“消費者の苦悩”に目をつけろ

“消費者の苦悩”に目をつけろ
― 生き残りのカギは、不景気への消費者の反応にある
「チャンスだけでは幸運をものにできない。準備が必要だ」――
ローマ時代の哲学者であるセネカの言葉だ。企業が事業を安定し
て継続していくためには、世界の新たな “現実” に着目することによ
り消費者の真のニーズや欲求を把握し、自社のビジネス・モデルに
修正を加え、利益を生み出していくことが必要である。消費者は今
でも懐が許せば贅沢品を買いたいと思っている。
4つ星レストランで食事をする金持ちも、街角の
いる。今後数年間の小売業界の再構築の重要な
コーヒー・ショップで済ます庶民も、世界的な経
鍵を握るものだ(コラム「消費者個人が経験して
済危機の影響を受けなかった者はいないだろう。 いる苦悩」参照)。それは、不景気の中、消費者
ほとんどすべての企業が売上低下と受注減少に
が喜んで安い商品に飛びついていると考えるの
見舞われている。小売業界も例外ではない。しか
は単略すぎるということだ。一見そう見えるかもし
し、他業界に比べれば痛手は浅い。例えば自動車
れないが、人々は心から値引きを望んでいるので
業界の販売高は 20%以上も低下したが、小売業
はなく、しぶしぶ安物買いをしているということだ。
界のダメージははるかに軽いものであった。
それは 「 消費者の苦しみ 」と言うべきものであり、
それを理解することが、企業が不況を生き抜く重
理由は簡単だ。人は空腹には耐えられないか
らだ。生きていくためには、食品や多くの消費財
要なポイントとなる。
が欠かせない。スキー旅行をあきらめ、週末のス
パを先延ばしにし、エステートボトルのワインは
来年買うことにしても、日々の食材や衣料品は必
要であり、家賃も払い続けなければならない。と
はいえ、小売業界が不況から無傷で回復できると
は限らない。これらの消費は持続しているように
見えても、消費者の意識は危機以前とは大きく様
変わりしてしまっているからだ。
暗いニュースが続く。失業率の上昇、住宅価
格の下落など、あらゆることが消費者の信頼感を
喪失させ、その結果「消費者の苦悩」が生まれて
マズローの欲求階層理論
A.T. カーニーは、過去に起きたいくつかの経済危
機が、消費財企業に与えた影響についての分析
を行った。その構図は今回の危機と基本的に同じ
であった。他業界と比較して、消費財産業は不況
の影響を受けにくく、影響が現れるのも遅い。アメ
リカの心理学者、エイブラハム・マズロー(注1)の
唱えた「 欲求階層理論 」 が理由を探るヒントにな
る。人間は、何が起きたとしても、子供や自分自
身に食べ物や衣服を必要とするために、景気が悪
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ければ安価なもので我慢する。健康によい食品
出るからだ。本稿では、「 消費者の苦悩 」 が小売
を選ぶとか、環境問題やサステナビリティへの配
業界のトレンドに対してどのような作用を及ぼす
慮など、未来志向的な考えは二の次とならざるを
のか、という極めて難しい課題を検討する。
得ない。安価な商品やサービスの選択は状況が
(注1)エイブラハム・マズロー(1908年~1970年)は米国の
心理学者で、人間は最も基本的なレベル(食料、水、睡
眠)から最も高尚な次元(創造や倫理)へと、段階的に
そのニーズを満たしていこうとすると主張した。
そうさせるのであり、自身が切望したものでも納
得の上のものでもない。ケチケチした質素な生活
や「安物あさり」に憧れる人はまずいないだろう。
消費者は危機以前と同じように自分たちのニーズ
を満たしたいと考えているが、現在は 「 苦悩 」 が
フィルターとして働き、しばしば購入品の決断が
左右される。よって企業にとって、消費者の真の
ニーズと苦悩ゆえの選択を、正確に見分けること
が重要となる。こうした行動原理の違いが、彼ら
の購買の意思決定や様々な商品の評価に影響が
「消費者の苦悩」がもたらす影響
景気の見通しは未だ不透明であるが、消費者の
苦悩が小売業界の動きに及ぼす影響を系統立て
て検討することは可能である。
例えば、米国などの先進国では、人々はいつ
でも、どこでも、あらゆるものを欲している。そこ
での傾向を探ってみれば、人間は、マズローの欲
消費者の個人的な経験と苦しみ
世界的な景気後退は、消費財業界 費者の不安は増大の一途であり、気 格が著しく低下し、多くの人々が窮
地に陥った。住宅ローン残高が住
の傍を通り過ぎていくだけではない。 分が高揚するわけがない。
それどころか、消費者観点の根本の こうした報道に煽られた不安感 宅価値を上回るケースも出ている。
何かを、がらりと変えてしまった。そ に加え、直接的な経験もマイナス材 例えば 英 国では、2009 年 1 月~
れは小売ビジネスを形成し、かつ何 料として働いている。失業率の上昇 4 月の間に住宅の平均価格が前年
年もその影響を及ぼすものである。 は他人事ではない。世界中の多く 比で 12%低下した。米国でも住宅
