幹細胞システムの起源と進化

Short Review
幹細胞 システムの起源 と進化
The
origin
and
evolution
of stem
cell
system
in multicellular
animals
船山典子
細 胞種特 異的 に発現 す る遺伝 子マー カーの同定 と解析 か ら,カ イメンは “
全能 性幹細 胞”の ほか,通 常 は特定 の機能
を担 った分化 細胞 であ りな が ら特別 な状況 では生殖 細胞 や全能性 幹細 胞へ と変化 する “
襟細 胞”とい う,2つ の細胞
種 による幹細 胞 システム をもつこと を提 唱す る.襟 細胞 が もっとも多細 胞動 物 に近い単細 胞生 物で あるタテ襟 鞭毛
虫 と形態 的に類似 する点 に着 目 して起源 的な幹細 胞 について考察 し,ま た,全 能性(多 能性)体 性幹 細胞 をもつ ヒ ド
ラやプラナ リアの幹細胞 シス テムとの比較 か ら多 細胞生 物の幹 細胞 システム の進化 の過程 について考 察す る.
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Key words●
カイメ ン
●全能 性幹 細 胞
●生殖 幹 細胞
●ニ ッチ
●襟 細 胞
ン とほ か の 動 物,ヒ
は じめ に
ドラや プ ラ ナ リア な どの 幹 細 胞 シス テ
ム と を比 較 す る こ とが重 要 で あ る.進 化 的 に比 較 的 古 い こ
幹 細 胞 の 分化 と 自己 複 製 と をい か に制 御 す る か とい う こ
れ らの動 物 は,全 能 性(多 能性)の 体性 幹 細 胞 を もち,こ れ
とは,発 生 生 物 学 の う えで も,ま た,再 生 医 療 の 視 点 か ら
に よ り自分 の 体 を維 持 して い る.ま た,こ れ らの 動 物 は無
も,近 年,非
常 に重 要 とな っ てい る課 題 で あ る.多 細 胞 生
性 生 殖 を行 な うと と もに,全 能性(多 能 性)体 性 幹細 胞 か ら
物 の進 化 の過 程 で,ど の よ うに して 幹 細 胞 シス テ ムが 成 立
生 殖 細 胞 を うみ 出 して 有性 生 殖 を行 な ってい る.本 稿 で は,
し,そ の 全 能性(多 能 性)の 維 持 と分 化 の制 御 は どの よ うな
筆 者 らが 解 析 を進 め て い る カ ワ カ イメ ンの 幹 細 胞 シス テ ム
場 で行 な わ れ る よ う発 達 して きた の だ ろ うか.そ の 手 が か
につ い て紹 介 し,“幹 細 胞 自体 の 進 化 ”につ い て考 察 す る.
りを得 る には,現 存 す る 進 化 的 に 古 い 後 生 動 物 の 幹 細 胞 シ
さ らに,ヒ
ス テム,す な わ ち,“ どの よ うな体性 幹 細 胞 を もち,そ れ ら
比 較 に よ り,“幹 細 胞 シス テ ムの 進 化 ”を考 察 す る.
の未 分 化 の維 持 と分 化 の場 は どの よう な もの で あ るか ”を探
カ イ メ ンの実 験 と聞 くと,Wilsonの
る こ とが必 要 で あ る.
胞 の再 集 合 実 験 を思 い浮 かべ る 人 も多 い ので は ない だ ろ う
図1に,動
物 の 簡 単 な進 化 系 統 樹 を示 す.単
ドラ,プ
ラナ リア に お け る幹 細 胞 シ ステ ム との
解 離 した カ イ メ ン細
細胞生物の
か3).こ の 有 名 な実 験 は,い ろ いろ な色 の ブ ロ ックでつ くっ
なか で も タテ襟 鞭 毛 虫 は,近 年 の ゲ ノム解 析 や 分 子 系 統 学
た家 をい った んバ ラバ ラに した の ち,そ の ブ ロ ック を もとの
的 な解 析 か ら,進 化 的 に もっ と も多 細 胞 動 物 に近 い こ とが
位 置 に戻 して 同 じ家 をつ く り直 した よ う な もの と と らえ ら
示 唆 されて い る1,2).多 細 胞 動 物 の なか で進 化 的 に も っ と も
れ る こ とが 多 い.し か し,淡 水 性 の ミュ ラ ー カ イ メ ンの幹
古 い動 物 門 は海 綿 動 物 で あ り,進 化 系 統 樹 で は,つ
ぎに ヒ
細 胞 に富 ん だ 画 分 を除 くと,こ の よ う な再構 築 はみ られ な
右 相 称 動 物 の順 に位 置 す る.多 細
くなる とい うDe Sutterら の研 究 か ら4),こ の 実験 で の カ イ
胞 動 物 の 進 化 と同 時 に獲 得 され た と考 え られ る起 源 的 な幹
メ ンの体 の 再構 築 の際 に も,必 要 な細 胞種 を うみ 出す “幹 細
細 胞 シ ステ ム を解 明 す る に は,も っ と も進 化 的 に古 い多 細
胞 ”が必 要 で あ る こ とが 示 唆 され た、 つ ま り,Wilsonの
胞 動 物 で あ る カ イ メ ンの幹 細 胞 シス テ ム を解 明 す る こ とが
験 か ら も,実 は,“ カ イメ ンは幹 細 胞 の分 化 ・増 殖 を調 節 す
必 要 で あ る.ま た,そ の 進 化 を考 察 す るた め に は,カ
る機 構 が 非 常 に発 達 して い るか ら こそ体 を再 構築 す る こ と
ドラな どの刺 胞動 物,左
イメ
実
が で きる ”こ とが 示 され て い るの で あ る.
