若者消費論 原田 曜平 博報堂若者生活研究室 アナリスト はじめに ようです。 試しにYahoo!やグーグルなど、どこかのイン 他にも、例えば07年8月22日の日経MJでは、 ターネットの検索窓に、 「若者」と打ち込んでみ 「巣ごもる20代」というタイトルで特集記事が組 てください。すると、頼んでもいないのに勝手 まれています。この記事によると、今の若者た に『離れ』という言葉が「若者」の関連語とし ちは、 「クルマは不要。モノはそれほど欲しくな て出てくると思います。そして、検索結果として、 い。お酒もあまり飲まない。行動半径は狭く、 以下のようなものが出てきます。 休日は自宅で掃除や洗濯にいそしむ。増えてい くのは貯金だけ」とのことです。この日経MJ以 テレビ離れ/クルマ離れ/読書離れ/酒離れ/新 外にも、消費をせずに縮こまった生活を送る、 聞離れ/タバコ離れ/旅行離れ/活字離れ/理系離 こうした若者たちの様子を伝える報道がとても れ/プロ野球離れ/恋愛離れ/雑誌離れ/CD離れ/ 増えています。 映画離れ/ゲーセン離れ/パチンコ離れ/腕時計離 れ/スポーツ離れ/献血離れ/セックス離れ/日本 本当に若者は消費しなくなったのか 酒離れ/ブログ離れ/アカデミー賞離れ/寿司にわ 若者研究及びマーケティングを実施している さび、おでんにからし離れ/マラソン離れ/バイ 私のところにも、ここ数年、 「近ごろの若者がと ク離れ/ゴルフ離れ/ボウリング離れ/洋画離れ/ にかくわからん」「若者がうちの製品を買わなく ガム離れ/スキー離れ/百貨店離れ/日本離れ/ア なった」といった企業の切実な声があまりに多 ルコール離れ/学習院離れ/味噌離れ/消費離れ/ く 集 ま る よ う に な っ て き て い ま す。 恐 ら く ボ 山離れ/魚離れ/果物離れ/農業離れ/しょうゆ離 リュームゾーンであるいわゆる団塊ジュニア れ/外食離れ/商店街離れ/交通事故離れ (1971年生まれ∼ 74年生まれ)が中年期に差し掛 かり、ボリュームが少ないとは言え、その下の 若者のテレビ離れ、クルマ離れ、読者離れ、 酒離れ、新聞離れ、タバコ離れなど、消費にま 世代にマーケティングをせざるを得なくなった 企業や商品が多くなっているのだと思います。 つわるものは昨今よく言われているもので、皆 確かに、『「嫌消費」世代の研究――経済を揺 さんもご存知のものもあるかと思いますが、中 るがす「欲しがらない」若者たち』 (東洋経済新 にはユニークなものも出てきます。 報社) 、『欲しがらない若者たち』(日経プレミア 寿司にわさび離れ、おでんにからし離れ、味 噌離れ。特に最後の「交通事故離れ」は、むし ろ離れて良かったように思います(笑) 。 いずれにせよ、ここ数年、 「かつての若者は飛 びついていたのに、今の若者は離れてしまった・ 興味がなくなってしまっている」という、特に シリーズ)などという本も出版されています。 果たして近ごろの若者は、本当に「消費しな い消費者」になったのでしょうか。答えは「NO」 です。 次頁の図は1980年∼ 2008年までの、年代別の 1カ月の平均消費支出を示したものです。 消費関連の項目があまりに多く、その理由が分 これを見ると、08年の20代の1カ月の消費支 からず、首を傾げている大人が多くなっている 出は25万1125円。消費支出額が最も高かったバ ’ 12.11 6 原田 曜平(はらだ ようへい) 1977 年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学 メなのか?』 (光文社新書) 、『情報病』 (角川 部卒業後、博報堂に入社。マーケティング局、 書店) 、『中国新人類・八○后が日本経済の救 博報堂生活総合研究所、研究開発局を経て、 世主になる!』 (洋泉社)、 『10 代のぜんぶ』 (ポ 現在「博報堂若者生活研究室」アナリスト。 プラ社) 、『黒リッチってなんですか?』 (集 多摩大学非常勤講師。03 年、JAAA 懸賞論文・ 英社)などがある。 新人部門入選。著書に『近頃の若者はなぜダ 各年代の1ヵ月平均消費支出 長期時系列表(1980-2008 家計調査年報) 50 代 最高 最低 38 万 6080 円(1993) 26 万 4884 円(1980) 最高 最低 38 万 2845 円(1997) 24 万 5062 円(1980) 最高 最低 30 万 7997 円(1994) 21 万 6140 円(1980) 最高 最低 26 万 5991 円(1992) 18 万 5568 円(1980) 2008 年 最高時との差 34 万 6682 円 3 万 9398 円 2008 年 最高時との差 33 万 6766 円 4 万 6079 円 2008 年 最高時との差 27 万 7531 円 3 万 466 円 2008 年 最高時との差 25 万 1125 円 1 万 4866 円 8 7 0 0 2 6 0 0 2 5 0 0 2 4 0 0 2 3 0 0 2 0 0 2 1 0 0 2 0 0 0 2 0 2 9 9 1 0 9 8 7 9 9 1 6 9 1 9 5 9 9 1 4 9 9 1 3 9 1 9 9 9 1 1 9 9 1 0 9 9 1 9 9 9 1 8 8 9 1 7 8 9 1 6 1 9 8 5 8 9 1 4 8 9 1 3 8 9 1 2 8 9 1 1 8 9 1 8 9 9 1 1 8 0 20 代 2 30 代 2 40 代 (1980 年−2008 年統計局「家計調査年報」をもとにグラフ化) ブル絶頂期の92年と比べると1万4866円減って 好況であれ不景気であれ、いつの時代も給料は います。確かに、若者の消費支出は落ち込んで 少ない。そのため、もともと大した消費はでき いると言えるでしょう。 ない。むしろ給料を多くもらい、不景気によっ ですが、ほかの世代と比べると話は変わって きます。 てそれを削られた上の世代のほうが、消費支出 が減るのは当たり前とも言えるでしょう。 と い う の も、50代 の08年 の 消 費 支 出 は34万 6682円(1カ月)。最も高かった93年と比べて、 若者の興味・ライフスタイルが変化 3万9398円も減っているのです。40代の08年の では、一体なぜ、 「近ごろの若者だけが消費し 消費支出は最高値の97年から4万6079円ダウン。 なくなっている」という誤ったイメージが、世 30代は最高値の94年から3万466円も少ないの です。 の中に根付いてしまったのでしょうか。 答えは、前述した日経MJの記事に代表される つまり、20代の消費支出は、他年代と比べる ように、 「近ごろの若者たちが、かつての若者の とむしろ落ち方が少なく、幅広い世代のなかで 象徴だったアイテムやライフスタイルから離れ も、「最も消費しなくなっていない人たち」と言 ている」(少なくともそう実感している大人が多 えるのが真相なのです。 い)からです。近ごろの若者が興味を示さなく 年功序列が根強く残る日本では、20代の若者は、 なった象徴的なアイテムとして、色々なメディ ’ 12.11 7 アで取り上げられているのが、 「クルマ」 「酒」 「海 若者と接し、あるいはメディアで報じられる若 外旅行」の3種の神器です。 者像を見て、首を傾げ、インターネットの検索 前述の日経MJの記事内に掲載された調査結果 でも、「乗用車に興味がある」(たいへん+ある 窓に「若者 離れ」といった言葉を打ち込む大 人が多くなっていることを示しているのです。 程度)と回答した20代は、02年の74.1%から、07 2009年のユーキャン新語・流行語大賞でも、 年には53.5%に減っています。