経済学Ⅱ マクロ経済学 講義ノート

2007 年
経済学Ⅱ
マクロ経済学
講義ノート
1
目次
第 1 章 国民所得 ・・・・・・・・・・・ 3
第 2 章 財市場
・・・・・・・・・・・ 14
第 3 章 貨幣市場 ・・・・・・・・・・・ 25
第 4 章 IS-LM分析 ・・・・・・・・・ 30
第 5 章 総需要曲線・総供給曲線
・・・・ 36
第 6 章 動学的総需要曲線・総供給曲線 ・・ 41
第 7 章 経済成長理論
・・・・・・・・・ 47
第 8 章 財政金融政策
・・・・・・・・・ 51
第 9 章 マクロ経済理論の新展開
・・・・ 60
第 10 章 国際経済学 ・・・・・・・・・・ 65
2
第1章 国民所得
1−1 経済主体および経済循環
・ マクロ経済学とは
ミクロ経済学が主に個々の消費者や企業に着目するのに対して、
マクロ経済学は経済活動を全体として、大局的に分析する経済学で
ある。たとえば、1 国の経済や世界の経済を対象とする経済学である。
・ 経済主体
現代経済においては、多様な経済活動が営まれており、さまざまな経済
主体がその活動に関わっている。しかし、これらのすべてを考えに入れて
経済を理解するには複雑すぎるので、ここでは、とりあえず、企業、家計、
政府、金融機関の4つの経済主体について限定する。
企業 労働者を雇い、生産設備を使用して製品を製造。製品を
販売して代金を得て、その中から労働者に賃金を支払う。
家計 企業に労働力を提供し、給料を受け取る。その給料を使っ
て財・サービスを消費し、給料の残りを貯蓄する。
政府 租税を徴収し、公共投資を行ったり行政サービスを提供
金融機関 家計や企業から貨幣を預かり、別の家計や企業に資
金を貸し付ける。
政府
金融機関
預金
企業
金融機関
代金
家計
家計
預金
企業
商品
賃金
労働
税
税
政府
3
そして各経済主体が経済活動を行う場を市場といい、
マクロ経済学では、
財市場、貨幣市場、労働市場、債券市場を扱う。
・ フローとストック
フロー 一定期間の経済活動の成果を数量で表したもの。たとえば、
現実の経済活動における、所得収入、消費支出、投資支出、輸出
代金の支払い、税金などの年間の総額。
ストック 特定時点、その経済における富、資産などの所在量。現実
の、たとえば 4 月 1 日現在の、資産総額、国富、マネー・サプラ
イ、通貨発行高、貯金の残高など。
なお、
「貯蓄」というと、銀行に預金する場合を考えると、ある日、AT
Mで 1 万円を預け入れたこの 1 万円をさす場合と、その日現在の預金残高
を意味する場合がある。前者はフローで、後者はストックの概念である。
4
1−2 国内総生産
ここで扱うのは、ある国の経済活動の成果を現す指標である。大きな意
味で「国民所得」計算、あるいは国民経済計算と呼ばれる。
「国民所得」には、狭い意味にも使われるので注意を要する。
1 GDPとSNA
・ GDP Gross Domestic Product(国内総生産)
定義:
「国内で一定の期間に生産した粗付加価値の総額。
」
「国内」とは、国内に居住する自国民と、1年以上の長期間国内に居住
する他国民を含むということ。
付加価値
企業の生産額から中間生産物投入額を差し引い
た額。
中間生産物とは、原材料のことで、たとえばバン屋での小
麦粉のようなもの。
ある商品の販売額が 1 万円であり、その商品の仕入額が
5,000 円だとすると、付加価値額は 5,000 円。
「粗」
生産設備は使用すると消耗するがこれを資本減耗として
負の(付加価値)生産額として理解する。
本来はこの負の生産額を、生産総額から差し引くべきとこ
ろ、これを差し引かずに計算した総生産額を「粗い」指標で
あることを意味して、
「粗」という文字を付ける。
資本減耗 生産により生産設備(資本)が消耗すること。
資本というと、一般的には、資本金をイメージすると思われる
が、経済学で言う「資本」は資本金で調達した生産整備のことを
意味するので注意を要する。
5
・ SNA System of National Accounts(国民経済計算体系)
国連が定めた所得統計の概算基準。国連の拠出金配分の公平を期する目
的で作成された。
GDPが国内の総付加価値生産額を示すのに対して、一国の国民の付加
価値生産額を示す GNP ( 国民総生産:Gross National Product)があ
る。かつては、経済活動水準を表す指標は、通常GNPの方が使われてい
た。
GDP=GNP+(国外への支払い−国外からの所得の受け取り)
[資料]
出所:内閣府「国民所得統計速報」
、(グラフ=5 月 23 日更新)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20060406/101069/?cd=ov&M=busi&KW=000636
6
2007 年4−6月期実質GDP改定値、年率 1.2%減──3期ぶり減
内閣府が 10 日発表した 2007 年4―6月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響
を除いた実質で前期比 0.3%減、年率換算で 1.2%減と3四半期ぶりのマイナス成長となった。
改定値に反映する統計で設備投資が振るわず、8月の速報より前期比は 0.4 ポイント、年率
では 1.7 ポイント下方修正された。成長率の減速は昨年 10―12 月期から続いた高成長の反
動の側面があり、景気の回復基調は崩れていない。ただ米経済の減速懸念などから景気の
先行きには不透明感が出ている。
改定値は、民間調査機関による事前予想の平均(実質で前期比 0.2%減)を下回った。実質
0.3%減のうち、国内と海外がどれだけ影響したかの内訳を見ると、内需がマイナス 0.3%分
(速報値は 0.1%分)、外需は 0.0%分(同 0.0%分)だった。
過去の数値もさかのぼって改定した結果、これまで前期比 0.1%増だった 06 年7―9月期
が 0.1%減に下方修正され、3四半期ぶりのマイナス成長となった。マイナス幅は 03 年1―3
月期(0.4%減)以来の大きさ。名目の改定値は前期比 0.2%減。速報値と同様、名目成長率
が実質を下回る「名実逆転」状態は解消された。
4―6月期はGDPの7割を占める設備投資と個人消費がともに伸びなかった。特に今回
の成長を支えてきた設備投資は前期比 1.2%減(速報値は 1.2%増)となり、速報値から一転、
2四半期連続の減少となった。
改定値で初めて反映される法人企業統計の設備投資が4―6月期に 17 四半期ぶりに前年
同期を下回ったためだ。ただ、エコノミストの間では「減少は一時的」との見方が多い。企業
収益が好調なうえ、生産や輸出も持ち直しの動きが出ているためで、企業部門は底堅さを維
持するとの予想が大勢だ。
個人消費は 0.3%増(速報値は 0.4%増)。3四半期連続でプラスだが、自動車のほか、たば
こなどの消費が振るわず下方修正された。
[2007 年 9 月 10 日/日本経済新聞 夕刊]
7
図
産業連関表のモデル
┌─────────┬─────────┬────────┬─┬─┬─┐
│
│
│
│ │ │ │
│
需要部門 │
中間需要
│
最終需要
│需│|│国│
│
│
│
│ │ │ │
│
├───────┬─┼──────┬─┤要│控│内│
│
│
│ │
│ │ │ │ │
│
│1 2 3 …│計│家民一国在輸│計│合│除│生│
│
│
│ │
般内
│ │ │ │ │
│
│
│ │計
総庫 │ │計│|│産│
│
│
│ │
政固
│ │ │ │ │
│
│農 鉱 製
│ │外間府定
│ │ │輸│額│
│
│林
│ │消消消資
│ │ │ │ │
│
│水
造
│ │費費費本純 │ │ │入│ │
│
│産
│ │支支支形
│ │ │ │ │
│供給部門
│業 業 業
│A│出出出成増出│B│ │C│※│
├─┬───────┼───────┼─┼──────┼─┼─┼─┼─┤
│ │
│
│ │
│ │ │ │ │
│ │1農林水産業 │
列 生産物の販売先構成(産出)│ │ │ │ │
│ │
│
│
│ │
│ │ │ │ │
│中│2鉱 業
│行─┼────┼─┼──────┼─┼─┼─┼→│
│ │
│
│
│ │
│ │ │ │ │
│間│3製 造 業 │ 原│
│ │
│ │ │ │ │
│ │
│ 材│
│ │
│ │ │ │ │
│投│・
│ 料│ ア
│ │
ウ
│ │ │ │ │
│ │
│ 等│
│ │
│ │ │ │ │
│入│・
│ の│
│ │
│ │ │ │ │
│ │
│ 中│
│ │
│ │ │ │ │
│ ├───────┼─間┼────┼─┼──────┼─┼─┼─┼─┤
│ │
│ 投│
│ │
│ │ │ │ │
│ │計
D│ 入│
│ │
│ │ │ │ │
│ │
│ 及│
│ │
│ │ │ │ │
├─┼───────┼─び┼────┼─┼──────┴─┴─┴─┴─┘
│ │
│ 粗│
│ │
│ │家計外消費支出│ 付│
│ │
│ │
│ 加│
│ │
│粗│雇用者所得
│ 価│
│ │
│ │
│ 値│
│ │
│付│営業余剰
│ の│ イ
│ │
│ │
│ 構│
│ │
│加│資本減耗引当 │ 成│
│ │
│ │
│ ││
│ │
│価│間接税
│ 投│
│ │
│ │
│ 入│
│ │
│値│(控除)補助金│ ││
│ │
├─┼───────┼──┼────┼─┤
│ │計
E │
│
│ │
├─┴───────┼──┼────┼─┤
│国内生産額D+E │
│
│ │
└─────────┴───────┴─┘
出所:http://www.stat.go.jp/data/io/system.htm
8
1−3 帰属価格
本来価格の付かない経済活動でも、帰属価格(本質的にその財・サービ
スに備わっている価格)を推定して国民所得計算に入れるものがある。
帰属価格の例
公共財 供給するために要した平均費用。
持ち家
賃貸住宅の市場における同じ水準の住宅サービスの家
賃。
農家の自家消費 農作物の市場価格。
帰属価格としない例
