参考日産のカルロス・ゴーン氏が語る「変革へのギアチェンジ」 [復興ニッポン 07/27 日経BPより転載] 変革へのギアチェンジ ①~③…カルロス・ゴーン ルノー会長兼 CEO、日産自動車社長兼 CEO ① 大震災の後、その回復力を目にして、日本という国がひとつになって困難に立ち向かうときの抜きん出 た力を、世界は改めて実感した。恐るべき津波は東北地方沿岸部の市町村を飲み込み、原発事故は原子 力の安全に対する懸念を世界的に再燃させた。だが巨大な水の壁でさえ、日本人の勇気を挫くことはでき なかった。失われたものは計り知れない。それでも、この国が途方もない悲劇と格闘する姿を見ていて、私 は称賛と敬意と、そして日本に対する希望でいっぱいになった。 日本の人々は、凛とした態度と冷静さとその決意をもって、彼らの社会的・文化的な価値を証明した。ど んな困難に対しても力を合わせて立ち向かう日本の能力の高さを、私はいまさらのように確信する。日本は 震災による大打撃から立ち直るだけでなく、この国が抱える長期的な諸問題もきっと解決していけるはずだ という私の信念は、こうした日本の価値への敬意から来ているのだ。 日本が抱える深刻な問題のひとつに高齢化と人口減少がある。これは、国内需要にとっても国家財政に とっても、よい兆候とは言えない問題だ。しかもいま、政府は東北地方の復興に向けた財政支出を進めな くてはならない。だが、私はここでも希望を持っている。日本の文化的な価値や社会的な価値は、国際的 に極めて強い競争力があるからだ。日本企業はグローバルな事業に──中国であれタイであれ、他のどこ であれ──そうした価値を組み込み、強い成長を続けていけるはずだ。 「日本の価値」とは、次の3つである。 第1に、サービスの質。日本企業による消費者への対応は節度と謙虚さを旨としており、これほど信頼が おけて期待に違わないサービスは、他のどの国にもまずない。第2に、シンプルさを大事にする点。複雑な 社会は混乱を招きがちだ。だが、日本では、シンプルさを大事にするがゆえに、それほど大きな混乱は起 きない。日本人は自分のやるべきことをはっきり認識しているからである。第3は、プロセスを尊ぶ国民性で ある。日本人は、継続的な改善の達人だ。物事を実行していくのに、日本人ほど長けた国民はいない。 集中、統制、たゆまぬ努力、そして質を体現し、加えて序列を重んじる。こうした価値は、日本企業がどこ で事業を展開しようと通用すると私は考える。また、日本にはこうした価値を新しい現実に適合させていく 態勢も整っている。 変革を行なう能力 新興市場への関わり方を例に取ってみよう。日本は必ずしも真っ先には動かないが、必ず追いついて くる。中国の自動車市場にしても、まずドイツが市場を圧倒し、一時は 70%のシェアを占めた。次に参入し たのが米国。日本は最後に参入したが、着実に伸びてきている。ロシア、インド、ブラジルの市場でも、日 本は最初に飛び込むことはしなかったが、参入したが最後、その業務遂行力は他とは比較にならない。日 本はあきらめることなく行動し続け、やがて突破口を開いていくのだ。 イノベーションについても同じことが言える。イノベーションを行なうときは、日本企業でも強いリーダー がいて指揮を執っているケースが多い。その強いリーダーが「我々はこれをやるんだ」と言うと、皆がそれに 従い、会社は多くの障壁を突破して、イノベーションを実現させる。明確なビジョンのもとでソニーを創業し た盛田昭夫氏などがその例だ。しかし、実は日本に多いのは、他者がイノベーションを起こした分野に後 から参入して、やがて元のイノベーションを追い抜くケースである。日本にはイノベーションの突破口を開く よりも「カイゼン(改善)」の才覚がある。日本人は継続的改善の発明者であり、達人なのだ。 1 ② 日本人は変化に抗うため、日本企業の変革は不可能と見る向きも多いが、それは間違っている。日本 でもいくつか条件さえ揃えば、どんな変革でもできる。日本では、変革をシンプルにし、しっかりと説明を行 ない、人々の気持ちを変革に向けさせる必要があるのだ。それができれば日本では何でもできる。 私の経験では、日本ほど変革をやりやすい国はない。日本人は変革の内容と理由を理解するのには時 間をかけるが、一度理解すれば実行は早い。例えば日産の業績転換は、実に注目に値する成果だった。 私が 1999 年に最高執行責任者(COO)に就任したとき、日産は私の知る限り最も人に冷たく、消極的で保 守的な会社のひとつだった。しかも労働組合との関係が極めて難しかった。 しかし2年ほどの間に、この状況は完全に転換した。私が着任したとき、既に日産が資金不足に直面して いたことが、私の採れる方策に大きく影響した。この問題がもたらす危機感が、なすべきことを実行する後 押しをしたのだ。日産の業績転換は私の功績ではない。日産の従業員全員によるチームワークがやり遂げ たのである。 ただしそのために、私は会社が置かれた状況と、なぜ変革が必要なのかを説明するのに多くの労力を費 やした。従業員は私の言うことに耳を傾け、理解し、「やらねばならない理由も、それが自分のためになるこ とも分かりました」と言うに至った。このアプローチで変革に取り組めば、やりたいと思うことは何でもできると いうのが、私の日本での経験なのである。 グローバル社会と日本 私は日本企業が変わることはできると確信している。しかしグローバル化、とりわけ新興市場においての ビジネスの成否が、日本企業にとっての真の試練となるだろう。ときに苦痛を伴う難しい状況で戦わなけれ ばならない。 例えば、なおも続く円高である。以前の日本は、まず国内で生産して輸出することを重んじ、海外での生 産能力構築はその次だった。しかし、1ドル=80 円~85 円の為替レートでは、企業は採算を合わせるだけ でもやっとである。