大阪府立母子保健総合医療センター(NPHC視察)

『大阪母子総合保健医療センター視察&NPHC 勉強会』
(報告)
日時:平成 24 年 3 月 2 日(金)13:30~17:30
場所:大阪府立母子保健総合医療センター2 階・総長応接室
主催:こどもの病院環境&プレセラピーネットワーク(NPHC)
見学時程)
13:30 集合
13:50 大阪府立母子保健総合医療センター総長・藤村正哲先生 のお話
14:30 「子どもの療養環境改善委員会とHP 室・HP 士」後藤真千子先生
15:00 施設見学(1 階アトリウム,1 階リアニック,2 階オペ室前の廊下,4 階エレベーターホール,5 階西病棟)
16:30 「青少年ルームの話」伊藤麻衣先生
17:00 1 階・青少年ルームの見学
1.大阪府立母子保健総合医療センター総長・藤村正哲先生 のお話
新生児の専門医で日本小児学会の副会長でもおられる藤村先生は,以前より小児医療環境の大切さを強く
ご認識・ご啓蒙されています。
本日は,当センターの立ち上げから今日に至るまでの,子どもを取り巻く医療・考え方の変化・当センタ
ーで実施されていることについてお話し下さいました。
私が,子どもの療養環境に興味を持ったのは,1977 年のアメリカ小児関連のジャーナル「The mother
newborn relationship:Limits of adaptability」
(母と子の絆;適応の限界)という論文で,母と子の
絆が環境によって変わってしまうことを知った頃からです。ニュージーランドは人口の 10 倍ものヒツジ
がいる国ですが,赤ちゃんヒツジが母ヒツジから離れてしまうと,死亡率が高まるという統計があるそう
です。
(総長・藤村先生)
人も同様で,新生児で特に母との交流・絆が重要な時期は出生後数日間といわれ,医療他の理由による必要以上の分離は,母のためにも
子のためにもよくなく,将来分離する行為自体が「虐待」と捉えられる世の中になるだろう,と書かれていました。
(この頃は未だ「母子の絆」という書き方がされていますが,以後,
「親子の絆」に改称されます。つまり,子育ては母のみならず両親双
方からの働きかけが重要で,特に双子の場合は父の存在が必要といわれ,親子と書かれるようになりました)
。
当センターは1981 年創立で,設計のアイデアを出す頃に出会ったのが上記論文でして,家族と患児の生活環境も踏まえた設えを盛り込ん
だ計画を致しました。
(当時の米国の産科病棟には,NICU はあるが新生児室はない状況でした)
1989 年,日本新生児学会の教育講演の際,母と子の絆に関して医師に提言しました。赤ちゃんが如何にしてお母さんを理解しているかは,
お母さんの声を認識していることが心拍数の変化などで分かっています。また,3 歳児を部屋に置き去りにして退室すると(ストレス反応
実験)
,通常の児は母が戻るとまた遊ぶけれども,母子関係が不安定な子は戻っても泣き続ける違いもあり,母子関係の重要性が伺えます。
The Warfare For Children(1958)
,WHO のヨーロッパ憲章,と子どもに対する権利擁護や対応は変化・向上しておりますが,私が講演
録を担当(翻訳)した大阪NORCH 会長(ロベルデープス氏)講演の頃(1986 年)の対象は「子ども全体」であって,入院児に特化した対
策は未だされていない状況でした。
当センターは,新生児室がありません。以下は,当センターの入院環境や親子交流の促進に関する解釈です。例えば,付添い用のベッド
は,親子分離の時間が減らせて素晴らしいですが,以下6 点の認識も必要だと考えます。
①付添い用のベッドはやや時代遅れの設定であるという認識
付添い用のベッドでは,疲労した母・家族が休めない現状があります,
1990 年,当センターでは,ハイリスク児をもつ両親へのプラットレポートを引用して,療養環境として保証した
ものに早期介入(カンガルーケア)があり,そこで親子交流の促進を実施する一方,上記も認識しました。
