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環境問題と CO2 排出権取引市場

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環境問題と CO2 排出権取引市場
―金融のグローバライゼーションをめぐって―
中村 尚司
1、地球温暖化問題の虚実
地球温暖化が現実に進行しているのか。それとも、氷河期や間氷期のような長期的な気
温変動の一環にすぎない現象か。大気圏における二酸化炭素濃度の上昇が、人びとの暮ら
しを困難にするのか。それとも、二酸化炭素を固定化し炭坑や油田の廃坑跡に埋めれば解
決するのか。既存の地球物理学が解明した範囲の知見では、解答に必要なデーターが極め
て不十分である。銀河系の微細な構成要素である私たちの惑星が、どのように複雑な要因
によって変化しつつあるのか、政治家も企業経営者も経済学者も G8 のような国際会議の場
で、明確に答えることができないはずである。しかし、彼らは、答えられない問題に答え
ようとしている。たとえ答えは解らなくても、危機感を煽るのが報道メデイアの属性であ
り、人びとは G8 の指導者とマスコミの双方から、答えのない難題を課せられ強いられてい
る。
地球は長い歴史を持つ、複雑な組成の惑星である。人為的な CO2 排出と関係のない、太
陽活動の変動やピナツボ火山爆発のような地殻変動は、地球に飛来する放射線量とともに、
雲の凝集核を変え大気の温度を決める最大の要因である。しかし、温室効果ガスとして CO2
の 10 倍以上の水蒸気に関する記述は、CO2のみを重視する「気候変動に関する政府間パネ
ル(IPCC)」の第 4 次報告書(2007 年)から消えた。温暖化にも寒冷化にも、さまざまな
証拠や理論がありうる。天文学、地球物理学、気象学などの研究分野で、もっと地道なデ
ーターの集積と解析が必要であろう。
かつてローマ・クラブによるシミュレーションが、資源の枯渇による『成長の限界』(1972
年)という警鐘を鳴らしたことがある。そこで取り上げられていた多くの地下資源は、予
測と異なり枯渇しなかった。しかしながら、地下資源の浪費を防ごうという、呼びかけそ
のものは貴重であり、その副産物として私たちの暮らしのあり方を見直すきっかけとなっ
た。アル・ゴアや「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が、質素な暮らしの豊かさを
教えてくれるのなら、その政治的な意図とは別に得難い副産物となろう。
未解明の領域が多い地球温暖化問題が、金融による世界支配を進める G8 の主要議題にな
るのはなぜだろうか。金融のグローバライゼーションという名目を掲げて、民衆の収奪を
さらに進めるのであれば、その副産物をありがたがってばかりもいられない。炭酸ガス排
出権の取引市場を促進しようという構想について、イラク派兵に巨額の軍事費と兵力を投
下する政治家たちが、なぜそんなに熱心になるのか見過ごすことはできない。
いうまでもなく、環境の負担を少なくし、永続可能な経済社会を築くことに反対する人
はいないであろう。しかし、排出権の取引市場の形成が目指しているのは、永続可能な暮
らしのあり方とは似て非なるものであり、新たな世界支配の秩序形成である。その背後に
ある問題点を検討しよう。
2、市と市場
日本語では同じ漢字で「市場」と書いて、
「イチバ」と読んだり「シジョウ」と読んだり
する。安富歩の研究は、経済学理論における「シジョウからイチバ」への道を歩もうとし
ている 1 。二通りの市場が存在するのは、必ずしも日本社会に固有のことではないが、二
通りに読み分けることにより、現代日本人が虚構の市場と現実の市場を意識的に区分する
のは、日本近代の「生きづらさ」によるともいえよう。
実在する商品を取り扱わず、社会関係のみを売買する土地市場、労働市場および信用市
場の展開が引き起こす「生きづらさ」について、筆者はかつて『地域自立の経済学』にお
いて論じた 2 。ここではまず、炭酸ガス排出権の取引市場もまた、そのような社会関係を
商品化する流れにあることを指摘しておきたい。呼吸作用により酸素を取り入れ、炭酸ガ
