2007 年フランス大統領選挙:政治社会論へ

法学会/政治研究会報告(07/05/31)
「2007 年フランス大統領選挙:政治社会論へ」
吉田
徹
「メルシー。35 時間、退職年齢、公務員問題についての提案で日曜は勝った
も同然!」Le Monde,4 mai 2007
0.はじめに
►本報告のテーマ:フランスの「民主主義」に対する不安とその
定式化の可能性を先の大統領選を通じて考察すること
1.
大統領選−経緯と分析
(表 1)第 1 回投票結果(4 月 23 日)
(表 2)決選投票(5 月 6 日)
Olivier Besancenot(極左 LCR)
4,08%
Marie-George Buffet(共産党)
1,93%
Gérard Schivardi(元 PS、労働党)
0,34%
François Bayrou(中道 UDF)
Ségolène Royal(PS)
46.96%
Nicolas Sarkozy(与党 UMP)
53.06%
投票率
83.97%
18,57%
José Bové(農民運動家)
1,32%
(表 3)過去の得票率(年)
Dominique Voynet(緑の党)
1,57%
Chirac (02)
82.21%
Philippe de Villiers(主権主義政党 MPF)
2,23%
Chirac (95)
52.64%
25,87%
Mitterrand (88)
54.02%
1,15%
Mitterrand (81)
51.76%
VGd’Estaing (74)
50.81%
Ponpidou (69)
58.21%
31,18%
De Gaulle
55.20%
83.77%
→Sarkozy の“明白な勝利”
Ségolène Royal(PS)
Frédéric Nihous(主権主義政党 CPNT)
10,44%
Jean-Marie Le Pen(極右 FN)
1,33%
Arlette Laguiller(極左 LO)
Nicolas Sarkozy(与党 UMP)
投票率
(65)
►トレンド:
①FN の凋落、②高投票率、③共産党・極左票の「圧縮」
→2002 年「ルペン・ショック」の後遺症
→第 1 回棄権率は 1965 年(15.2%)に次ぐ低さ
④中道バイルーの健闘
→サルコジ・ロワイヤル批判票の吸収
►「代表制危機」の吸収?
⇒2002 年−棄権率過去最高 28%、反システム勢力(FN、極左)得票率 29.6%…「抗議投票(vote
protestataire)」と”Tipping Effect”の頂点(Berger,2006)
⇒2005 年−欧州憲法条約否決…若年層、公共部門労働者、低学歴層で強い拒否感(吉田 2005;
1
遠藤 2005)
⇒2007 年−有権者登録増、TV 視聴率、投票所行列+”peoplisation”…「民主主義的情熱」(F.O
Giesbert)の復活?
→もっとも「民主主義的反動」による二大政党制という逆説?(cf.Grunberg&Haegel 2007)
►サルコジの戦略:FN 票の吸収/政策の差異化
→ルペン票は常時 15%程度
→Sortez les Sortants!「現職候補は大統領選で不利になる」:シラクへの批判
「グラムシの分析に基づいて、権力とはアイディアによって勝ち取るものだということを学んだ。
保守政治家がそのようなことをするのは初めてのことだろう」(サルコジ)
→×「サッチャー流の改革路線」
(FT 紙)…プラグマティズムの強調はむしろブレア的
cf.アルストム救済
►サルコジ公約「一緒ならば全て可能になる(Ensemble,tout devient possible)」
①強い政府(政府機能の強化)、②強い民主主義(野党重視、説明責任を果たす大統領)、③失
業者削減、④労働の価値推進、⑤購買力の上昇、⑥グローバル化に対峙する欧州統合、⑦持続
可能な発展、
⑧持ち家の促進、⑨権威と能力の尊重、
⑩学校教育の改善(指導と卒業率の向上)、
⑪高等教育機関の国際競争力、⑫大都市郊外治安対策、⑬移民流入管理、⑭社会的弱者の社会
的挿入(insertion)、⑮フランス人であることの誇り
►政権:第一次フィヨン内閣
①機動性(閣僚 15 名)
、②パリテ(女性 7 名)、③「開放」路線(e.g クシュネール外相)
→「結集」と「開放」路線の貫徹
→「重罪に対する刑罰強化」「残業促進」
「相続税原則廃止・住宅金利の控除」
→ 「 5 年 期 ( quinquennat )」 に よ っ て 「 大 統 領 に よ っ て 率 い ら れ る 議 会 制 民 主 主 義 」
(Duhamel&Grunberg 2002)=ヨリ「執政的大統領」に接近
2.候補者の戦略−2 つの相反イメージ
2.1 プロフィール
►サルコジ(1955 年生)の場合
RPR 入党(76)、市助役(77)、市長(83)、下院議員(89)、予算相(93)、内相(02)、経済相・
UMP 党首(04)、内相(05)
「父親殺し」−RPR 副党首パスクワ(結婚立会人と略奪婚!)の後釜を襲って自ら市長に(70’s)。
81 年大統領選ではシラク青年後援会長(80’s)。95 年にシラクの対立候補バラデュール支持を
表明(90’s)。99 年の欧州議会選で敗退、不遇を託つものの、シラクの求心力低下(97 年保革
共存、02 年選挙、05 年国民投票)によって再浮上。
►ロワイヤル(1953 年生)の場合
PS 入党(78)
、ENA 卒(80)、大統領府補佐官(82)
、下院議員(88)、環境相(92)、教育担当
相(97)、家族担当相(00)、P-C 地域圏議会議長(04)
「選挙に強い」−「彼女は政治しかできない」
(アタリ)。88 年はミッテランの後押しにより
2
落下傘候補(隠し子!)
