英国地方道におけるメンテナンスの現状 ALARM Survey 2006および2003 2006年11月 吉田 武 独立行政法人土木研究所上席研究員 道路技術研究グループ(〒305-8516 つくば市南原 1-6) E-mail:[email protected] 英国では、1996 年から毎年、地方道における維持管理の現状について民間団体が調査を実施している。 Annual Local Authority Road Maintenance (ALARM) Survey がそれである。その結果はわが国の道路の維持 管理の参考となる情報を数多く含むため、2006 年と 2003 年の調査について、その概要と結果を紹介する ものである。なお、ここで言う英国は、イングランド、ウェールズおよびスコットランドから成るグレ ートブリテンを指し、北アイルランドは含んでいない。 ALARM Survey の概要 (1)目的 ALARM Survey は、維持管理予算の水準が道路状態に及ぼす効果と計画的維持管理に与える影響につ いて調査するものである。 (2)実施主体 Asphalt Industry Alliance(AIA)。なお、2000 年の AIA の設立より前は Refined Bitumen Association(RBA)。 (3)対象道路 英国道路網の 95%にあたる地方道を対象とし、国道ネットワーク(すなわち、motorways と trunk roads。 イングランドにおいては Highways Agency の所管)は対象とされない。 (4)調査方法 質問状を各機関の維持管理責任者に送付し、その回答を集計する。ALARM Survey 2006 の回答率は 52% (ALARM Survey 2003 の回答率は 55%)であった。道路管理者への質問事項は、維持管理関連予算に関 する問いを除き、道路表面と舗装の維持管理に関連するものであり、調査に橋梁、街灯の維持管理およ び日常的維持管理(例えば、清掃、除草、交通信号の点検)は含まれない。 (5)時点 ALARM Survey 2006 は、2005/2006 年度(2006 年 3 月 31 日まで)における地方政府の道路維持修繕予算 に基づいている。なお、金額について、原文は現地通貨(£)表示であるが、ここでは£1=¥200 とし て円表示した(ALARM Survey 2003 も同様)。 1 1.ALARM Survey 2006 1-1 調査の結果 イングランド (ロンドン除 く) ウェール ズ ロンドン 維持修繕費の不足額 3,300 億円 300 億円 120 億円 1機関あたり平均 29 億円 14 億円 3.6 億円 前年度からの(不足額の)増減 74% 32% -44% 維持修繕費の必要額に対する割合 32% 38% 58% 85% 100% 78% 59% 109% 22% 賠償請求に対して支払われた金額 95 億円 11 億円 32 億円 1機関あたり平均 82 百万円 49 百万円 97 百万円 賠償請求への対応に職員が費やす時間数 47,000 日 5,033 日 14,600 日 1機関あたり平均 411 日 228 日 444 日 56 年 97 年 28 年 適切な維持修繕費が与えられるとして残事業の完了に要する期間 10.9 年 12.1 年 7.4 年 維持修繕の必要量の過去 10 年間での増加割合 40% 124% 36% 65% 73% 37% 応急措置(Reactive Maintenance)に使われた予算の割合 24% 37% 31% 維持修繕費の総額 1,600 億円 180 億円 160 億円 1機関あたり平均 13 億円 8.2 億円 5 億円 前年度からの増減 24% 134% -3.5% 維持修繕予算の不足が道路利用者の安全を脅かしていると認識し ている機関の割合 舗装に起因する交通事故あるいは車両損害に関する道路利用者か ら道路管理者への賠償請求件数の過去 10 年間での増加割合 現状の予算ベースでの表層の打ち換え頻度(一般的に道路種別に より 10~20 年毎とされている) ひび割れ、老朽化、ポットホール等の目に見える損傷の過去 10 年 間での増加割合 2 1-2 現場技術者の意見 ・政治的重要性が鍵である-道路では票を取れない ・その投資が節約になることを示せれば上手くいく ・Best value パフォーマンスが議会の動きを妨げることもある -しかしこれは、課題を真に解決するのでなく目前の障害を片 付けているだけであり、十分ではない ・去年も言ったが何も変わっていない-道路の仕事は社会福祉 維持修繕費の不足(structural や教育と比べて雑務(Cinderella service)と思われている。 