- 1 - 保険法 第 9 回 賠償責任保険、専門家賠償責任保険、権利保護保険

保険法
第9 回
賠償責任保険、専門家賠償責任保険、権利保護保険
【目的・内容】
責任保険契約は不法行為によって被害を被った被害者救済の面からも重要な契約であ
る。ただ責任保険という場合に、一般の責任保険と専門家賠償責任保険とでは、約款の規
定や実務での運営が異なる場合が多い。この点の理解を深めることを第 1 の目的とする。
次に専門家賠償責任保険に関する裁判例を通じて、専門家賠償責任保険に特有の問題を理
解することを第 2 の目的とする。
保険法 22 条 1 項で、被保険者に対して損害賠償請求権を有する者に対して特別の先取特
権が認められたが、この契機となった裁判例での問題点、及び立法趣旨等を理解すること
を、第 3 の目的とする。
権利保護保険とは、保険加入者やその家族が、不慮の事故や事件の被害に遭って損害を
求める場合、弁護士に支払う相談料・弁護士費用、裁判手続に係る費用を保険金で賄うだ
けではなく、弁護士紹介をセットした保険をいう。権利保護保険制度の理解と実際の運用
上の問題点について理解することを目的とする。
[準備作業]
下記にあげる参照判例・参照文献を各自が必要に応じて読んだ上で、下記の予習項目に
関して各自が調べてまとめてくること。また下記の問題について各自が解答を用意してお
くこと。
【事前の予習事項】
1.責任保険とは何か。
2.責任保険契約における被保険利益は何か。
3.責任保険険契約において、法律や約款条項がない場合も、被害者が加害者の加入して
いる責任保険を引き受けている保険者に対して直接に保険金を請求する権利は認められる
か。
4.責任保険の保険事故は何か。何時の時点を保険事故と解しているか。
5.専門家賠償責任保険契約に適用される約款において、保険事故について発見時方式又
は請求時方式としているものが多い理由は何か。
6.保険法 22 条 1 項は先取特権を認めることとして、直接請求権構成を採らなかった理由
はどこにあるか。
7.保険法 22 条 2 項の立法趣旨は何か。
8.保険法 22 条 3 項の立法趣旨は何か。また例外を認める 3 項 1 号で、質権が文言から外
れている理由は何か。
9.保険法 22 条は強行規定と解されているが、約款で損害賠償請求者に責任保険の引受保
険会社に対する直接請求権を設けることは強行規定との関係で認められるか。
10.権利保護保険に関して
(1)権利保護保険とは何か。諸外国の制度はどうなっているのか。
(2)保険の対象となる事故や事件には何が該当するのか。
(3)保険金の対象となる費用は何か。
(4)弁護士紹介制度の仕組みはどうなっているのか。
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(5)損害保険会社と日弁連との協定に基づく共同運営とは何か。
(6)既存の保険商品との関係
①任意自動車保険における示談代行サービスと権利保護保険との関係はどうなるのか。
②任意自動車保険における弁護士費用担保保険との関係はどうなるのか。
[参照判例]
・東京地裁平成 14 年 3 月 13 日判時 1792 号 78 頁
・広島高岡山支判平成 14 年 1 月 31 日金判 1152 号 12 頁
・最一小判平成 15 年 7 月 18 日民集 57 巻 7 号 838 頁
・東京地判平成 18 年 2 月 8 日判時 1928 号 136 頁
・東京高判平成 19 年 2 月 28 日 LEX/DB インターネットに掲載(TKC の判例検索を利用
して検索できる)
・名古屋高判平成 20 年 6 月 24 日金判 1300 号 36 頁
・名古屋高判平成 20 年 10 月 31 日金判 1312 号 50 頁
・大阪高判平成 19 年 8 月 31 日金判 1334 号 46 頁
・高松高判平成 20 年 1 月 31 日金判 1334 号 46 頁
・東京地判平成 21 年 12 月 16 日 LEX/DB インターネット文献番号 25462611
・大阪地判平成 21 年 10 月 22 日 LEX/DB インターネット文献番号25451652
・大阪地判平成 21 年 12 月 22 日 LEX/DB インターネット文献番号25462555
[参照条文]
保険法 22 条、17 条 2 項
税理士特約条項第 1 条
「当会社は、損害賠償責任保険普通保険約款・・・第 1 条・・・の規定にかかわらず、被
保険者が、日本国内において税理士としての業務・・・の遂行にあたり、職業上相当な注
意をしなかったことに基づき提起された損害賠償請求・・・について法律上の賠償責任を
負担することによって被る損害をてん補します。」
弁護士特約条項
第 1 条 1 項「当会社は、損害賠償責任保険普通保険約款・・・第 1 条・・・の規定にか
かわらず、被保険者が弁護士法に規定される弁護士の資格に基づいて遂行した業務に起因
して、法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。」
第 2 項「当会社は、被保険者が、保険期間中に遂行した業務に起因して、保険期間中また
は保険期間終了後 3 年以内に、日本国内において損害賠償請求・・・を提起された場合に
