講演録[PDF版]

第18期
情報化推進懇話会
第5回例会:平成17年2月22日(火)
『―復活!
Next made in Japan
―ミューチップの拓く新しいビジネス』
講
株式会社
師
日立製作所
情報・通信グループ
ミューソリューション事業部長
井村
亮
氏
財団法人 社会経済生産性本部
情報化推進国民会議
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『―復活!
Next made in Japan
−ミューチップの拓く新しいビジネス』
―
株式会社
プロフィール ―
日立製作所
情報・通信グループ
ミューソリューション事業部長
井村
◆ 略
●
亮
氏
歴 ◆
学
歴
1977年
名古屋大学大学院(工学研究科・金属鉄鋼専攻)博士課程
前期終了
1988年
●
職
工学博士
歴
1977年
株式会社
日立製作所入社
中央研究所にて記録及び記憶素子の研究開発に従事
1997年
同・ストレージ研究部長
1999年
同・先端デバイス研究センター長
2001年
同・ミューソリュションズベンチャーカンパニーCEO
2004年
同・情報・通信グループ
ミューソリュションズ事業部長、
現在に至る
●
専門学会
応用物理学会、電子情報通信学会、日本応用磁気学会
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会員
『−復活! Next made in Japan
‐ミューチップの拓く新しいビジネス』
1.RFIDが実現するユビキタス情報社会
実はここ3週間、デトロイト、サンフランシスコなど、飛行機の長旅が続いていま
す。この講演のあとも北京に飛ばなくてはいけないのですが、これは、世界じゅうで
ユビキタスのソサエティーが動いている証拠ではないかと思います。皆さんも日経新
聞などで、ウォルマートが 2005 年1月から、サプライチェーンでICタグの導入を
上位 100 社のベンダーに義務づけたことをご存じだと思います。あのICタグは電子
荷札ともいわれますが、この背景には、今から 43 年前に発明されたバーコードの番
号が足りなくなっているということがあります。また、バーコードは同じ番号でロッ
ト管理をするのには便利なのですが、商品を1個ずつ管理することはできないのです。
さらに昨今の食品をめぐる事件で商品の信頼性が損なわれてしまい、この商品が「い
つ、どこで、だれによって、どのように生産され、ここまでだれによって運ばれてき
たか」を答えてほしいという要求が生じてきていることも背景の一つでしょう。
ICタグが発明されたのは 1980 年代の後半で、90 年代に初歩的な実用化の時代を
迎えます。つまり、そのころに「あなたはだれ?
どこから来たの?
今どういう状
態にいるの?」ということをモノに答えさせるために、無線で個体識別をする技術
(Radio Frequency Identification:RFID)が必要になってきたのです。私は、
土日は毎週、家内と一緒に買い物にスーパーマーケットに行くのですが、すき焼きの
お豆腐を買うときには、いちばん新しいものを選びます。豆腐というものは同じに見
えるかもしれませんが、実は一丁一丁別物です。つまり、現代は、その豆腐のような
ものでもアイデンティティーをちゃんと表してほしくなったということです。ウォル
マートにとっても、無線技術を使えば、毎日のようにP&Gから発送されてくるシャ
ンプーやリンスについて、段ボールの外からその内容を読み取り、検品することがで
きるという利点があるのです。
2.期待されるRFID技術
今なぜRFIDが期待されるのでしょうか。その一つは、社会的な要請(消費者の
ニーズ)として、安心・安全、信頼・品質、環境問題への対応が求められているから
です。例えば日本の食料品の一部は、ラベルを張り替えて表示していたことで、その
信頼性をずたずたにしてしまいました。また、あるブランドのハンドバックは本物の
20∼30 倍の偽物が出回っているといいます。このようなことから、消費者は偽りに敏
感に反応するようになっているのです。
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もう一つの背景は、業界(ユーザー企業)の側も、ブランドプロテクションや、新
たなビジネス価値の創造、合理化・効率化を求めているということです。ウォルマー
トのワールドワイドの去年の年間売上は 24 兆円(トヨタは 16 兆円)ですが、そのう
ち、賞味期間切れ、搬送経路での盗難、万引き被害などの機会損失額が3兆円に達す
るそうです。ICタグの導入によりそれが半減されれば、多大な投資効果を上げるこ
とになるでしょう。ちなみに、ICタグ導入にかかる費用は数十億∼百億ぐらいです。
