ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 潜在性甲状腺機能異常症(潜在性甲状腺機能亢進症/低下症)(130725) 前医で甲状腺の異常を指摘されたが、最終的には問題がないと説明されたという。気になるの で調べてほしいということで再検査したところ、甲状腺ホルモンは基準値内だが、TSH 0.15 であっ た。 また別の患者。動悸とだるさがあるということで、採血したところ、甲状腺ホルモンは基準値内で あるが TSH 0.01 であった。 これはリスクになるのか。潜在性甲状腺機能亢進症について簡単に調べてみることにした。 血中の甲状腺ホルモン値は正常であるが、TSH が高値もしくは低値である人が数多く見つ かるようになった。これを潜在性甲状腺機能異常症という。2) 潜在性甲状腺機能異常症(潜在性亢進症、潜在性低下症)は、臨床的にとらえられない程度 の軽い甲状腺ホルモンの過不足状態という意味である。1) FT4 が基準値を下回るものが顕性低下、上回るのが顕性充進であるのに対し、FT4 が基準 値で、TSH が高値であるものを潜在性低下、TSH が低値である場合が潜在性亢進と定義さ れている。1) 個人の甲状腺ホルモン濃度の正常域は基準値より狭く、わずかでもはずれると TSH は異常 値となる。したがって潜在性異常は軽微な異常を意味する。なお FT4 が基準値の場合は TSH が高値でも FT3 は基準値を示す。1) 第 1 次調査の参加者では、正常 89.2%(2,007 名)、潜在性甲状腺機能低下症 3.3%(75 名)、 潜在性甲状腺機能亢進症 2.3%(52 名)、顕性甲状腺機能低下症 3.4%(77 名)、顕性甲状 腺機能亢進症 1.8%(40 名)の割合であった。2) 潜在性甲状腺機能低下症の有病率は、閉経後女性を対象としたオランダの Rotterdam Study で 10.8%(TSH 4.0μIU/ml 以上を基準)、アメリカの NHANESIIIstudy で 4.3%(TSH 4.6 μIU/ml 以上を基準)、コロラドの調査でのデータでは 8.5%(TSH 5.1μIU/ml 以上を基準)、 長崎の原爆被爆者での調査では男性 9.8%、女性 10.5%(TSH 5.0μIU/ml 以上を基準)に 認められている。これらの報告に比べると、NILS-LSA での潜在性甲状腺機能低下症頻度は、 全体で 3.3%、男性 2.5%、女性 4.2%とやや低い値となっている。一方、潜在性甲状腺機能亢 進症の有病率は NHANESIII study で 4.3%(TSH 0.4 μIU/ml 未満を基準)、65 歳以上の高 齢者の集団では 1.5%(TSH 0.44μIU/ml 未満を基準)であった。2) ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 亢進症による影響については、このほかに死亡率を調べたものがある。60 歳以上の 1,191 人 の住人を TSH 別に 10 年間追った英国の cohort study である。 TSH が低値であったもの は全体の 6%で、この 71 人のうち顕性亢進症はただ 1 人で、残りは潜在性亢進症であり、 England and Wales の age-specific、sex-spechic、year-specific data の死因と比較した ところ、すべての死因、ことに心血管系、循環器系で死亡した率が高かったという。1) (知能・鬱との関連では)潜在性甲状腺機能低下症・亢進症と正常群との間で有意差のある ものはほとんどなかった。海外での報告でも認知機能や抑鬱との関連を否定するものが多 い。2) 潜在性甲状腺機能亢進症の精神神経状態やクオリティオブライフ(QOL)への影響について もいくつかの報告があり、潜在性甲状腺機能亢進症も多くの局面に影響を及ぼす可能性が あることが最近判明してきた。3) 中性脂肪 、総コレステロール、HDL( high density lipoprotein)コレステロール 、LDL ( low density lipoprotein)コレステロール、アポ蛋白、リポ蛋白(a)について正常群と比較したところ、 潜在性甲状腺機能低下症・亢進症ともに脂質代謝のほとんどの指標で有意な関連が認めら れなかった。2) 脂質のプロフィールと TSH の濃度との関係を検討し、TSH が 10μU/ml を超える潜在性低下 症では、サイロキシンの補充療法により HDL コレステロール濃度が 30mg/dl 程度低下したと の成績があり、同様の成績は海外にもみられ、注目に値する。なお TSH が 10 未満のものに 対する治療の要否は、他の危険因子を考慮して個々に決めるべきだと考えられている。1) 潜在性甲状腺機能低下症は男性で虚血性心疾患との関連があり、総死亡率も高値であると いう本邦の報告や虚血性心疾患のリスクを増大させるというメタアナリシスの報告もある。そ の一方で、潜在性甲状腺機能低下症での虚血性心疾患の発症率は有意に高くなかったとす る高齢者を対象とした米国の調査や、治療効果に対するエビデンスは不十分であるとするメ タアナリシスもある。2) メタアナリシスでは潜在性甲状腺機能低下症では冠動脈性心疾患のリスクとの関連が示さ れたが、潜在性甲状腺機能亢進症においては心血管病変による死亡率は変わらなかった。 また、甲状腺ホルモンは骨代謝に大きな影響を及ぼすことが知られているが、潜在性甲状腺 機能亢進症の骨密度、骨代謝マーカー、骨折率に対する影響については必ずしも結果が合 致していない。閉経後の骨折率については TSH が 0.1μU/ml 未満のものでは骨折のリスク が高くなったが、0.1 から 0.5μU/ml のものでは変わらなかったとの報告がある。3) 潜在性甲状腺機能異常の治療の要否に関しては、亢進症の方は必ずしも必要ないとの見 解もあるが、潜在性低下症は、すでに述べたように、TSH が 10μU/ml を超えるものは治療 を要すると考えられており、TSH がこれ以下の場合は循環器系の他の危険因子を考慮して ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 個々に検討されるべきだとされている。1) 潜在性甲状腺機能異常症については、その臨床的な意義がまだまだはっきりしない。特に 潜在性のうちに治療が必要かどうか、治療することによる危険性と有用性については、日本 でのエビデンスがほとんどない。2) 潜在性甲状腺機能低下症に伴う各種の異常が疫学的研究により明らかにされたが、米国を はじめとして学会勧告では当初潜在性甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモンの補充療 法を行うべきだとする科学的証拠は不十分であると報告された。しかし、このようにグレーゾ ーンにある病態に対して治療効果を科学的に証明することは困難であること、また、治療を すべきでないとする証拠も不十分であることが指摘され、個々の症例に対しての治療は担当 医の臨床的判断に任せるべきとの考えが出てきた。3) 潜在性機能低下症は妊娠時と妊娠希望者では速やかに補充療法を開始すべきとされてい る。他の患者では永続性、原因疾患、症状・徴候の有無、TSH 値、甲状腺腫、年齢、合併疾 患を考慮して決定する。3) (潜在性甲状腺機能亢進症については) 放置してよいかどうかについては一定の見解は得 られていないが、心房細動や骨粗鬆症の罹患率の有意の増加が報告されている。4) TSH が 0.1 μU/ml 未満の潜在性機能亢進症患者では閉経後、60 歳以上、骨粗鬆症や心 疾患を有する場合は甲状腺中毒症を是正すべきとされている。3) (参考文献 3 より引用) ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html (参考文献 3 より引用) 治療方針がはっきりと決められているわけではなさそうだが、甲状腺機能の程度や患者の状態 によって治療方針がある程度方向づけられている。 