1.脳循環調節における脳血管支配神経の役割

● シンポジウム 1 Intricacies of Regulation Mechanisms of the Cerebral Circulation
1.脳循環調節における脳血管支配神経の役割
清水
利彦,鈴木
要
則宏
旨
脳血管の外膜には交感,副交感および感覚神経系の神経線維が分布し脳血管の反応性をコントロールしてい
る.交感神経系は上頸神経節を起源とし,脳血管収縮および脳血流減少の作用を有し,神経伝達物質として norepinephrine や neuropeptide Y(NPY)を含有している.副交感神経系は翼口蓋神経節から acetylcholine,vasoactive intestinal peptide,NPY,nitric oxide synthase などを含有する神経線維を,また感覚神経系は三叉神
経節から substance P,calcitonin gene-related peptide,neurokinin A を有する線維を脳血管に送る.これらの
神経線維は脳血流増加および脳血管拡張作用を有している.
さらに感覚神経は脳血管口径や局所代謝状態についての情報をモニターしながら脳血流の総合的な調節を行っ
ている可能性も考えられる.
(脳循環代謝
17:138∼144,2005)
キーワード:脳血管神経支配,交感神経,副交感神経,感覚神経,脳循環調節
tion を中心にシンポジウムで述べた解剖学的特徴およ
はじめに
び脳血管反応性に対する役割について概説する.
1.交感神経系
脳血管はさまざまな因子によりその反応性が調節さ
れている.神経性調節はその中の 1 つであり,多くの
血管作動性物質の発見とそれらに対する抗体を用いた
交感神経は,上頸神経節から内頸動脈に沿って上行
免疫組織化学により明らかにされてきた.脳血管の外
し頭蓋内に入り脳血管に分布している.神経伝達物質
膜に分布し脳血管の反応性をコントロールしながら脳
として norepinephrine(NE)や neuropeptide Y(NPY)
循環を調節している神経線維は交感,副交感および感
を有する3).
覚神経系に分類される.この脳血管を支配する神経線
上頸神経節を電気刺激すると脳血管は収縮し,脳血
維は,脳自身に起源を発する intrinsic innervation と
流は減少することから交感神経系は脳血管に対し収縮
脳の外の神経節に最終的な起源を有する extrinsic in-
作用を有すると考えられている.後藤らは,上頸神経
nervation に大別される1,2).それぞれの神経系の起源
節の電気刺激中に軟膜動脈および軟膜静脈は収縮する
と神経伝達物質は,順行性神経軸索トレーサー,逆行
が,脳組織内の血管は刺激開始直後収縮しその後拡張
性神経軸索トレーサーおよび免疫組織化学の組み合わ
する現象を報告した4).この現象は“escape 現象”と
せによって明らかにされている.特に神経節を起源と
呼ばれ脳組織内血管が収縮することで二酸化炭素が蓄
する神経線維はウイリス動脈輪を中心とした主幹動脈
積し血管拡張が生じると考えられている.これらの結
を支配しており,片頭痛発作や脳血管障害などの病態
果は脳血管が神経性および二酸化炭素による化学的調
に密接に関与する.このため神経節から脳血管に至る
節による二重支配を受け,脳血管の局在部位により神
経路はこれらの病態を考える上での重要な鍵となる.
経性および化学的調節の血管に対する影響が異なるこ
本稿では,ラットにおける脳血管の extrinsic innerva-
とを示している.また交感神経は,急性高血圧など循
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環状態にストレス負荷が発生した際に脳血管調節に影
響し,脳静脈に対する脳血液含有量調節,脈絡叢にお
ける髄液産生量の調節と合わせ総合的に頭蓋内圧制御
― 138 ―
1.脳循環調節における脳血管支配神経の役割
図 1A.ラットにおける脳血管を支配する副交感神経の分布と経路
翼口蓋神経節から篩骨孔との間にある膜様の構造物を通り,頭蓋内に入り脳血管に分布する.耳神
経節からは,小浅錐体神経(LSPN)
,大浅錐体神経(GSPN),大深錐体神経(GDPN)を経て,
上頸神経節からの神経とともに内頸動脈に沿って上行し,脳血管に分布する.内頸神経節からは,
大深錐体神経(GDPN)を経て耳神経節からの線維とともに脳血管に至る.
