年齢と性別に着目した前面衝突事故時の傷害発生傾向

JARI Research Journal
20140502
【研究速報】
年齢と性別に着目した前面衝突事故時の傷害発生傾向
Differences in Injury Patterns by Age and Gender in Frontal Collision
今長
久*1
小野
Hisashi IMANAGA
古志郎*1
Koshiro ONO
立石
一正*2
Kazumasa TATEISHI
高山
晋一*1
Shinichi TAKAYAMA
江島
晋*1
Susumu EJIMA
Abstract
This study was focused on the trends of occupant injuries influenced by age and gender
during automobile frontal crashes. ITARDA data from 2009 to 2011 was employed for the
trend analysis. The most important finding was high frequencies of major injuries to the
thorax and abdomen for over 26-year-old male and female occupants (drivers and
passengers) in vehicles with seat belts and air-bags.
1. はじめに
の傷害について分析した.また,衝突相手を乗用
四輪車の前面衝突事故は,発生頻度および傷害
車,軽乗用車,貨物車(1Box,ライトバン),軽
程度の大きさを考えると,衝突安全性を検討する
貨物車に限定した注1.事故類型は,車両相互およ
上で重要な事故形態である.特に,どのような傷
び車両単独事故とし注2,分析対象車両の衝突部位
害がどのような状態でどのような乗員に多く発生
を前面あるいは左右前角に限定した.なお,この
しているかの実態把握が不可欠となる.近年の前
分析では衝突安全性の検討が目的のため第一,第
面衝突事故関連の分析では,高齢者の傷害
1)~4)
二当事者の区別は考慮しないこととした.
や体格差を考慮した被害軽減対策(男女間の体格
差等)5),ならびに内臓器損傷保護6)の重要性が
2. 2 分析対象のデータ項目
指摘されている.シートベルトやエアバッグ等の
Table 1 に分析項目を示す.人身損傷程度は「死
安全装置の高性能化により死亡率の減少傾向がみ
亡」,「重傷」,「軽傷」の 3 区分を用いた.また,
られるものの,上記の指摘事項などに関する課題
死者数,重傷者数および軽傷者数の合計に占める
へのさらなる対応が求められている.
死者数の割合を「死亡率」と定義した.傷害内容
本研究では,年齢と性別の違いによる傷害の発
の分類には人身損傷主部位を用いた.人身損傷主
生動向を把握することを目的として交通事故マク
部位は全損を含む 11 区分(全損,頭部,顔部,
ロデータを分析した.また,衝突安全対策を検討
頸部,胸部,腹部,腰部,背部,腕部,脚部,そ
する上でのデータの活用限界について検討した.
の他)
である.年齢は 3 つのグループに分類し
(「25
歳以下」
,
「26~64 歳」,
「65 歳以上」)
,性別の違
いと合わせて 6 グループ間で傾向を比較した.
2. 分析データの概要
2. 1 使用する事故データ
シートベルト分析では,
「着用者」と「非着用者」
分析には,公益財団法人交通事故総合分析セン
を区別した.また,エアバッグについては,
「展開」
ター(ITARDA)が管理する交通事故統合データ
と「展開以外」を区別した.展開以外とは,エア
ベース(以下マクロ DB と称す)を用いた.分析
バッグの「装備ありで不展開」と,
「装備なし」と
期間は,平成 21~23 年とし,乗用車(セダン,
を合わせた事例である.人身加害部位は,
「車外放
ミニバン)および軽乗用車乗車中に前面衝突事故
出」,「車室内部位」,
「車外部位」,「その他(工作
により傷害を負った乗員(運転者,前席同乗者)
物,路面,その他)」の区分を適用した.車室内部
位はさらに「ハンドル」,
「フロントガラス」,
「計
*1 一般財団法人日本自動車研究所 安全研究部 博士(工学)
*2 公益財団法人交通事故総合分析センター 調査部
JARI Research Journal
器盤まわり」,「ドア・窓ガラス」,「柱」,
「天井」,
「座席」,「その他」に分類した注3.
- 1 -
(2014.5)
Table 1
上は他の年齢区分と比べて男性で約 4 倍,女性で
Items of variables
Variables
Items
は約 6 倍大きくなっている.
Injuries' deg.
