曲線である。
• 固定費用(F C )を回収できない短期において,企業は財の価格が平均可変費用(AV C )よりも低
ければ,一時的な操業停止を選ぶ。固定費用は埋没費用(サンクコスト)であるため,操業停止の
決定には無関係である。したがって,競争企業の短期の供給曲線は,限界費用(M C )曲線のうち
平均可変費用曲線よりも上の部分である。固定費用と可変費用(V C )の両方を回収できる長期で
は,企業は財の価格が平均総費用(AT C )よりも低ければ(=利潤がプラスならば),市場から退
出することを選ぶ。したがって,競争企業の長期の供給曲線は,限界費用曲線(M C )のうち平均
総費用(AT C )曲線よりも上の部分である。
)
(
TR TC
−
× Q = (P − AT C) × Q
利潤 = T R − T C =
Q
Q
• 自由な参入と退出が可能な市場では,長期には利潤はゼロになる。なお,この場合の「利潤ゼロ」
とは機会費用を考慮したものであり,会計上の利潤はプラスである。この長期の均衡では,すべて
の企業は効率的規模で生産し,価格は平均総費用(AT C )の最小値に等しく,企業数はその価格
における需要量を満たすように調整される。市場における長期の供給曲線は水平になる。
8
• 需要の変化は時間の長さによって異なる影響をもたらす。短期では,需要の増加は価格を上昇させ
て利潤をもたらし,需要の減少は価格を下落させて損失をもたらす。しかし,企業が自由に市場に
参入したり市場から退出したりできる長期においては,企業数の増減を通じて,利潤がゼロとなる
ような市場均衡に戻るように調整される。
• 市場における長期の供給曲線は水平であるが,資源制約がある場合や,企業の費用が異なる場合に
は,市場への参入が自由であっても右上がりとなる。ただし,企業の市場参入・退出が可能である
ことには変わりないため,長期の供給曲線は短期の供給曲線よりも弾力的である。
第 15 章 独占
• 独占企業とは市場にただ一つ存在する企業のことである。独占が生じるのは,⃝
1 単一の企業が重
要な資源を有するとき,⃝
2 政府が企業にある財を排他的に生産する権利を与えるとき,⃝
3 単一の
企業が多くの企業よりも低い価格で市場のすべてに供給できるとき(自然独占),のいずれかで
ある。
• 独占企業は市場における唯一の生産者であるので,自らの生産物について右下がりの需要曲線に直
面する。独占企業が生産を 1 単位増加させると,財の価格は下落し,全生産量から得られる収入は
減少する。その結果,独占企業の限界収入曲線は常に需要曲線(平均収入曲線)よりも小さい。
• 競争企業と同様に,独占企業は限界収入(M C )が限界費用(M R)と等しくなる量を生産する
ことで利潤を最大化する。そして,独占企業はその量が需要されるような価格を選ぶ。競争企業
(P = M R = M C )と異なり,独占企業の価格は限界収入を上回るので(P > M R = M C ),価
格は限界費用を上回る。
• 競争市場では,供給量は需要曲線に関係なく決定されるが,独占市場では需要曲線の形状が限界収
入曲線(M R)の形状を決め,それが独占企業の利潤最大化量を決定する。独占企業は価格決定者
であるため,供給曲線は存在しない。
• 独占企業が利潤最大化する産出水準は,消費者余剰と生産者余剰の合計を最大化する水準よりも小
さい。すなわち,独占企業が限界費用を超える価格をつけると,その財に生産費用以上の価値を置
く消費者のなかには,その財を購入しない人がいる。その結果,課税による死荷重と同様の死荷重
が独占によって生じる。
• 政策立案者は,独占行動の非効率性に対して四つの方法で対処することが可能である。反トラスト
法を用いて,産業をより競争的にすることができる。独占企業がつける価格を規制することができ
る。独占企業を公企業に転換することができる。また,もし市場の失敗が政策に不可避な不完全性
と比べて小さければ,何もしなくてよい。
• 独占企業は,同じ財に買い手の支払許可額に基づいて異なる価格をつけることによって,利潤を増
やすことができる。価格差別を実施することにより,その財を買わなかったかもしれない消費者が
買うようになって,経済厚生が高まることがある。完全な価格差別という極端な場合には,独占の
死荷重は完全に取り除かれる(ただし,すべてが生産者余剰として配分される)。より一般的には,
価格差別が不完全なときに,厚生は,単一の独占価格の場合の結果と比較して,大きくなることも
小さくなることもある。
第 16 章 寡占
• 寡占企業はカルテルを形成し,独占企業のように行動することで総利潤を最大化する。しかし,も
し寡占企業が個々に利潤を最大化するように生産水準を決定すれば,独占的結果よりも数量は増加
し価格は下落する。寡占の企業数が多いほど,数量と価格は競争下で至る水準に近くなる。
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• ナッシュ均衡とは,相互作用を有する経済主体が,それぞれ他のすべての主体が選んだ戦略を所与
として,自己の最適な戦略を選ぶ状態である。
• 囚人のジレンマは,協調がお互いの利益になるときでさえ,支配戦略が成り立つために,人々が協
調を維持することができなくなることを示す。囚人のジレンマの論理は軍拡競争,広告(たばこの
例),共有資源問題,寡占といった多くの状況に当てはまる。ただし,繰り返しゲームでは,協調
的な結果に至る可能性がある。
• 政策立案者は反トラスト法を用いて,寡占企業が競争を弱める行動をとることを妨げる。しかし,
