金銭的利益相反マネジメント:大学の競争力を高める観点から ハーバード大学主席研究コンプライアンス・オフィサー Ara Tahmassian 博士 ■講演概説記録 Lerner David Littenberg Krumholtz & Mentlik 法律事務所ニューヨーク州弁護士 東大政策ビジョン研究センター客員研究員 小野奈穂子 ■内容 はじめに、ここ10〜15年の研究環境の変化についてお話します。この変化 は、学際的研究の進展が主因といえるでしょう。それに伴い、大学は公の利益 のために発明を社会に還元することがより求められるようになりました。OECD の報告書によると、大学にイノベーション促進部署が設けられている国は65 ヶ国に上るとのことです。ただ、現実には大学は研究することは得意としてい ますが、開発は産業界の方が優れています。その結果、産学連携の重要性が高 まり、技術移転も発展してきました。 産学連携は多くの便益とともに、当然に、利害が異なるゆえの利益相反ももた らします。これは避けられない自然のことと強調すべきでしょう。したがって、 大学からすると次の3点を担保しつつ、産学連携をマネジする必要があります。 (1)研究の客観性 (2)産学連携活動情報の透明性 (3)社会からの信頼 です。そして、別の側面からみると、現実の潜在的リスクと社会的認知の両者 をマネジする必要があります。 では具体的にどのような大学の活動について利益相反をマネジメントすべきで しょうか。学外の金銭的利益が大学のプロフェッショナルな活動ないし決定に 直接的で重大な影響を及ぼしうる可能性がある場合、そのあらゆる潜在的利益 相反をレビューし、マネジメントしなければなりません。そのような対象とな る活動としては、 ・ 研究 ・ 教育 ・ 患者のケア ・ 技術移転 ・ 組織的な諮問委員会(たとえば、倫理委員会) が含まれます。大学の活動のインテグリティ(Integrity:大学に対する社会から の信頼性を前提にした期待感)を維持することが肝要です。また、最後にあげ た倫理委員会等の構成も重要です。委員会のメンバーに利益相反があると、委 員会の決定に影響をもたらし得るからです。 (金銭的)利益相反には、基本的に二つのタイプがあります。 (1)個人的利益相反とは、研究者の金銭的その他個人的要素が研究に係る行 為、評価、または報告におけるプロフェッショナルな判断を妥協させる、 ないし妥協させるように見える状況をいいます。たとえば、研究者以外 のプロフェッショナルな関係、コンサルティング契約、会社の株式保有 等が挙げられます。 (2)組織としての利益相反とは、組織及び/または幹部職員の金銭的利益が 研究に係る行為、評価、または報告を妥協させる、ないし妥協させるよ うに見える状況をいいます。たとえば、研究活動に対する寄付を行って いる会社の株式を保有すること、幹部職員がそのような会社の取締役会 に籍をおくことが挙げられます。 個人的利益相反における金銭的利益は、研究者(investigator)、その配偶者及び /または扶養する子供が以下のいずれかに金銭的な投資、またはいずれかから 報酬を得ている場合に存在します。 ・ 上場企業 ・ 非上場企業 ・ 大学による雇用以外の役職 ・ 知的財産権またはその持分 なお、一定基準(たとえば 5,000 ドル)を超える場合を重大な金銭的利益 (Significant Financial Interest、SFI)といいます。 ここで研究者(investigator)とは、大学の庇護下にある研究に係るデザイン、行 為、または報告について責任を有する者は誰でも該当します。したがって、PI (研究責任者)、共同研究者、プロジェクト代表(PD)、プロジェクト共同代表、 主席/主担当者その他研究行為に関与するすべての者を含み、これに限定され るわけではありません。そして定義に該当するかどうかは実質的に判断され、 プロジェクトや雇用における地位や役職、またはプロジェクトへの貢献割合に 影響を受けないことが強調されます。 組織としての利益相反については、Institute of Medicine(IOM)の報告書におけ る定義が適切なものと思われます。 「組織としての利益相反は、組織自体または幹部職員の金銭的利益が当該組 織の重要な利益およびミッションのインテグリティを脅かすリスクがある 場合に生じる。