14.11.27 1.シェイクスピア劇のモチーフ(3) 西洋演劇史 第6回:シェイクスピア(3) (2)和解と許し 後期のロマンス劇(『シンベリン』『冬物語』 『テンペスト』など)に強まるモチーフ (1)狂気 理性を持った自己の喪失 ←中世的位階秩序(Chain of Being)の揺らぎ (例)『リア王』の場合 絶対的君主 → 引退 → 自己喪失へ (3)嵐 プロットにおいて鍵となる (例)『十二夜』 自分に対して悪事や過失を犯し、多大な損 害・精神的苦痛を与えた張本人を、人はどこ まで許せるか 『リア王』 (例)『リア王』のコーディリア 『テンペスト』のプロスペロー 『テンペスト』 (弟に追放されたプロスペ ローが、魔術によって嵐をおこし、ナポリ王と 王子を離散させ、かつ関係者を島に導く) 1 14.11.27 2.主な作品(5)『リア王』 (1)あらすじ ・ 古代ブリテンの王リアは、80歳を超えたいま、3人の娘 たちに領土と統治権を分け与え、自らは引退すると宣言 する。その際、父である自分をどれだけ愛しているか、娘 ひとりひとりの表明させ、その内容によって分け与える領 土を決めようとする。ふたりの姉娘ゴネリルとリーガンは、 美辞麗句を連ねて取り入り、うまく領土を手に入れるが、 末娘のコーディリアは、父リアに対する自分の愛は子とし ての義務を超えるものではなく、結婚したら自分の愛と忠 誠の半分は夫に向けられるだろう、と答える。期待を裏切 られたリアは、怒ってコーディリアを勘当し、彼女に与えら れるはずだった領土を姉娘たちに分け与える。 • リアは、ふたりの姉娘の家で1ヶ月ごとに世話になる ことにし、まず長女ゴネリルのもとに滞在する。追放 されたケントは、下郎に身をやつし、再びリアのそば に仕える。ゴネリルは父リアを冷遇し、お付の騎士 たちの数も勝手に半分にしてしまう。これに怒ったリ アはリーガンのもとに向かうが、グロスター伯爵の 屋敷で父を迎えた彼女からも同様の冷たい扱いを 受ける。長女ゴネリルもやって来て、妹リーガンとと もに、お付の騎士など一人も要らないだろうなどと言 う。娘たちの恩知らずな仕打ちに激しく憤り、気が狂 い始めたリアは、嵐の荒野に飛び出して行く。ケント や道化がその後を追う。リアは、嵐の荒野で、親不 孝な娘たちを呪い、雨や風に向かって叫ぶ。 • 期待を裏切られたリアは、怒ってコーディリアを勘当し、 彼女に与えられるはずだった領土を姉娘たちに分け 与える。リアの不当な決定を諌めようとした忠臣ケント 伯爵も、王の怒りを買って追放される。折しも、バーガ ンディ公爵とフランス王がコーディリアに求婚するため に滞在していた。バーガンディ公爵は、父の寵愛を失 い持参金も無くなったコーディリアとの縁談を断るが、 誠実なフランス王は、持参金がなくてもこのように立派 な女性を妃として迎えたい、と言って、コーディリアをフ ランスへ連れ帰る。 • 一方、グロスター伯爵家では、私生児エドマ ンドが、異母兄で嫡子のエドガーが父殺しを 企んでいる、と父グロスターに信じさせること に成功する。エドガーは追放され命を狙われ る身となる。エドガーは、身を守るために狂気 を装い、気狂い乞食のトムとなる。嵐を避ける ためにケントに案内されてきたリアは、とある 小屋でこの乞食のなりをしたエドガーと出会う。 気の狂った乞食の裸の姿にリアは人間本来 の姿を認め、親しみを覚える。 2 14.11.27 • グロスターは、リアの苦境を知ったコーディリアがフ ランス王とともにドーヴァーに上陸したことを知り、そ の知らせが書かれた手紙をエドマンドに渡す。さらに、 リアの身に危険が迫っていると考えたグロスターは、 リアたちを助け、ドーヴァーへ逃げさせる。エドマンド は、父を裏切り、リーガンの夫コーンウオール公爵に 父から預かった手紙を見せて、父がフランス側と密通 していると密告する。怒ったコーンウオールは、グロス ターを捕らえ、その両目を潰し、屋敷の外へ追い出し てしまう。しかし、この非道な行為をやめさせようとした 家来の一人と斬り合いとなり、その時受けた手傷がも とで命を落とす。