ちなみに、30代は 上位60ワードに「草食男子」 「乙女男(オトメン)」 79.0%→68.0%、40代は68.0%→57.0%、50代は 「弁当男子」「婚活」がノミネートされました。 72.0%→54.0%。どの世代も下がっているものの、 これだけ若年の姿を表す言葉がノミネートされ 20代の下げ幅が一番大きいのです。 たことは珍しいようで、これも社会や大人が、 また、 「お酒を飲まない」 (全く+ほとんど) と回答した20代は07年に34.4%。「自宅でビール を飲まない」と回答した20代も、03年の39.4%か ら07年には50.6%まで増えています。 20代 74.1% 53.5% 30代 79.0% 68.0% 40代 68.0% 57.0% 50代 72.0% 54.0% 「お酒を飲まない」(全く+ほとんど) -20% 34.4% 30代 27.6% -11% -18% 39.4% や「がんばろう日本」や「帰宅難民」等々の言 「推しメン」 「美ジョガー」 「お嬢様の目は節穴で ございますか」 「君、きゃわゆいネェ」 「スマホ」 「ソーシャルメディア」 「タブレット」 「年の差婚」 「どや顔」「ラブ注入」など、それでも若者関連 7%差 の言葉は多くノミネートされています。 しかし先ほど解き明かしたように、若者の消 費支出は、上の世代と比べて減り方が少ないの です。つまり、かつての若者同様、今の若者も 2007年 11%も増加 20代 指した言葉がノミネートされています。 葉がノミネートされました。しかし、 「あげぽよ」 -11% 「自宅でビール類を飲まない」 2003年 「パワースポット」 「もってる」 「モテキ」 「リア充」 2011年に関しては、震災の影響があり、「絆」 2007年 20代 ちなみに、2010年も「イクメン」 「ガラケー」 「ダ 「山ガール」「女子会」「ゴルコン」などの若者を 「乗用車に興味がある」(たいへん+ある程度) 2007年 証だと言えます。 ダ漏れ」 「ネトゲ廃人」 「バイクコンシャスライフ」 かつての“ 若者 3 種の神器 ”への興味が落ち始めている 2002年 近ごろの若者たちに大きな違和感を抱いている 50.6% 消費をしているわけですし、仮にかつての若者 の消費シンボルである「クルマ」 「酒」 「海外旅行」 (日経 MJ2007 年 8 月 22 日号「MJ 若者意識調査」より抜粋) への支出が減ったとしても、きっと今の若者な 「私たちの若いころと違い、今の若者はなぜク りの新しい3種の神器が生まれているはずなの ルマ・酒・海外旅行から離れたのか」――。こ です。ただ、それが今の大人たちには見えてい う感じる大人が増えているのでしょう。 ない。そもそも、子供などにお金がかかる既婚 冒頭、私がお願いした検索もその象徴です。 の上の世代よりも、未婚が多い独身貴族の20代 ’ 12.11 8 の方が、実家にパラサイトしている人も多いし、 かつてバブルを経験した大人たちが、 「いやー、 自分のために消費できる額が多いに決まってい バブルのころが懐かしいよ」 「あのころはボーナ ます。なのに、それが一体何かが見えない。 スが年に何回も出てさー」 「札束を道端で振って 過去の若者と同じような消費をしないからと 見せないと、タクシーが止められなかったんだ いって、「近ごろの若者は元気がない」と判断す よ」などと、きっと多少の誇張も含めて、華や るのは早計です。たとえ、過去の若者像からは かなりしころのエピソードを語ったところで、今 大きく離れたとしても、今の若者は彼らなりの の若者たちはキョトンとするでしょう。なぜなら、 志向を持ち、それにマッチした商品やサービス 彼らはまだよちよち歩きの3歳から、小学校6 を消費しているのです。 年生の12歳だったのですから。バブルなんて、ほ とんど記憶に残っているはずもありません。 