「対テロ戦争」の開始 - econ.keio.ac.jp

現代資本主義論 第 5 章
第 5 章 ブ ッ シ ュ 政 権 期 の 政 策 と そ の 帰 結 (Text 第 7 章 )
9.11 同時多発テロ
「対テロ戦争」の開始
「新帝国主義」戦略*の採用
*アメリカの「聖域」性を再建しアメリカの国益を維持・拡大するために,その卓越した軍事力
と「復活」した経済力とを背景として,主権国家に対して単独行動主義による先制攻撃・予防
戦争も辞さない戦略
「対テロ戦争」としてのアフガニスタン戦争・イラク戦争⇒長期化・泥沼化 (第 1 節)
アメリカの軍事支出急増→財政収支の赤字への再転落・赤字額の累増
経常赤字のいっそうの膨大化と「危うい循環」の深化・不安定性の増大 (第 2 節)
第 1節 「 新 帝 国 主 義 」 戦 略 と 「 対 テ ロ 戦 争 」 の 性 格
(1) 「 対 テ ロ 戦 争 」 の 開 始 と 「 新 帝 国 主 義 」 戦 略 の 採 用
① アフガニスタン攻撃開始の経過
2001.9.11 同時多発テロ発生・ブッシュ大統領の非常事態宣言
9.12「対テロ戦争」開始宣言・国連安保理決議 1368*採択
*テロ攻撃=「国際の平和および安全に対する脅威」と認定
加盟国の個別的自衛権と集団的自衛権を確認
テロ攻撃の実行者・組織者および支援者を裁くための共同対処を国際社会に呼びかけ
テロ攻撃の実行者・組織者および支援者を援助・支持または匿う者の責任も問う
ブッシュ政権がテロの首謀者をオサマ・ビンラーデンと断定
⇒引き渡し要求を拒否したタリバン政権をテロ支援者と位置づけ
9.28 国連安保理決議 1373*採択
*国連憲章第 7 章に言及=「平和に対する脅威」に対して「軍事的強制措置」をとりうる
国連加盟国に対してテロの防止と制圧に緊急に協力することを要請
決議 1368+決議 1373
⇒アメリカ:個別的自衛権,アメリカの同盟国:集団的自衛権の発動
⇒テロの実行者でないタリバン政権に対する軍事攻撃承認と解釈
10.7 アフガニスタンに対する「不朽の自由作戦 (Operation Enduring Freedom, OEF) 」開始
11.13 多国籍軍と北部連合軍がカブール制圧・タリバン政権崩壊
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現代資本主義論 第 5 章
② 「新帝国主義」戦略の創出・採用
アフガニスタン攻撃の経過⇒「対テロ戦争」戦略の創出
アメリカの軍事力による攻撃対象:
テロ実行者・計画者
それらを支援し秘匿する勢力および国家
⇒テロ組織を分断・孤立⇒アメリカの「聖域」性の再建
ブッシュ政権の「国家安全保障戦略」 (2002.9)
テロ組織・テロ支援国家 (とアメリカがみなす)に対する先制攻撃・予防戦争戦略
単独行動主義:国連や国際社会の承認を軍事力行使の必須条件としない
戦略行使の対象は実際にテロを実行した組織・国家に限定されない
=「新帝国主義」戦略:
アメリカの「聖域」性を再建し国益を最優先するために,その卓越した軍事力と「復活」した経
済力とを背景として,主権国家に対して単独行動主義による先制攻撃・予防戦争も辞さない戦略
③ 「新帝国主義」戦略の実行:イラク攻撃
ブッシュ大統領の一般教書演説 (2003.1.28):
イラクの WMD*保有・開発疑惑を強調しイラク攻撃への決意を表明
*Weapons of Mass Destruction:大量破壊兵器
2 月 14 日:国連安保理でブリクス UNMOVIC 委員長とエルバラダイ IAEA 事務局長がイラクの
WMD 査察継続を要望
ブッシュ大統領が国連安保理の支持がなくてもイラク攻撃を辞さない姿勢を示す
2 月 25 日:米・英・西 3 カ国が対イラク武力行使容認決議案を国連安保理に提出
仏・独・露 3 カ国が対イラク査察強化案を国連安保理に提出
2 月 27 日:WMD 廃棄に関する南アフリカの専門家チームがイラク側との 4 日間の技術協議後,国