Noriko
Ⅰ カイメンの体 の構造
Funayama
京都大学大学院理学研究科 生物科学専攻分子発生学分科
E-mail:[email protected]
カ イ メ ンの 体 は 意 外 に 複 雑 で,お
もに形 態 に よっ て多 数
URL:http/〃mdb.biophys.kyoto-u.ac.jp/
の 細 胞 種 が 同 定 さ れ て い る4-6)(図2).カ
1856 蛋白質 核酸 酵素 Vol.54
No.14 (2009)
イ メ ンの 体 の 構造
ゥゥShort Review
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図1進
化的 に古 い動物 に着 目 した系 統樹
図2カ
ワカ イ メ ンの 体 の 断 面 図5)
単細胞生物のなかで進化的 にもっとも多細胞動物 に近いとされているのはタ
おもに形態の観察から,カ イメンの体 を構成する細胞は約10種 類が報告され
テ襟鞭毛虫である,多 細胞動物の うち進化的に古 い動物門から,海 綿動物,
ている.基 底扁平上皮細胞,外 扁平上皮細胞,内 扁平上皮細胞,幹 細胞(ア
刺胞動物,左 右相称動物 とな らぶ,左 右相称動物 のなかで,冠 輪動物(扁形
ーキオサイ ト),襟 細胞,骨 片形成細胞,コ ラーゲン産生細胞(形 態的に数種
動物,環 形動物,軟 体動物)は進化的に古い位 置づけにある.左 右相称動物
に分けられている),機 能 はまだ不明の コレンサイ ト,以 下,図 には示さない
にはそのほか,脱 皮動物(節足動物,有 爪動物など),新 口動物(毛 顎動物,
が,芽 球形成時に現われる栄養細胞,芽 球のなかの休止 幹細胞などがあ り,
半索動物,棘 皮動物 、尾索動物 、頭索動 物,脊 索動物など)に大 まかに分 け
有性生殖時 には精子 と卵子が形成 される.
られる.
[文献31に 基 づ く.原 図:齋 藤由 美 氏]
で め だ つ の は,体 の なか で 広 が る水 管 の 側 面 に な らんで 水
管 とつ な が っ て い る球 状 構 造 の襟 細 胞 室 で あ る.襟 細 胞 室
は,襟 細 胞 とい う1本 の 鞭 毛 とその まわ りに筒状 に な らん だ
Ⅱ カイメンの幹細胞 システムを解析する
実験系
微 絨 毛 か らな る襟 を もつ小 型 の細 胞 が,内 向 きに一 層 に な
らん だ構 造 体 で,体 の なか に 無 数 に 存 在 す る.襟 細 胞 は鞭
カ イ メ ンの 幹 細 胞 シス テ ム を解 析 す る実 験 系 と して,筆
毛 を動 か して 水 管 の なか に 水 流 をつ く り,そ の 水 流 に乗 っ
者 らは,シ ャー レ中 で 数 千 個 の 幹 細 胞 集 団 か ら機 能 的 な個
て きた 微 小 な栄 養 物 を取 り込 み,こ の 栄 養 物 を穎 粒 と して
体 が 形 成 され る淡 水 性 の カ ワ カ イ メ ンのユ ニ ー クな 無性 生
ほか の 細 胞 に受 け 渡 して い る.す な わ ち,襟 細 胞 室 は原 始
殖 系,“ 芽 球 か らの 個体 形 成 ”に着 目 し解 析 を進 めて い る.
的 な消 化 器 官 と と らえ る こ と もで きる.襟 細 胞 は特 定 の機
無 性 生 殖 にお い て は,カ
イ メ ンの体 内 に芽 球 と よばれ る
能 と特 徴 的 な形 態 を もち な が ら も全 能 性 を保 っ て い る と考
コ ラ ー ゲ ンの 殻 の なか に 数 千 個 の 休 止 幹 細 胞 が つ まっ た直
え られ て お り(後述),非 常 に興 味 深 い細 胞 で あ る.
径 約0.5mmの
粒 が 多 数 形 成 され る(図3).通
常,芽
球か
カ イ メ ン には,外 側 お よ び底 面 の 上 皮 と水 管 の上 皮 に 囲
らの個 体 形 成 は まわ りの組 織 か らの 阻 害 物 質 に よ り抑 制 さ
ま れた,体 内 とい え る空 間(メ ソハ イル)が あ る.こ の メ ソ
れ て い る.し か し,乾 燥 や 高 温 な ど に よ りカ イメ ン個 体 が
ハ イル に存 在 す る細 胞 種 はみ な基 本 的 に移 動 性 が 高 く,幹
死 ん で 崩壊 す る と阻 害 物 質 が 芽 球 の ま わ りか ら除 か れ る た
細 胞(ア ー キ オサ イ ト),骨 片 形 成 細 胞,コ
め,環 境 の 回 復 と と もに芽 球 の なか の 休 止 幹 細 胞 が 活 性 化
ラー ゲ ンを分泌
す る と考 え られて い る細 胞 な どが あ る.骨 片 は,ほ
とん ど
し,活 性 型 の幹 細 胞(ア ー キオ サ イ ト)が殻 か ら遊 走 して分
の種 で 蛋 白 質 の 芯 の まわ りに ケ イ酸 が沈 着 して形 成 され た
裂 ・分 化 し,約7日
針 状 の構 造 を して お り,外 扁 平 上 皮 を テ ン トの よ うに 張 っ
体 を形 成 す る細 胞 は すべ て,直 接(も し,分 化 転 換 が あ る
て い る.ま た,骨
場 合 には 間接 的 に),芽 球 の なか に入 っ てい た アー キ オサ イ
片 ど う しをつ な ぎあ わ せ て 骨 格 をつ くる
こ とで,カ イ メ ンの3次 元 的 な体 が 構 築 され て い る.
間 で個 体 を形 成 す る5,6).す なわ ち,個
トか ら分 化 す るた め,芽 球 か らの 個 体 形 成 は カ イ メ ンの 幹
細 胞 シ ステ ムの 解 析 に適 した実 験 系 な ので あ る、
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
No.14 (2009)
1857 こ こで 特 筆 して お きた い の は,カ
イ メ ン にお い て は 分 子
生 物 学 的 な解 析 が 遅 れ て い た た め,全 能性 幹 細 胞 と考 え ら
定 され て い る3つ の細 胞 種,襟
れ て い るア ー キ オサ イ トは,こ れ まで,“ 核 小 体 をひ とつ 含
び,バ
む 大 型 の核 を もつ 比 較 的大 型 の細 胞 で,非 常 に よ く動 き ま
疫 系 には た ら く細 胞 に,直 接,分 化 す る こ と を遺伝 子 の 発
わ り,高 頻 度 で 分 裂 す る”とい う細 胞 形 態 と顕 微 鏡 下 で の
現 よ り明 らか に し,ア ー キ オサ イ トが 幹 細 胞 で あ る こ とを
観 察 の み で 定 義 され て い た こ とで あ る.す
分 子 生 物 学 的 には じめ て確 認 した(筆 者 ら:投 稿 中).
