e-NEXI 2010 年 11 月号 ➠特集 アジアインフラ特集 ①ペトロベトナムニョンチャック 2 発電所向け融資について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 シティバンク銀行株式会社 エクスポート・エージェンシー・ファイナンス部 部長 湯本洋平 ②マニラ上水道設備改修・拡張事業案件・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 三菱商事 環境・水事業本部水事業ユニット事業開発チーム 課長 傳田 剛 ∼NEXI 発 連載シリーズ 第 10 回(最終回)∼「貿易保険の経済学」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 独立行政法人日本貿易保険総務部 経営企画グループ長 三村純一 ➠カントリーレビュー OECD カントリーリスク専門家会合における国カテゴリー変更国の概要(カーボベルデ、ガボン、ナイジェリア)・・・・・16 ➠NEXI ニュース 日仏バイ協議の開催について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 発行元 発行・編集 独立行政法人日本貿易保険(NEXI) 総務部広報・海外グループ e-NEXI (2010 年 11 月号) ペトロベトナムニョンチャック 2 発電所向け融資について シティバンク銀行株式会社 エクスポート・エージェンシー・ファイナンス部 部長 湯本洋平(ゆもと・ようへい) 2010 年 7 月 23 日、ペトロベトナムニョンチャック 2 発電所に対する、総額 1 億 7 千 5 百万ドル、融資 期間 12 年の貸付契約が、べトナム社会主義共和国、ホーチミン市にて調印されました。この融資案件 にはベトナム財務省の保証が提供され、さらに保証人の不払いリスクをてん補するために、日本貿易保 険(NEXI)の海外事業資金貸付保険が付保されました。協調融資をアレンジした主幹事行として、この 紙面を利用して同発電所の特徴、ベトナムの電力需給環境、日系企業の進出動向などを簡単にご紹 介させて頂きます。 1.ニョンチャック 2 発電所の特徴 ペトロベトナムニョンチャック 2 発電所は、ベトナム、ドンナイ省に建設される出力 75 万 kW のガス火力 発電所で、ペトロベトナムニョンチャック 2 パワー社(Petrovietnam Nhon Trach 2 Power Joint Stock Company、以下 PVNT2 社)がその建設、所有、運営に従事しています。同発電所は、2007 年7月にベ トナム政府が承認した第 6 次電力開発計画(マスタープラン 6 と呼ばれる)に含まれる重点プロジェクトで、 ベトナム南部の電力需要増加に対応する電源として重要な役割を果たす予定です。 2009 年 3 月には電源開発株式会社(以下、J パワー)が、初のベトナム独立発電事業(IPP)への参 画案件として、PVNT2 社の 5%権益を取得しており、J パワーの豊富な発電所建設と発電事業に関する 経験と知見が活かされているプロジェクトです。 ペトロベトナムニョンチャック 2 発電プロジェクトの概要 事業運営会社 PVNT2 社 主要株主 Petrovietnam Power 51.8% Petrovietnam Finance 11.0% Company for Technology Development(CFTD) 10.0% J パワー 5.0% Vietnam Post and Telecommunication (VNPT) 5.0% Vietnam National Coal Mineral Industries Group (Vinacomin) 5.0% その他 12.2% 建設地点 ベトナム国ドンナイ省ニョンチャック地区 (ホーチミン市の南東約 30km、ホーチミンから車で約 50 分) 発電方式 ガスコンバインドサイクル発電 計画出力 75 万 kW 運転開始年 2011 年 電力販売先 ベトナム電力グループ(EVN) 1 1 e-NEXI (2010 年 11 月号) プロジェクトの建設地点 建設地点拡大図 出典:日本エヌ・ユー・エス株式会社(JANUS) 2 2 e-NEXI (2010 年 11 月号) 発電所完成予想図 出典:PVNT2 社提供 発電燃料はベトナム南部沖合いのナムコンソン海盆で産出される天然ガスを使用する予定で、LNG はペトロベトナムガス公社(PV Gas)が、既存パイプラインを通じ供給する計画となっています。 