BS251003 - 自然科学研究機構

BS251003
平成25年度新分野創成センターブレインサイエンス研究分野プロジェクト 実 施 報 告 書 平成25年 4月16日 新分野創成センター長 宛 研究代表者(所属・職名・氏名) 広島大学自然科学研究支援開発センター・助教・信清麻子 1.プロジェクト名 生殖工学技術による遺伝的相同サルの作製 2.実施体制(所属・職名・氏名:研究代表者には◎) ◎ 広島大学自然科学研究支援開発センター・助教・信清麻子 自然科学研究機構生理学研究所・教授・伊佐正 京都大学霊長類研究所・教授・岡本宗裕 広島大学自然科学研究支援開発センター・教授・外丸祐介 3.予算額 2,000 千円 4.支出額(見込額を含む。
) 2,000 千円 (内訳) 消耗品費 1,425 千円 設備・備品費 0 千円 旅費 289 千円 謝金 0 千円 その他 286 千円 ※千円以下は四捨五入(合計額と一致しない場合がある)
*設備・備品費内容(品名、型番、価格、設置場所) 該当無し 5.実施場所(研究機関名) 自然科学研究機構生理学研究所 京都大学霊長類研究所 広島大学自然科学研究支援開発センター 6.実施計画時の目的・目標 実験動物として最も頻用され、生命科学研究に貢献しているのはマウス・ラットなどのげっ歯類で
あるが、サル類はこれらと比較して生理学的にもヒトに近縁なことから、ヒト疾患モデル動物として
有用な実験動物である。特に高次脳機能研究などの脳研究分野では、マウス・ラットでは得ることの
できない、貴重な動物実験データを得ることができる。しかしながら、サル類にはマウス・ラットの
ような遺伝的に均一な集団である近交系コロニーが存在しないというウィークポイントがある。遺伝
1
BS251003
的背景の相違があるということは、これらがデータ上でのノイズとなり、高度な比較実験においては、
厳密な解析を妨げてしまうことになる。つまり、遺伝的に均一な動物を供試することが、精度の高い
実験データを集積する上で必要な事となる。 しかしながら、近交系を得る為には重度の近親交配を重ねる必要があり、はたしてサル類ではそれ
が動物種の性質として可能か否かという点とともに、奇形を始めとした種々の遺伝的要因による疾
病・疾患を伴うことも大いに予想される事から、倫理的な問題も非常に大きい。 そこで、我々はこれらの問題を解決して、遺伝的に均一なサル類実験動物を作製する手段として、
一卵性複数仔による遺伝的相同個体の作製を進める。遺伝的相同個体を得る手段としてはクローン技
術の適用も考えられるが、サル類での体細胞クローンは我々のマーモセットでの取組み(Sotomaru et al., Cloning Stem, 2010)も含めて成功例は無い。そこで、サル類を含む哺乳類実験動物や家畜で
実績のある、受精卵分割ならびに受精卵クローンの手法を用い、マカクサルについて一卵性複数仔の
作製を検討して一層の手法の改良・至適化を計ることで、効率的かつ安定な遺伝的相同サル作製シス
テムの構築を目指す。これが達成されることは、今後の動物実験の高度化に向けて極めて意義が大き
く、サル類での認知ゲノミクス研究の推進にも貢献できるものである。 7.実績の概要(A4:1枚以内) マカクサルにおいて遺伝的相同個体を作製する為、サル類では比較的取扱の容易なマーモセットで
の検証を進めながら、ニホンザルやアカゲザルにおける受精卵分離による一卵性複数子作製の手段を
検討した。先ず、ニホンザルにおける生殖工学技術の基盤を構築する為、平成 24 年度に引き続き、
ホルモン等の投与による卵巣刺激処置ならびに成熟卵子からの受精卵作製手段について検討した。月
経および血中性ホルモンレベルの測定により性周期を確認した成熟雌個体について、GnRH アゴニスト
の単回投与、FSH の 7 日間連続投与、および hCG の単回投与を実施した。投与終了の 2 日後に、麻酔
下で外科的処置により露出させた卵巣から卵胞卵子を吸引採取し、得られた卵子の数とステージを確
認した。延べ 13 頭(平成 25 年度中に 8 頭実施)を供試した結果、12 頭から平均 23.2 個(最大 73
個、最小 7 個)の卵子が得られ、特に繁殖期(排卵性周期)にある個体では、多くの卵子が得られる
傾向が見られた。採取直後の卵子の成熟率は 32.0%であり、卵子採取後に約 20 時間に体外成熟培養
を行うことで最終的には 54.3%となった。次に、得られた成熟卵子について、体外受精および顕微授