な わ ち,近 年,
アーキ オサ イ トが幹 細 胞 で あ る こ とは受 け入 れ られて い るに
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もつ こ と,少 な くと も細 胞 種 特 異 的 な遺 伝 子 マ ー カー が 同
細 胞,骨
片 形 成 細 胞,お
よ
ク テ リ アの 増 殖 を阻 害 す る レ クチ ンを分 泌 し 自然 免
この解 析 に よ り,ア ー キ オ サ イ トの分 化 過 程 で 分 化 の 方
もかか わ らず7,8),分 子 生物 学 的 な解析 は行 なわ れて お らず,
向 づ けが な され る と,一 般 的 に,EfPiwiA遺
この細 胞 が 本 当 に分 裂 能 を もち,か つ,複 数 の分 化 細 胞 を
EfPiwiB遺
生 み 出 す とい う幹 細 胞 と して の能 力 を もつ 直 接 の証 明 は さ
発 現 し,成
れ て い なか っ た.こ の よ う に不 明 な点 が 多 い カ イ メ ンの幹
EfPiwiB遺
細 胞 シス テ ム に関 して,筆 者 らは,分 子 生 物 学 的 な切 り口
現 の み に な る,と い う発 現 遺 伝 子 の 切 り替 えの 起 こる こ と
で の解 析 が 必 要 と考 え,細 胞 種 特 異 的 な遺伝 子 マ ー カー の
が示 唆 され た.し か し,襟 細 胞 は例 外 で あ り,ア ー キ オ サ
同 定 や1細 胞 レ ベ ル で 発 現 解 析 の で き る 解 像 度 の 高 い
イ トか ら襟 細 胞 が分 化 し機 能 的 と考 え られ る襟 細 胞 室 を構
in suitハ イ ブ リ ダ イゼ ー シ ョン法 な どを独 自 に確 立 して解
成 す る成 熟 した襟 細 胞 に な って も,EfPiwiA遺
析 を進 め て きた5,9,10).つぎに,遺 伝 子 の 発現 解析 か らみ え
EfPiwiB遺
て きた カワ カ イ メ ン幹 細 胞 シス テ ム につ い て述 べ る.
観 察 に よ る解 析 か ら,① これ まで 観 察 され た ほ ぼ す べ て の
伝子 および
伝 子 の 発 現 に くわ え て細 胞 種 特 異 的 な遺 伝 子 が
熟 した 分 化 細 胞 で はEfPiwiA遺
伝 子 お よび
伝 子 の 発 現 が消 え て細 胞 種 特 異 的 な 遺伝 子 の 発
伝 子 お よび
伝 子 の 発 現 が 維 持 され て い た.実 は,古 典 的 な
カ イ メンの種 にお いて精 子 は襟細 胞 由 来 であ る こ と4),② 芽
Ⅲ カイメンの幹細胞 システム
球 形 成 時,あ
るい は,組 織 の リモ デ リ ン グ時 な ど特 別 な状
況 で,襟 細 胞 が 脱 上 皮 化 して ア ー キ オサ イ トにな る こ とが
筆 者 らは,カ イ メ ンの幹 細 胞 で 発 現 す る遺伝 子 の 候 補 と
報 告 され てお り(文 献4),お よび,Diaz,J.-P.,These.Univ.
して,脊 椎 動 物 や シ ョウジ ョウバ エ で お もに生 殖 細 胞 に発
Sci.Tech.Languedoc.pp.1-332(1979)),襟
現 し11-13),プラ ナ リア で は全 能 性 体 性 幹 細 胞 と生 殖 幹 細 胞
的 な細 胞 形 態 と特 定 の機 能 を もち なが ら も,全 能 性 を維 持
に発 現 す る14,15)と
報 告 され て い るPiwi遺 伝 子 に着 目 し,2
して い る細 胞 で あ る可 能性 が 示 され てい た.
つ の カ ワカ イメ ンPiwi遺 伝 子 ホモ ロ グを 同 定 した.こ れ ら
EfPiwiA遺
伝 子,EfPiwiB遺
伝 子 のmRNAの
さ きに述 べ た よ うに,Piwi遺
細 胞 は特 徴
伝 子 は刺 胞 動 物 の ク ラゲ16)
発現様 式 は
や扁 形動 物 の プ ラナ リア14,15),エー シー ル ワー ム17)などの生
ま った く同 じで あ り,ア ー キ オ サ イ トの細 胞 形 態 を もつ 細
殖 幹 細 胞 を うみ 出 す こ との で き る全 能 性(多 能 性)幹 細 胞,
胞 で 発 現 して い た.筆 者 らは さ らに,こ の細 胞 が分 裂 能 を
あ るい は,シ
ョウ ジ ョウバ エ や 脊椎 動 物 の お も に生 殖 細 胞
図3カ
ワ カイ メ ン の 生 活 環5)
無 性生殖系:① 個 体組織内 に多数 の芽 球(黄 色)
が形成される.通 常,芽 球からの個体形成 はまわ り
の組織からの 阻害因子によ り抑えられている.② 乾
燥や高低温などまわりの組織が死滅するような条件
でも,芽 球内の休止幹細胞 は生存可能である.③
まわ りの 組織の死 滅とともに阻害因子 が除かれ,
芽球内の幹細胞の休止が解除される.よ い環境 に
戻ると芽 球から幹細胞が遊走 して出てきて.④ 殻
のまわ りに小さな個体を形成する.
有性生殖系:⑤ カイメンの組織内で卵が形成 され
受精する.受 精卵はカイメンの 組織内で卵割 を行
なう.⑥ 幼生は親個体から遊泳 して離れ,⑦ 新た
な場 所で着底 する.体 の構造 をい ったん失い,新
たに体の構造をつくりなおすという変態により,⑧
芽球から形成された個体と同様の個 体を形成する.