公害 市場が成立せず客観的に評価できない。
余暇
市場価格が存在しない上、余暇時間数を正確に把握でき
ない。
主婦の家事労働
市場で評価されない愛情・献身・信頼などと
いう感情が大きな要素となる。
1−4 物価指数
異時点の国民所得を客観的に比較するため、不変価格での表示が必要と
なり、このために物価指数が用いられる。
生産量が同一である場合の異時点間の国民所得の比を物価指数という。
各時点の数量を固定して個別価格の上昇率の加重平均を出す。
基準時点(0期)の生産量でウェイトするものをラスパイレス指数、
比較時点(1期)の生産量でウェイトするものをパーシェ指数という。
ラスパイレス指数の場合、同じ消費水準を維持するのに、基準時点にた
いして比較時点では、どれだけ余計にかかるかを表す。
9
基準時点をウェイトとするラスパイレス指数の場合、このウェイトの改
定の頻度を少なくすることができる。
日本では5年に1度改定している。
・ 名目国内総生産と実質国内総生産
国内総生産の金額が増加しても、かならずしも国の経済力や国民の購買
力の上昇を意味しない。すべての財・サービスの価格の平均値である物価
が変化すると、たとえば、上がると、真の経済力の増加は、物価上昇分だ
け国内総生産の増加を下回ることになる。
そこで、
実際の経済において収集したGDP統計額を名目GDPと呼び、
これを物価上昇率でデフレート(除する)させた真の経済力を示すGDP
のことを実質GNPと呼ぶ。
名目GDP
――――――――――― = 実質GDP
GDPデフレータ
GDPデフレータ 消費財、投資財、輸入品などの物価指数を、その
年の支出額で加重平均した指標。今年の物価水準が前年の物価
水準の何倍に当たるのかを示す。たとえば、1 年間に 5%の経
済成長があった場合、GDPデフレーターは 1.05 となる。
・ 経済成長率
今年のGDP − 前年のGDP
経済成長率(%)= ――――――――――――――― × 100
前年のGDP
経済成長率にも実質と名目がある。
(注意)前年のGDPで割り算をする。
10
11
1−5 国民所得
・ 国民所得
一定期間、ある国において財・サービスの生産のために投入した生産要
素に支払われた費用の総額。
生産要素 労働用役、資本用役、賃貸用役など。
要素費用 賃金、利子、賃貸料、利潤など。
国民所得 = 国内総生産 − 資本減耗 − (間接税 − 補助金)
= 国内純生産 − (間接税 − 補助金)
国内総生産は市場価格表示であるのにたいして国民所得は要素費用表示
である。
市場価格表示とは、日常的に目にする、店頭に表示された正札の値段で
表示したもの。
要素とは生産要素のことであり労働・資本・土地のことであるので、そ
の費用は、労働に対する支払い額である賃金、資本に対する支払額である
レント、土地ら対する支払額である地代のことである。
要素費用表示とは、これらの賃金・レント・地代など生産要素価格の総
額で表示したもの。
市場価格表示は要素費用表示に比べて間接税だけ大きく、補助金だけ低
くなる。
・ 国内総支出
国民所得の支出面を示す指標。
民間部門の支出に政府支出を加えると国内での総支出額が得られるが、
国内総支出は、この額に海外の消費者の支出額を加えて算出する。
12
国内総支出 = 民間消費 + 民間粗投資
+ 政府支出 + (輸出 − 輸入)
なお、民間粗投資=民間純投資+資本減耗
(粗投資=)総資本形成=総固定資本形成+在庫品増加
1−6 三面等価の原則
三面等価の原則 国民経済における総活動を生産、分配、支出
の3つの面でみたとき、必ずそれらは等しくなる。ただし、
統計実務上、国民総生産、国民総支出、国民所得の値が一
致することを意味する訳ではない。
生産面:国内総生産 (=総供給)
分配面:国内所得 + 資本減耗 + (間接税 − 補助金)
国民所得は、要素費用表示であるため、
(間接税−補助金)
を足して市場価格表示に換算する。
支出面:国内総支出 (=総需要)
国内総生産
産出額 924.9
-中間投入 433.5
付加価値 491.4
+統計上の不突合 4.7
国内総生産 496.1
+海外からの所得(純)
9.6
国民総所得
505.7
数値は2004年。(単位:兆円)
国民所得<分配>
付加価値
491.4
営業余剰・混合所
得
92.9
雇用者報酬
255.4
生産・輸入品に
課される税-補助金
37.6
固定資本減耗
105.4
付加価値 491.4
-固定資本減耗 105.4
+海外からの所得(純) 9.6
市場価格表示の国民所得
395.6
-生産・輸入品に課される
税・補助金 37.6
要素費用表示の国民所得
358.0
国内総支出
最終消費支出 374.0
+総資本形成 112.4
+財貨・サービスの輸出
66.3
-財貨・サービスの輸入
56.7
国内総支出 496.1
+海外からの所得(純) 9.6
国民総所得 505.7
出所 : http://www.amy.hi-ho.ne.jp/umemura/konna/gdp2.htm#kokumin
13
第2章 財市場
2−1 有効需要の原理
1929 年、ニューヨークのウォルストリートで株価が暴落。世界的な大不
況の時代に突入する。
大不況に対して、新古典派経済学は非力であった。J・M・ケインズは、
新古典派経済学を確立したマーシャルへの批判として、1934 年、
『雇用、
利子および貨幣の一般理論』
(
『一般理論』
)を著した。その柱となるのが、
有効需要の原理である。
有効需要の原理
総有効需要の大きさこそが国民所得の大き
さであり、それが社会全体の生産規模を決めるとした。
失業が発生するのは有効需要の不足が原因であり、有効需要を拡大する
政策の重要性を主張した。
2−2 総需要
1 最も単純なケース
政府と対外活動を無視した単純な状況では、総需要は、消費と投資とな
る。
YD = C + I
YD:総需要
C:消費支出
I:投資、所得に依存しない独立投資
総供給は、生産は常に所得に等しいという恒等関係を示す 45°線で示さ
れる。
14
総需要線が 45°線の下になると
総需要
総供給
き、過剰供給となり、生産を縮小。 C+I
逆に 45°線の上となるときは、過剰
供給超過
需要となり生産を拡大する。その結
総需要
果、総需要線と 45°線の交点に収束
し、均衡国民所得(Y*)が決まる。 需要超過
また、総需要と総供給の均衡条件
は、貯蓄が 45°線と総需要線の差で
示されるため、後述する貯蓄と投資
O
Y*
Y
総供給
の均衡条件と同じである。貯蓄曲線
と投資曲線の交点でもまた均衡国民所得は決まる。
2 政府部門の導入
政府部門を考慮すると
総需要 YD = C + I + G
YD:総需要 国内総支出(GDE)
C:消費
民間最終消費
I:投資
民間粗投資
G:政府支出
3.開放経済における総需要
貿易が行われる経済を開放経済(オープン・エコノミー)という。開放
経済における総需要は次の通り。
需要関数 YD = C + I + G + (X - M)
YD:総需要 C:消費 I:投資 G:政府支出
X:輸出
M:輸入
15
2−3 消費の理論
1 ケインズの消費関数と貯蓄関数
所得が変化すると、消費がどう変化するのかを示すのが消費関数。
所得は、一部が消費され、残りが貯蓄されるので、この消費関数から貯
蓄関数が導き出される。
消費
消費関数 C = C0 + cY
C
消費曲線
C:消費
Y:所得
c 限界消費性向
C0
C0:基礎消費−
⊿消費
c:限界消費性向 = ―――――――
⊿可処分所得
可処分所得 YD = Y - T
O
所得
Y
限界消費性向 所得の中から消費に使われる額の比率。
基礎消費 所得ゼロであっても生命を維持するために必要な消費水準。
可処分所得 所得から課税額を差し引いた、自由に使える所得。
ケインズ型消費関数では、限界消費性向は所得にたいして不変。平均消
費性向は所得が上昇するにつれて低下する。
消費
平均消費性向 = ―――――
可処分所得
貯蓄関数 S = Y − C = −C0 + (1 − c)Y
1 − c : 限界貯蓄性向(s)
限界貯蓄性向 所得の中から貯蓄に回される比率。
16
2 ケインズ型消費関数の問題点と諸仮説
クズネッツは、アメリカにおいて、異なる所得階層に関する消費データ
を検証して、短期的には、平均消費性向は所得の増加により減少するとい
う結論を得たが、年次データを利用した長期分析では、平均消費性向は一
定であった。短期はケインズと一致するが、長期は矛盾していた。この矛
盾を説明するために多くの仮説が提起された。
・ 相対所得仮説(デューゼンベリーにより提案された仮説)
時間的相対所得仮説
前期の所得に比べて今期の所得が大きく変化しても、消費行動はそれほ
どには変化しない。これが短期の場合で、長期においては、所得変化にた
いして消費行動を対応させるに十分な時間があるため、平均消費性向は一
定となる。
景気が悪化しても消費が過去の所得に影響されてあまり減少しないこと
から、景気に対して歯止め効果(ラチェット効果)があるとした。
空間的相対所得仮説
消費は、同一の所得層の人々の消費行動によって影響を与えられる。
この場合の消費関数は、つぎのとおり。
C = aC + cY
C:同一の所得層の平均消費額
Cは、短期的には一定であるが、長期的にはYとともに変化する。
デモンストレーション効果 消費支出が自身の所得だけでなく他者
の消費様式に影響を受けること。
17
・ ライフ・サイクル仮説(モジリアニらによって提案された仮説)
消費は、むしろ生涯所得によって依存するという考え。
消費関数
W+RY
W
R
C = ―――― = ―― + ―― × Y
T
T
T
W:資産
毎期所得Yを受取り、R年後に退職、T年間生きる
Wは短期的には一定であるが、長期的には所得により影響される。その
ため、平均消費性向は、短期では所得の増加にたいして減少するが、長期
では一定となる。
・ 恒常所得仮説(フリードマンにより提案された仮説)
所得を安定して得る恒常所得と、あらかじめ予期できない一時所得であ
る変動所得に分け、消費は恒常所得により決定されるとした。
消費関数
C = aYp