精を施した後、体外培養により発生を確認した。その結果、射出精子を用いた体外受精では受精を確
認できなかったが、精巣上体精子を用いた場合では受精卵を得ることができた(受精率:0%〜100%)
。
顕微授精では、操作後に 78.6%が生存し、その内の 75.8%が受精卵として確認された。これらの受
精卵を体外培養した結果、体外受精由来の受精卵では 37.5%、顕微授精由来の受精卵では 24.0%が
桑実胚以上に発生した。これらの試験により、ニホンザルにおける体外培養系受精卵の作製プロトコ
ルを構築することができたが、この一方で、受精卵の作製効率と発生能には改善の余地があると考え
られた。 ニホンザルにおける受精卵分割による一卵性多子作製のプロトコルを構築するにあたり、先ずマー
モセットでの検証を実施した。分割受精卵の作製手段を検討した結果、pH2.5 の PB1 液で供試する受
精卵の透明帯を溶解除去した後、サイトカラシン B により割球の細胞骨格の重合を阻害しながら、顕
微操作により分離した割球を別途準備した空の透明帯に注入するプロトコルを確立した。このプロト
コルにより 2〜8 細胞期にある体外受精卵を用いて 2 分割および 4 分割受精卵を作製し、体外培養に
より発生能を確認した結果、2 および 4 分割卵の何れも胚盤胞まで発生能を有することがわかった
(38%〜100%)
。次に、このプロトコルをニホンザルに応用し、前述のように成熟卵子を体外受精す
ることで作製した体外受精卵を用いて分割受精卵の作製を試みた。12〜24 細胞期にある受精卵を用い
て 3 分割および 4 分割受精卵を作製し、
体外培養により発生能を確認した結果、
4 分割受精卵の 41.7%
2
BS251003
が胚盤胞へ発生することが確認できた。現状では実施例数が少ない為、今後も関連試験を継続して詳
細を確認するとともに、移植試験により個体発生能を確認する予定である。 8.実績(詳細)
(書式自由、枚数の制限なし、別添資料可) マカクサルにおいて遺伝的相同個体を作製することを目的として、ニホンザルを用いて受精卵分離
による一卵性複数子作製の手段を構築する為、サル類では比較的取扱の容易なマーモセットでの検証
を進めながら、以下の試験を実施した。 1)ニホンザルにおける生殖工学技術の基盤構築 ① 卵巣刺激処置の効果について(平成 24 年度に引き続き) 哺乳動物から効率良く卵胞卵子を採取するためには卵巣刺激処置が有効とされるが、ニホンザ
ルに関する報告は少ない。また、季節繁殖動物であることから、非繁殖期における効果も把握す
る必要がある。そこで、月経および血中ホルモン値の測定により性周期の状態を確認した個体に
ついて卵胞刺激処置を実施し、その効果を検討した。 京都大学霊長類研究所にて飼育されている 6〜17 歳の雌ニホンザル 7 頭(延べ 13 頭)を対象と
し、予想される月経の時期の 2-3 週間前より隔日に採血を行い、血漿中のプロゲステロンおよび
エストラジオールの値を測定した。卵胞刺激処置は、発情休止期(月経予定日の前後 3 日程度)
にある個体に 0.9mg/頭の GnRH アゴニスト(リュープリン)を単回皮下投与、2 週間後から 20IU/kg
の FSH(ゴナピュール/フォリルモン)を 7 日間連続筋肉内投与、ならびに 400 IU/kg の hCG(ゴ
ナトロピン)を単回筋肉内投与することで実施した。hCG 投与後 36-40 時間目に、麻酔下で外科的
処置により露出させた卵巣から卵胞卵子を吸引採取し、得られた卵子の数とステージを確認した。
延べ 13 頭(平成 25 年度中に延べ 8 頭実施)を供試した結果、12 頭から平均 23.2 個(7〜73 個)
の卵子が得られた。採取直後の卵子の成熟率は 32.0%(20.8〜54.5%)であり、卵子採取後に約
20 時間に体外成熟培養を行うことで最終的には 54.3%(35.6〜75.8%)へ増加した。ホルモンの
測定結果から、7〜11 月に採卵を実施した 7 頭は無排卵性周期にあることが示唆されたが、何れの
個体からも卵胞卵子を得ることができた。一方、12〜3 月に実施した 5 頭は排卵性周期にあること
が示唆され、多くの卵子が得られる傾向にあった。また、ホルモン値の高く変動が大きい個体ほ
ど卵巣が腫脹し、採卵数が多くなる傾向が見られた。排卵性周期にある個体では卵胞刺激の効果
が大きい傾向が見られたことから、繁殖期にある個体を供試した方が採卵効率は高い可能性が示