「見え難くなった若者」の理由 図の通り、日本経済が良かった部分は、今の では、何故、これ程までに若者が見え難くなっ 若者たちが幼少期に終わってしまい、彼らの残 てしまったのでしょうか。これには大きく分け りの大半の人生は、「失われた10年、20年」「実 ると、二つの理由があるように思います。 感なき景気回復」 「100年に一度の金融危機」 「東 一つ目は、彼らが生きてきた時代背景が、上 の世代のそれとは全く違うからです。 日本大震災」と、日本経済の閉塞感が続いた、 灰色一色の時代なのです。新聞やテレビでは、 「大 手企業の破綻」「自殺者が3万人を超えた」「政治 20歳 1989年生まれ 21歳 の混迷」など、暗いニュースばかりが報道され 3歳 てきたのです。実際、今の若者たちが小中学生 22歳 23歳 24歳 バ 25歳 ブ ル 期 26歳 実 感 無 き 景 気 回 復 失 わ れ た 10 年 27歳 28歳 1980年生まれ 100 年 に 一 度 の 金 融 危 機 12歳 のころには、 「隣のクラスの○○ちゃんのお父さ んリストラされたんだってさー」なんていう会 話が、当たり前のように飛び交っていたようです。 「頑張れば上がっていく」 という右肩上がりベクトル ポスト団塊ジュニアの底流 にあるのが 「放っておけば落ちていく」 という右肩下がりベクトル 「放っておけば落ちていく」 という右肩下がりベクトル 29歳 1980 1985 1990 1995 2000 2005 バブル期 2010 …上の世代 上の図は、09年時点で20 ∼ 29歳の若者の人生 …近頃の若者 を、横棒のグラフとして表したものです。これ を見ると09年時点で20歳の人は3歳、29歳の人 は12歳のときにバブルの崩壊を経験したことが わかります。 上は、日本の高度成長期からバブル期をピラ ミッドの頂点としてその後、日本経済が衰退し ’ 12.11 9 ていく時代の変遷を、シンプルな図にしたもの ほかの旬なカリスマモデルのように、青山や六 です。 本木に住むのではなく、今も実家のある足立区 青色の矢印が現在30代以上の大人の人生を、 に住み続けています。洋服も低価格なものを好 グレーの矢印が現在20代以下の若者たちの人生 み、「しまむら」が好きだと聞きます。どんなに を示しています。これを見ると、30代以上の大 売れっ子になっても、常に下向きベクトルを内 人には、「生活レベルが上昇する」上向きのベク 包していることを自覚している点が、今の一般 トルと、 「生活レベルが落ちる(かもしれない) 」 的なギャルたちの共感を呼んでいるのです。 という下向きのベクトルがあります。対して現 若者たちの支出額が他の世代に比べて減って 在の若者たちには、 「生活レベルが落ちる(かも いないことを前述しましたが、とは言え、こう しれない)」という下向きベクトルだけしかあり した時代背景を生きてきた今の若者たちは、か ません。 つての若者のように、盲目的に消費することは つまり、大人たちがいくら今の若者たちに「上 ありません。かなり吟味する節約志向になって 昇志向を持てよ」と説教したところで、上向き いますし、不必要なものは消費しません。つま ベクトルを経験していない若者にとっては、ち り例えば、女性にモテるとかスピードを出すの んぷんかんぷんなのです。 が気持ち良いといった理由だけで、車が好きで もう1つ例を挙げましょう。08年ごろから、 「経 もなく、車が必要でない都心に住んでいるので 済効果100億円の女」として一躍メディアで引っ あれば、車を買うようなタイプが減っているの 張りだことなったカリスマギャルの益若つばさ です。 さんも、実は85年生まれです。彼女が紹介したり、 プロデュースしたりする商品が売れまくる、 “つ これが若者が見え難くなっている、特に消費 行動が見え難くなっている元凶の一つ目です。 