海外建設市場の現状について 特集 海外建設市場の現況と課題 国土交通省 総合政策局 国際建設課 国際建設経済室 国際建設市場調整官 よし だ やすし 吉田 恭 今年5月,海外で受注しているゼネコンの業界 は,一時は1兆6, 000億円近くあったことを考え 団体である社団法人海外建設協会から2 00 3年度の ると,昨年の9, 000億円に迫る勢いをもってして 海外建設受注実績が公表された。それによると, もまだまだこれからという感じもある。しかし, ここ2年間連続して減少してきていた海外受注実 今後への足がかりとして明るい材料であることは 績は3年ぶりに上昇に転じ,会員45社の合計で 確かである。 8, 9 8 2億円に達した(図―1)。4月の政府の月例 経済報告でも述べられているように,アメリカの 海外建設協会による会員企業の 海外建設受注実績 力強い景気回復や中国,タイなどアジア諸国の景 気拡大をうけて世界の景気は着実に回復してお り,世界の建設市場にも好影響を与えているよう 海外建設協会調べの平成15(2003)年度の海外 である。また,トルコのボスポラス海峡の海底ト 建設受注実績の概要を見てみよう。まず,20 03年 ンネルや香港の世界最長の斜長橋など,日本の建 度の受注実績8, 982億円という数字は2 002年度の 設会社による巨大プロジェクトの受注のニュース 7, 584億円に比べて1 8%の増加である。地域別の も相次いでいる。日本の建設企業の海外受注実績 内訳では,アジア地域における受注が全体の68 図―1 %,北米が16%と大きな割合を占 海外建設受注実績の推移(1959〜2003年度) めているが,以下,欧州の5%, (億円) 16,000 東欧の4%,アフリカの3%が続 15,926 合 計 額 いている(図―2)。アジアにお 本邦法人受注額 12,832 12,000 海外法人受注額 8,000 10,482 10,639 10,140 10,296 10,251 9,357 9,216 9,350 8,619 7,128 7,907 7,525 12,765 ける受注は,前年度に比して1, 08 10,000 9,663 8,982 8,083 8,531 8,601 7,297 7,584 4,000 0 5,110 した。資金源別に見てみると,政 4,883 3,599 府による無償資金は375億円で200 1,757 1959 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 1,707 (年度) (社団法人海外建設協会調べ) 然としてアジア地域は日本の建設 会社の主要な市場であることを示 5,365 3,936 3,592 8億円の大幅な増加を記録し,依 2年度に比して10%の減となって いるが,円借款は20 02年度の256 億円から大幅に伸びて200 3年度は 建設マネジメント技術 2004 年 7 月号 9 特集 海外建設市場の現状について 図―2 2003年度海外建設受注実績(地域別比率) 東欧 4% 欧州 5% 中南米 1% 北米 16% アフリカ 3% 中東 1% 法人海外建設協会に委託して設置した「わが国建 設業の海外競争力強化方策検討委員会(座長:金 大洋州 2% 本良嗣東京大学教授) 」が昨年とりまとめた報告 書の概要をご紹介したい。海外建設市場の課題を 考えるに当たって「競争力」は重要なキーワード アジア 68% であり,「競争力」について考えていけばおのず と何らかの結論が導かれるであろう。 (社団法人海外建設協会調べ) 1, 2 7 3億円になっている。無償・円借款合計では 2 0 0 2年度に比して9 76億円の増加で1, 64 8億円とな 研究会の設置目的 り,全受注に占める割合は9%から1 8%へと倍増 した(表―1) 。国別の受注を見てみると,日系 そもそもこのわが国建設業の海外競争力強化方 および現地企業からの受注が大幅に増加した米国 策検討委員会は,海外での売上高の比率が高い海 がシンガポール・台湾を抜いて第1位となった。 外建設企業(特に欧州企業)や,日本企業であっ また,円借款および日系企業からの受注が増加し ても海外での売上高の比率が高いプラント・エン たタイが第4位と順位を上げている(前年第7 ジニアリング業界など他業種の企業の優れた点を 位) 。その他台湾,香港,中国,ベトナム,フィ 分析し,わが国建設業に不足するノウハウを明ら リピン,マレーシア,インドネシアなどの東アジ かにした上で,わが国建設業が海外展開に取り組 ア,東南アジアの国々が上位を占めている(表― む方策等を検討しようというものであった。 2) 。 