このことを理解するために、まずは の国で数十万から数百万人が職を 平均価格は、2007 年から 2008 年
世界経済危機の中で消費者が個人 失い、友人や家族といった身近な にかけて 15%以上の低下となった。
的にどのような経験をしているのか 人々が失業する可能性も高い。米 これらすべてが、消費者の信頼感を
国では、2009 年 2 月だ けで失 業 深く傷つけてしまった。さらに、その
を知る必要がある。
消費者は、世界的な不景気や金 者数が 85 万 1,000 人から 125 万 回復の兆候は現時点では皆無であ
融危機についての報道に嫌と言う 人まで増加した。EUでも、2009 年 る。
ほどさらされている。グローバルメ の失業者数は 450 万人に達し、失
ディアやテクノロジーの進展によっ 業率は前年の 7%から 9%に上昇
て、人々は暗澹たる経済ニュースを すると見られている。また英国でも
四六時中、目や耳にしている。今現 2010 年後半の失業者数は、現在よ
在のロシアの失業率も一瞬で調べ り 50%多い 320 万人となり、失業
ることが可能であり、破綻した米銀 率も 8%へ跳ね上がると予測されて
の最新ニュースも、スペインの建設 いる。
業界が行き詰まった理由もすぐ分 住宅価格の下落も消費者に直接
かる。このような状況にあれば、消 的な衝撃を与えている。不動産価
Abraham Maslow (1908-1970) was an American psychologist who postulated that humans seek to satisfy their needs in progressive levels from the most basic
(food, water, sleep) to the most elevated (creativity, morality).
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求階層理論で言う高次元へ進むにつれ、多様な
米国には、世界的な効率性を誇る企業、ウォ
ニーズを抱くようになり、欲求充足がより難しくな
ルマートがある。サプライ・チェーン管理は完璧
る。生理的欲求や身の安全といった基本的なニー
であり、完全統制がなされているITシステム、一
ズは当然満たされている。それだけでも消費者の
分の隙もない在庫仕分け管理、魅力的な価格設
動向は読みづらくなっているが、そこに不況とい
定などによって、同社は 「 消費者の苦悩 」 から利
う要素が加わり、予測はほぼ不可能になった。マ
益を生む体制を作り上げている。本格的な世界
ズローの欲求階層では、消費者は購入品の質を
不況への突入後、売り上げを伸ばした小売企業
落とすことを嫌う傾向がある。そうせざるを得な
は非常に少ないが、ウォルマートはその一社に数
い場合でも、進んでやっているわけで
はない。
こうした状況への消費財メーカー
や小売企業の対処法に関し、A.T. カー
ニーは次の 3 つの結論を導出した。
•• 消費者は、業務の遂行能力や経営
能力に欠けるメーカーに寛容では
ない
•• 一回こっきり作ったきりのバリュー・
チェーンでは、多様化する消費者
のニーズを効果的に満たせない。
組み込み対象範囲を拡大した、す
なわち、より消費者を意識したバ
リュー・チェーンの確立により、真
の差別化が可能となる。
•• 消費者は、複雑化が増す自らのニーズの完全
な充足を希求している。
次に、これらの内容を詳しく説明していく。
能力の低い企業は見放されるだろう
効率性はいつの時代にも重視されてきたが、金融
危機後は、効率性こそが企業の生命線となる。そ
の理由は明快である。1 年前よりも多くの消費者
が、使った金はもう戻ってこないと気づいたから
である。そのため、彼らは効率的かつ効果的と思
われる最大の価値と提案を追求する。これは、消
費者が最低価格の品物を欲していることを必ずし
も意味していない。支払った金額に対して最大価
値を得たいと考えていることを意味する。
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経済危機以前の顧客の欲
求がなんであれ、今は変化
してしまった
えられる。2009 年 4 月 30 日までの 3 か月間に
おける同社の売り上げは、前年比 3.6%増(注 2)と
なった。他の小売企業には夢のような数字と言え
よう。
(注2)米国内の同一店舗売上高。
ガソリンは除く。
そのほかにもウォルマートは、2010 年の会
計年度中に 2 万 2,000 人を新規雇用し、国内の
142 店舗を 157 店舗に拡大する予定だと発表し
ている。
オランダ最大のスーパーマーケット・チェー
ンであるアルバート・ハインは、富裕層向けの高
級店と考えられてきた。しかし、数年前から規模
の経済性を追求し、オランダの消費財市場全体
を巻き込む価格戦争の引き金を引いた。現在の
アルバート・ハインは、かつてのアルバート・ハイ
U.S. same-store sales, excluding gasoline sales.