ばさ売れ”現象が起こりましたが、これも、今 二つ目の理由は、ケータイの普及です。 の若者たちの複雑な気持ちにシンクロしたから NTTドコモの「モバイル社会研究所」が08年 起こった現象です。 に発表した「ケータイ利用アンケート調査」に もちろん、彼女自身がかわいく、夫がイケメ よると、まず平均して今の10代(調査時08年時 ンのモデル兼デザイナーで、かわいい子供に恵 点で10 ∼ 19歳)は、中学2 ∼ 3年生である14歳 まれていることも人気の背景にはあるでしょう。 の前半で、20代(調査時08年時点で20 ∼ 29歳) ですが、人気の一番のツボは、彼女が持つ漠然 は高校1 ∼ 2年生である16歳後半でケータイを持 とした不安感だと、私は思います。 ち始めます。社会人になってからケータイを持 彼女はインタビューやテレビ番組のコメント でよく、「仕事をいつまで続けられるかわからな ち始めた上の世代と違い、思春期にケータイを 持ち始めた日本で初めての世代と言えます。 い」「今の状況が続くとは思わないようにしてい 彼らがケータイで何をしているかと言えば、 る」「金銭感覚を狂わせたくない。稼げると思っ facebookやtwitterやmixiやGreeなどのSNSやブロ たら危険」「生活レベルを上げないようにしてい グなどのコミュニケーションツールばかりです。 る」などといった発言をします。事実彼女は、 次頁の表のように、彼らは、何かを調べたりす ’ 12.11 10 る検索行為はあまり行わず、ただひたすら離れ して中学を卒業して高校入学します。人によっ た場所にいる人と四六時中コミュニケーション ては、中学までは地元の公立校で、高校になる を取っていることがわかります。 と遠くの私立校に通う学生もいるでしょう。 ケータイのない時代であれば、異なる学校に ■iモードの利用内容 10代 20代 行ってしまえば、本当に親しい数人と結び付つ SNS 24.8% 30.0% いているだけだったと思います。ですが今は、 友達のブログ 17.9% 9.8% かつての人間関係とも井戸端ツールでつながり 友達のウェブサイト 27.8% 7.4% BBS(掲示板) 21.2% 15.4% 自分のブログ 11.5% 5.5% 自分のウェブサイト 14.3% 4.2% (NTTドコモ「モバイル社会研究所」 、08年発表「ケータイ利 用アンケート調査」) 続けます。大学に入っても、社会人になっても 同様です。つまり、年齢が上がるにつれ、また ライフステージが変わるにつれ、人間関係は倍々 に拡大していくのです。 「知り合いが増えたとはいえ、どうせ、希薄な ちなみに彼らの人間関係とは、必ずしも友達 人間関係が増えただけだろう」――。倍々ゲー だけを指しているわけではありません。あくま ムのように友人や知人が増える今の若者たちを で「(ただの)知り合い」や「(単なる)顔見知り」 見て、大人たちはこう安易に考えるかもしれま レベルの人間関係も含まれています。 せん。ですが下の表を見てください。 「知り合い」 実際に街頭で高校生にインタビューしていて の多い彼らは、毎日30通以上ものメールのやり も、「隣の学校の友達」 「塾の友達」 「同じ習い事 取りをしています。しなくてはいけなくなって の友達」「渋谷で出会った友達」「小学校時代の いる、と言っても過言ではありません。彼らの「知 友達」「同じボランティア活動をしている友達」 り合い」との人間関係は、意外と継続性が必要 「サークルの友達」「友達の友達」など、たくさ んのグループが挙がってくるのには、いつも驚 とされているのです。 ■今の10 ∼ 20代が1日に送受信するメールの件数 きます。 10代 20代 彼らは、新しい人と出会うとすぐにケータイ 送信数 20.0通 17.9通 のメアド(メールアドレス)を交換し、 「知り合い」 受信数 24.4通 13.4通 を増やします。