北極海および北極航路を取り巻く状況

★報告★
海事問題調査委員会
北極海および北極航路を取り巻く状況
海洋政策研究財団
海技研究グループ長
(部長)
加藤
隆一
海洋会には、東西冷戦時代(1966年頃)の頃から、北極航路について議論されていたとの記録が
残っている程で、昔から、この新航路には関心が高かったものと思われます。最近、地球温暖化の
影響で、北極海の海氷面積は明らかに減少傾向にあり、夏場には砕氷船の手助けが必要あるものの、
多数の貨物船が北極海を通過したとの報道が数多く見られるようになって、この夢のような新航路
が現実のものとなってきています。また、先日も業界紙のトップ記事として、LNG船がノルウエー
から北九州の基地までLNGを運んできたとの報道があり我々は驚愕しました。これらは何れも外国
船ばかりで、わが国の商船などはほとんど実績がありません。
そこで、わが国でこれらの諸問題に最も詳しい海洋政策研究財団・海技研究グループ長(部長)
の加藤 隆一殿にお願いして、
「北極航路および北極海に関する諸問題」について解説をお願いしま
した。
北極海および北極航路においては、中国や韓国が科学調査分野や商業分野で積極的に活発に対応
していることに比べ、日本は政府、民間共に消極的な状況にあると結ばれています。今回の解説記
事を契機に我々も北極海に目を向けていきたいと思います。
海事問題調査委員会
委員長
平塚 惣一
海洋政策研究財団と北極航路の関わりは古く、
また、2002年から2
006年にかけては、サハリン
1
9
9
3年から19
99年にかけて日本財団の支援の下で
・エネルギー資源開発の進展を視野に、北極海航
「国際北極海航路開発計画」
(INSROP!JANSROP)
路東側の極東ロシア・アジアの市場力に力点を置
を実施し、北極海航路通航に関わる国際法、関係
いて、
「北極海航路の利用促進と寒冷海域安全運航
国の政治、社会、経済、船舶建造、航海術、保険、
体制に関する調査研究」
(JANSROP!)を実施す
賠償、生態系概況、環境保護等広範囲に亘る研究
るなど長年にわたっており、当財団は北極海航路
を行うとともに、1995年8月には、ロシアの砕氷
の将来性に期待を寄せている。
貨物船カンダラクシャ号を使用して横浜港からノ
地球温暖化現象は、地球上の至る所で様々な形
ルウェーのキルケネスまで実証航海を行い、本航
で影響を及ぼしつつあるが、特に北極海は、気温
路利用効果と問題点を確認し、問題点解決への道
の上昇に敏感で、まさに気候変動のインディケー
筋を検討した。
ターといわれています。近年の北極海の夏季海氷
23●
★報告★
面積は、前世紀後半の平均値(約7
0
0万!)から大
北極圏および同海域の重要性に対する認識が低く、
きく減少している。この減少幅は年々変動による
そのため国レベルでの調査研究活動はほとんど実
ものとするには過大であり、近年の北極海の海氷
施されておらず、北極海や周辺各国の動向や情報
面積に明らかな減少傾向を見ることができる。
等が不足している状況にあった。そこで、平成2
2
さらに近年、北極海に関しては、このような地
年度に各分野の有識者からなる「日本北極海会議」
球温暖化による自然環境・生態系の変化や賦存す
を発足させ、平成23年度までの約2年間で北極海
る資源開発への期待などから、人々の関心が強く
問題を多元的かつ統合的に把握し、我が国が取る
なってきている。我が国は北極海の沿岸国ではな
べき政策や戦略に関して国益と世界益を図ること
いものの、北極海の気象変化が我が国を含む地球
を目的として検討を行った。
全体の気象現象に大きな影響を与えること、北極
平成2
4年3月に、北極海の科学調査、資源、航
圏の資源開発に我が国もすでに関わっていること、
路、安全保障や管理体制の分野について現状と相
あるいは今後大いに関わるべきであること、北極
互関係、将来動向、問題点について分析、整理の
海航路による欧州との航路短縮により国際物流様
うえで報告書※1および政策提言※2を取りまとめ
態を含め、様々な影響を受ける可能性が高いこと
たところであり、今回は同報告書をベースに、我
などの多くの理由により、北極海の問題と密接な
が国海運として留意すべき事項や知っておいて頂
関わりを有している。
きたい事項などを中心に解説する。
一方で、数年前の段階では我が国においては、
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1.北極圏と北極海
(1)北極圏
と北極圏陸域面積は全地球面積の5.