。ミッテラン派次いでジョスパン派。目立たない存在だったが、04 年
の地方選で「Zapatera」として脚光を浴びる。そのまま予備選で「像(elephant)
」を破る。
・両候補の共通点:ともに党の「周辺」
、国民支持率を背景に M&A
・メディア露出:サルコジ−幼稚園立てこもり事件(93)
、ロワイヤル−現役大臣出産会見(92)
cf.幼少期と軍隊
2.2
「政策なき政治」?(Schmidt 2006)
►「政策」における類似点
・財政赤字削減、治安重視、議会主権の重視
+「秩序」(サルコジ「国家の権威」ロワイヤ
ル「正しい秩序」)+経済成長における国家機能は過去のものに(サルコジ「労働」、ロワイ
ヤル「R&D 投資」
)+ 労働時間(サルコジ「法定労働時間不変」
、ロワイヤル「労使交渉に依
存」
)+トルコ加盟(サルコジ「加盟拒否」、ロワイヤル「機構改革
教育問題
66%
が先」
)
失業問題
64%
→相違点は社会領域に集中:サン・パピエ、公共部門のあり方
社会保障財政
58%
►(表 4)有権者関心
購買力
58%
年金生活問題
57%
治安問題
55%
環境問題
52%
[出典]TNS-SOFRES 世論調査(2006 年 9 月、1000 人)
→結局有権者の関心は適えられず
3.政治社会論へ:ポピュリズム?
►「右」
「左」の対立点移動(1970-2006 年)
(図 1)
「社会経済−軸」
(Gauche=左、Droite=右)
(図 2)
「社会問題−軸」
3
(出典:Comptes Rendu des Lundis de CEVIPOF,11 dec.2006)
→もっともクリーヴィッジの有意性の低下
(図 3)
「右と左の概念は無効か?」(ウイ 53%、ノン 41%)
[出典]TNS-SOFRES 世論調査
►「閉じた社会」vs「開かれた社会」(Perrineau,2003;Fourquet 2007)対立軸の強化
e.g. EU への態度と移民・死刑に対する態度で強い相関性(Grunberg&Schweisguth,2003)…リ
バタリアン vs 権威主義(Kitchelt 1994)の再現?
(表 5)有権者のイデオロギー(2002 年パネル調査)
極左
左翼
保守
極右
計
反同性愛
33
32
59
68
49
権威
29
24
43
53
37
経済的自由主義
26
33
76
51
52
反欧州
48
23
33
79
44
ゼノフォビア
46
30
56
98
58
政治家不信
49
25
37
64
44
[出典] Grunberg&Schweisguth,2003
►分離的な政治社会構造:多元的な中間層と均一的な庶民・労働層
「ポスト工業社会における選挙地理も古代フランスの考古学に行きつく」
(Todd,1995)
4
4.政治社会論へ:
「ポピュリズム」?