競争を弱めるように見える行動のなかには,
(再販売価格維持や抱き合わせのように)実際には合
理的な経営上の目的を持つかもしれないことがあるので,この法の適用には論争が多い。
第 17 章 独占的競争
• 独占的競争市場は,たくさんの売り手,差別化された製品,参入の自由,という三つの属性によっ
て特徴づけられる。
• 独占的競争市場における企業は,短期においては,独占企業と似ている。企業は,右下がりの需要
曲線と,それを下回る限界収入(M R)曲線に直面しているため,限界費用(M C )曲線が限界収
入曲線と交わるように生産量を決める。このとき,価格(需要曲線)が平均総費用(AT C )を上
回っていれば,独占利潤が発生する。
しかし,長期においては,独占利潤の存在が企業参入を促すため,需要曲線は左方にシフトす
る。長期における均衡は,需要曲線が平均総費用(AT C )曲線と接する生産量であり,このとき
独占利潤はゼロになる。
• 完全競争市場の均衡と比較すると,独占的競争市場の均衡は二つの点で異なっている。
第 1 に,個々の企業は,平均総費用曲線の右下がりの部分で操業するため,生産量は効率的規模
(平均総費用を最小化する生産量)を下回って過剰生産力を有する(完全競争企業では生産量=効
率的規模)。
第 2 に,いくらかの市場支配力を持つために,各企業は限界費用(M R)を上回る価格(正の
マークアップ)をつける(完全競争企業では価格=限界費用)。
• 長期均衡におけるゼロ利潤という条件は,価格と平均総費用(AT C )が等しくなることだけを保
証し,価格と限界費用(M C )が等しくなることは保証しない。完全競争企業で価格が限界費用と
等しくなるのは,価格が所与(生産を増やしても価格が下落しない)で,需要曲線と限界費用曲線
が水平だからである。
• 独占的競争は完全競争の望ましい性質をすべて持っているわけではない。第 1 に,限界費用を上回
るマークアップによって生じる標準的な独占の死荷重がある。第 2 に,製品多様化の(正の)外部
性と,ビジネス収奪の(負の)外部性の関係次第で,市場における企業数が理想的な状態にならな
いこともある。そして,この非効率を修正する政策立案者の能力には限界がある。
• 独占的競争に内在する製品差別化,限界費用を上回る価格設定を背景に,各企業は自社の製品によ
り多くの買い手を惹き付けるために,広告とブランド名を用いるインセンティブを持つ。広告とブ
ランド名の批判者は,企業がそれらを用いて消費者の非合理性を利用し,競争を弱めると主張す
る。広告とブランド名の擁護者は,企業がそれらを用いて消費者に情報を伝え,価格と製品の品質
についてより精力的に競争すると主張する。
10
第 VI 部 労働市場の経済学
第 18 章 生産要素市場
• 経済の所得は,生産要素市場において分配される。三つの最も重要な生産要素は労働と土地と資本
である。
• 生産要素に対する需要は,生産要素を使用して財・サービスを生産する企業から生じる派生需要で
ある。利潤最大化する競争企業は,生産要素の限界生産物の価格が賃金(生産要素の価格)に等し
くなる点まで各生産要素を雇用する。競争企業にとって,限界生産物価値曲線は労働需要曲線に
なる。
• 賃金は,⃝
1 労働の需要と供給が均衡するように,⃝
2 労働の限界生産物の価値に等しくなるように,
調整される。労働供給が増加すると,労働供給曲線の右シフトにより賃金が下落するため,企業が
雇用者数を増加させるにしたがい労働の限界生産物は減少する。需要拡大により限界生産物の価値
が増加すると,企業は雇用者数を増やそうとするため,労働需要曲線の右シフトを通じて賃金が上
昇する。
• 各生産要素に支払われる価格は,その生産要素の需要と供給が釣り合うように調整される。生産要
素需要は,その生産要素の限界生産物の価値を反映するので,均衡においては財・サービスの生産
への限界寄与度にしたがって各生産要素に報酬が支払われる。
• 生産要素は合わせて使用されるので,どの生産要素の限界生産物も利用可能なすべての生産要素の
数量に依存する。その結果,一つの生産要素の供給量の変化によって,すべての生産要素の均衡所
得が変化する。
第 19 章 勤労所得と差別
• 労働者は,さまざまな理由により異なる賃金を稼いでいる。賃金格差は,ある程度まで労働者の仕
事の属性を反映している。つまり,他の条件が一定であれば,難しくておもしろくない仕事につい
ている労働者は,簡単でおもしろい仕事についている労働者よりも高い賃金を得る(補償格差)。
例えば炭坑夫,夜勤労働者など。
• 多くの人的資本を持っている労働者は,少ない人的資本しか持っていない労働者よりも高い賃金を
得る。先進国で所得格差が拡大傾向にあるのは,国際貿易の拡大やコンピューターの浸透などによ
り,熟練労働者に対する需要が相対的に強まったことに起因しているようだ。
• 理論が予測するように,教育年数,経験,仕事の特性は所得に影響を与えているが,所得格差のか
なりな部分は経済学者にとって測定可能な要因では説明できない。このような所得のなかの説明で
きない部分の多くは,主に生まれつきの才能,努力の程度,運によるものである。美人の女性は,
賃金が有意に高いという調査もある。
• 経済学者によっては,教育水準のより高い人々が高い所得を得ているのは,教育が生産性を上昇さ
せるからではなく,生まれつき才能に恵まれている労働者が教育水準の高いことを能力のシグナル
として雇用主に伝えているからであると主張する。このシグナル理論が正しいとすると,すべての