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ンではない。消費者は製品価値そのものに対価
にも増して成功のための必須条件となったことが
を払い、企業の非効率性によるコストに対しては
挙げられる。幸いなことに規模の経済については、
一銭も払わずにすむという、高効率の小売企業へ
大半の小売企業やメーカーは M&A により実現可
と変貌したのである。同一店舗の売上高で見ても、 能である。規模の経済を追求する企業は、M&A
2009 年第 1 四半期では前年同期比で約 5%も
を機敏に実行し、競争力の強化を図るべきである。
増加している。
もともとディスカウント・ショップであるリドル
業の独自ブランド)への流れを促した。今や、小
やアルディといった企業も、不景気の最中に売り
売企業は、望む条件に完全に合致する製品を自
上げを伸ばしている。だが、すべての安売り店が
ら製造できる時代なのである。PB はとりわけ欧
同じ結果を得たわけではない。今の消費者が、価
州と北米で人気が高く、市場への浸透率は 20 ~
多くの市場で小売企業の統合は、PB(小売企
格そのものだけではなく、支払う金額の対価とし
25%に達し、いまだに急成長中である。PB の売り
ての価値も重視していることは明らかだ(コラム
上げを小売企業による自社ブランド製品の「製造
「特定の価値を買う」参照)。このことは、昔なが
量」と見なした場合、グローバル消費財メーカー
らのバリュー・チェーンにとらわれている小売企
のトップ 10 にPB を展開している企業が 5 社も
業やメーカーにとって、多くの示唆に富む。
並ぶほど、このビジネス・モデルの勢いはすさま
じい(図参照)。ウォルマートの PB 商品の売り上
その中でも、効率性と規模の経済性が、以前
図表
世界上位の食品メーカー: 半数は小売企業が占める
400
他社ブランド
350
300
1
0
100
億ドル︶
年総売上高 ︵単位
2
0
0
7
自社ブランド
245
250
200
150
93
150
50
0
54
4
80
ウォルマート ネスレ
70
アルトリア
68
60
P&G
アルディ※
28
53
51
50
ジョンソン ユニリバー カルフール
&
ジョンソン
50
43
テスコ
リドル※
注: 売上額は、各企業の会計年度中の対米為替レートで算出。他社ブランド製品には、小売企業の付加価値およびマージンは含まない。
※ ルディの売上高はアルディ・スート、リドルの売上高はシュバルツ・グループおよびカウフラントの売上を含む。
出所:「Planet Retail」
(2007)、
「Fortune Global 500」
(2007)、A.T. Kearney分析
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げは、ネスレやアルトリア、プロクター・アンド・ギャ
欲求の理解に努める。金融危機以前の商品構成
ンブルの総販売高を上回っている。
や品揃え、消費者の嗜好に関する知見に捉われ
やや話はそれるが、こうした現象によって、 ることなく、正しく再評価しなければならない。不
メーカーの観点からPBをどう扱っていくか(正確
況以前の顧客の好みが何であれ、現時点でまった
には、PBといかに対抗していくか)という議論が
く異なる可能性は十分にある。
チャネルとフォーマットの合致 流通チャネル
活発化している。現在の PB 商品は、メーカーと互
角に張り合う手ごわい競争相手となっている。PB
と店舗フォーマットを正しく合致させることにより、
競争に直面したメーカーは、劇的に効率性を改善
顧客の好みに適う商品が提供可能となる。地域
させている。PBという新たなライバルが武器とす
化や地元特化の商品構成の展開は、地元固有の
る効率性に対抗するための努力の結果である。
ニーズの反映に繋がる。 このように、メーカーは同業者ばかりでなく顧
サプライ・チェーンおよび店舗運営の再構築
客である小売業とも戦わねばならなくなった。以
こうした顧客ニーズに合わせた品揃えや流通チャ
前は PB はナショナルブランドよりも格下であった
ネルを可能にし、かつ最大限の効率性を備えるサ
が、今やその枠を飛び出した。競争はますます激