5%程に当たっ
ている。
この北極圏には、ノルウェー、スウェーデン、
北極圏の定義は分野によって異なり、地理学的
フィンランド、ロシア、米国、カナダ、デンマー
には、冬至には極夜、夏至には白夜となる北緯66
ク(グリーンランド)、アイスランドの8カ国が国
度3
3分39秒以北の地域を指している。その他に北
土を有している。
極海とツンドラ気候区を指して使う場合もあり、
さらに北極評議会(Arctic Council ; AC)の CAFF
(2)北極海
(北極の生態系の多様性の保全に関わる作業部会)
次に北極海については、国際水路機関(IHO)の
では、最も高温となる夏期の月平均気温が1
0∼12
定義によればユーラシア大陸、北米大陸、グリー
℃以下となる地域と定義している。定義により異
ンランドに囲まれた面積およそ1,
400万!の世界最
なるが、北極評議会の定義する地域についてみる
小の海洋である。北極海西端はノルウェー海およ
図1 北極海(左;IMO の定義する北極海、右;北極海と海底地形)
●24
★報告★
びグリーンランド海を経て北大西洋へと繋がる。
北極海の平均水深は1,
330mで、中央部には水深
約4,
0
0
0mの深海平原がある。
となっており、北極海の海氷減少が明らかに進行
していることが分かる。
北極の変化は現在も続き拡大している。北極の
北極海に浮かぶ諸島には氷河があり、氷河端が海
氷雪圏(cryosphere)について、ACIA※5のフォロ
洋に接しているものは、これらが棚氷となり、や
ーアップとしてその後の変化を分析したレポート
がて切り離されて海洋へ流出、風化しつつ漂流し、
“Snow, Water, Ice and Permafrost in the Arctic”
船舶の航行や海底資源探査・海底生産設備の設置
では、例えば、今後30から4
0年後には夏の北極海
に際して危険な存在となる。
は無氷域となる可能性があるなど、15種類の Key
Findings を挙げて北極のさらなる変化を示してい
(3)地球温暖化による北極海への影響
北極圏における地球温暖化に関し、IPCC※3の第
4次報告書 AR4において、
大きく踏み込んだ予測
る※6。IPCC AR4において、最も温暖化の影響を
受ける可能性がある地域として、アフリカや島嶼
域と並んで北極が挙げられている。
が試みられている。これによると、北極域の温度
上昇は、その他の地域の約2倍の速さで進むこと
(4)北極圏の社会・経済
が予想されており、かなりの不確実さがあること
厳しい気候条件ゆえに北極圏の都市の数はごく
を念頭にいれたうえで、現時点で見解の一致を見
限られている。これ以外の居住地は限定的で、戦
た予測では、2030年代には夏の北極海からほとん
略上の拠点、資源開発拠点、科学研究観測拠点、
ど海氷が消える可能性が指摘されている。
および古くからの少数民族居住地などが遠く離れ
北極温暖化の影響は北極海を覆う海氷の面積に
端的に見ることができる。図2は、6月から1
1月
て散在する。また北米大陸側は、ロシア側に比し
て人口が少なくかつ町数も僅かである。
にかけての北極海の海氷面積の変化を示したもの
ロシア北極海沿岸における主要な経済・産業圏
であり、1
9
7
9年から2
000年までの期間と近年の海
は、ロシア革命以降軍事拠点であり不凍港でもあ
氷面積が比較されている※4。近年の海氷面積は、
るムルマンスク、鉱物資源開発中核であるエニセ
前世紀後半の最少平均値(約70
0万!)から大きく
イ川河口域のノリリスクおよび古くから物流拠点
減少しており、2012年9月には、人工衛星による
であり歴史的な都市として知られる白海のアルハ
観測が開始されて以来最小の海氷面積
(約361万!)