スを出す生物の一員である私たちにとって、炭酸ガス排出権の取引市場の創造は、時代の
公権力が強いる「生きづらさ」である。明治以前の日本語には「シジョウ」がなく、
「イチ」
しか存在しなかった。このイチは、おそらく古代コリア語につながる音韻であろう。
『出雲風土記』嶋根郡によると、宍道湖と中海の間にある現在の松江市朝酌町付近に、
「イチ」が開かれ物品だけでなく、人びとの交流の場であったことが記されている。「男も
女も時々むらがり集い、ある旗の染みて帰り、あるは耽り遊びて帰らむことを忘れ、常に
うたげする地なり」とある 3 。古代の「イチ」は「シジョウ」と違って、交換だけでなく、
交渉、交流、交遊、交信の場であった。「シジョウ」とは反対に、「生きづらさ」を解消す
る場でもあったと思われる。
3、摩耗と増殖
1921 年に放射性同位元素の研究でノーベル化学賞を授与されたソディ(Frederick
Soddy)は、物質が摩耗したり崩壊したりする過程を解明した。しかし、銀行に預金した通
貨が時間の経過とともに増殖することに疑問を持ち、その解明に没頭する。いうまでもな
く、物質である紙幣や金属貨幣は、預金しなければ増えないどころか、他の物質と同様に
摩耗したり崩壊したりする。虚構の市場が、現実の摩耗を防いでいるかに見えるだけであ
る。摩耗する現実の商品は市場で取引され、その需要と供給に応じて価格が決まる。他方、
金利をめぐる金融市場は、人びとの感性からかけ離れているばかりでなく、人びとの暮ら
しを支配する仮想の市場である。金融市場で自己増殖する貨幣は諸悪の根源であり、ソデ
ィによれば虚構の富を形成する貨幣の役割が抑制されなければ、戦争と革命による人類の
破滅をもたらすことになる 4 。
ソディの予告通り、第 2 次世界大戦と社会主義革命を体験したのちも、多くの経済学者
はソディの研究に関心を示さず、虚構の市場メカニズムを新古典派総合として体系化して
きた。玉野井芳郎はこの潮流を批判し、実物的な根拠を持つ経済研究の実践的な課題に取
り組んできた。エントロピー学会の室田武 5 と桂木健次 6 はソディの議論を紹介し、その継
承を目指している。この小論も、その延長線上の試みである。
教科書的な経済学は貨幣について、現実の商品交換を媒介する役割や資産価値を保全す
る役割を教える。古来、人類史における貨幣の役割は、もともと実物経済の一環であった。
貝殻のお金や和同開珎と同じように、現在私たちが使っている円やドルもまたその役割を
2
失ってはいない。しかし、現代社会における円やドルの主たる役割は、実在を離れて権力
行使と重なる新たな神である。しかも人びとの暮らしを助ける神ではなく、最終的に破壊
する神である。
たとえば、生産費も消費量も変わらないのに、価格が急騰している石油製品は、商品と
しての有用性とは関係なく、金融市場の影響を受けているマネーゲームの対象である。虚
構の市場が、オプション・トレードとして拡大すると、穀物も食べるための必要物として
取引されるのではなく、単なる金儲けの材料になる。結果として、世界各地で食糧不足に
苦しみ、飢える人びとが増加する。
銀行制度による貨幣の増殖が可能になるのは、ヨーロッパ近代が実現する「信用創造」
という擬制的な神の誕生に由来する。それまでキリスト教は、イスラーム教と同様、他者
に金を貸して、期間に応じた金利を取ることを禁止していた。カトリック教会だけでなく、
プロテスタント各派の教会も巻き込んで 16、17 世紀に続けられた大論争の結果、イングラ
ンド銀行による徴利を認めるようになった経緯は、R.H.トーニーの研究『宗教と資本主義
の興隆』に詳しい 7 。18 世紀のヨーロッパにさかのぼる銀行業の起源は、質屋の金貸しで
ある。質屋の金庫に目をつけた事業家が、当面使わない金貨を安全に保管してもらった。
そこで質屋は本業とは別に、現金を預かり「預り証」を発行する商売を始めた。しばらく
すると「預り証」、それ自体を取引の手段に使うようになった。質屋に行って「預り証」を
金貨に換えて買い物をするより、手間が省ける便利だからである。
質屋は他人の貴金属を担保に、兌換紙幣を発行して貸し出し、金利を取りはじめた。質
