産業と技術の歴史 第2回 産業革命期の人々(1) -産業革命とは何か 2011年4月22日 吉備国際大学国際環境経営学部 大谷卓史 本日のテーマ! • 産業革命(工業化)は、人類の歴史にどのよ うな意味を持っていたのか? • 産業革命(工業化)は、どのようにしてイギリ スで起こったのか?その歴史的条件は? • 産業革命期に活躍した企業家・発明家はど のように生きたのか? 目次 • 産業革命とは何だろうか? • 産業革命の時代=「二重革命」の時代 • 産業革命の歴史的背景:環境・社会・経済・技 術 • 産業革命の進展 • 産業革命期の企業家・発明家たち – リチャード・アークライト:自動紡績機の発明 – ジェームズ・ワット:蒸気機関の実用化 産業革命とは何だろうか? • 産業革命1=イギリスにおける機械制工場の 成立と展開 – 経済活動への機械と動力の導入 • 産業革命2=工業化/近代化による経済と 社会・生活の大きな変化 – 18世紀後半-19世紀にかけて、イギリスで最初に 起こった工業化のプロセス。 – やがて、19世紀終わりまでにフランス、ドイツ、ア メリカ、日本など、現在先進国と呼ばれる国々に 「産業革命」は伝播する。 産業革命とは何だろうか? • 現代の世界をつくる大きなきっかけ – 時間に厳しい社会の誕生 – 職住近接から職住分離へ⇒現代的な働き方と生 活の始まり – 機械と動力による生産の開始⇒20世紀以後の 大量生産消費社会、大衆消費社会 – 都市問題、公害問題の本格的開始⇒20世紀以 後の公害問題、都市問題、地球環境問題も? 産業革命とは何だろうか? • 産業革命をめぐる論争 – 誰が名づけたか?誰が最初に研究したか? • 19世紀の歴史家・社会改良家のアーノルド・トインビー? • 同じく19世紀、マルクスの協力者で労働運動家のフリードリヒ・エ ンゲルス? – 生活水準論争 • 産業革命によって、労働者の生活は豊かになったか、貧しくなっ たか? – 産業革命は存在したか? • 産業革命は、長いプロセスであって、「革命」のような短期のプロ セスではない。 • 「工業化」、「近代化」、「工業社会(産業社会)の成立」等の用語 が使われることも増えている。歴史辞典に項目がないこともある。 産業革命の時代 =「二重革命」の時代 • 「二重革命」の時代:市民革命と産業革命の 時代 – イギリス産業革命の時代:1760~1830年代 • 綿工業の発展から、鉄道の普及まで。 – イギリス市民革命:ピューリタン革命(1642-1645 年)+名誉革命(1688年) – アメリカ独立革命:1775-1783年 • 独立戦争開始からパリ条約(独立承認)まで。 – フランス革命:1789-1792年 • バスチーユ襲撃から第一共和制の樹立まで。 産業革命の歴史的背景 • 16-18世紀:初期産業革命による森林の喪失 • 17世紀後半から18世紀:「農業革命」:第二 次囲い込みと新農法の導入 • 17-18世紀:人口増加と新しい需要の拡大 • 18世紀中ごろ:問屋制手工業とマニュファク チャ(工場制手工業)の成立 • 18世紀中ごろ:7年戦争の勝利(1756-1763 年)→世界商業の覇権と奴隷貿易 • 15-17世紀:禁欲と勤勉、科学的精神の浸透 森林の喪失 • 16Cまでにイギリスの 森林はほぼ消滅。 • ゴルフ発祥の地・セント アンドリューズの風景。 – 12世紀以来の開墾によ る伐採。 – 鉄生産のための木炭の 利用の拡大。 – 建築材としての利用。 – 羊牧による森林の草原 化。 ⇒木炭・木材調達が困難 になる。 4travel.jpのウェブから。 農業革命→人口増大 • 17世紀後半-18世紀、農業改良の進展 – 第二次囲い込み:共有地の所有権を確定⇒貧し い農民が農地を失う⇒農地の生産性上昇+農地 を失った農民の都市流入 • 「羊が人間を食う」→羊織物産業の成長 – 新農法の導入:冬に家畜用飼料としてカブを栽培 するノーフォーク農法の導入⇒家畜+肥料(およ び、穀物)の収量増大 • ⇒18世紀中ごろから人口急増。 新しい需要の増大 • 東インド会社(イギリスの貿易商社)による中 国の茶や綿織物などの輸入→貴族への販売 • ジェントルマン層や富裕な庶民(ヨーマン)層 が、貴族へのあこがれから新しい輸入品の消 費を増大 • ⇒綿織物や茶などの需要の拡大 新しい需要の拡大 • ヴィクトリア朝のプリント 柄キャラコのドレスの例 – ドレスは、当時のデザイ ンを模倣して2004年に 作成したもの。