②職員・家族・子どもの間の相互理解促進の環境づくり
③自由な面会が可能
24 時間面会可能にしました。母・父は電話せず面会可能です。
(当時は,面会機会がなかったり1 週間に1 回であったり等,というような施設もありました)
④保育環境の整備
できる時期からどんどん母・家族に入浴や食事介助などの保育参加をしてもらうようにしました。
食事はミルクチューブで行いますが,1000g 未満の出生児は1 か月間,母乳のみで育てるべく,母乳を冷凍保存し
授乳するようにし,足りない場合に配慮し,母乳銀行を作りました。
⑤早期退院をめざす・無駄な入院をなくす
日本新生児ネットワーク参加の80 病院で作っている冊子で,病院間格差があることが分かっております。
早産時は出産予定日の1 か月前ころ(体重約2kg)から退院する現状をネットワークで共有しつつ不必要な入院を
回避すべく対応をしております。
⑥相談相手(相談支援体制)の重視
母・父等へのパートナー・相談相手は重要になります。子どもの支援に加えて相談支援体制も向上させました。
1990 年代に子どもの権利条約,子どもの権利宣言が提唱され,
「国連・子どもの権利宣言を実現していくために」と題し,学校における権
利他が提唱・履行されていく中,英国では,英国小児科学会が2000 年頃に,その医療・病院版を出しています。
2005 年,当センターは,京都工芸繊維大学学生に委託しホスピタルアートを施行しました。同年開催の,パメラバーンズ先生の「子ども
のアドボカシー」に関する講演で,英国では 2005 年当時で 50 年の歴史があったことも伺い,子どもの権利に関する歴史の長さに感銘し
ました。
2008 年,Sir Al Aynsley-Green(Children Commissioner;ロンドンで1 番大きな小児病院の院長)が「子どもの人権と医療を考える」
を日本小児学会で講演されました。弁護士・増子先生等の専門家が集まりました。病院の中で色々訴えていても医師が理解・導入しない
ことには話は進まないと当会を開催しました。これは,今年度養成が始まり3 月に 1 期生 2 名が修了した「子ども療養支援協会」の発足
という動きにつながりました。
質疑から)
・父と子の関係は大切。父も医療者にとっては同距離であり(母と子の絆→親と子の絆と改称があったように)入院児へのかかわりへの
参画が大切です。
・きょうだいが面会することについて,反対理由の主なものは感染症が心配されるからです。幼児・学童児は,大人に比べて感染し易い
といわれ,
きょうだいが面会することは一般には避けられます。
しかし海外の疫学的なデータからは,
面会に来る子が感染するのは1/100
程度だといわれており,もちろん,うつらない・うつさない対策は大切で,当センターでも面会児には問診を行いますが,柔軟な対応
も大切だと考えます。
米国では,科学的にうんぬんよりも,入れてしまうというところが(入るのが・一緒に過ごすのが)家族の自然な姿というスタンスが
定着している印象です(柳澤)
。
・寝泊まりの場合の親のプライバシー配慮として,当センターでは,ファミリーハウスが12 床あります。
今後の視点)
・小児医療には,生活や家族の立場に立った考えや思想が大切だと思います。如何にしたらいい環境ができるのかを考えていって欲しい
と思います。社会・メディア・親の目によって学会が変わっていき,それが小児医療の向上につながっていくことを願います。
・病院を建て替える時が,病院環境づくりにとって極めて重要なチャンスです。そこで如何に参画・決定・建築するかが,以後の環境を
決定することに概ねなります。当センターでは療養環境員会を設置し,委員長は(新しい風・考えを導入してくれるであろう)若い医
師が担っております。決定権を持たせることが大切です。
・社会的入院の児,レスパイト入院として月2 週間子どもを預かる等への配慮も大切です。
2.