では、十数年前に出てきたICタグの技術が、今になってなぜ急に注目されるよう
になったのでしょうか。それは、小型化、低価格化、安定供給が図られた結果、世の
中のニーズに追いついてきたからです。ウォルマートは今、1個5セント以下のタグ
が欲しいと言っていますが、それもここ2∼3年で到達できる距離でしょう。現に、
私たちのICタグはもう 10 円台になっているのです。
しかし、RFID市場にはまだまだ課題もあります。ベネトン、GAPというアパ
レルメーカーが、去年ニューヨークで大失敗をしました。個人向けの消費財にICタ
グをつけて管理したために、プライバシーの保護団体からたたかれたのです。また、
製造業や自動車工業界、ブランドメーカーなど、業界ごとの標準化が将来の足かせに
なるという心配もあります。さらに、ICタグの新しいソリューションシステムを作
るノウハウが不足しているので、開発にお金がかかるということもあります。そのほ
か、コンポーネントベンダーにとってみれば、投資回収のリスクがどれほどあるのか
ということもあります。
このような懸念から、今は徐々に伸びているという状況ですが、総務省の試算によ
ると、2010 年には 31 兆円の市場になるという報告が出ています。そこまでは行かな
くとも、私どもでは、ワーストケースでも 2010 年には全世界で7兆∼10 兆円の市場
規模になると考えているのです。
3.ミューチップの基本仕様
「ミューチップ」とは、日立がつけた商品名です。これは今から6年前に、当時の
日本銀行の幹部OBと私どもの中央研究所の研究者との談話会から生まれた発想が
契機となりました。そのときの発想では、紙の中にICをすき込みたいということで
した。それは、LSIは印刷技術ではコピーできないからです。それで、うちの宇佐
見光雄という研究者が、6年前にその開発を始めました。
実際の話として 2001 年1月1日に使用開始になった 100 ユーロ紙幣の偽装紙幣が、
その2日後の1月3日に見つかったということがあります。日々進化する印刷技術に
よる偽造を防ぐためには、5∼10 年周期で紙幣を新しくし、最新技術を導入する必要
があるのだそうです。100 ユーロ紙幣は、紙と紙の間にスレッドというアルミの蒸着
膜が入っていて、製造原価が1枚 147 円するそうですから、ICタグが5セント以下
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になれば、十分ペイします。
紙幣の偽造防止を目的に開発したので、非常に小さくしました。このチップは 0.4mm
角で、指紋と指紋の間に見えるほどです。これが8インチのシリコンウエハーから何
個取れると思いますか。通常のLSIでは数千個というところですが、これはなんと
20 万個も取れます。この研究者は開発に当たり、逆転の発想で、紙の中に入れて折り
曲げても壊れない 0.5mm 以下の大きさにしようと考えました。そして次に、コストを
下げるために1枚のウエハーから 10 万枚以上取れるようにして、最後にどれだけの
機能を入れるかを考えたといいます。
今、私どもが商品として世の中に出しているミューチップは 0.4mm 角です。アルミ
ホイルのアンテナに接続されており、最大で約 30cm 離れた所からその情報が読める
のです。バーコードは、コンビニのレジでリーダーをくっつけて読んでいますね。そ
の違いはお分かりでしょう。ちなみに、電車の IC カード定期券は無線があまり飛び
すぎると、後ろの人のパスも読んでしまうので、わざと読み取り距離を短くしている
のだそうです。
ミューチップの中には 128 ビットの改ざん不可能なデータが入るようになっていま
す。つまり、読み出し専用ということです。これは紙幣に使うことを発明者が考えた
からです。また、128 ビットの番号を我々はID番号と呼んでいますが、そこには2
の 128 乗、10 進数で 38 けたの番号が入っています。これは 1500 万年かかっても多分
地球上で使いきれないほどの番号で、しかも、一個一個違うユニーク番号なのです。
4.ミューチップのターゲットセグメント
先ほど申し上げたように、ICタグは我々以前に、1980 年代の後半、オランダのフ
ィリップスが開発していました。そして、1980 年代、狂牛病の発生を受けて、英国で
牛の耳にマイクロチップがつけられたのです。日本には8年前に上陸しました。そし
て、IC カード定期券や皆さんが今お使いのイモビライザー、自動車の盗難防止器など
に使われてきたのです。しかし、牛の耳に入っているものは1個 1800 円、盗難防止
器などは 500∼800 円するので、大量消費財にはコスト面で使えませんでした。
しかし、現在、大量消費財をカバーしているバーコードは、コストが限りなくゼロ