その他、 ショールとパラソルはア ンティーク。 – 米国の公共放送PBSの 番組で製作。 なぜ綿織物? • 綿織物に対する需要の拡大のメカニズム – 羊毛生産は、国内の食糧生産と競合→原料調達 に限界 – 綿織物の原料の木綿は、海外から輸入可能(口 述) • 美しいプリント柄のインド・キャラコの輸入→貴族、金 持ちに流行→庶民の需要も拡大 – 紡績機や力織機の発明/海外の綿織物に代わ る国内の代替品の開発生産→綿工業の発展 (1774、1775頃) 問屋制手工業とマニュファクチャ の成立 • 問屋制手工業 – 家族による生産。奉公人も家族の一員。 – 問屋が材料を家に置き、製品ができる頃取りに来る。 – 原材料の購入費等の投資が不要。販売リスクもない。 • マニュファクチャ – 工場をつくり、労働者を集めて作業を行なう。 – 労働を集約的に行なえる。機械の使用はまだ。 – 原材料の購入・市場での販売のリスクはあるが、経営努 力によって儲けることができる。 世界商業の覇権と奴隷貿易 • 7年戦争(英仏、1756-63)に、イギリスの勝利。 – フランスの北米における権益を入手⇒西インド諸 島と北米13植民地による植民地帝国を形成。 • カリブ海:砂糖の生産、貿易。 • ミシシッピ川以東のルイジアナ・フロリダなど:タバコの生産、貿易 (とくに、ヴァージニア、メリーランドの植民地) • ⇒黒人奴隷による換金植物の生産。 – 三角貿易の発展⇒港湾都市周辺の資本蓄積 • イギリス:銃・木綿製品などを輸出⇒西アフリカへ • 西アフリカ:黒人奴隷を輸出⇒カリブ海へ • カリブ海・北米植民地:砂糖、タバコの輸出⇒イギリス、欧州へ 禁欲と勤勉、科学的精神 • 近代資本主義の精神=世俗内禁欲(マック ス・ヴェーバー) – 儲けを生産拡大へ投資。一気に蕩尽しない。 – 時間を守る。遅刻をしない。 – 飲み食いに必要以上の賃金をもらっても、翌日 ちゃんと働きに来る。 • 科学的精神・・・世界の説明に神は不要。 – 自然は機械である。 – 自然は数学によって理解できる。 禁欲と勤勉、科学的精神 • 近代資本主義の精神=世俗内禁欲(M.ヴェー バー) – 予定説(ジャン・カルヴァン)→救済されるかどうかは神が最初から定 めている。 – 禁欲的労働による社会貢献→神の栄光を顕すことで、自身の救済を 確信する。 – 「時は金なり」(ベンジャミン・フランクリン) • 17世紀科学革命→18世紀聖俗革命 • 11世紀以来の数量化(商業の発展が背景)→17世紀科学革命(A.W. クロスビー)、 • 神の御心を知りたいという宗教的欲求+大航海時代における社会的 ニーズ→17世紀科学革命(R.K.マートン) • 啓蒙知識人による宗教の否定→18世紀聖俗革命(村上陽一郎) 産業革命の進展 • ざっくりといえば・・・ • 綿工業の発達→近代的製鉄技術/工作機械の発 展/蒸気機関の利用→鉄道網の発達 – 綿工業:飛び杼(1733)、自動紡績機(1764)、力織機 (1785) – 製鉄技術:コークスの利用(1709) 、圧延法(1783)、パド ル法(1784)、熱風炉(1828)。 – 蒸気機関:復水器(1769)、ガバナー(1781) – 鉄道:蒸気機関車(1814)、ロケット号(実用的蒸気機関 車、1829)、ロンドン・バーミンガム鉄道(1837) 産業革命の進展 • 新しい工業都市 – マンチェスター – バーミンガム – グラスゴー • 港町 – リヴァプール(奴隷貿易 の中心の一つ) 産業革命期の企業家・発明家たち • • • • • • • • • • T.ニューコメン(1664-1729):大気圧機関(1705年) A.ダービー(1678-1717):コークス製鉄法(1709年) J.ケイ(1704-1780):飛び杼(1733年) J.ハーブリーヴズ(1720頃-1778):ジョニー紡績機(1764年) R.アークライト(1732-1792):自動紡績機の発明(1769年) J.ワット(1736-1819):蒸気機関の実用化(1769年) S.クロンプトン(1753-1827):ミュール紡績機(1779年) H. コート(1741?-1800):パドル製鉄法(1784年) E. カートライト(1743-1823):力織機を発明(1785年) G.スティーヴンソン(1781-1848):蒸気機関車(1814年) イギリスの階級社会 Catherine Elizabeth Middleton & Prince Wiliam of Wales 木綿から織物ができるまで • 木綿の収穫⇒紡績⇒染色⇒織り上げ • 紡績工程:木綿繊維を引き出し、より合わせ て糸をつくる工程。 