ビジネスマンが名刺を持つように、 今の高校生もメアドという名刺を持っているの です。 (NTTドコモ「モバイル社会研究所」、08年発表「ケータイ利 用アンケート調査」) 確かに、彼らの間では、「即レス」(メールが また新しい人とつながりやすくなったと同時 届いたらすぐに返信すること)が、一つの暗黙 に、過去に出会った人たちとの関係も、途切れ のルールになっています。我々大人に当てはめ なくなっています。例えば、ケータイを持ち始 てみると、いわば、大晦日に年賀状を書いてい めた中学のときに同じクラスだった同級生だけ なくて焦っている状況と似ているかもしれませ でなく、ほかのクラス、ほかの学年でケータイ ん。 を持っている子とも、連絡先を交換します。そ ’ 12.11 11 増える「社交消費」 話をまとめます。今の若者は、思春期にケータ その内訳に含まれます。 極端な例で分かり易く言えば、昔は週に一度、 イを持ち始めた日本で最初の世代です。そして、 花金に会社の同僚と高いワインを飲んでいたの ケータイによって彼らの間に継続性のある、幅広 がサラリーマン像でしたが、今では毎日、会社 いネットワークができました。彼らは自分とタイ が違う高校時代や大学時代の友達とファミレス プの違う人とも、合わない人とも、極端に言えば、 でお茶を飲むようになったイメージでしょうか。 いじめっ子といじめられっ子も、幼いころからつ つまり、社交場や社交回数が増えている分、一 ながり続けることになってしまったのです。 回の会合あたりに割く金額を減らすようになっ たくさんの人と常時つながることは、ときに 喜びであり、場合によっては義務感や束縛感も 伴います。なるべく空気を読み、相手の気持ち ているのです。 これが若者が見え難くなっている、特に消費 行動が見え難くなっている元凶の2つ目です。 を読み取り、相手の望むキャラにならなくては では、この原稿の最後に、 「不景気」と「ケー KY(空気が読めない)と言われ、人間関係が円 タイ」という二つの理由から見え難くなっている 滑に進まなくなってしまうのです。 若者たちを動かすツボをご紹介したいと思います。 筑波大学の土井隆義先生は、著書『友だち地 獄−「空気を読む」世代のサバイバル』(ちくま デフレ経済の申し子の心理を狙え! 新書)のなかで、この若者の空気を読み過ぎる キーワードは「不況だからの節約志向じゃない」 人間関係を、「優しい関係」と名付けています。 07年の新語・流行語大賞にノミネートされた 「KY(空気が読めない) 」という言葉も、もとは たくさんの若者たちにインタビューをしてい ると、違う人たちから同じような台詞が何度も 出てきます。 若者たちから生まれた言葉です。1977年に発表 例えば、彼らの口から多く聞かれるものに、 「も された山本七平著『空気の研究』 (文藝春秋)で ともとユニクロが好きです」という言葉があり も書かれているように、空気を読むとは、もと ます。別に必ずしもユニクロでなくても構いま もと日本の文化だったのです。それを今では、 せ ん。 無 印 で も し ま む ら で も、 要 は フ ァ ス ト 大人たちよりも、若者たちのほうが過剰に気に ファッション的なものをもともと好きだ、と彼 するようになっているのは、このケータイによ らは言うのです。 る「優しい関係」が生み出しているのです。 彼らは優しい関係を生きているので、たくさ んの友達からの誘いを断ることができません。 上の世代の人間はどうしても「お金があったら、 本当は高級ブランドの洋服を着たいんじゃない の?」「不況だからユニクロを買っているんじゃ 「渋谷なう。誰かいる?」と友達の誰かがツイッ ないの?」と考えてしまいます。