aYp
平均消費性向 C
―― = ――――――
Y
Yp + Ya
Yp:恒常所得
Ya:変動所得
短期的には変動所得の影響を受け、長期的には変動所得の影響はないと
考えた。その結果、短期平均消費性向は所得の増加にたいして減少し、長
期平均消費性向は、定数aとなるとした。
そのほか、ガルブレイスは、消費行動が大企業の宣伝・広告に影響される
とする依存効果があるとする。
18
2−4 投資の理論
1 投資の変化
投資の変化により投資曲線が
シフトし、貯蓄曲線との交点が
貯蓄、投資
S,I
貯蓄曲線
移る。
すなわち、投資の増加は、所
I'
I 投資曲線
ΔI
得を増加させ、さらにその増加
は投資の増加を上回る。
ΔY
貯蓄曲線の傾きは1−cであ
O
るので、
Y* Y*
I
所得
ΔI
――― = 1 − c
ΔY
1
ΔY = ――――― ΔI
1 − c
c:限界消費性向
・ 限界貯蓄性向の変化
貯蓄曲線の傾きを限界貯蓄性向という。その上昇は貯蓄曲線の傾きをき
つくし、国民所得を下げる。これを貯蓄のパラドックスという。
貯蓄のパラドックス
人々の貯蓄意欲が高まり貯蓄を増やしたと
しても、マクロ全体の貯蓄は変化せず、国民所得の低下をも
たらすということ。
人々が消費を減らすことが原因で企業は在庫を増やし、そ
の結果生産を縮小する。
19
2 加速度原理
投資は生産量の予想される増加分に比例して決定されるとするのが、加
速度原理。
生産量に資本係数(v)を掛けた値が資本ストックとなることから、資本
の変化分である投資量は生産量の変化分に加速度係数(v)を掛けた値とな
る。
加速度係数 生産費に占める資本投入量の率 (=資本係数)
It = v(Yt − Yt-1)
It:t期の投資量
Yt:t期の生産量
Yt-1:t−1期の生産量
v:資本係数,資本・生産費比率 K/Y
・ 加速度原理の問題点
① 資本係数を一定とすること。
コブ・ダクラス型生産関数では、資本と労働が代替的に使用され
ることから、資本・生産費比率である資本係数も変化する。
② 毎期望ましい資本ストックが達成されるということ。
3 ケインズの「資本の限界効率」理論
投資プロジェクトがn年間に生み出す収益の現在価値の総額(V)
R1
R2
Rn
V = ―――― + ―――――2 + ・・・・・・ + ――――――
(1+i)
(1+i)n
1+i
i:利子率
R:収益
投資プロジェクトの費用とn年間に生み出す収益の現在価値の総額が等
しい場合、
ぎりぎりこのプロジェクトは実行する価値があると考えて良い。
20
この時の利益率(ρ)を限界効率と呼ぶ。
これより利益率が低いと、将来の収益で投下資金を回収することができ
ない。
R1
R2
Rn
C = ―――― + ――――――2 + ・・・・・・ + ――――――
n
1+ρ
(1+ρ)
(1+ρ)
また、この割引率(ρ)を内部収益率と呼び、内部収益率ρが利子率
iを上回る限り投資は実行される。
内部収益率 投下費用を回収するために必要な毎年の利益率。
投資の限界効率 追加的投資の収益率
投資の限界効率は、投資額が大きく
ρ
なるに従って、一般に低下する。
資本の限界効率
i
利子率
ケインズは、投資は、期待収益率と
利子率(資本の限界効率)の関数である
とした。
ケインズの限界効率理論は、限界効
O
率と投資量の関係を説く。
2−5 均衡国民所得の決定
・ 総需要と総供給
総供給 Y = C + S + T
総需要 YD = C + I + G
C:消費 S:貯蓄 T:租税
I:投資 G:政府支出
・ 均衡国民所得
総供給、総需要の双方から消費支出を差し引くと、
21
I
投資支出
総供給 Y −C= S + T
総需要 YD −C= I + G
貯蓄、租税、投資、政府支出
S+T
I+G
S+T曲線とI+G曲線の交差する
S+T
ところで、均衡国民所得は決まる。
I'
政府部門を含まない場合と同じく、
I I+G
Δ (I+G)
S+T線の傾きは限界貯蓄性向(1−
c)であることから、均衡国民所得が
ΔY
Y* Y*
O
決定する。
I
所得
・ インフレ・ギャップとデフレ・ギャップ
社会的に望ましい国民所得は、完
総需要
総供給
全雇用国民所得である。均衡国民所
得が完全雇用国民所得に一致する保
インフレ・ギャップ
証はない。
総需要
均衡国民所得が完全雇用国民所得
と一致しない場合、これを一致させ
デフレ・ギャップ
るために必要な投資額あるいは政府
支出額の増減分をインフレ・ギャッ
プないしデフレ・ギャップという。
総供給
O
YF
完全雇用国民所得
完全雇用国民所得
働く意志を持つのに働けない非自発的失業
者のいない国民所得(国民総生産)の水準。
インフレ・ギャップ
均衡国民所得が完全雇用国民所得を上回る場
合、総需要が超過しており、インフレ・ギャップと呼ぶ。
投資・政府支出を減らす必要がある。
デフレ・ギャップ 均衡国民所得が完全雇用国民所得を下回る場
合。総需要が不足しており、デフレ・ギャップと呼ぶ。
投資・政府支出を増やす必要がある。
22
2−6 乗数効果
投資
新規に投資が行われると、国民所得が投資額の何
倍も増加する。この倍率を乗数という。
生産増
均衡国民所得式
総供給Y=総需要YD
消費増
この時の総供給Yが均衡国民所得Y*
Y* = C + I + G
= C0 + c(Y* ― T) + I + G ・・消費関数を代入
をY*について解く
1
Y* = ――――(C0 + I + G − cT)
1−c
Y* :均衡国民所得
ただし、租税(T)は、所得に依存しない税。たとえば、消費税。
から、投資I、政府支出G、租税Tのそれぞれの額の増減による均衡国
民所得の変化が明らかとなる。
・ 投資による均衡国民所得の変化
ΔY
1
――― = ―――――
ΔI
1−c
・・・ 投資乗数
・ 政府支出による均衡国民所得の変化
ΔY
1
――― = ―――――
ΔG
1−c
23
・・・ 政府支出乗数
・ 租税による均衡国民所得の変化
ΔY
c
――― = − ―――――
ΔT
1−c
・・・ 租税乗数
租税による国民所得への影響は、租税を差し引いた可処分所得の増減を
もたらし、その内の消費に支出される分が国民所得を変化させる。
そのため、投資や政府支出が全額国民所得に加えられるのに対して、減
税の場合は貯蓄に回される分、その効果が小さくなる。
・ 税金が所得に依存して決まる場合
上のモデルは、租税(T)がいずれも所得にたいして独立な税、たとえ
ば消費税のようなものとしたが、ここでは税額が所得で変化する場合を考
える。
租税関数 T = tY + T0
t:限界税率
限界税率 所得額に対する税額比率。
この時の均衡国民所得は、
消費関数と租税関数を代入して均衡国民所得Y*について整理すると、
1
Y* = ――――――――(C0 + I + G − cT0)
1−c(1−t)
たとえば、投資乗数は次のようになる。
ΔY
1
――― = ―――――――――
ΔI
1−c(1−t)
政府が、投資乗数、政府支出乗数、租税乗数を用いて均衡国民所得を変
化させる政策を総需要管理政策と呼ぶ。
24
第3章 貨幣市場
3−1 貨幣供給
1 現金通貨と預金通貨
財の購買に使用するために現金化する容易さを流動性という。この流動
性に応じて、通貨を分類すると。
M1:現金通貨+要求払預金
要求払預金:銀行に預けられた当座預金、普通預金、
通知預金など
M2:M1+定期預金
日本では、M2 にCD(譲渡性預金)を含めたもの
をマネーƂサプライとする。
なお、郵便局や農協などの民間金融機関以外の預貯金を M3 とし、この
M3 にCDを加えたものをマネーƂサプライとする考え方もある。
2 貨幣の供給(マネー・サプライ)
・ 信用創造
民間銀行が預金の一定割合を中央銀行に支払準備金として預け入れる制
度を法定準備制度という。
銀行に 100 の資金が預け入れられると、法定準備率分を除いて
貸付けに充てられる。
その金額は取引に使用されて再度銀行に預け入れられる。そ
して、法定準備率分を除いて貸付けられる。その結果、100 の
資金が数倍の資金を生み出すことになる。
25
このことを信用創造と呼び、最初の資金とそれによって生み出されたマ
ネーƂサプライの倍率を信用乗数または通貨乗数、貨幣乗数と呼ぶ。
マネーƂサプライを生み出す資金のことをハイパワードƂマネーないしマ
ネタリーƂベースという。銀行準備(R)と公衆が保有する現金通貨(C)
が相当する。
H = C + R
・ ハイパワード・マネーとマネー・サプライ
日本銀行
ハイパワードマネーが市中に投入されると、
これがもとになってその何倍もの預金を生み
ハイパワードマネーの供給
預金
出す。この倍率を信用乗数という。
マネーƂサプライ(M)は、このハイパワー
ドƂマネーに信用乗数(m)を乗じた額となる。
民間
M = mH
ただし、m=
f +1
f +k
f:現金Ƃ預金比率、k:預金準備率
現金Ƃ預金比率がゼロのとき、信用乗数は預金準備率の逆数になる
26
3−2 貨幣需要
1 貨幣保有の動機
貨幣の保有動機には、取引動機、予備的動機、投機的動機がある。
ケインズは、とくに投機的動機を重視し、マネタリストは、取引動機を重
視する。
貨幣の取引動機 貨幣は取引の決済手段として使用される。
国民所得と正の相関関係。
貨幣の予備的動機 万一のために貨幣の形で保有すること。
貨幣の投機的動機 人々は、債券を所有することにより、利子を得る
だけでなく、その売却益(キャピタルƂゲイン)を手に入れるこ
とができる。
債券は一定額の利子が付くが、債券の価格が上がると相対的に利子率(債
券の市場価格にたいする利子率)は低下する。
投機的目的では、貨幣で持つか債券で持つかを、利子率を判断材料にし
て選択することになる。
2 ケインズの「流動性選好説」
ケインズは、債券価格が低く、利子率 利子率
が高い時には、債券価格の上昇を期待し
て債券を購入する。逆に、債券価格が高
く利子率が低い時には、債券価格の低下
を期待して債券を売却して貨幣の保有量
を増やす。その結果、投機的動機にもと
づく貨幣の需要が増加する。
利子率と投機的貨幣需要の関係を図に