ンゲルスクなどである。ノリリスクでは世界最大
が記録された。北極海の夏期最小海氷面積を少な
級のニッケル鉱山が稼動しており、生産物の積み
い年の順に並べると、2012年に続いて、今まで最
出しや開発資機材・各種物資の輸送は、北極海航
も少なかった200
7年、その他201
1年、
200
8年、
2009
路を利用して通年で行われている。また極東地域
年、20
1
0年と最近の5年が海氷の少ないトップ5
では、金開発の拠点ペベク、ダイヤモンド開発な
図2 北極海の海氷面積年間推移(左:北極海の海氷展開状況 右:2
0
1
2年1
0月8日時点)
25●
★報告★
図3 北極圏の居住地
どが進められているイガルカなどがある
北極評議会には具体的な調査研究を担う6つの
ロシア以外では、ノルウェー最北部のキルケネ
ワーキンググループがあり、科学・技術の専門家
スにおいて鉄鉱石開発が行われ、北極海航路を通
グループが定期的に会合を開催し、政府高官級会
じて東アジアにも運ばれるようになった。北米側
議にその成果が報告されている。
では、カナダの金などの金属資源開発などが行わ
れている。
北極海における国際法的な係争として、米国と
カナダ間の領海と EEZ 未確定領域の問題、カナダ
とデンマーク間のハンス島領有紛争がある。ロシ
(5)北極諸国をめぐる動き
北極海の5つの沿岸国(アメリカ、カナダ、デ
が妥結したところである。また、カナダが内水と
ンマーク、ノルウェー、ロシア)に、北極海に接
主張する北西航路に関し、米国はこれを国際海峡
続する海域に位置するアイスランド、スウェーデ
と主張し、両国の主張は平行線をたどっているも
ン、および北極圏に国土を持つフィンランドの3
のの、互いに見解の相違があることを公式に認め
ヵ国を加えた8ヵ国は、1996年、この8ヵ国によ
たうえでの主張であることから、両国の関係が大
る高レベル政府間協議体である北極評議会を設立
きく損なわれる懸念はない。他方、大陸棚の延長
した。評議会には北方民族の代表も参加している。
審査においては、ロシアが主張するロモノソフ海
また、非北極諸国であるフランス、ドイツ、ポー
嶺の帰属を巡り、関係国の関心が集まっている。
ランド、スペイン、オランダ、イギリスがオブザ
●26
アとノルウェー間の境界画定問題は2010年に交渉
近年の北極海の海氷勢力の減退によって、今後、
ーバーとして参加を認められている。オブザーバ
艦船が通航できる期間が拡大すると、北極海が海
ーに関しては、日本、イタリア、中国、韓国、EU
軍力バランスのゲームの場になる可能性が出てき
が参加申請を出しているものの凍結され、現在は
た。この影響は北極圏諸国のみならず、非北極圏
アドホック・オブザーバーとして会合ごとに参加
諸国にもおよび得る。また、北極海の資源開発や、
申請を行い、特定の会議のみ参加が認められる不
北極海航路利用国におけるシーレーン確保におい
安定な状況が続いている。
ても、重要な課題となる。
★報告★
2.北極圏のエネルギー資源開発・利用
の企業が権益を獲得している。石油資源を輸入に
頼る日本を含む東アジア地域諸国では、これまで
2
0
1
0年の世界のエネルギー消費量は、経済危機
は中東を主体に石油を調達してきたものの、原油
からの回復を背景に大きく回復し、1973年以来で
・燃油価格高騰に加え、中近東の政情不安やソマ
最大の5.
6%の伸びを記録した。
特に非 OECD 加盟
リア沖での海賊問題が深刻化していることから、
国では7.
5%と伸びが大きく、中国は米国を抜いて
エネルギー資源調達を多様化することが課題とな
世界最大のエネルギー消費国(シェア:2
0.