プライ・チェーンと店舗オペレーションを設計し
化しており、PB の中には高級ブランド品と遜色な
構築する。すなわち、これらは内部的な齟齬や脆
いユニークで創造性に富む製品も現れ始めた。
弱なリンク部分がないこと、また、規模の経済の
ポテンシャルからの利益喪失を回避し、過剰な複
現在のような厳しい競争を強いられる環境下
では、勝つための戦術もおのずと決まってくる。確
雑性の排除の徹底化を意味する。
認すべきチェックポイントを挙げる。
真の競争力にもとづく顧客とのコミュニケー
消費者ニーズの把握 世界的不況を踏まえ、 ション 消費者は、価値に対しては今でも金を支払
入手可能なすべての情報を駆使して、消費者の
うが、企業の非効率性に対しては容赦がない。企
特定の価値を買う
現在の経済状態が続けば、消費者は 則った食べ物)の販売をすでに始め 生み出す最大のきっかけを作ったの
より付加価値の高い代替製品を積極 ている。加えて、今日の消費者は数 は、消費者自身であると言える。消費
的に探すようになっていくだろう。そ 年前に比べてもさらに要求度を高め、 者は自分の属するセグメントにとどま
「バラエティに富んだニーズを
うしたニーズの多様化にどう対応す より多くのものを求めている。米国の らず、
べきだろうか。まず初めに、ニーズ 消費者調査では、提示された 8 種類 持つ」購買層へと進化したのだ。会
だけではなく消費者自身が多様化し の購入チャネルのうち、全体の 73% 社負担の出張なら喜んでビジネス・
ている事実がある。多くの先進国で が 5 種類以上を利用していることが クラスを利用するが、自腹を切る場
合は格安チケットを買い、団体扱い
は、特定のニーズを有する高齢者層 明らかとなっている。
が新たな消費者セグメントを形成し 消費者は商品さえ手に入ればよ で飛行機に乗り、預け入れ荷物や機
ている。多くの社会で多文化性が高 いと考えているわけではない。信頼 内での飲食代を払うのも厭わない。
ヘルシーで安全、
サステナビリティ スーパーマーケットでも同じ光景が
まっており、その過程で無数の特殊 性、
なニーズが生まれている。マクドナ ( 環 境 へ の 配 慮 )といった商 品 の 見られる。消費者は、同じ日の午後に、
ルドのいくつかの店舗では、イスラ 特性や、その商品が提供してくれる サービスの良い高級店とディスカウ
ム教徒の消費者の要望に応えるため、 経験などに以前よりも敏感になって ントスーパーのそれぞれの価値を比
ハラル・フード(イスラム教の教えに いる。だが、特殊な消費者ニーズを 較して、買い物をするのだ。
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業のレピュテーション(評判)が極めて重要になる。 くつも持っている。特筆すべきは、メーカーと小
こうした課題に取り組み、現状打破に成功し
売企業に接点がないということだろう。PB の場合、
ている企業は多い。全体カテゴリー戦略や市場
消費者ニーズに完全に合致するように、小売企業
ポジショニングによる品揃えによって、製品数の
という単体の観点からによる最適化によって、小
40%以上も削減する合理化が実現したケースも
売企業自らが商品を企画し製造するのである(コ
散見される。これは調達やサプライ・チェーン、店
ラム「特別仕立てのバリュー・チェーン」参照)。
舗の効率性などの改善による成果であることは明
らかである。
チェーンの構築は、金融危機以前からの顕著なト
明確な消費者ニーズに適応するバリュー・
レンドであった。すでに十分多様化している上に、
消費者ニーズに合致する特別仕立てのバ
リューチェーンの構築 PB の成長は、興味深い
現象というだけにはとどまらない。なぜなら、従来
と異なる新しいバリュー・チェーンが、特定の消
費者ニーズを満たせることが証明されたのだ。PB
は、メーカーと小売企業が協働して築いてきた伝
統的なバリュー・チェーンから逸脱した要素をい
さらに今現在も多様化が進む消費者ニーズを、単
一のバリュー・チェーンではもう満たすことは不
可能であるからだ。また小売企業が他社との統合
により規模を拡大したために、PB 戦略の遂行が
容易となったことも要因である。
消費者は不景気の中、これまで当たり前だと