典型的には、組織内で行われる研究が、当該組織が保有する 会社の株式の価値または当該組織が会社にライセンス供与する特許権の価 値に影響しうる場合に生じる。」 では、利益相反をマネジメントするということはどういうことでしょうか。こ れは、以下を含めた全体的なプロセスを記載するポリシーと手続規定を策定す ることを意味します。 ・ 開示:潜在的な利益相反(想定事例)をすべて開示すること ・ レビュー:利益相反を客観的にレビューする仕組み(ポリシー) ・ インパクト:客観性や風評リスクに関する潜在的なインパクトを判断するこ と ・ マネジメント:これらのリスクを、許容範囲まで削除または削減する方法を 構築すること 手続規定は金銭的利益相反レビュー委員会によって運用されます。ここで委員 会のメンバーとして、教員、事務職員、および学外者が考えられますが、この 学外者という第三者を入れることは、前述するように利益相反マネジメントに 対する社会的認知を得る必要があるという観点が必要なことからも大変重要な ことです。 個人的利益相反のマネジメントでは、まず、プロジェクトに関与する研究者が 必要な情報をすべて開示することが求められます。そして、委員会はその情報 をレビューし、利益相反があるか(たとえば、その研究者がコンサルタントを している会社が研究によって便益を受けるか)判断します。利益相反があると 判断された場合には、それが「重大」かどうか判断し、それも該当する場合は、 組織における個人的利益相反ポリシーに沿ってマネジメント計画を策定します。 そのマネジメント計画を当該研究者に通知し、その後は計画の実行状況をモニ ターします。 組織としての利益相反のマネジメントにおいて、組織としての利益相反ポリシ ーを策定する際、以下のような利益相反が生じうる想定事例をすべて網羅する ことが必要になります。 (1) 大学職員への支払(たとえば、会社役員になることに対する報酬) (2) 備品やサービスの調達(たとえば、研究用の器具や部品) (3) 私企業からの高額な贈与 (4) 大学による投資 (5) 技術移転 (i) ライセンシング (ii) スタートアップ会社の株式保有 (iii) 寄付研究 各想定事例について述べる前に、ポリシーの策定にあたって考えなければなら ない点をいくつか述べたいと思います。 ・ 新規ポリシーの効力発生日をいつにするか? ・ その際、既存の利益相反についてはどのようにマネジするか? ・ 遡及させるか? ・ 猶予期間を設けて適用する仕組みを設けるか? ・ 新規ポリシーは、他の既存のポリシーになんらかの影響は及ぼすか? ・ 他の既存のポリシーに変更を要する箇所はあるか? ・ 関与する部署がポリシーを実際に運用できる仕組みとなっているか? ・ 取扱注意の情報についてはどのようにマネジするべきか?(たとえば、守秘 義務が付着する情報) ・ 個人的利益相反と組織としての利益相反をレビューする委員会は単一にする か? ・ 組織内の文化的要素の多様性(たとえば、生医学、人間を対象とする研究、 工学、等) では、以下順に想定事例に応じて、より具体的に述べたいと思います。 1.大学職員への支払 ・ 誰を対象とすべきか: ビジネスまたは大学の研究に関して、決定ないし影響を及ぼす地位にある者が 対象となります。 ・ (アメ リ カの大 学 の場合 ) Presidents, Vice Presidents, Chancellors, Vice Chancellors, Provosts, Vice Provosts, Deans, Department Chair, 研究所/セン ター長, IRB/倫理委員会委員長、利益相反委員会委員長、研究レビュー委員 会委員長等 ・ 支払には、ロイヤルティ、株式、コンサルティング料、謝金、贈与、その 他の態様があります。 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 誰が適用対象となり、承認不要な許容範囲の限度 ・ 誰が承認するか ・ 開示の頻度はどうするか(たとえば、1年に1回) ・ 利益相反が生じうる可能性を認識したときに報告する体制 ・ 利益相反の判断に係る決定や書類作成に関与しない(できない)場合(忌 避) ・ 利益相反の決定に関して、異議を申し立てる制度 2.備品やサービスの調達 ・ 誰を対象とすべきか: 組織における研究に寄付している会社から、当該組織の代理として設備、備品 その他サービスを購入することを決定する権限を有する者が対象となります。 