1858 蛋白質 核酸 酵素 Vol.54 No.14
(2009)
ゥゥ00000004
で 発 現 して い る.高
る 小 分 子RNAを
等 動 物 で は,PiwiはpiRNAと
よ ばれ
介 し て 遺 伝 子 発 現 を 調 節 す る.ま
た,ト
ラ ン ス ポ ゾ ン の 発 現 を抑 え る な ど の 機 能 を と お し て 全 能 性
(多 能 性)の 維 持 に か か わ る こ とが 知 ら れ て い る11-13).さ ら
に,最
近,ゲ
ノ ム プ ロ ジ ェ ク トの 進 ん で い る 海 産 カ イ メ ン
Amphimedon
queenslandicaと
Nematostella
victensisに
miRNAあ
る い はpiRNAを
くわ え て,Piwi遺
な ど,一
刺 胞 動 物 の イ ソギ ンチ ャク
お い て,塩
基 配列 の解 析 か ら
コ ー ドす る と 考 え ら れ る 配 列,
伝 子,Agonaute遺
連 の 小 分 子RNAを
伝 子,Dicer遺
伝子
用 い た遺 伝 子 発 現 調 節 機構 の
遺 伝 子 が ゲ ノ ム 上 に あ る こ と が 報 告 さ れ た18).す
カ ワ カ イ メ ン に お い てEfPiwiA遺
な わ ち,
伝 子 お よ びEfPiwiB遺
伝
子 が ア ー キ オ サ イ ト と 襟 細 胞 で 発 現 し て い る こ と は,
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piRNAを
介 したPiwiの
全 能 性(多
能 性)の 維 持 機 構 が カ イ
メ ン に お い て す で に 存 在 す る こ と を示 唆 して お り,ま
た,ア
ー キ オ サ イ トの 全 能 性 だ け で な く襟 細 胞 の 潜 在 的 な 全 能 性
を 支 持 す る 重 要 な分 子 基 盤 で あ る と考 え ら れ た.筆
カ イ メ ン の 幹 細 胞 シ ス テ ム は,活
ー キ オ サ イ ト)と
図4ア
ーキオサイ トと襟細胞 か らなるカイメンの 幹細胞 システム
カイメンの幹細胞 システムは,ア ーキオサイ トと襟細胞 という2つの全能性細
者 らは,
胞からなると考えられる,ア ーキオサイ トはメソハイルを活発に移動 しながら
性 型 の 全 能 性 幹 細 胞(ア
必要な細胞種 を分化させる全能性幹細胞と考えられてきた,無 性生殖系であ
る“
芽球からの個体形成 の過程 において,少 なくとも,骨 片形成細胞,襟 細
,普
段 は特 定 の 機 能 を担 い つ つ 特 別 の 場 合
に 全 能 性 を 発 揮 で き る 襟 細 胞 とい う,2つ
と い う モ デ ル を 提 唱 した6)(図4,筆
の細 胞 種 か らな る
者 ら:投 稿 中).
胞,自 然免疫に関与 していると考えられる細胞が,ア ーキオサイ トか ら直接
に分化する ことが明 らかにな っている.― 方,襟 細胞はタテ襟鞭毛虫に非常
によく似た特徴的な形態をもち,水 管のなかに水流を生 じさせ微小な栄養物
を取 り込み,ほ かの細胞 にその栄養物 を受け渡 すという特定の機能 を担 うが,
特別の状況下ではアーキオサイ トに変化する、アーキオサイ トと襟細胞 から生
Ⅳ 幹細胞の起源を考える
殖細胞 が変化すること,ア ーキオサイ トと襟細胞で特異的にPiwi遺 伝子ホモ
ログの発現があることか ら,襟 細胞は通常は分化細胞 として機能 しなが らも,
全能性 を維持 しているものと示唆される.
さ らに,筆 者 らは,幹 細 胞 の進 化 とい う視 点 にた つ と,襟
細 胞 は上 皮 に と どま る タテ 襟 鞭 毛 虫 様 の プ ロ トタイ プ幹 細
胞 を,カ イメ ン幹 細 胞 は多細 胞 生 物 が 体 の複 雑 化 に と もな っ
に,古 典 的 な観 察 に よ り,特 別 な状 況 下 で襟 細 胞 が 脱 上 皮
て 獲 得 した 体 内 移 動 型 幹 細 胞 を表 わ す の で な い か とい うモ
化 して 幹細 胞 へ と変化 す る,ま たは,減 数 分裂 に よ り生 殖 細
デ ル も提 唱 してい る(筆 者 ら:投 稿 中).そ の根 拠 と して,筆
胞 にな る こ とが報 告 され てお り4),こ れ は襟細 胞 が全 能 性 を
者 らは以 下 の3点 を考 え てい る.① 進 化 的 に もっ とも多 細 胞
維 持 して い る こ と を示 す と筆 者 は考 えて い る.
生 物 に近 い と考 え られて い る単細 胞 生 物 の ひ とつ で あ る タテ
筆 者 らが考 え て い る幹 細 胞 の 進 化 のモ デ ル を,図5に
示
襟 鞭 毛 虫 と襟 細 胞 の細 胞 形 態 とが非 常 に類 似 して い る こ と
す(筆 者 ら:投 稿 中).タ テ襟 鞭 毛 虫 の よ うな細 胞 の集 合 体 と
は古 くか ら知 られて お り,か つ,タ テ襟 鞭 毛 虫 には集 合 体 を
して の 原 始 多 細 胞 生 物 にお い て,分 裂 可 能 な細 胞 集 団 と分
つ くる種 もあ って,原 始 多 細 胞 生 物 は タテ 襟 鞭 毛 虫 様 の 細
裂 しない 細 胞 集 団 とに分 か れ た(ス テ ップ1).こ
胞 の 集 合 体 で あ った とい う説 が 広 く受 け入 れ られ てい る19).
能 性 幹 細 胞 と非 幹 細 胞 に相 当 す る.多 細 胞 化 した こ とで 機
② また,単 細 胞 生 物 の 基 本 は “栄 養 を と り,増 殖 す る こ と”
能 の 細 分 化 が 可 能 とな り,体 を構 成 す る細 胞 種 が増 え,体
で あ る と筆 者 は 考 え るが,襟
性 幹 細 胞 が 出現 した(ス テ ップ2).動
細 胞 は外 か らの 栄 養 を直 接 に
取 り込 む こ とが で き4),さ らに,細 胞 系 列 特 異 的 な 遺 伝 子
れ が,単
物 の 進 化 に ともな っ
て 体 の な か に存 在 す る細 胞 種 も生 じ,さ らに,個 体 が 大 き
を用 い た 筆 者 らの 解 析 か ら,襟 細 胞 室 の形 成 にお い て,襟
く発 達 で き る よ うに 進 化 す る と,体 の な か を 移動 し必 要 に
細 胞 は2つ の娘 細 胞 を うみ 出す 分 裂 を くり返 す こ とが 明 らか
応 じた細 胞 を必 要 な場 で 分化 させ る幹 細 胞 が 出現 した(ス テ
とな った5).つ
ップ3).カ
ま り,襟 細 胞 は カ イ メ ンの 体 の なか にあ っ
て,単 細 胞 生物 の2つ の基 本 的 な特 徴 を もって い る.③ さ ら
イ メ ンの幹 細 胞 シス テ ム を構 成 す るア ー キ オサ
イ トと襟 細 胞 に着 目す る と,上 皮 に と どま り タテ 襟 鞭 毛 虫
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
No.14 (2009)
1859 図5幹
細 胞の 進 化
タテ襟鞭毛虫と襟細胞の細胞形態および機能の類似性 から考えられる幹細胞の進化のモデル図.タ テ襟鞭毛虫の集合体のような単一の 細胞種からなる多細胞動物
において,分 裂可能な細胞と分裂 しない細胞 とに分かれる(ステ ップ1).動 物の体が複数の細胞種か らなるように進化するうえで,ど の 細胞種もうみ出すことの
できる “
プロ トタイプの全能性(多 能性)幹 細胞”が獲得 される(ステ ップ2).さ らに,動 物の体が複雑化 し大きくなるにしたがい “
体内移動型の全能性(多 能性)幹
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細胞”が獲得 されたと考え られる(ステップ3).