考えられてきた行動を見直している。新しいタイ
特別仕立てのバリュー・チェーン
特定のニーズに合わせて作り上げ が手に取ってくれなくなってしまう。
たバリュー・チェーンの好例が、スー ところがある包装材企業が、こと企
パーマーケットの食肉売り場に存 業間サプライチェーン(エクステン
在する。スーパーで肉を売るときは、 デッドサプライチェーン)において
肉を保護し鮮度を保つために、プラ は、まだイノベーションの余地があ
スチック・トレイに入れラップをか ることを証明してくれた。同社が開
けるのが普通だ。いくつかの理由に 発した包装材を使うと、トレイをは
よって、プラスチック・トレイの大き るかに薄くすることができる。トレイ
さの標準化は、ごく当たり前と考え 自体を強化し、密封された容器の内
られてきた。サイズのバリエーショ 部気圧を高くして、外側から力がか
ンが少なければ、調達が容易になり かってもラップがへこんで肉に触れ
包装ラインの効率化にもなる。だが、 ないようにしたのだ。
肉一片の標準の厚さ
(約 20ミリメー この包装材の恩恵は、サプライ
トル)に合わせるために、トレイの チェーンに連なるすべての段階の
サイズもかなり大きくなってしまった 商品の輸送・配送にも波及し、非
(特に厚みが増した)。ある程度の 常に大きなものとなった。輸送ボ
厚みが必要なのは、ラップが中の肉 リュームを削減でき、トレイの製造
に接触しないようにするためでもあ 原材料も少なくて済む。耐久性にす
る。ラップが触れていると肉の鮮度 ぐれ、取り扱いも容易になった。小
が落ち、色も悪くなるので、消費者 売業者も同様に恩恵にあずかって
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いる。パッケージの小型化で棚に余
裕が生まれ、さまざまな商品を並べ
られるようになったのである。薄い
トレイなら斜めに傾けて陳列できる
ため、消費者も中味を確認しやすい。
従来の分厚いパッケージでは、真上
から見なければ中の肉を目視する
ことはできなかったためだ。
こういった最適化の試みは、必
要不可欠なものと考えることが求め
られる。より効率化された競争環境
下で競合との戦いを担保するため
には、小売企業のみならず、
(高級
ブランドであれ PBであれ)メーカー
もサプライチェーンで可能な改善点
を模索しなくてはならない。またそ
のイノベーションへの取り組みにサ
プライヤーを巻き込む方法を考え
るべきである。
プの商品やアイディアをよりオープンに受け入れ
るようになってきている。例えば、アマゾン・ドット
コムは、世界が大不況に見舞われ、消費者がクリ
スマスのショッピングを控えようとしていた 2008
年度期に、史上最高の収益と年末商戦の売り上
げを記録した。同じくイージージェットも 2008 年
第 4 四半期に売り上げを大きく伸ばした。多数
の新規顧客を獲得した結果、搭乗客数は前年に
比べ 10%以上、1 席あたりの実質ベースの収入
も 14%以上の増加となった。両社とも、従来とは
異なる顧客ニーズを徹底的に訴求したバリュー・
値を提供する理想的な方法を決定し、必要と
なるリソースの調達リストを作っておくべきで
ある。
••どのようなタイプの協働体制が必要になり、誰
の関与を求めるのかを見極める。先の調達リ
ストをもとに、実際に機能するバリュー・チェー
ンに落としこむ。
•• 価値をバリュー・チェーンに閉じこめておける
よう適切な修正を加え、その価値の魅力的な
部分を確実に獲得可能にする。
チェーンを持つ企業だ。アマゾン・ドットコムは路
面店を所有しない。イージージェットはコー
ル・センターを活用し、かつインターネット
による顧客への直接販売を行っている。
不況期は、より優れた新しい方法で、特
定の消費者ニーズに合致するバリュー・
チェーンを生み出すのに絶好のタイミング
と言える。
複数の企業をまたぐバリュー・チェー
ンを、様々な消費者ニーズの各層に適応さ
消費者は好んで安物買
いや倹約をしているので
はない
せていくことは、一朝一夕にはできないこ
とだ。だが、そうした戦略を策定することで、
自社がどの方向を目指すべきなのか、また確実に
消費者が追求するのは本物の充足感だ 先に論じたとおり、「 消費者の苦悩 」 はその行動