発電所は 2009 年 6 月に着工し、現在建設が順調に進んでいます。2012 年 3 月にはコンバインドサ イクル方式の商業運転が開始される見込みで、発生電力は 220kv 送電線を通じ、電力不足が深刻な (後述)ホーチミン市及びその周辺省(ドンナイ省、ビンズオン省など)に供給される予定です。 発電所現況 出典:PVNT2 社提供 3 3 e-NEXI (2010 年 11 月号) スイッチヤード 出典:PVNT2 社提供 発電所制御室(コントロールルーム) 出典:PVNT2 社提供 タービン 出典:PVNT2 社提供 4 4 e-NEXI (2010 年 11 月号) 5 なお、同発電所が採用しているガスコンバインドサイクルは、ガスタービンと蒸気タービンを併用し高い発 電効率を可能にする環境に優しい発電方式で、同プロジェクトは Clean Development Mechanism (CDM)の候補案件となっています。 コンバインドサイクル発電方式図 出典:関西電力株式会社 2.ベトナムの電力需給環境 ベトナムは北部に流量豊富な河川と石炭産出地が多く、南部には石油、天然ガス田を有しているた め、北部の電源は水力(発電量全体の 34%)、石炭火力(発電量全体の 14%)が多く、南部の電源は ガス火力(発電量全体の 44%)が多いのが特徴です。 電源別発電割合 電源種類 発電量 (2008 年) 水力 石炭火力 34% 14% ガス火力 その他 44% 出典:筆者作成 また事業形態別では、ベトナム電力グループ(EVN)が 71%と主要な地位を占め、独立発電事業者 (IPP)と建設/運営/譲渡契約者(BOT)が計 25%を占めています。近年 Petrovietnam(ベトナム石油 ガスグループ)や Vinacomin(ベトナム石炭鉱産グループ)といった国有企業が建設した大型火力 IPP が 操業を開始、IPP+BOT の発電シェアは 2004 年に比べほぼ倍増しましたが、そのシェアは今後更に高ま る見通しです。 5 8% e-NEXI (2010 年 11 月号) 6 事業形態別発電割合 事業形態 EVN 発電量 (2008 年) IPP+BOT 71% 輸入 25% 4% 出典:筆者作成 ベトナムの販売電力量はここ数年 13∼14%程度の高い伸び率を示しており、今年も政府の見通しで は昨年比 14∼15%の伸びが見込まれています。但し、2008 年の国民 1 人当たりの電力使用量は約 800 キロワット時で、まだ日本の 10 分の 1 以下。今後経済発展に応じ電力需要は益々増加する見通し で、旺盛な需要を満たすには、年間 200 万 Kw 以上の新規電源開発が必要と言われています。 電力需給の推移(2004 年∼2008 年) 2004 年 発電電力量 (MWh) 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 46,201 52,050 59,013 66,773 74,224 13.2% 12.7% 13.4% 13.1% 11.2% 電力輸入量 (MWh) 49 327 761 2,320 3,156 販売電力量 (MWh) 39,696 44,921 51,350 58,438 65,890 13.8% 13.2% 14.3% 13.8% 12.8% 前年比増加率 前年比増加率 出典:筆者作成 ベトナム政府はかかる電力需要に対応すべく、第 6 次電力マスタープランを策定、新規電源開発を進 めていますが、開発資金不足などがネックとなり、計画通りに進展していないのが現状です。 