に近いとはいえ、印刷ですから、コピーが幾らでもできるうえに、同じ商品を識別す
ることはできません。この中間の 10 円、5円のICタグが欲しいというのがウォル
マートの要請であり、実はミューチップもそういうところをターゲットにしています。
「インレット」は、樹脂フィルムの上に金属箔を作り、そこにチップを接続する、
この金属箔が実はアンテナになっているます。これをラベルのように商品にべたっと
張っていただければいいのです。この商品は、日立と三菱の合弁のルネサンステクノ
ロジに生産委託をしているのですが、月産 100 万個のオーダーでご注文いただけると、
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十数円という値段で皆様のお手元に届くと思います。実際に万博の入場券にも入って
います。
このフロントエンドのシステムは、管理したい商品にラベルのようなものをつける
ことによって、その商品に固有のID番号がつき、それをリーダーで読みにいくので、
実はバーコードと同じです。バーコードと違う点は、その読み取りが無線でできるた
め、箱を開けなくとも中身が見えるということと、何より大きいのはバックエンドシ
ステムで、皆さんがお持ちのパソコンで、お手元で商品の一つ一つの情報を管理でき
るということです。つまり、情報システムでお客様に価値を届けるものなのです。
それから、日立の中にはアンテナは邪魔だという意見もあります。実は、発明者本
人は、アンテナを 0.4mm 角のチップの中に作り込んでしまおうという考えを持ってい
るのです。これは残念ながら現段階では1∼2mm しか通信距離が飛びませんが、お札
ではそれで十分です。これは冗談ですが、財布の中身が遠くからでも分かってしまう
ことがあると困るわけです。つまり、逆に距離をあまり飛ばしたくないものもあると
いうことです。そのほか、紙の中にすき込んでしまったものもあります。ドキュメン
ト管理、パスポート、税関の申告用紙、鑑定書に使おうと、「Secure Paper」という
ものの開発を、ある製紙メーカーと組んで行っています。
5.ミューチップの応用技術
ここからは応用編です。今、どういうものにICタグが使われだしているのでしょ
うか。
①2005 年日本国際博覧会(愛・地球博)入場システム
私どもでは3月 25 日に始まる愛・地球博の入場券を最終的には累計で 2500 万枚ぐ
らい協会に納品する予定です。この中に入っているミューチップを使って偽造を防止
し、パビリオンの予約が家のパソコンからできることになるでしょう。
②ID管理ソリューション
実は、我々はある国家の身分証明書であるIDカードも提案しています。これはパ
スポートと原理が同じで、カードの持っているアイデンティティーとデータベースに
ある顔写真などを照合しようというものです。今、アメリカは暫定的に指紋と顔写真
で照合をやっていますが、時間がかかるので、多分世界に普及することはないと思い
ます。パスポートのICカード化になるのか、ICタグを使ったパスポートになるの
か、国際標準化が待たれるところです。
③鋼材SCMソリューションKIDS(Kozai ID System)
新日鐵の君津製鉄所が厚板鋼板にICタグをつけて、製鉄所→販社→加工メーカー
→エンドユーザーというサプライチェーンで、出荷情報や加工情報、在庫明細等を一
括管理することを検討しています。製造した1枚の鉄板を 100 枚ぐらいに切り刻んで
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いるのですが、ICタグは、1枚の母材から子供が何人生まれたか、すべて管理でき
るのです。
④医薬品管理ソリューション
ICタグによる医薬品の管理は、すでにFDAが始めていますが、日本もこの春か
ら、血液など来歴の管理をしなければならないものにIDをつけようとしており、そ
の実証実験が始まっています。つまり、安心・安全のために、充填時の製品管理、包
装時の能書の装着漏れチェック、調剤時の医薬品チェック、投薬時の医薬品チェック
(誤使用防止)、飲み合わせのときの複合副作用、薬の賞味期限を知ろうとしている
のです。
⑤ブランド品管理ソリューション
これは当初あるブランドとやっていたのですが、うまくいかなくて、今は化粧品メ
ーカーとやっています。高級化粧品は防腐剤を使っていないので、賞味期限管理が重
視されています。フランスの某メーカーは、化粧品のふたに我々のミューチップをつ
けることを検討しています。
⑥生産工程及び品質管理ソリューション
パソコンのマザーボードの海賊版が出回るというので、台湾のメーカーが電子基板
上にICタグをつけて、生産工程から家庭までずっと一貫管理しようとしています。
