和牛の繁殖能力の改良による 効率的増頭をめざす子牛生産指数

特集
肉用牛の増頭と生産性の向上
和牛の繁殖能力の改良による
効率的増頭をめざす子牛生産指数
社団法人 全国和牛登録協会 会長 向井 文雄
はじめに
肉用牛、質量兼備の肉用牛へと社会状況に応じた
本年は12年に一巡する丑歳であり、世をあげて
用途変更を余儀なくされ、その都度和牛に替わる
牛にかかわる話題には事欠かないが、できうれば
外国種や雑種の奨励策が喧伝され、和牛は存続に
年頭にあたり牛歩千里の如く着実に飛躍する年と
かかわる危機に直面したが、産肉能力検定法の導
なることを念じたい。
入、現場からの枝肉情報を活用した育種価評価事
昨年来、エネルギー問題や金融危機に端を発す
業の展開など、新たな選抜方法を積極的に導入し、
る混沌とした世界情勢はわが国畜産界にも色濃く
その目標に柔軟に対応してきた。結果,現在では
影を落としている。国においても、平成20年度畜
美味しさでは世界に冠たる和牛と称される品種に
産物価格の異例の期中見直しや配合飼料価格安定
成長してきたことは衆目の一致するところであ
制度による補填、肉用牛肥育経営安定対策事業な
る。和牛は,家畜は風土と時代の産物という訓言
どの行政的緊急処置が図られてその実効を期待し
を字義通り歩んできたといえよう。昨今の生産資
たい。
源を巡ってのナショナリズムの台頭による穀物の
わが国畜産は、これまで飼料穀物等の生産に欠
高騰,環境問題、食の安全安心への対応など生産
かせない土地利用型農業の多くを海外に依存して
を取り巻く課題も複雑多岐にわたり、今後和牛に
安価な穀類の大量輸入・消費によって成り立って
求められる能力を真摯に議論すべき時期にさしか
おり、とりわけ給与する飼料の78%を占めるトウ
かっている。なによりも消費者には安全で美味し
モロコシの輸入の93%はアメリカに依存している
い合理的な価格の牛肉の安定的供給,生産者には,
現実が重くのしかかってきている。食料の安定的
この要求を果たしつつ、経営の安定を図るために
な供給を見据えた中長期的な観点からは,食糧自
利益の見込める素材(種牛および肥育のもと牛)
給率の向上や食料安全保障をめざした飼料生産基
の生産基礎をいかに整備するかが重要な課題とな
盤整備、反芻動物である牛の特性を生かした遊休
ってくる。このためには,育成・飼育・肥育・管
地での草資源利用の拡大など足腰の強化が喫緊の
理など総ての技術の合理化が望まれるし、改良の
課題である。一方、BSEの発生以降,食の安全は
歴史が示すように要求に見合う遺伝的素質を備え
勿論,消費者の食の安心に対する信頼を揺るがす
た和牛への育種改良が必須となる。
不祥事が国内外において多発し,今改めて世界的
国産牛肉の安定的供給のため各種の増頭対策が
規模でわが国の農産物の品質と安全性に大きな期
施されているが、飼料の自給率の向上という要素
待が寄せられている。
を加味すれば、一定期間に雌牛群から何頭の子牛
肉牛生産の主流となっている和牛(黒毛和種,
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よそ20年おきに、農業経営に資する農用牛から役
生産を給与飼料を増やさずに生産できるかが、真
褐毛和種,無角和種)は昭和19年に品種として認
に必要な増頭対策といえよう。100頭の牛群から
定され今年65年を迎える。明治期の雑種生産によ
年に85頭生産可能か、70頭に止まるのかの違いで
る混乱期を経て,その整理固定の基礎となった改
あり、必要な飼料等の投資額の差異は歴然として
良和種から数えて1世紀が経過した。その間、お
いる。
ており、365日にはほど遠い。
繁殖性の遺伝的改良を目指して