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 誰が適用対象となるか ・ 承認不要な許容範囲はどこまでか ・ 誰が承認するか 3.私企業からの高額な贈与 ・ 何を対象とすべきか: 大学における研究に寄付している会社による高額な贈与 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 贈与の目的は何か(たとえば、制限がないこと、奨学金、寄付講座、建物、 研究、等) ・ 果たして贈与か(研究成果その他の提供、ライセンス、または知的財産権 へのアクセスの対価ではないか) ・ 倫理的行動や研究の報告に関して何らかの制限を設けていないか、または 倫理的基準に反しないか ・ 組織の贈与ポリシーと整合するか ・ 誰が予定贈与内容についてレビューするか 4.大学による投資 ・ 何を対象とすべきか: 大学の資金(たとえば、資産運用財団)を大学において研究に寄付している会 社に投資することが対象となります。ただ、アメリカにおいては通常、別組織 が資産運用をしているため、利益相反問題は比較的少ないといえます。 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 投資マネジメントと研究の間にファイアーウォールを設けること ・ 投資マネジャーが研究活動や研究成果の解釈について大学職員及び研究を 行っている教員に連絡することを禁止すること 5.技術移転 ・ 何を対象とすべきか: 利益相反が潜在的に生じうる分野として、 ・ ライセンシング ・ スタートアップ会社の株式 ・ 寄付研究 があります。 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 何を対象としているか ・ 承認不要の許容範囲はどこまでか ・ どのように承認を決定するか ・ 誰がレビューするか 5(1)ライセンシング ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ ライセンシーは大学における研究に寄付できるか ・ 研究グループはライセンスの対象となる知的財産権に関する持分を有する ことができるか ・ もし知的財産権から何ら収益が得られない場合にどうするか ・ どのように開示させるか ・ 誰がライセンスを管理するか ・ ライセンス条件が最適であることをどのように判断するか 5(2)スタートアップ会社の株式 ・ 何を対象とすべきか: 大学が、大学と関わりのあるスタートアップ会社の株式を保有する場合はいつ でも(たとえば、ライセンス料またはロイヤルティの代替として株式を保有す る場合を含む)対象となります。 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 会社の価値が株式の価値に直接影響することの認知を学内で高めること ・ 株式保有によって影響されないように、どのように大学が研究に関して決 定するか ・ スタートアップ会社において誰が役職に就くことができるか ・ 忠実義務を有する取締役、最高経営責任者(CEO)、最高財務責任者 (CFO)、最高技術アドバイザーが重要です。(たとえば、ハーバー ド大学では、技術アドバイザーはよいが、CEO、CFO、取締役は不 可。) 5(3)寄付研究 ・ 何を対象とすべきか: 組織としての利益相反がある会社が大学の研究に寄付したい場合が対象となり ます。 ・ これは「研究の客観性」に影響する社会的認知を最も生みやすい重要な分 野です。 ・ したがって、個別事例に応じて注意深く精査し、定期的なレビューとモニ タリングが必要となります。 ・ ポリシーでとくに明確にすべき点: ・ 大学が株式を保有する、またはライセンス契約を締結している会社は大学 の研究に寄付することができるか ・ 大学が「その会社の研究所」として使われているという社会的認知をどの ようにマネジするか ・ 会社の知的財産権または株式を保有する研究者の研究室が寄付を受けるこ とはできるか ・ 寄付研究の内容に制限は設けられているか ・ 会社からの研究への貢献割合はどの程度か ・ 学生の参加をどのようにマネジするか ・ 研究室内のスタッフについてはどのようにマネジするか ・ リスク度合いに応じて、何ができるか違いを設けるか ・ 基礎研究 ・ 応用研究またはプロトタイプ ・ 予備臨床試験段階 ・ 人間を対象とするか ・ レビュー及び承認体制 最後に、その他実践的なヒントを述べたいと思います。 