図 1B.ラットにおける脳血管を支配する感覚神経の分布と経路
感覚神経系は,三叉神経節,内頸神経節および後根神経節を起源とする.三叉神経節からの線維の
分枝である鼻毛様体神経を経て翼口蓋神経節からの神経線維とともに篩骨孔を経て頭蓋内に入り脳
血管に分布する.
を行っていると考えられる.
testinal peptide(VIP)
,NPY を神経伝達物質として
含み,ラットでは翼口蓋神経節,耳神経節,内頸神経
2.副交感神経系
節を脳血管支配神経の起源としている(図 1A).ま
た,これらの神経節から脳血管に至る経路も順行性神
副交感神経は acetylcholine(ACh),vasoactive in-
経軸索トレーサー,逆行性神経軸索トレーサーおよび
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脳循環代謝
第 17 巻
第2号
図 2.脳血管と脳血管を支配する神経節
A.脳血管における NADPH-diaphorase 陽性の神経線維
B.翼口蓋神経節の NADPH-diaphorase 陽性神経細胞
C.脳血管での calbindin D-28k 陽性神経線維
D.脳血管における抗 NK1 受容体抗体陽性神経線維
scale bars=100 µm
免疫組織化学の組み合わせによって明らかにされてい
上行し,脳血管に分布する2,5).内頸神経節は,解剖学
る2,5,6).ま た 最 近 抗 NOS 抗 体 陽 性 ま た は NADPH-
的には大浅錐体神経が側頭骨内で内頸動脈の外側に接
diaphorase 陽 性 の 脳 血 管 支 配 神 経 の 存 在 が 確 認 さ
して通過し,上頸神経節の頭蓋内枝である交感神経の
れ,同時に副交感神経系の神経節でも NOS(nitric ox-
内頸動脈神経と合流して翼突管神経となる部位に位置
ide
synthase)陽性神経細胞が認められており(図
する小神経節である.この神経節からの節後線維は,
2A,B)
,脳血管支配神経において NOS 含有神経線
大深錐体神経を経て耳神経節からの線維とともに脳血
維はおもに副交感神経と共存すると考えられてい
管に至る.内頸神経節は,副交感神経系の神経伝達物
る7).
質を含む神経細胞の他に,感覚系の神経細胞も存在し
翼口蓋神経節は,ラットでは翼突神経の先端に位置
ている.
し,翼口蓋神経節から篩骨孔の間にある膜様の構造物
翼口蓋神経節から脳血管に分布する節後線維神経を
を通り,篩骨孔より頭蓋内に入り,
脳血管に分布する.
電気刺激すると脳軟膜動脈血管口径の増加および脳血
耳神経節からの線維は,図 1A に示したように小浅錐
流量の増加が認められる(図 3A)
.これら脳血流量
体神経,大浅錐体神経,大深錐体神経を経て,上頸神
の増加および血管拡張反応は抗コリン作動性薬物であ
経節からくる内頸動脈神経とともに内頸動脈に沿って
る scopolamine や atropine で抑制されず,VIP antago-
― 140 ―
1.脳循環調節における脳血管支配神経の役割
図 3.翼口蓋神経節節後線維の電気刺激による脳血流量の変化
翼口蓋神経節節後線維の電気刺激により脳血流は増加する.この増加は抗コリン作動性薬物の scoplamine で抑制されないが(A),NOS inhibitor の L-NAME で抑制される(B)(文献 8 および 9
より引用)
.
nist や NOS inhibitor で抑制されることから(図 3B),
3.感覚神経系
副交感神経の活性化に伴う脳血管拡張反応は,ACh
よりもむしろ VIP や NO などの関与が大きいと推察
されている8,9).