表―1 資金源別受注実績の動向 2 0 0 3年度 件数 金額 2 0 0 2年度 件数 金額 無償資金 円借款 国際金融機関 自己資金 等 6 1 3 7 5億円 7 0 4 1 6億円 4 6 1, 2 7 3億円 2 4 2 5 6億円 4 1 8億円 8 2 0億円 1, 3 2 5 7, 3 1 6億円 1, 3 0 0 6, 8 9 2億円 合計 1, 4 3 6 8, 9 8 2億円 1, 4 0 2 7, 5 8 4億円 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 1 0. 海外建設受注上位国 米国 シンガポール 台湾 タイ 香港 中国 ベトナム フィリピン マレーシア インドネシア 検討の過程で,以下のような基本的な事実が明 らかになった。まず,世界ベースの建設投資総額 は安定的に増加してきており,1996年から200 0年 の間の伸び率は5%であった(図―3)。また, (社団法人海外建設協会調べ) 表―2 世界の建設投資とわが国建設業 1, 4 1 7億円 1, 1 8 0億円 1, 1 3 9億円 1, 0 9 8億円 6 0 9億円 5 7 1億円 4 1 1億円 3 3 9億円 3 2 0億円 2 9 4億円 (社団法人海外建設協会調べ) 世界の建設業者のうち海外売上高上位2 25社にラ ンキングされている企業(海外売上上位企業)の 海外受注高を見ると,大半を欧州企業が占めてお り,伸び率で見ても,欧州企業,北米企業,中国 企業の増加が顕著である一方,わが国企業はこの 間に半減している(図―4)。また,海外売上高 ランキング10位に入る欧州企業と日本企業の近年 の受注実績を比較すると,欧州企業が目覚しく実 績を伸ばしているのに対し,わが国建設業は伸び さて,海外建設市場の現況の最新情報はこのよ 悩んでいる(図―5)。以上から,全世界ベース うなものであるが,海外建設市場の課題を正面か での建設市場は拡大傾向にあるものの,わが国の ら考えることは,筆者の能力にあまる大きな問題 建設業の海外におけるプレゼンスは相対的に低下 である。それで,ここではまず国土交通省が社団 しているということがいえる。 1 0 建設マネジメント技術 2004 年 7 月号 海外建設市場の現状について 特集 図―3 世界の建設市場の状況 (単位:百万ドル) 1 9 9 6 9 7 9 8 9 9 2 0 0 0 6 6 3, 2 4 3 6 9 3, 3 3 9 7 7 0, 8 8 6 8 2 6, 2 9 5 8 8 4, 5 3 5 1, 0 7 7, 3 8 6 9 6 0, 1 2 9 9 2 7, 1 2 1 9 5 6, 8 0 6 1, 0 1 4, 6 6 1 1, 1 7 1, 0 8 3 1, 0 5 9, 7 3 3 1, 0 8 7, 4 6 5 1, 0 8 4, 2 7 5 1, 1 1 1, 6 6 6 6 9, 3 6 0 7 4, 4 1 6 9 2, 6 8 8 8 6, 6 7 6 9 8, 2 1 6 2 0 0, 2 1 6 2 2 7, 8 7 5 2 3 8, 0 3 6 2 3 1, 5 1 0 2 4 1, 4 1 1 5 0, 7 3 0 5 5, 6 0 2 5 5, 8 0 2 5 1, 2 2 4 5 9, 0 4 0 3, 2 3 2, 0 1 7 3, 0 7 1, 0 9 3 3, 1 7 1, 9 9 8 3, 2 3 6, 7 8 6 3, 4 0 9, 5 2 9 北米市場 ヨーロッパ市場 アジア市場 中近東市場 中南米市場 アフリカ市場 合計 シェア 2 6% 3 0% 3 3% 3% 7% 2% 1 0 0% 伸び率 3 3% −6% −5% 4 2% 2 1% 1 6% 5% 投資額(百万ドル) 4,000,000 3,000,000 アフリカ市場 中南米市場 中近東市場 アジア市場 ヨーロッパ市場 北米市場 2,000,000 1,000,000 0 97 1996 98 (年) 99 2000 図―4 海外売上上位企業の海外受注高 (単位:百万ドル) 9 9 7, 9 2 6 5 0, 6 9 8 3, 1 5 9 4, 5 5 7 1, 3 8 6 4, 4 5 3 7 2, 1 7 8 2 0 0 0 シェア 伸び率 6, 5 2 6 8% −4 7% 6 1, 4 5 5 7 5% 2 7% 4, 0 0 1 5% 5 3% 4, 6 8 7 6% 4 9% 1, 5 7 5 2% −6 4% 3, 9 1 3 5% −1 2% 8 2, 1 5 7 1 0 0% 9% (注) ENRデータにはエンジニアリング部門 の売上も含まれるため,225社のリストか ら,発電およびプロセス・石油化学部門の 売上の合計が過半数を越える企業を除いて 算出した。 