平成26年度赤十字血液シンポジウム 東北 HIV感染の現状と治療の進歩 国立病院機構仙台医療センター感染症内科 伊藤俊広 2014年11月15日 本論に入る前に HIVの基本のチェック HIV感染症 ≠ AIDS HIVは ① レトロウイルスなので・・・ ・ゲノム(遺伝子)がRNAである ・逆転写酵素を持つ (RNAを鋳型にしてDNAを合成する) ・ヒトの遺伝子にウイルス遺伝子を組込む ② HIVはCD4+ T リンパ球に感染する。 その中で子孫ウイルスを産生し、 最終的にCD4+ T リンパ球を破壊する。 ③ 感染経路:セックス・血液・母子 >90% 25-30% 0.3% Anal sex receptive 0.1-0.3% 0.03-0.2% insertive 0.03% Vaginal sex receptive 0.08-0.2% insertive 0.03-0.09% 感染経路と感染率 プロセッシング&アセンブリー protease インテグレース 翻訳 (ウイルス前駆蛋白合成) RNA 逆転写酵素 侵入→脱殻 Dynamics of HIV-1 • 1日に生産されるHIV-1 粒子 100億個 / 日 • ヒト血清中でのHIV-1 の寿命 7.2時間 • 1日に死滅させる CD4+細胞 20億個/ 日 • HIV-1 を産生するCD4+細胞の寿命 • HIV-1 のライフサイクル (一般的なT細胞の寿命は4~6カ月) 2.2日 2.6 日/cycle CD4陽性T細胞数と日和見感染症 歴 史 HIV/AIDS の歴史(1) 1920年台 コンゴKinshasaが HIV-1 subtypeM 流行の起源 1959 イギリス マンチェスターの男性がAIDSで死亡 1969 アメリカの少年がカポジ肉腫で死亡 1977 デンマークの女性医師グレーテ・ラスクがカリニ肺炎で死亡 1978 ザイールの母子が日和見感染で死亡 1979 ドイツのバイオリニストがカポジ肉腫で死亡 ザイールでクリプトコッカス症が急増 1981.6.5 MMWR(疾病週報)がロサンゼルスの同性愛者5人にカリニ肺 炎が発症したことを報告 7.4 MMWRがニューヨークとカリフォルニアのカポジ肉腫とカリニ 肺炎を報告 CNNがテレビとして初めてカポジ肉腫の流行を報道 1982.6 CDCが血液製剤によると考えられるエイズ患者を確認 7 CDCがAIDSと命名 1983.1 CDCがエイズの異性間感染を確認 .5 パスツール研究所モンタニエらLAV分離 A phylogenetic tree, based on the complete genomes of primate immunodeficiency viruses. The scale at the bottom (0.10) indicates a 10% difference at the nucleotide level. (Prepared by Brian Foley, PhD, of the HIV Sequence Database, Theoretical Biology and Biophysics Group, Los Alamos National Laboratory.) HIV/AIDS の歴史(2) 1984 1985 1986 1987 1989 1990 1993 1995 1996 1997 2001 2005 2007 2010 HIV抗体検査法発見 日本で初のAIDS患者 世界のHIV/AIDS 患者2万人以上 抗HIV薬AZT認可。日本でAIDSパニック 薬害AIDS損害賠償訴訟提訴 世界の患者20万人以上 エイズ治療の拠点病院の整備(通知) 多剤併用療法(HAART)開始 第11回エイズ国際会議(バンクーバー) 薬害AIDS訴訟和解→恒久対策 →ACC、ブロック拠点病院整備 治療薬開発による死亡率低下 新規感染310万人 世界の感染者約4000万人 世界の感染者約3200万人 世界の感染者約3400万人(新規感染270万人) プロテアーゼ阻害剤の出現と死亡率低下 Palella F et al. NEJM. 338;13 1998 疫学 世界のHIV流行の現状(2010/2011) 世界的に新規感染・エイズ関連死は減りつつある。 • HIV陽性者数(2010):3400万人 2001年より17%増加 • 新規感染(2011):250万人 25か国で2001年比50%以上減少 過去2年間の新規感染減少は新生児が半分 北アフリカ・中東では新規感染増加(2001年比35%増加) • エイズ関連死亡(2011):170万人 2005年より24%減少 東欧と中央アジアでそれぞれ21%と17%と大きく増加 主要先進国におけるAIDS患者報告数の動向 HIV感染者及びAIDS患者(全国籍)の年次推移 1106 7割はMSM 484 2013 HIV 感染者報告数(全国籍)の地域別年次推移 東北県別エイズ/HIV感染者累積数推移 (非血友病):総計509人(H26.6月末) 600 500 400 300 200 100 平 成 8年 平 成 10 年 平 成 12 年 平 成 14 年 平 成 16 年 平 成 18 年 平 成 20 年 平 成 