感覚神経は,三叉神経節,内頸神経節および後根神
一方,副交感神経を除神経した後,安静時の脳血流
経節を起源とし,神経伝達物質としては,substance
量を測定すると正常コントロール群との間に有意な差
P,calcitonin gene-related peptide(CGRP)を含有
がみられず,副交感神経による血管拡張作用は post is-
する.三叉神経節からの神経線維は,ラットでは,三
chaemic
hyperperfusion や片頭痛などの脳血流に変
叉神経の枝である鼻毛様体神経を経て翼口蓋神経節か
化を及ぼすような条件が生じた時に機能する可能性が
らの神経線維とともに篩骨孔を経て頭蓋内に入り脳血
考えられている.
10)
管に分布する(図 1B)
.
― 141 ―
脳循環代謝
第 17 巻
第2号
図 4.三叉神経節を中心とした脳血管支配神経による血管反応性の調節機序
脳血管支配神経は,脳血管に対しさまざまな影響を及ぼすと考えられるが,現時点での知見をまと
めると以下の 5 つの作用に集約される.
1.上頸神経節からの交感神経による血管収縮作用
2.翼口蓋神経節などからの副交感神経を介する血管拡張作用
3.三叉神経からの逆行性伝導による血管拡張作用
4.三叉神経からの情報が axon reflex を介し交感神経節または副交感神経節へ入力され,脳血管
反応性を調節する作用
5.三叉神経からの情報が中枢を経由し交感神経または副交感神経節に入力され血管反応性を調節
する作用
ラット三叉神経脳血管枝である鼻毛様体神経の電気
Calbindin D-28k は,Ca2+結 合 タ ン パ ク の 1 つ で
刺激は脳血流量を増加させることから片頭痛の実験的
EF-hand family に属する.その機能については不明
動物モデルとして用いられている11).さらに鼻毛様体
な点が多いが細胞内 Ca2+濃度の緩衝作用を有すると
神経の刺激による脳血流増加は substance P の受容体
考えられている.Calbindin D-28k 陽性神経線維はラッ
である neurokinin 1(NK1)受容体拮抗薬投与で抑制
トにおいてウイリス動脈輪前半部を中心に認められ
されないが CGRP 受容体拮抗薬投与および 5-HT1D 受
(図 2C),神経節では三叉神経節,後根神経節など感
容体刺激作用をもつトリプタン系薬剤により抑制され
覚系の神経節に calbindin D-28k 陽性の神経細胞が認
ることが明らかにされている.これらの結果は,トリ
められている13).脳血管においても Ca2+濃度の緩衝を
プタン系薬剤が脳血管外膜周囲に分布する三叉神経終
することで Ca2+により誘発される神経伝達物質放出
末 5-HT1D 受容体に作用し,CGRP の放出を抑制する
の調節などにも関与している可能性が考えられる.
NK1 受容体は tachykinin peptide family に属してい
ことで脳血管拡張および脳血流増加をふせぎ片頭痛発
12)
作を軽減させる可能性を示している .
る substance P に高い親和性をもつ受容体である.
NK1 受容体は脳血管に分布し(図 2D)
,さらに上頸
4.その他の脳血管支配神経
神経節,翼口蓋神経節,耳神経節,内頸神経節,三叉
神経節における抗 NK1 受容体抗体陽性細胞の存在が
最近,脳血管において新しい血管作動性物質を含有
明らかにされている14).抗 NK1 受容体抗体陽性の神経
するいくつかの神経線維の存在が確認されている.そ
線維は副交感神経系の神経線維である VIP と共存し
れらには,
calbindin D-28k,
NK1受容体およびpituitary
ており,このことは脳血管において substance P が神
adenylate cyclase activating polypeptide(PACAP)
経伝達物質として作用するのみでなく神経調節因子と
などがある.