あらわしたのが右の流動性選好表。
27
O
投機的貨幣需要
縦軸に利子率、横軸に投機的目的の
利子率
貨幣供給曲線
ために保有する貨幣の需要量をとると、
右下がりの曲線として描ける。
る。
投機的需要
高くなると、曲線を右上にシフトさせ
予備的需要
取引需要
期待利子率(将来の予想利子率)が
貨幣需要曲線
ケインジアンの考える貨幣需要は、
取引需要、予備的需要、投機的需要の
総和。
O
貨幣需要
3 古典派の貨幣数量説
貨幣数量説とは、古くはアービング、フ 利子率
貨幣需要曲線
ィッシャー、マーシャル、ピグーらによっ
て提唱され、近年ではフリードマンによっ
て主張される、
マネタリズムの理論の基礎。
そしてマネタリズムの理論を信奉する経済
学者をマネタリストと呼ぶ。
貨幣の投機的需要を重視するケインジア
ンにたいして、マネタリストは貨幣の取引
需要を重視する。
O
貨幣需要
マネタリストの考える貨幣需要曲線は、貨幣の取引需要が利子率に独立
であることから、垂直線として描かれる。
フィッシャーの交換方程式
経済における総取引額は、マネーƂサプライに貨幣の回転率を乗じた値と
なる。
PT = MV
P:物価、平均的財の価格水準
28
T:財Ƃサービスの数量
M:ある期間に存在している貨幣量(貨幣残高)
V:貨幣の流通速度
現金残高方程式(ケイブリッジ交換方程式)
M =
1
V
1
V
PT
を k(マーシャルの k)
、T を実質国民所得yと置くと
M = kPy
を得る。
マネタリストは、k、y を一定と仮定して、貨幣供給量(M)の増加は比
例的な物価水準(P)の上昇をもたらすとした。これが貨幣数量説の確信
部分である。
29
第4章 IS−LM分析
4−1 IS曲線
・ IS曲線の導出
IS曲線 財市場の需要と供給が均
利子率
衡するときの国民所得と利子率との
関係を表した曲線。
IS曲線
国民所得(総需要)=消費+投資+政府支出
YD=C+I+G
投資額は利子率の変化に応じて増減する。
O
国民所得
消費と政府支出は利子率に無関係。
利子率の変化の国民所得(総需要)への波及
利子率が低下・・・>投資額が増え・・・>投資額の乗数倍の国民所得の増加
・ IS曲線の形状
右下がりの曲線である。
その傾きは、
投資の利子感応度(投資の利子率弾力性)に反比例
投資乗数の値に反比例
傾き・・大 利子率の低下にたいして投資額の増加が小さい。
投資乗数が小さい。
・・小 利子率の低下にたいして投資額の増加が大きい。
投資乗数が大きい。
・ IS曲線のシフト
財市場において外生的に決定される政府支出や租税額の変化によりシフ
30
トする。
政府支出の増加は、増加額の政府支出乗数倍だけ右方向に平行移動させ
る。
税額の変更も同様。
その他、貯蓄意欲の増大・・・・・・・左へシフト
画期的な技術革新・・・・・・右へシフト
企業家の投資意欲の増大・・・右へシフト
・ 財市場の不均衡とIS曲線
IS曲線は、財市場での総需要曲線 利子率
i
と総供給曲線の交点の軌跡であり、財
供給超過
市場で決まるのは国民所得であるので、
右側は超過供給、左側は超過需要とな
る。
超過供給にある場合、利子率は変わ
需要超過
らず、国民所得が減少して需給均衡に
IS曲線
調整される。
超過需要がある場合も、利子率不変
O
国民所得 Y
で、国民所得が増加して需給均衡に調
整される。
4−2 LM曲線
利子率 i
・ LM曲線の導出
LM曲線
LM 曲線
貨幣市場において需要と
供給が均衡するときの国民所得
と利子率の関係を表した曲線。
O
31
国民所得 Y
需給均衡
M/P(実質貨幣供給量)=L
ただし、L=取引需要+投機的需要
・ LM曲線の形状
右上がりの曲線として引かれる。
その傾きは、
投機的需要の利子率に対する感応性(利子率弾力性)に反比例する。
取引需要にたいする国民所得の感応度に比例する。
国民所得↑・取引需要↑・貨幣需要↑・利子率↑のプロセスで、国民所
得の増加により取引需要の増加が大きければ、それ以後のプロセスが増幅
される。
・ LM曲線のシフト
貨幣供給量や物価水準が変化する場合にシフトする。
実質貨幣供給量の増加、貨幣需要量の減少
・・・・・LM曲線を右にシフト
物価の上昇・・・・・LM曲線を左にシフト
利子率 i
・ 貨幣市場の不均衡とLM曲線
LM曲線
貨幣市場では、均衡点より上方で超過供
給、下方で超過需要
供給超過
貨幣市場の均衡点の軌跡であるLM曲線
も、曲線の上方で超過供給、下方で超過需
要を示す。
不均衡がある場合、利子率の調整が進ん
O
で、最終的に均衡点に収束する。
32
国民所得 Y
4−3 財市場と貨幣市場の同時均衡
利子率 i
・ 国民所得と利子率の同時決定
IS曲線 LM曲線
財市場での均衡国民所得と利子率を示す
IS曲線と、貨幣市場での均衡国民所得と
利子率を示すLM曲線の交点で、両市場の
均衡条件を結び付けた均衡国民所得と均衡
i*
利子率が示される。
財市場:均衡条件
O
Y=YD
Y*
国民所得 Y
(Y:総供給 YD:総需要)
貨幣市場:均衡条件 M/P=L
M:マネー・サプライ
P:物価水準
M/P:実質マネー・サプライ
L:貨幣需要
均衡点では、両市場で決まる均衡利子率と均衡国民所得は等しくなる。
・ 不均衡からの調整過程
財市場での超過供給は、国民所得の減少
利子率 i
で調整される。
貨幣市場での超過供給は、利子率の低下
で調整される。
財市場での超過需要は、国民所得の増大
で調整される。
貨幣市場での超過需要は、利子率の上昇
で調整される。
O
これらの合成で、時計の反対回りで利子
率、国民所得は調整される。
33
国民所得 Y
利子率 i
・ 貨幣市場の調整が速い場合の調整過程
貨幣市場の方が速く調整されるということ
は、まず利子率が変化してLM曲線上に移動
するということである。その後、LM曲線上
を均衡点に向かって順次調整が進むことにな
る。
O
国民所得 Y
4―4 国際経済における国民所得の決定
・国際マクロ分析(アプソープション・アプローチ)
IS−LM分析から国際収支のインバランスを分析する。
国際収支の赤字・黒字の原因を、国民所得勘定から説明する。
総需要
総供給
YD=C+I+G+(X−M)
C:消費支出
I:投資支出
X:輸出
M:輸入
G:政府支出
X−M:経常収支
Y=C+S+T
Y:国内総生産 S:貯蓄
T:租税
需給均衡式から
X−M=Y−(C+I+G)
C + I + G は国内総支出であるところから、経常収支は国内総生産
と国内総支出の差に等しくなることを示している。
超過需要があると超過分を海外で調達するため、輸入が増え、国際収
支は赤字化する。
超過供給があると超過分を海外で処分しようとして輸出が増え、国際
収支は黒字化する。
国際収支が黒字の場合、内需拡大が必要となる。
34
あるいは、需給均衡式から、
X−M=(S−I)+(T−G)
左辺が国際収支黒字額であり、右辺第1項は国内民間供給超過額、第
2項は財政収支黒字額を示している。
民間供給超過、すなわち需要不足、あるいは財政黒字が国際収支を黒
字化することになる。
日本の貿易黒字の原因が国内総需要不足にあるとして、日米構造協議
では、日本に対して内需の拡大が求められた。
いっぽう、アメリカの貿易赤字の原因として、大幅な財政赤字が指摘
されている。
35
第5章 総需要曲線・総供給曲線
5―1 総需要関数
総需要関数 財貨に対する需要と物価水準の関係を表す。
利子率
IS、LM曲線のうち、物価の変
動(p1→p2)によりLM曲線がシフ
ト(LM1→LM2)するのに応じて、I
S、LM曲線の交点がどのように移
i
LM 1
IS
LM 2
i1
i2
動するのかを見ることにより得られ
る。
Y
O
国民所得
物価
・ 総需要曲線の性質
P
物価の下落によりLM曲線が右に
シフトすることから、物価が下降す
るにしたがって国民所得が増加する
ので、右下がりの曲線が引かれる。
P1
P2
総需要曲線の傾きは、LM曲線と
IS曲線の傾き、そして投資乗数に
O
依存する。
Y1
Y2
Y
国民所得
総需要曲線の形状
① LM曲線の傾きは、貨幣需要の利子弾力性に依存し、弾力性が大
きい時には曲線の傾きは小さい。
② IS曲線の傾きは、投資の利子弾力性に依存し、弾力性が大きい
時には曲線の傾きは小さい。
さらに、IS曲線の傾きは、投資乗数の大きさにも依存し、投資
乗数が大きい時には曲線の傾きは小さくなる。
36
総需要曲線のシフト
投資意欲の増大、貯蓄意欲の減少、流動性保有意欲の減退、名目貨幣
供給量の増大は、いずれも総需要曲線を右にシフトさせる。
5―2
総供給曲線の導出
総供給曲線は、物価と生産量の関係を表すが、生産量は生産要素である
労働市場における均衡条件から導き出される。
1 労働市場
・労働需要曲線
「実質賃金は、労働の限界生産力
に等しい」−古典派の第一公準
賃金率
生産力
W,Y
雇用量にたいする総生産量は、雇
用を増やすにしたがってしだいに増
加する。しかし、その増加分、すな
実質賃金
W
P
わち限界生産力は、しだいに低下す
限界生産力
る。
しかるに、限界生産力曲線は、右
N*
下がりに引ける。
この限界生産力と企業の決める賃
利潤最大雇用量
N
雇用量
金率の格差がプラスである限り限界利潤は正であり、限界生産力と賃金率
がひとしい場合に利潤が最大となる。
・ 労働供給曲線
個人は、一定の賃金率のもとで、最大の効用を実現する労働時間と余暇
時間を組み合わせる。
通常、賃金が高くなるにしたがって、より多くの時間を労働に投ずるよ
うになるため、労働供給曲線は、右上がりの曲線となる。
37
所得
代替効果 P→Q
代替効果は、賃金が上昇すると
余暇が減少するので、負。
所得効果 Q→R
R
賃金が上昇すると、余暇が上級
Q
P
財とすると、余暇は増加する。
W
代替効果>所得効果の場合に、
O
労働供給
労働供給曲線は右上がりとなる。
余暇時間
実質賃金
・ 労働市場の均衡
W
P
労働需要曲線と労働供給曲線の交点
労働需要曲線
労働供給曲線
が労働市場における均衡点となり、さ
らにこれが完全雇用を保証する雇用量
となる。
これが古典派の考える労働市場にお
ける需給調整メカニズムである。
N
O
雇用量
