主な著書> ・ 『社会的企業の社会的包摂機能の戦略的

全労済協会「生活保障研究会」第 11 回
◆第11回研究会(2012年11月21日開催)
招聘講師講演「労働統合と社会的企業」 塚本一郎 氏
【塚本一郎氏のプロフィール】
◇明治大学経営学部教授。専門は非営利組織論及び社会的企業論。
1995 年 3 月一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了後、佐賀大学経済学部専任講
師(社会政策担当)、同助教授、明治大学経営学部助教授(非営利組織論等担当)等を
経て、2002 年 4 月から現職。2010 年 4 月には同学部公共経営学科長に就任。
<主な著書>
・ 『社会的企業の社会的包摂機能の戦略的社会基盤整備の制度化に関する日英比
較研究』(全労済協会・公募研究シリーズ24、2012年8月)
、
・ フィリップ・コトラー/ナンシー・リー著『コトラー ソーシャル・マーケティ
ング』
(監訳、丸善、2010年1月)
、
・ 『ソーシャル・エンタープライズ:社会貢献をビジネスにする』(編著、丸善、2008
年12月)、
・ 『イギリス非営利セクターの挑戦』
(編著、ミネルヴァ書房、2007年6月)
等多数。
報告概要
1.社会的企業とは何か
⑴社会的企業とは
日本では格差や貧困、あるいは親から子へと貧困が連鎖する問題が表面化している状況
だと思います。欧米等でも、雇用や労働参加率の低下、様々な理由で個人・集団が社会か
ら排除されやすい状況に追い込まれる人々の「社会的排除(social exclusion)」の問題が
深刻化しています。
そこで欧米等では、社会の中で共に助け合って生きていく「社会的包摂(social
inclusion)
」を促進するため、社会への参加や労働市場への参加が困難な人たちを対象に
総合的サービスを提供する「中間的な就労の機会」の必要性が強く認識されています。不
利な条件にある人々の失業が構造的に常態化し、積極的に労働市場政策を行ってもこの人
たちが社会の底辺化して弱者になることを防ぐこと(「社会的統合(social integration)」
)
が困難であり、より積極的な統合政策の必要性から、「社会的企業(social enterprise)
」
が失業に取り組み、雇用創出を促進する役割に注目が集まっています。
社会的企業とは、営利を主な目的とせず、社会的なミッション(使命)を掲げ、社会課
題の解決にビジネスの手法を用いて取り組む組織のことをいいます。社会的企業の組織の
形態は、NPO、協同組合、株式会社など多様であり、一番多い形態は株式会社です。
社会的企業は社会的な価値だけではなく、経済的な価値も同時に追求するような新しい
公共サービスの担い手として必要とされています。
⑵ハイブリッド組織としての社会的企業
アメリカの学者ディーズは社会的企業について、ビジネス(商業)の手法とフィランソ
ロピー(社会貢献)の手法の双方の側面をあわせもつ「ハイブリッド」
(異質のものの混成
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物)だと表現しています。
ドイツの社会学者エバースも、社会的企業は、社会的な目標を持ち、経済的な目標も追
求し、社会・政治的な目標で社会関係資本(social capital)の創造に関連している、と
いう3つの目標において非常にハイブリッドな特徴を持っていると言っています。また、
社会的企業が、政府や企業からある程度自立性を保って社会的であり続けるためには、政
府・自治体、市場、社会関係資本といった資源との相互の依存関係が非常に重要です。
社会的企業の資源ミックス構造(The mixed
resource structure)
出所:Evers et al, 2002.28
(塚本氏資料より抜粋)
さらに、競争戦略論の学者マイケル・ポーターは、これからは株式会社等も社会問題に
積極的に取り組んで経済的価値を追求するようになるということで、社会的企業は「共通
価値」
(Shared Value)だと表現しています。
⑶NPOと社会的企業のコンセプトの違い
NPOは、経済的価値よりも社会的価値を優先しますので、例えば収益を上げたり、利
益を分配したりするなどについてはあまり肯定的に捉えません。一方、社会的企業は利益
を肯定的に捉えており、収益事業から多くの財源を得て、イギリスのコミュニティ利益会
社(CIC:Community Interest Companies)のような一定の利益分配を認める組織もあ
ります。また、新しい社会システムや公共サービスを開発する革新(innovation)やリス
クを取る事業経営手法の点では企業家的です。経済的価値と社会的価値を同時に追求する