連査察継続が望ましいとの考えを表明。
2 月 28 日:ブリクス UNMOVIC 委員長がイラク査察活動についての国連安保理での定例報告で,
イラクの地対地弾道ミサイル「アッサムード 2」廃棄表明を高く評価。
3 月 7 日:米・英・西 3 カ国が対イラク攻撃容認修正決議案(17 日を最終期限とする最後通告によ
る武力行使)を国連安保理に提出
国連安保理外相級会合でブリクス UNMOVIC 委員長が査察の前進を強調し査察継続を
要請,エルバラダイ IAEA 事務局長はイラクに核開発の証拠はないと報告。
3 月 16 日:米・英・西 3 カ国が対イラク攻撃容認修正決議案の安保理での採決断念で合意
国連安保理構成国の大勢はイラク攻撃の時期尚早・査察継続を支持
3 月 19 日:イラク攻撃作戦「イラクの自由作戦 Operation Iraqi Freedom, OIF」開始
4 月 7 日 :フセイン政権崩壊
5 月 1 日 :ブッシュ大統領が主要戦闘作戦の終了を宣言
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現代資本主義論 第 5 章
(2) ド ル の 基 軸 通 貨 特 権 と 「 対 テ ロ 戦 争 」
① ア メ リ カ 経 済 の 「 繁 栄 」 と 基 軸 通 貨 特 権 (第 3 章 , 第 4 章 )
80 年代~90 年代のアメリカ経済の「繁栄」⇒経常赤字累増
⇒ドルの基軸通貨としての地位を基盤とする「危うい循環」によってファイナンスさ
れる限りで「繁栄」の持続可能
⇔ドルの基軸通貨としての地位低下
→「危うい循環」の部分的切断または「ハブ」機能の低下
→「繁栄」は一挙に瓦解する危険性
② EU 共 通 通 貨 ユ ー ロ の 創 出 と ユ ー ロ 建 て 石 油 取 引 の 拡 大
1999 年 1 月:EU 内 11 カ国による共通通貨ユーロの使用開始
⇒EU 諸国間の貿易・資本取引通貨および為替媒介通貨としてのドルの地位喪失
2000 年 10 月:「食料のための石油計画 (Oil for Food Program, OFP)」にもとづくイラク
の石油売却代金のユーロ建てへの変更決定
2002 年 8 月:イランの石油輸出のユーロ建てへの変更方針の報道
⇒中東産油諸国のユーロ建て石油取引の拡大の可能性
世界の原油・天然ガス生産量に占める OPEC 諸国の割合=40.1%
OPEC 諸国の生産量のうちイラクとイランの占める割合=22.4%
世界の原油の確認埋蔵量のうち中東地域のしめる割合=54%
⇒ドルの貿易取引通貨としての地位の低下⇒ドルの基軸通貨としての地位低下
⇒「危うい循環」の崩壊⇒ドルの基軸通貨特権の喪失
=アメリカの経常赤字継続は不可能⇒アメリカの「繁栄」の瓦解
③ イラク攻撃の理由
(a) 大 義 名 分 と そ の 虚 構 性
WMD 保有疑惑⇒国際機関による査察継続・核開発の確証無し
テロ支援国家⇒アル=カーイダと協力関係無し
民主化⇒軍事力行使による政権打倒の緊急性無し
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現代資本主義論 第 5 章
⇒国連安保理での決議無しにイラク攻撃を強行する理由とはならない
(b) ア メ リ カ の 国 家 安 全 保 障 に と っ て の 意 味
反米国家への予防先制攻撃によるアメリカの「聖域」性の再建
⇔反米国家はイラクだけではない!
*なぜ攻撃対象がイラクだったのか?
(c) 経 済 的 意 味
中東原油のドル建て取引の維持⇒ドルの基軸通貨特権の死守
イラク攻撃によるフセイン政権打倒
⇒イラクの石油取引のドル建てへの復帰
⇒「危うい循環」崩壊の回避
(3) 「 対 テ ロ 戦 争 」 の 現 状 *
* Text 第 7-1~3 図,最新のデータは私のウェブサイト参照
アフガニスタン攻撃とイラク攻撃の直接的目的:
タリバン政権とフセイン政権の打倒⇒成功
「対テロ戦争」の究極的目標:「危うい循環」の維持とアメリカの「聖域」性の再建は?