労働者の教育水準を高めることは,全体的な生産性・賃金水準を高めることにはつながらないであ
ろう。
• ⃝
1 その市場におけるすべての顧客が,最良の生産者によって生み出される財・サービスを享受し
たがっており,⃝
2 そのような財・サービスは,最良の生産者がすべての顧客に低い費用で供給す
ることを可能にする技術を用いて生産されるとき,一部のスーパースターに所得が集中する。
11
• 所得格差の一部分は,人種,性別,その他の要因に基づいた差別に帰属させることが可能である。
しかしながら,差別の程度を測定することは難しい。そのためには,人的資本の違いや仕事の特性
の違いを調整しなければならないからである。
• 競争市場は,差別が賃金に与える効果を制限する傾向にある。ある労働者のグループの賃金が,限
界生産性とは関係のない要因で他のグループの賃金よりも低くなっていれば,両者を差別しない企
業は差別をする企業よりも多く利潤を稼げるからである。したがって,利潤最大化行動は,差別的
な賃金格差を軽減するように作用する。ただし,顧客が差別を行っている企業に進んでより高い価
格を支払ったり,政府が企業に差別を強制するような法律を導入したりすると,たとえ競争的な状
況であっても差別が存続する可能性がある。
第 20 章 所得の分配
• 所得分配に関するデータは,社会にかなりの格差が存在することを示している。最上層の 5 分位所
得階層にある金持ち世帯の所得は,最下層の所得の約 10 倍である。
• 現物給付,所得のライフサイクル,一時所得,所得階層間の移動は,所得格差を理解するうえで極
めて重要である。したがって,単年度における所得分配のデータだけを用いて社会の不平等度を測
定することは困難である。これらの要因を考慮すると,経済的福祉は年間所得よりも平等に分布す
る傾向がある。
• 政治哲学者は,政府が所得分配状況を変更する際に果たす役割について異なった意見を持ってい
る。(ジョン・スチュワード・ミルのような)功利主義者は,社会における人々の効用の総和を最
大にするような所得分配状況を選択する。(ジョン・ロールズのような)リベラリストは,どのよ
うな所得階層に生まれるか分からない「無知のベール」に包まれた状態を想定し,最下層の人々の
効用を最大化するマクシミン原則を提唱する。(ロバート・ノージックのような)自由至上主義者
(リバタリアニズム)は,公正な競争ができるように努力すべきであるが,結果としての所得分配
の不平等度には関心を向けない。
• 最低賃金法,生活扶助,負の所得税,現物給付といったさまざまな政策は,貧しい人々を扶助する
ことを目的としている。これらの政策はそれぞれある種の世帯が貧困から抜け出すことを手助け
するが,意図せざる副作用をもたらすこともある。金銭的な扶助は所得の増大につれて減少するの
で,貧しい人々は,しばしばかなり高い限界実効税率に直面している。このような高い限界実効税
率は,貧しい世帯が自力で貧困から抜け出そうとする意欲を減退させる。
第 VII 部 より進んだ話題
第 21 章 消費者選択の理論
• 消費者の予算制約線は,所得と財の価格を所与として,消費者が購入できる財の組み合わせを示し
ている。予算制約線の傾きは財の相対価格に等しい。
• 消費者の無差別曲線は消費者の選好を表している。一つの無差別曲線は消費者に同じ満足度をもた
らすさまざまな財の組み合わせを示している。上方の無差別曲線上の点は下方の無差別曲線上の点
よりも好ましい。どの点における無差別曲線の傾きも,消費者の限界代替率,すなわち消費者があ
る財をもう一つの財と交換しようとする比率である。
• 消費者にとっては予算制約線上で最も上方の無差別曲線上の点を選ぶことが最適である。この点で
は,無差別曲線の傾き(財の間の限界代替率)は予算制約線の傾き(財の相対価格)に等しい。
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• 財の価格の下落が消費者の選択に及ぼす影響は,所得効果と代替効果に分解できる。所得効果は,
価格の下落によって消費者がより豊かになることから生じる消費の変化である。代替効果は,価格
の変化によって相対的に安くなった財の消費が増えることから生じる消費の変化である。
代替効果は,元の無差別曲線上において,当初の最適点から,新しい予算制約線と同じ傾きを持
つ直線との接点への移動で表される。この移動により,限界代替率が変化する。所得効果は,元の
無差別曲線と新しい予算制約線と同じ傾きを持つ直線との接点から,新しい最適点(新しい予算制
約線と上方の無差別曲線の接点)へのシフトで表される。これは,同じ限界代替率の下で,より高
い所得を反映した無差別曲線に移ることを表している。
• 財の価格の変化と需要量の変化の関係から,需要曲線を導出することができる。劣等財(所得が
増加したときに需要量が減少する)で,かつ所得効果が代替効果を上回る財はギッフェン財といわ
れ,需要曲線が右上がりになる。
• 消費者選択の理論は,労働供給の分析にも応用できる。代替効果は,賃金上昇によって余暇の相対
的な価値が高まるため,消費(=労働供給)を増やすように働く。所得効果は,賃金上昇により上
方の無差別曲線に移動するため,消費・余暇の両方を増やそうとするため,労働供給を減らすよ
うに働く。したがって,所得効果の方が代替効果よりも大きければ,労働供給曲線は右下がりにな
る。宝くじに当選したケースなどが挙げられる。