「子どもの療養環境改善委員会とHP 室・HP 士」 後藤真千子先生
大阪府立母子保健総合医療センターでは,2001 年度(2001 年10 月)より「病院における子どもの環境を
考える会(チャイルド・ライフ研究会)
」を立ち上げ,2007 年度より「こどもの療養環境改善委員会」と
改称・委員会へ昇格し,現在も,入院中の子どもの人権を守るために生活と環境を整えるべく活動をして
おります。
私たちは,活動の基本である2001 年に設定した活動目的を大切にして遂行しております(表1)
。
(HP 士:HPS・後藤先生)
表1.活動の目的
子どもは,びょうきを持ち医療を受けながらも,日々成長発達していく。そして,病気を持つことや,医療を受
けることや,子どもとしての経験を病気のために奪われること等に,苦痛を感じている。
当センターの子どもは.病気や医療のために発達が阻害されてはならず,心身ともに人生の貴重な「時」を無為
にしてはならず,人格形成を歪めさせてはならない。
身体医療と平行して,この取り組みを行うことによって初めて,幼い時から先端医療によって生命を守られた子
どもが,一人の人間として豊かな子ども時代を送り,大人になったときに豊かな人生を送れるようになりうる。
そのためには我々は,子どもにとっての病気や医療の体験の意味を知り,発達過程にある子どもへの影響を理解
し,子どもの発達と心と人権を守る,医療の追及が求められる。
具体的には,以下の任務を実施しております(表2)
。
表2.2008 年度委員会任務
・子どもの権利に関する事項
・子どもの療養改善に関する事項
・子どもの療養生活に関する事項
・家族ケアに関する事項
・イベントに関する事項
・その他,必要と認められる事項
「子どもの権利に関する事項」では, 24 時間無制限面会ほか取り組みがされておりますが,工夫や対応上の難しさ・問題もございます。
しかし,できることや職種間連携(共通認識他)をし合いながら対応しております。
2006 年に私の職種(ホスピタル・プレイ・スペシャリスト/当センターではホスピタルプレイ士;HP 士)が入職してからは,少しずつ全
ての職員への理解が進んできており,現在は日本国内で「子ども療養支援士」を養成すべく実習施設としても取り組むまでになっており
ます。今後の課題は,職種間の情報交換と連携の促進,全職員への啓発,年長児への整備の充実,専門部門の確立と担当者の配置,社会
への情報発信等で,具体的には,第2 こども美術館の完成,プレイセンター・青少年ルームの充実,院内共通のプレパレーションブック
の作成,母が児を「対面でだっこし手の採血(コアラ採血といっています)」
・検査・処置への付き添い,新人研修の充実,子
どもの人権についての講演会の実施,プリパレーション小委員会(2011 年10 月発足;家族が分かりやすいポスター・パンフレット作り等)
の開催等を実施していきたいと考えます。
質疑ほかから)
・リニアック(放射線治療)も徐々に心の準備ができる等の効果があり,使用薬物量が減らせたなど効果が浸透してきております。
・大切な業務になると任意・ボランティアではなく,仕事として位置付けて取り組むのが当センターの方針です。委員会は仕事として遂
行しております。委員会開催は月1回18:00~19:00 が基本ですが延びてしまうこともあります。
・ツールの消毒は2 人のHP 士(当職種の院内名称)が行っております。
・当センターは,大阪府における 3 次病院として重要な社会的な責任を持ちつつも,雰囲気はあったかく優しい感じのする手作り感のあ
る病院だと考えております。
3.
「青少年ルームの話」 伊藤麻衣先生
第22 回日本小児外科QOL 研究会にて発表された「入院する思春期患者に必要なリラックスルーム」の資
料を基に,ご説明下さいました。
子ども病院に入院する年長児の悩みは,病状・予後に加え,学業の遅れに対する不安,将来の展望や家族
への負担を考える等,特有のものがあります。子ども病院のプレイルームというと,幼児を対象としたも
のが多く,先述の年長児の状況をも視野に入れた環境設定が望まれます。青少年ルームは,入院している
中学生以上の患児が,日常の医療環境から離れて自由に安心してリラックスできる空間=居場所を提供す
ることを目的に,開設されました。
(HP 士・CLS・伊藤先生)
開室時間は,10:00~11:00 と16:00~17:00 の2 回・計2 時間で,それぞれの時間に2 名程(1 日4 名弱)来室しています。部屋は看
護師やHP 士が付き添い送迎し,
開室スケジュールに基づき利用していただいております。