第 6 次電力マスタープランの概要 年度 2006∼2010 年運転開始 2011∼2015 年運転開始 2006∼2015 年合計 プロジェクト規模 プロジェクト総数 発電容量計 プロジェクト総数 発電容量計 プロジェクト総数 発電容量計 出典:筆者作成 6 開発主体 EVN 合計 IPP 28 33 61 5,630MW 8,951MW 14,581MW 28 46 74 16,225MW 17,938MW 34,163MW 56 79 135 21,855MW 26,889MW 48,744MW e-NEXI (2010 年 11 月号) ベトナムは我が国にとり重要かつ有望な貿易、投融資相手国ですが、日本貿易振興機構(ジェトロ) が 2009 年 9∼10 月に実施した日系現地進出企業向けアンケート調査では、今後改善が望まれる投資 環境としてインフラ整備を指摘する声が 66.4%に達しており、特に電力については弊行取引先日系企業 の間でも不満が強いようです。 なかんずくベトナム電力消費量全体の 52%を占める南部では、ホーチミン市及びその周辺省(ビンズ オン省やドンナイ省)に立地する工業団地へ外資系企業が多数進出、工業用電力需要が急増しており、 所得水準向上に伴う冷蔵庫、洗濯機、エアコンなどの民生用電力需要の増加とあいまって、近年電力 不足が顕著になっています。 2008 年から開始された日越共同イニシィアティブ(第 3 フェーズ)においても、7 つのワーキンググループの 一つであるインフラ部会で、「電源開発の促進」、「IPP、BOO/BOT 案件の促進」、「PPP スキームの導 入」、「送変電網及び拝殿網の整備」、「省エネ及び DEMAND SIDE MANAGEMENT」の 5 ワーキングチ ームが設置され、電力インフラ整備の方策が議論されており、今後の具体化が期待されます。 2010 年 3 月、弊行はホーチミン市近郊の日系企業が集積する AMATA、LOTECO、BIEN HUA I &II の各工業団地で進出日系企業へのインタビューを行い、日系企業からインフラ需要、特に電力に対 する要望をお聞きしましたが、その一部をご紹介します。 日系企業 電機メーカーS 社 インフラ案件への要望事項 ベトナムに進出して既に 14 年になるが、電力不足には常に悩まされてい る。「発電所が古くて故障したため、停電に協力して欲しい」とか、「1日 2 時間ラインをとめて欲しい」とか、EVN から頻繁に計画停電を要求され る。暑いのにエアコンもつけず、蒸し風呂のような環境で仕事を余儀なく されることもある。雨季(6∼10 月)はまだましだが、乾季(11∼5 月)はひ どい。自家発電を備えている工業団地もあるが、我が工業団地には自 家発電所がないので、対処のしようがない。 自動車メーカーM 社 電力需要は確かに逼迫しており、事前に電力供給停止が通知される 「計画停電」のスタイルをとっている。どうも工業団地毎に順番を決め、 停電させているようである。計画停電時は工業団地内の自家発電を用 いた生産を余儀なくされるが、当社の製品は「原材料を炉の中でどの位 の時間、何度で焼くのか」で強度が左右される精密機器なので、停電 発生時の製品は品質にばらつきが出るため、処分せざるを得ない。また 自家発電に切り替えた場合は、電力コストが高くつくため、停電による経 済的損失は大きい。 医薬品メーカーH 社 ベトナムの電力不足は顕著である。乾季もそうだが、エアコンの利用が増 える夏季にも停電が頻発する。EVN は「来週の木曜日は終日停電する のでよろしく」なんて通知を平気で出してくる。メーカーからしたらたまったも のではない。 7 7 e-NEXI (2010 年 11 月号) 鉄鋼メーカーS 社 当社は薄板製造拠点の建設に着手しているが、将来課題になるであろ うインフラは 3 種類。まず電力、次に道路、そして LNG 供給。鉄鋼産業 が大量の電力を必要とすることは論をまたない。ただ道路は狭くても進め るし、LNG は貯蔵することができるが、電力は貯蔵できないので、やはり 電力の安定供給が最優先事項となる。 ベトナムの工業生産は世界金融危機の停滞から回復傾向にあり、電力を大量消費する基幹産業 (石油化学、鉄鋼等)への外資進出も始まっています。また都市部の洗濯機、エアコン普及率は現在 30%程度にとどまっていますが、今後都市部では家庭用電力需要の急激な伸びが見込まれ、2007∼ 08 年に実施された大規模計画停電の再来も噂される状況です。弊行がインタビューをした企業の 2/3 が、 電力不足解消を最優先のインフラ改善事業に挙げており、安定的電力供給は焦眉の急となっていま す。 