• 二期間の消費選択モデルに応用すると,代替効果とは,利子率が上昇したとき,現在の消費を減ら
して将来の消費にまわす(貯蓄する)働きである。所得効果は,利子率上昇により現在・将来両方
の消費を増やそうとするため,現在の消費は増加(貯蓄は減少)する。すなわち,将来の受取額が
増えるために,貯蓄を減らしてもいいと考えるのである。
第 VIII 部 マクロ経済学のデータ
第 22 章 国民所得の測定
• あらゆる取引には売り手と買い手がいるので,経済の総支出は経済の総所得と等しくなければなら
ない。
• 国内総生産(GDP)は,新しく生産される財・サービスへの経済の総支出と,これらの財・サー
ビスの生産から得られる総所得を測定する。より厳密にいえば,GDP は所与の一定期間において,
一国内で生産されるすべての最終的な財・サービスの市場価値である。
• GDP は四つの支出項目,すなわち消費,投資,政府支出,および純輸出に分けられる。消費は家
計による財・サービスへの支出を含む。ただし,新築住宅の購入はその例外である。投資は新しい
設備および建物への支出を含み,家計による新築住宅の購入もそのなかに入る。政府支出は地方政
府,州政府,連邦政府による財・サービスへの支出を含む。純輸出は,国内で生産され海外で販売
された財・サービス(輸出)の価値から海外で生産され国内で販売された財・サービス(輸入)の
価値を差し引いたものに等しい。
• 名目 GDP は当期の価格を用いて経済による財・サービスの生産を評価する。実質 GDP は基準年
の一定価格を用いて経済による財・サービスの生産を評価する。GDP デフレーターは名目 GDP
と実質 GDP の比率として計算され,経済の物価水準を測定する。
• GDP は経済的福祉の良好な尺度である。なぜならば,人々は低い所得よりも高い所得を好むから
である。しかし,それは福祉の完全な尺度ではない。たとえば GDP は,余暇の価値やきれいな環
境の価値を除外している。
13
第 23 章 生計費の測定
• 消費者物価指数(CPI)は,財・サービスのバスケットの費用を基準年の同じバスケットの費用と
比べて比率を示している。消費者物価指数は経済の一般物価水準を測定する際に用いられる。消費
者物価指数の変化率でインフレ率が測定される。
• 消費者物価指数は生計費の尺度としては三つの理由から不完全である。第 1 に,時間を通じて相対
的に安くなる財に代替する消費者の能力を考慮していない。第 2 に,新しい財の導入による 1 ドル
の購買力の増大を考慮していない。第 3 に,測定されない財・サービスの質の変化によって歪めら
れる。これらの測定上の問題のため,CPI は年間のインフレーションを約 1%ポイント過大に評価
する。
• GDP デフレーターも経済の一般物価水準を測定するが,消費される財・サービスではなく生産さ
れる財・サービスを算入する点で消費者物価指数とは異なる。そのため,輸入財は消費者物価指
数には影響を及ぼすが,GDP デフレーターには影響を及ぼさない。そのうえ,消費者物価指数は
固定した財のバスケットを用いるが,GDP デフレーターでは,GDP の構成の変化にしたがって,
財・サービスのグループが時間を通じて自動的に変化する。
• 異なる時点の貨幣金額は,購買力の正しい比較にはならない。過去の貨幣金額と今日の貨幣金額を
比較するためには,物価指数を用いて過去の貨幣金額をインフレ調整しなければならない。
• さまざまな法律や私的な契約では,インフレーションの影響を補正するために物価指数を用いる。
しかしながら,税法はインフレーションに対して部分的にしか物価スライドされていない。
• 利子率のデータをみる場合には,インフレーションに対する補正はとくに重要である。名目利子率
は日頃発表される利子率であり,預金口座の預金額が時間を通じて増加する率である。対照的に,
実質利子率は時間を通じての貨幣価値の変化を考慮している。実質利子率は名目利子率からインフ
レ率を差し引いた値に等しい。
第 IX 部 長期の実物経済
第 24 章 生産と成長
• 一人当たりの GDP で測った経済的繁栄は,世界の国々の間でかなり差がみられる。世界の最も豊
かな国々の平均所得は,世界の最も貧しい国々の平均所得の 10 倍以上である。実質 GDP の成長
率もまたかなり差があるので,国々の相対的な地域は時間の経過とともに劇的に変化しうる。ある
変数が年率 x%で成長すると 70/x 年で 2 倍になる(70 の法則)。
• 経済の生活水準は,その経済が財・サービスを生産する能力に依存する。生産性は,物的資本 K ,
人的資本 H ,天然資源 N ,労働者の利用可能な技術知識 A に依存する。例えるなら,技術知識と
は「教科書の質」であり,人的資本とは「教科書を読むために使う時間」である。
(
)
Y
K H N
= AF 1, , ,
L
L L L
• 資本が蓄積されるにつれて,資本の限界生産力は逓減する。すなわち,経済が多くの資本を持てば
持つほど,追加的な資本 1 単位から得られる追加的産出量は減少する。限界生産力が逓減するの
で,貯蓄の増加は,ある一定期間は成長の上昇をもたらすが,経済が資本,生産性,所得のより高
い水準に到達するにつれて,成長は減速する。同じく限界生産力逓減のために,資本の収益は貧し
い国々ではとくに高い。他の条件が等しければ,それらの国々はキャッチアップ効果によって,よ
り急速に成長する。
14
• 政府の政策は,経済の成長率にさまざまな方法で影響を与えることができる。具体的には,貯蓄と