屋は金庫に持っている貴金属以上に、紙幣を発行して金利を稼ぐようになる。この質屋の
発行する紙切れが、お金の正体である。もちろんその質屋は自分が持っていないものを貸
しているわけだから、詐欺以外のなにものでもない。しかし、誰にも質屋の金庫の中身は
わからない。借り手は、質屋が貴金属をたくさん持っている、と思い込んでいるためにだ
まされる。
4、永続不可能な「信用創造」
神ならぬ人間が行う「信用創造」とは、銀行がその貸し付けを通して貨幣請求権を発生
させる現象である。徴利を公認された銀行の発行する間接証券には、それ自体通貨として
機能する要求払い預金が含まれる。そのため銀行は、間接証券で貸し出しや投資を行うこ
とができる。銀行が自ら創出した信用で与信業務を行うことを意味する。ヨーロッパの歴
史を振り返ると、このような詐欺まがいの「信用創造」は、キリスト教が禁止する金貸し
業を営むユダヤ人への差別の根拠となっていた。
現在では、このような行為が信用創造として、合法的に認められている。日常的には、
虚構の商品の方が実物の商品よりも、はるかに大きな価値をもつようになる。金融史上、
銀行の金庫に発行している紙幣と同等の貴金属がないのでは、と疑った人たちが押し寄せ
て、取り付け騒ぎを起こしたことがある。そのためにつぶれた金融機関もある。現代の銀
行が最も恐れていることも、取り付け騒ぎである。銀行はこの経験から学び、銀行同士で
現金を融通するようになる。ひとつの銀行で取り付け騒ぎが起きたとしても、他の銀行か
ら現金を持ち込めれば、平静を装うことができる。この銀行間の助け合いを、インターバ
3
ンク市場と呼んでいる。
経済危機が起きるとよく、大きな金融機関はつぶせない、という議論になる。大きな金
融機関がつぶれた場合、他の金融機関でも取り付け騒ぎがおこり、実は銀行の金庫は空だ
った、ということが白日の下にさらされてしまう。さらには円やドルという紙幣には何の
価値もないということがわかってしまう。この現象の軽いものを金融業界ではインターバ
ンク市場やコール市場の不全とか信用収縮だとか呼んでいる。
商業銀行は銀行券でお金を貸し出し、金利を稼いできた。借り手が事業に失敗したりし
て返済が出来なくなると、借り手の事業をのっとったり、土地所有権や金目のものを取り
上げた。自分は持っていない貨幣の信用を創造して、相手が生産したものや所有している
ものを手に入れる、これが金融資本の蓄積である。中央銀行としてのイングランド銀行誕
生以前は「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉があるように、正貨そのものに実物として
貴金属の価値があった。しかし、イングランド銀行の誕生以降、通貨は政府や市中銀行が
借りに来たときに発行されるようになった。
そして、中央銀行の設立によって、通貨流通量の調整により、経済危機の緩和を図る方
式が一般化している。公定歩合と預金準備率がその手段である。日常的な中央銀行の金融
政策としては、前者にメディア関心が集まりがちである。しかしながら円滑な「信用創造」
にとっては、後者の方があるかに重要である。現在の預金準備率は、預金の種類によって
違うが、概ね 1%以下である。預金準備率が 1%であった場合を例に説明すると、次のとお
りである。
日本銀行が A 銀行に 100 万円の資金を供給する。A 銀行はこの資金を X 社に融資し、X 社
が B 銀行に保有している預金口座に振り込む。B 銀行が預かる預金が 100 万円となり、B 銀
行はこの 1%にあたる 1 万円を日銀の当座預金に預け入れる。B 銀行は残り99万円を Y 社
に融資し、Y 社が C 銀行に保有している預金口座に振り込む。という連鎖が繰り返し起こ
り、結局 A 銀行以下の商業銀行が預かっている預金額の合計は、中央銀行が供給した資金
100 万円の 1/001=100 倍となる。つまり商業銀行は 100 万円の預金を預かることで、9900
万円を貸し出すことを公に認められている。
民間企業や個人は市中の商業銀行から融資を受ける。中央銀行は紙幣を印刷して、市中
銀行に貸す。つまり、民間企業や個人が今後返済をするという信用を元に紙幣は発行され