3%)
ってきている。その輸送手段として、北極海航路
となった。増大し続けているエネルギー需要にこ
は輸送距離や輸送日数の短縮の観点から重要であ
たえるためには、新たなエネルギー資源・鉱床を
り、さらに、これら資源は、採掘された場所から
発見することが必要である。従来の開発は、技術
日本に到着し初めて活用できるものであることか
的・経済的に開発の容易な地域を主体に商業化が
ら、北極海航路による海上輸送の担う意義は極め
進められてきたが、近年は気象条件の厳しい北極
て大きい。
海などの海洋鉱区や、水深の深い海洋鉱区に移行
しつつある。
ただし、本稿では、今後の油田掘削技術の進歩、
南米資源、およびシェールオイルに代表される非
2
0
0
8年、米国地質調査所(USGS)は、北極圏に
在来型資源開発、再生可能資源等が国際エネルギ
賦存する未発見の可採資源量が、世界全体の石油
ー市場に及ぼす影響、さらには、それらが今後の
の未発見資源量の13%、天然ガスでは30%に相当
極域資源開発に与える間接的な影響評価について
するという推定結果を発表し、北極海の夏期海氷
は触れない。
勢力減退傾向と相まって、北極圏の資源開発への
国際的な関心が高まった。現在、北極圏における
油田・ガス田は、主として5地域;ロシアのティ
3.北極航路
マン・ペチョラ北部とその沖、ヤマル半島、カナ
北極航路とは、北極海を航行して欧州からアジ
ダのマッケンジー・バレーおよびクィーンエリザ
アおよび北米大陸に向かう海路のことである。欧
ベス諸島、アラスカのプルドー・ベイに分布する
州から北極海のロシア沿岸に沿ってベーリング海
ことが明らかになっている。
峡に至る東西の航路は北東航路、同様に北極海の
特に LNG は CO2の発生量が少ないことから、
また2
0
1
1年に発生した福島第1原子力発電所事故
北米大陸側を東西に通る航路は北西航路と呼ばれ
ている。
に端を発した原子力発電所忌諱の世界的傾向を補
うために需要が増大している。こうしたなか、北
〔北東航路〕
極海の海氷勢力減退が顕著になり、さらにエネル
ロシア側を通る北東航路について、ロシアは北
ギー価格の高騰も追い風となり、北極海における
極海航路(Northern Sea Route ; NSR)と命名し、
資源開発およびその輸送が現実味を帯びてきた。
カラ海の入り口となるカラ・ゲイト海峡からベー
世界第1位の石油生産国であるロシアは、既存
リング海峡の間の航路と定義している。北極海航
油田からの生産量が頭打ちになるなか、積極的に
路を利用すると、欧州とアジア間を結ぶ既存のス
北極圏での資源開発に取り組み、バランデイやヤ
エズ運河ルートに比較して、距離が約40%短縮で
マル半島など、北極海沿岸地域での生産にこぎつ
き、輸送日数が大きく短縮され、それに伴い燃費
けた。また、北極海における LNG 開発にも力を入
削減および温室効果ガス排出量削減が可能となる。
れており、これはロシアの既存パイプライン網へ
一方スエズ運河ルートでは、ソマリア沖海賊問題
の供給ではなく、海上輸送による輸出を主要な目
などのチョークポイントを抱えることに加え、エ
的としたものである。
ジプトや北アフリカで始まった民主化運動の影響
日本の JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源
を受けるなど、安全性やシーレーン確保において
機構)もロシア東シベリアでの石油探鉱に着手し
問題化している。同時に輸送保険コストの上昇も
ており、2
0
1
2年はグリーンランド北東海域におけ
招いている。
る鉱区入札への参加準備も進めている。また、ノ
このため、欧州・アジア間の新しい代替航路と
ルウェー沖の海洋鉱区においても、3鉱区で日本
して、北極海航路への国際的な関心が高まってき
27●
★報告★
上輸送に対し様々な点で
優位性がある。一方で、
長距離の石油等のバルク
(
)
輸送については海上輸送
の比重が徐々に高まって
くると思われる。
なお、過酷な自然条件
のため維持・保守に難の
あるロシアの道路網は、
個々の地域拠点周辺には
発達するものの、広域的
には極めて貧弱で質も粗
末なため、鉄道輸送と競
合するには至っていない。
図4 北極航路
また、昨今では、温暖化
ている。ロシアでは、北極海沿岸における経済・
のため陸路物流にとって重要なウインターロード
産業拠点への物資供給や、各地で産出された天然
(氷で固めた道路)の使用期間が次第に短くなり、