一方、インフラ開発には膨大な資金が必要で、政府資金や公的援助だけでは不十分なため、ベトナ ム側は外国からの民間投融資を求めていますが、潜在的な成長力を評価、他のアジア諸国に比べ低い 売電価格の問題点はあるものの、電力セクター分野でも数多くの本邦企業が輸出/投資への興味を示 しています。 特にペトロベトナムニョンチャック 2 発電所のような「ガスコンバインドサイクル発電」は環境負荷が小さく、 地球温暖化防止にも貢献できるため、その種の高効率発電案件への日本からの継続的な投融資が望 まれるところです。今回の融資実現により発電所建設の目途が立った事は、電力安定供給を待ち望む 進出日系企業への朗報となったことは疑いなく、弊行はニョンチャック 2 プロジェクトに続き、電力セクター向 け融資を数件アレンジする予定です。 3.日系企業の進出動向 ベトナムは国民の平均年齢が約 26 歳、95%の識字率を誇る、若くて勤勉な国という印象があります。 私自身仕事柄多くの国々の職員と仕事をする機会がありますが、ベトナムの職員はとにかく真面目で意 欲的、我慢強くコツコツ仕事に取り組む姿勢が印象的で、一昔前の日本人(?)のような錯覚を抱くこと があります。実際多くの日本企業がベトナムを政治・社会が安定した有望な市場と位置付けており、 2009 年後半からの世界経済の回復の兆しと円高基調を踏まえ、対越投資を本格検討する企業が増 加しているようです。 最近特徴的なのは、自動車部品等の中小企業の進出が加速している点で、対越投資が裾野産業 への広がりを見せています。ある日系工業団地の責任者に伺ったところ、「毎週のように日本から中小企 業の社長さんが視察にこられる。まさに第三次対越投資ブームが起きているね。」とおしゃっていました。ジ ェトロの調査によれば、ベトナムにおける日系企業の原材料現地調達率は 24%にとどまっているようです が、今後はローカルコンテンツ率の増加も見込まれます。 昨今のアジア情勢を鑑みるに、ベトナムは我が国にとり経済面でなく外交面でも重要な国であり、今後 その関係は益々密接になると予測されます。ただ同国は法整備がまだまだ発展途上にあり、行政面の手 8 8 e-NEXI (2010 年 11 月号) 続きが煩雑かつ時間がかかる他、政策運営、決定プロセスにも不透明な点があるのは否めません。このよ うな国情を踏まえると、金融サービスも地元に根を張った金融機関でないとなかなか提供し辛い面があり ます。 弊行は、近年ベトナムで制度金融(ECA ファイナンス)を含む数多くの融資案件を取り扱っており、ベト ナム政府によるグローバル債発行や、有力国有企業の外貨建て起債、地場金融機関のドン建て債発 行を手助けするなど、幅広い金融サービスを提供しています。 2010 2010 2009 Second Sovereign Bond International Bond Financial Advisor Joint Lead Bookrunner and Bookrunner US$1BN 2009 Local bond issuance Joint Arranger VND2,000BN VND1,500BN 今後も弊行はベトナムにおける豊富な経験と知見、人的ネットワークをもとに、NEXI などの公的輸出 信用機関と連携して、日本企業の対越輸出、投資案件、並びに現地に進出した日系企業の皆様に喜 ばれるようなインフラ案件を、金融面からサポートして参ります。 参考資料/文献: 時事通信社刊 日本貿易振興機構(ジェトロ)ホーチミン事務所 中西宏太編著 「べトナム産業分 析」 ジェトロ 2010 年 2 月 23 日 ベトナムセミナー資料‐「アジア進出日系企業の現状と今後-在アジア日系 企業活動実態調査結果からみる企業動向」 社団法人海外コンサルティング企業協会 2010 年 3 月調査報告書(要約)‐「ベトナム国における BLT(Build-Lease-Transfer)発電事業の展開」 9 9 e-NEXI (2010 年 11 月号) マニラ上水道設備改修・拡張事業案件 三菱商事株式会社 環境・水事業本部 水事業ユニット事業開発チーム 課長 傳田 剛(でんだ・ごう) 三菱商事株式会社は、1997 年のマニラ首都圏水事業民営化に当たって、現地大手コングロマリット の Ayala グループなどと共に、給水区域内人口 500 万人(当時)の東地域を担当したマニラ水道会社 (以下「MWC」と略す)を設立・資本参加し、経営の一角を担っております。