進歩性ケーススタディ「周知技術・慣用技術」 平成 22 年 9 月 24 日 報告者:森 ○拒絶理由で通知した引用例に周知技術を加え、拒絶理由を改めて通知することなく 拒絶の審決をしたことに手続的違背はないと判断した事件 1.事件 東京高判平成 4.5.26(平成 2(行ケ)228) 及びそれを達成するための装置」 「土壌環境の相対湿度を制御する方法 2.経緯 昭和 53.3.2:米国特許出願(882789) 昭和 54.3.2:パリ条約に基づく優先権を主張し、PCT出願(PCT/US79/00127) 昭和 54.9.20:国際公開(WO79/000694) 昭和 54.9.3:翻訳文を日本国特許庁に提出(特願昭 54-500518) 昭和 55.5.8:国内公表(特表昭 55-500270) 昭和 61.4.15:拒絶理由通知 昭和 61.11.20:意見書、手続補正書提出 昭和 63.10.21:拒絶査定 平成 1.2.20:拒絶査定不服審判請求(審判請求と同時に手続補正書提出) 平成 2.4.3:棄却審決(拒絶査定維持) 平成 2.6.18:謄本送達、出訴 平成 4.5.26:判決(棄却。拒絶審決維持) 3.審決時のクレーム 【請求項1】(本願第1発明) 周囲環境の相対湿度を予め定められた値すなわち所定値に保つように,水の流れを 制御するものであって、前記所定値に対する周囲環境の相対湿度の増減を、相対湿度 100%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の25倍以上に膨潤可能な物質の 湿透膨潤又は収縮によって感知し、この物質の膨潤又は収縮で、それぞれ周囲環境へ の水の流れを遮るか又は加減して、前記相対湿度を前記所定値に保つことを特徴とす る土壌環境の相対湿度を制御する方法。 【請求項7】(本願第2発明) 室を設けた本体部分、 水路に、このバルブ本体部分を取りつける手段、 水路を開閉するために、水路に設けられた圧縮性手段、 前記室内に含まれる、前記水路における前記圧縮性手段を開閉するための、浸透圧 感知手段(相対温度100%で水と平衡な状態で、乾燥時の体積の25倍以上に膨潤 可能な物質)、を含むことを特徴とする浸透性相対湿度感知・制御バルブ。 (作用効果) 連続した素地上の、一または多数の植物に、それぞれ必要とする水分を自動的に供 給する。 1 4.審決の要旨 4−1.引用例 ・引用例1(米国特許 3204872 号明細書)、引用例2(米国特許 3426539 号明細書) には、周囲環境の相対湿度を所定値に保つように、水の流れを制御する方法が開示 されている。前記所定値に対する周囲環境の相対湿度の増減を、レッドウッドの樹 皮の細長いブロックの浸透膨潤又は収縮によって感知し、このブロックの膨潤又は 収縮で、それぞれ周囲環境への水の流れを遮るか又は加減して、前記相対湿度を上 記所定値に保つ土壌環境の相対湿度を制御する方法が示されているものと認められ る。 4−2.一致点及び相違点 <一致点> ・所定値に対する周囲環境の相対湿度の増減を、相対湿度に応じて浸透膨潤又は収縮 する物質によって感知し、その物質の膨潤又は収縮で、それぞれ周囲環境への水の 流れを遮るか又は加減して、前記相対湿度を上記所定値に保つ点。 <相違点> ・本願第1発明では、相対湿度100%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の 25倍以上に膨潤可能な物質を用い、体積変位により相対湿度を感知する。 ・一方、引用例1、2では、レッドウッドの樹皮の細長いブロックを用い、特定方向 への伸縮により相対湿度を感知している。 4−3.相違点についての検討 ・本願第1発明の水膨潤性物質は、「高吸水性ポリマー」の組成を代表するものとし て一般に知られているものである。 ・「高吸水性ポリマー」は、本願第1発明の出願時において、その存在、性質(自重 の数十倍∼数百倍の水を吸収しうるとともに、平衡吸湿率を有すること)が一般に 知られている(1974 年米国農務省北部研究所発表、特開昭 52-51153 号、特開昭 5261183 号等。以下「周知例1∼3」とする)。 ・このような高吸水性ポリマーを相対湿度の感知物質として採用することに格別の困 難性は認められない。 ・第1発明の「相対温度100%で水と平衡な状態で、乾燥時の体積の25倍以上に 膨潤可能」という条件にも臨界的意義なし。 ・前記相違点は、前記周知事項から当業者が容易に想到し得たものである。 ・従って、本願第1発明は、引用例1,2、及び前記周知事項に基づいて当業者が容 易に想到し得たものというべきである。 ・第2発明も同様。 4−4.拒絶理由通知の要否 ・なお、当審において改めて前記引用例1、2を記載した拒絶理由を通知するとすれ ば、前記原審の拒絶理由と同趣旨のものとならざるを得ないし、この拒絶理由に対 しては、請求人(出願人)はすでに意見を述べており、しかも、その後の2回にわ たる明細書の補正によって可能な範囲の対応がなされたものと考えるから、改めて 同意見の拒絶理由を通知する必要はないものと認める。 2 5.裁判所の判断(抜粋) 5−1.手続違背について ①ところで、拒絶理由通知制度は、審査官(又は審判官)が出願を拒絶すべき理由を 発見したとき、出願人に対し、その旨を通知することによって、出願人に意見書、 さらに必要があれば手続補正書をも提出する機会を与え、もって特許出願制度の適 正妥当な運用を図ることにあるから、同法第159条第2項の規定により特許庁審 判官が査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合として再度拒絶理由通知を要 するかどうかは、改めて拒絶理由通知をするのでなければ出願人の防禦権行使の機 会を奪い、出願人に保障された利益保護に欠けることになるかどうかにより判断す べきである(その場合拒絶理由通知には既に示されているが、査定の理由とされて いない理由に基づいて審判請求を成り立たないとするときは、出願人には意見書に より弁明、防禦の機会を与えられているから、改めて拒絶の理由を通知しなくとも 出願人の利益保護に欠けるところはない。)。 ②そこで、本件審判手続において、拒絶理由通知に示された第一引用例及び第二引用 例に加えて、これに示されていない周知事項を加えて本願第一発明が進歩性がない とする場合査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合として拒絶理由通知を要 するかについて判断する。 前記審決の理由の要点によれば、審決認定の周知事項は、本件出願前に高吸水性ポ リマーという物質が存在したこと及び当該高吸水性ポリマーの性質に関するもので あり、本件出願当時の技術水準に照らし、右事項が当業者一般に知られ用いられて いる技術、すなわち周知慣用の技術であることを示している。 ③このように、周知慣用技術は、当業者が熟知しよく用いられている技術であるから 、これを拒絶理由通知に示さなくても、当業者であれば、その技術内容は当然理解 しているということができ、出願に係る発明に進歩性がないとする拒絶理由通知に おいて、そこに引用された技術文献のみでは当該発明との間になお相違点がある場 合にその点については周知慣用の技術を置換することにより進歩性がないとする趣 旨であることが容易に理解し得る場合も少なくない。 ④これを本件についてみるに、本願第1発明と第1引用例及び第2引用例の発明とが 審決認定の点で一致し、用いる水膨潤性物質の点において相違することは当業者で あれば容易に理解し得ることである。そして、本願明細書には実施例に用いる「水 溶性又は水膨潤性物質14は、典型的には、例えばポリアクリルアミド、ポリビニ ルアルコール系などから導かれる固形ゲルのようなヒドロゲル(※「高吸水性ポリ マー」のことを言っている)」と記載があり、この物質が格別新規な物質ではない ことはその記載事項から明らかである。 ⑤また、・・・前記拒絶理由通知に対する意見書に、「本願発明で使用する物質は、 湿度によって膨潤したり収縮したりするものであり、相対温度100%で水と平衡 となったとき、乾燥容積の約25倍にも膨潤しうるものである。一般に少し架橋さ れたヒドロゲルなどが使用されるが、このように湿潤膨潤性の著しいヒドロゲルの 湿透圧変化に対する挙動は、親水性ポリマーの液体浸透性溶液に相当する。