Fatal, Severe, Slight
Body regions
All regions (only fatalities)/Head/Face/Neck/
Thorax/Abdomen/Back/Pelvis/
Upper_ Extremity/Lower_Extremity/Others
Age groups
Gender
3. 性別・年齢別の傷害発生傾向の分析
3. 1 人身損傷主部位の傾向
Under 25, 26 to 64, Over 65 years old
Fig.2 に,人身損傷主部位の発生傾向をエアバ
Male/Female
Used/Not_used
ッグの展開状況別に示す.全体的に,エアバッグ
Air Bag
Deployed / Not_used*
Ejection/Inside room(Steering/Windshield/
展開時には頭部傷害の発生が抑えられる傾向にあ
Contact parts
of Vehicle
Instrument_panel/Door/Window/Pillar/Roof/
Seat/Others)/Outside_room/
Others(Structures, Pavement, Others)
て胸部および腹部の傷害が多くなる傾向が見られ
Seat Belt
る.年齢区分で比較すると年齢が高くなるにつれ
る.男性では 25 歳以下でエアバッグの展開状況
*Not Deployed or not available
にかかわらず頭部が損傷主部位となる場合が最も
多い.要因としては,25 歳以下では事故の衝撃度
2. 3 集計データの概要
Table 2 に分析対象となる死傷者数を示す注4.
また,Fig.1 にシートベルト着用状況別の死亡率
を示す.シートベルト非着用時の死亡率が非常に
高いことが判る.シートベルト非着用者の死亡率
の高さは,シートベルト着用を促進する啓発活動
のさらなる工夫により解決する必要がある.この
課題については,別途喫緊に検討することが必要
であるが,ここではシートベルト着用効果をさら
に引き出すために必要な課題や問題点分析するこ
ととした.
Table 1 および Fig.1 から,どの年齢区分におい
ても女性よりも男性の方が死亡率の高い(1.5~2
倍)傾向を示している.年齢区分については,性
が大きくエアバッグが展開しても頭部を十分に保
護できていない可能性がある.一方,高年齢層で
は胸腹部の衝撃耐性が下がっているために胸腹部
が損傷主部位になりやすい可能性が考えられる.
高齢者の胸腹部の衝撃耐性に関する考察はマクロ
データのみから言及することはできない.しかし,
高齢者の胸腹部の耐性については,若年者に比べ
て低いことが数多く報告1)~5)されている.この
ことから,高齢者の胸腹部傷害の発生が若者に対
して高いことが容易に推察できる.
また,
女性は,
サンプル数が男性より少ない点に注意が必要だが
25 歳以下で頭部が多く,それ以外の年齢区分では
胸腹部が多い.この傾向は男性と同様である.一
別の違いよりも顕著な違いが見られる. 65 歳以
Table 2
Number of victims
Number of victims [persons]
Driver
Fatal
Passenger*
Total
791
173
964
Severe
5,985
1,797
7,782
Slight
65,456
15,424
80,880
Under25
years old
26to64
years old
10%
49%
50%
45%
60%
13%
10%
(79)
(80)
(15)
26to64
Over65
Under25
Upper Ex.
Pelvis
Back
Abdomen
40%
18%
Thorax
(43)
(40)
Neck
26to64
Over65
Face
A/B not used
Head
female
Over65
years old
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
11%
33%
33%
46%
22%
65%
0%
0%
75%
44%
13%
7%
7%
27%
42%
13%
8%
10%
(9)
(24)
(51)
(4)
(15)
(24)
Under25
26to64
Over65
Under25
26to64
Over65
A/B Deployed
A/B not used
Fig. 2 Weight of injuries body region
Rate of fatality by seat belt using status
JARI Research Journal
5%
23%
44%
Under25
female
0.0%
male
0.0%
male
5.0%
female
10.0%
0.5%
male
1.0%
female
15.0%
male
1.5%
male
20.0%
female
2.0%
female
25.0%
male
2.5%
Over65
years old
29%
23%
Seat belt not use
30.0%
female
Seat belt use
Fig. 1
19%
0%
7%
A/B Deployed
3.0%
26to64
years old
Lower Ex.
15%
(26)
*Only in front seat passengers
Under25
years old
Others
male
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
(Fatality, Only belt use, Numbers of fatality are put in brackets)
- 2 -
(2014.5)
方,男性に比べてエアバッグの展開状況による人
による腸間膜損傷等の発生が多いことが指摘され
身損傷主部位の違いは少ない.エアバッグ展開以
ている6).マクロDBの人身加害部位には「シート
外の男性事例は,衝撃度が大きく傷害の発生しや
ベルト」の項目はなく,詳細な分析はできないが,
すい状況であることが考えられる.高年齢層につ
シートベルトが人身加害部位となった場合は,
「そ
いても男性同様,胸腹部傷害が顕著にみられた.