様 細 胞 の名 残 を残 す よ う な プ ロ トタ イプ の体 性 幹 細 胞 を襟
周 期 を止 め て い る状 態 の 細 胞 が 存 在 す るの か,ま
細 胞 に,ス テ ップ3で 獲 得 した 移 動 性 の 体 性 幹 細 胞 を アー
が特 定 の場 が あ るの か に着 目 して考 察 す る.
た,そ れ
キ オサ イ トにみ る こ とが で きる ので は ない か,と 筆 者 は考 え
1.カ
イ メ ン
て い る.カ イ メ ンの ア ー キ オサ イ トと襟 細 胞 とで全 能性 維
た,通 常 は抑
カ イ メ ンの アー キ オサ イ トは メ ソハ イル 中 を活 発 に移 動
制 され特 定 の条 件 下 で発 揮 され る襟 細 胞 の全 能 性 は どの よ
しつ つ,必 要 に応 じて特 定 の細 胞 種 へ と分 化 す る(図6a).
うに調 節 さ れ てい るの か を解 明 す る こ とは,カ
イ メ ンの 幹
す なわ ち,移 動 性 の高 い未 分 化 な幹 細 胞 が,お そ ら くは特
細 胞 シス テ ムの 制 御 機 構 を 明 らか にす るだ け で な く,襟 細
定 の場 で特 定 の細 胞 種 へ の 分 化 の 誘 導 を うけ て い る の だ ろ
胞 様 の プ ロ トタ イ プ幹 細 胞 か らアー キ オサ イ ト様 の体 内 移
う と筆 者 らは考 え てい る.こ れ まで の と ころ,通 常 の個 体
動 型 幹 細 胞へ の進 化 の可 能性 とそ の過 程 を考 え て い くう え
内 に お い て,細
で も興 味深 く重 要 で あ る.
G1期,G2期
持 の分 子 基 盤 は どこ まで 共 通 で あ る のか,ま
胞 周 期 が 非 常 に ゆ っ く りと した,ま
あ るい はG0期
た は,
で停 止 して い るア ー キ オサ イ ト
の 報 告 は な く,す べ て が さか ん に分 裂 して い る と考 え られ
Ⅴ 幹細胞制御システムの進化
て い る.た だ し,無 性 生 殖 系 の 芽 球 の なか で は,ア ー キ オ
サ イ トはセ ソサ イ トと よばれ る2核 の休 止 幹 細 胞(細 胞 周 期
高等 動 物 に お いて,幹 細 胞 は全 能 性 か ら多 能 性 へ と細 分
化 してい る.ま た,典 型 的 な幹 細 胞 の 未 分 化 状 態 の 維 持 機
は止 まっ て い る)と な っ てい る.
一 方 ,生 殖 細 胞 は これ まで に調 べ られ た す べ て の カ イ メ
構 は,“ 幹細 胞 が特 定 の 微 小 環 境(ニ ッチ),す
ン種 に お い て,ア
な わ ち,特
ー キ オ サ イ ト(お も に卵)ま た は襟 細 胞
定 の細 胞 や 細 胞 外 基 質 と結 合 す る こ とに よ り,膜 結 合性 ま
(お も に精 子)か ら直 接 に生 じる こ とが 報 告 され て い る4,20)
た は分 泌 性 の シ グナ ル を うけて 未 分 化 状 態 が維 持 され,こ
(図6b).
の微 小 環 境 か ら離 れ て シ グナ ルが 入 らな くな る こ とに よ り,
2.ヒ
ドラ
分 化 過 程 へ と方 向 づ け られ る”とい う もの であ る.こ の幹 細
胞 の細 分 化 とニ ッチ に よる未 分 化 状 態 の維 持 機 構 は,多 細
基 本 的 に2層 の 上 皮 構 造 か ら な る体 を もつ ヒ ドラは,神
胞 動 物 の共 通 祖 先 に お いて,進 化 上,い
つ獲 得 され た し く
経 細 胞 を含 む数 種 類 の体 細 胞 お よび生 殖 細 胞 を うみ 出す 多
み なの だ ろ うか.こ
イ メ ン,刺 胞 動 物
能性 幹細 胞(間 細 胞)を もつ.外 胚 葉 上 皮 細 胞 と内胚 葉 上 皮
の ヒ ドラ,扁 平 動 物 の プ ラ ナ リアで の,全 能 性(多 能性)幹
細 胞 は どち ら も分 裂 能 を もつ ため,こ れ らを2種 類 の上 皮 幹
細 胞 また は始 原 生 殖 細 胞*に,未
細 胞 と考 え る場 合 もあ るが,こ
*生
の 問題 につ いて,カ
分 化 の細 胞 あ るい は細 胞
殖 幹 細 胞 とい う場 合 もある が,本 稿 では,“ 無 性 生 殖 時 にPiwiとNanosを
殖 細 胞 とよぶ.
1860 蛋白質 核酸 酵素 Vol.54 No.14 (2009)
こで は多 能 性 幹細 胞 と生 殖
発 現 して お り,有 性 生 殖 時 に 分裂 分化 して 生 殖細 胞 を うみ 出す 細 胞 ”を始 原 生
ゥゥShort Review
幹 細 胞 に着 目 して 記述 す る.