ている。市中銀行が中央銀行に預けている預金の準備率を変えることにより、マネーサプ
ライを操作する。政府が借りる場合も同じである。政府の場合は国債を発行して、中央銀
行を中心とした金融機関から借金をする。政府の収入には税と国債の発行がある。政府は
銀行に支配されないために税収をなるべく増やしたいと考える。増税への抵抗が大きいの
で、銀行からの借金に頼りがちである。
イングランド銀行や FRB は 100%民間の資本である。市中銀行の持ち主も同じ人達であ
り、彼らを国際金融資本家と呼んでいる。日本銀行の株式はまだ半分以上、日本政府が持
っている。FRB の総裁に元ゴールドマンサックスやらシティバンクの経営者が就任するの
は日本人にとって奇妙に思える。日銀の総裁に三菱やみずほの出身者が就くことは考えら
れない。日本では日銀総裁が、民間の金融機関に再就職することを天下りと批判される。
日銀総裁は長らく財務省(大蔵省)出身者と日銀出身者が交互に就任して来た。これは日
4
銀が半分は政府の持ち物、半分は国際金融資本家の持ち物であることをあらわしている。
通貨危機や経済危機が深刻になれば、中央銀行の手に余る。近年のラテン・アメリカや
アジアの経済危機も含めて、「信用創造」の危機は政治的な解決に委ねられる。そして、政
治の延長線上に軍事力が展開する。
5、軍事力による金融のグローバライゼーション
第二次大戦前のイギリスやアメリカのように財政赤字を垂れ流す国家が世界の覇権を握
ることに対して、疑問を抱く人がいるかもしれない。それは通貨がどのように発行されて
いるかが分かれば、それほど難しい問いではない。通貨を発行するためには政府もしくは
民間が借金をしなくてはいけない。国債をたくさん発行することにより、金融商品が増え
て金融市場が活性化するのは、副次的な効果にすぎない。問題は誰かが借金をしないとお
金が発行できない点にある。私企業は必要以上にお金を借りないから、政府に謝金させな
ければならない。その一番いい方法が戦争である。ダムの建設も、道路に穴を掘って埋め
ることも政府に借金をさせるひとつの方法である。しかし、土木事業には限りがあり、必
要以上のものはつくることができない。戦争は破壊だけであり、無限に政府に借金をさせ
る装置である。先進国と呼ばれる G8 が、他の国よりも戦争をしなくてはいけないのはその
ためである。
第二次世界大戦前の大英帝国は、植民地から輸入する現実の商品市場で常に貿易赤字を
出していた。貿易赤字分は、七つの海を支配する海軍力が強要した貢納である。第二次世
界大戦後のアメリカ合州国は、常に貿易赤字を続けている。このような赤字を継続できる
のは、金融のグローバライゼーションを支える大量破壊兵器の軍事力である。実物の商品
市場で、比較優位を維持しているのは、イージス艦やステルス戦闘機のような兵器が主流
である。
世界銀行や IMF は、運営に困っている。借金する途上国が減っているからである。世銀
や IMF などの開発系金融機関の役割は、先進国だけではなく発展途上国にも借金をさせて、
先進国のお金の発行を増やすことであった。しかし、途上国もそのような金融機関から借
金をすることをやめるようになってきた。たとえば、スリランカ政府はゲリラ掃討のため
にたくさんの武器を買っている。スリランカ政府を担っているシンハラ民族主義者も、
「税
金を増やして同じ国民であるタミル人を殺しましょう」とは言えない。タミル人の納税者
は当然として、シンハラ人の納税者でさえ増税に賛成しない。税金は破壊のためではなく、
建設的な目的のために使われなければ納得できないからである。
金兌換制度による通貨発行の制約がはずされて以来、ブレトン・ウッズ体制のよって世
界の基軸通貨の地位を維持していた米ドルは、軍事力の強化を支えた産軍複合体製の肥大
によって、パックス・アメリカーナを築いてきた。第二次世界大戦、冷戦による軍拡、朝
鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争と続く。米国の誇る自動車産業
をはじめとしてほとんどの製造業は、衰退の一途をたどってきたが、軍需産業だけは成長