2 短期的な総供給曲線
ケインズ派は、労働市場におい
実質賃金
W
P
て賃金は下方硬直的であり、賃金
労働需要曲線
労働供給曲線
が需給均衡の調整役とはならない
と考える。
労働供給曲線は水平であり、そ
の水準は実質賃金率に固定される。
実質賃金率は、労働市場の需要曲
線・供給曲線の縦軸で、物価の逆
O
数に比例する。
N
*
N
N F 雇用量
横軸の雇用量は国民所得に比例するので、
総供給曲線もまた水平となる。
現実においては、賃金は長期的には可変的であるので、このモデルは短
38
期において有効であるという考え方が一般的である。
また、労働供給曲線が水平となるため、均衡雇用量は完全雇用量を下回
ることになり、非自発的失業者を発生すると考える。
3 長期的な総供給曲線
新古典派は、労働市場では賃金が柔軟に変化することで、つねに均衡が
保たれるという考え方をするため、労働市場では常に均衡状態にあり、そ
の時の国民所得は、完全雇用国民所得で変化しないと考える。そのため、
労働市場均衡を反映する総供給曲線は、完全雇用国民所得で垂直線である
とする。
ただし、現実には、このような労働市場で均衡が成立するにはある程度
時間が必要であると考えるのが妥当であるので、このような垂直な総供給
曲線は、長期における総供給曲線とするのがふさわしい。
4 一般的な総供給曲線
生産関数は、一般的に労働と資本の投入量と生産量の関係を示すが、
短期においては、その定義から労働のみが可変投入要素となり、そのため
限界的な生産量に対する労働の限界投入量が総供給関数を示すことになる。
・ 総供給曲線の導出
限界生産力が逓減することから、生産量が増加するにしたがって、同じ
生産量をあげるために必要な雇用量は増加する。
この必要な雇用量は、生産量の増加に必要な追加(限界)費用を示す。
このことから、限界費用曲線である供給曲線が右上がりに引ける。
・ 総供給曲線の性質
総供給曲線の形状
生産関数における限界生産力逓減の程度に依存する。
総供給曲線のシフト要因
39
貨幣賃金率の変化が重要なシフト要因である。
貨幣賃金率が下がった場合は、下方にシフト。
貨幣賃金率が上がった場合は、上方にシフト。
5−3 物価と産出量の同時決定
物価
ミクロ経済学の場合と同様に、
マクロの物価水準もまた需要と
P
総需要曲線
総供給曲線
供給の一致するところで決定さ
れる。
ただし、この点は短期的な均
衡(Y*)を意味するに過ぎず、
長期的には労働市場における均
衡を保証する完全雇用産出量
(完全雇用国民所得)で長期的
O
均衡点となる。
40
Y
Y
*
国民所得
第6章 動学的総需要曲線・総供給曲線
6−1 フィリップス曲線
イギリスの経済学者フィリップスは、イギリスでの統計データを観察し
て、賃金と物価の関係を見いだした。これを縦軸名目賃金上昇率、横軸失
業率として図示したものがフィリップス曲線。
失業率を低下させようとすれば名目
賃金率が上昇し、名目賃金率を抑制し
名目賃金上昇率
π
ようとすれば失業率が増加する。右下
がりの曲線として描ける。
ただし、
自然失業率で横軸と交わり、
それより高い失業率では名目賃金増加
率はマイナスになる。
企業がマークアップ価格付けを行う
と、名目賃金増加率と物価上昇率は比
例するので、縦軸を物価上昇率に読み
U
O
失業率
替えが可能。
マークアップ価格付け 企業が要素費用に一定率を掛けて
製品価格とすること。
あるいは、名目賃金上昇率−生産性上昇率=物価上昇率
好況期には失業率が低く、賃金は高くなるので物価が上昇する。
不況期には失業率が高く、賃金は低くなるので物価が低下する。
6―2 自然失業率
フリードマンのいう自然失業率とは、ケインズの摩擦的失業や自発的失
業に相当する概念。
41
企業は入手したいだけの労働力を雇
用し、勤労者もその実質賃金率で供給
物価上昇率
π
長期フィリップス曲線
したいだけ労働を提供するとき、労働
短期フィリップス曲線
市場は完全雇用が成立しているといわ
πe
れる。
2
この、完全雇用の下でも摩擦的失業
πe
1
と自発的失業が存在する。
U
摩擦的失業
仕事をやめてから
O
U1
U
*
失業率
次の仕事につくまでの失業。
自発的失業 現在の賃金率では働く意思のない、自発的な失業。
・ 自然失業率仮説
政府がケインズ的な経済政策をとり、失業率を引き下げようとする場合
のマネタリスト的含意。
当初自然失業率にあるとして、景気刺激策をとると、賃金率が上昇し労
働者は一層働くようになり、失業率は低下。そして短期フィリップス曲線
に沿って移動し、物価が上昇する。
いずれ労働者は、賃金の上昇はすべて物価上昇で打ち消されていること
に気が付き、熱心に働くことを止める。そして失業率はふたたび高まり当
初の自然失業率U*に戻る。
長期的には、このような政策は、失業率は自然失業率に膠着し、ただ物
価が上昇することになる。
長期フィリップス曲線は、自然失業率で垂直な直線として引くことがで
きる。
・スタグフレーション
物価上昇率が著しいと人々の労働意欲が減退、完全雇用水準が低下して
自然失業率が高まる。その結果フィリップス曲線が右にシフトして物価上
昇と高失業率が同居することになる。
42
6―3 動学的総供給曲線(インフレ総供給曲線)
総供給量と物価上昇率の相関について有効な分析道具を持ち合わせなか
ったケインジアンは、マネタリストのフィリップス曲線を借用して、動学
的総供給曲線とした。
物価上昇率
時間のタームを加えて、時間の経過に
π
伴う物価水準の変化量について検討する。
動学的総供給曲線は、総供給量と物価
S'
上昇率の関係を示す。
S
πe
π=πe+α(Y−YF)
・ 動学的総供給曲線の導出
生産水準が完全雇用水準を超える時、
O
Y
YF
産出量
賃金は上昇し物価を引き上げる。
生産水準が完全雇用水準を下回る時、賃金は下降し物価を引き下げる。
生産量の完全雇用を保証する水準との格差に比例して物価上昇率が上昇
する右上がりの曲線として描かれる。
・ 動学的総供給曲線と予想物価上昇率
動学的総供給曲線は、物価に対する賃金の変化の影響を重視するが、次
期の物価が上昇すると予想する(期待物価上昇率)ならば、それに応じた
賃金の引き上げを要求することになり、その分だけ物価を引き上げる。そ
して、動学的総供給曲線を上方にシフトさせる。
動学的総供給曲線は、座標(完全雇用産出量YF、期待[予想]物価上昇
率πe)を通る右上がりの曲線である。
43
6―4 動学的総需要曲線(インフレ総需要曲線)
物価水準の変化による総需要曲線のシフトの経路を示す。
総需要曲線は、IS曲線とLM曲線の交点で示され、物価の変化によっ
て実質貨幣供給量が変化して、LM曲線をシフトさせ、このLM曲線と変
化のないIS曲線との交点が移動する。この移動の軌跡をたどるのが、動
学的総需要曲線である。
・ 動学的総需要曲線の導出
総需要曲線の動学分析では、総需要曲線のシフト条件を検討する。
総需要曲線(国民所得)は、実質貨幣供給量や政府支出が増加すること
により、右側にシフトする。
ΔY=β(m−π)+γg
ΔY:総需要の増分
ΔY=Y−Y-1 と置き換えると動学的総需要関数は、
Y=Y +β(m−π)+γg
-1
物価上昇率
π
m:名目貨幣供給量の増加率、
π:物価上昇率
g:政府支出の増加率
β:信用乗数(定数)
、
γ:政府支出乗数(定数)
m
動学的総需要曲線は、座標(前期の
国民所得Y-1、名目貨幣供給量m)を
O
Y -1
Y
産出量
通る右下がりの曲線。
・ 動学的総需要曲線のシフト
(1) 名目貨幣供給量を引き上げると曲線を上にシフトさせる。
(2) 政府支出の伸び率の乗数倍だけ、曲線を右にシフトさせる。
44
(3) 前期の国民所得Y-1 の変化によりシフトする。
Y-1 が大きくなると曲線は右にシフトする。
6−5 所得水準と物価上昇率の決定
・ 短期均衡
貨幣供給量の増加率mにたいする動
物価上昇率
π
学的総需要曲線と、期待(予想)物価
S
上昇率πeにたいする動学的総供給曲
πe0
π
線の交点で、国民所得水準と物価上昇
率の短期的な同時均衡点。
短期均衡
0
この均衡は、いまだ失業が存在する
D
過少雇用均衡を意味する。
Y0 YF
Y
産出量
・ 長期均衡
長期均衡の調整過程。
前提条件
貨幣供給量はmで不変。
予想物価上昇率は1期前の現実
の物価上昇率。
物価上昇率
π
完全雇用国民所得はYF。
S
短期均衡に続く第1期では、第0
期で成立した物価上昇率π0 が予想
m
長期均衡
物価上昇率πe0 となり、これに対応
する形で動学的総供給曲線がシフト、
D
需要曲線との交点に均衡点は移動す
る。
YF
この新しい均衡産出量と貨幣供給
量増加率に対応するように動学的総
Y
産出量
需要曲線はシフト。
また供給曲線も
この均衡点が示す物価上昇率に調整される。
そして、この需要曲線と供給曲線の交点があたらしい均衡点となる。
45
その結果、最終的に完全雇用産出量、貨幣供給量増加率で、動学的総需
要曲線と動学的総供給曲線は交差し、この点が長期均衡点となる。
長期均衡点の性格
① 物価上昇率は貨幣供給量に等しい。
② 国民所得は完全雇用を達成する水準となる。
③ 現実の物価上昇率と予想物価上昇率が等しい。
46
第7章 経済成長理論
7−1 ハロッド・ドーマー型経済成長理論
ケインジアンのIS−LM分析による均衡国民所得が、時間とともにど
のように変化するのかを考えるのが、ハロッド・ドーマーの経済成長理論
である。
・ 投資の二重性
投資は、一面では総需要の構成要素であるとともに、他面、投資は資本
の増加を意味することから、総供給の増加を実現することになる。
この投資の2面性を、前者を需要創出効果、後者を産出効果と呼ぶ。
需要創出効果
財市場が均衡している時、貯蓄Sは投資Iと等しくなることから。
I=sY ただし、s:貯蓄率(限界貯蓄性向)
産出効果
国民所得Yの生産に要する資本の比率 v を資本係数と呼び、投資と
資本の関係は次のように表される。
I=vΔY
均衡条件
上の2式から、
ΔY
s
――― = ―
Y
v
ΔY/Yは経済成長率を示し、需給均衡を実現する経済成長率は保証成
長率と呼び GW と記す。