►「体制終焉しつつあるフランス」(Berger,2007):エリート層の滞留と変化を拒む国民という
ジレンマが退嬰主義(イモビリズム)を招いている
「民衆とエリートの乖離」
:「民主主義なき民衆」がポピュリズムの源泉(国末 2005)
►(図 5)
「あなたのような人間を政治はかまっていると思うか」
(ノン 63%、ウイ 35%)
[出典]TNS-SOFRES 世論調査
→エリート支配/民主主義の機能不全を両候補ともに指摘(サルコジにおける FN 票、ロワイ
ヤルにおける社会党派閥批判)
►サルコジはなぜ勝ったのか−ゴーリズム的伝統の刷新
(表 6)候補者イメージ(%)
ロワイヤル
(調査)
第1回
第2回
サルコジ
第3回
第1回
第2回
第3回
不安を感じる
26
31
35
49
49
52
大統領の器に相応しい
50
49
52
55
58
64
誠実である
76
71
72
63
60
62
変革できる
63
64
64
76
71
71
市民の問題を理解できる
59
55
57
52
53
54
[出典] Boy ,2007
►政治イメージと政策指針(パッケージ)
サルコジ:
(戦略)ゴーリズム的伝統の刷新−(手段)メリトクラシーの強調−(イメージ)王権的
(regalien)共和国
ロワイヤル:
(戦略)革命主義的社会主義の刷新と社民主義への接近−(手段)参加民主主義の実践−(イ
メージ)引照としての北欧コーポラティズム
5
「あなた方が言ったこと全てを私は聴いた」(選挙公約前文)
「私と一緒に自由に息のできる民主主義を作り上げましょう」(4 月 22 日演説)
→
参加民主主義
の実践、地方分権・地域圏の重視、コーポラティズムの提唱
→職場編成・所得政策は「社会パートナー会議」で
→交付金配分・教育権限・株式取得などは地方に移譲
⇒社会党最後の聖域であるコーポラティズムへの接近…実際には困難(Bergounioux&Grunberg
2005;吉田 2005)
⇒民主主義を「投げ返して」しまうことへの不満(期待)
4.大統領権力と政治文化−Plus ça Change,Rien ne Change…
►「246 種類もチーズを持つ国をどう統治できようか」(De Gaulle,1962)…「政治的フィクシ
ョンとしての『一体にして不可分な共和国』
」(Hayward 1973)
→社会的多様性が凝集させられる契機としての大統領選・・・「抗議投票」の封じ込め
「政党、労組、社会勢力、官僚制、教育機関の何れもが弱体化して、誰もが社会を組織化できず、
つまり意見と表現を組織化し、説明責任を果たしたり、政府と社会アクター、市民、労働者や失
業者との間を架橋したりすることができなくなっている」(July,2002)
►クロジエ/ホフマンの(古典的)フランス政治社会論(Crozier,1970;Hoffman,1963)
:
「閉ざさ
れた社会(stalemate society)」
①社会勢力・集団間の敵対的関係の恒常的存在、②権威の仲介を嫌う「不介入の権威構造」、
③中間団体の乏しさを招く「個人主義」
►「街頭の政治」
:デモの重要性「極めて重要」24%、
「やや重要」38%、うち 18-24 歳の 51%:
「投票と同程度にデモは重要」(Muxelle 2003)
⇒民主主義の「過剰」?「革命的情熱のリサイクル」?(Boudouin,2000)
►民主主義の様式:①直接民主制、②レフェレンダム民主制、③選挙民主制、④代表民主制
(Sartori 1987)
►民主主義の類型:発展的民主政(寡頭制/リベラリズム)と防御的民主政(人民主義/デモ
クラシー)、自律的民主制(Held,1996)
►「代表すること」の類型(Pitkin,1967)
:①「再現」
、②「契約による代表(責任−委託)
」、
③何者かのために存在すること(standing for)、④何者かのために行為すること(to act for)
►懐疑の系譜…
マルクスの国家論、
「人民投票型政党」
(Siegfried,1913)
「プロテスト・サイクル」
(Winock,1987)
M・ゴーシェ『民主主義に対抗する民主主義』(2002)
「信頼ある『代表』民主制に戻ることは不可能である。民主主義の形式や余りにも道具主義化された投
票の権利でもって満足はすでにできない」
同『代表制の政治哲学』(原著 1995、副題:主権・人民・代表制)
「一なるものの政治が持つ困難を経験した後、主権のとるべき道筋の規則を再検討することの内部に
おいてこそ、他の諸権力の上に立つ権力、人民の諸権力の保障としてのみ意味を持ち、判断する権力
6
としてしか存在できない権力という理念にようやく到達する」
「我々が自身を統治することを可能にするという、ありそうにもないこうした同胞関係を保障するた
めの最良の手段を、我々はまだ探求し終えていない」
→人民+代表に加えて「第三の権力」の模索:
「提案する権力、決定する別の権力、執行する
第三の権力」(ラマール)
►「共和国大統領」−「人民の代表」ではなく「人民の対抗権力」として
「大統領の直接選挙は人民主権を体現するのではなく、これを囲うために発明された。それ
は王権的権力であり、共同体を導くことに貢献する上位の人間に屈服し、普通選挙をバイパ
スして意思を 180 度曲げるための制度である」
(Lanciere,2006)…「Plebiscite(国民直接投票
→権力の正当的行使)」型権力
→ルソー的人民主権ではない「人民は権力を実践したこともなければ、することもない」共同
体(Duhamel,1993)
→その「ユートピア的解決」
(Rosanvallon,2000)
:①プレビシット的手続きによる人民概念の表
出、②人民の体現(incarnation)としての代表哲学、③中間団体の拒絶
→「我々は西洋における精神分裂者である…信じていて信じていない」『フランスの不幸』
(Julliard,2005)…「民主主義的不安」としての 2007 年大統領選挙
以
上
【文献】
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