家畜にとって最も基本的な能力は繁殖能力であ
り、古くから1年1産が生産目標として掲げられ
てきた。役肉用牛やヨーロッパのブラウンスイス
やシンメンタールのような乳肉兼用種とは異な
り、肉専用種では生産物は子牛のみであり、1年
に1頭子牛を生産しなければ、雌牛にまったく無
駄な飼料を給与したことになってしまう。仮に1
頭の雌牛を10歳まで供用して、この雌牛が生涯で
稼いでくれる利益は,当然のことながら生産子牛
数×価格 −(飼料費+人工授精経費+育成費
等々)であり、見かけの販売額よりも一頭の雌牛
がもたらす所得が経営にとって最も重要である。
現在の和牛の分娩間隔をみると、算出の仕方によ
って若干の差異はあるが、直近3年間に子牛登記
がなされた雌牛について平均すれば417日となっ
表には、繁殖能力にかかわる基本的な形質の統
計量と遺伝率を示している。初産月齢の遺伝率は
0.2と比較的高めではあるが、分娩間隔や空胎期
間の遺伝率は0.05と低く、個体選抜は困難とされ
てきた。そのため、全国和牛登録協会では,繁殖
性の改良の指標として、1−2産という初期の限ら
れた産次ではあるが、分娩間隔の育種価評価を実
施してきた。推定育種価の正確度は0.56と,遺伝
率が0.25程度の形質の表型による個体選抜の正確
度に匹敵する精度が得られている。今後は生涯の
生産性との整合性をさらに高めるため、初産月齢
や産次ごとの空胎期間をも考慮した単一でシンプ
ルな指標として、一定の年齢までに何頭の子牛を
生産したかを表す指標として「子牛生産指数」の
育種価評価を導入して、1年1産の目標達成に取
り組むことにしている。
表 繁殖能力に係わる基本形質とK歳時における子牛生産指数
*平成17年度に繁殖記録がある雌牛約38万頭
受精卵・流産死の産歴がある個体を除外
初産36カ月、分娩間隔730日を超える個体を除外
**直近の3年間に子牛登記実績のある繁殖雌牛から推定
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特集
肉用牛の増頭と生産性の向上
子牛生産指数の概要
例として図に、雌牛が4歳になった時点での生
産子牛数の算出例を示した。ケース1(雌牛A)
は24カ月で初産をし,その後順調に分娩を重ねて
3子を生産し、ケース2(雌牛B)は、初産が遅
く、しかも分娩後の種付けが遅れ、結果として4
歳時には2.59頭を生産したことになる。
図 生産子牛数の算出例(雌牛が4歳になった時点)
両者間の差は0.41頭とわずかにしか見えないか
するが、初期投資額がかさみ、しかも生涯の子牛
も知れない。しかし、この差異は、生産経営にと
生産数の減少をもたらすようなことがあれば経営
って極めて大きい影響を及ぼす。仮に、若き後継
にとってはマイナス面が大きい。
者が規模拡大のために子牛市場で10頭の繁殖雌牛
を導入したとしよう。全頭事故なく分娩し、例に
選抜指標としての子牛生産指数
示したA,Bの雌牛の記録を10頭の平均に置き換え
4
て考えてみよう。ケース1の場合では,3年後に
選抜を行う時に用いる物差しとなる選抜指標の
30頭(=3×10)が生産されるが、ケース2では
条件は、できるだけ簡単かつ早期に得られ、しか
26頭(=2.6×10)となり、4頭の差、およそ13%
も正確度が高く、多くの個体が同じ指標を備えら
の生産性の低下に相当する。分娩間隔が420日の
れることである。先の表には3歳から10歳までの
場合には1産当たり5発情期以上を経過してお
子牛生産指数の平均ならびに遺伝率と推定育種価
り、その間に要した人工授精に要する経費を考え
の正確度を示した。遺伝率は加齢に伴い高くなっ
れば損失は極めて大きい。
ているが、正確度はほぼ0.6と安定している。長