資源の輸送に、古くから北極海航路活用を図って
その対策に苦慮している。
きた。。ロシア革命以降、とりわけ冷戦時代には、
シベリア沿岸の戦略拠点基地への物資輸送が必至
〔輸送動向〕
であったことから、ロシアは航路啓開への努力を
近年、夏期海氷勢力が減退するとともに、資源
重ね、それが戦略目的であったとは言え、現行の
価格の高騰、ロシア北極海地域でのエネルギー資
北極海航路の通航もこの時代の貴重な成果に依る
源生産開始、アジアの資源需要拡大と海上輸送貨
ところが大きい。その運航は、レーニン号に始ま
物の増大、既存航路のチョークポイント問題など、
る原子力砕氷船の支援を受けて、氷海貨物船を中
北極海航路をめぐる背景は大きく変化した。こう
核とする氷海船団によって行われてきた。
した中、2009年に外国船による初めての北極海航
路の商業運航が行われた。2011年は商業運航とし
〔北西航路〕
一方北米側北極海沿岸の居住地は少なく、いず
れも非常に小規模であり、大規模産業に供するこ
ての北極海航路運航が延べ34航海実施され※7、貨
物量はガスコンデンセートを主体に82万トンに達
した。
とのできる港湾はない。産業活動はノーススロー
2012年は11月2
0日時点で46航海、
126万トンの輸
プで石油開発が行われているにとどまり、北西航
送があった。これらの商業運航は、北極圏での生
路による海上輸送は行われていない。
産物である鉄鉱石とガスコンデンセートのアジア
への東向き輸送が主体であるが、今年の特徴とし
〔ロシア内陸輸送〕
●28
て航空用燃料などの西向き貨物が増加したことに
北東航路と並行して欧州からアジアに至る、ユ
ある。さらに11月の既に氷況が厳しくなり始めた
ーラシア大陸を東西につなぐルートとしては、陸
なか、北極海航路では初めてとなる13万8千!の
上輸送インフラであるロシアのシベリア鉄道と
LNG を搭載した LNG タンカー「オビリバー」が僅
BAM(バイカル・アルール)鉄道がある。主要な
か9日で本航路を走破し北九州市の LNG 基地に入
貨物は石炭・石油・鉄鉱石などのバルク貨物で、
港した。このように、欧州・アジア間航路の大幅
コンテナは貨物全体の1.
5%に過ぎない。これは、
な航行距離短縮による燃料コストおよび時間縮減
ロシアの鉄道がコンテナ輸送において、国際的な
効果を期待した商業運航に、関心が高まり始めて
要求に応えるインフラ、サービス、価格を提供す
いる。
るに至っていないためであるが、当分の間コンテ
なお、北極海航路は現時点では海氷が全く無く
ナなどの雑貨輸送については、北東航路による海
なる夏場の時期に大きな注目が寄せられているが、
★報告★
夏場に海氷が無くなった海域は冬期でも氷が比較
ロッテルダム港からの航路距離の比較(海里)
的柔らかく、砕氷船の先導が有れば年間を通じて
運航可能であることが意味する価値も大きい。
北東航路
スエズ運河ルート
ムルマンスク
1,
6
3
0
カラゲイト海峡
2,
1
5
3
ベーリング海峡
4,
7
0
4
ロシアは、同国が定義する北極海航路を通航す
苫
牧
7,
0
3
4
1
1,
6
0
9
る船舶に対して、ロシア北極海航路法に従って、
横
浜
7,
3
9
7
1
1,
2
7
9
航行船舶および航海士に関わる Ice Certificate
(氷
釜
山
7,
6
9
7
1
0,
9
4
9
海証書)の取得、事前の航行申請、砕氷船支援、
上
海
8,
2
5
7
1
0,
5
6
8
〔ロシアの国内法令〕
小
通航料等の費用支払い能力の証明など、特殊な手
以上北極航路および同航路と日本との関係を説
続きや対応を求めている。しかし実際の運航にお
明してきたが、北極圏からの日本への安定かつ円
いては、内示された新 NSR 通航規則においても、
滑なエネルギー資源の調達、欧州と日本との間の
運航条件や通航料などはケースバイケースで個別
輸送路の多様化、新たな航路開設によるアジアの
の契約事項として運用されており、透明性に欠け
ゲートとしての日本の港湾のプレゼンス確保・向
るという問題がある。一般的に今後の北極海航路
上などの観点から、当財団は国に対して、北極海
の本格的な商業運航を考えるにあたっては、料金
航路を有効に活用するための戦略を早急に策定す
システムおよび管理制度の透明化、老朽化した支
ることが重要である旨提言したところである。国
援砕氷船の更新、海洋汚染対策、航路情報の開示・