もちろん、そ ターでつぶやけば、返事をしてついつい会いに ういうタイプの若者もいるでしょうが、全体的 行ってしまうようになっています。つまり、広 な傾向としては、そうでない子、自ら選んで心 がり過ぎた人間関係の中、言わば「社交消費」 の底からファストファッションを買っている子 が増えているのです。交通費やケータイ代なども、 が増えているのです。 ’ 12.11 12 つまり、かなり極端に言えば、年収1000万円 旅行や国内旅行、つまり、 「ハレ」行動をとる人 貰っていても、ユニクロを着たいと考える若者 が減っています。では若者が皆、部屋に籠って が増えている、ということです。前述した益若 インターネットばかりをしている、つまり、 「ケ」 つばささんなどは、まさに売れっ子なのにしま 行動ばかりとっているのかと言うと、それも違 むら好きでしたよね。 います。 今の若者たちが育った環境を見てみると、小 さい頃からファストファッション、アウトレッ ト、コンビニ、コンビニのPB(プライベートブ ランド) 、低価格メガネ、低価格スーツ、100円 今、若者たちの間で、ケ以上ハレ未満のエリ アに行くことが大変流行っているのです。 例えば、今、日本全国の大学で、通称「散歩部」 に入る若者が増えています。 均一、ブックオフ・・・安かろう悪かろうでは では、近頃の若者が行う散歩とはどんなもの なく、安かろう(そこそこ)良かろうの商品・サー なのか。また散歩にあって海外旅行にはない、 ビスの普及とともに育ってきました。彼らはデ 若者が求める価値は何なのでしょうか。 フレ経済の申し子で、自分が本当にこだわりを それを知るために、日曜日に行われたある大 持っていないカテゴリーの商品であれば、まず 学の散歩部の活動に同行させてもらいました。 まずのものが安く手に入ってしまう環境下にあ 一日のスケジュールは以下の通りでした。 るわけです。 「本当に良いモノを作れば、高くても買ってく <スケジュール> れるだろう」と上の世代はどうしても発想して 10:00 浅草駅集合 しまいがちですが、彼らはデフレ商品でそこそ 10:10 駒形堂 この満足度を得ているのです。 10:30 浅草富士浅間神社 ですから、サービスサイドも、皆が高級ブラ 11:10 雷門 ンド品を買い求めていた「一億総中流」の時代 11:20 昼食(仲見世通りなどで) の発想を捨て、 (パイはかなり小さくなりますが) 12:30 浅草寺、宝蔵門 本当にそのモノが好きな人たち向けに商品を作 13:40 浅草神社 るか、或いは、デフレ商品のような「安かろう 13:50 仲見世通り そこそこ良かろう」の発想を持って商品を作る 14:40 雷門集合 べきで、そうでないと若者の心はつかめなくなっ その後、浅草駅で解散 ているのです。 大学生の若者たちが、休日に浅草に集まり、 ケータイによって広がった彼らの人間関係 神社仏閣や有名な通りを見ながら、皆で「ゆる に注目! ∼く」ねり歩く……。まるで高齢者の団体バス キーワードは「ケ以上、ハレ未満」 ツアー客のようです(笑) 。その散歩部の所属員 日常と非日常という意味の「ケ」と「ハレ」 という言葉があります。今の若者たちは、海外 は総勢で30名ほどいるようですが、実際に参加 するメンバーは毎回10 ∼ 15名です。また、歴史 ’ 12.11 13 や武将、城好きの女性が増えているいわゆる「歴 を傾けず、同じ列同士、時には皆で、とりとめ 女ブーム」の影響もあってか、所属メンバーの もないおしゃべりに夢中なのです。 男女比は「男:女=1:2」で、ここ数年女子の 数が増え、男子の数をとうとう逆転したそうです。 散歩エリアは基本的には東京23区、つまり遠 私は彼らの後ろを歩きながら話を聞いていま したが、話の内容はタレントの話だったり、テ レビCMの話だったり、大学の授業の話だったり、 くのエリアではなく、近場の観光スポットを選 どれも若者らしい他愛もない会話をしていまし ぶようです。