海外のガイドラインも参照する。 潜在性甲状腺機能亢進症について。 When TSH is persistently <0.1 mU/L, treatment of SH should be strongly considered in all individuals ≥65 years of age, and in postmenopausal women who are not on estrogens or bisphosphonates; patients with cardiac risk factors, heart disease or osteoporosis; and individuals with hyperthyroid symptoms. 2/++0 When TSH is persistently below the lower limit of normal but ≥0.1 mU/L, treatment of SH should be considered in individuals ≥65 years of age and in patients with cardiac disease or symptoms of hyperthyroidism. 2/+00 ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html (参考文献 5 より引用) 以下は潜在性甲状腺機能低下症についての記載。 The consensus panel recommended against routine treatment of patients with subclinical hypothyroidism with serum TSH levels of 4.5–10 mU/liter, but indicated that treatment was reasonable for patients with TSH levels greater than 10 mU/liter. Again, these recommendations were based on the existing evidence being insufficient to recommend for treatment in patients in the 4.5–10 mU/liter range, whereas the evidence, although still considered inconclusive, was more compelling for patients whose TSH level is above 10 mU/liter. The evidence reviewed consisted of published data regarding the projected rate of progression from subclinical to overt hypothyroidism and the effects of levothyroxine treatment on symptoms, depression, lipid profiles, and cardiac function. Although our panel agrees that the data for treating patients with TSH levels above 10 mU/liter is more compelling, we also believe that, in our opinion based on the available data and our collective clinical experience, most patients with serum TSH levels of 4.5–10 mU/liter should be considered for treatment, with the key determinant being the clinical judgment of the provider. This belief is in agreement with a published opinion survey of thyroid specialists (17) and a previously published recommendation by one of the present authors (22). We consider thyroid failure to be a continuum, with patients having TSH levels of 4.5–10 mU/liter (or possibly lower) on one end and patients with myxedema coma on the other end. Milder disease would, of course, be expected to have milder adverse effects, and the demonstration of beneficial treatment effects would accordingly require larger numbers of subjects and longer treatment periods to be conclusive. We agree that adequate data are not yet available in this category. However, again the lack of definitive evidence for a benefit does not equate to evidence for lack of benefit. ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 参考文献 1. 百渓尚子 , 板倉勝 , 西崎泰弘, 小川哲平. 潜在性甲状腺機能異常症.総合健診 31(3): 482-489, 2004. 2. 下方 浩史, 安藤 富士子, 北村 伊都子.地域住民における潜在性甲状腺機能異常の頻度 と実態.日本内科学会雑誌.Vol. 99 (2010) No. 4 3. 磯崎 収.潜在性甲状腺機能異常.日本内科学会雑誌.Vol. 99 (2010) No. 4 4. 潜在性甲状腺機能亢進症.医学書院 医学大辞典 第 2 版 20090215 5. Bahn RS, Burch HB, Cooper DS, Garber JR, Greenlee MC, Klein I, Laurberg P, McDougall IR, Montori VM, Rivkees SA, Ross DS, Sosa JA, Stan MN; American Thyroid Association; American Association of Clinical Endocrinologists. Hyperthyroidism and other causes of thyrotoxicosis: management guidelines of the American Thyroid Association and American Association of Clinical Endocrinologists. Endocr Pract. 2011 May-Jun;17(3):456-520. Erratum in: Endocr Pract. 2013 Mar-Apr;19(2):384. PubMed PMID: 21700562. 6. Gharib H, Tuttle RM, Baskin HJ, Fish LH, Singer PA, McDermott MT. 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