投資の促進,外国からの投資の促進,教育の助成,所有権と政治的安定性の維持,自由貿易の容
認,人口成長の抑制,新技術の研究開発の促進などである。
第 25 章 貯蓄,投資と金融システム
• アメリカの金融システムは,債券市場,株式市場,銀行,投資信託といった多くの種類の金融機関
と市場で構成されている。これらはすべて,所得の一部を貯蓄したい家計の資金を,借りたいと思
う家計や企業に振り向ける役割を果たしている。
• 国民所得勘定は,マクロ経済変数間の重要な関係を明らかにする。とくに,閉鎖経済においては,
国民貯蓄 S は投資 I に等しい。金融市場は,経済システムにおいて,ある人の貯蓄と他の人の投
資とを結びつけるメカニズムである。
S = Y − C − G = (Y − T − C) + (T − G) = I
• 利子率は,貸付資金市場の需要と供給によって決まる。貸付資金供給は,所得の一部を貯蓄して貸
し付けたい家計から生じる。貸付資金需要は,投資のために借り入れをしたい家計や企業から生じ
る。貯蓄優遇税制の導入は,貯蓄の増加により資金供給曲線が右シフトするため,利子率が低下し
投資が増加する。投資税控除の導入は,投資の増加により資金需要曲線が右シフトするため,利子
率が上昇し貯蓄が増加する。
• 国民貯蓄は,民間貯蓄(Y − T − C )と公的貯蓄(T − G)の合計に等しい。政府の財政赤字は負
の公的貯蓄を意味するので,国民貯蓄を減らし,投資に利用可能な貸付資金の供給を削減する。こ
の結果,資金供給曲線が左シフトするため,利子率が上昇し投資が減少する。政府の財政赤字が投
資を押しのけると,生産性の成長が減速し,GDP は減少する(クラウディング・アウト)。
• リカードの等価定理(減税しても国民貯蓄は変化しない)は実態を反映していないと考えられて
いる。
第 26 章 自然失業率
• 失業率は,働きたいにもかかわらず職がない人の割合である。労働統計局(BLS)は,約 6 万世帯
に対する家計調査に基づき,毎月この統計を計算している。
• 失業率は,職がない状態を表す指標としては不完全である。失業していると称する人の一部は,実
際には働きたくないだけなのかもしれず,働きたいと思う人々の一部は,職探しに失敗してあきら
め,非労働力化した人だからである(意欲喪失労働者)。
• アメリカ経済では,失業者のほとんどは短期間で次の職を見つける。それにもかかわらず,所与の
期間に観察される失業のほとんどは,長期間失業状態にある少数の人々によるものである。
• 一国経済において常にある程度の失業が存在する理由の一つに,最低賃金法がある。最低賃金法
は,経験に乏しい非熟練労働者の賃金を均衡水準以上に上昇させてしまうので,労働需要量が減少
し労働供給量が増加する。その結果,労働の超過供給が生じ,失業が発生する。ただし,最低賃金
を上回っている熟練労働者の失業を説明することはできない。
• 第 2 の失業の発生理由は,労働組合の市場支配力である。労働組合によって,労働組合化されてい
る産業の賃金が均衡水準以上に上昇すると,労働の超過供給が生じる。実証分析でも,労働組合に
加入している労働者の賃金は 10∼20%も高くなっている。
15
• 第 3 の失業の発生理由は,効率賃金理論によって示されている。この理論によると,企業は均衡水
準を上回る賃金を支払うことで利益を得る。高い賃金は労働者の健康状態を良好にし,労働者の離
職を減らし,労働者の努力を促し,そして労働者の質を高める(フォードの例)。効率賃金理論は,
逆選択やモラルハザードの議論が下地になっている。
• 第 4 の失業の発生理由は,労働者が自分の好みや技能に最適の仕事を探すのに時間がかかるためで
ある。失業保険は労働者の所得を保障する政府の政策であるが,職探しによる失業を増加させる側
面がある。大半の経済学者は失業保険制度をなくすと失業率が低下すると考えているが,経済的福
祉が高まるか否かに関しては意見が一致していない。
第 X 部 長期における貨幣と価格
第 27 章 貨幣システム
• 貨幣という用語は,人々が財・サービスの購入に当たって日常的に用いる資産を意味する。
• 貨幣には三つの機能がある。交換手段としての貨幣は,取引を実行するための手段を提供する。計
算単位としての貨幣は,価格や他の経済的価値を記録するための手段を提供する。価値貯蔵手段と
しての貨幣は,購買力を現在から将来へと移すための手段を提供する。
• (金などの)商品貨幣は,本源的な価値を持つ貨幣である。貨幣として使われなくても,価値があ
るのである。ドル紙幣のような不換紙幣は,本源的な価値を持たない貨幣である。貨幣として用い
られなければ,価値がないのである。
• アメリカや日本の経済において,貨幣は,現金通貨や(小切手勘定のような)さまざまな銀行預金
の形態をとっている。
• 各国の中央銀行(日本銀行や連邦準備制度)は,その国の貨幣システムを維持・管理する責任を有
している。中央銀行は,貨幣供給を調節しており,その主な手段は公開市場操作である。国債の買
い入れは貨幣供給を増やし,国債の売却は貨幣供給を減らす。中央銀行は,預金準備率や公定歩合
を変更することによっても,貨幣供給を変化させることができる。
• 家計が保有貨幣のうちどれだけを銀行に預金するかに対して,中央銀行はコントロールできない。
また,民間銀行が貸し出しにまわす比率もコントロールできない。このように,家計・銀行が貨幣
量決定に関与するので,中央銀行の貨幣供給調節は完璧ではない。
第 28 章 インフレーション:原因とコスト