唆された。一方で、無排卵性周期にあった全ての個体からも卵子が得られたことから、非繁殖期
にある個体も卵巣刺激処置・採卵の対象となりうると考えられた。 ② ニホンザルにおける体外培養系受精卵の作製について ニホンザルにおける体外培養系受精卵からの個体作製プロトコルを確立する為、上記①で得ら
れた成熟卵子を用いて受精卵を作製し、その発生能を確認した。射出精子もしくは精巣上体精子
を用いて体外受精および顕微授精を施した後、体外培養することで発生能を確認した。射出精子
は麻酔下の雄個体の直腸へ挿入したプローブを介した電気刺激により、また精巣上体精子は経皮
的精巣上体精子吸引術(PESA 法)により採取し、一部の精子はグリセリン添加 Egg York Buffer
で凍結保存した後に供試した。体外受精は IVF100 液、体外培養には ISM1 液および 5%FBS 添加
BlastAssist 液(胎子線維芽細胞との供培養)を用いて実施した。 体外受精を実施した結果、新鮮射出精子ならびに凍結保存した精子を用いた場合には受精を確
3
BS251003
認できなかったが、新鮮精巣上体精子を用いることで受精卵を得ることができた。新鮮精巣上体
精子を用いて体外受精を 3 回実施し、受精率は 30%(3/10 個)
、0%(0/20 個)および 100%(5/5
個)であった。一方、顕微授精では操作後に 78.6%(33/42 個)が生存し、その内の 75.8%(25/33
個)が受精卵として確認された。また、得られた受精卵を体外培養した結果、体外受精由来の受
精卵では 37.5%(3/8 個)
、顕微授精由来の受精卵では 24.0%(6/25 個)が桑実胚以上に発生し、
同程度の発生能を有することが示唆された。以上より、体外受精による受精卵作製効率は極めて
低く、ニホンザルにおける体外培養系受精卵の作製の手段として、現状では顕微授精が有効であ
ると考えられた。これらの試験により、ニホンザルにおける体外培養系受精卵の作製プロトコル
を構築することができたが、この一方で、受精卵の作製効率と発生能には改善の余地があると考
えられた。 2)受精卵分割による一卵性多子作製のプロトコルの構築 ① マーモセットを用いた分割受精卵の作製試験 ニホンザルにおける受精卵分割による一卵性多子作製のプロトコルを構築するにあたり、先ず
マーモセットでの検証を実施した。体外受精により作製したマーモセット受精卵を用いて分割受
精卵の作製手段を検討した結果、
「pH2.5 の PB1 液でドナーとなる受精卵の透明帯を溶解除去した
後、割球分離操作による物理的障害を軽減する為にサイトカラシン B(5µg/ml)により割球の細胞
骨格の重合を阻害しながら、マイクロマニピュレーターを用いた顕微操作により分離した割球を
別途準備した空の透明帯に注入する」というプロトコルを確立した(図 1)
。このプロトコルによ
り 2〜8 細胞期にある体外受精卵を用いて 2 分割および 4 分割受精卵を作製し、体外培養により発
生能を確認した。その結果、2 および 4 分割受精卵の何れも胚盤胞までの発生能を有し、発生率も
正常受精卵と同等であることがわかった(37.5%〜100% vs 57.1%)
。 図 1.分割受精卵作製プロトコル ② ニホンザルにおける分割受精卵の作製試験 マーモセットで確立した分割受精卵作製プロトコルをニホンザルに応用し、前述の「1」ニホ
ンザルにおける生殖工学技術の基盤構築」の手段により作製した体外受精卵を用いて分割受精卵
の作製を試みた。12〜24 細胞期にある受精卵を用いて 3 分割受精卵(1 組=3 個)および 4 分割受
精卵(3 組=12 個)を作製し、体外培養により発生能を確認した。その結果、4 分割受精卵の 41.7%
4
BS251003
(5/12 個)が胚盤胞へ発生し、その内の 4 個は 1 つの受精卵(ドナー)に由来する分割受精卵で
あった(図 2)
。このことから、4 分割までは全ての分割受精卵が胚盤胞への発生能を有している
ことが示唆された。また、今回の試験では 1 組の 3 分割受精卵(3 個)および 1 組の 4 分割受精卵
(4 個)の全てが 8〜16 細胞期で発生が停止したことから、分割受精卵の発生能はドナーとする受
精卵の発生能に依存することが推察された、現状では実施例数が少ない為、今後も関連試験を継
続して詳細を確認するとともに、移植試験により分割受精卵の個体発生能を確認する予定である。
図 2.ニホンザル分割受精卵(胚盤胞) 以上
※本報告書は公開を前提とします。 5