を続け、世界最大の兵器輸出市場を主導している。
現代世界の金融危機を象徴するサブプライム・ローン問題は、もともと Credit Default
Swap とか Collateralized Debt Obligation の問題である。しかし、実物商品と対応しな
5
い金融業界用語の CDS や CDO はわかりにくいためややこしいので、低所得者用住宅という
実物に結びついたサブプライム・ローン問題に含めている。しかし、この問題の本質はモ
ラル・ハザードの問題であり、国際金融の本質を問う問題でもある。サブプライム・ロー
ンに付随して販売された CDS や CDO が問題でるが、逆にいえば CDS や CDO があったために
サブプライム・ローンの販売が促進された。
一千万円の住宅を低所得者が買おうとする。通常では審査が通らないので、アメリカで
は金利を高く取ることで融資してきた。頭金なし、1000 万借りて、10%の金利を合わせて、
年間 110 万×10 年=1100 万返済すると仮定しよう。金融機関(貸し手)から見ると 10 万
×10 年=100 万のキャッシュフローを生む資産である。しかし折角の資産であっても借り
手が返せなくなったら元も子もない。そこで、この資産に毎年 1 万円保険をかけることに
した。この保険を CDS と言う。本当は、もう少し広い意味で、デフォルト保証の保険のこ
とである。保険料分 1 万円を払うことにより、9 万円×10 年のキャッシュフローは見かけ
上、安全な資産となる。
金融機関はそのキャッシュフローを、1000 万円投資してくれる人に 8 万円で売ってしま
う。そうすれば 1 万円儲かる上に、もともと自己資金で貸した 1000 万が戻ってくるので、
また新しいローンを貸すことができる。さっさと売ってしまって回転させれば、同じ元手
が 1000 万円でも、もっと短期でたくさん稼ぐことができる。この 8 万円で売る商品のこと
を CDO という。この作業を証券化と呼んでいて、何らかの資産を担保にした証券を資産担
保証券(Asset Backed Securities)という。ABS の中でも特に債権を担保としたものが CDO
である。どのような債権を担保にしているかで名前が代わるし、実際には証券を発行する
専門のペーパーカンパニーを作って、買い手はその株を保有するような形にしたりする。
重要なのは、住宅ローンを売った金融機関は債権を証券化することで、少ない自己資金
でたくさんの住宅ローンの販売が可能になることである。また投資家は安全な CDO を買う
ことができるようになる。ただ投資家も慎重になり、CDS が破綻したら安全な資産ではな
くなるのではないかと疑う。そこで、CDO に問題がおきたとき優先的に支払いを受けられ
る部分をシニア債、その次をメザニン債、その下を劣後債と分けて売るようにする。格付
け会社もシニア債は AAA、メザニン債でも AAA や AA といった格付けをしていた。それなら
安心と投資家たちはこぞって買う。もちろんシニア債からの利払いは 6 万、メザニン債 7
万、劣後債 8 万などと差がつくので、高収益を求め劣後債を買った投資家も多くいた。最
初サブプライム・ローンの問題が出たときは劣後債の部分が毀損するだけだろうと思われ
ていましたが、どうやらそうではないというのが今の状況である。CDO の需要が増えれば
増えるほど、サブプライム・ローンの貸付は増え、本当は貸してはいけない顧客にも貸す
ようになってきた。貸し手の金融機関は債権を、簿外に置いたのでからである。まず一つ
目のモラル・ハザードがここにある。
サブプライム・ローンの販売、融資付けを行っていたのは政府系の住宅ローン会社や地
方の金融機関だが、CDS を引き受けていたのは世界的にも有名な投資銀行であった。彼ら
はリスク管理のプロだし、実際たくさんもうけていた。高い保険料を取っていたし、市場
規模も大きいので、大数の法則も働くと考えていたからです。また、大きな自己資本を持
っていましたのでどんどんリスクをとることができた。逆に言うと、資本を回転させるた
6
めに高いリスクを求めて行ったともいえる。これがふたつ目のモラル・ハザードである。