ふたりの姉娘たちは、ともにエドマン ドに対して情欲の炎を燃やすようになり、これを利用し ようとしたエドマンドは、ふたりと別々に密かに結婚の 約束をする。 • 乞食に身をやつしたエドガーは、両目を潰された 父グロスターと出会い、自分が息子であることを 隠したまま、ドーヴァーまで手を引いて行く。グロ スターは、ドーヴァーの岸壁から身投げをして自 らの命を絶とうとするが、エドガーの機転によっ て救われ、神に与えられた寿命を全うしようと思 い直す。そこに気が狂ったリアは現れ、狂気の 王と両目を失った家臣が再会する。リアはグロス ターに対して狂気のうちにも真理のある様々な 説教をする。そこにリアを探しに来たコーディリア の部下たちが現れ、リアは逃げ出す。リアは、眠 りの後にコーディリアと再会し、過去の過ちを詫 び、許しを請う。コーディリアはこれを許し、やさ しく父を労わる。 • 一方、エドガーとグロスターは、ゴネリルの腹心の召 使オズワルドと出会う。オズワルドはお尋ね者グロス ターを殺して手柄を挙げようとするが、反対にエドガー に殺される。エドガーはオズワルドが持っていたゴネリ ルからエドマンドに宛てた手紙をオールバニ公爵に届 け、自分の正体は明かさないまま、妻ゴネリルの背信 とエドマンドの罪を伝える。また、ブリテン軍勝利の暁 にはエドマンドと決闘することを申し出る。 • フランス軍は破れ、リアとコーディリアは捕えられる。 エドマンドは、密かにふたりを殺すように部下に指示 する。オールバニが、エドマンドとゴネリルの密通を明 らかにし、トランペットでエドガーを呼び出す。エドガー はエドマンドを決闘の末倒し、父グロスターとのいきさ つを語る。グロスターは、決闘の直前に、エドガーから 真相を明かされ、喜びと悲しみのうちに息絶えていた。 • そこにケントがリアに会うためにやって来る。死にかけ たエドマンドが、リアとコーディリアを殺す指令を出して いることを告白する。すぐに命令を取り消そうとするが、 時すでに遅く、殺されたコーディリアの遺体を抱いたリ アが嘆きの叫びを上げながらやって来る。リアは悲し みのうちに、コーディリアが息をしている、という幻影を 見ながら息絶える。オールバニがケントとエドガーに 今後の国政を担うように要請するが、ケントはリアの 後を追う決意を語り辞退する。エドガーがこの後ブリテ ンの統治を引き受けることが示唆されて、劇は幕を閉 じる。 (東郷公徳、『シェイクスピアは楽しい』、209-‐212頁より) 3 14.11.27 (2)解釈例 (詳細はレジュメ参照) • 『リア王』という作品のテーマは、簡単に言うと、「ひと りの人間がすべてを失ったあとに何が残るか」というこ とだ。言い換えると、「人間にとっていちばん大切なも のは何か」という問いかけである。 • この劇では、主人公であるリア王がすべてを失って いく過程が描かれる。(中略)国王としての権力を自ら 手放したのをきっかけに、リアはつぎつぎと様々なも のを失っていく。娘たちの愛情、お付きの家来たち、住 むところ、着るもの、さらには理性まで。(中略)しかし、 最終幕でリアが息絶えるとき、彼は絶望のうちに悶死 するのではない。彼の最後の台詞は、「そこを見てみ ろ」(”Look there!”)であるが、これは殺されたコーディ リアの唇を指して、「まだ息をしているではないか」と 言っているのだ。リア王は、殺されたと思った娘が生き ていると錯覚して、その歓喜のうちに息絶えるのであ る。(東郷公徳、『シェイクスピアは楽しい』、209-‐212頁より) (2)マクロコスモス(自然、国家など)とミクロコ スモス(個人の内面) 人間の身体の構造が、宇宙の物理的な構造と似て いる、という考え(ピタゴラス学派) (a)人間の四大気質(Humour) 錬金術的発想 憂鬱 melancholy=Earth= cold, dry 粘液質 phlegm=Water=cold, moist(鈍い) 激情 blood =Air=hot, moist 短気 choler= Fire=hot, dry 3.