高齢者福祉援助に学ぶ「生きる意味」

高齢者福祉援助に学ぶ「生きる意味」
社会福祉学科 准教授
梅崎 薫
1.「社会福祉士」「精神保健福祉士」という専門職の誕生
わが国で、ソーシャルワーカーという専門職が「社会福祉士」、また「精神保健福祉士」とい
う国家資格として認められたのは、前者が今から23年前、後者が13年前です。「社会福
祉士」という資格は「介護福祉士」という資格と一緒に創設されましたが、どちらかというと
高齢者介護という社会問題に急いで対応する必要があり、当時は「介護福祉士」の創設にこそ
焦点があてられていたといえます。
しかし社会福祉の専門職として、ソーシャルワーカーという専門職は、世界的にも約 100
年の歴史をもっていました。わが国でもソーシャルワーカーという仕事に誇りを持ち、資格
や社会的評価はなくとも、自ら必要と考えて、この仕事を選びとって働いていた人々がいま
した。このような理由から介護福祉の専門職「介護福祉士」を国家資格化する時、ソーシャル
ワーカー、つまり「社会福祉士」の資格化も無視することができませんでした。
ソーシャルワーカーという専門職は、歴史的にも貧困問題への対応から生まれました。貧
困にあえぐ人々を、社会福祉の専門職として、個人のパーソナリティに焦点をあてて働きか
けようとする流れと、社会にむけて年金や手当など社会環境整備に働きかけようとする流れ
がありました。前者はキリスト教慈善組織協会の友愛訪問員活動から、後者はスラム街など
の貧困地域に隣人として住まい、共に活動するセツルメント運動としてはじまっています。
このような活動の中で、援助の対象となる人々には、病気や障害をもつ人々が尐なくなく、
加えて民族差別等にさらされている人々も多かったのです。ソーシャルワーカーはそのよう
な人々の生活問題を尐しでも緩和し、生活の苦しさをなんとかできないかと、常に「今ここ
で、自分に何ができるだろうか」と、何もないところから考えるしかありませんでした。今
の言葉でいえば、社会的起業のような創意と工夫が、まさに求め続けられてきたのです。
2.高齢者と家族に生じる虐待関係
2000 年、介護保険制度が開始され、高齢者介護の問題は解決されるかに思われましたが、
尐子化に歯止めがかからず、相変わらずの状態が続いています。介護保険制度により介護サ
ービスを提供する事業者は飛躍的に増えましたが、今日、その質が問われています。
高齢者と家族の関係にも変化が訪れています。高齢者には「年金」という固定収入があるの
に対し、年金支給前年齢の子世代には、長い失業と貧困にあえぐ時代が訪れています。サー
ビス産業が主流となった今日、これまで製造業などで生計を立ててきた子世代がリストラさ
れると、今の産業構造の中で新たな仕事を見つけることは、とても難しいのです。なかには
親の介護を心配して退職し、介護と両立できるような仕事を探すつもりが思うように仕事を
見つけられず、いつの間にか親の年金を搾取せざるをえない、つまり高齢者への経済的搾取
(虐待)に追い込まれているという状況に、良く遭遇するのです。
また高齢夫婦での介護では、介護負担が重く、認知症での行動障害に対応しかねる場合に
は、子世代も含めて身体的虐待やネグレクト(介護・世話の放棄放任)、心理的虐待関係に陥
ることが多く生じています。最も悲しいのは、心中という殺人事件に発展することです。高
齢期という人生の最終章を、このような悲劇で締めくくらなければならないことは本当に残
念なことです。虐待関係に陥った親子は、親も、子も、苦痛に満ちた関係に悩みながら、し
かし外には助けを求めないことが多いのです。そしてその結果、子が親を殺してしまうこと
になれば、親は子を、その死後までも苦しませることになろうと推測されます。子による親
への虐待は意図的というより、結果として虐待にいたっていることの方が、とても多いと感
じられます。
一方、経済的に豊かな家庭でも、高齢者の豊かな財産をめぐり、子世代の相続をめぐる骨
肉の争いや、家族間に憎しみのような確執を生むことも生じています。財産を独占しようと
して、ケアマネジャーに、他の兄弟姉妹が親と接触できないよう依頼したり、土地家屋の名
義を親の承諾なく書きかえてしまい、時には、その後に高齢者を追い出してしまう子たちも
残念ながらいるのです。
3.関係性に注目し、援助する体験から「生きる意味」を学ぶ
家族の歴史には、他者にはわからない様々な事情があります。ひとりひとり、人生が異な
るように、それぞれの家族が、それぞれの歴史をもち、今の関係性に至っています。ですか
ら、高齢者が悪い、子が悪いなど、人に注目するのでなく、高齢者とその家族が、今、陥っ
ている関係性に注目し、援助者は、その関係性をどのように理解し、どのように関与すると、
より、その高齢者と家族の助けになれるかという視点が重要でしょう。児童虐待の対応で用
いられている、サインズ・オブ・セーフティ(注)というアプローチを、高齢者虐待の対応でも
用いようとする試みが始まっています。
家族関係の理解は、一朝一夕には得られませんし、時間をかけてわかったような気がして
も、本当にそうなのか、その理解でよかったのか、援助者には、結局わからないのかもしれ
ません。しかし、批判することなく理解しようと努めること、敬意を忘れずに、理解したい・
力になりたいという姿勢をつらぬいていれば、きっと高齢者の方にも、ご家族にも伝わると
思うのです。受容するということは、援助の基本原則ですが、最も難しい原則だと、つくづ
く思います。
専門職であっても、常に、高齢者やそのご家族に、「学ぼう」とする姿勢を忘れないことは、
援助者にも学びをもたらしてくれることがあります。そしてそれは、専門的な学びだけでな
く、援助者自身の人生にも「生きる意味」を教えてくれることを多く体験してきました。この
ような「生きる意味」を学ぶ体験は、地域社会の人々にも同様に生じるように思えます。人生
における学びの体験を、地域社会のなかでも共有できれば、私たちの住む社会は「助けた人
がもっとも助けられる」
、より、豊かな社会になっていけるのではないでしょうか。
(注)オーストラリアのソーシャルワーカー、アンドリュー・ターネル氏が、自身等の経験と世界中の実践・研究
から導き出した 12 の実践原理と 6 つの技法からなる虐待対応の手法。
子どもの安全を実現するための具体的な技法を体系だてて示し、
「すべての家族が安全のサインをもっている
と認識すること」
「利用者を一緒に取り組むのに値するパートナーとして尊重すること」
「安全に焦点を合わせ続
けること」
。
相談機関が一定の権限を持ちながら、同時に親を共に問題に取り組むパートナーと位置づけ、共働的な援助関
係を築くことを求め、ワーカーと家族の二人三脚で「子どもの安全」というゴールを目指すことを旨としている。
参考資料
「安全のサインを求めて
子ども虐待防止のためのサインズ・オブ・セイフティ・アプローチ」
アンドリュー・ターネル/スティーブ・エドワーズ著
白木孝二/井上薫/井上直美監訳
◆参考文献
リッチモンド著、小松源助訳「ソーシャルケースワークとは何か」中央法規出版 1991
木原活信「J。アダムスの社会福祉実践思想の研究 ソーシャルワークの源流」川島書店 1998
梅崎薫「地域での虐待防止ネットワーク」、松本一生編、現代のエスプリ No507“認知症の人と家族
を支援する”至文堂 2009
藤岡淳子編著「関係性における暴力」岩崎学術出版社 2008
高齢者虐待防止のための安心づくり安全探しアプローチ http://www.elderabuse-aaa.com