日本の大手銀行や生命保険会社にサブプライム・ローン関連の損害が比較的少ないのは賢
明だったわけではなく、90 年代、00 年代と過小資本にあえいでおり、新たな事業に乗り出
す余裕がなかったためである。
CDS の問題と CDO の問題がリンクしているのは CDS がデフォルトになれば CDO もデフォ
ルトになってしまうからである。保険会社が破綻していると、死んだ人に保険金は払えな
い。第三者が保険金の受取人になるのはモラル・ハザードを引き起こすのは当たり前であ
る。しかし CDO や CDS の場合、いくつかまとめて新しい金融商品になっていたりするため、
誰が最終的に持っているかわかりにくい。
いわゆるサブプライム・ローンの問題は、やや落ち着いているように見えるが、「レベル
3資産」の問題があるといわれている。通常金融商品は時価会計だが、資産によって、つ
ぎのように計算方法が決められている。
「レベル1資産」は、価格が市場で確定できる資産
「レベル2資産」は、独自計算式の推定価格と、確定した価格が混在している資産
「レベル3資産」は、理論的な時価を計算するのが難しい資産
当然ながらレベル3の資産が多いほど、その金融機関の資産評価は当てにならないとみな
される。サブプライム関連の CDO、CDS は通常レベル2資産だが、アメリカでは現在レベル
3に入れてしまうことを政府が認めている。つまり、本来は価値のない、もしくは大きく
毀損しているものを、価値が計算できないとして簿価で計上している。アメリカの金融管
理当局は、日本に対して厳しい会計原則を押し付けるのに身内には甘くなっている。この
延命をしている間に、石油等の商品価格の高騰でもうけて穴埋めをしようとしている。そ
の結果、マネーサプライが増えすぎてインフレ、ドル暴落を引き起こす一歩手前であるが、
2006 年からM3の発表をやめている。米国の軍事力が衰退しドルが暴落すれば、ユーロ、
中国元、ルーブル、ルピーなどの後継基軸通貨が目白押しに並んでいる。問題は、それに
対応する単一の軍事体制が成り立つかどうかである。
6、排出権取引市場の無理
2008 年 5 月 10 日の『日本経済新聞』によれば、国際金融市場の最大手であるシティグ
ループは、今後約 4 千億ドル(40 兆円)を超える資産を売却すると発表した。低所得者向
け住宅融資問題の打撃が大きいからである。昨年まで住宅抵当ローンを組み合わせた証券
は、低所得者とは無縁な金融機関によって不安なく買われていた。実物の住宅とは無関係
な証券化市場の拡大であった。本年 3 月大手証券のベアー・スターンズ社が資金繰りに困
り、FRBの特別融資を受けたばかりのJPモルガンチェス銀行に救済合併された。他方、証券
化された住宅ローンのヘッジファンド空売り投資に切り替えていたJPポールソンは、約 200
億ドル(2 兆円)の巨利を得たといわれる。これほどの金融危機により、国際的なドルの
評価が下がりドル安が続いている。しかし、基軸通貨としての地位はまら揺らいでいない。
IMFの調査によると、外貨準備高に占めるドルが 65%程度に対して、ユーロは約 25%であ
る8。
炭酸ガス排出権取引市場の創造は、戦争の問題と同じである。21 世紀は 20 世紀と比べ
7
て、戦争を起こすことが困難になっている。すでに全人類を数十回も抹殺できるほど大規
模な核兵器の体系が、主要国に築かれてしまったからである。このような大量破壊兵器を
実際に行使することは、ほとんど不可能に近い。20 世紀に試みられた社会主義革命の実験
もまた、同じように繰り返すことが困難である。今後も虚構の市場を発展させるには、戦
争や革命に代わる新しい破壊活動を探さなければならない。CO2 の排出権取引などという
のはお金を発行するために考えられた、新しい装置であろう。CO2 を排出しない、という
生産性のない事業のために政府は借金するようになる。この取引市場の主導権をめぐって、
ドルとユーロの角逐が進み、基軸通貨の地位が変わる可能性もある。
Point Carbon社(オスロ)のホームページによれば、2007 年の世界におけるCO2 排出量
取引市場の規模は、170 億トンの炭酸ガス排出権が取引され、約 400 億ユーロ(約 6 兆円)