80,000 その他企業 韓国企業 中国企業 北米企業 ヨーロッパ企業 日本企業 60,000 40,000 20,000 大半を占める欧州建設業 0 1996 97 98 (年) 99 2000 海外受注の減少傾向が顕著なわが国建設業 図―5 我が国建設企業の海外プレゼンスの相対的低下 (単位:百万ドル) Skanska Hochtief Vinci Bouygues 鹿島 清水 大成 海外受注(百万ドル) 海外受注(百万ドル) 1 9 9 6 9 7 9 8 日本企業 1 2, 3 1 4 9, 5 2 01 4, 3 9 0 ヨーロッパ企業 4 8, 2 1 34 0, 3 3 24 4, 9 2 6 北米企業 2, 6 1 9 3, 3 5 1 1, 5 4 6 中国企業 3, 1 5 2 3, 5 8 3 3, 9 0 1 韓国企業 4, 4 0 5 3, 3 7 8 2, 2 4 4 その他企業 4, 4 5 5 6, 2 2 8 6, 3 4 4 合計 7 5, 1 5 86 6, 3 9 37 3, 3 5 0 1 9 9 6 2, 4 9 9 3, 1 9 0 3, 3 7 1 4, 0 7 4 2, 3 0 2 1, 3 3 8 9 7 3, 3 6 3 3, 1 0 9 4, 4 7 8 1, 4 4 6 9 2 0 9 8 4, 8 2 5 3, 3 1 2 3, 3 5 9 5, 2 8 0 1, 4 1 5 9 8 4 5 4 0 9 9 5, 9 8 4 4, 4 0 2 3, 6 0 0 5, 0 0 7 1, 0 9 7 7 6 0 6 8 1 2 0 0 0 8, 6 4 0 9, 1 0 0 6, 3 2 4 5, 6 6 4 1, 3 7 3 7 1 3 3 5 4 12,000 Skanska Hochtief Vinci Bouygues 鹿島 清水 大成 8,000 4,000 0 0 1 伸び率 1 2, 1 5 2 3 8 6% 9, 5 1 6 1 9 8% 6, 0 3 0 7 9% 5, 7 7 2 4 2% 1, 2 9 5 −4 4% 7 9 4 −4 1% 4 7 6 −4 8% 1996 97 98 99 (年) 2000 01 建設マネジメント技術 2004 年 7 月号 1 1 特集 海外建設市場の現状について 債が多いという課題があることが明らかになっ た。 欧州建設業の特徴 次に欧州企業の組織構造や経営体制を見ると, 持株会社形態が多く,責任の明確化や機動的な事 このような欧州建設企業の海外活動における強 業再編に適合的な組織となっていることが明らか さの原因を探るため,直接これらの企業にインタ になった(図―9)。持株会社形態をとる場合, ビュー調査を行い,それに基づいて各種の分析を 親会社は経営戦略業務に特化できるのも利点の一 行った。インタビューした企業は,ドイツのホッ つである。また,企業トップの数を調べてみると ホティフ,フランスのバンシおよびブイグ,スウ 10人以下という場合が多く,少ない人数で全体戦 ェーデンのスカンスカ,イギリスのエイメック, 略の管理や調整,各部門の支援等に特化した機能 ボビスレンドリースである(ただし買収等の経緯 を果たしていることが明らかになった。 によりどこの国の企業かという点は簡単にいえな また,地域戦略に関しても,いずれの欧州企業 い) 。このインタビューの結果,以下のようなこ も明確な海外戦略を持っており,かつ現地化を積 とが明らかになった。まず,財務データを大まか 極的に進めていることがわかった。例えば,レン に比較してみると,欧州企業上位4社と日本企業 図―8 有利子負債/総資本の比較 23.3 の上位3社では,収益性の指標である売上高利益 20.0 (%) 率では2 0 0 1年の数字を比較する限りではあまり大 きな差は見られない(図―6)。しかしながら, 資本の有効活用度合いを示す総資本回転率や,財 17.5 15.3 10.0 務の安全性を見る指標である「有利子負債/総資 0 本」では欧州企業と日本の企業の間に差が見られ た(図―7,8) 。つまり,日本の建設業は保有 22.5 図―9 2000 2001 欧州 2000 2001(年) 日本 欧州企業の組織(ブイグ社の場合) 資産は多いものの,それに見合う収益を生み出す Telecommunications ことができておらず,自己資本に比して有利子負 Media(TFI) 図―6 売上高経常利益率の比較 (%) 4.0 4.0 3.0 Utilities Management (Saur) Bouygue Group 2.4 2.0 2.0 Building & Civil Works Energy Contracting (Bouygues Offshore) 1.7 2000 2001 欧州 Property (Bouygues Immobilier) 2000 2001(年) 日本 Road(Colas) (%) 80.0 60.2 64.9 40.0 0 1 2 117.4 128.7 2000 2001 欧州 建設マネジメント技術 2000 2001(年) 日本 2004 年 7 月号 (百万オーストラリアドル) 図―7 総資本回転率の比較 120.0 建 設 Electrical Contracting 1.0 0 サービス 図―10 レンドリースの地域別売上 ヨーロッパ 北米 アジア太平洋 12,000 8,000 4,000 0 2001 2002 (年) 海外建設市場の現状について 特集 携や企業買収も積極的に行っている。 