調理活動などのプログラムを実施する時以外は,
飲食禁止です。部屋は,奥にソファセットとテレビが,手前にキッチンとダイニングテーブルがあります。ダイニングテーブルは卓球台
としても使用できます。壁面にPC とマンガ・本棚が,本棚下の収納扉の中は卓上ゲームなどがしまってあります。そこで青少年の患児た
ちは,マンガを読んだり寝転んだり,DVD 鑑賞や宿題,卓球,ゲーム,時に調理活動でスープやケーキ作りを行ったりします。また部屋全
体を暗くしてプラネタリウムをともして気持ちを穏やかにします。患児からは,癒される,ここに来るとホッとする等と,内に秘めてい
る思いがポジティブになり,病気に立ち向かうエネルギーの獲得に寄与しているように思われます。当室の意義は,気分転換やストレス
の発散,感情表出につながること,同年代の仲間と出会う機会ができること,スタッフや他児とのコミュニケーションの場になることが
あります。今後は,対応スタッフが限られていることや開室時間の制限への対応をすべく,医療従事経験のあるボランティア配置等を実
施していくこと等が課題になると考えております。
付)大阪府立母子保健総合医療センターの様子(写真・記録)
(左・中左:大阪府立母子保健総合医療センター入口・建物/中右:1 階外来受付の開放的なアトリウム/右:RI 検査室入口)
視察当日はあいにくの雨天でしたが, 1 階の外来受付のアトリウムは開放的で明るかったです。ここは患児のみならず そのきょうだい他
も利用する箇所でもあり,同日は雛祭り時期で,紙で作られた雛段飾りが壁に貼ってある等,楽しく温かなゆとりある雰囲気でした。子
ども達が好きであろう「歪んだ鏡」
(立ち位置によって自分が短く映ったり伸びて映ったりする鏡で,大人が見ても面白い)もありました。
(左:かわいくダイナミックなデザインの MRI 装置/中左:壁に蛍光が施されていて宇宙的な印象である放射線治療室に続く通路/中右:カバをイメージした放射線治療装置/右:放射線治療室隣接のプレイルーム)
1 階奥の,放射線検査・治療エリアについて。MRI や放射線を用いた検査では,検査・治療室に患児が1 人になって,姿勢を固定すること
が求められたり,音などが恐怖を誘うこともあると伺います。特に乳幼児の場合は不安だと思いますし,一人きりになることに加え姿勢
の固定をしなければならず大変です。その治療時間を少しでも穏やかに円滑に遂行すべく,子どもたちを飽きさせない先生方の対応そし
て環境配慮がされていました。脳腫瘍などで治療の際に用いる頭部固定グッツにヒーローの顔を描いたものほか,用具や小物にも工夫が
されていました。また,以前は放射線検査・治療外来診察室であった場所をプレイルームにして,検査・治療にかかわる子ども達への対
応スペースとして活用していて(写真右)
,視察・見学者からは「この部屋の広さが,ホッとできる適度な広さだと思う」とありました。
(左・中左:1 階及び病棟の廊下の装飾;京都工芸繊維大学の学生さんらの作品/中右・右:青少年ルーム;落ち着く雰囲気の部屋で,右は卓球台も兼ねられるテーブル)
壁面装飾(写真左・中左)は,フロアによっていろいろなタッチのデコレーションがされているのが,当センターの昔からの取り組み状
況が伺え素敵です。1 階にある青少年ルームは,暖色系の温かみある部屋で,時に若者らしく,そして病気に立ち向かうべく準備・メンテ
ナンスをするために活力を養う部屋として,活用されている様子が拝見できました。
対象者の方が如何に時間を大切に使っていくかを考えて治療・対応することが多い,記録者の職種(作業療法士・リハビリの一職種)か
らすると,ご本人の治療・活動・遂行に加え,周囲の人的・物理的ほかの環境が重要だと捉えております。子どもの活動を支援するハー
ド・ソフトの環境作りが,対象児の,きょうだいの,ご家族の,そして職員ほか周囲の人の,それぞれの時間を楽しく大切に進めていく
大きな土台になると思われます。そして何よりも,これらの設備を円滑に使うべくシステムが当センターにはあり,用具・道具・設備を
丁寧に使いこなしている様子が強く伺えました。当センターの藤村先生・後藤先生・伊藤先生はじめ,多くの方々が,常に課題意識を持
ち取り組まれているご様子,そして長い実績が感じられる施設でした。
(NPHC 鈴木健太郎・作業療法士)
(参加メンバーの集合写真:NPHC 代表・柳澤先生ご提供)
記録:鈴木健太郎(NPHC 運営委員,杏林大学保健学部作業療法学科講師)
監修:後藤真千子(大阪府立母子保健総合医療センターHP 士・HPS)
総合監修:柳澤要(NPHC 代表,千葉大学工学部デザイン工学科教授)