東京及び東京近郊に住む若者たちが、 た。 おおよそ30分以内には行ける近場の東京の観光 「わかる、わかるー」 「それ、ガチでうけるー」 スポットにちょっとだけ足を伸ばし、皆でぶら などと互いに共感し合い、ゆる∼い一体感が本 ぶらするというのが、彼らの散歩の実態です。 当に楽しそうです。そして、道中で会話が途切れ、 私が同行してみて最も驚いたことは、せっか く観光スポットに行っているのにも関わらず、 ほとんどの人が神社仏閣に目をやっていないこ とです。サークルの幹部は、散歩実施日の事前に、 沈黙が訪れた時に初めて、彼らは急に周りを見 回し出し、 「あの鳥居の赤色って綺麗じゃない?」 「あの鯛焼き、やばくない?」などと、話のネタ に観光スポットを使い始めます。 その観光スポットの歴史的背景やうんちくを下 沈黙が訪れた時にだけ神社仏閣に注目する、 調べ(と言っても、ウィキペディアで調べる程 観光地に行って観光地にほとんど目をやらない、 度だそうですが)します。そして調べた知識を、 なんて観光客は過去には少なかったでしょうか 散歩の途中で皆に解説します。 ら、寺社仏閣の方もきっと困惑していることで しょうね(笑)。 つまり、散歩部の彼らの主たる目的は、観光 することではなく、友達とおしゃべりしながら ぶらつくことなのです。極端に言えば、散歩す る場所はどこでもいいわけです。しかし普通の 住宅街を散歩するのでは、話のネタになるもの が少なく、友達とのコミュニケーションを過剰 に重視する彼らが最も恐れる「沈黙」が訪れて しまうかもしれません。彼らは、あくまで友達 とおしゃべりしやすい場所として、話の材料と ですが、かわいそうなことに、参加者のほと んどは幹部のレクチャーを聞いていません。彼 なる要素が多い観光地をたまたま選んでいるに 過ぎないのです。 らは2∼3人を一列とし、数列に分かれて(他 他にも近頃の若者は、例えば東京の若者の例 の通行人の邪魔にならないように)街をぶらつ で言えば、都心で開かれる「タイフェス」や「オ きます。彼らは、観光スポットの風景などには クトーバーフェスト」や「みたま祭り」が大好 ほとんど目をやらず、幹部のレクチャーにも耳 きです。タイには行かないのにタイフェスには ’ 12.11 14 行き、ドイツには行かないのにドイツビール祭 代も団塊ジュニアもいずれはいなくなります。 りには行く。つまり、都内近郊で開催されるお つまり、未来の主役はいつでも若者たちであり、 祭りが大好きで、これも散歩同様、友達との話 企業が生き残るためには、若者たちをつかまな のネタに行くわけです。 くてはなりません。 このように、ケータイで広がった人間関係を、 また、日本の若者たちは、アジアで最も発展 大した労力をかけずにメンテナンスできるイベ が早かった日本で生まれ育っています。いずれ、 ントは、今の若者たちの心をつかむツボになっ アジア各国の若者たちも、今の日本の若者たち ています。 と似たような特徴を持つようになります。つまり、 以上、これまで見てきたように、 「不景気」と 今、日本の若者たちをつかむことは、未来の日 「ケータイ」という、上の世代が若者であった頃 本の市場をリードするだけではなく、未来のア と全く違う二つの要因によって、大変見え難く ジア市場をリードすることにもつながります。 なっている若者たちですが、逆に言うと、この 是非、茨城の様々な企業が、見え難くなって 二つの要因をついたマーケティング施策を考え いる今の日本の若者たちをつかみ、未来の日本 ると彼らの心に響くものとなります。 市場、アジア市場を席巻されることを心から期 さて、人口が少なくなったとは言え、団塊世 待しています。 ’ 12.11 15
© Copyright 2024 Paperzz