• 貨幣数量説にしたがえば,経済の一般物価水準は,貨幣需要と貨幣供給が等しくなるように調整さ
れる。中央銀行が貨幣供給を増加させると,生産量は潜在生産水準にあるため,物価水準が上昇す
る。貨幣供給の持続的な成長は,持続的なインフレーションをもたらす。
MV = PY
• 貨幣の中立性原理の主張によると,貨幣量の変化は名目変数にのみ影響を与え,実質変数には影響
を与えない(古典派の二分法 by ヒューム)。ほとんどの経済学者は,貨幣の中立性は長期におけ
る経済の動きをかなりよく描写していると考えている。
• 政府は,支出の一部を紙幣の増刷で賄うことができる。この「インフレ税」に強く依存すると,ハ
イパー・インフレーションが発生する。
16
• 貨幣の中立性原理の適用例として,フィッシャー効果があげられる。フィッシャー効果によると,イ
ンフレ率が上昇すると,実質利子率は変化せず,名目利子率が同じだけ上昇する。
• 多くの人々が,インフレーションは生活費の上昇をもたらし,自分たちの生活を貧しくすると信じ
ているのは,貨幣の中立性を理解していないからである。インフレーションによって名目所得も増
加するので,インフレーションそのものは人々の実質購買力を低下させない。
• 経済学者は,インフレーションの六つのコストを突き止めてきた。
⃝
1 靴底コストは,保有貨幣量を減らそうと行動することと関係している。
⃝
2 メニューコストは,価格をより頻繁に改訂することに伴うものである。
⃝
3 相対価格の変動性も高まる。
⃝
4 税法の物価スライド制が不完全なので,結果的に税負担の変化が発生する。
⃝
5 計算単位の変化によって混乱や不便が生じる。
⃝
6 貸し手と借り手の間で,富の恣意的な再分配が起きる。
これらのコストの多くは,ハイパー・インフレーションのときには大きい。しかし,穏やかなイン
フレーションのときの大きさについては,あまりはっきりしていない。
第 XI 部 開放経済のマクロ経済学
第 29 章 解放マクロ経済学:基本的概念
• 純輸出は,外国に販売された国内の財・サービスの価値から国内で販売された外国の財・サービス
の価値を差し引いたものである。対外純投資は,国内居住者による外国資産の取得から外国人によ
る国内資産の取得を差し引いたものである。すべての国際取引は財・サービスと資産の交換を伴う
ために,ある経済の対外純投資は常に純輸出に等しい。
• ある経済の貯蓄は,国内投資の資金調達や外国資産の購入に利用される。したがって,国民貯蓄は
国内投資と対外純投資の和に等しい。
S = I + NX
• 名目為替相場は 2 国の通貨の相対価格である。実質為替相場は 2 国の財・サービスの相対価格で
ある。1 ドルで買える外国通貨が増加するように名目為替相場が変化するときには,ドルが増価す
る,あるいは強まるといわれる。1 ドルで買える外国通貨が減少するように名目為替相場が変化す
るときには,ドルが減価する,あるいは弱まるといわれる。
• 購買力平価説にしたがえば,すべての国において,1 ドル(あるいは 1 単位の他のいかなる通貨)
で同じ量の財を購入できるはずである。この説は,2 国通貨間の名目為替相場がこれらの国の物価
水準を反映するはずであるということを意味する。その結果として,相対的に高いインフレーショ
ンの国の通貨は減価するはずであり,相対的に低いインフレーションの国の通貨は増価するはずで
ある。
第 30 章 開放経済のマクロ経済理論
• 開放経済のマクロ経済学を分析する際には,貸付資金市場と外国為替市場という二つの市場が中心
になる。貸付資金市場では,
(国民貯蓄 S から生じる)貸付資金供給と(国内投資 I と対外純投資
N F I から生じる)貸付資金需要が均衡するように利子率が調整される。
S = I + NFI
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外国為替市場では,
(対外純投資 N F I から生じる)ドル供給と(純輸出 N X から生じる)ドル需
要が均衡するように実質為替相場が調整される。
NFI = NX
対外純投資 は,貸付資金需要の一部であるとともに,外国為替市場においてドルを供給するので,
この二つの市場を結びつける変数である。対外純投資は実質利子率と負の関係にある。
• 財政赤字のような国民貯蓄を減少させる政策は,貸付資金供給を減少させ(貸付資金供給曲線の左
シフト),実質利子率を上昇,資金需要を減少させる。次に,実質利子率の上昇によって対外純投
資が減少し,さらに,外国為替市場においてドル(自国通貨)供給が減少する(ドル供給曲線の左
シフト)。ドルは増価し,そして純輸出が減少する(双子の赤字)。
• 貿易収支を変化させる方法として,関税や輸入割当のような制限的な貿易政策が主張されることが
あるが,貿易政策は貿易収支に影響を及ぼすことはできない。為替相場を所与とすると,貿易制限
によって純輸出が増加する。それゆえに,外国為替市場においてドル需要が増加する。その結果,
ドルが増価し,外国財に比べて国内財の価格が割高になる。この増価は対外純投資に対する貿易制
限の初期効果を相殺する。ただし,特定産業には影響を及ぼす。
• 投資家がある国の資産保有についての態度を変化させると,その国の経済にとっての副産物は深刻
なものとなる。とくに,政治不安は資本逃避を発生させる可能性があり,資本逃避によって利子率
が上昇し,通貨が減価する傾向がある。
第 XII 部 短期の経済変動
第 31 章 総需要と総供給