万が一お客様のところで故障が起こっても、サービスマンがIDから本社のデータセ
ンターを呼び出すと、設計図や回路特性が出てきて、出先で容易に修理ができるとい
うわけです。
⑦食品トレーサビリティソリューション
ここ2年ほどいくつかの地域の農協でやられているもので、先週から三越や阪急も
始めています。これは、生鮮食料品の産地、農薬使用量、有機栽培か無農薬栽培か、
いつ収穫したのか、いつまで賞味期限があるのかを店頭で消費者がリーダーで読める
というものです。
⑧ライフサイクル管理ソリューション
これは製造工程で部品の来歴を管理するというもので、最近のいちばん大きなトピ
ックスです。今どきの商品は全部どこかのサプライヤーから調達した部品をアセンブ
リーして作るのが普通ですが、その商品がお客様のところで故障したとき、どこが悪
かったのかを知りたいですね。また、商品を使い終わって捨てるときに、コンピュー
タや自動車の高級な部品は再利用できるのではないかということもあります。
これについては、デトロイトの自動車工業界、タイヤ工業界がもう動き出していま
す。ご存じのように、4年前にタイヤが悪いかブレーキが悪いかで一大論争があり、
高額な示談金を取られたタイヤメーカーがありました。あれに端を発して、タイヤや
自動車のエンジン周りにICタグを埋め込んで品質管理をやろうというわけです。そ
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して、もしリコールになった場合は、ガソリンスタンド、高速道路の料金所、中古車
の修理センターなどで無線により欠陥がある車のIDを読み取り、自主回収しようと
いうことです。
⑨大規模小売店管理(SCMソリューション)
これは先ほど、ウォルマートの例で申し上げました。検品、棚卸し、在庫流通管理
で大きな威力を発揮することは間違いないと思います。
6.ICタグの国際標準化を目指す HIBIKI(響)プロジェクト
去年の8月から、経済産業省のご指導のもと、HIBIKI プロジェクトが始まっていま
す。これは流通業のグローバルスタンダードを目指し、低価格のICタグを2年がか
りで開発しようというもので、日立製作所をプロジェクトリーダーとしてご指名いた
だいています。目標はISO準拠のICタグを5セントレベルの価格で作ろう、通信
周波帯はUHF帯 900MHz 帯、書き換え型の読み取り距離3mほどのものを作ろうと
いうことで、現在私どもで開発中であり、今年暮れごろからこのタイプが出てくると
思います。
ただ、ICタグの利活用に関しては、今の社会で二つの大きな局面があります。つ
まり、製造業の品質管理、安心・安全に使うというものと、流通業で合理化のために
使いたいというものです。しかし、流通業など、オープン・インダストリー・ユーザ
ーのサプライチェーンでは、タグをつけるコストの負担者と恩恵を受ける人がミスマ
ッチになります。実際、ウォルマートは上位 100 社のベンダーにタグをつけることを
強制していますが、自分ではその費用を一銭も払うつもりはありません。一方、製造
業というのは、自分でアセンブリーして検査して出荷するときに、オペレーションコ
ストの低減ができて、発生したコストを自分で回収できるのです。ですから、オープ
ンサプライチェーンとインハウスの製造業で、随分使われ方が違ってくる可能性があ
ります。
7.RFIDタグの分類
今、ISOで規程しているICタグの周波数には、135KHz、13.56MHz、860∼960MHz
(UHF:申請中)、2.45GHz の四つのバンドがあります。また、書き換え型と読み出
し専用型があります。以下、有名なものを挙げていきましょう。動物や車についてい
る低周波のものには、Texas Instruments の TIRIS があります。13.56MHz には Philips
の I-code やソニーの FeliCa があります。それから、2.45GHz のところには我々のミ
ューチップがあります。そして、UHF帯のところに、流通業務向けの HIBIKI やウ
ォルマートが選んだEPCがあるという形です。実は、ここは電波の性質から長距離
飛ばすことが期待できるのです。
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このようにまちまちのため、ユーザーのかたから互換性がなくてアンハッピーだと
いわれますが、確かにその問題はあるかもしれません。これに関しては、流通業向け、
組み込み型、Railway パス、自動車業界など、それぞれにテリトリーをシェアされる
場合もあるでしょう。また、坂村先生のご意見のように、読み取り器をLSI化して、
代表的な複数の周波帯は一つのリーダーでマルチで読めるようにするという話もあ