22 年 平 成 平 24 成 年 26 年 6月 末 0 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 合計 73 55 190 44 46 101 509 東北エイズ/HIV感染者累積数推移 H26.6月 350 40% 48% 30% 33% 289 50% 282 55% 270 249 38.8% 300 250 200 150 227 217220 48.9% 213 206 40% いきなりAIDS% 199 192 181 46.4% 177 167 45.8%47.8% 153 150 23.8% 136 129 30.7% 114 113 HIV AIDS 102 97 89 84 100 73 62 73 55 49 57 50 H26.6 H24 H25 H23 H21 H22 H19 H20 H18 H16 H17 H14 H15 H13 H12 0 東北のHIV/AIDS累積数 東北のHIV/AIDS累積数(H26.6月) 120 100 80 HIV AIDS 60 40 20 0 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 仙台医療センター新患患者数推移 総計262人(血液53、同性156、異性53、女性25) H26.6月 30 同性性交渉 異性性交渉 血液製剤 25 20 15 10 5 年 25 年 23 年 21 年 19 年 17 年 15 年 13 年 11 9年 7年 0 当院初診エイズ/HIV感染者年齢分布26.6 70 60 血液製剤 50 異性 40 同性 人数 (人) 30 20 10 0 10代 20代 30代 40代 50代 60代 年齢 図4 HIV感染者はどのくらいいるのだろうか? 現在は日本のHIV感染者の80%近くがMSM (Man who have Sex with Men) である。 日本のMSM は 推計:68万3千人 MSMの約4%がHIVに感染している。 (H20年 厚生労働科学研究費補助事業エイズ対策事業費 男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究班報告書より) 宮城県の人口 233万人 、日本の男子6500万 ⇒ 宮城県のHIV陽性MSMは(推計) 約1100人 宮城県の全HIV感染者は(推計) 約1330人 ⇒ 東北地方のHIV感染者は(推計) 約2400人 実際に今までに確認されているHIV陽性者は 宮城県139人 東北6県で409人 ・世界で3400万人、一部を除き新規感染者は減少 ・日本の感染者累計:約24000人 ・日本の新規感染者(HIV/AIDS)は約1500人/年 ・新規感染者の約7割はMSM(男性同性間sexで感染) ・新規感染者は20歳~30歳台に多いが、中高年齢層で 増加傾向 ・東北の感染者累計はH25年末で509人 ・日本におけるいきなりAIDS率は30%台、東北では40%台 で推移しており減少傾向がみられない →早期診断が成されていない ・HIV検査機会を増やす必要がある。 診断 ・早期診断:重要!! ・臨床症状では診断できない ⇒抗体検査が必要 ・偽陽性、偽陰性(window period) ⇒検査前後のカウンセリング IC必要!! HIV感染症の診断 抗HIV抗体のスクリーニング (ELISA法、PA法、ECLIA法) Try again! (-) (+) ウエスタンブロット法 感染機会から 3ヶ月以内 (6週間) 感染機会から 3ヶ月以上 (6週間) HIV感染症陰性 急性期? 以下のうち2本以上が陽性 gp160, gp120, gp 41, p24 NO Negative YES HIV 感染症 CD4 数、 HIV-RNA量 を測定 HIV感染症のトレンド 早期診断、早期治療 早期診断の意義 • 早期治療が可能となり、AIDS発症の他種々の合併 症を減らし長期生存ができる • 急性期に治療すれば治癒する可能性が・・・ • 早期治療によりHIVウイルス量を減らし、二次感染リ スク(伝播)を減らせる(treatment as prevention) • 二次感染者が減れば医療費が低下し経済力が上昇 する(生産性が増す) HIV感染者1人当たりの生涯医療費は1億円。年間新規感 染者はAIDSを含めて1500人→毎年医療費が確実に1500 億円ずつ増加している。 HPTN 052 試験 早期のHIV治療開始は、 パートナーへの感染を96%減らせる 治 療 HIVを検出限界未満に抑制しCD4陽性 細胞を回復させ免疫能の改善を図る、と 同時に慢性炎症を抑制する。 cART(Key+Back bone) ・早期治療: HIVを抑制して免疫を回復させる。 treatment as prevention ・PEP: post exposure prophylaxis 暴露後の感染予防 ・PreEP :preexposure prophylaxis 有効だが、問題点も クラス 核酸系逆転写酵素阻害剤 CBV(1999. 6):AZT+3TC EPZ(2005. 1):ABC+3TC TVD(2005. 