しても働く可能性を示している15).
― 142 ―
1.脳循環調節における脳血管支配神経の役割
PACAP(下垂体性アデニレートサイクラーゼ活性
ペプチド)は視床下部から放出させる下垂体でアデニ
レートサイクラーゼ活性を上昇させる神経ペプチドで
ある.N 末端アミノ酸残基の 68% が VIP の N 末端ア
ミノ酸残基と同様な構造を示す VIP―グルカゴン―成長
ホルモン放出因子―セクレチンスパーファミリーに所
属する.PACAP 陽性の脳血管上での分布は,ネコ,
ウサギ,ラットで認められ,NOS および VIP と共存
し,翼口蓋神経節と耳神経節に起源を有することも明
らかにされている.PACAP は脳血管に対して用量依
存性に血管拡張および血流増加作用を持つことも報告
されている16).
これらの他最近,セロトニン受容体の 1 つである
5HT1B 受容体,ATP 受容体である P2X3 受容体陽性の
神経が認められ,これらは感覚神経系の脳血管支配神
経との共存が確認されている.
おわりに
以上,脳血管の神経性調節について概説してきた
が,これら脳血管を支配する交感,副交感および感覚
神経の相互の連絡についてはいまだに不明な点が多
い.交感神経および副交感神経の神経節には免疫組織
化学を行うと substance P または CGRP 陽性の神経
線維が認められる.これらの線維の一部は副交感神経
節において脳血管を支配している神経細胞を取り巻く
ことが逆行性神経軸索トレーサーを用いた検討から明
らかにされている.また,交感,副交感神経による血
管口径に対する反応も脳血管が過剰に拡張または収縮
したときには機能するが,定常時には作用しないよう
に設定されている.これらは,脳血管の神経性調節が
作用するための何らかのモニター機構が存在している
ことを意味しており,そのモニターの候補一つとして
脳血管に存在する感覚神経が考えられる.その調節機
序としては図 4 に記したように,三叉神経からの情報
が axon reflex を介し直接交感神経節または副交感神
経節へ入力される場合と,中枢を経由し交感神経また
は副交感神経節に入力され血管反応性を調節している
2 つの経路が推察される.
感覚神経系を中心とした脳血管反応性の相互作用に
関する検討は脳血管神経性調節の詳細な機構解明への
糸口であり,今後の研究の進展が期待される.
文
献
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― 143 ―
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脳循環代謝
第 17 巻
第2号
Abstract
Possible roles of the nerve fibers innervating cerebral blood vessels
in regulation of cerebral blood flow
Toshihiko Shimizu and Norihiro Suzuki
Department of Neurology, School of Medicine, Keio University
35 Shinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo, 160―8582, Japan
The cerebral blood vessels are innervated by sympathetic, parasympathetic and sensory nerve fibers, and
these nerve fibers are known to control cerebral circulation.
The sympathetic nerve fibers containing noradrenaline or neuropeptide Y(NPY)originate in superior cervical ganglion, and constrict cerebral blood vessels.
The parasympathetic nerve fibers mainly arise from the sphenopalatine ganglion containing acethylcholine,
vasoactive intestinal polypeptide and nitric oxide synthase, and sensory nerve fibers innervating the cerebral
blood vessels originate in the trigeminal ganglion storing substance P and calcitonin gene-related peptide as
neurotransmitters. These nerve fibers have a feature of dilating the cerebral blood vessel and increasing cerebral blood flow.
Furthermore, while the sensory nerve fibers act as the monitor of the information about cerebral blood
vessel caliber or regional metabolism state, it is also considered a possibility of performing systematic regulation
of cerebral blood flow.
Key words : nerve fibers innervating cerebral blood vessels, sympathetic nerve, parasympathetic nerve, sensory nerve, regulation of cerebral blood flow
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