安定的・効率的な輸送によるコスト低減と 燃料消費量・排出ガス量40%削減を実現 世界初の「鉱硫船」が拓く、 JX金属グループの 資源開発・金属製錬事業のみらい こ REPORT JX日鉱日石金属株式会社 事業レポート No.3 September 2014 う り ゅ う せ ん 地球の裏側との密接なつながり JX日鉱日石金属グループの資源開発事業と金属製錬事業は、約17,000km離れた地球 のほぼ裏側にある南米チリと密接な関係を持っています。資源開発事業で稼働中の銅鉱山は いずれもチリに所在し、金属製錬事業の原料である銅精鉱の主要な輸入元になっています。 また、日本国内の金属製錬事業で銅地金の生産と同時に産出される硫酸がチリに輸出さ れ、主に銅鉱山における湿式製錬による銅地金生産に利用されています (P2コラム参照)。 このように当社グループにとって両国間の輸送は非常に重要で、安定輸送と効率化は大き こうりゅうせん な課題です。今回は、その実現に大きく貢献している 「鉱硫船」にスポットをあててみたいと思 います。 鉱硫船の発想 チリの銅鉱山から日本国内の製錬所 一つとなっています。このサイクルでは でいます。 へ、粉状物である銅精鉱は通常「ばら積 銅精鉱・鋼材・石炭の荷主が異なるため、 この問題を解消したのが、チリから日 み船」で輸送されます。また日本の製錬 常にタイミングよく貨物が見つかるわ 本への銅精鉱の輸送と、日本からチリ 所からチリへ、液体である硫酸はタン けではなく、待機を余儀なくされるケー への硫酸の輸送を一つの船で完結して カーで輸送する必要があります。従っ スもあります。 しまおうという発想から設計・建造され て、通常であればこれらの輸送サイクル 一方、日本からチリ向けに硫酸を輸送 た「鉱硫船」。常に一定の航路を、決まっ には、2隻の船が必要になります。 したタンカーについては、南米からのタ た荷主の同一の貨物(銅精鉱と硫酸) を しかし、銅精鉱を日本に輸送した「ば ンカー輸送に適した貨物はほとんどな 輸送することで、荷物を運んでいない ら積み船」は、次の輸送をするために再 く、アメリカまで回送し、アメリカから石 期間のロスを極限まで低減することが びチリに戻る必要がありますが、日本か 油化学品などを積んで極東地域へ戻る できます。固体である銅精鉱と、液体で らチリ向けの貨物は非常に少ないのが というのが運行パターンの一つになって ある硫酸を同じ船倉に積むことはでき 現状です。このため、日本から鋼材など います。 ないという壁を、同じ船に、銅精鉱用の を東南アジア向けに輸送した後、インド このように、船舶による輸送は、待機 船倉と、硫酸用のタンクを別々に設置す ネシア・オーストラリアで石炭を積んで や回送といった荷物を運んでいないロ るという 「コロンブスの卵」的な発想で チリに戻るというのが運航パターンの ス期間が発生するリスクを常にはらん 打ち破ったのです。 タンカー 日本 鋼材 日本 硫酸 石油化学品 ばら積み船 鉱硫船 硫酸 銅精鉱 石炭 銅精鉱 チリ チリ 点線は回送 従来の輸送 鉱硫船による輸送 Column : 硫酸と銅製錬について (乾式製錬、湿式製錬) JX金属グループのパンパシフィック・カッパー 銅の湿式製錬では、多くの場合、乾式製錬に不 (PPC)佐賀関製錬所や日比共同製錬玉野製錬 向きな酸化鉱(銅と酸素が結合した鉱石) を対象と 所に代表される銅製錬所では、 「乾式製錬」による して、鉱山の隣接地で銅地金の生産が行われるの 銅地金の生産を行っています。 が通常です。 「乾式製錬」は高温で鉱石を溶融して、有用な金 現在、世界の銅地金生産(約2千万トン)の20% 属を分離する方法です。銅の乾式製錬では通常、 弱が湿式製錬によるもので、その半分程度をチリ 硫化鉱(銅と硫黄が結合した鉱石) を処理した銅精 が占めています。 湿式製錬 鉱が原料として使用され、銅精鉱に含まれる硫黄 は、除去されて硫酸として回収されます。 硫酸は、肥料や各種化学品の原料をはじめとし て幅広い用途がありますが、その中の一つに銅の 「湿式製錬」があります。 「湿式製錬」は、硫酸などの酸性溶液を鉱石に散 布することで有用な金属を浸出し (ダンプリーチン グ等)、溶媒抽出、電解採取などで濃縮・回収してい く方法です。 