生 殖 細 胞 を うみ 出す 機構 と して,ヒ
ドラ には 始 原 生 殖 細
多 能 性 幹 細 胞 は,外 胚 葉 上 皮 細 胞 の あ い だ に複 数 の細 胞
胞 が 存 在 す る.無 性 生 殖 個 体 中 で も,個 体 の性 に よ り多 能
として体 の両 端 を除 く全 体 に点 在 して い る こ とが古 くか ら知
性 幹 細 胞 か ら雄 性 始 原 生 殖 細 胞 も し くは 雌性 始 原 生 殖 細 胞
られ てい たが,最 近,電 子 顕 微 鏡 に よる解 析 か ら,ま わ りの
が 生 じて お り,こ れ らは 有性 生 殖 期 に さか ん に分 裂 し,特
外 胚 葉 上 皮細 胞 と密 に接 して い る こ とが 明 らか に な っ た21)
定 の場 所 で生 殖 細 胞 を うみ出 して い る23)(図6b).始
(図6a).さ
らに,多 能 性 幹 細 胞 の分 化 の抑 制 と誘 導 の調 節
細 胞 と多 能 性 幹 細 胞 と もに,細 胞 周 期 を止 め て い る とい う
にNotchシ
グ ナ ルお よ びWntシ
報 告 は これ までの と ころ ない.
グナ ルが は た ら くこ と21),
神 経 細 胞 へ の分 化 につ いて は 外 胚 葉 上 皮 細 胞 か ら分 泌 され
るPWペ
プチ ド(Hym33H)が
抑 制 的 に はた ら くこ と22),な
どが 明 らか に されて お り,多 能 性 幹 細 胞 は,外 胚 葉 上 皮 と
3.プ
原生殖
ラ ナ リア
プ ラナ リアの 幹細 胞 は形 態 的 に定 義 され新 生 細 胞(ネ オ ブ
ラ ス ト)と よ ばれ,1種
類 の全 能性 幹 細 胞 で あ る と考 え られ
と分 化 との バ ラ ンス を調 節 され てい る と示 唆 され て い る21).
て きた が,近 年 の研 究 に よ り,複 数 の種 類 に 分 け られ る こ
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細 胞 外 基 質(メ ソ グ レア)と い うニ ッチ に よ り未 分 化 の維 持
図6カ
イ メン,ヒ ドラ,プ ラナ リア にお ける全能 性(多 能性)幹 細胞 システムと生殖幹 細胞 システム
(a)全 能性(多 能性)幹 細胞が未分化状態 を保 っている場,カ イメンでは,全 能性(多 能性)幹 細胞(アーキオサイ ト)は未分化状態を維持 しなが らメソハイルを活
発 に動きまわる.ヒ ドラ における多能性幹 細胞 である間細胞 は外胚葉上皮細胞に密接 しており,こ の場から離れて分裂・分化する,プ ラナ リアの表皮の下 にある
筋 肉層の直下には休止期幹細胞と示唆される小型幹細胞が位置 し,さ らに,そ の内側の広 い範囲に全能性幹細胞(新生細胞)が分布 している.
(b)生 殖細胞 を形成する しくみ,カ イメンにおいては,無 性生殖時には生殖細胞 はなく,有 性生殖 時になると,アー キオサイ トあるいは襟細胞から直接に生殖細
胞 が生 じる.ヒ ドラにおいては,無 性生殖状態であ っても多能性幹細胞由来の始原生殖細胞がはっき りと分かれて存在 している.有 性生殖時 にはこの始原生殖細
胞 がさかんに分裂・増殖 し,精 子 または卵を生 じる 、ヒ ドラは個体により雌雄の性別 が決ま っているので,1個 体のなかには雄性始原生殖細胞か雌性始原生殖細
胞のどち らか1種 類 しか存在 しない.プ ラナリアも,全 能性幹細胞である新生細胞由来の雄性 始原生殖細胞 または雌性始原生殖細胞をつねにもっているが,雄 性
始原生殖細胞 は背側,雌 性始原生殖細胞は腹側,の 特定の位置において“休止状態”で存在する.こ れ らは有性生殖時 に休止 が解除され,分 裂 ・分化 して精子ま
たは卵をうみ出す.
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
No.14 (2009)
1861•@
とが わか って きた.現 在 まで に報 告 され て い るの は4種 類 で
あ る.新 生 細 胞 の特 徴 とされ て い た,核
イ メ ンの ア ー キ オサ イ
と細 胞 質 との比 が
トの よ うな体 内 を動 き まわ る全 能 性 幹 細 胞 が 獲 得 され た の
大 き く,遊 離 リボ ソ ー ム と ミ トコ ン ドリア以 外 の特 徴 的 な
だ と思 わ れ る.必 要 に応 じて 特 定 の細 胞 種 を うみ 出す た め
オル ガ ネラ を もた ず,唯 一 の構 造 と してRNA蛋
に,移 動 す る幹 細 胞 は 同時 に特 定 の細 胞 を分 化 させ る し く
白質 複 合 体
で あ る クロマ トイ ドボ デ ィを もつ 細 胞 は,FACS解
析 と電
み を発 達 させ た はず で あ る.カ
イメ ン以 外 の多 細 胞 生 物 で
子 顕 微 鏡 観 察 との組 合 せ に よ り2つ に分 類 さ れ た24).ひ と
幹 細 胞 の多 くは特 定 の場 に と どま って い る こ とか ら,動 き
つ は,こ
まわ る幹 細 胞 か ら,ヒ
れ まで 報 告 さ れ て い た新 生 細 胞 の 大 き さ を も ち
Piwi4遺 伝 子 を発 現 す る分 裂 す る幹 細 胞(A型),も
つ は,よ
り小 型 で お そ ら くはG1期
ん ど分 裂 しない幹 細 胞(B型),で
また はG0期
ドラの 多 能 性 幹 細 胞 に み られ る よ う
うひと
な特 定 の場 に と ど まる幹 細 胞 へ と変 化 し,そ れ に よ り特 定
にあ りほ と
の場 所 で 未 分 化 の維 持 と分 化 の誘 導 を うけ る し くみ が発 達
あ る(図6a).さ
性 生 殖 個体 の背 側 の 両側 にNanos遺
らに,無
した と考 え られ る.ま た,プ
伝 子 とPiwi4遺
ラナ リア のB型 の全 能 性 幹 細
伝子を
胞 お よび始 原 生 殖 細 胞 は,細 胞 周 期 を止 め て い る(ま た は,
共 発 現 す る始 原生 殖 細 胞 が存 在 し,有 性 生 殖 時 に分 裂 ・分
非常 に ゆ っ くりと した細 胞 周 期 を もつ)こ とが 示 唆 されて い
化 して 生 殖 細 胞 を う み 出 す25).ま
側 の背 中線 に
る こ とか ら,お そ ら く,幹 細 胞 は進 化 の過 程 で未 分 化状 態
伝 子 の み を発 現 す る細 胞 が 局 在 す る こ とが報 告
を保 持 す るた め に細 胞 周 期 を止 め る機 構 を発 達 させ たの だ
され,こ れ も幹細 胞 の亜 集 団 で あ る と考 え られ てい る26).B
と考 え られ る.高 等 動 物 で 多 くみ られ る,未 分 化 な幹細 胞
型 幹細 胞 の生 物 学 的 な役 割 は現 在 の とこ ろ未解 明 で あ るが,
を維 持 す るニ ッチ の起 源 を こ こにみ る こ とが で きる.一 方,
プ ラナ リアの 上 皮 の 内 側 に あ る筋 肉層 の直 下 に 局 在 して お
幹 細 胞 の 細 分 化 とい う進 化 の 方 向性 は ヒ ドラ とプ ラナ リア
り,こ の場 が細 胞 周 期 を止 め た 全 能性 幹 細 胞 の ニ ッチ で は
に お い てす で にみ る こ とが で き る.ヒ
ない か と期 待 され て い る.一 方,さ
そ れ ぞ れ 単 能 性 幹 細 胞 と多 能 性 幹 細 胞 と に分 か れ てお り,
DjPiwi1遺
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体 の 細 胞 構 成 の複 雑 化 と と もに,カ
た,背
か ん に分 裂 ・分化 して
ドラで は上 皮 細 胞 は
い るA型 幹 細 胞 はB型 幹 細 胞 の さ ら に内 側 の 広 い範 囲 に存
この単 能 性 幹 細 胞 はあ る程 度,分 化 が 限定 され て い る.こ
在 す る14)(図6a).