4):TDF+FTC 非核酸系逆転写酵素阻害剤 プロテアーゼ阻害剤 略号 薬剤名 FDA承認 AZT ddI d4T 3TC ABC TDF FTC Zidovudine Didanosine Stavudine Lamivudine Abacavir Tenofovir Emtricitabine 1987. 3.20 1991.10. 9 1994. 6.24 1995.11.17 1998.12.18 2001.10.26 2003. 7. 2 1987.11 1992. 7 1997. 7 1997. 2 1999. 9 2004. 4 2005. 4 NVP DLV EFV ETR RPV Nevirapine Delavirdine Efavirenz Etravirine(TMC-125) Rilpivirine 1996. 6.21 1997. 4 1998. 9.21 2008.1.18 2011.8 1998.12 2000. 5 1999. 9 2009. 1 2014.8.21 SQV RTV IDV NFV LPV ATV FPV DRV Saquinavir Ritonavir Indinavir Nelfinavir Lopinavir Atazanavir Fosamprenavir Darunavir(TMC-114) 1995.12. 6 1996. 3. 1 1996. 3. 13 1997. 3.14 2000. 9.15 2003. 6.20 2003.10.20 2006. 6.23 1997. 9 1999. 9 1997. 4 1998. 3 2000.12 2004. 1 2005. 1 2007.11 融合阻害剤 ENF CCR阻害剤 MVC インテグラーゼ阻害剤 RAL EVG DTG 日本承認 2003. 3.13 承認なし Maraviroc 2007. 8. 6 2009. 1 Raltegravir Elvitegravir Doltegravir 2007.10.12 2012.8 2013.8.12 2008. 6 2013.3.25 2014.8 Enfuvirtide(T-20) 抗HIV薬の歴史① エムトリシタビン エファビレンツ ツルバダ (エムトリシタビン/テノホビル) サニルブジン アバカビル ネビラビン コンビビル デラビルジン ジドブジン‘92 ラミブジン ‘98 (ジドブジン/ラミブジン)‘00 テノホビル ‘87 ジダノジン ‘97 ネルフィナビル ‘99 インジナビル サキナビル リトナビル ‘11 ・核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI) ・非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI) ・プロテアーゼ阻害剤(PI) ‘04 エプジコム (アバカビル/ラミブジン) ‘05 ホスアンプレナビル ロピナビル アタザナビル 14.1.28 抗HIV薬の歴史② マラビロク スタリビルド (EVG/COBI/TDF/FTC) エトラビリン リルピビリン ‘09 ‘07 ‘08 ダルナビル ダルナビル ラルテグラビル (300mg) (400mg) ・核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI) ・非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI) ・プロテアーゼ阻害剤(PI) ・インテグラ―ゼ阻害剤(INSTI) ・侵入阻害剤(CCR5阻害剤) ’12 ‘13 エルビテグラビル テノホビルプロドラッグ TAF(GS7340) ‘1Y ‘1X ドルテグラビル 14.1.28 処方変更 1日2回投与 1日1回投与 メリット: 服薬がしやすい 服薬時間の設定がしやすい QOLの向上(服薬プレッシャーの軽減) 1日1回1錠投与 アドヒアランスの向上 デメリット: 1回の服用錠数が多い場合がある 飲み忘れの危険性(次の服薬までの時間が長い) 14.1.28 1日1回1錠へ Atripla EFV/TDF/FTC Complera RPV/TDF/FTC Stribild EVG/COBI/TDF/FTC ConfrontingHIV2012 No.42より 現在の治療 ( DHHS2014年5月1日改訂版より) 第1選択薬剤について(推奨度A1) 組み合わせ 投与回数 EFV + TDF/FTC QD EFV + ABC/3TC QD RPV/TDF/FTC QD, STR DRV/r + TDF/FTC QD ATV/r + TDF/FTC QD ATV/r + ABC/3TC QD RAL + TDF/FTC BID EVG/cobi/TDF/FTC QD, STR DTG+ABC/3TC QD DTG+TDF/FTC QD 条件 HLA-B*5701 negative, VL<105/mL CD4>200/mm3, VL<105/mL HLA-B*5701 negative, VL<105/mL CrCl>70 mL/min HLA-B*5701 negative 治療開始時期について 1) 疾患進行を抑えるため CD4数 推奨度 < 350/μl AI 350- 500/μl A II > 500/μl B III 2) 感染伝播の予防のため(CD4数に拘わらず) 感染ルート 推奨度 母子感染予防 AI 男女間感染予防 AI その他 A III PEP PEP:今までの成果と8年ぶりのガイドライン改訂 (2013年8月) ●米国および英国ともに、2000年以降は職業的暴露 によるHIV感染の確定例は1例も報告されていない。 