1 乾式製錬 ダンプリーチング 2 特集 新たな発想で、輸送を革新した鉱硫船 鉱硫船の構造 銅精鉱積載時 正面から見た図 鉱硫船はこうして生まれた 鉱硫船の優れた環境性能 銅鉱石 最初の鉱硫船Cypr ia (キュプリア)号が誕生したのが 同じ量の貨物を、ばら積み船とタンカーの2隻を使って 1997年。チリでは1990年代初頭より、銅鉱山における 別々に輸送した場合と比較すると、鉱硫船による輸送は 湿式製錬による銅地金の生産が本格化し、それに使用する 燃料消費、排出ガス量(CO 2 、SOx、NOx)がそれぞれ約 硫酸の需要も増加しつつありました。当社グループからの 40%減となります。鉱硫船は経済性に優れ、かつ環境負 チリ向けの硫酸輸出も始まりましたが、距離が遠いことに 荷の少ない輸送手段であるといえます。 よる運賃負担の大きさが課題でした。一方、銅精鉱につい 専用船 2隻 (ばら積み船、 タンカー) ても、1990年のエスコンディーダ銅鉱山の生産開始によ 真上から見た図 濃硫酸積載時 正面から見た図 鉱硫船1隻 (Mar Caminoの場合) 濃硫酸 り、チリからの輸入が増加している状況でした。 (1000トン) 1500 燃料 13,000 1200 CO2 52,750 900 SOx 650 600 NOx 1,150 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000(年) チリでの湿式製錬による銅地金生産量(出典: WoodMackenzie) 400 減 700 (単位: トン) 2隻が運航する鉱硫船のいま 初代鉱硫船Cypria号は、2008年まで12年間就航し、 進化する鉱硫船で、長期の安全・安定運航を目指す このような背景の中、銅精鉱と硫酸を同じ船で輸送する 現在は新たに建造したMar Camino号(2010年竣工)、 ことができないかという発想が生まれました。もちろん、同 鉱硫号(2013年竣工)の2隻が運航中です。2隻で年間 じ船といっても銅精鉱の船倉と硫酸タンクを別に設置する 銅精鉱を約40万トン、硫酸を約24万トン運搬していま 必要があるため、デッドスペース(荷物が積まれていない す。日本・チリ間の安定・効率輸送により、今後も資源開発 鉱硫船の開発 えました。 空間)が必ず発生します。またその状況で常時運行するた 事業・金属製錬事業の競争力強化に貢献します。 日鉱金属(当時)の物流担当者から鉱硫船構想の相談を さらに、2014年のチリ・カセロネス銅鉱山の本格稼働 受けたのが1996年。それを受けて日本マリンでは、既存 に合わせて就航したのが鉱硫号です。鉱硫号では、Mar のばら積み船の一部の船倉を硫酸タンクに改造するかた Camino号と比較して船体の強度を上げたため、硫酸を2 ちで、初代鉱硫船であるCypria号を1997年に就航させ カ所の港で積み降ろしをすることができるようになりまし ました。 た。これにより、各製錬所における硫酸の在庫や、顧客の需 何しろ大型船としては世界初の試みでしたので、船体強 要状況に合わせた、よりフレキシブルで効率的な輸送が実 度の確保など非常に困難な仕事でしたが、改造を行った造 現できるようになりました。 船会社との協力により、何とかこれを実現させました。結 またさらなる進化として、鉱硫号はバラスト水処理装置 局Cypria号は就航から12年間、日本・チリ間の運行に携わ を搭載しています。バラスト水処理装置は、海水を電気分 りました。 解し、中に含まれる微生物を死滅させてから船に積み込 めには、船体強度のアップが必要で、建造の際の鋼材使用 量などが増加してしまいます。 カーを都度船会社からチャーターする従来型の輸送と比 較して、鉱硫船のメリットが上回ることがわかりました。 