海外生産への移行には、もはや抵抗しきれなくなってきている。 弱いのはドルだけではなく、中国人民元や韓国ウォンも弱い。ウォン安は、日本の産業が中東や南アメリ カなどの輸出市場を韓国に奪われている最大の要因になっている。長期的には、生産拠点としての日本 の存在感は薄れざるを得ないだろう。国内の機能は研究所的な存在となり、新しいモデルの考案やプラッ トホームの構築、人材教育など知識開発に集中していくことになるだろう。 加えて日本企業にとって難題となるのが、ダイバーシティ、つまり多様性への対応である。その重要性を 理解して取り入れない限り、グローバル競争を戦い抜くのは難しい。これまでは、日本企業が持っていた人 材プールで十分だった。それは企業の進出先がヨーロッパと米国のみで、日本国内に強い土台があった からだ。 しかし現在では、中国、ロシア、ブラジル、中東、その他無数の国に進出しなければならない。日本企業 は突然、まったく異なる文化や信条を持つ人々と一緒に仕事をし、そうした人々との共通項を見つけ、やる 気と一体感を持って仕事に取り組んでもらわなければならない必要に迫られている。この点に関して日本 企業の道のりは遠い。だが、日産は執行役員の 30%が外国人で、主に英国、フランス、米国出身である。 うれしいことに日産は、多様性が日本でも機能することを証明しているのだ。会社のトップ層に外国人が増 えたからといって、日本企業としてのアイデンティティを失うことにはならないのである。 2 最も基本的なレベルで言うと、日本でダイバーシティを推し進めようとするならば、まず女性をもっと採用 することだ。この国は活力のある人材をもっと必要としており、すぐに思いつく活力源は女性である。この点 については日本に選択の余地はないと思う。女性がはるかに大きな役割を果たし、ビジネスでも社会でも いまよりずっと多くの責任を担っていけるようにしなければならない。 人材に関しては、別の視点での課題もある。エンジニアリング、製造、ロジスティクスを重点とする業界で は、日本企業は安定した力を発揮してきた。だが、それに比べると、日本の産業界はコミュニケーションや マーケティングの能力が明らかに弱い。しかも、国際競争力を高めるのに必要なこれらの能力が日本では 重んじられていない。例えば、私が日産の戦略を考えるときも、製造部門の職には適材が多くいるが、マー ケティングや財務といった部署に適切な人材を見つけることは難しい。実際、この種の能力をより強く必要 とする業種では、日本企業の業績はグローバルの平均の域を出ず、競争力が弱く、小回りの利かない企 業をよく目にする。 ③ では、こうした業種や能力の低い部署のパフォーマンスを上げるために、日本は何ができるだろうか。 ひとつのアイデアとしては、部門を超えた共同作業を増やし、ベストプラクティスを共有させることだ。例え ば日産では、エンジニアを販売プロセスに送り込んで「どうすれば顧客のためになるか一緒に考えてくれ」 と指示した。これは非常に有効な取り組みだった。 もうひとつ、日本企業が国際的なベストプラクティスに学べる分野がある。会社の財務だ。多くの日本企 業には最高財務責任者(CFO)がいない。たいていは会計士と銀行担当者だけで、全体の責任者(コント ローラー)がいない。私が 1999 年に日産に着任したとき、CFO がいないことに驚いたのをよく覚えている。 だから、私には出された数字が理解できなかった。どこで利益を出し、どこで損失を出しているのか、経営 陣も分かっていなかったと思う。従業員が何人いるのか、はっきりした数字を出すのに1週間かかることもあ った。 一部の企業が苦戦している理由のひとつは、自社の採算が合っているのかさえ分かっていないことだ。 それどころか、採算性を求めようとさえしていない場合もある。今日でも日産の取引先のなかには、自社製 品のどれが採算に合っているのか知らないという企業もある。 逆に米国の会社に行くと、至るところで数字が出てくる。ある意味では、そうした企業は数字を意識し過ぎ て考えが短期的になり過ぎるきらいがあるほどだ。一方、日本では、自社の数字さえ知らず、何となく流れ で運営されている企業がある。ちょうどよいのはその中間だ。 日産が電気自動車(EV)の開発を決定したときを例に挙げよう。それぞれの設計モデルと数字を私に示 し、このプロジェクトは財務上大失敗となるだろうと言った人たちがいた。しかし実際のところ、これまでにな いアイデアの採算性をどう見積もれるというのだろう。数字はプロジェクトが軌道に乗って、市場のフィード バックが来てから集めるべきだと私は判断した。だが、現行の事業の場合は、部門、市場、車種ごとに数字 を常に細かく解析して、自社の現状を把握している。 日本を軌道に乗せるために 日本にはもうあまり期待できないと言う人は、本当の日本が分かっていない。日本をよく分かっている人ほ ど、実は楽観的だ。他の国と同じく日本にも、変革を求める姿勢から消極的な姿勢まで、姿勢も様々なら、 優れた成功から大失敗まで実例も様々にあるのだ。 日本が現状に固執しているのは、日本人が変わりたくないからではない。ときにリーダー層が、はっきりと した方向感を持っていないからだ。道に迷ったリーダーに誰がついていくだろうか。私が日本企業のリーダ 3 ーにひとつアドバイスするとすれば、それは時間をかけてビジョンを作り、それをシンプルにして説明し、 人々にとって意味のあるものにすることである。リーダーにこれができれば、日本人は必ず変革を実現させ るはずだ。 このほどマッキンゼー・アンド・カンパニーは世界をリードする 65 人から、日本の再生についての提言を集 めた書籍を発行した。 『日本の未来について話そう』小学館 1995 円 4
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