限り、損害をてん補します。」
弁護士損害賠償責任保険適用約款
賠償責任保険普通保険約款第 17 条第 1 項
「被保険者が、被害者から損害賠償の請求を受けた場合において、当会社が必要を認めた
ときには、被保険者に代わり自己の費用でその解決に当たることができます。この場合に
おいて、被保険者は、当会社の求めに応じてその遂行について当会社に協力しなければな
りません。」
弁護士特約第 5 条 1 項
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「普通約款第 17 条第 1 項の規定にかかわらず、当会社が損害賠償責任の有無またはその
額について被害者と協力しようとするときは、当会社はあらかじめ被保険者の同意を得る
ものとします。」
被保険者である専門家にとって、賠償責任を認めることは、名誉と信用に多大な関連を
有することから、この場合に、被保険者の同意を求めている。
※
求償権の不行使
弁護士損害賠償責任保険適用約款
賠償責任保険普通保険約款第 22 条第 1 項
「被保険者が他人に対して損害賠償請求権を有する場合において、当会社が被保険者に保
険金を支払ったときは、当会社は、支払った金額を限度として、かつ、被保険者の権利を
害しない範囲で、被保険者がその者に対して有する権利を取得します。」
弁護士特約第 12 条 1 項
「当会社は、普通約款第 22 条(代位)の規定に基づき取得する権利のうち、被保険者の
使用人その他被保険者の業務の補助者に対するものに限り、これを行使しません。ただし、
これらの者の故意によって生じた損害についてはこの限りではありません。」
税理士特約条項
改正前 5 条 2 項(最判平成 15 年判決前)
「当会社は、納税申告書を法定申告期限までに提出せず、または納付すべき税額を期限内
に納付せず、もしくはその額が過少であった場合において、修正申告、更正または決定に
より納付すべきこととなる本税(累積増差税額を含みます。)等の本来納付すべき税額の
全部もしくは一部に相当する金額につき、被保険者が被害者に対して行う支払(名目のい
かんを問いません。)については、これをてん補しません。」
改正後 5 条 2 項
「当会社は、次の各号に掲げる本税(累積増差額を含みます。)等の全部または一部に相
当する金額につき、被保険者が被害者に対して行う支払(名目のいかんを問いません。)
については、被保険者もしくは納税者(法人である場合はその使用者も含みます。)の不
正行為の目的の有無、または被保険者の税制選択上の過失の有無もしくはその他の過失の
有無を問わず、これをてん補しません。」
[参考文献]
・太田秀哉「特集・医療と法
賠償責任保険」ジュリスト 1339 号 82 頁~87 頁(2007 年)
・矢澤昇治「弁護士賠償責任保険契約における填補の対象」専修ロージャーナル 3 号(2008
年)41 頁~55 頁
・堤淳一「権利保護保険(弁護士保険)」塩崎勤・山下丈編『新・裁判実務大系 19 保険
関係訴訟法』204 頁以下(青林書院、2005 年)
・小山昭雄「保険業界から見た権利保護保険の位置付けと今後の展望」自由と正義 52 巻
12 号(2001 年)70 頁~77 頁
・秋山清人「弁護士保険(権利保護保険)揺藍期」棚瀬孝雄ほか編『小島武司先生古稀祝
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賀〈続〉権利実効化のための法政策と司法改革』(商事法務、2009 年)3 頁~25 頁
[問題]
1.債権者代位権の行使以外で、加害者である被保険者から責任保険契約に基づく保険金
請求権の譲渡を受けた被害者は、当該責任保険契約を引き受けている損害保険会社に対し
て、保険金請求を訴求することは許されるか、その理由等も含めて検討しなさい。
2.税理士賠償責任保険、医師賠償責任保険、弁護士賠償責任保険における保険事故は何
か。
3.専門家賠償責任保険は、一般の賠償責任保険と比べてどのような特色を有するか。
4.請求事故方式を採用した場合、廃業等をして保険契約を継続できない場合には、保険
保護を受けられない虞があるが、そのときに備えてどのような条項が設けられているか。
5.医師賠償責任保険において、発見事故方式を採用している場合、いつの時点を、事故
の発見と考えるかについて見解の相違がある。それぞれの見解の相違について説明し、現
行の約款ではどのように改定されているか。
6.医師賠償責任保険において、請求事故方式を採用している場合、いつの時点を、保険
事故と考えるかについて見解の相違がある。それぞれの見解の相違について説明し、その
上で、どの見解が妥当であるかを説明しなさい。
7.税賠保険に適用される改正前の税理士特約条項 5 条 2 項の適用を巡って最一小判平成
15 年 7 月 18 日民集 57 巻 7 号 838 頁は、不正の目的の有無で当該条項の適用の可否に
ついて結論を変えているが、このような立場に対する批判を検討しなさい。
8.弁護士賠償責任保険契約において、依頼者が被保険者である弁護士に対して損害賠償
請求訴訟を提起した際に、被告弁護士が他の弁護士に訴訟代理人を依頼することなく、当