① アフガニスタン情勢
2004 年 12 月 カルザイ大統領就任・新政府発足
2005 年前半 復活したタリバン勢力がその力と支配地域を拡大
⇒タリバンやアル=カーイダ系武装勢力による多国籍軍・アフガン軍への攻撃増大
⇒多国籍軍による武装勢力掃討作戦と武装勢力の反攻との悪循環
⇒多国籍軍兵士の死者と Collateral Damage としてのアフガン民間人の死者累増
*戦争の長期化・泥沼化⇒多国籍軍の 2014 年末までの撤退計画
② イラク情勢
主要戦闘作戦終了宣言後,07 年まで有志連合軍の死者はむしろ増加
2006~07 年には「内戦」状態となり民間人死者が急増
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現代資本主義論 第 5 章
フセイン政権崩壊後の治安情勢悪化の諸要因
(a) シーア派系反米民兵組織(サドル師派のマフディ軍団 5~6 万人規模)による外国占領軍への攻撃
(b) 外国占領軍とシーア派主体のイラク政府に反発するスンニ派系住民に支援されたアルカイダ系
武装勢力による占領軍への攻撃とそれに付随する民間人の犠牲者の発生
(c)フセイン政権時代の軍関係者に由来するスンニ派系武装勢力の占領軍やシーア派住民への攻撃
(d)内務省治安部隊内の‘暗殺集団 Death Squads’によるフセイン政権関係者の暗殺
(e)これらにもとづく報復攻撃の連鎖
2007 年秋以降の治安情勢の改善
治安情勢改善の諸要因
(a) 07 年 3 月以降のイラク駐留米軍の 3 万人増派=ピーク時 16 万人規模による武装勢力掃討作戦
(ブッシュ大統領およびイラク多国籍軍のペトレイアス司令官の主張)
(b) スンニ派系武装勢力(反米・反イラク政府闘争の主力の 1 つ)の懐柔策:月 300 ドルの給与と武
器の供与による 10 万人規模の自警団組織(サフワ等)創設
=米軍・イラク政府にとって 20 万人の兵力増強の意味
(c) 07 年 8 月にサドル師派のマフディ軍団が反米・反占領軍攻撃を停止(占領軍撤退後の政治的・軍
事的影響力保持のために勢力温存?)
2011.12.14 オバマ大統領のイラク戦争終結宣言:「勝利」への言及無し
12.18 イラク駐留米軍の全面撤退完了
シーア派主体政権とスンニ派・クルド人との対立・抗争激化
治安部隊やシーア派住民に対する攻撃事件持続 (09 年以降も毎年 4000 人近い死者)
(4) 終 わ ら な い 「 対 テ ロ 戦 争 」
「対テロ戦争」が長期化・泥沼化する根本的な原因:
非国家勢力に対する国家の軍事力の限界
国家の軍事力=国家間の正規軍同士の戦争を前提
(a) 国 家 間 の 戦 争
1. 国家組織という地理的・国際法的に明確な存在を対象
2.軍事力による敵国の経済・社会に決定的な打撃または国家の中枢部の崩壊
⇒敵国が降伏=明確な勝利によって戦争終結
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現代資本主義論 第 5 章
(b) 非 国 家 勢 力
1.中枢部・組織が地理的に明確に存在していない=「敵」の概念が曖昧
2.IT 化・ネットワーク化の進展⇒活動範囲のグローバルかつ柔軟な拡大が可能
3.広範な民衆の支援がある場合⇒民間人のなかに潜伏しゲリラ的攻撃
⇒国家の軍事力にとって攻撃対象の明確な限定が困難
(c) 「 新 帝 国 主 義 」 戦 略 :
攻撃 対象 をテロの実行者・組織者⇒支援者・支持者・秘匿者にまで拡大
⇒「対テロ戦争」の勝利のためには攻撃対象が無限に拡大する可能性
国家の軍事行動による非国家武装勢力の殺害および Collateral Damage の発生
⇒犠牲者の親族・関係者の非国家武装勢力への参加
⇒非国家武装勢力の増強=戦争は終わらない!