意味で、企業家的でありハイブリッドな組織と言えると思います。
また、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)と社会的企業の
違いを見ると、CSRは企業の資源の一部を使った活動ですが、社会的企業は社会的な課
題の解決する活動自体に人的資源も経済的資源を投入する点が全く違います。ただ、営利
企業と社会的企業との境界は次第に曖昧化していると思います。
イギリス内閣府レポートの「新しいセクター概念図」で見ると、社会的企業は完全に商
業的でも慈善的でもない、
「広義の非営利セクター」の中で活動していると理解することが
できます。
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新しいセクター概念図(英国内閣府レポートより)
(「営利」と「非営利」、「公共部門」と「企業」、「非営利組織」と「協同組
合」の境界は絶対的ではない)
出所:Strategy Unit ( Cabinet Office)(2002) Private Action, Public Benefit
Public sector
(公共セクター)
Business Sector
(企業セクター)
Charity
(狭義の非営利組織)
Social
Enterprise
〔社会的企業)
Not-for-profit sector
(広義の非営利セクター:協同組合・共済組織も含む)
(塚本氏資料より抜粋)
⑷社会的企業の台頭の背景(世界的な傾向)
1990 年代以降、世界的に社会的企業や社会的企業家(social entrepreneur)という概
念が、政策的・実践的・学術的にも認知されるようになりました。
OECD(経済協力開発機構)は、社会的企業の顕著な特徴について、失業や社会的排
除の問題に革新的でダイナミックな解決策を見出すことや、社会的紐帯(social cohesion)
を強めるタイプの持続可能な経済開発に貢献することであると指摘しています。
社会的企業が台頭してきた背景としては、非営利組織の収益事業の比重が高まっている
こと、市場や政府が供給しにくい公共サービス分野の提供者としての期待、社会的排除か
ら社会的包摂へという社会的なつながりの回復する役割に対する期待、企業が環境・社会
的側面にも配慮する社会的責任への関心の高まり等が挙げられると思います。
⑷『社会的企業』の多様な組織形態(イギリスの例)
社会的企業について特別な法人格がある国は少ないです。イギリスには様々な法人形態
があります。使う統計により異なりますが、イギリスで活動している社会的企業はだいた
い5~6万社ぐらいと言われています。
イギリスの場合、非営利組織も会社法上登記していますが、ほとんどのNPOが保証有
限責任会社(CLG:community limited by guarantee)です。他は株式会社や協同組合
等の形態です。また、コミュニティ利益会社(CIC)は2004年の会社法改正により創設
された社会企業のための法人格で、NPOと異なり株式発行による資金調達が可能です。
その一方で配当制限と、残余財産分配ができない等、「アセット・ロック」の仕組みで公益
性を担保しています。
コミュニティ利益会社(CIC)
•
2004年 会社法改正により創設された法人格。「社会的企業」
のための法人格を創設することで、社会的企業の社会的認知
の向上に貢献。NPOと異なり、株式発行による資金調達が可
能
株式発行
従来のNPO(CL
Gで登記し、チャリ
ティの資格を有す
る)
利益分配
残余財産の分配
×
×
×
株式会社
〇
〇
〇
CIC
〇
△(配当制限)
×
(塚本氏資料より抜粋)
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⑸労働統合型社会的企業(WISE)への期待
「労働統合」とは、社会的に条件が不利な人たちを、労働への参加を通じて社会的包摂
をするということです。
ヨーロッパでは社会的企業の活動領域としては労働統合が主流であり、労働統合型社会
的企業(WISE: Work Integration Social Enterprise)に期待が高まっています。W
ISEは生産的な活動を通じて不利な状況にある失業者を救済し、社会・労働に再統合し
ていくことを目的としています。研究も活発に行われています。
また、12 か月以上の長期失業等、労働市場で不利な状況にある人たちに対して、永続的
にそこで働くわけではなく、労働市場に戻るための橋渡しとなる中間的な就労の場「中間
労働市場(ILM:Intermediate Labor Market)
」があります。
2.各国の事例(イギリス、アメリカ、韓国、日本)