該弁護士自身が訴訟担当をした場合、当該保険契約に適用される約款で認められている訴
訟費用に自身が弁護人となって訴訟を受け持つこととなった費用も含めて請求することが
できるか。
9.※注意事項:以下の設例はあくまでも便宜的な例であり、実際に使用されている約款
においてはこのような免責条項等は置かれていません。
A は、O大学医学部卒業後、附属病院に勤務した後、父親が医院長を務めていた X 総合
病院に勤務し、5 年前から父親の後を引き継いで医院長を務めている。
Y損害保険株式会社は、O 大学医学部の同窓会(法人格を有する)を保険契約者、O 大
学医学部出身の医師が開業している医療法人を被保険者とする、医師賠償責任保険契約を
O 大学医学部同窓会と締結し、毎年更新している。X の父も、O 大学医学部出身であるこ
とから、当該保険契約の被保険者となっており、X が医院長を引き継いだ後も、当該保険
契約の被保険者となり毎年更新されていた。
当該保険契約に関しては、近時、医療機関を訴える訴訟が多くなったことに伴う保険金
支払(訴訟対応に伴い弁護士等の訴訟費用にかかる費用保険金の支払いを含む)の増加が
顕著となってきた。毎年、被保険者集団である医療機関での事故発生率、保険金支払総額
と保険料収入等を総合判断して、Y 会社は、保険料の更新を行っているが、保険料の高額
化を防ぐ手段として、医療行為自体に基づく損害賠償ではなく、単なる医師又は医療機関
による患者に対する説明義務違反に基づく損害賠償請求については、免責とする条項を新
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設した。インフォームドコンセントについて、医師の義務となっているが、本来の医療事
故とは異なることから、免責とする趣旨である。
当該免責条項が設けられたのは、平成 18 年 4 月 1 日から更新される保険契約からである。
すなわち、保険期間を平成 18 年 4 月 1 日から 1 年間とする更新される契約についてである。
約款改定に趣旨については、事前に、保険契約者である O 大学医学部同窓会の理事会で検
討してもらい、かつ各地方の医師会での意見等を踏まえて、免責条項を置くことについて
了解を得ている。また同窓会を介して、約款改定の趣旨等の説明文書、パンフレットが個
別に被保険者に配布されている。
なお、当該保険契約における医師賠償責任特約条項では、保険事故は請求事故方式が採
用されている。
B は平成 18 年 2 月 1 日に、腹痛から X 病院に診療を受け、C 医師が対応したが、緊急
手術が必要な旨の説明を受け、X 病院に入院し、緊急のオペがなされた。手術の前の説明
において B 及び B の家族に対し C 医師は、①の手術方法と②の手術方法とがあり、それぞ
れのメリットについては、説明をしたが、①を選択した場合に生じるデメリットについて
は説明がなされなかった。C 医師は、①の手術方法が一般的なものであることのみを説明
した上で、①の方法でオペがなされた。
オペの結果については、C 医師に問題はなかったが、①の手術に伴うデメリットとして、
術後に心臓等に負担が生じる可能性があることについて説明がなく、そのデメリットとし
て、B に後遺症が残ることとなった。
B は、平成 18 年 3 月 1 日に X 病院を退院後、X 病院に対して、損害賠償請求するか否
かについて、弁護士等に相談した結果、平成 18 年 4 月 1 日に、弁護士を介して、Z 病院に
後遺症に基づく今後かかる医療費等の請求を行ったが、X 病院は支払を拒否した。そこで、
B は、平成 18 年 4 月 18 日に裁判所に対して、X 病院に対して損害賠償請求を提起した。
当該訴訟については、C 医師の説明義務違反を認める判決が平成 19 年 1 月 10 日に出され、
X 病院は、控訴を断念し当該判決は確定した。
X 病院は、B に対する損害賠償金の支払をなした後、Y 会社に対して、O 大学医学部同
窓会が契約者となっている医師賠償責任保険契約の被保険者として、保険金請求を行った。
これに対して、Y 会社は、当該損害賠償の原因は、C 医師の説明義務違反であることから、
上記免責条項の適用を受けることとなり、支払ができない旨の説明し、支払を拒否した。
そこで、X 病院は、Y会社に対して保険金支払請求訴訟を提起した。
X 病院は、①B に対する説明義務違反が生じたのは、平成 18 年 2 月 1 日であり、そうな
ると上記免責条項が設けられる前の約款が適用されることとなる、②更新された契約につ
いて、本件免責条項が適用されるか否かについて、新約款が適用される以前に生じた医療
事故についても適用される旨の明確な規定が設けられていないことから、新約款が適用さ
れる以前に生じた医療事故に関しては、旧約款が適用され、そのことから Y 会社は保険金
の支払義務付けられる、と主張した。
X 病院の主張が認められるか検討しなさい。
10.
弁護士賠償責任保険契約に適用される弁護士特約条項 3 条 1 号でいう「他人に損害を
与えるべきことを予見しながら行った行為」とは何を意味するか。
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