土交通省は2012年8月に「北極海航路に関する省
電子海図の整備、海氷情況の把握とその予測技術
内検討会」を設置した。
の向上および支援インフラの整備など、取り組ま
なければならない多くの課題がある。ただし、多
少の追い風もあり2012年8月にロシアが WTO の
4.北極海の管理体制
加盟国となったことから、料金システム、管理制
北極海の夏季結氷面積が顕著に縮小し、資源開
度の透明化が促進され北極海航路がより利用しや
発および北東航路の商業利用が現実味を帯びてい
すくなることが期待される。
る中、軍事衝突の場として北極海を想定している
船舶の航行は、信頼に足る海図の存在が前提で
訳ではないが、沿岸諸国は、北極における軍事・
ある。海図の整備については、1967年国際水路機
警察作戦の展開能力を向上させつつ、他方では法
関条約を採択し、1921年設立の国際水路局を前身
的枠組み(legal regime)を遵守するというツート
とする国際水路機関(IHO : International Hydro-
ラックによる対応を見せている。ツートラックに
graphic Organization)が1
970年に設立されている。
おける法的枠組みに関し、北極海においても国連
近年の IT 技術による航法の進歩、
電子海図の導入
海洋法条約が主要な法制度であるが、これ以外に
を踏まえて、2005年改正議定書が採択され、海図
安全、海洋汚染、気候変動、環境保全、漁業に関
整備に各国が一層の努力を払うべきことが合意さ
する2国間条約、多国間条約などの国際法、ガイ
れたが、改定議定書前文※8に述べられているよう
ドラインなどのソフトローなどを看過することは
に、電子海図の作成・提供※9は条約締約国に対し
できない。
て強制力のないことが、NSR 電子海図の速やかな
開示への障害の一つとなっている。
世界の物流量の90%近くが海上輸送に委ねられ、
今日、北極海を巡る法的問題として、島等の領
有や境界画定、海域の法的地位をめぐる問題があ
る。国連海洋法条約 UNCLOS は、海洋を法的に区
これらの船舶を運航する乗員の多くが、温暖な地
分し、沿岸国とその他の諸国の間で管轄権を配分
域に生まれ育った船員である。南方の自然環境と
している。この UNCLOS において北極海の扱いに
は著しく異なる北極海の航行に際して、その適応
関しては、第234条(氷に覆われた水域)および第
性に一抹の不安がある。そのため北極海航行に従
21条(無害通航に係る沿岸国の法令)に注目する
事する船員の寒冷地体験や所要の経験を重ねるた
必要がある。北極海の EEZ には一般の海域の規定
めのシステムについても国際的な支援が必要と考
に加え、氷に覆われた海域に関する第234条が適用
えられる。
される。近年は夏期に完全に海氷が無くなる時期
29●
★報告★
が現出するものの、国際法的には同条が適用され
がら南回りのルートが抱える海賊問題、中東各国
るとの見解が大勢となっている。ロシアは、EEZ
の不安定な政情、中国海軍の外洋進出などの事案
に含まれる北極海航路の航行に関し、事前通知、
が顕在化した場合の選択ルートとしては、十分期
水先案内や砕氷船の随行などを義務付ける法令を
待に応えられる状況になりつつある。一方で急に
適用し、これを UNCLOS 第2
34条に基づくもので
これらの問題が発生したからといって、日本とし
あると主張している。しかし、法の適用や規制の
て耐氷貨物船の確保、氷海航行対応船員の育成な
妥当性に関しては疑問が呈されている。
どの事前の準備無くしては、折角の切り札である
UNCLOS 第21条では、無害通航に係る沿岸国の
北極海航路を活用できないといった状況にあり、
法令について規定している※10。同時に、過度の規
官民が連携し怠ることなく十分な備えをしておく
制を防止するために、根拠となる国際基準がない
必要がある
場合には各国独自の付加的な基準は定めることが
出来ないとしている。いま、北極航路には第23
4条
が他の規定に加えて適用されており、領海・EEZ
ともに沿岸国の環境規制の対象になる可能性があ
る。
ただし根拠となる国際基準として IMO による
条約・規定にも配慮することが必要である。北極
海を航行する船舶に関する IMO の規定として、
2010
年策定された“Guidelines for Ships Operating in
Polar Waters”
(A26
!Res.