実際に私が訪問して見聞したり、識者から伺ったりした、各国の主なWISEや就労支
援の社会的企業の事例をご紹介します。
⑴イギリス
①フィフティーン(Fifteen)
カリスマシェフのジェイミー・オリバー氏が経営する有名な社会的企業のレストラン
です。ホームレスや麻薬依存等の様々な理由でなかなか就職できない 18 歳から 24 歳ま
での若者を訓練しています。シェフ、ウエイター、ウエイトレスとして訓練を受けるこ
とで、自信をつけてもらい、社会的なつながりを回復して、ホテルや他のレストラン等
の外食産業に就職できるようにしています。つまり、フィフティーンはレストランとい
う収益事業を基盤に若者たちを訓練しているのです。
フィフティーン(塚本氏資料より抜粋)
②ビッグ・イシュー(Big Issue)
ビッグ・イシューは日本でもご存知の方が多いと思いますが、編集者のジョン・バー
ド氏とザ・ボディショップ元会長のゴードン・ロディック氏がつくった、路上でホーム
レスの人たちが雑誌を販売する収益事業です。収益事業を基盤にして、一方で財団をつ
くってホームレスの人たちにいろいろな生活支援をしています。
③エデン・プロジェクト(Eden Project)
環境系テーマパークを運営する環境教育のNPOです。地場産業が衰退したコーン
ウォール地方に、温室やレストランなど家族連れで楽しめるような環境拠点をつくり、
地域再生につなげました。園芸技術を持っており、最近はガーデニングに力を入れてい
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ます。
また、エデン・プロジェクトと提携しているホームレス支援のNPOシェカイナ・ミッ
ション(Shekinah Mission)は、刑務所と連携して受刑者を対象に、農作業を通して仕
事を経験し、園芸の技術等を習得してもらうなど社会参加の場をつくるようにしていま
す。
⑵アメリカ
①ハウジング・ワークス(Housing Works)
失業やホームレスになる確率が非常に高いHIV感染の人たちの支援を行う、アメリ
カを代表する非営利団体です。中古家具、古着、古本等の現物寄付を受けて高級リサイ
クルショップを経営し、雇用機会を提供しています。
②フェア・スタート(Fare Start)
地元のシェフやボランティア等が協力して、外食産業で働きたいというホームレス、
失業者の人たちを中心に訓練して、外食産業で働けるように就労支援を行っているレス
トランです。
⑶韓国
①社会的企業の現状
建国大学校教授の金才賢(キム・ジェヒョン)氏が明治大学で講演した内容をもとに
お話します。
韓国では 2007 年に社会的企業育成法が成立し、障がい者の人たちや一般の労働市場で
は雇われないような人たちを対象とする2つのタイプの社会的企業に対して、国が支援
をしています。1つは障がい者等の社会的弱者に対して仕事や社会参加を提供するタイ
プであり、もう1つはサービスを提供するタイプです。
社会的弱者が被雇用者の 30%以上を占めて、その人たちに仕事を提供したり、サービ
スを提供したりしているか、いわゆる収益事業をやっているかどうか、ステークホルダー
が参加できるような意思決定の構造を持っているかなど、社会的企業には認証基準があ
ります。認証されると3年間程度の人件費の補助が出ます。
韓国では社会的企業が 680、認証前の予備社会的企業が 1,381 で、雇用者数も約1万
7,000 人にまで増えています(2012 年6月時点)。障がい者の雇用においては非常に効果
を上げているようです。
韓国の社会的企業の現状
社会的企業と雇用者の増加
―
― 社会的企業育成法の制定以降社会的企業と社会的弱者を含んだ雇
社会的企業育成法の制定以降社会的企業と社会的弱者を含んだ雇
用者の増加
用者の増加
社会的企業の推移
(単位:ヵ所)
社会的企業雇用者 推移
(単位:人)
出所:
「社会的価値創造プロジェクト・公開セミナー」(2012.9.20)の金才賢教授プレゼン資料
(塚本氏資料より抜粋)
ただ、最近は障がい者・社会的弱者の雇用対策に特化し過ぎているのではないかとの
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批判があるそうです。また、実際の雇用よりも多めに申告したり、反社会的な組織が利
用したりするなど、制度の悪用によりいろいろな問題が起きているようです。
金氏は本当に安定した雇用の場になっているかどうかは疑問だと指摘していました。
②ドンチョン
帽子製造業者で、日本でいえば社会福祉法人のようなものです。もともとは障がい者
のリハビリ学校として始まりましたが、就職が特に難しい知的障がい者を対象とした就