MWC は 1997 年以降、約 13 年間にわたり、マニラ東部地域の上下水道業務を担っており、事業内容は上水道の取水から、料金の 徴収、下水やし尿処理まで上下水道全ての領域にわたります。 このたび、マニラ首都圏上下水道公社(以下「MWSS」)との事業権契約に基づき、マニラ首都圏東部 において行う上水道設備改修・拡張事業に対する本邦金融機関からの融資について、日本貿易保険 (NEXI)より約 150 百万米ドルを対象とした海外事業資金貸付保険(貸付金債権等)の引受が決定さ れました。日本政府は、本邦企業のインフラ・システム輸出の一層の促進に向けて積極的な支援を打ち 出しておりますが、本件は、NEXI が初めて海外の水インフラ事業向け融資に対して、海外事業資金貸 付保険の引受を行うものであります。 マニラ・バララ浄水場 (出典:マニラ水道会社(MWC)) マニラ・フィリピン大学下水処理場 (出典:マニラ水道会社(MWC)) 1. マニラの水事業 アジアの途上国では、人口の増加とともにインフラ整備の遅れや環境悪化が問題となりますが、水事 業については運営がうまくいかず、設備が老朽化してしまい、更新もなかなか進まないことが多く、また給 水地域が広がらない、24 時間給水されないなどの問題が少なくありません。 私自身もアジア途上国での駐在経験がありますが、水は常に生活や健康と一体のものであり、安全な 水が手に入らなければ、日々の生活も脅かされてしまうものです。日本にいれば、蛇口をひねれば 24 時 10 10 e-NEXI (2010 年 11 月号) 間水が出て、水道の水を飲めるということが当然ですが、アジア諸国では、日本のようにきれいな水を常時 手に入れられる状態にはありません。そもそも安全な水が配水されたとしても、途中でパイプから漏れ、盗 水等にあい、実際に蛇口に届くまでに大幅に減少してしまうことが多くあります。このような蛇口に行き渡ら ない水の割合である無収水率をいかに改善していくかということが、特に途上国の水事業では重要な問 題となります。 フィリピンでも同様で、特に首都マニラでは、人口の増加に伴って、1990 年代にはインフラ整備の遅れ や環境の悪化が問題になりました。当時のマニラの公営水道事業では、人口カバー率は 58%にすぎず、 そもそも公共水道から水を得られない人々が 4 割以上もおりました。また当時は、無収水率が 63%に達 し、24 時間給水率も 26%でした。これは、浄水場から送られた水のうち 6 割が蛇口に届かず、4 割がどこ かで漏水または盗水にあって無くなってしまい、また蛇口が設置されていたとしても、そもそも水が出る時間 帯が少ないというとても非効率な状況でした。 このような整備状況に鑑み、効率的な水事業運営を目指して、当時のラモス政権は水道事業の民 営化を決定し、1997 年にマニラ首都圏の水道事業は、東西に分けて民営化されました。民営化の範囲 は、水道施設の運営だけでなく、料金の徴収、下水やし尿処理まで上下水道全ての領域を行うもので、 東西合わせて給水区域内人口 1200 万人という世界でも類を見ない規模の民営化でした。民営化の結 果、弊社は Ayala グループとともに、東地域の水道事業を運営する権利を獲得しました。その結果、 MWC を設立し、マニラでの水事業に取り組むこととなりました。 2. 無収水率低減に対する取り組み 民営化以降、まず重要視されたのは、非常に高い無収水率でした。無収水率を改善することが、運 営・経営を効率化させるポイントとして重視され、MWC は様々な対策を実施いたしました。そもそも送った 水が 6 割も途中で失われる原因は、パイプが老朽化していたため水漏れが起こることと、老朽化したパイ プから水を抜く人が多かったことでした。老朽化のためにあちこちのパイプから水漏れが発生し、水漏れして いる場所を掘り起こせば、腐ったパイプが出てくるという状態でした。 また、水道がなければ、水を買わなければならないのですが、水を買う場合、当時水道水の 20 倍もし たため、当然貧困層にとって、水を買うことは大きな負担になります。