• すべての社会は長期趨勢の周囲での短期変動を経験する。これらの変動は不規則であり,たいてい
は予測不可能である。景気後退が起こると,実質 GDP や他の所得・支出・生産の尺度は減少し,
失業が増加する。
• 経済学者は総需要と総供給のモデルを利用して短期的経済変動を分析する。このモデルによると,
財・サービスの産出量と一般物価水準は,総需要と総供給が均衡するように調整される。
• 総需要曲線は三つの理由により右下がりである。第 1 に,物価水準の下落は家計の貨幣保有残高の
実質価値を高め,消費支出を刺激する(ピグー効果)。第 2 に,物価水準の下落は家計の(取引動
機に基づく?)貨幣需要量を減少させる。すなわち,家計が貨幣の利子の付く資産に変換しようと
するので,利子率が低下し,投資支出を刺激する(ケインズの利子率効果)。第 3 に,物価水準の
下落によって利子率が低下するので,外国為替市場においてドルが減価し,純輸出を刺激する(マ
ンデル=フレミング効果)。
• 長期の総供給曲線は垂直である。長期においては,財・サービスの供給量は経済の労働と資本と技
術に依存するが,一般物価水準には依存しない。
• 短期の総供給曲線は右上がりである。短期の総供給曲線を説明する三つの理論が存在する。第 1 に,
新しい古典派(フリードマン,ルーカス)の誤認理論によれば,物価水準の予想外の下落によって,
供給者は相対価格が下落したと誤って信じ,生産を減少させる。第 2 に,ケインジアンの硬直賃金
理論によれば,予想外の物価水準の下落によって一時的に実質賃金が上昇し,企業は雇用と生産を
減少させる。第 3 に,ニュー・ケインジアンの硬直価格理論によれば,予想外の物価水準の下落に
よって,企業は高すぎる価格を一時的に維持したまま販売を減少させ,生産を削減する(メニュー
コスト)。期待物価水準の下落は,財・サービス供給量の増加を通じて,総供給曲線を右方にシフ
トさせる。
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• 景気後退の一つの原因として考えられるのは総需要の減少である。総需要曲線が左方にシフトす
ると,産出量と物価は短期において下落する。時間を通じて認識と賃金と物価が調整されるので,
短期の総供給曲線は右方にシフトし,経済は自然産出量に戻り,新しい物価水準は元の物価水準よ
りも低くなる。
• 景気後退の第 2 の原因として考えられるのは,総供給の好ましくない変化である。総供給だけが左
方にシフトすると,短期の影響として産出量が減少し物価が上昇する。いわゆるスタグフレーショ
ンと呼ばれる組み合わせである。時間を通じて,認識と賃金と物価が調整されると,物価水準は元
の水準まで下落し,産出量も回復する。
第 32 章 総需要に対する金融・財政政策の影響
• 総需要曲線において,ピグー効果と,マンデル=フレミング効果は相対的に小さく,ケインズ効果
が最も大きい。短期の経済変動の理論を展開するにあたって,ケインズは利子率の決定要因を説明
する流動性選好理論を提案した。この理論によると,利子率は貨幣の需要と供給が均衡するように
調整される。
• 物価水準が上昇すると貨幣需要が増加し,そして利子率が上昇して貨幣市場を均衡させる。利子率
の上昇は借入費用の増加を表すので,利子率が上昇すると投資が減少し,それによって財・サービ
ス需要量が減少する。右下がりの総需要曲線は物価水準と需要量の間の負の関係を表す。
• 政策立案者は金融政策を利用して総需要に影響を及ぼすことができる。貨幣供給が増加すると,そ
れぞれの所与の物価水準における均衡利子率が低下する。利子率の低下によって投資支出が刺激さ
れるために,総需要曲線が右方にシフトする。逆に,貨幣供給が減少すると,それぞれの所与の物
価水準における均衡利子率が上昇し,総需要曲線が左方にシフトする。
• 政策立案者は財政政策を利用しても総需要に影響を及ぼすことができる。政府支出の増加や減税
は,総需要曲線を右方にシフトさせる。政府支出の削減や増税は,総需要曲線を左方にシフトさせ
る。財政政策は総供給曲線も動かしうるが(サプライサイド経済),その効果は非常に小さいと考
えられている。
• 政府が支出や租税を変更する結果生じる総需要のシフトは,財政の変更よりも大きくなることも小
さくなることもある。乗数効果は,財政政策が総需要に及ぼす効果を増幅する傾向にある。クラウ
ディング・アウト効果は,財政政策が総需要に及ぼす効果を弱める傾向にある。
• 金融・財政政策は総需要に影響を及ぼしうるので,政府はこれらの政策手段を使って,経済を安定
化させようと試みることがある。政府がどのくらい積極的に努力すべきかについては,経済学者の
間で意見が分かれる。積極的な安定化政策の賛成論者によれば,家計と企業の態度の変化によって
総需要がシフトする。もし政府が何も対応しなければ,その結果,産出量と雇用に不必要で望まし
くない変動が発生する。積極的な安定化政策の批判者によれば,金融・財政政策によって経済を安
定化させようという試みは,長い遅れを伴って作用するため,結局は経済を不安定化させることが
しばしばある。
• 産出量,利子率,物価の決定方法は短期と長期では異なる。
[長期]
⃝
1 産出量が生産要素供給と技術によって固定されている
⃝
2 利子率によって貸付資金の需要と供給が均衡する
⃝
3 物価水準によって貨幣の需要と供給が均衡する
[短期]
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⃝
1 物価水準が先決されている(硬直的)
⃝