リチャード・アークライト :自動紡績機の発明 • Richard Arkwright( 1732-1792) • 英国の発明家・企業家 • ジェニー紡績機を改良 、水力紡績機を発明。 • 紡績工業の大規模な 事業化に成功。 • 1786年、ナイトの称号( Sir.)を得る。 リチャード・アークライト :自動紡績機の発明 • どん底生活から出発。 – 理髪職人として成功、かつら仲買人として成功。 • J.ケイと出会い、ジョニー紡績機を改良。 – J.ケイ:飛び杼の開発者。 – 資金提供者を見つけるのも大事な仕事。 – 発明のために実験工場を建設。発明は難航。奥 さんも逃げる。 – 馬を動力とする自動紡績機を発明(1769年特許) リチャード・アークライト :自動紡績機の発明 • クロムフォードで水力紡績機(ウォーター・フレーム) を据え付けた紡績工場を建設(1771年)。 – 当初、靴下編み用の糸を製造。 – キャリコの織り布の縦糸を製造⇒大成功。 • 従来、縦糸は麻を使用(綿糸では弱かった)。 世界初の水力紡績機工場(クロム フォード)。 海外産業博物館(http://www.tcpip.or.jp/~ishida96/museum/95eu18_Cromford%20Mill.htm )から引 用。 リチャード・アークライト :自動紡績機の発明 • 苦難の時代(1780年代) – 縦糸に木綿を使うキャリコには二重課税をかける 運動⇒1774年、アークライトの働きかけで二重課 税を廃止。 – アークライトの特許に挑戦する訴訟が起こり、敗 北(1785年)⇒技術の模倣者が多数登場し、紡 績技術のみの優位性は示せなくなる。 – 機械化による失業を恐れたラダイットたちの破壊 活動。 リチャード・アークライト :自動紡績機の発明 • 蒸気機関の導入と事業拡大 – 1790年、ノッティンガム工場に動力として蒸気機関を導入 ⇒立地制限からの解放。 – 紡績工場、織布工場を次々に建設。 – 朝5時から夜9時まで働き、高速馬車で工場を回る毎日。 • アークライトの企業経営の成功(単なる発明家では ない) – 企業内訓練の重視(最新式の独自の機械を利用していた ため)。 – 市場開拓法は、現代的なマーケティングの先駆的なもの 。 – 工場建設は、後世の紡績工場に模倣される。 企業家/起業家とは? • 単なる発明家ではない。 • 発明を市場/社会へともたらす事業を構築で きる者。 – 発明を市場/社会へともたらす活動=イノベーシ ョン(新結合、近年では技術革新) – 事業・経営における手腕がイノベーションを行う 者には必要。 – 必ずしも優れた発明家=優れた経営者ではない 。企業規模が拡大すれば、分業が必要になる(ド ラッカー) リチャード・アークライト :自動紡績機の発明 • アークライトの晩年 – 1786年、ナイトの称号。 – 1787年、ダービーシャ ーの高等長官に任命。 – クロムフォードに豪華な マンションを建設し、ジェ ントリーとして余生を送 る準備。 – 1792年、引退することな く死去。 – 息子のリチャードが事業 を引き継ぎ、拡大。 ArkwrigtがCromfordに建設した Willersley Castleの冬の風景。 http://www.flickr.com/photos/41162 995@N06/5229809684/ より。 参考書 お勧めのものは青字・☆印 • 荒井政治・内田星美・鳥羽欣一郎編(1981)『産業 革命の世界① 産業革命の展開』有斐閣. • 荒井政治・内田星美・鳥羽欣一郎編(1981)『産業 革命の世界② 産業革命の技術』有斐閣. • 荒井政治・内田星美・鳥羽欣一郎編(1981)『産業 革命の世界① 産業革命を生きた人びと』有斐閣. • 川北稔(2010)『イギリス近代史講義』講談社.☆ • 木下康彦・木村靖二・吉田寅編(2008)『改訂版 詳 説世界史研究』山川出版社.☆ 参考書 お勧めのものは青字・☆印 • 角山栄(1984)『産業革命の群像』清水書院. • 角山栄(1975)『生活の世界歴史10 産業革 命と民衆』河出書房新社. • ホブズボーム、E.J.(1989)安川悦子・水田洋 訳『市民革命と産業革命--二重革命の時 代』岩波書店.
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