ジョン・マーサ米下院議員(民主党):「この戦争は軍事的に勝利することはできない」
アフガニスタン駐留米軍のマックリスタル司令官:米軍が 10 人の武装勢力のうち 2 人を殺害
→武装勢力の数は 10 人-2 人=20 人(以上)
第 2節 投 機 的 金 融 取 引 の 盛 行 と 「 危 う い 循 環 」
(1) 2000 年 代 初 頭 の 経 済 停 滞 と 財 政 赤 字 の 増 大
① 経済停滞
1992~2000 年の実質 GDP 増加率:年平均 3.8%
⇒2000 年第 4 四半期 1.9%→01 年 1.1%→02 年 1.8%
(a) 非 住 宅 民 間 固 定 資 本 形 成 増 加 率 : 2000 年 9.4%→ 01 年 - 2.8% → 02 年
設備・ソフトウェアへの投資:2000 年 10.5%→01 年-3.2%→02 年
=IT 関連の新生産部門形成投資の頭打ち→関連部門の
も減少
(b) 製 造 業 設 備 稼 働 率 : 2000 年 79.7%→ 01 年 73.7% → 02 年 72.8%
(c) 個 人 消 費 増 加 率 : 2000 年 5.1%→ 01 年 2.7% → 02 年 2.7%
=9.11 同時多発テロ後の株価の低下
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%
%
現代資本主義論 第 5 章
→90 年代のキャピタル・ゲイン増大による所得増大・資産効果にもとづく
消費増大のメカニズム消滅
② 財 政 収 支 の 赤 字 転 落 ・赤 字 額 累 増
景気後退→税収
対テロ戦争の開始・長期化→軍事支出増大
(a) 財 政 収 支
01 年 1282 億ドルの黒字→02 年 1578 億ドルの
→08 年 4586 億ドルの
(b) 連 邦 政 府 債 務 残 高
2000 年度 5 兆 6287 億ドル (対 GDP 比 56.6%)
→08 年度 9 兆 9861 億ドル (同 69.5%,総国内貯蓄の 5.6 倍)
(c) 対 テ ロ 戦 争 の 費 用
01 年度~08 年度の累計額 7923 億ドル (OIF に 5905 億ドル,OEF に 1680 億ドル)
同期間の財政赤字増加額:6948 億ドル
(2) 投 機 的 金 融 取 引 の 連 鎖 的 膨 張 に よ る 実 体 経 済 の 回 復
① ブッシュ政権の政策と景気回復
金利の大幅引き下げ
公定歩合:2000 年 5.73%→02 年 1.17%,プライム・レート:同 9.23%→4.67%
住宅投資を景気対策の柱:
返済当初 2~3 年は元本返済なし・金利支払いのみ。住宅ローン利子の所得控除
住宅投資増加率:01 年 0.6%→02 年 5.2%→03 年 8.2%→04 年
%
個人消費増加率:01 年 2.7%→02 年 2.7%→03 年 2.8%→04 年
%
⇒実質 GDP 増加率:01 年 1.1%→02 年 1.8%→03 年 2.5%→04 年 3.6%
② サ ブ プ ラ イ ム ・ロ ー ン と 「 証 券 の 証 券 化 」 に よ る 投 機 的 取 引 の 拡 大
(a) 住 宅 ロ ー ン 債 権 の 証 券 化
住宅ローン専門会社:住宅ローン債権を証券組成金融機関に売却
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現代資本主義論 第 5 章
⇒ローン利用者の返済能力の充分な審査なしに住宅ローン契約実行
⇒サブプライム層*への住宅ローン提供
*過去にローン返済延滞などがありローン返済能力・信用力不足と評価されている階層
金融機関:多数の住宅ローン債権を集めて RMBS*を組成し投資家に販売
住宅ローン債権担保証券(Residential Mortgage Backed Securities)
⇒貸し倒れリスクの
(b) CDO (Collateralized Debt Obligation)
証券組成金融機関は
RMBS
ABS(クレジットカード債権などの資産担保証券 Asset Backed Securities)
などを集めて,これらから得られるキャッシュ・フローを裏づけとして
異なるリスク・ランクの原証券を混成し新証券=CDO を組成