・・・ 」・・・と記載されていることが認められることからも、原告は以上の事項を明確 に理解した上で拒絶理由通知に対応した意見書を提出していたものというべきであ る。 3 ⑥したがって、拒絶理由通知には第1引用例及び第2引用例しか記載されていないが 、それは、本願第1発明で用いる水膨潤性物質たる高吸水性ポリマーの右性質が周 知であることを当然の前提にしているものであり、右拒絶理由通知を受けた原告は 、前記意見書において、第一引用例及び第二引用例の発明で用いる水膨潤性物質を 本願第一発明の高吸水性ポリマーに置換することの困難性の理由として、第一引用 例及び第二引用例の発明のハウジングは開口していて膨潤する高吸水性ポリマーは 保持できないというのみで、高吸水性ポリマーが新規な物質であるとか、その性質 が新規に見出されたものである等、第1引用例及び第2引用例の発明や本願第1発 明のような、ある物質の平衡吸湿率を利用して土壌の湿度に応じて水路の開閉を行 い、土壌の湿度を一定に保つという方法において用いること自体を想到することの 困難性は主張してはいないから、通知された拒絶理由が、第1引用例及び第2引用 例の発明に用いるレッドウッドの樹皮を周知の高吸水性ポリマーに置換することが 容易であるという趣旨であることは理解していたものと認められる。 ⑦以上のことからすると、本件出願当時、高吸水性ポリマーが開発され、平衡吸湿率 を有するという周知事項は、通知された拒絶理由には明示的には示されてはいない ものの、実質的には示されていたものと認めるのが相当であり、原告の防禦権は確 保されていたものというべきである。 ⑧・・・本件手続が右法条(※特許法第159条第2項で準用する同法第50条)に 違反するかどうかは、特許庁審判官が拒絶理由通知に示された第1引用例及び第2 引用例に加えて、これに示されていない周知事項を加えて本願第1発明が進歩性が ないとする場合、査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合として再度の拒絶 理由通知を要するかどうかであって、当該周知事項とされたものが客観的にみて当 時の周知技術であったかどうかに左右されるものではない(審決が周知事項の認定 を誤った結果、本願発明と第1引用例及び第2引用例の発明との相違点の判断を誤 ったかどうかは、手続違背とは別個の審決における相違点の判断の誤りの問題であ る。このことは後記四において判断する。)。 ⑨また、原告は、本件拒絶理由通知に周知例1ないし3(※上記周知例1∼3のこと )を挙げなかったことを前記法条違反の理由とするが、周知慣用技術は、当業者が 熟知しよく用いられている技術であるから、周知慣用の技術内容を特定すれば足り 、その根拠を一々例示することを要するものでない。言い換えれば本件において審 判手続に前記法条の違反が存するかどうかは前記周知事項を加えた拒絶理由を再度 通知することを要するかどうかの問題であって、周知例を挙げることを要するかど うかの問題ではない。したがって、原告の右主張もまた理由がない。 ⑩よって、審決に原告主張の手続違反はなく、この点に関する原告の主張は理由がな い。 5−2.相違点の判断について ①以上(※裁判所は、乙第1号証の1、2、第2号証、第5号証の記載を参照して、 出願当時に高吸水性ポリマーが周知であったことを様々に説明した)によれば、本 件出願当時、高吸水性ポリマーが開発されて周知であったことは勿論、その性質・ ・・は周知であったと認めることができる。したがって、審決が右の事項を周知と 認定したこと自体に誤りはない。 4 (中略) ②しかし、第1引用例及び第2引用例の発明の装置において、水膨潤性物質としてレ ッドウッドの樹皮に代え、高吸水性ポリマーを使用する場合に原告主張のような難 点(※膨潤したポリマーが開口部分からはみ出して量が減少する)があれば、当業 者はただ開口部分の大きさ・・・を適宜調節すればよいことであり、その置換の困 難性をいう原告の主張はおよそ認め難いものである。 以上 5
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