シェイクスピア劇のモチーフ(4) (1)妖精 現実世界を異形の力で変形させる → 人間が操られる滑稽さ 恐怖・混乱 = 理性の喪失 (例)『夏の夜の夢』のオーベロン、パック 『テンペスト』のアリエル(エアリアル) (3)世界劇場(テアトル・ムンディ) この世は舞台、人間は皆役者 (『お気に召すまま』) → 中世的世界観の名残り →神がつくるシナリオを演じるだけ、という暗さ ⇔シナリオの中で遊べばいい、という明るさ (b)人間の行動が星の動きと対応する = 占星術的発想 4 14.11.27 4.主な作品(6)『テンペスト』 (1)あらすじ • ナポリ王アロンゾー、ミラノ大公アントーニオらを乗 せた船が大嵐に遭い難破、一行は絶海の孤島に漂着 する。その島には12年前に弟アントーニオによって大 公の地位を追われ追放されたプロスペローと娘ミラン ダが魔法と学問を研究して暮らしていた。船を襲った 嵐は、12年前の復讐をするために、プロスペローが手 下の妖精アリエルに命じて用いた魔法(歌)の力によ るものだった。 • 王の一行と離れ離れになったナポリ王子ファーディナ ンドは、プロスペローの思惑どおりミランダに出会い、 2人は一目で恋に落ちる。プロスペローに課された試 練を勝ち抜いたファーディナンドはミランダとの結婚を 許される。 (2)解釈例 シェイクスピアの後期の作品でしばしば扱われ、その 重要度が増してくるテーマに「許しと和解(forgiveness and reconciliaOon)」がある。シェイクスピア最後の単 独作品である『テンペスト』では、このテーマが、極め て単純で分かりやすい形で全面に押し出されている。 プロスペローは、自分の地位を奪い、幼い娘とともに 海に流した弟アントーニオとその協力者ナポリ王アロ ンゾーたちを無条件で許し、和解する。ここで注目し ておきたいのは、アントーニオが決して改心している 訳ではないことである。プロスペローは、それを十分 に承知した上で、彼を許す。 • 一方、更なる出世を目論むアントーニオは王の弟を唆し て王殺害を計り、また、島に住む怪獣キャリバンは漂着 した賄い方と道化を味方につけプロスペローを殺そうと する。しかし、いずれの計画もアリエルの力によって未 遂に終わる。 • 魔法によって錯乱状態となるアロンゾー一行。だが、プ ロスペローは更なる復讐を思いとどまり、過去の罪を悔 い改めさせ、赦すことを決意する。和解する一同。王ら をナポリに送り、そこで結婚式を執り行うことになる。 • 最後に、魔法の力を捨て、アリエルを自由の身にしたプ ロスペローは観客に語りかける。自分を島にとどめるの もナポリに帰すのも観客の気持ち次第。どうか拍手に よっていましめを解き、自由にしてくれ、と。 • しかも、自らの絶対的な優位を確保するのに役に立つ 筈の魔法を捨て、妖精たちを解放し、生身の人間に 戻って、プロスペローは、自分の思い通り完璧に支配 することの出来る孤島を後にし、自分の思い通りには ならない、様々な悪の渦巻く現実の世界に帰ってゆく。 これは、諦めだろうか。いや、単なる諦めではない。こ の世のすべての矛盾や悪の存在を認めた上で、それ でもそうした汚れた世界の中で、前を向いて積極的に 生きていこうという、極めて現実的で肯定的な生き方 の現れだと思う。そして、そうした生き方を良しとする 世界観、人生観こそ、シェイクスピアが、ここまで、そ の40年あまりの生涯を経て、40近い劇作品を書いて きた後に到達した、最後の境地であったのだろう。 (東郷公徳『シェイクスピアは楽しい』、250~251頁) 5 14.11.27 5.参考文献 〈書籍〉 ・安西徹雄、『この世界という大きな舞台』 (ちくまライブラリー) ・シェイクスピア(安西徹雄訳)『リア王』(光文社古典新訳文庫) ・シェイクスピア(福田恆存訳)『リア王』(新潮文庫) ・東郷公徳『シェイクスピアは楽しい』(上智大学出版) 〈DVD〉 ・グリゴーリー・コージンツエフ監督『リア王』(IVC) ・蜷川幸雄演出『彩の国シェイクスピアシリーズ リア王』(ホリプロ) ・デレク・ジャーマン監督『テンペスト』(アップリンク) ・ジュリー・テイモア監督『テンペスト』(ポニー・キャニオン) 6
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