ある地域内に1,000頭の繁殖雌牛が供用される
期の生産性を示す10歳時の指数との相関は若齢の
とすれば、今後4年の間に両者の間の子牛生産総
指数になるほどが低下していくが、評価頭数を見
数の差は、大まかな計算ではあるが、400頭
ると、当然加齢とともに特に5歳以降に減少する
(=3,000 − 2,600)となる。繁殖雌牛頭数を増加
ことにより選抜強度が低下し、選抜の時期が遅れ
させなくともこれだけの子牛頭数増が達成されれ
ることにより世代間隔の延長をもたらす懸念もあ
ば,給与飼料の軽減は勿論のことであるが、経営
る。さらに、枝肉形質の育種価の判明時期の平均
にもたらす利益は計り知れない。有名種雄牛の高
年齢を見ると5歳前後であるが、枝肉形質と子牛
価な精液を授精するために授精適期を遅らせ,複
生産指数の推定育種価を両方備える個体数が多く
数回にわたり授精を試みるなどの慣行をよく耳に
なる4歳を基準年齢として、全国に飼養されてい
る種牛の育種価評価を本年度より実施し、繁殖能
ついても、脂肪交雑という量的側面から脂肪酸や
力の評価基準として活用していく予定である。
アミノ酸組成のような美味しさに係わる成分の客
観的評価法の確立などが当面の課題であり、これ
おわりに
らの要求に柔軟に応えるためには遺伝的多様性の
維持拡大が必須である。全国和牛登録協会では、
平成3年の牛肉自由化以降、和牛は脂肪交雑の
第9回鳥取全共に続き、平成24年長崎で開催され
斉一化と一層の改良のために、枝肉形質の育種価
る第10回全共では、これらの課題に取り組むため
評価を全国的に展開し、今日では種牛の選抜・保
のテーマや出品区の策定を急いでおり、今回紹介
留は勿論、子牛市場の価格形成にも活用され、脂
した子牛生産指数を雌牛の出品区の資格条件とし
肪交雑の改良上大きな成果をあげた。一方,脂肪
て導入し、繁殖能力の改良へ向けた取り組みを強
交雑に特化した特定種雄牛への供用の偏りは、遺
化することにしている。
伝的多様性の喪失や繁殖性の低下をもたらし、今
家畜は文化のバロメータといわれるが、和牛が
後の食料生産環境を見据えた場合に必ずしも好ま
今後も豊かな食文化を築くための貴重な一員とし
しい状況ではない。多くの消費者に支持される持
て確たる地位を築くべく関係者一丸となって努力
続的な牛肉生産のためには,和牛は飼料の利用性
していきたい。
や繁殖能力の遺伝的改良に裏付けられた効率的な
(むかい ふみお)
繁殖集団の造成、和牛の最大の特質である肉質に
トピックス
肉用牛増頭戦略全国会議(現地検討会・意見交換会)と
肉用牛生産性向上緊急対策事業に係る技術研修会を開催
(1) 肉用牛増頭戦略全国会議
ェルビューかごしま」において開催され、全国から
約230名の参加がありました。
10月23∼24日、北海道帯広市の「とかちプラザ」
最近の情勢報告、黒毛和種飼養管理ソフトの解説、
レインボーホールにおいて開催され、全国から約150
生産性向上に取組んでいる全国の取組み事例5事例の
名の参加がありました。
発表、意見交換、現地検討会が行われました。
最近の情勢の報告、全国各地の増頭等の取組事例5
事例の発表、意見交換、現地検討会が行われました。
これら2つの会議の事例報告から、増頭関係では岩
手県盛岡振興局の取組、生産性向上関係では岐阜県
(2) 肉用牛生産性向上緊急対策事業に係る技術研修会
11月10∼11日、鹿児島県鹿児島市の「ホテル ウ
増頭戦略会議のシンポジウム
下呂市の取組を、特集の記事として寄稿をお願いい
たしました。
生産性向上研修会の現地検討会(低コスト木造牛舎)
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