TVD+LPV/rによるPEPにより、 職業的暴露によるHIV感染は、 ほぼ100%阻止できると考えられる。 ただし、速やかな対応が大切(ASAP) Infect Control Hosp Epidemiol 2013;34(9):875-892 推奨レジメと投与法の変更 PEPを行う場合、全例拡大レジメが推奨 Preferred regimen RAL (アイセントレス) 1回400mgを1日2回 TVD (ツルバダ) 1回1錠を1日1回 Alternative regimens PEPを全例で3剤併用とした理由 RAL DRV/r ETR RPV ATV/r LPV/r 1) 3剤併用のほうが2剤併用よりも高い効果が期待できる + TDF/FTC 2) 耐性ウイルスの可能性の観点からは3剤併用が好まし AZT/3TC 3) 最近の抗HIV薬は安全性、忍容性に優れている。 フォローアップ フォローアップ期間は4ヶ月に短縮できる ・HIVスクリーニング検査:第4世代検査(抗原+抗体)を使用の場合 →baseline、6週後、4ヶ月後の3回 ・PEP薬の副作用チェックとしてCBC、肝機能、腎機能検査を行う。 →baseline、2週後の2回 事故後PEPのポイント 1. 有効な予防法があることの周知 2. 予防薬への迅速なアクセス 3. 労災のためにも、事故時の抗体検査を忘れ ずに (ただし、急ぐ必要なし) PreEP(preexposure prophylaxis) • HIVに感染していない人が感染予防のために 抗レトロウイルス薬を服用すること • 米国のCDC(米疾病予防管理センター)が5月 14日、そのPrEPの実施を推奨するガイドライ ンを発表 • 具体的には毎日TVD(TDF/FTC)を服用する。 • HIV以外のSTDの予防が当然できないのでコ ンドームの必要性は変わらない、耐性ウイル スの問題など存在する。 PrePの対象 ・HIVに感染しているパートナーと現在、関係を持っている人。 ・最近の検査ではHIV陰性だが、互いに性交渉の相手が一人では なく、最近6カ月の間にコンドームなしのセックスをしたゲイ男性、 バイセクシャル男性、または性感染症の診断を受けた人。 ・HIV感染のリスクが高いと考えられる相手(たとえば注射薬物使用 者、HIVに感染しているかどうか分からないバイセクシュアルの男 性)とセックスをする際、常にコンドームを使っているわけではない 異性愛者の男女。 ・最近6カ月の間に違法薬物を注射し、注射器具を他の使用者と共 用した人、または最近6カ月の間に薬物治療を受けている人。 予後と問題 25歳のHIV感染者の推定平均余命 (Denmark Cohort 1995-2005) years 76歳 60 63歳 50 58歳 40 48歳 51.1 37.8 32.5 30 20 33歳 10 7.6 22.5 0 total Pre-HAART (1995-1996) Early-HAART (1997-1999) HCV(-) Late-HAART (2000-2005) General Population Lohse N et al. Ann Intern Med 2007;146:87-95. 診療中のエイズ/HIV感染者年齢分布24.7 人数 (人) 年齢 当院初診エイズ/HIV感染者年齢分布26.6 70 60 血液製剤 50 異性 40 同性 人数 (人) 30 20 10 0 10代 20代 30代 40代 50代 60代 年齢 図4 Three Biggest Problems, Now • Delay in testing • Delay in care • Early drop out HIV感染症の現状・問題 • HIV感染症の予後改善 →長生き→高齢化 • HIVを検出限界以下にはできるが、リザーバーに 存在し続ける → 治癒しない → 慢性炎症 • cARTを一生続けなければならない→副作用 高齢化問題・合併症 • あいかわらず社会の偏見・差別がなくならな い→解決には時間がかかる。 最後に ①HIVはめったなことでは感染しません。 ②すべての医療機関はスタンダードプレ コーションが実施されている。 ③暴露(針刺し、粘膜、傷など)があっても 感染予防手段があり、マニュアルに従え ばほぼ100%感染予防が可能である。 HIV感染症と長期合併症 心血管疾患 慢性腎臓病 骨関連疾患 HIV関連神経認知障害(HAND) 非エイズ関連悪性腫瘍 HAND : HIV-associated neurocognitive disorders
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