ローリスク・ローリーターンの優先証券からハイリスク・ハイリターンの劣後証券まで
⇒リスクの分散・移転
(c) CDS (Credit Default Swap)
:信用リスク (≒貸し倒れリスク)を回避するための保険類似のデリバティブズ
例:A と B の間で債権・債務関係が発生:A→100 万ドル→B
B の債務不履行発生の場合 A は 100 万ドルの損失
1.このリスク回避のために CDS を作成
金融機関 C は B が債務不履行となった場合に A が損失額 100 万ドルを受取る権利
=
を販売
A は C に毎年一定率の保証料=
を支払い
⇒C はこの CDS を投資家に販売
2.B が債務を完済した場合
A が受け取る額:元金 100 万ドル+利子α-プレミアム
C はプレミアムを受け取るだけ
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現代資本主義論 第 5 章
3.B が債務不履行となった場合
A が受け取る額:元金 100 万ドル-支払ったプレミアム
C が支払う額:プロテクション 100 万ドル-受け取ったプレミアム
AはBの
を厳密・慎重に審査することなく資金提供可能
C は B の債務
がない限りプレミアムを受け取るのみ
(d) CDO+ CDS⇒ サ ブ プ ラ イ ム ・ ロ ー ン の 増 大
住宅ローン提供会社は住宅ローン債権の証券化によって貸し倒れリスク
⇒住宅ローン債権購入者の金融機関は RMBS の組成・販売によってリスク
⇒RMBS 購入者の証券組成金融機関は CDO によってリスクの分散・移転
⇒CDO 購入者は CDS によってリスク
これらのデリバティブズ取引盛行・値上がり→キャピタル・ゲイン増大
サブプライム・ローン増大→住宅価格上昇⇔住宅需要増大のスパイラル
⇒住宅投資の増大→関連部門の生産・投資増大→景気回復
③ 住宅価格上昇と個人消費の増大
(a) ホ ー ム ・ エ ク イ テ ィ ・ ロ ー ン :
住宅の純資産価値(住宅の 資産価値-住宅ローン残高 )を担保として金融機関が低利で消費者
ローンを提供する制度
住宅価格上昇=住宅の資産価値
→ホーム・エクイティ・ローンを利用した
を刺激
ホーム・エクイティ・ローン残高:08 年 3 月で 8800 億ドル(02 年の約 3 倍)
→住宅ローン需要増大を促進
さらにホーム・エクイティ・ローン返済を引き当てとした ABS の発行
(b) キ ャ ッ シ ュ ア ウ ト ・ リ フ ァ イ ナ ン ス :
住宅ローンの借換え時に住宅の資産価値上昇分の借入額を増やし現金化できる制度
住宅ローン金利低下・住宅価格上昇
→キャッシュアウト・リファイナンスを利用した消費拡大
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現代資本主義論 第 5 章
(a)+(b)
⇒個人消費の増大・個人貯蓄率の低下 (90 年代 5%台,2000 年代前半 3%前後,05 年には 1.4%)
→景気回復
④ 住宅価格上昇に依存した景気上昇と投機的取引の限界
(a) 証 券 化 商 品 に よ る リ ス ク ・ ヘ ッ ジ の 理 論 の 誤 謬
1.リスク・ヘッジの考え方
返済不能リスクの高いサブプライム・ローン債権を多数集めて証券化
⇒債権回収不能の確率は「大数の法則」に従う
大 数 の 法則 :サ イ コ ロの 特定 の 目 の出 る確 率 , 生命 保険 な ど の保 険料 率 設 定の 理論 的 基 礎
=サブプライム・ローン利用者の過去の経験的な返済不能率
債務者の失業によるローン返済不能率:個々人の確率は厳密な審査が必要
⇔多数で多様な債務者の返済不能率=その時点の
率程度と推定
2.このリスク・ヘッジの理論の前提:
債務者個々の返済不能率は他者のそれと無関係
全体の返済不能率も過去の経験的な返済不能率が将来も大きく変化
サイコロの目の確率や生命保険の保険料率の設定の場合=前提が成立
住宅ローンの返済不能率は?
ある債務者の勤務する会社の業績悪化・倒産
→取引や
の連鎖を通じて他の会社の業績悪化・倒産の可能性
景気後退による業績悪化
→債務者全体の返済不能率を
させる可能性
⇒リスク・ヘッジの前提は成立しない
(b) 住 宅 価 格 は 上 昇 し 続 け る か ?