貯蓄率 s
Gw = ――――――
資本係数 v
47
この経済成長率を
完全雇用を実現する経済成長率は、すくなくとも人口増加率と技術の進
歩による労働生産性の上昇率をあわせた値に等しい必要がある。
この人口増加率n+労働生産性上昇率λを自然成長率 GN と呼ぶ。
GN = n + λ
この保証経済成長率、自然経済成長率と実際の経済成長率(GR とする)
が等しいとき、需給が均衡する同時に完全雇用を実現する。
・ 不安定性定理(ナイフ・エッジ定理)
ハロッドとドーマー・モデルでは、このような保証成長率と自然成長率
が等しくなるのはあくまで偶然の産物で、いったん乖離したならばしだい
に均衡点から離れてしまうことになるとする。
現実の経済成長率 GR が保証成長率 GW を上回ると、s/vRは s/vWより大
きく、ゆえに vWの方が vRより大きいということを意味する。
需給均衡を実現しようとして現実の資本係数 vRを需給均衡する資本係
数 vWに近づけようとして上昇すると、その結果経済成長率はいっそう上昇
し、両者の乖離を拡大する。
GN が GR より上回る場合、労働供給が労働需要を上回るから、完全雇用
を実現するために現実の成長率を高めようとしても、失業が増加してしま
う。
48
7−2 新古典派の経済成長理論
・ 新古典派の経済成長理論
生産関数 Y=F(K、L)のもとで生産がおこなわれると、労働1単位当
たりの生産量(y)は、労働1単位当たり資本量(k)の関数となる。
y=f(k)
コブ・ダグラス型生産関数を前提とすると、k の増加にたいする増加関
数であり、しかもその増加率は逓減する。
コブ・ダグラス型生産関数
Y=aKαL1−α
縦軸に生産量 f(k)、横軸に労働1単位当たり資本量 k をとると、右のよ
うな曲線となる。
この曲線上の点と原点を結ぶ直線の傾きは、
Y1/L1
Y1
1
f(k1)
――― = ――――― = ―― = ――
K1/L1
K1
v1
k1
すなわち、資本係数 v1 の逆数となる。
なお、 f(k1) は生産関数で後掲の Y1 と同じと考えてよい。
・ 均衡資本労働比率
この生産性曲線上の点で、財市場の均衡が維持される点の横軸座標が均
衡資本労働比率を示す。
財市場での均衡条件が満たされるときは、投資と貯蓄が等しくなること
から、
nkt=sf(kt)
49
n:労働力の成長率(人口増加率)
kt:t期における1人当たり資本量
s:貯蓄率
左辺の nktは完全雇用を維持するために必要な投資額で、 ・・需要側
右辺の sf(kt)は貯蓄額を表す。この式を整理すると、
・・供給側
n
f(kt)
1
―― = ――――― = ――
s
kt
v
となり、均衡条件を示している。
・ 定常成長経路の安定性
均衡資本労働比率をk*とすると、現実の k1 が k* を下回る場合、
n
f(k1)
―― < ――― 、すなわち nk1<sf(k1)となり、貯蓄が投資を上回
s
k1
ることになる。その結果、投資が増加して均衡点 k*に向かう。
逆に k2>k*の時には、投資が貯蓄を上回るが、資金不足から投資は減少
し均衡点k*に向かう。
f(k)
*
f(k )
f(k )
1
傾き
k( k 1 )
k 1
傾き sn
O
k*
k1
50
k
第8章 財政金融政策
8−1 財政政策とクラウディング・アウト
1 政策目標と政策手段
経済政策の目標
①完全雇用、
②物価の安定、
③経済成長、
④分配の公正、
⑤国際収支の均衡。
この目標を達成するために、政府は、財政政策、金融政策を行う。
財政政策 政府支出あるいは課税の額をコントロールして、経済
安定
をはかろうとする政策。その手段として次のような
政策がとられる。
支出面から
①財政投融資に関する政策
②財・サービスの経常購入に関する政策
③所得の再分配の目的で行う補助金政策
財源調達面から
①租税政策
②国債の発行に関する政策
2 財政の自動安定化機能
政府が積極的に政策手段を講じるまでもなく、財政には景気変動を鎮
51
静化する機能が備わっているとする。これを財政の自動安定化機能
(ビルトイン・スタビライザー)とよぶ。
例えば、累進的所得税や失業保険。
それに対して、政府がおこなう財政政策を自由裁量的財政政策という。
自動安定化機能は、不況、インフレーションを抑制するが、これを改善
する効果は小さいため、自由裁量的財政政策の発動が必要となる。
3 財政政策の効果
政府が財政政策により、政府
支出を増加させると、IS曲線
利子率
i
を右にシフト(IS0→IS1)させ、
IS
あらたなLM曲線との交点で均
i
衡する。
i
政府支出の増加により、その
LM
1
IS 0
1
0
政府支出乗数倍だけ国民所得を
増加させる(Y0→Y1')が、国民
O
所得の増加は貨幣の取引需要を
Y0
Y1
Y 1'
Y
国民所得
増やすことになり、その結果利
子率を引き上げる(i0→i1)。そして、利子率の上昇は、投資の減少をもた
らし、国民所得を減少させる。
(Y1'→Y1)
結局、政府支出の増加による国民所得の増加は、投資の減少による国
民所得の低下により減殺されることになる。このメカニズムをクラウディ
ング・アウトとよぶ。
減税の場合も、政府支出の増加とおなじプロセスをたどり、国民所得
を増やす。増税の場合は、その逆で、国民所得を減らす。
4 クラウディング・アウト
クラウディング・アウト
財政政策の効果が利子率の変化によって
減殺されてしまうことを意味する。
52
利子率の変化にたいして投資
利子率
i
がより敏感に反応するほど、す
なわち、投資の利子弾力性が大
IS
きいほど(=IS曲線の傾きが
小さいほど)
、クラウディング・
i
アウトは大きい。
i
LM
1
IS 0
1
0
貨幣需要の増加がより大きな
利子率の上昇をもたらすほど、
すなわち貨幣の投機的需要の利
O
Y
Y
国民所得
子弾力性が小さいほど(=LM
曲線の傾きが大きいほど)
、クラウディング・アウトの程度は大きい。
貨幣需要の利子弾力性がゼロという極端な例においては、LM曲線は垂
直となり、財政政策の効果は利子率の変化を生ずるのみで、国民所得には
効果をもたない。マネタリストは、これを1つの根拠に、裁量的財政政策
の無効性を主張している。
5 リカードの等価定理と公債の負担
・ 公債の発行方法とクラウディング・アウト
政府の支出の増加には、その財源として増税か公債の発行が行われる。
ここまでの議論は、税は一 利子率
i
定と仮定してので、暗黙の内
LM 0
に公債の発行による財源の調
IS
LM 1
1
達を想定していた。
IS 0
財政政策による利子率の上
昇を、金融政策による貨幣供
i
給量の増加(公債の中央銀行
による引き受け)で打ち消す
ことにより、クラウディン
グ・アウトは回避できる。
O
53
Y0
Y1
Y
国民所得
・ ライフ・サイクル仮説とリカードの等価定理
このように公債発行によりクラウディング・アウトを回避できるとし
たが、リカードの等価定理(同値定理)によれば、いずれその公債は増税
による収入で償還されることになるため、合理的で長期的な視野をもつ個
人は、将来の増税を予測して消費を控えるであろうとする。その結果、政
府支出の増加による総需要の増加を減殺されることになる。
8−2 金融政策の手段
1 金融政策の代表的手段
金融政策とは、マネーサプライの増減によって経済活動に影響を与え
ようとする政策。
・ 公定歩合政策
中央銀行から市中銀行への貸出金利を操作して、直接ハイパワード・
マネーを増減させる政策。
市中銀行の企業などへの貸し出し金利も連動するため、企業の設備投
資に影響を与える。
(コスト効果)
また、公定歩合の変更は、政府の経済政策の方針を表明することであ
り、企業の景気見通しに影響し、投資意欲を高めたり抑えたりする。
(アナ
ウンスメント効果)
・ 公開市場政策
中央銀行が公開市場において債券を売買し、ハイパワード・マネーを
増減させると同時に金利水準をコントロールしようとする政策。
売りオペレーションと買いオペレーションがある。
・ 法定準備率操作
金融機関が預金の一定割合を中央銀行に預け入れねばならない制度を
預金準備制度とよび、
この一定割合が法定準備率
(類語として支払準備率、
54
現金準備率)である。
法定準備率を操作することにより、マネー・サプライに影響すること
ができる。
その他、窓口規制により、中央銀行から市中銀行への貸し出しが管理
される。
2 金融政策の効果
利子率
i
LM 0
金融政策によりマネー・サプライが
LM 1
IS
増加すると、 LM 曲線を右にシフト
i0
(LM0→LM1)させ、その結果、利子率
i1
を引き下げる(i0→i1)と同時に国民所
。
得を増加させる(Y0→Y1)
O
Y0
3 金融政策の有効性
Y1
Y
国民所得
利子率
i
・ 流動性のわな
LM 0 LM 1
人々がこれ以上利子率は下がらない、
すなわちこれ以上債券価格は上がらない
と考える水準に達すると、わずかな金利
の低下により多くの債券が売られる結果、
貨幣需要が大きく増加する。このような
Y
時、LM曲線は水平となり、金融政策は
無効になる。
O
国民所得
利子率
i
LM 0
・ 投資の利子弾力性
IS
IS曲線が垂直となるケース(投資
の利子弾力性がゼロ)でも金融政策は
LM 1
i0
無効になる。
たとえば、将来の景気にたいする企
業の期待がきわめて悲観的だとすると、
55
i1
O
Y
Y
国民所得
利子率が低下しても企業の投資意欲には影響しない。
・ ラグと期待の問題
財政政策が直接的に総需要に影響するのにたいして、金融政策は、実際
に効果をもたらすまでに時間の遅れ(ラグ)が存在する。そのため、効果
が発揮するころには経済状態が変わってしまっていて、かえって経済を撹
乱することにもなりかねない。
この政策の発動から効果があらわれるまでの遅れを外部ラグとよぶ。
いっぽう、政策を実施するまでの遅れを内部ラグといい、財政政策に
みられる。
4 ポリシー・ミックス
財政政策と金融政策は、おなじく国民所得に効果をもつものの、その
経路は大きく異なる。たとえば、財政政策によれば国民所得を増やすと同