したがって、それが盗水を助長し、さ らに非効率な水道供給に繋がるという状態でした。 これに対し MWC では、大規模な借り入れを行わず、民営化前に MWSS が契約した日本の ODA 資 金なども活用して、地道に設備投資を続けてきました。またそのような投資とともに、サービスや運営システ ムも改善していきました。特に貧困層が住む地域では、料金徴収もままならず、現地の慣習やニーズに 沿ったサービスを提供する必要があります。MWC では、貧困層地域を自治会等のユニット単位で区切り、 水道供給もユニットごとに行うこととしました。その結果、水道料金の徴収は、ユニット長が行い、共同責 11 11 e-NEXI (2010 年 11 月号) 任の仕組みを作ることで、確実に料金が徴収され、それが設備投資などのサービスの向上に繋げられると いう好循環を生み出すことに成功しました。 これらの地道な努力の結果、1997 年には 63%であった無収水率が、今年 8 月には 11%程度にまで 劇的に削減されました。また 24 時間給水のカバー率も、1997 年の 26%から、現在は 99%にまで拡大し、 マニラ東部地域については、安全な水が常時提供される状態となっております。 24 時間給水率 (出典:マニラ水道会社(MWC)) MWC は操業開始後、エルニーニョやアジア通貨危機等の逆風に直面いたしましたが、99 年に黒字化 して以降業績は順調に推移し、2005 年 3 月には上場を達成いたしました。また当初の 25 年間の事業 期間に対して、2009 年 10 月には フィリピン政府から事業期間の 15 年間延長について承認を受けまし た。 NEXI の海外事業資金貸付保険が付保された金融機関からの融資を活用し、今後の上水道設備 (水道管、貯水池、配水池等)の更新や拡張を行っていく予定であり、さらなるカバーエリアの拡大、サー ビス水準の向上に努めていく予定です。これらの設備投資が、最終的には水道利用者に裨益し、より良 い生活、環境改善に繋がると信じております。 3. MWC の今後の課題 これまで順調に運営を続けてきた MWC ですが、今後の課題としては新たな水源の確保が挙げられま す。マニラ首都圏の人口増加に伴い給水量が増加している一方で、依然として水源をアンガットダム1つ に頼っており、雨量の減少がダムの水位の低下、ひいては水不足の危険性に繋がります。 今後のマニラの経済発展や将来の人口増加を考えると、現在の水源では足りず、MWSS とともに水源 12 12 e-NEXI (2010 年 11 月号) の新規開発を検討しております。また、MWC は無収水率改善の経験などを生かし、今後その他の途上 国で同様のビジネスモデル展開が出来ないか検討しております。 4.三菱商事の水事業への取り組み 三菱商事は、上下水道から排水処理まで、あらゆる水事業のバリューチェーンに関わり、それぞれでソリ ューションを提供する水の総合事業会社となることを目指しています。 弊社は、上記の MWC 出資に続き、2000 年に日本国内の水道事業の運営維持管理を行うジャパン ウォーターを設立しました。また本年 4 月に、荏原製作所株式会社の水事業子会社である荏原エンジニ アリングサービス株式会社(EES)の株式を弊社、日揮株式会社が 3 分の 1 ずつ取得しました(EES は、 2011 年 4 月 1 日より「水ing株式会社」(ヨミ;スイングカブシキカイシャ)に社名変更予定)。さらに、本年 5 月には、日揮株式会社、株式会社産業革新機構、MWC とともに、英国 United Utilities 社が保有す る豪州の水道事業会社 United Utilities Australia Pty Limited 社及び関連会社の株式を 100%買収す ることに合意しました。 弊社は、これら水事業に積極的に取り組むことでノウハウを蓄積し、日本の水に関する技術を世界で 展開し、世界の水の問題解決に貢献していきたいと考えております。 13 13 e-NEXI (2010 年 11 月号) 14 ∼NEXI 発 連載シリーズ 第 10 回(最終回)∼ 貿易保険の経済学 独立行政法人日本貿易保険 総務部 経営企画グループ長 三村純一(みむら・じゅんいち) これまで、貿易取引に伴う種々のリスクとその対処方法について紹介してきた。