れ は,高 等 動 物 で い え ば組 織 幹 細 胞 で 用 い られ て い る よ う
生 殖 細 胞 を うみ 出 す 機 構 に 目 をむ け る と,新 生 細 胞(A
型 幹 細 胞)が それ ぞ れ特 定 の 位 置 に移 動 してNanos遺
な幹 細 胞 の細 分 化 を示 す の だろ う.ま た,プ ラナ リアにお い
伝子
て は体 性 全 能 性 幹 細 胞 が3つ に分 か れ て い る こ とか ら,動
取 り込 み がみ られ ない こ とか ら細 胞 周期
物 の進 化 に と もない,お そ ら くは,体 を構 成 す る細 胞 種 の 多
を止 め て い る と考 え られ る 雄性 始 原 生 殖 細 胞 また は雌 性 始
様 化 に対 応 し,よ り確 実 に必 要 な細 胞 種 を うみ 出す し くみ
原 生 殖 細 胞 と なる14,25).有性 生 殖 時 には,こ れ らの雄 性 始
と して 全 能性(多 能性)幹 細 胞 の細 分化 が進 んだ もの と考 え
原 生 殖細 胞 また は雌 性 始 原 生 殖 細 胞 が 分 裂 ・分 化 し,精 子
られ る.
一方
,生 殖 細 胞 を うみ 出 す し くみ に関 して は,進 化 の過
を発 現 し,BrdUの
また は卵 を生 じる.プ
ラナ リア の幹 細 胞 シ ステ ム に お い て
特 記す べ きは,① 全 能 性 幹 細 胞 の細 分 化 が進 んで い る こ と,
程 で,カ
② ヒ ドラの多 能 性 幹 細 胞 は外 胚 葉 性 上 皮 の あい だ で分 裂 能
接 に分 化 す る とい う機 構 か ら,ヒ
を保 持 して い る の に対 し,プ ラナ リアで はB型 幹 細 胞 や無
能 性)幹 細 胞 に由 来 す る始 原 生 殖 細 胞 か ら生 殖 細 胞 が うみ
性 生 殖 個 体 で の始 原生 殖 細 胞 とい っ た,細 胞 周 期 を止 め て
出 され る とい う機 構 が 発 達 した.さ
い る と考 え られ る幹 細 胞 が あ り,そ れ らの 局 在 す る特 定 の
い てみ られ る,始 原 生 殖 細 胞 を体 の特 定 の場 所 に位 置 し無
場 が あ る こ とで あ る(図6).こ
の特 定 の 場 は,こ れ らの幹
性 生 殖 個 体 にお い て は細 胞 周 期 を抑 えて 保 持 す る とい う,
細 胞 が 未 分 化 状 態 で休 止 して い るた め に な ん らか の 調 節 を
高 等 動 物 の ニ ッチ の し くみ の起 源 的 な機 構 を発 達 させ た.
行 な って い る,す なわ ち,ニ
この よ うに,生 殖 細 胞 は体 性 幹 細 胞 か ら直接 に生 じて い た
ッチ で あ る こ とが期 待 され る.
イ メ ンに み られ る全 能 性 の細 胞 か ら生 殖 細 胞 が 直
ドラにみ られ る全 能性(多
ら に,プ ラナ リア に お
もの が,体 性 幹 細 胞 か ら始 原生 殖細 胞 を うみ 出 し,そ こか
Ⅵ 幹細胞 と幹細胞システムの進化
幹 細 胞 の 進 化 につ い て考 え てみ る と,タ テ 襟 鞭 毛 虫 の集
ら生 殖 細 胞 を うみ 出 す よ う に進 化 した もの と考 え られ る.
お わ りに
合体 の よ うな多 細 胞 生 物 の共 通 祖 先 にお い て,カ イ メ ンの
筆 者 らの遺 伝 子 発 現 の解 析 に よ り,カ イ メ ンで2種 類 の
襟細 胞 の よ うな体 性 幹 細 胞 の プロ トタ イプが 生 じ,さ らに,
細 胞 に よ る幹 細 胞 シス テム が 示 唆 され た.タ テ 襟鞭 毛 虫 と
1862 蛋白質 核酸 酵素 Vol.54 No.14
(2009)
Short
の類 似性,Piwi遺
伝 子 ホモ ロ グの発 現,生 殖 細 胞 を うみ 出
す こ とを考 えあ わせ,筆
文
献
者 は,襟 細 胞 を タテ襟 鞭 毛 虫 様 の
1) King, N. et al.: Nature,
451, 783-788 (2008)
プ ロ トタ イプ幹 細 胞 の 名 残 と と らえ る モ デ ル を提 唱 して い
2)
Suga, H. et al: FEBS Lett., 582, 815-818 (2008)
る.一 方,プ
ラナ リア や ヒ ドラ な どにお いて,全 能性(多 能
3)
Wilson, H. V.: J. Exp. Zool., 5, 245-258 (1907)
性)体 性 幹 細 胞 と始 原 生 殖 細 胞 とで 共通 に発 現 す るVasa遺
4)
Simpson,
始 原生 殖 細 胞 が生 じるこ とか ら,阿 形 らは,始 原 生 殖細 胞 の
起 源 は 体性 幹細 胞 で あ る とい う考 え を提 唱 し27),し だ い に
5)
ー キ オサ イ トと襟 細 胞 が カ イメ
Springer-Verlag,
Funayama.