住宅価格が上昇し続けることを前提とすれば
住宅ローンの返済不能の発生→担保の住宅
- 5-10 -
→債権
=リスクは現実化しない
現代資本主義論 第 5 章
住宅価格上昇の限界
=最終需要者の
によって規定される購入可能限度額
住宅価格がこの限度額を超えれば?
→住宅需要減少→住宅価格低下
⇒住宅価格上昇に依存した景気上昇にブレーキ
→返済不能率の
→債権回収のための住宅売却の
→住宅価格低下
→住宅売却による債権回収不能
⇒サブプライム・ローン増大と結びついた投機的金融取引累増の限界
=住宅価格上昇と個人消費増大に依存した景気上昇の限界
(3) 経 常 赤 字 の 累 増 と 「 危 う い 循 環 」 の 拡 大 ・ 不 安 定 性 の 増 大
① 経常赤字と貿易赤字のいっそうの累増
財政収支と経常収支 (Text 第 7-7 図)
12
-1,000
-800
10
-600
8
-400
6
-200
4
0
財政収支
経常収支
プライム・レート
実効為替レート
200
2
400
0
90
95
2000
05
年・年度
[備考]財政収支と経常収支は左目盛りで単位は 10 億ドル,軸は反転してある。
実効為替レートは 1973 年=10 として表示,プライム・レート(%)とともに右目盛り。
経常赤字累増:GDP 比は 2001 年の 3.9%→06 年 6.0%
90 年代の貿易赤字累増体質の継続(景気上昇⇒
「対テロ戦争」長期化:海外軍事支出・対外援助の
- 5-11 -
増大)
現代資本主義論 第 5 章
② 経常赤字のファイナンス構造
資本収支
経常赤字
政府資本
収支
対米民間投資
(資本流入)
民間資本
うち財務省
証券
収支
対外民間投資
(資本流出)
うち財務省
直接投資 証券投資 直接投資
証券
証券投資
1997-2000
▲ 268.4
21.9
▲ 2.4
228.6
11.1
223.8
280.2
▲ 157.9
▲ 124.3
2001-02
▲ 426.9
67.6
47.1
382.7
43.0
125.7
381.6
▲ 148.4
▲ 69.6
2003-05
▲ 631.1
320.4
190.4
268.2
105.8
107.5
456.6
▲ 167.3
▲ 189.5
2006-07
▲ 755.5
477.2
153.5
218.1
4.3
232.2
648.6
▲ 329.5
▲ 365.8
(a) 2001~ 02 年 : 民 間 資 本 収 支 の 黒 字 (3827 億 ド ル )中 心
(b) 2003~ 05 年 :
対米民間証券投資累増⇔対外民間証券投資増加
→民間資本収支の黒字減少(2682 億ドル)
⇔政府資本収支の黒字激増(676 億ドル→3204 億ドル)
(c) 2006~ 07 年 :
対米民間証券投資累増⇔対外民間直接投資および証券投資急増
→民間資本収支の黒字減少(2181 億ドル)
⇔政府資本収支の黒字累増(4772 億ドル)
③ 対米民間投資と外国政府の対米投資の累増
(a) 対 米 民 間 投 資
アメリカ経済の「繁栄」とドル安傾向⇒高水準の対米直接投資の維持
サブプライム・ローンを軸とする多様な金融商品への投資
→証券価格上昇⇔キャピタル・ゲイン目的の投機的な外国資金流入
⇒巨額の民間資本収支黒字の維持
(b) 外 国 政 府 の 対 米 投 資 : オ イ ル ・ マ ネ ー と ア ジ ア ・ マ ネ ー
石油価格の上昇:03 年初め 1 バレル 30 ドル台→08 年 7 月 140 ドル台
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現代資本主義論 第 5 章
ドル
160
140
120
100
80
60
40
NY 商業取引所
20
2003
04
05
06
07
08
年
West Texas Intermediate の期近物の価格
中国の外貨準備:2001 年 2122 億ドル→08 年 1 兆 8088 億ドル
(c) 外 国 政 府 ・ 民 間 資 本 の 対 米 投 資 持 続 の 意 味
アメリカの経常赤字の累増⇒外国政府・民間資本保有のドル資産の累増
アメリカへの資本流入減少→ドル暴落の発生⇒ドル資産の急速な減価
ドル体制・「危うい循環」維持の必要性
ドル資産の他国通貨建て資産への転換のインセンティブ上昇
⇒「危うい循環」の不安定性増大
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