に達した。同年末のノーベル平和賞による効果もあって、2020 年には 380 億トン分が取引
され、12500 億ユーロにまで成長するであろう、と予測している。この排出権取引市場に
ついては、環境経済学者の間で、日本への導入を主張する諸富徹とその導入に批判的な岡
敏弘との論争がある 9 。主たる論点は、排出枠の権利配分を定める初期配分のあり方が、
有効性と効率性を持つかどうかである。しかし、有効性と効率性よりも根本的な問題は、
ありもしない権利を「創造」して、それを証券化し売買するところにある。このような市
場が成長すればするほど、私たちの暮らしが豊かになるといえるだろうか。
生命保険会社で働く大半のセールス・レディは、経済学を学ばず、学位も持っていない。
しかし、保険金を受け取る権利を虚構の市場で売買すれば、社会に破壊的な作用を及ぼす
モラル・ハザードが避けられないと心得ている。同様に、低所得者向けに安価な住宅を提
供する施策は、世界の諸地域で広く行われている。そのような現実の必要は、誰も否定で
きない。しかし、その住宅ローンを証券化し、虚構の商品としてオプション取引市場にゆ
だねると、たいへんなモラル・ハザードが発生する。二酸化炭素の排出権を商品化し、擬
制の市場で取引するようになれば、一段と環境破壊を拡大する恐れがある。現実に私たち
の暮らしに脅威を及ぼす有害物質があれば、その使用を直接的に制限するよりほかない。
取引権市場の創造は、人びとの暮らしをこれまで以上に「生きづらく」させる恐れがある。
仮に予測通りの急成長を遂げるとしても、いつかどこかでサブプライム・ローンと同じ
ように、市場の失敗という恐れが付きまとう。巨額の損失を処理しきれなくなれば、軍事
力の行使が、最終的な解決策となるであろう。
7、むすび
長期的には、仮想の金融市場を縮小して、現実の商品市場だけで「生きづらくない」暮
らしを再建するよう、人びとの協力を期待したい。そして、G8 サミットに参加する大国が、
日本国憲法第 9 条の定めるところに従い、虚構の市場を支える軍事力の行使を放棄するよ
う望みたい。
環境問題に即して言えば、次のようなアイヌの故知に学びたいものである。アイヌの昔
話には、「いまここにあるもので満足し、何を欲しいとも何を食べたいとも思わずに暮ら
す」というリフレインが、話の合間に繰り返される 10 。質素で倹約するアイヌの美徳を、
金融グロバライゼーションのモラル・ハザードに置き換えよう。
8
注
1
安富歩『生きるための経済学』、日本放送出版協会、2008.
中村尚司『地域自立の経済学』、日本評論社、1998.
3
『風土記、日本古典文学大系2』、岩波書店、1958.
4
Cf. F.Soddy,Wealth,Virtual Wealth and Debt:The Solution of The Economic
Paradox, London, 1926.
2
F.Soddy, The Role of Money, London, 1934.
5
室田武『エネルギーとエントロピーの経済学』東洋経済、1979.
6
桂木健次「経済学は環境研究とどう向き合ってきたか」、高多・野上・林・桂木共編著『社
会環境学への招待』、ミネルヴァ書房、2006.
7
Tawney, R. H., Religion and the Rise of Capitalism; A Historical Study (Holland Memorial
Lectures, 1922), Peter Smith, Gloucester, MSS., 1962, p.35.
8
竹中正治「基軸通貨ドルの地位は揺るがない」、『選択』誌 2008 年 4 月号 3 ページ.
9
諸富徹「排出量取引は幻想ではない」、『経済セミナー』2008 年 6 月号、18-23 ページ。
岡敏弘「排出権取引の幻想」、『世界』2007 年 11 月号、245-55 ページ。
萱野茂『アイヌの昔話』平凡社、1993 年、154 ページ‥。
10
9
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