Kasam

● シンポジウム 3
虚血性脳血管障害における神経再生と血管新生
3.虚血組織に対する治療的血管新生
伊藤 義彰,黒井
畝川美悠紀,山田
俊哉,鳥海
哲,此枝
要
春樹,海老根妙子
史恵,鈴木 則宏
旨
生体には脳の虚血に対して血管リモデリング,毛細血管の動脈化,血管新生などにより側副血行路を発達させ
る代償・修復メカニズムが備わっているが,必ずしも十分に側副血行路が発達せずに脳梗塞を来たす.一方,急
性,慢性の虚血に対して,血管外科的な血行再建術が試みられ,一定の成果を得ているが血行再建の適応となら
ない場合もしばしば遭遇する.
そこで,主幹動脈の狭窄・閉塞によって生じた虚血に対して,血管新生を惹起・促進することで血流改善を図
り,脳梗塞を予防する治療法が試みられている.
(1)骨髄細胞,血管内皮系幹細胞などの脳組織外にあって血管
新生に関与する細胞の投与・移植,
(2)ミクログリア,アストロサイトなどの脳に内在する細胞を活性化する方
法,
(3)血管新生因子の投与,などが検討されている.
今回,我々はヒト血管内皮細胞を利用した膜状人工血管を作成することに成功し,中大脳動脈閉塞による虚血
に対して縮小効果を認めたので紹介する.
(脳循環代謝
23:90∼94,2012)
キーワード:人工血管,側副血行路,軟膜動脈,中大脳動脈閉塞症,血管内皮細胞
細胞」がかつて注目され,「血管内皮前駆細胞」が少
1.脳における血管新生
ない人は心血管イベントを起こしやすいと報告され
た1).これは血管内皮前駆細胞が少ない人では,内皮
生体には脳の虚血に対して血管リモデリング,毛細
の修復や側副血行路の発達が悪いためと考察された.
血管の動脈化,血管新生などにより側副血行路を発達
また脳梗塞急性期にはさまざまな血管新生を促進する
させる代償・修復メカニズムが備わっている.そのた
物質が血液中で増加することが知られている2).
め主幹動脈に生じたアテローム血栓症により血管を通
一方で,側副血行路の発達が悪く虚血を来たした組
る血流量が低下しても,側副血行路により脳血流を維
織に対して外科的な血行再建術が行われ一定の成果を
持することができる.しかし側副血行路の発達は個人
得ている.ただし対象となる血管の狭窄部位,再建す
差があり,高齢の成人や血管リスクファクターの多い
る血管は限られており,血行再建術の適応とならない
人では側副血行路の発達が悪く脳梗塞に至ってしま
場合もしばしば遭遇する3).
う.この際の側副血行路の発達低下には血管形成細胞
そこで既存の血管とは別の新たな血管系を新生させ
の細胞老化 senescence が関わっていると考 え ら れ
ることで,虚血病巣の血流を改善させるのが治療的血
る.
管新生(therapeutic angiogenesis)である.
こうした血管形成細胞の一つとして「血管内皮前駆
血管新生の誘導法には
(1)骨髄間質細胞,血管内皮系幹細胞などの細胞
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を投与
(2)VEGF,HGF,FGF,DII4,angiopoietin 2,
GCSF などの血管新生因子の投与
(3)ミクログリア,アストロサイトなど血管新生
― 90 ―
3.虚血組織に対する治療的血管新生
図 1. 虚血部位と人工血管シートの模式図.虚血をきたした症例の血液,皮膚などより細胞を取
り出し血管内皮細胞を樹立する.これを間質細胞とともに膜状の人工血管シートに撒き込み,
脳表に移植する.
図 2. 脳表での人工血管シート.移植後 7 日目.GFP でラベルしたヒト脳微小血管内皮細胞が人
工血管シートの中で血管構造をとっているのがわかる.また脳表の血管から血液が流れている
のが,蛍光ラベル赤血球および血漿によって確認された.
を誘導する脳内在の細胞を活性化
一方,血管新生因子の投与についての動物実験は数
などの方法がある.