の他の車内部位」に含まれている可能性がある注4.
シートベルト着用と傷害発生との関連性について
は,さらなる分析が必要となっている.
3. 2 人身加害部位の傾向
前述のとおり,前面衝突事故では胸部および腹
部の傷害発生が顕著になっていることが判る.こ
4. マクロ DB 活用の限界と分析で考慮すべき要点
こでは,胸腹部傷害に対する人身加害部位の発生
マクロ DB は,わが国で発生する全人身事故を
収集しているため,多面的分析が可能な重要な情
傾向について分析した.
Fig.3 に,人身損傷主部位を胸部および腹部に
報源である.一方,乗員などの傷害発生に関する
限定した人身加害部位の発生傾向の比較結果を示
分析では,記録されている人身傷害部位や人身加
す.胸部については,25 歳以下では,サンプル数
害部位などの精緻さに課題のあることも見えてき
が少ないが,男女ともハンドルが多くみられる.
た.マクロ DB の基データは,現場の交通警察官
26~64 歳の男性および 65 歳以上男性では,ハン
が収集しており,必ずしも自動車工学の専門家で
ドルが約 6 割と最も多く,次いでその他の車内部
はないため,傷害発生メカニズムの詳細分析に限
位が 2~3 割を占めている.一方,女性は,26~
界があることは否めない.マクロ DB で収集され
64 歳ではハンドルが 45%,その他の車内部位が
ているデータ活用の限界を理解した上で,自動車
27%,座席が 18%となっている.65 歳以上では,
の衝突安全に関する分析を行うためには,人身損
ハンドル,座席,その他の車内部位がそれぞれ約
傷主部位および人身加害部位の利用に際して以下
3 割となっている.人身損傷主部位が腹部の死者
の限界を考慮に入れておくことが必要である.
において人身加害部位は,25 歳以下で腹部同様件
数が少ない.その他については,全体的に胸部に
4.1
人身損傷主部位
比べてハンドルの割合が減少し,車内部位の割合
「人身損傷主部位」は,医師の診断結果あるい
が増加している.腹部傷害は,シートベルト着用
は死体検案の所見をもとに決定されている.ただ
Thorax
male
female
Over 26 to Under Over 26 to Under
65
64
25
65
64
25
0%
20%
40%
60%
50%
(6)
80%
0%
66%
(35)
45%
(11)
18%
33%
(33)
0%
27%
33%
male
female
Over 26 to Under Over 26 to Under
65
64
25
65
64
25
20%
30%
60%
75%
(4)
13%
39%
(23)
80%
13%
(8)
9%
ースが多いが,一人の傷害者に対して最も重要な
Roof
「人身損傷主部位とそれに対応する損傷状態(骨
Others(in room)
折,内蔵破裂,等 9 項目)」を選択する方式に簡
Outside of room
略化されている注5.車両安全対策の検討において
Others
は,簡略化された分類が採用されていることを理
解して活用する必要がある.この簡略化されたマ
クロ DB の情報を補う手段として,詳細な傷害情
33%
報が収集されている交通外傷データベース
35%
0%
38%
25%
18%
73%
による傷害者は,一般に多発外傷を被っているケ
Pillar
100%
100%
(1)
や利便性も考慮されている.そのため,交通事故
0%
47%
(15)
(11)
40%
なデータベースであるため,作成にあたり速報性
Windshield
Seat
Abdomen
0%
Steering
Door/Window
23%
67%
し,マクロ DB は全人身事故を対象とした大規模
Instrument Panel
26%
10%
33%
(3)
33%
3%
56%
(39)
100%
Ejection
25%
(JTDB)とマッチングしたデータの活用等の方
策が検討されている7).
Fig. 3 Weight of contact parts of vehicle
(Fatality, Only belt use, Numbers of fatality are put in brackets)
JARI Research Journal
- 3 -
(2014.5)
4.2
また,マクロ DB の利用に際し,人身損傷主部
人身加害部位(エアバッグとシートベルト)
近年の自動車安全性の高度化に伴い,シートベ
位と人身加害部位について課題を整理した.