「貿易経済学試論 」の連載完結に当たり、主に輸出先からの代金不払いのリスクをカバーしている貿易保険について触 れてみたい。 多くの国が貿易保険制度を持ち、いずれも国が全責任を引き受ける形で運営されている。輸出先 での戦乱や国際的な金融危機が発生すれば、一度に多額の保険金支払いを迫られることも稀で はなく、その回収には通常 10 年以上を要するため、25 年から 30 年の超長期で収支が均衡すれば 可とされる。 名称は貿易「保険」であっても、大型・長期になるほど、各国の法制度や輸入者の信用リスクを専 門的観点から審査することが必要で、また毎年度の損益が変動しやすいという点でも、銀行業に近 いリスク管理が要求される。 我が国の過去 30 年間の保険金支払い実績から試算すれば、例えば 100 年に一回発生するリス ク(専門用語でバリュー・アット・リスク 99%値)にも耐えて事業を継続するのに必要な資本規模は 1 兆円を上回り、引受残高の 10%強に達する。イタリア、ベルギー、スウェーデンなどの国全額出資の輸 出信用機関でも平均 10%超の資本を保有している。国際的に活動する銀行に対する規制改革案 ..... ..... いわゆる「バーゼルⅢ」で、リスクウェイト考慮前の自己資本比率 3%の達成が銀行の中期的目標と されたことと比較すれば、その資本活用の非効率性が際立っている。 貿易保険事業は国際ルールとの調和の中で運営しなければならず、過去 30 年間の日本やドイツ の例を見ても、収入が支出を僅かに上回る結果となっている。すなわち、自己資本利益率(ROE)は ほぼゼロである。仮に、これまでの保険引受の量と質の維持を前提に、現在の大手損保グループ並 みの ROE3%(銀行はその変動が大きい)を安定的に確保するためには、保険料水準を 5 倍以上に 引き上げる必要がある。輸出者ニーズに応えるために、世界各国で政府が貿易保険の実施主体と なっているのには、合理的な理由がある。 なお、以上は筆者個人に属する意見であり、日本貿易保険(NEXI)の公式見解ではないことを申 し添えたい。結びに当たり、毎月の連載をお読みくださった読者の皆さまに、厚く御礼を申し上げたい。 (完) 14 e-NEXI (2010 年 11 月号) 貿易保険事業収支の推移 4,000 2,000 0 ( 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 ) 億 -2,000 円 -4,000 -6,000 -8,000 保険料収入 15 回収金等収入 支払保険金 期末借入金残高 (出典:NEXI) 15 e-NEXI (2010 年 11 月号) 《カントリーレビュー》 OECD カントリーリスク専門家会合における国カテゴリー変更等の概要 (カーボベルデ、ガボン、ナイジェリア) <Point of view> ・第 56 回会合において、サハラ以南のアフリカ諸国 44 ヵ国を議論。 ・経済状況の悪化したカーボベルデのカテゴリーが引き下げられた。 ・経済状況が安定ないし好転しているガボン、ナイジェリアのカテゴリーが引き上げられた。 ●アフリカの国カテゴリー 10 月下旬に開催された第 56 回 OECD/CRE 会合では、議論の対象となったサハラ以南のアフリカ 諸国 44 ヵ国のうち、欧州経済の影響を受け経済状況の悪化したカーボベルデのカテゴリーが引き下げ られ、石油を巡る環境好転で経済状況が安定ないしは改善しているガボン、ナイジェリアのカテゴリーが 引き上げられた。 以下、国カテゴリーが変更された国の政治・経済情勢を概観する。 ●カーボベルデ F→G 1975 年にポルトガルからの独立以来、政治・経済は安定しており、2007 年末には後発発展途上国 (LDC)から卒業した。主要産業は、ビーチリゾートの観光業をはじめとするサービス業(GDP の 70%超) および農業(バナナ、サトウキビ)、漁業(マグロ、ロブスター)等。また、本国在住者よりも数が多いとされ る海外移住者からの送金も重要な外貨獲得源となっている。貿易、観光などユーロ圏との経済関係 が強く、世界金融危機など欧州経済の影響を大きく受けた。