メリット① 一定の航路を、決まった荷主の貨物を積載して を最小化できる メリット② 自社船のため、変動の激しい海運市況の影響 を受けずに、運賃の安定化を図ることができる メリット③ 安定・効率輸送により、燃料消費量と排出ガス 量の削減を実現できる Mar Camino号(マール・カミーノ:スペイン語で「海の道」) (1)竣工年/総トン数 2010年/30,454トン (2)貨物倉の容積 銅精鉱船倉(5ホールド)36,790㎥ 硫酸タンク (6基) 16,929㎥ (3)貨物積載量 銅精鉱約50千トン 硫酸約30千トン 鉱硫号 ▲ 往復するので、運行スケジュールが安定しロス 鉱硫船の概要 ▲ このような条件を考慮した上でも、ばら積み船とタン (1)竣工年/総トン数 2013年/30,476トン (2)貨物倉の容積 銅精鉱船倉(5ホールド)36,737㎥ インタビュー:日本マリン株式会社 船舶部 船舶課 西川泰紀 海工務担当課長 硫酸タンク (6基) 16,929㎥ (3)貨物積載量 銅精鉱約50千トン 硫酸約30千トン み、濃度を確認してから海洋放出を行うことで、放水先の 進化する鉱硫船 生態系に影響を与えないというものです。 Cypria号の後継船として2010年に就航したのが、 Mar Camino号です。Cypria号は改造船で、銅精鉱用の 今後の展開 鉱硫船の運航例(2014年3月-6月 鉱硫号の場合) 船倉と硫酸タンクが交互に配置されており、運行時の船体 鉱硫号は、Cypria号およびMar Camino号で得た知見 3月13日-16日 PPC佐賀関(硫酸積載) 強度を確保するためにさまざまな制約がありました。新た を活かした、理想形に近い兼用船であると考えています。 4月14日-16日 チリ・Mejillones港(硫酸卸) 4月16日-19日 チリ・Barquito港(硫酸卸) に建造したMar Camino号では、銅精鉱用の船倉を中央 カセロネス銅鉱山の本格稼働も始まりましたので、今後長 に、硫酸タンクを船側に配置することでこの制約を減らし 期にわたり、両船の安全・安定運航に努めていくことが私た た他、Cypria号での経験を活かしてさまざまな改良を加 ちの使命と考えています。 4月29日-5月1日 チリ・Punta Chungo港(銅精鉱積載) 5月30日-6月3日 PPC日比(銅精鉱卸) 6月4日-10日 3 真上から見た図 31,800 40% (日本⇔チリ間一往復あたり)概算 300 0 7,850 PPC佐賀関(銅精鉱卸) 4 特集 JX金属グループの資源開発・金属製錬事業 世界初の鉱硫船新造というチャレンジ インタビュー: 今治造船株式会社 東京支社 柏木喜延 取締役 東京営業部長 川辺勝己 東京設計室 課長 カセロネス鉱 山 で 拡 大 する 資源開発事業 て実現した大型プロジェクトです。年間を通じてフル操業 となる2015年には、既存の3鉱山と合わせて権益生産 日本は、銅をはじめとする非鉄金属資源の大半を海外 量は約25万トンまで増加することとなります。今後も、南 に依存しています。一方、資源国では、資源ナショナリズム 米(チリ・ペルー) やオーストラリアをはじめとした地域にお Mar Camino号開発までの経緯 の高揚などに伴うカントリー・リスクの増大、開発費用の高 ける開発の推進などにより、将来的に35万トン程度まで拡 当社が日本マリン殿から最初に鉱硫船新造の打診を受 騰、鉱石の低品位化などの問題が顕在化しています。ま 大させる方針です。 けたのが2006年。鉱石硫酸兼用船というこれまでにない た、非資源国間の獲得競争も激化するなど、従来以上にそ 面白いコンセプトの船で、それまでも内航船(*1)でさまざ の安定確保が重要な課題となっています。 まな新しいタイプの船舶の建造を行ってきた当社として 当社グループでは1990年頃より、チリを中心とする海 は、技術的にはチャレンジングであるがぜひ手がけたいと 外の銅鉱山開発プロジェクトに探鉱開発段階から積極的に 当社グループの金属製錬事業は、100年を超える歴史 いう思いがありました。 しかし、外航船(*2)で造船側、運航 参画しています。現在、チリで資本参加しているロス・ペラ があり、現在では世界有数の生産能力を保持しています。 側のどちらにも経験がないような船を設計段階からつくり ンブレス、コジャワシ、エスコンディーダの3銅鉱山はいず 銅精鉱を製錬して生産する銅地金は、電線などのインフラ あげるというのは当社にとっても初めての試みで、本当に れも世界有数の規模を誇り、2013年度の権益生産量は 設備や、 スマートフォン、 タブレット端末、自動車などに使用 実現できるのか、2007年に開発がスタートした時点では 年間約12万トン(*3)となっています。これにより、金属製 される電子部品をはじめ、生活のさまざまな場面を支える を航行するための一定の強度を確保することも必要です。 