多くなされている.その一つ VEGF についてはタン
まず,骨髄間質細胞による血管新生の誘導について
パク質または遺伝子で導入した結果,梗塞巣の縮小を
の動物実験の報告として,J. Chen ら(M. Chopp の
認めている8).また脳の修復にあたっては,血管の新
グループ)は,ヒト骨髄髄質細胞を静脈投与したとこ
生とニューロンの新生は並行して行われる必要があ
ろ,中大脳動脈領域に誘導された脳梗塞の辺縁部で血
る.その意味で,多くの成長因子がニューロンの再生
4)
管新生が増加したことを報告した .臨床においては,
だけでなく血管の新生にもかかわっていることが興味
Honmou らは,ヒトに骨髄間質細胞を静脈投与し,
深い9).さらに遺伝子を単独で脳に送り込むのではな
脳梗塞慢性期患者で血流の改善とともに NIHSS の改
く,遺伝子を導入した幹細胞により梗塞巣を縮小でき
5)
善を報告している .また海外では Savitz らが同様に
6)
NIHSS の改善を報告している .さらに Lee らは患者
ることが,Miki ら10),および Zhao ら11)によって報告
されている.
を骨髄間質細胞投与群とプラセボ投与群に無作為に割
網膜の新生においては,血管新生を引き起こす細胞
り付け生存率を調べたところ,有意差はつかなかった
としてアストロサイトの重要性が明らかとされてい
が骨髄間質細胞投与群で死亡の減少を認めた7).
る12,13).我々もこれまで,脳血管の形成・安定にアス
― 91 ―
脳循環代謝
第 23 巻
第2号
図 3. 人工血管シートの効果.中大脳動脈永久閉塞モデルにて梗塞体積の縮小が認められた.
トロサイトの重要性を報告している14).この中でゲル
を得たのでここに紹介する(図 1)
.
上に形成された毛細血管構造をとる内皮細胞に対し
作成には移植細胞の拒絶が起きないように,免疫不
て,周皮細胞やアストロサイトが遊走し,周囲を取り
全マウス(severe combined immunodeficient(SCID)
囲むと,構造が長期間安定するのに役立つことを報告
mouse)を用いた.あらかじめコラーゲンの中に GFP
した.また同様にミクログリアが血管周囲のマトリッ
でラベルしたヒト脳微小血管内皮細胞および間質前駆
クスを分解し,血管新生を促すことが知られている.
細胞 10T1!
2 を撒き込みディッシュ上で膜状にし,人
このように生体脳では血管周囲の細胞に働きかけて血
工血管シートの準備をした.マウスの頭頂骨を開窓し
管新生を調節しており,これを利用することで治療的
硬膜を切除したうえで軟膜の上に,人工血管シートを
な血管新生に役立てることができる可能性がある.
載せさらに観察用の頭窓を装着して開窓部を閉鎖し
た.
2.人工血管シートによる虚血の治療
この状態で経時的に血管新生を観察すると,3 日目
には内皮細胞は互いに連結しあい血管系の基礎が形成
生体における血管新生のうち,ペナンブラにおける
された.さらに 5 日目には血管に管腔構造が認めら
脳実質の血管密度の増加は,脳実質における細動脈,
れ,7 日目には人工血管内に血流が認められた(図 2)
.
毛細血管を介した脳表と並行の血流だけを改善するた
血流の確認には,赤血球をラベルして血球成分の通過
め,虚血巣周辺の血流しか改善できない.したがって
を確認する方法,さらに rhodamine-dextran にて血
脳表での軟膜動脈を介した側副血行路が重要となる
漿成分をラベルして人工血管内が染色される方法の 2
が,この脳表での血管リモデリング,血管新生は個人
通りで確認できた.
その上で,田村法により中大脳動脈を永久結紮した
差があり特に動脈硬化を来たしたり血管新生の予備能
力がなかったりする血管では十分に発達しないことが
ところ,脳梗塞巣は著明に縮小した(図 3)
.
多い.
3.人工血管シートの今後の検討課題
一方これまで人工血管というと,筒状に形成された
足場に内皮細胞を植え込んで作る比較的大型の血管ば
かりが試みられてきた15).こうした大型の血管は脳表
での側副血行路には適していない.