時に利子率を上昇させて国 利子率
民所得の増加を減殺する。
i
その一方で、金融政策によ
IS
れば国民所得を増やすと同
時に利子率を引き下げるこ
i
とになる。そのため、2つ
i
LM
0
1
LM 1
IS 0
1
0
の政策を適切に組み合わせ
て実施するポリシー・ミッ
クスが必要となる。
O
56
Y0
Y1
Y 1'
Y
国民所得
8―3 国際経済における財政・金融政策
1 固定相場制下の財政・金融政策とポリシー・ミックス
(資本移動の無い経済)
IS曲線とLM曲線の交点で決まる均衡国民所得YE が完全雇用国民所
得YF に一致するとは限らない。
国際収支が貿易収支に限られる経済では、国際収支均衡国民所得をYB
とすると、
YB<YE<YFの場合
拡張的財政政策(IS曲線の右シ
フト)あるいは金融緩和政策は、国
民所得を増加させ、失業を減少、国
利子率
i
LM
B
E'
i*
際収支を赤字化する。
IS'
緊縮的財政政策あるいは金融引き
締め政策は、
国際収支の赤字を縮小、
iE
E
IS
国民所得を減少、
失業を増大させる。
ゆえに、YF とYB が一致していな
い限り、財政政策、金融政策あるい
はポリシー・ミックスによって、完
B
YB Y E Y F
Y
国民所得
全雇用と国際収支均衡の2つの目標を同時に達成することは不可能である。
(資本移動のある経済)
国際資本移動は自国利子率iと他国利子率i*との格差に依存して決ま
る。そして他国利子率を所与とすると、自国の資本収支は利子率iが高く
なるほど黒字が拡大する。
一方、国民所得が増加するほど輸入が増え、赤字を増やす。
その結果、国際収支均衡線BB線は右上がりの曲線として描かれる。
完全雇用と国際収支均衡が同時に実現するための条件は、
57
BB線とY=YF 線(垂直線)の交点。
拡張的財政政策によるIS曲線のシ
利子率
B
フトと金融引き締め政策によるLM曲 i
線の左へのシフトというポリシー・ミ
LM
LM
E'
i*
ックスによって実現できる。
IS'
さらに、国際間の資本移動が完全で
ある場合、わすがな利子率の上昇で無
iE
E
IS
限大の資本の流入をもたらすため、BB
線は国内利子率と海外利 子率が等し
くなるように水平な直線として描くこ
B
とができる。
Y
YE YF
国民所得
2 財政政策・金融政策の効果
利子率
LM
i
ⅰ 固定相場制の場合
②
国際資本移動が完全な場合(マンデ
ル・フレミングモデル)
拡張的財政政策は、IS曲線を右にシ
IS
i *B
B
フト、国民所得が増加、利子率が上昇、
①
海外からの資本流入をもたらす。国際収
支を黒字化。国際収支の黒字化は、マネ
ー・サプライを増加させ、LM曲線を右
にシフト、国民所得を増加。失業が減少
Y
O
国民所得
利子率
i
する。
(有効)
LM
①
IS
LM曲線を右にシフト、
金融緩和政策は、
国民所得を増やし、利子率を低下させる。
i* B
②
B
資本流出。国際収支を赤字化。
マネー・サプライを減少させてLM曲線
を左にシフトさせ、利子率を引き上げ国民
58
O
Y
国民所得
所得を減らす。最終的に国民所得は元の水準に戻る。
(無効)
利子率
ⅱ 変動相場制の場合
i
LM
拡張的財政政策をとるとIS曲線は右
IS
にシフト、国民所得は増加し利子率が上
②
昇。利子率の上昇により資本が流入、資
i* B
B
本収支を黒字化。為替レートが下がる。
輸出の減少と輸入の増加により有効需要
①
の減少、IS曲線を左にシフト。当初に
比べて国民所得を減少させる。
(無効)
Y
O
国民所得
利子率
i
LM
金融緩和政策は、LM曲線を右にシフ
IS
ト、国民所得を増加。利子率を下げて、
資本流出を増やす。資本収支赤字、為替
レートが上昇して輸出増加、輸入減少、
①
i * B
B
②
IS曲線を右にシフトさせる。有効)
O
59
Y
国民所得
第9章 マクロ経済理論の新展開
9−1 ケインジアンとマネタリスト
・ 一般物価水準と市場観について
ケインジアンは市場は基本的には不均衡状態にあり、マネタリスト
は、均衡状態にあると考える。
マネタリストは、市場が不均衡にあるときには、物価水準が変化して
不均衡が解消されるとする。
ケインジアンは、物価水準は硬直的であり、変化しても緩やかである
とし、もし市場が不均衡であっても、価格による調整が期待できないこと
から、不均衡は永続することになると考える。
・ 政府の役割について
市場は本来不均衡にあると考えるケインジアンは、市場を均衡させる
ためには政府の介入が必要であると説く。
ケインジアンの考える政府の役割は、市場を均衡させるために財政政
策を実施して、有効需要に影響を与えることであり、大きな政府を生ずる
ことになる。
一方、マネタリストは、政府の役割は、市場機構が完全に機能するよう
に調整役となるにとどまり、治安の維持や公共財の供給など小さな政府で
よいとする。
利子率
i
・ IS−LM分析について
LMm
LMk
貨幣市場の均衡を示すLM曲線の形
状について、マネタリストとケインジ
アンとは考えが違う。
マネタリストは、貨幣数量説からL
M曲線は垂直である(LMm)と考える。
ケンジアンは、流動性選好説により
O
LM曲線は右上がり(LMk)とする。
60
Y
国民所得
LM曲線が右上がりであると、財政政策を行うことによりIS曲線はシフ
トし、LM曲線との交点は、右上に移動する。そして、利子率を引き上げ
ると同時に国民所得を拡大させる。
垂直のLM曲線にたいしては、財政政策によりIS曲線がシフトしても
利子率を上昇するだけで国民所得を拡大しない。
9−2 合理的期待派
マネタリストの考え方を継承したマクロ経済学の学派。
代表的経済学者に、ロバート・ルーカス、トーマス・サージェント、ロ
バート・バローらがいる。
1 経済学で用いられる「期待」について
期待とは、将来のある経済変数の値にたいする、現時点での予想値を
示す。
期待には「静学的期待」
「適応的期待」
「合理的期待」がある。
静学的期待 現状を参考にして将来を予測すること。
適応的期待
過去の予測にたいする誤差を修正して、今後の予測
を行うこと。
合理的期待
現在利用可能な情報をすべて用いて、将来を予想す
ること。
2 合理的期待と金融政策
マネタリストの考え方に合理的期待を導入することで、政府の財政政
策と金融政策の無効性を説く。
国民所得を増加させるための金融政策の含意。
・ ケインジアン
61
労働者は来期の物価水準は今期の物価水準と同じだと考え、「静学的
期待」を用いる。
金融政策により物価が上昇すると、貨幣賃金が硬直的であるため実質
賃金が低下する。物価動向に詳しい企業は、実質賃金の低下により、雇用
を増やし、国民所得を増やす。
・ マネタリスト
今期の物価水準が前期の予想と異なる場合、適切に修正して来期の予
想を立てる、
「適応的期待」を用いる。
賃金が上昇して失業率が低下するが、同時に物価も上昇していて実質
賃金はもとのままであることに気付き、その結果失業率はもとにもどる。
長期的には、物価が上昇するだけで、国民所得や失業率は不変である。
・ 合理的期待派
政府がマネー・サプライを増加させると同時に、労働者はインフレー
ションを予測して、賃金の引き上げを要求する。
マネタリストの見解同様に、
国民所得、
失業率は不変で、
ただ物価水
だけが上がり、金融政策は短期的にも長期的にも無効となる。
62
準
9−3 供給重視の経済学(サプライ・サイド経済学)
1 サプライ・サイド経済学の特徴
需要側面を重視するケインズ派経済学への批判的立場から、1970 年代
後半から供給側面を重視する経済学が登場した。これをサプライ・サイド
経済学と呼ぶ。
サプライ・サイド経済学は、セイの法則を支持する。
セイの法則 供給はそれに等しい需要を作り出す。
ケインジアンは、市場の不均衡は有効需要の不足が原因とするが、サ
プライ・サイド経済学は、政府の政策による投資意欲の減退が原因とみな
す。
・ 企業の投資意欲の強調
企業の投資意欲が経済を本質的に動かしているとの見解を持ち、政府
の行う経済政策(産業にたいする各種規制、企業の租税負担など)が企業
の投資意欲を萎縮させていると考える。
そして、政府は無用な有効需要政策をやめるべきことを主張する。
2 サプライ・サイド経済学の財政政策
ラッファー曲線
税率と税収の関係
税収
を表した図。
税率があるにしたがってしだいに税収
も増加するが、税率があるレベル(t*)
を越えると労働意欲や投資意欲が減退し
て、生産が減少し、税収も減少する。
サプライ・サイド経済学は、現行税率
63
O
t
*
税率(%)
をこのtより高いと考え、政府が減税すれば投資意欲がかきたてられ税収
は増えると説いた。
3 サプライ・サイド経済学の金融政策
マネタリスト同様、金融政策は国民所得を増加させることはできず、
ただ物価を上昇せるだけと考える。
しかしマネタリストはマネー・サプライの増加がインフレを起こすと
するのにたいして、サプライ・サイド経済学は、財の供給の増加が需要の
増加に追い付かないからだとする。
・ 金融政策の含意。
マネー・サプライの増加により利子率が低下。
利子率の低下により貯蓄が減少。
投資が減少して財の供給が過少となる。
その結果物価が上昇する。
64
第 10 章 国際経済学
10―1 国際収支
1 国際収支表
国際収支表
一定期間に1国の居住者と外国の居住者との間
で行われた経済取引の記録。
国際収支表の項目
経常収支
貿易・サービス収支
貿易収支
サービス収支
所得収支
経常移転収支
資本収支
投資収支
直接投資
証券投資
その他の投資
貿易収支 輸出と輸入の差額
サービス収支 運輸・保険などのサービスの輸出入
所得収支
旅行者の国外での消費、投資の利子・配当、特許権
使用料、事務所経費などの受け取りと支払いの差額。
移転収支
対価を伴わない財・サービスの一方的移転の受け取
りと支払いの差額。
投資収支
延べ払い信用、借款、債券、外債の形による証券投
資などの資本取引のうち満期1年を超えるもの。株式投
資・直接投資などの満期の定めのない資本取引。
大蔵省は、1996 年1月から、国際通貨基金(IMF)の指針に沿って、