2 利子率によって貨幣の需要と供給が均衡する
⃝
3 総需要の変化に産出量が反応する
第 33 章 インフレ率と失業率の短期的トレードオフ
• フィリップス曲線はインフレ率と失業率の負の関係を表している。総需要を拡大することによっ
て,政策立案者はより高い失業率とより低いインフレ率のフィリップス曲線上の点を選択できる。
総需要を抑制することによって,政策立案者はより低い失業率とより高いインフレ率のフィリップ
ス曲線上の点を選択できる。
• フィリップス曲線によって描かれるインフレ率と失業率のトレードオフは,短期においてしか成り
立たない。フィリップス曲線は,総需要曲線のシフトによって短期の総供給曲線上を動くときに生
じる,インフレ率と失業率の関係を示しているにすぎない。金融・財政政策は,総需要曲線をシフ
トさせることができるため,経済をフィリップス曲線に沿って動かすことができる。
• 長期においては,期待インフレ率が現実のインフレ率の変化にあわせて調整されるので,短期の
フィリップス曲線がシフトする。その結果,長期のフィリップス曲線は自然失業率において垂直に
なる。自然失業率とは,
「経済が長期において引き寄せられる傾向を持つ失業率」,金融政策の効果
が及んでいない失業率のことである。
失業率 = 自然失業率 − α(実際のインフレ率 − 期待インフレ率)
• 短期のフィリップス曲線はまた,総供給ショックによってもシフトする。1970 年代の世界の石油価
格の上昇のような好ましくない供給ショックによって,政策立案者はインフレ率と失業率のより好
ましくないトレードオフに直面する。すなわち,好ましくない供給ショックの後には,政策立案者
は所与の失業率におけるインフレ率の上昇か,所与のインフレ率における失業率の上昇のどちらか
を受け入れなければならない。
• 中央銀行が貨幣供給の成長を抑制してインフレ率を引き下げると,経済は短期のフィリップス曲
線上を移動し,結果として一時的に高い失業率を経験する。インフレ抑制のコスト(犠牲率)は,
フィリップス曲線の傾きと,期待インフレ率が低下する速度に依存する。合理的期待理論によれ
ば,低インフレ率に対する信頼できる態度表明は,急速な期待の調整を引き起こし,インフレ抑制
のコストを減少させると主張する。
• 「一時的なトレードオフはインフレーションそのものからは生じず,予想外のインフレーションか
ら生じる。
・
・
・しかし,一体,
『一時的』とはどのくらいの長さをいうのだろうか。
・
・
・過去の証拠を
いくつか検討したものに基づいて,あえて個人的な判断を述べれば,インフレ率の上昇による予想
外のインフレーションの初期の影響は,だいたい 2∼5 年続く。」 by フリードマン
第 XIII 部 おわりに
第 34 章 マクロ経済政策に関する五つの論争
• 積極的な金融・財政政策の推奨者は,経済には不安定性が内在すると考え,政策によって総需要を
管理することで内在的な不安定性を相殺できると信じている。積極的な金融・財政政策の批判者
は,政策が経済に影響を与えるにはラグ(遅れ)を伴い,そして将来の経済状態を予測するわれわ
れの能力がかなり劣っていることを強調する。その結果,経済を安定化させようとする試みは,結
局は経済を不安定化させてしまう可能性がある。
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• ルールによる金融政策の推奨者は,裁量的政策は無能,権力の乱用,時間非整合性にさらされる可
能性があると主張する。ルールによる金融政策の批判者は,裁量的政策の方が経済状況の変化によ
り柔軟に対応できると主張する。
• ゼロ・インフレの目標達成の推奨者は,インフレーションは多くのコストを伴い,その便益は皆無
ではないにしてもほとんどないと主張する。さらに,インフレーションを除去するコスト,すなわ
ち産出と雇用の減少は一時的なものにすぎない。このコストも,中央銀行がインフレ率を引き下げ
るという信頼できる計画を表明し,インフレ期待を直接低下させることができれば,減少する可能
性がある。ゼロ・インフレの目標達成の批判者は,緩やかなインフレーションは社会にわずかなコ
ストしか課さないが,インフレーションの低下に必要な景気後退はかなりコストがかかると主張
する。
• 均衡財政の推奨者は,財政赤字は将来世代の税を増やし,所得を減少させるので,彼らに正当化で
きない負担を課すと主張する。均衡財政の批判者は,財政赤字は財政政策のごく一部にすぎないと
主張する。財政赤字についての単線的思考は,さまざまな支出プログラムを含む政策が異なる世代
に多くの方法で影響を及ぼす点を不明確にする可能性がある。
• 税による貯蓄インセンティブの推奨者は,社会は多くの方法で貯蓄を妨げていると指摘する。例え
ば,資本所得に重く課税したり,資産を蓄積した人の利益を減らすことがそれにあたる。彼らは,
おそらく所得税から消費税への転換というような税法の改正によって,貯蓄を促進することを支持
する。税による貯蓄インセンティブの批判者は,貯蓄を刺激するものとして提案された多くの変更
は,主として税控除を必要としない富裕層の利益になると主張する。彼らはまた,そのような変更
が民間貯蓄に与える影響はわずかでしかないと論じる。政府の財政赤字を解消することによって公
的貯蓄を増やすのが,国民貯蓄を増加させるためのより直接的で公平な方法であろう。
(2006.12.28)
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