Ⅰ-1:ナノIR ~極微小部の赤外分析~

●[特集]TRCポスターセッション2013 Ⅰ-1:ナノIR ~極微小部の赤外分析~
[特集]TRCポスターセッション2013
Ⅰ-1:ナノIR
~極微小部の赤外分析~
構造化学研究部 馬殿 直樹
構造化学研究部 青木 靖仁
下側から赤外パルスレーザー光(パルス幅:約10ns、繰
り返し周波数:1kHz)が試料に照射され、上部のAFMで
試料の熱膨張を検出する。カンチレバーへの光照射によ
るノイズ発生を抑制するために、IRレーザー光はATR条
件で試料に照射される。この配置からわかるように試料
は薄膜(切片)化が必要となる。試料の厚みを数100nm
にすることで空間分解能も同程度にできる。カンチレ
バーは試料に接触しており、試料が光を吸収して熱膨張
1.はじめに
すると励振される。このとき得られる振幅がその波長で
の吸収強度に相等する1︶。試料が光を吸収しない場合は、
これまで極微小領域の分析は、電子線を用いた元素
熱膨張しないため、カンチレバーも励振されない。照
分析や化学状態分析が主であり、化学構造に関しては
射する赤外パルスレーザーはOPO(Optical Parametric
十分な情報が得られているとは言いがたい。特に赤外
Oscillator)により連続的に波長可変であるため、
波長(波
(IR)分光法は、試料の官能基情報が得られるため構
数)掃引しながらカンチレバーの振幅をプロットするこ
造解析には不可欠な手法であるにもかかわらず、光の
とで、吸収スペクトルと同等のスペクトルを得ることが
回折限界のため原理的に10μm以下の領域の分析は困
できる。なお、カンチレバーの減衰振幅プロファイルを
難であった。高屈折率のプリズムを利用する顕微赤外
フーリエ変換し、カンチレバーの固有振動モードごとの
ATR(Attenuated Total Reflection)法や、高強度のレー
強度検出も可能である。これを波長
(波数)
に対してプロッ
ザー光や放射光と近接場効果を組み合わせた近接場IRが
トする場合もある。その他、特定波長でのイメージング
考案されてきたが、空間分解能は数μmが限界であった。
や偏光を用いた配向分析も可能である。
しかし、最近、ナノIR(nanoIR , Anasys Instruments社
TM
製)という従来比100倍の空間分解能約100nmでIR分析
可能な画期的な装置が開発された。弊社でも本年6月か
3.ナノIRの適用例
ら稼動を開始したので、その原理や分析例を紹介する。
ナノIRが適した分析としては、樹脂界面分析(接着、
劣化、組成、拡散、等)
、海島構造の内外構造差(ポリマー
2.ナノIRの原理
ブレンド等)
、多層薄膜の組成分析、深さ方向の官能基
分布や配向分析、極微小異物分析(~100nmサイズ)、
ナノIRは、従来のIR法とは原理が全く異なる。従来
繊維、フィルムの内外構造差、添加剤の凝集・分散状態
のIR法は赤外光の吸収を光強度変化として検出していた
評価、微小部高分子高次構造解析(結晶性、配向性)な
が、ナノIRは、赤外光吸収に伴う試料の熱膨張として検
どが挙げられる。
出する。熱膨張の検出には、高さ方向の分解能に優れる
特に界面は表面に露出していないため、これまで、斜
AFM(Atomic Force Microscope)を利用しており、こ
め切削や研磨による前処理と赤外ATR法などの高感度表
のことから、AFM-IRとも呼ばれる。
面分析法を組み合わせた手法が主に用いられてきたが、
装置構成の模式図を図1に、測定原理を図2に示した。
これらの手法では、差スペクトルを取得する必要があ
図1 ナノIR装置の構成
8・東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar.2014)
図2 ナノIRスペクトルの取得原理
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図3 ア ルカリ処理ポリイミドフィルムのナノIRスペクトル(左下)とFT-IR-ATRスペクトル(左上)の比較、および
1720cm-1の強度マッピング(右)
り、深さ位置が不正確であるという問題点があった。ナ
間分解能約100nmでIR分析が可能となった。これは構造
ノIRでは断面方向から直接、目的位置のみのスペクトル
分析手法の中でも最高レベルであり、感度も非常に高
を高い空間分解能で測定することが出来るため、測定位
い。今後、これまでIR分析が不可能であった1μm以下
置も明確であり、差スペクトルを算出する必要もない。
の極微小領域の分析において非常に有用なツールとなる
以下に、アルカリ処理したポリイミドフィルムの表面
と考えられる。
変性部と内部の正常部との界面近傍を断面方向から分析
した例を紹介する。得られたナノIRスペクトルを図3に
示す。黒がフィルム内部の正常部、赤が変性部、青が界
5.参考文献
面のスペクトルである。従来のFT-IRスペクトルも合わ
せて示した。従来のFT-IRスペクトルは、フィルム表面
1)A. Dazzi, C. B. Prater, Q. Hu, B. Chase, J. F.
について処理前後でATR法により測定したものである。
Rabolt, C. Marcott, Appl. Spectrosc. 66, 1365-1384
正常部、変性部ともに従来のIRスペクトルとナノIRスペ
︵2012)
クトルがほぼ一致していることが分かる。
変性に伴い、イミド結合のC=O伸縮振動に由来する
1720cm のピーク強度が減少している。このピーク強度
︲1
のマッピング像を右に示す。正常部と変性部の境界が
■馬殿 直樹(ばでん なおき)
構造化学研究部 構造化学第1研究室 研究員
趣味:写真 明瞭であり、中間変性領域がナノIRの空間分解能(約
100nm)以下の幅しかないことが分かる。ナノIRの測定
位置の正確性および高い空間分解能が活かされた分析例
である。
■青木 靖仁(あおき やすひと)
構造化学研究部 構造化学第₂研究室 研究員
趣味:映画鑑賞
4.まとめ
上述のように、ナノIR装置により、従来比100倍の空
・9
東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar.2014)