めの不可欠な知見が培われるだろう。現在の厳し や嗜好に大きな影響を与えるが、消費者は本質
い環境の中で、多くの企業が答えを探し求める余 的に安価なものを追いかけているわけではない。
り、集中力を欠くことになるかもしれないが、自分 選択できるのなら、経済危機以前の消費パターン
たちのニーズを積極的に満たそうとする消費者を、 を維持したいとする人が大半ではないだろうか。
引き寄せ、獲得する方法を企業は探る必要がある。 消費者が、可能であれば、自らのニーズを十
企業バリュー・チェーンと消費者ニーズの特 分に満足させてくれるものを手に入れたいと考え
定部分をマッチさせるには、次のような事柄を念 ることは、必然である。他にどうしようもないとき
頭に置くとよい。
や、何らかの障害が本来の望みを妨げる場合に
•• 自社が訴求する真の価値がどのようなものか のみ、経済的な割安商品を購入する。このことは、
を見極める。そのためには、顧客が本当に欲し 付加価値や高級感などを意識したイノベーション
ているものや、その中で自社が満たすことので の余地が十分あることを意味する。
きるものを理解しておかねばならない。
多様性を増す消費者ニーズの充足に成功す
•• 焦点を絞るべき価値を割り出したら、それを基 るための秘訣は、実はきわめて簡単なことである。
軸にオペレーションを特化させる。事前に、価 彼らの望みを理解し、適切かつイノベーティブな
この不景気を乗り越え、勝者となる方法模索のた
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方法でそれをかなえてやればよいのだ。ただし、
企業は、なすべきことに対し先入観を持つと、根
拠のある決断も揺らぐ場合があるので注意が必
要である。
次に留意点を挙げる。
それでも道のりは険しい
経済危機で小売企業の経営が容易になることは
ありえないが、イノベーションと成長の機会をもた
らすことは、確かである。今日の不況は、勝者と落
伍者を選別する試練である。しかし、経済危機に
••コスト削減が不況を乗り切る唯一の対策では よる小売業界の新たな動きを活かして利益を得
ない。過去何度もあった不況時にも卓越した るためには、忘れてはいけない重要ポイントがあ
戦略やアイディアが生まれたことが幾度もあり、 る。
その中には投資が必要なものもあったからで 真の効率性は、従来のメーカー/小売の関
ある。
係性の中で達成されなくてはならないことと、他
•• 消費者が値下げや経済性ばかりを求めている
と考えてはいけない。むしろ、不況によっても
たらされた苦悩から逃れたがっている。
•• 自社と消費者や顧客とのコミュニケーションを
途切れさせてはならない。また、彼らについて
書かれたことや一般的に信じられていることを
鵜呑みにしてはいけない(本稿での我々の議
論もこれに含まれていることを承知の上であえ
て申しあげる)。
社との差別化は製品そのものではなく、バリュー・
チェーンで全体実現されなくてはならないことで
ある。そして、小売業界がより安定した未来を手
に入れるためには、消費者の苦悩ではなく、真の
消費者ニーズを推進力にすることである。すなわ
ち、値下げ競争ではなく、イノベーションに機会を
見出すべきである。
執筆者
ジリス・ヨンク(Gillis Jonk)とヨス・ラインス(Jos Leijnse) は共にA.T. カーニーパートナーであり、同社
アムステルダム・オフィスを拠点に活動している。
A.T. Kearney is a global management consulting firm that uses strategic
insight, tailored solutions and a collaborative working style to help clients
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CEO-agenda issues to the world’s leading corporations across all major
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