ルト拘束やエアバッグ展開などに起因する傷害発
前面衝突形態の衝突安全対策は依然として重要
生が救急医学会などで数多く報告されている.た
な対策項目である.引き続き傾向を分析把握して
だ,これらは症例報告となっており,全事故に占
ゆく必要がある.
める発生率などには言及されていない.
「シートベ
本研究は,平成 24 年度国土交通省事業「車両安
ルト」
,
「エアバッグ」は自動車衝突の乗員保護対
全に資するための医工連携による事故の詳細調査
策では不可欠な装置となっている.マクロ DB を
分析」で実施したものである.
活用して詳細に分析する必要があるが,マクロ
DB には人身加害部位としての「シートベルト」
や「エアバッグ」の項目が設定されていない.こ
れを補完する手段としてミクロ事例調査の活用が
考えられるが,未だ調査事例数が少ない.衝突安
全に関する事故調査・分析に地道に取り組む努力
が必要である.
5. まとめ
前面衝突事故における傷害の発生傾向について,
性別および年齢の違いによる分析を行った.得ら
れた結果を列記して以下にまとめた.
1) シートベルト着用時の死亡率
・男性は女性より 1.5~2 倍高い
・年齢による差はより顕著(65 歳以上は男女共,
その他の層よりも 4~6 倍高い)
2) 人身損傷主部位の特徴
・25 歳以下は男女とも頭部が最多(約 5 割)
・26~64 歳,65 歳以上では胸部が最多(26~64
歳約 4 割,65 歳以上 5~6 割)
・65 歳以上では腹部傷害も多い(2~3 割)
3) エアバッグの展開状況 による影響
・エアバッグ展開以外では男女各年齢で頭部が多
い(26~64 歳男性約 4 割)
・展開時には胸部,腹部が多くなる
4) 人身加害部位
胸部傷害:
・ハンドルが最多(男性約 6 割,女性 3~4 割)
・次いで,その他の車内部位(2~3 割)が多い(シ
ートベルトなどが含まれていると推察される)
腹部傷害:
・ハンドルが最多
・その他車内部位も多い(約 3 割)
JARI Research Journal
脚注
注1 ミニカー,トレーラは除く
注2 2 次衝突は除く
注3 シートベルトが加害部位となっている事例も存在す
ると推定される(事故例調査などから)
.このような
加害部位は車内部位のその他として計上されている
と思われる.しかし,マクロ統計に,その分類の定
義はない.
注4 サンプル数確保のため,事故類型(車両相互事故/車
両単独事故)および乗車位置(運転者/前席同乗者)
の区別をしない.事故類型については,車両単独事
故の死者数が多い,人身損傷主部位で頭部の割合が
多い,また,乗車位置では,運転者の加害部位とし
てハンドルが多いが,前席同乗者ではハンドルの影
響がない,などの違いが見られるものの,その他に
特徴的な違いは見られないため,事故類型と乗車位
置の分類をせずに分析をしても,年齢および性別の
違いの影響を見ることに影響はないと判断した.
注5 例えば,臨床的には頭部の「骨折」だけで死亡に至
ることのない事例であっても,頭部骨折を伴って死
亡している事故では,人身損傷主部位が頭部で,そ
の状態が骨折と判断されているケースもある.
参考文献
1) 増田, 前面衝突における高齢者の胸部障害を低減する
ための評価法に関する考察,自動車技術会春季大会,
学術講演会前刷集,No.66-12,15-20 (2012)
2) Kent et al.,Structural and Material Changes in the
Aging Thorax and Their Role in Crash Protection
for Older Occupants,Stap Car Crash Journal 49,
231-249(2005)
3) イタルダインフォメーション,No.71 (2007)
4) Foret-Bruno et al., Thoracic Injury Risk in Frontal
Car Crashes with Occupant Restrained with Belt
Load Limiter, SAE International(Paper No. 983166)
(1998)
5) Ridella et al.,Age Related Differences in AIS 3+
Crash Injury Risk, Types, Causation and Mechanisms,
IRCOBI Conference IRC-12-14 (2012)
6) 国土交通省,車両安全に資するための医工連携による交
通事故の詳細調査分析結果報告 (2013)
7) 国土交通省,車両安全に資するための医工連携による交
通事故の詳細調査分析結果報告 (2012)
- 4 -
(2014.5)