maintenance budget) ・維持修繕費を獲得するための脅し文句として共同故殺 社会福祉や教育のような他部局に対抗し (corporate manslaughter)を使っている-彼らの教育として理想 て十分な予算を獲得することについて悲 的ではないが 観的である。特定の目的に用いその他の ・夜間作業を増やせば予算を 35%増やすことができる 目的に用いないリン グフェンシング(資 ・市内で行える作業量には上限がある、なぜなら、市民は神経 産の流出防止)予算のメリットに対する 質で、彼らが我慢できるだけの道路工事しかできない コンセンサスが形成されていないようで ・長期事業費確保の強固な論拠とするためにアセットマネジメ ある。楽観的な意見もある。技術的デー ントに目を向ける必要がある タ収集に基づく確固 とした統計があれ ・放置される道路もあるという難しい選択をしなければならな ば、パフォーマンス目標を達成するため い にどこにいつ出費すべきかを証拠を挙げ ・議員が Best value パフォーマンス指標を通じて道路の水準の て弁論することができる。 低さに気付き始めた-この2,3年で維持修繕費は増えるだろ う ・維持修繕費のレベルが年によって変動するようでは計画はで きない Best Value :1999 年の地方政府法に定められた地方の公共事 業機関の継続的改善の義務 応急措置(Reactive Maintenance) ・道路を供用開始の状態に戻せれば状況を管理できるようにな かなりの割合の予算を応急措置という形 る-応急措置は金がかかりすぎる で効率悪く使わざるを得ないことにフラ ・応急措置は好むと好まざるとに関わらず必要である-リスク ストレーションがたまっている。初期段 を予測し最小化することが課題である 階での適切な事業費の手当が長期での節 ・夜間工事の要求が増えている-もともと金のかかる応急措置 約に通じるという見解である。 が手に負えなくなっている 3 ・金を使う対象は別にあるようだ-その金が教育に使えるもの なら誰が道路に使う ・維持修繕費は短期的であることが特徴-まるで火消しに追わ れているようだ ・クラックに見合った予算要求をしている-問題の本質に迫っ ておらず予算不足の理由となっている ・部局全体が予算不足でかつ長期的視点を得られないときに金 を次期に繰り越すことは困難である ・維持修繕費は計画的に-年度末に渡してすぐに結果を求める ことはできない 予算不足(budget shortfall) ・物価上昇前にあった維持修繕費を物価上昇後に使うことにな 予算の効率性に影響を与える多くの要素 るような予算流用は効率的でない-解約等で縛っておけば再 についての不平が聞かれる。長期計画へ 配分の対象にはされない の熱望は共通している。 ・長期的には、アセットマネジメントが正しく実施されれば不 足は改善される ・地方レベルの維持修繕費の問題はリングフェンシング(資産 の流出防止)のような手法が導入されるまで続く ・アセットマネジメントにより維持修繕費と必要額の正確な比 較が可能になる。 維持修繕費の増額は助かる-しかし重大なインパクトを与え るほど十分ではない ・維持修繕費のレベルが毎年変わる不確実性の下では計画は立 てられない ・流用は必ずしも解決にはならない-問題の先送りだ 残事業(backlog) 維持修繕費が必要なだけ使えるとして、 現在の体制で道路網の状態を標準まで引 き上げるのに必要な時間 表層の打ち換え頻度(road surfacing) 一般的に道路種別により 10~20 年毎と されている ・残事業を減らす見込みはない-直近の問題に忙殺されている ・変わるとは思えない-どこから金が来るというのだ ・道路に継ぎを当てていて投資しているのではないという現実 ・皮肉なことに、道路のことを知れば知るほど問題が山積みに なっていく ・優先順位を付けなければならない-しかしそれでも必要なだ け打ち換えるには苦労する ・主要でない道路は放置することになるだろう-全てをできる 構造に係る維持修繕(structural