錬事業で使用する原料鉱石(銅精鉱)の安定確保を実現す 素材となっています。社会の高度化にともない、世界的に このような、いわば複雑なパズルを解くような設計作業を るとともに、近年の銅価格高騰を背景に十分な投資リター 見ても銅の消費量は年々増加傾向にあり、特に中国では大 設計・建造にあたっての課題 行う必要がありました。 ンも享受しています。 きな需要の伸びが続いています。当社グループでは、さら Mar Camino号の設計でもっとも苦労したのは、限られ また船舶の建造には国際的な安全基準がありますが、ば これに加えて、2014年よりカセロネス銅鉱山の銅精鉱 なる競争力強化を目指し、製錬工程の効率化とコストダウ たスペースの中に、 どのように船倉やタンクを配置するか ら積み船とタンカーで個別に定められています。鉱硫船は 生産がスタートしました。同鉱山は当社グループの主導に ンを推進しています。 です。銅精鉱用の船倉を中央に、硫酸用タンクをその両側 その両方にまたがるため、どちらの規則を適用するか、あ より、2006年の権益取得以降8年という長い道のりを経 *3…各鉱山の銅生産量×各鉱山に対する当社グループの投資比率で計算 面に配置するという基本コンセプトはありました。通常、船 るいは両規則でカバーされていない部分についてどのよ 舶には、貨物の積み下ろし時に船体のバランスを保つため うに対応するかについて、関係当局(船級協会) との調整な に海水を注入するタンク (バラストタンク) や燃料(重油) タ どにも時間がかかりました。 ンクが必要です。 しかし、硫酸の積載時には隣接するバラス 近年の船舶建造においては、環境意識の高まりやエネル トタンクや、燃料タンクを使用できないなどといった制約 ギーコストの高騰を受け、燃料(重油)の使用量削減、CO2・ があります。もちろん船のサイズを大きくしたり、貨物の積 NOx・SOx等の排気ガス削減、バラスト水排出時の適正処 載スペースを削減したりすることは許されませんし、外洋 理などについての規制が強化傾向にあり、設計段階からの 正直不安もありました。 考慮が必要になります。鉱硫船は、これらの要求にできる 資 源 開 発 事 業( 海 外 銅 鉱 山 ) カセロネス (チリ) 金属製錬事業 金 属 製 錬 事 業( 数 量 は銅 地 金 生 産 能 力 ) 投資 JX日鉱日石金属 *4 77.37% *5 66.0% 39.9% 投資リターン ロス・ペランブレス (チリ) パンパシフィック・カッパー(PPC)(日本) LS-ニッコー・カッパー (韓国) 61万トン 56万トン *5 限り応えるようにしました。 鉱硫船という新たなスタンダード 世 界 有 数 の 生 産 能 力を誇る 15% 銅精鉱の 安定調達 エスコンディーダ (チリ) 実際の建造にあたっては、さらにさまざまな課題が発生 佐賀関製錬所 日立精銅工場 日比共同製錬 玉野製錬所 45万トン 16万トン *6 温山工場 56万トン *5 しましたが、運航や荷役の現場との密な調整により、何と 3% かこれらを解決することができました。最終的に就航した 時には、感無量の思いがありました。 コジャワシ (チリ) 鉱硫船という、それまでに前例のない新しいスタンダー *5 3.6% ドとなる船舶の建造を行ったことにより、当社にとっても 銅精鉱船倉からの荷役の様子 硫酸の 輸出 新たな技術的な蓄積が得られました。鉱硫船に盛り込んだ さまざまな工夫が、実際の運航や荷役作業に貢献してい *4…PPCの出資比率 ることを誇りに思います。 *5…JX日鉱日石金属の間接出資比率 *1…日本国内の輸送に従事する船舶 *2…日本国外の国際輸送に従事する船舶。外洋を航海するため、内航船と *7 34.0% 5.0% 三井金属鉱業 *6…生産能力26万トンのうち、PPCの出資比率相当 *7…三井金属鉱業の間接出資比率 (いずれも2014年3月末時点) 比較して安全基準などが厳しい 5 6 取材に関するお問い合わせ JX日鉱日石金属株式会社 広報・CSR部 TEL: 03-5299-7082 〒100-8164 東京都千代田区大手町二丁目6番3号 www.nmm.jx-group.co.jp
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