第一に使用する血管内皮系細胞の種類を考える必要
がある.血管内皮細胞を用いる場合,骨髄単核球を用
近年,人工細胞シート(Cell Sheet Engineering)に
いる場合,またその他の幹細胞などを試み,血管形成
よる再生医療が勧められており,角膜,食道,歯周,
性の効率とともに拒否反応の少ない細胞を使用する必
心筋といった比較的平面的に機能する組織から肝臓,
要がある.そのため治療の対象となる患者から採取し
腎臓といった間質型の臓器までが再生されるように
た細胞から血管内皮系細胞を樹立することが望まし
なっている.
い.
そこでわれわれは,虚血部の脳表を被覆する人工血
同時に投与する支持細胞についても,血管形成の能
管シートを作成し,人工的に側副血行路を形成,その
率を高め血管構造を維持しやすくするうえで工夫が必
後に作成した中大脳動脈による脳梗塞が縮小する効果
要である.周皮細胞は直接内皮細胞に粘着し血管構造
― 92 ―
3.虚血組織に対する治療的血管新生
の維持に働くことを我々は既に報告している14).間質
7)Lee JS, Hong JM, Moon GJ, Lee PH, Ahn YH, Bang
前駆細胞である 10T1!
2 は幅広く細胞の feeder とし
OY : A long-term follow-up study of intravenous au-
て用いられておりこれまでにも血管新生における有用
tologous mesenchymal stem cell transplantation in
性が報告されている16).そのほかに,血管平滑筋細胞
patients with ischemic stroke. Stem Cells 28 : 1099―
による血管構造の高次元での構築や,アストロサイト
を用いた血管構造の安定化などが今後考慮すべき課題
である.
1106, 2010
8)Ma Y, Qu Y, Fei Z : Vascular endothelial growth factor in cerebral ischemia. J Neurosci Res 89 : 969―978,
2011
またマトリックスとしてもちいたコラーゲンについ
9)Ward NL, Lamanna JC : The neurovascular unit and
ても耐久性,吸収性などから適性を検討する必要があ
its growth factors : Coordinated response in the vas-
る.
cular and nervous systems. Neurol Res 26 : 870―883,
このほかマトリックスに VEGF や PDGF といった
成長因子を含ませておくことで血管新生が促進される
2004
10)Miki Y, Nonoguchi N, Ikeda N, Coffin RS, Kuroiwa T,
Miyatake S : Vascular endothelial growth factor gene-
可能性がある.
以上,虚血脳に対する治療的血管新生について,
我々
の施設での成果も含めて概説した.今後の臨床への応
用が期待される.
transferred bone marrow stromal cells engineered
with a herpes simplex virus type 1 vector can improve neurological deficits and reduce infarction volume in rat brain ischemia. Neurosurgery 61 : 586―
594 ; discussion 594―585, 2007
文
献
11)Zhao MZ, Nonoguchi N, Ikeda N, Watanabe T, Furu-
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Charbel
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extracranial-
mediated by hypoxia-induced vascular endothelial
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― 93 ―
脳循環代謝
第 23 巻
第2号
Abstract
Therapeutic angiogenesis for ischemic brain
Yoshiaki Itoh, Shunya Kuroi, Haruki Toriumi, Taeko Ebine, Miyuki Unekawa, Satoshi Yamada,
Fumie Konoeda and Norihiro Suzuki
Department of Neurology, Keio University School of Medicine
Brain in physiological conditions has compensatory!
repair mechanisms to develop collateral flow against
ischemic insult by vascular remodeling, capillary arterialization and angiogenesis. Unfortunately not all patients
can develop enough collateral flow and may suffer cerebral infarction. In cases with poor collateral flow, vascular reconstruction through surgery is sometimes tried, yielding certain achievement. However some cases are
unsuitable for vascular reconstruction.
Therefore therapeutic angiogenesis is now under development to increase blood flow by forming new
blood vessels and to prevent cerebral infarction in cases with occlusion or severe stenosis in major arteries ;
(1)Administration of bone marrow cells and other stem cells to supply vascular endothelial cells.
(2)Activation of microglia and astrocyte to regulate angiogenesis
(3)Administration of pro-angiogenetic factors
In the present symposium, we introduce a novel method of angiogenesis in which tissue-engineered blood
vessel in membrane was utilized to reduce infarction volume from middle cerebral artery occlusion.
Key words : tissue-engineered blood vessel, collateral flow, pial artery, middle cerebral artery, vascular endothelial cell
― 94 ―