国際収支統計を上の説明のように改定した。
65
66
10―2 外国為替市場と為替レート
為替レート 自国通貨と外国通貨との交換比率
1ドル 120 円が 100 円になることは、1ドルを円で評価した価
値(円建レート)が下がることで、円高・円の増価・円の切り上
げを意味する。
外国為替市場 自国通貨と外国通貨を交換する市場
1 為替レートの決定と変動
為替レートは、外国為替市場における需要と供給の均衡点に決まる。
需要 財・サービスの輸入や短期・長期資本の海外流出。
供給 財・サービスの輸出や短期・長期資本の海外からの流入。
為替レートが下がると、財・サービスの円建て表示による輸入額が低
下して輸入数量も増加。外貨需要が増加する。
財・サービスの輸出は、外貨建て表示による輸出額が上昇して輸出数
量が減少。外貨供給が減少する。
自国通貨による価格の低下(上昇)にたいする輸入数量の増加(減少)
の比率を、輸入需要の価格弾力性という。
外貨供給曲線は、外国における輸入需要の
為替レート
価格弾力性により、その形状が決まる。
1より大きいとき
右上がりの曲線
1より小さいとき
右下がりの曲線
1のとき
垂直線
S
r
外貨需給が財・サービスのみの場合の外国
D
為替市場の安定条件
輸入需要の価格弾力性ηと輸出需要の価格
弾力性η*の和が1より大。
(マーシャル
=ラーナー条件)
67
O
外貨需要
η + η* > 1
すなわち、国際収支の価格弾力性がプラスであるということである。
この場合、円高ならば国際収支の黒字を縮小。円安ならば赤字を縮小す
る。
2 資本取引と為替レート
・ アセット・アプローチ
今日では、為替の自由化や金融の自由化により、国際的な資金移動の
役割が大きくなっており、短期間でみると、外貨需給の多くが資産選択に
基づく国際資本取引から生じている。
為替レートの短期的な決定プロセスを、自国通貨保有による利益と外
貨通貨保有による利益の差により説明するのがアセット・アプローチであ
る。
長期的には、購買力平価説が成立するが、短期的には外国資産に対す
る需給の変化が為替レートの変動を説明する。
為替レートの決定
ドルで保有する場合の予想利益率が円で保有する場合の利益率と等し
くなるように為替レートが決まる。
その結果、市場均衡の条件式は
円資産の利益率=ドル資産の予想利益率
ea−e
i=i*+ ――――
e
i :国内金利
i*:国外金利
e :現行為替レート
ea:期待為替レート
68
国内利子率iの上昇→円高
国外利子率i*の上昇→円安
期待為替レートea の低下→円高
・ 購買力平価説
人々は、財・サービスにたいする購買力ゆえに通貨を保有するので、長
期的には、為替レートは、外貨と自国通貨の購買力の比、すなわち購買力
平価により決まる。
絶対的購買力平価説
外国通貨購買力
自国の一般物価水準
円建て為替レート= ――――――― = ――――――――――
自国通貨購買力
外国の一般物価水準
相対的購買力平価説
比較時の
自国の物価指数
= 基準時の為替レート × ――――――――
均衡為替レート
外国の物価指数
基準時として購買力平価に適合した時点をとると、内外の物価指数の
比で為替レートを説明することができる。
3 Jカーブ効果
為替レートが国際収支に与
高に動く場
合、
当初は黒
字幅を拡大し、その後、輸出
経常収支
える効果は、為替レートが円
黒字
の減少と輸入の増加が本格化
して、
黒字が減少しはじめる。
円高はドル表示による輸出
時間
0
赤字
価格を引き上げるために輸出額を膨らませる。
69
t
いずれ価格の上昇により需要が減少して輸出額を低下させる。
短期的には、輸出入の価格弾力性が低く。マーシャル・ラーナー条件が
満たされないことによる。
10―3 固定相場制度
1 固定相場制−金本位制
金本位制 自国通貨の価値を一定の重さの金の価値に対応させる制度。
金本位制のもとでは、円高になれば金輸入の圧力が働き、代金として
支払う外国為替の需要が増加。為替レートは円安に向かう。
また、円安になれば、金が流出して外貨供給が増大。円高に向かう。
2 IMFの下での固定相場制
1944 年のブレトン・ウッズ協定にもとづきIMFが設置された。
協定では、米ドルを金にたいして平価を設定して金交換性を保証、
他の通貨はこの米ドルにたいして平価を設定すること。為替レートを
平価の上下1%の範囲以内に維持することとした。
中央銀行はこの範囲内に為替レートを納めるために為替平衡操作の義
務が生じた。ドルの超過需要にたいしては、中央銀行はドル売り、超過供
給にたいしてはドル買いが必要となる。
なお、同制度のもとでも、国際収支の黒字が持続する国は平価の切り
上げ、赤字が持続する国は平価の切り下げが可能であった。
IMF固定相場制の問題
為替平衡操作のためには外貨準備か必要になるため、国際収支赤字
国、外貨準備枯渇をさけるために国際収支の均衡を優先課題としなければ
ならなかった。
平価の切り下げや切り上げを見込む投機的資本移動を多発させた。
70
3 固定相場制の下での国際収支の不均衡とその調整
国際収支が赤字の場合
政府・日銀は為替市場へのドルの供給を増やす。
マネー・サプライを減少させ、利子率を上昇。
利子率上昇の結果
① 投資を減らして景気を後退させ、輸出を増やし輸入を減らす。
② 資本流入の増加。資本収支を改善。
なおこの効果が弱い場合や外貨準備が不足する場合には、景気引き締
め政策をとる必要がある。
景気を引き締めることにより輸入を減らし、輸出を増やす。
しかし、不況期には景気引き締め政策により景気を一層悪化させるた
め、引き締め政策によるマネー・サプライの減少分を、中央銀行は買いオ
ペレーションを行って帳消しにする必要がある。不胎化政策。
4 ブレトン・ウッズ体制の崩壊
1950 年代以降米国の国際収支の赤字が続いたため、1960 年代にはドル
の信用が低下、投機家はドルを売って金に交換しようとして金投機が続発
した。
海外のドル保有額が米国の金保有量を越えたことから、IMFは、米
国の国際収支が黒字化したときの国際流動性の不足を回避するため、
1970 年に新準備資産SDRを創設した。
1971 年8月ニクソン大統領はドルの金交換性停止を表明。
1971 年 12 月主要通貨の平価変更、為替変動幅の拡大を内容とするスミ
ソニアン合意が成立。
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10―4 変動相場制
為替レートの決定を完全に市場の需給均衡にゆだねる制度。
自由変動相場制あるいは完全フロート制と呼ぶ。
現在主要国でとられている変動相場制は、管理フロート制とも呼ばれ
るように、為替レートの急速な変動にたいしては、中央銀行が市場に介入
する。しかし、為替レートの決定自体には通貨当局は介入しない。
固定相場制当時に主張されていた変動相場制の長所
① 変動相場制のもとでは国際収支の均衡は為替レートの変動によっ
て自動的に達成される。
② 為替投機は、為替レートの変動を押さえるように機能する。
③ 外国のインフレは、輸出を増加させるが、固定相場制では、受け
取り代金としてドルの供給が増加。これによる為替レートの変動を
おさえるため中央銀行がドル買いを行い、その結果通貨供給量が増
えてインフレ化する。
変動相場制のもとでは、為替レートを円高にし、これにより輸出
が抑制される。
(インフレ遮断効果)
④ 外国が不況になると、固定相場制のもとでは輸出が減少して失業
が増加する。変動相場制のもとでは、輸出の減少は為替レートを円
安にし、輸出を促進する。
(雇用隔離効果)
しかし、実際には変動相場制のもとでは、為替レートは、長期的・短期
的に変動することがわかり、為替レートの変動をおさえる政策が必要とな
る。
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10―5 貿易理論
1 リカードの比較生産費説
リカードにより提唱された貿易お
1単位の生産に必要な労働量
よび国際分業に関する理論。
衣料
それぞれの国は、相対的に安く生
A国
5人
産できる比較優位な財に特化し、
B国
4
食料
10人
2
それぞれ貿易により財を交換する
ことにより、分業をしない場合にくらべて利益を得ることができる。
A、B2国、衣料、食料2財のケースを考える。衣料の製造についてB
国がA国よりも安く生産できる場合、B国は絶対優位にある。
一方、B国が絶対優位にあっても、B国では食料品を製造する費用の2
倍を要するのにたいして、
A国では食料品の 1/2 で製造することができる
とする。衣料の製造について、B国が絶対優位にあるもののA国は比較優
位にあるといえる。
両国が比較優位にある財を生産し、貿易により互いに財を交換しあう
ことにより、世界全体の総生産高は高まる。
A国とB国の間での貿易の利益の分配は、財の国際交換比率(交易条件)
に依存する。
交易条件 輸出財1単位と交換できる輸入財の単位数
この比率が大きくなるほど、貿易の利益の分配は大きくなる。
2 ヘクシャー=オリーンの定理
比較生産費格差の要因として、一般生産要素の存在量の違いを重視す
るのがヘクシャ−=オリーンの定理。
労働が豊富な国は、労働集約的な財を相対的に安く製造でき、比較優
位を持つ。資本が豊富な国は、資本集約的な財に比較優位を持つ。
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3 自由貿易と保護貿易
リカードの比較優位説は、完全競争・完全雇用を前提として、自由貿易
が効率的な資源配分を実現することを明らかにした。
しかし、かならずしもこのような前提条件が満たされることはなく、
保護貿易が有効な場合もある。
不況下、失業が存在する経済では、国内での雇用を保証するために保
護貿易が必要となるかもしれない。
参入早々の規模の経済が大きい装置産業では、小さな生産量では相対
的に高費用となり国際競争力が乏しいため、必要な場合一時的な保護措置
がとられる。このような産業を幼稚産業という。
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