わけがない maintenance) ・構造に係る維持修繕を今始めない限りひどい目に遭うことは 分かっている 4 目に見える損傷(visual defects) ひび割れ、老朽化、ポットホール等 ・職務を怠っているという危険性がない限り放置せざるを得な い状況だ ・軸重に加えて交通量そのものも困難な状況をもたらしている ・これから起こることを予言することなどできない ・時代を象徴している-訴訟好きな社会に我々は生きている 賠償請求(insurance claims) ・この問題を取り締まるために近隣の機関と協力して賠償請求 舗装に起因する交通事故あるいは車両損 の常習者を特定している-余計に時間が掛かるが賠償請求を 害に関する道路利用者から道路管理者へ 削減できている の賠償請求 ・交通事故を商売の種にする弁護士は道路の状態にかかわらず 訴えようとする ・もちろん道路状態が良ければリスクは減る 議員の理解(councillors’ understanding) 維持修繕費の問題に対する議員の理解は 深まってきているが啓蒙の努力はこれか らも続く ・理解している人もいればしていない人もいる-もっと感情に 訴える施策と競合していることが問題だ ・声援も受けており我々の立場を支持する後ろ盾になっている ・道路状態が政治的インパクトを持ち始めたという認識が増え つつある 5 2.ALARM Survey 2003 2-1 予算の現状 (1)維持管理関連予算 機関毎の 2002 年度の維持管理関連予算(橋梁の維持管理及び日常的維持管理を含む)の平均は、全体 で 2,220 百万円、ロンドンで 860 百万円である。平均でなく総額では、全体で 380 十億円となり、昨年度 と比較して 11%の増加である。 (2)舗装の維持管理 維持管理関連予算のうち舗装の維持管理(すなわち、表面処理、表層打ち換え、舗装打ち換え、パッ チング)の割合は、全体で 39%、ロンドンで 44%であ る。機関毎の舗装の維持管理予算の平均は、全体 で 860 百万円、ロンドンで 380 百万円である。平均でなく総額では、全体で 144 十億円となり、昨年度 と 比較して 7%の増加である。 ただし、予算の伸び率に関しては地域差が大きく、ロンドンが 71%の増加であるのに対し、ウェール ズは 20%の減少である。 現場の道路技術者のコメントは以下の通り; 「予算は増えても実際には道路に使われていない。」 「議会が金を節約したいときに削減出来る最大の予算が舗装の維持管理だ。」 「中央政府が道路のためにつけた予算を社会福祉や教育に使うよう議会が再配分している。」 「福祉関連の財源から多くの金を舗装の維持管理に回したおかげで道路が良好な地域がある。昨年度の 支出を働きかけたのは今年の選挙を当て込んだ政党関係者のようだ。今年度の支出はゼロだ。」 (3)財源 20 もの財源からなる地方道の維持管理予算の構成は極めて複雑である。予算構成に関しては地域差も 大きい。 (4)予算執行 予算額を超過して執行した機関の割合は、全体で 23%、ロンドンで 9%であり、その超過割合の平均は 7.5%である。 道路技術者は予算超過の理由として、「見積もりの精度の問題」、「緊急工事」、「最大の予算を抱 えていながらうまく運営されていない他の分野のとばっちり」等をあげている。 他方、全体で 14%の機関が予算に未執行分を生じており、その未執行割合の平均は 15%である。 「人員不足」、「大規模補修工事着手の遅れ」、「災害対応」等が未執行の理由としてあげられてい る。 2-2 応急措置(Reactive Maintenance) 舗装の維持管理として執行された予算のうち、計画的維持管理とはほど遠い応急措置の割合は、全体 で 31%、ロンドンで 36%である。維持管理予算の約三分の一が応急措置に使われているという状況は過 6 去5年間変わっていない。 調査実施主体 AIA によれば、計画的維持管理を進めるのと比べて応急措置は 10 倍割高である。応急措 置は人件費がかさむ上、現在生じている不具合を引き 起こした問題点の解決にはならない。応急措置は、 いわゆる「直しながらいつまでも使う」手法であって、舗装の寿命を延ばすものではない。単にひびわ れの上 に化粧しているだけである。 現場の道路技術者の意見は以下の通り; 「予防的維持をやってないから、応急措置が増えている。」 