図―11 バンシの地域別売上 調査を進めていく過程で,上記のような欧州建 VINCI Constructionの地域別売上(2001年度) 設企業の特徴が次第に明らかになり,その海外戦 他1% 米 10% 略のコンセプトが浮かび上がって来た。これらを 残欧 11% 英 7% あえて単純化してみると以下のようにまとめられ るであろう。 仏 59% 独 12% 徹底した現地化主義とその ための地元企業買収戦略,アジア企業との差別 選択と集中の両立, 化とそのための付加価値の開拓(図―12)。 VINCI Roadsの地域別売上(2001年度) 他 13% 米 3% 残欧 17% 世界展開によるポートフォリオと おわりに 仏 56% わが国建設業の海外競争力の強化方策は,筆者 英9% 独2% の属する国際建設経済室が繰り返し取り上げ,業 界の方々と一緒に考えてきたテーマである。昨年 ドリースはアジア太平洋・北米・ヨーロッパの3 の報告書では欧州建設企業の実態を明らかにした 地域で同程度の売上を目指している(図―10)。 上で,それを参考にしつつわが国建設業の競争力 もともとレンドリースはオーストラリアの企業で 強化のための戦略を考えたという点で新しい切り あり,欧州での売上を伸ばすために英国のボビス 口が見出せたと思う。わが国の建設業と欧州の建 を買収したという経緯を持っており,明確な地域 設業ではさまざまな点で事情が異なることはいう 戦略と買収戦略が表裏一体となっている。また, までもない。特に経済統合が進み,国境の持つ意 バンシは欧州での売上が9割を占めており,収益 味が大きくわれわれとは異なる欧州において事業 の低いアジア市場からは撤退傾向にあるが(図― を行っている欧州建設企業の活動を「海外建設活 1 1) ,これも明確な地域戦略にのっとった経営判 動」ととらえるべきかどうかという問題もある。 断を反映している。欧州企業は請負以外のビジネ 実は,本年度もこの研究会で継続して議論が続け スモデルを積極的に開拓しており,そのための提 られており,そこではアジア市場における欧州系 建設企業の戦略等を突っ込んで研究し 図―12 欧州建設業の海外戦略のコンセプト 国内市場の縮減 資本市場化 顧客ニーズの多様化 プロジェクトの多様化 経済のグローバル化 アジア企業の参入 世界展開によるポートフォリオと 選択と集中の両立 徹底した現地化主義 そのための地元企業買収戦略 アジア企業との差別化戦略 そのための付加価値の開拓 ○ターゲットの明確化 例:世界最大の北米市場重視 欧・米・亜の3極展開 ○ターゲット市場のプレゼンス重 視 ○地域競争力強化のための地元企 業買収戦略 ○通常プロジェクトでは地域会社 志向 ○明確な基準に基づいた本社サポ ート 例:巨大インフラプロジェクト での本社支援 DBプロジェクトへの技術 者派遣 ○現地人材のプロマネへの積極登 用(8割超) ○プロジェクト選定基準の明確化, 共有化 ○大手企業同士のJVによるリス クシェア ○世界的調達ネットワークによる コスト削減 ○請負からの付加価値化の推進 例:DB,PFI,PPPコンセッシ ョン,PMファイナンスも 含めたパッケージサービス 事業のコンセプション,エ ンジニアリング 後年度のファシリティーマネジ メントなど ○ノウハウ獲得効率化のための買 収,関連人材の獲得と全社波及 の仕組み 例:リスクマネージャーの任命, プロジェクトチームへの参 加,ナレッジマネジメント ○研究開発のマネジメント(プロ フィット部門としての管理) 基盤となる経営コンセプト A収益重視 B透明なマネジメントルール C現場レベルへの権限委譲 D経営トップの全体最適化機能 ている最中である。結論を先取りする わけにはいかないが,欧州企業もアジ ア市場という点に限定してみると,あ まり日本の建設企業と戦略は異なって いないのではないかという意見もあ り,あるいはそうした仮説も成り立つ かもしれない。海外建設市場の課題も どのような問題意識で何に焦点を当て て考えるかによって異なってくるの で,いろいろな角度から考えることが 必要であろう。 建設マネジメント技術 2004 年 7 月号 1 3
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