2009 年は、経済成長の鈍化に対し、景 気刺激策として政府によるインフラ整備などのための財政支出が増加した。これにより、資本財などの 輸入増がみられ、経常赤字、財政赤字が悪化した。ただし、IMF からの支援も継続され、今後、同国 の経済は緩やかに回復していくと見られている。 ●ガボン G→F 石油収入を背景に一人当たり GDP は 7,000 ドルを超え、アフリカ諸国の中では豊かな部類に入る。 CFA フランを採用しており、フランスとの関係は良好。石油は同国の GDP の 50%、輸出の 80%以上を 占めるが、産業の多角化が急務である同国は、マンガン、金などの鉱物資源の開発に力を入れつつあ る。石油生産に支えられてきた同国は純債権国であり、公的対外債務(GDP 比)は 15%程度と低い水 準にある。石油生産は減少傾向にあるが、油価の安定に支えられ、GDP 成長率は 2008 年を底に回 復基調にある。 政治的にはオマール・ボンゴ大統領の下で 42 年間の安定した政権が続いて来たが、同氏の死去を 受け、2009 年 8 月の大統領選挙では子息のアリ・ボンゴ氏が当選した。今のところ目立った反政府活 動は見られないが、同氏の政治的手腕は不透明。 ●ナイジェリア G→F ナイジェリアは、アフリカ最大の人口、世界 10 位の原油埋蔵量を誇る地域大国。同国のカテゴリーの 引き上げは、07 年 10 月の H→G 以来 3 年ぶり。 経済構造は石油産業が中心であり、価格および生産量によるが、概ね GDP の 1/4、政府歳入の 16 16 e-NEXI (2010 年 11 月号) 70∼80%、財輸出の 90%が原油輸出によってもたらされている。 現在、ナイジェリアの原油生産量は日量約 230 万バレルだが、生産能力は同 300 万バレルあるともい われる。ニジェール川河口地域の産油地域では、石油収入の地元還元を求める武装組織による石油 施設への攻撃や石油企業職員の誘拐などが後を絶たず、同国の原油生産が不安定化する原因とな っている。 石油生産に不安を抱えながらも、近年は原油価格高騰がそれを覆い隠すほどの石油輸出増をもた らし、ナイジェリアの外貨資金繰りは安定感を増している。直近の中央銀行の外貨準備高は 340 億㌦、 輸入の約 7 ヶ月分の余裕があり、パリクラブの債務救済により減った同国の対外債務の 3 倍以上上回 るものでもある。 2011 年 4 月、次期大統領選が予定されているが、ヤラドゥア大統領の病死を受け、副大統領から 大統領に就任したジョナサン氏の動向が注目されている。大統領ポストは暗黙のうちに、クリスチャンとム スリムが交互に務めてきたが、ジョナサン氏が再選すればこの“約束事”を破ることになり、政情不安を懸 念する見方がある。 17 17 e-NEXI (2010 年 11 月号) 2010 年日仏バイ協議の開催について 独立行政法人 日本貿易保険 2010 年 10 月 19 日から 21 日にかけて、日本とフランスの貿易保険関係者による定例会議の場であ る日仏バイラテラル協議が、二条城を望む京都全日空ホテルにて開催されました。 長年にわたって毎年開催されているこの協議は、日仏両国の貿易保険関係者が率直な意見交換を 行なう場であり、今年は歴史情緒あふれる京都での開催となりました。仏側からは、経済産業雇用省の 輸出信用・貿易促進局審議官の Raphaël Bello 氏をヘッドに、Coface(フランス貿易保険公社)、 Natixis(Coface の親会社)、在京フランス大使館からの代表者の出席を頂きました。日本側からも、 NEXI に加えて経済産業省からも関係者の出席を得ました。両国のビジネス状況、金融危機対応策、 OECD 関係、カントリー関係、バーゼルⅢへの対応などの幅広い分野について、例年にもまして活発な議 論が行われ、国際会議の場での相互協力の確認や保険制度に関する具体的な情報交換を行いまし た。 秋の深まり感じさせる京都において、日本の歴史や文化にも触れながら友好的な雰囲気の中で行わ れた協議は、今後の両国の協力関係の更なる強化をもたらす有意義なものとなりました。 会議風景 フランス側出席メンバー (写真提供:NEXI) 18 18
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