「十分な金が無いことが、維持管理が計画的でなく応急になる理由だ。」 (筆者註:AIA のコメントの趣旨を踏まえ、Reactive Maintenance の訳語にここでは応急措置を充てた。 海外文献*には Reactive (Corrective) Maintenance を Preventive Maintenance と対比させて定義しているもの も少なくない。*例えば、Foundation for Pavement Preservation: Pavement Preventive Maintenance Guidelines, January 2001(Updated March 27,2001), http://www.fp2.org/pdffiles/PavPrevMainGuides.pdf) 2-3 予算の不足 道路を適切に維持管理するのに必要であると考える予算額に対し、実際に受け取っている予算額の割 合は、全体で 40%、ロンドンで 43%である。 ただし、この 40%という割合は過去3年間で改善されている(Survey 2001: 31%、Survey 2002: 36%)。 現場の道路技術者の意見は以下の通り; 「価値ある資産を適切に維持管理することの経済的意義について権力者は認識すべきだ。」 「これまで道路の点検には多くの金をつぎ込んできたが、維持管理予算の増額には結びつかなかった。」 「予算が純増しているわけではない。以前からあった予算が費目を変えたにすぎない。」 2-4 表層の打ち換え頻度 安全面の理由と効率的、計画的維持管理の観点から、一般的にアスファルト舗装の表層の打ち換え頻 度は、道路種別と交通状況により 10~20 年毎とされている。 現状の予算での打ち換え頻度の平均は、全体で 76 年毎、ロンドンで 34 年毎である。 現場の道路技術者からは、「舗装が 100 年も保たないことは誰でも知っている。今、金が必要だ。」 等の意見が出されている。 2-5 維持管理業務の増大 持管理業務の過去 10 年間での増加割合の平均は、全体で 66%、ロンドンで 33%である。なお、昨年度 の調査結果は 98%であった。 現場の道路技術者の意見は以下の通り; 「道路の老朽化は著しい。」 「道路を安全に供用させるには追加の支出が必要だ。」 「維持管理に回す金がない。」 7 2-6 目に見える損傷 ひび割れ、 老朽化、ポットホール等の目に見える損傷の過去 10 年間での増加割合の平均は、全体で 94%、 ロンドンで 40%である。なお、昨年度の調査結果は 89%であった。 2-7 道路利用者からの賠償請求 (1)賠償請求件数 舗装に起因する交通事故あるいは車両損害に関する道路利用者からの賠償請求件数の過去 10 年間での 増加割合の平均は、全体で 88%、ロンドンで 121%である。 (2)賠償額 地方自治体あるいは保険会社が過去 12 ヶ月に支払った賠償額の機関毎の平均は、全体で 90 百万円、 ロンドンで 135.2 百万円である。 全体の総額では、15.8 十億円の賠償金が支払われている。 (3)賠償請求への対応業務 賠償請求への対応に職員が費やす1ヶ月あたりの時間数の機関毎の平均は、全体で 188 時間、ロンド ンで 140 時間である。 昨年度の調査結果と比較して、対応時間で 45%の増加、賠償額で 35%の減少であることから、地方自 治体が賠償請求に関して手強くなっていることが伺える。 現場の道路技術者の意見は以下の通り; 「道路を調査する優秀なシステムの導入により、賠償請求からの防御については著しく改善した。」 「調査要領があって適切に調査が実施されていることを示せば、ほとんどの賠償請求を免れることがで きる。」 「そもそもの原因は何かということに立ち返らなくては。それは予算不足だ。」 2-8 道路利用者の安全 「維持管理予算の不足が道路利用者の安全を脅かしているか」という質問が過去4年なされている。 「脅かしている」という回答は、過去4年間を通して 70-80%である。 参考: 英国における地方道の維持管理の現状-Annual Local Authority Road Maintenance (ALARM) Survey 2003 よ り-,吉田武,舗装,Vol.38,No.11,pp.29-31 (2003.11) 8
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