ります。
ちなみに、タグの大きさで比べますと、13.56MHz 帯やUHF帯を使うと、電磁結合
の関係から、アンテナがぐるぐる巻きの蚊取り線香状になってしまい、タグがカード
大の大きさになってしまいます。一方、2.45GHz 帯を使うと、ミューチップのように、
小さなシールのようになります。つまり、通信距離、コスト、タグの大きさでテリト
リーがうまく整理できるのです。一個一個小さなものを個品管理したい、改ざんされ
たくないという場合は、多分 2.45GHz が向いています。しかし、読み取り距離を大き
くして、ふたを開けないで段ボールの中を読みたいときはUHF帯が適当です。また、
Railway パスのようなものは、従来ある 13.56MHz がいいということです。
8.Summary
結論からいうと、お客様にちゃんとコストパフォーマンス、投資に対する効果がこ
れだけあるというベネフィットを示さないといけないということが一つです。二つに
は、流通業はコスト負担者の問題から、まだまだ課題を抱えています。三つには、安
心・安全、信頼性、品質管理がずたずたにされた今日、この解決がICタグに託され
ているということです。ただ、消費財にそれがついたときのプライバシーの問題もあ
ります。ですから、「この商品にはICタグがついています。嫌なら外してください」
というインフォームド・コンセントが必要であり、その手段を提供するのは、技術メ
ーカーの責務だと思っています。
なお、一昨年、IDCという調査会社の「ITインダストリーの 40 年を振り返っ
て」という記事の中で、IBMの System/360 とインテルの Processor、日立のμ-Chip
がこの 40 年間でITインダストリーを変革した一大トピックスであるという紹介を
頂きました。
9.ミューチップ事業化への挑戦
ミューチップは、4年前に社内ベンチャーとして資本金 10 億円、5人でスタート
した事業です。その後 2004 年1月1日付で日立製作所の事業部となり、最初の売上
5億円が3年半がかりで 20 億∼30 億円となっています。
私がミューチップにかかわったのは4年前で、それまでは中央研究所でDVDやハ
ードディスクの開発に携わり、副所長のポジションにありました。そして、バブル崩
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壊とともに、日立でも「集中と選択」という名目で研究費の大幅削減が行われたので
す。そのとき私たちは、食うすべを見つけるために、技術の事業化(MOT)、知の
事業化をもって営業の最前線に立つことを決意しました。これに呼応したのが、当時
の常務の浅井彰二郎氏です。そして、社長に呼び出され、研究所の資産を使って新事
業を起こすという難題を与えられたのを機に、2人で相談して、社内ベンチャーとし
て推進することを決めました。
そのとき、経営会議に私が出した提案資料には、四つの条件がつけてありました。
一つは資本金として 10 億円欲しいということで、二つめは人員の確保です。最初は
5人でいいが、その5人を集める権利を私に欲しいと言ったのです。三つめは、頂い
た資本金の半分を返す代わりに、日立製作所が持っているミューチップの特許 350 件
を運用委託してくださいということでした。そして四つめは、2年後、この事業をや
めるか続けるか、増資をするかの意思決定の権限を私に欲しいと言って、この四つを
認可してもらったのです。
そうやって始めた社内ベンチャーで経験したことをまとめるとこれも四つにまと
められます。まず一つめ、スタート直後からいばらの道でした。人事マンはいない、
研究管理はできない、給与の査定はできない、保険は持たない、しかも事業所コード
もないので営業・受注システムも使えない、社内のどの部署へ行っても前例がないと
いう理由でたらい回しになるだけだったのです。まさに「抵抗勢力は身内にあり」だ
と思いました。二つめに、営業活動に行って思ったことですが、今までの日立は「技
術だけの日立」で、その技術をお客様の欲しい商品に結びつけていませんでした。三
つめは、ミューチップを実用化するために、グローバルにパートナーを求めなければ
ならないにもかかわらず、日立はグローバル展開が後れていることから、極東の田舎
侍としか見られていなかったのです。そして、四つめの課題が顧客の Pain、Value、
Benefit を知るということです。これが現在、私のエネルギーの源にもなっています。
このように、当初は課題が山積みになっていましたが、今は多くのパートナーにも恵
まれて、全世界にミューチップの普及に努めております。
以
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上