労支援を行い、雇用の場として帽子を生産しています。商品の質で勝負することを基本
として、障がい者が製造していることは伏せて販売しています。低価格戦略をとり、一
時経営危機がありましたが、他社のデザイナーなどに支援してもらい、ブランド品の高
価格戦略に変えて、他の企業ブランドとも提携して盛り返したようです。帽子には流行
や季節による需要の変動があるため、最近は需要の変動がないコピー機や印刷機のイン
クカートリッジのリサイクル事業も始めて、安定した雇用の場を提供しています。
⑷日本
○コミュニティITスキルプログラム
NPO法人「育て上げ」ネット(理事長:工藤啓氏)はマイクロソフトと共同でコミュ
ニティITスキルプログラムという若者の就労支援を行っています。就職に必要なIT
のスキルを身につけさせることで自信の醸成と就労に導くことを目的としています。マ
イクロソフトがプログラムや費用を提供し、NPOのスタッフが教育を受けた上でIT
講習の講師を務めて、若者たちに教える形を取っていました。
3.まとめ
WISEは制度的な支援なども含めてまだ市場環境が整備されていません。アメリカで
は市場を活用している面がありますが、韓国では国家主導的です。市場と制度的な環境を
どのように整備していくかを検討する必要があると思います。
就労支援に関わる組織は社会的価値と経済的価値の両方を創造するので、両方の価値の
創造を重視する価値創造型に変わっていく必要があるのではないでしょうか。また、事業
によって社会的インパクトがどのように生み出されているのか、例えば被支援者が就職す
ることによって社会もまた便益を受ける「外部性」への視点も重要になるでしょう。
前述の日本のコミュニティITスキルプログラムについて、私は社会貢献の達成度を貨
幣価値に換算して測定して分析することを依頼されました。社会的投資収益(SRO
I:Social Return on Investment)という、事業が社会に貢献する程度を分析する手法を
使って若者就労支援を分析しました。就労達成によって得られた収入の増加は、政府にとっ
ては納税や社会保険料の増加になります。
社会の中に価値を創造する連鎖をつくり出していくことが、これからは必要になってく
るでしょう。その意味で、SROIの分析には限界がありますが、社会的な成果やその外
部性をきちんと評価することによって、社会的企業の重要性や、社会的な投資が重要であ
ることに目が向くようになると思います。
意見交換(抜粋)
◆Q.日本では、弱者を標的にするいわゆる「貧困ビジネス」が存在するため、福祉をビ
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ジネスで行うのはうさんくさいという考えが強いようだ。貧困ビジネスと社会的企業
の線引きをどのように考えたらよいのか。
◇A.
(塚本氏)
確かに貧困ビジネスと社会的企業の線引きがないといけない。イギリスのCICな
どは利益分配の組織にならないように配当制限等がある。また、社会的企業に対して、
イギリスでは警戒心があるようだが、アメリカでは歓迎されているようだ。利益をど
のように捉えるのかが大きなポイントだろう。
◆Q.日本のNPO等はビジネスと組もうとすると意見の対立が起きるようだ。NPOに
はビジネスが入ってはいけないというこだわりでもあるのだろうか。
◇A.
(塚本氏)
日本のNPOや社会的企業は、経営ガバナンス面では理事と経営者とがあまり分離
しておらず、まるで個人商店のようなものが多い。イギリスの場合、チャリティ・ミッ
ション(使命)の力が強く、理事を管理したり、逆に事務局長などが業績の悪い経営
者を解任するなど、個人商店化するようなことはあまりない。
◆Q.社会的企業が社会的弱者を自立させていくために必要な条件は何か。
◇A.
(塚本氏)
日本の社会的企業は提供する側の想いが強く、利用者側の視点がやや弱いと思う。
特にNPOは自己実現型であり、個性が薄れるとか、自分の代だけでやるから後継者
には渡したくないような気持ちがあり、あまり他に広げたくないのだろう。
◆Q.フィフティーンの例では、弱者を雇用して育成していることを顧客に見せて支持を
得て、
「そこを支えている」といい気持ちになるようにして事業と社会貢献とが両立し
ているような気がする。日本ではなかなか両立しない。市場の質が違うのかもしれな
い。
◇A.
(塚本氏)
ただ、フィフティーンなどは、飲食サービス業で働きたい若者に限られてしまう。
そこに行けない人たちもいるわけであり、それに対して労働参加を強調しすぎるのは、
選別してしまう可能性もある。
(文責・調査研究部)
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