N., Nakatsukasa,
M., Hayashi,
T., Agata,
K.: Dev.
Growth Differ., 47, 243-253 (2005)
6)
受 け 入 れ られて きて い る28).カ イ メ ンに お いて 生 殖 細 胞 を
生 み 出 す2種 類 の 細 胞,ア
T. L.: The Cell Biology of Sponges,
New York (1984)
伝 子 ホ モ ロ グが あ る こ と,全 能性(多 能性)体 性 幹 細 胞 か ら
Funayama,
N.: in Stem Cells: From Hydra to Man (Bosch, T. C.
G. ed.), pp. 17-35, Springer,
Berlin (2008)
7) Borojevic, R.: in The Biology of the Porifera (Fry, W. G. ed.),
pp. 467-490, Academic
ン幹 細 胞 シス テ ム を担 う細 胞 で あ る こ とが 示 唆 され た こ と
press. London. (2000)
8)
Muller, W. E.: Semin. Cell Dev. Biol., 17, 481-491 (2006)
らに,こ の考 え を発 展 さ
9)
Funayama,
せ,全 能性(多 能性)体 性 幹 細 胞 と生殖 細 胞 の進 化 的 な起 源
10)
Mohri, K. et al.: Dev. Dyn., 237, 3024-3039 (2008)
は,カ イメ ンの襟 細 胞 に似 た タテ襟 鞭 毛 虫 様 の 上 皮細 胞 で あ
11)
Aravin, A. A., Hannon, G. J., Brennecke,
は,阿 形 らの考 え を支 持 す る.さ
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Review
N. et aL: Zool. Sci.. 22, 1113-1122 (2005)
J.: Science, 318, 761-764
(2007)
っ たの だ ろ う と考 え られ る.生 殖 細 胞 を直 接 に うみ 出す カ
12) Malone. C. D., Hannon, G. J.: Cell. 136, 656-668 (2009)
イ メ ンの 襟 細 胞 お よ び アー キ オサ イ ト,ヒ
ドラ で は ま だ報
告 は ない が,刺 胞 動 物 の ク ラ ゲの 多 能性 幹 細 胞 お よ び始 原
生 殖 細 胞16),プ ラナ リア14,15)と
エ ー シー ル ワー ム17)の全 能
性 体 性 幹 細 胞 お よび始 原 生 殖 細 胞 が,Piwi遺
伝 子ホモログ
を発 現 して い る こ とは,こ れ らの考 え を支 持 す る 分子 基 盤
だ と考 え られ る.
最 近,海
産 カイ メ ン と イ ソギ ンチ ャ ク18),プ ラナ リア29)
か らpiRNAが
piRNAを
同 定 され,こ
れ らの動 物 にお い て,Piwiが
介 して 幹細 胞 お よび始 原生 殖 細 胞 の全 能性(多 能
性)の 維 持 を担 って い る こ とが 示 唆 され て い る.す
PiwiとpiRNAに
よ る全 能 性 の維 持 機 構 は,全
なわ ち,
能性(多 能
性)体 性 幹 細 胞 と始 原 生 殖 細 胞 とい う,そ れぞ れ 無 性 生 殖
13) Unhavaithaya. Y. et a].:J. Biol. Chem., 284. 6507-6519 (2009)
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と有性 生 殖 にお い て次 世 代 を うみ 出 す た め に必 要 な細 胞 が
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起 源 的 な多 細 胞 生 物 に生 じた際 に獲 得 され た 機 構 なの で は
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29) Friedlander, M. R. et a].: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 106, 11546-
な い か と示 唆 され る.幹 細 胞 シ ステ ム の 進 化 を さ ら に くわ
し く考 える ため には,本 稿 で紹 介 した 動 物種 な どにお い て,
幹細 胞 の未 分 化 の維 持 機構 と分 化 の制 御 機構 に関 す る細 胞
生物 学 的 お よび分 子 生 物 学 的 な解 析 を よ り進 め る必 要 が あ
11551 (2009)
30)
Carroll,
S. B., Grenier, J. K., Weatherbee,
Diversity:
Molecular
Design, Wiley-Blackwell,
Genetics
and
Hoboken
S. D.: From DNA to
the Evolution
of Animal
(2004)
る.具 体 的 には,幹 細 胞 の 未 分 化 性 の維 持 に はた ら く幹 細
胞 での 分 子 基 盤,幹 細 胞 の分 化 誘 導 の 分 子 機 構,幹 細 胞 の
分 化 と増 殖 に お け る 細 胞 分 裂 の 様 式 とそ の 制 御 機 構 な ど,
興 味深 い切 り口 が 多 数 あ る.最 近 の トラ ンス ジ ェニ ッ ク ヒ
ドラ作 製 法 の確 立 や そ れぞ れ の 動 物 の ゲ ノム 解 析 な ど,分
船 山典 子
略歴:1993年
東京 大学 大 学院 医 学系 研 究科 修 了,米 国Sloan-
Kettering研 究所Dr.Gumbiner研
究 室 ボ ス ドク,北 里 大学 理 学
子 生 物 学 的 な研 究 の加 速 度 が増 して きてお り,今 後 の展 開
部 助 手,理 化 学研 究 所発 生 ・再 生科 学 総合 研 究 セン ター 研 究 員
を経 て,2006年
よ り京 都大 学大 学 院理 学研 究 科 准教 授.
が 期 待 され る.
研究 テー マ:カ ワカ イメ ンにお ける幹細 胞 システム,お よび,幹
細胞 か らも っとも単純 な器 官形 成 過程 と しての襟 細胞 室形 成 の細
胞 ・分子 レベル での解 明.
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
No.14 (2009)
1863