第一に、以上のことを一つのポリシーにすべきでしょうか。これは組織によっ て異なるでしょう。個人的には、すべて一つのポリシーにすると、ポリシーの 策定もその後の実際のマネジメントも複雑になりすぎるので消極的に考えてい ます。実際、多くの組織は個別のポリシーにおいて「利益相反」に関してそれ ぞれに具体的な用語を用いて運用しているようです。 ・ 贈与ポリシー ・ 投資ポリシー ・ 幹部職員利益相反ポリシー ・ 技術移転ポリシー 次に、個人的利益相反と組織としての利益相反について判断する委員会は一つ にすべきでしょうか。これは一つの委員会の方が好ましいと考えます。という のも、個人的利益相反と組織としての利益相反が関連していることは多く、完 全に分離することはできないからです。また、大学の幹部職員が同時に株式ま たは知的財産権の持分が付着する研究資金における研究者になることもあり得 るでしょう。そして、一つの委員会にすることによって、俯瞰的視野を持つこ ともかのうになります。したがって、研究に係るすべての潜在的利益相反は一 つの委員会でマネジすることが望ましいでしょう。 その他、実践的なヒントを箇条書きでできる限り挙げてみました。 ・ 利益相反があること自身は決して悪いことではありません。また、研究者は、 その分野の専門家として委員会、諮問機関、レビューパネル等への参加が求 められて然るべきであることも事実です。 ・ 産業界との交流は肝要です。前述したように、大学発の発明は社会の発展に 寄与すべきであり、かかる活動において産業界は鍵となるパートナーです。 ・ 客観性を維持すること。利益相反ポリシーの策定は、研究の客観性及びイン テグリティを担保するために重要です。 ・ 柔軟性:いかなるポリシーも柔軟であるべきで、個別事例に応じた対応がで きるようにしなければならないと考えます。あまりに硬直的なポリシーは大 学のミッションを阻害する場合が多く、また実際の運用を困難にします。 ・ リスクに応じたポリシー設計:ポリシーも手続規定もリスクに応じたもので あるべきです。 ・ 一貫性:いったんポリシー及び手続規定が設置されたら、類似事例について 一貫性をもって運用されるべきで、そのことによってプロセスの信頼性を高 めることができます。 ・ 透明性:後に公開が求められた場合に備えて、どの情報は公開できるか事前 に決めておくことは重要です。 ・ 研究のインテグリティ:産業界との交流がどんなに重要とはいえ、大学に撮 って最も重要なことは研究のインテグリティについて妥協しない態度を担保 することです。 ・ 研修制度の整備:プログラムを成功に導くためには、以下の関係者すべての ための研修制度を整備することが重要です。 ・ 研究者 ・ 幹部職員 ・ 調達職員 ・ 技術移転職員 ・ 寄付研究職員 ・ 利益相反委員会委員 ・ マネジメント計画:マネジメント計画は、最終書面として、レビュー結果、 利益相反ありと認定した場合に、それが重大なものか、そしてどのようにマ ネジされるかを記載します。 ・ 経過過程について端的な記載(テンプレートを作ることも可能でしょう) ・ 特定された利益相反の記載、そして重大な場合はその旨の記載 ・ 利益相反マネジメントのために何が、誰によってなされるべきかの記載 ・ 研究者にドラフト段階で見せて意見を求めるか否かの決定 ・ マネジメント計画の効力発生日 ・ 研究者が後日行うべき行動や報告の期限および内容を明確に記載し、フォ ローアップすること なお、続くパネルディスカッションの際にコメントしたように、ポリシーを策 定する際、どうしても最悪のシナリオを念頭におくために規律方法が厳格にな りやすいです。そのことを認識し、研究の客観性やインテグリティの維持を重 視する観点から、様々な事例に対応できる柔軟なポリシー作りを目指すことが 重要と考えます。大学と産業界の利益相反は必然的に存在するものです。すな わち、利益相反リスクが全く存在しないということはあり得ず、所与のものと してマネジメントする必要があります。厳格な規律により大学と産業界の双方 が萎縮し、産学連携が減退してしまうことは本末転倒です。具体策としては、 開示と学外第三者が関与するレビュー体制の構築が鍵となると考えます。 ご清聴ありがとうございました。
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