102
4)があり、現在これ
を拘束力のある Code 化するための作業が進められ
ているところである。しかしながら、本改訂作業
に対する日本の海運および造船業界とも関心は大
変低く、その取り組みに姿勢に危惧を感じている。
なお、国際環境は UNCLOS 承認時とは、自然環境
を含めかなりの変化があり、現行UNCLOS条項が
必ずしも現状に適応していない状況が見受けられ
る。同時に、海難事故に起因する大規模な海洋汚
染の深刻さが増しつつあることから、沿岸国領海
の自然環境保全の視座から、EEZ における管轄国
の環境保護上の施策執行権をより強化すべきとの
議論もある。
5.まとめ
以上、北極海および北極海航路の現況と問題点
等をご説明したが、いずれにしても、中国や韓国
が活発な対応をしており、科学調査分野では砕氷
観測船を購入し或いは建造したうえで北極海の氷
海域に進出し、また、商業分野では夏期の北東航
路を積極的に利用していることに比べ、日本は政
(参 考)
日本北極海会議報告書:
http :!
!www.sof.or.jp!jp!report!pdf!12_06_01.pdf
政策提言および報告書概要:
http :!
!www.sof.or.jp!jp!report!pdf!12_06_02.pdf
※1 http :!
!www.sof.or.jp!jp!report!pdf!12_06_01.pdf
※2 http :!
!www.sof.or.jp!jp!report!pdf!12_06_02.pdf
※3 気候変動に関する政府間パネル
(Intergovernmental Panel on Climate Change)
※4 SEARCH Sea Ice Outlook
(http :!
!www.arcus.org!search!seaiceoutlook!2012
!august!update)
※5 北極評議会と国際北極科学委員会
(International Arctic Science Committee : IASC)
と
の共同プロジェクト:Arctic Climate Impact Assessment
※6 Arctic Council, SWIPA 2011 Executive Summary.
p.15.
※7 “Фл
отпошелпоСе
вморпути”
, ООО
“ПортНьюс”
,
http :!
!rus-shipping.ru!ru!stats!?id=53
※8 「……国際水路機関の任務は、各国が適切かつ時宜
を得た水路に関する資料および業務を提供し、並び
にこれらのできる限り広範な利用を確保するような
世界的な環境を形成することである……」
※9 近年多用される、
「リスク」なる用語は、古くはア
ラビア語に由来する航海用語であり、
「海図のない航
行」
を指す。現行の NSR は、海図の定義が異なるも
のの、
「リスク航行」の範疇にあり、このような認識
を以っての運航が肝要である。
※1
0 無害通航を担保するために、沿岸国は同条約およ
び国際法の他の規則に従い、航行の安全および海上
交通の規制、海洋生物資源の保存、沿岸国の漁業に
関する法令の違反の防止や沿岸国の環境の保全並び
にその汚染の防止、軽減および規制等について領海
における無害通航に係る法令を制定することができ
る。
府、民間とも消極的な状況にある。
確かに北極海航路は、スエズ運河経由の南回り
ルートと同等の輸送量を確保する幹線代替ルート
としては無理があり、当分の間は安全保障的視点
が大きく採算性や安定性に不安がある。しかしな
●30
海事問題調査委員会
委員長 平塚惣一
委 員 塚本達郎
板野昌也
国枝佳明
山内章裕
武田和彦
樋本洋己
藤澤昌弘