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AUTOSAR – すべてに対応するのか?
この10年間、 AUTOSARはカーエレクトロニクスの世界を形づくり、発展させてきました。そして今日、 AUTOSARは
分散した機能を効率的に実装し、作成元が異なるソフトウェアコンポーネントを統合するための基盤となっています。
しかし、求められる生産性の向上は、この新しい規格に開発プロセス全体が準拠して初めて実現するのです。
マイクロコンピューターを用いたカーエレクトロニクスの草創期、
ECUはエンジン管理やトランスミッション制御といった機能単位に応じ
て個別に開発され、他のECUとの協調は、PWM信号を伝送するケー
ブルなどの制御ラインで実現されていました。しかし、機能の拡大に
たに追加したりする場合も問題で、協調やテストの作業がさらに必要
になりました。
この打開策として、自動車メーカーとサプライヤーは2003年、
AUTOSAR (AUTomotive Open System ARchitecture) コンソーシア
よって制御ラインの数とそのコストが増加の一途をたどったことから、
ムを設立しました。その標準化によって、アルゴリズムを無修正で他
1983年、BoschがネットワークプロトコルのCAN (Controller Area
Network) の開発に着手、1990年にはその最初の量産車への実装が
行われました。これによってECU間での大量のデータ交換がリアルタ
イムで行えるようになり、開発者技術者が「Keyless Go」をはじめと
メーカーのECUに統合することが可能になり、複数のECUへの機能分
散が効率化することが期待されました。
ベーシックソフトウェアに留まらず
する数々の便利機能をクリエイティブに実装できるようになったと同
時に、安全、燃費、排出ガスの面でも大幅な改善がなされるように
10年を経た今もAUTOSARは重要なトピックですが、それには相応
なりました。
の理由があります。 100を超える企業がいくつもの作業部会で仕様
ただし、
「1つの機能に1つのECU」というアプローチは変わらず、
ECUは各サプライヤーが単独で開発・製造を行っていました。 1つの
機能の実装に製造元が異なる複数のECUを使用する場合は、それら
た。 AUTOSAR対応の量産車が市場に投入され、現在では多くの自動
を協調させるための追加作業と膨大な数の統合テストが否応なしに
それ以外のメーカーの関心も軒並み高く、その合流も時間の問題で
必要でした。新世代の車両用にECUのサプライヤーを変更したり、新
す。 AUTOSARは熱狂的な歓迎を持って迎えられたため、当初寄せら
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の策定に当たり、その間に4番目のメインバージョンが公開されまし
車メーカーがAUTOSARに対応した車両の開発に取り組んでいます。
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は複数の自動車メーカーに統一したソフトウェアプラットフォームを使
用できるようになります。とはいうものの、AUTOSARは当初から開
発プロセス全体に主眼を置いてきました。そのため、関係するパート
ナー同士のインターフェイスの標準化と手法モデルの定義が行われ
ています。 AUTOSARはその全要素が体系的に実装されてこそ、本領
を発揮できるのです。
新たな分業体制
以前であれば、自動車メーカーはECUごとに文字ベースの仕様
書を作成し、その実装をサプライヤーに外注してきました。しかし
図1:
Gartner Incによる「ハイプサイクル」
AUTOSARにより、トータルな「カーエレクトロニクス」システムの設
計から機械可読の精密な仕様要件を生成し、共有することが可能に
なります。どのサプライヤーも、それらの要件を確かなプロセスで、
効率よく実装できます。これによって分業が可能になるうえ、以下の
レベルでのパートナー間のインターフェイスでも、作業の手間が軽
れた期待はやや過分なものでした (図1)。やがて、仕様の内容の増
減されます。
加に伴い、単純でコスト効率のよいソリューションを求める声に応え
> ECUハードウェア
ざるを得なくなっていきました (図2)。
> ベーシックソフトウェア
AUTOSARは基本的にベーシックソフトウェアを対象とするものだ
と思われがちです。もちろん、このベーシックソフトウェアが重要な
> アプリケーションソフトウェア
> 統合および包括的テスト
コンポーネントであることは間違いありません。これにはオペレーティ
ングシステム、通信および管理サービスが含まれており、実際のアプ
このような分業には数多くのメリットがあります。専門企業に特定
リケーション (Runtime Environment) に対する統一のインターフェ
の分野を外注すれば、よりよいソリューションを、より経済的に入手
イスを提供します。自動車メーカーやサプライヤーは、AUTOSARへ
できます。そういった企業はECUハードウェアメーカーから、ベーシッ
の移行をベーシックソフトウェアから始めるケースが多いのですが、
クソフトウェアコンポーネントのサプライヤー、個別の運転者支援シ
ベーシックソフトウェアの仕様は検証が充分行われているうえ、実装
ステムの開発元、複雑な支援システムの特定のパーツ専門のサプラ
も多くの製造元から提供されているため、これは合理的な手順であ
イヤーに至るまで幅広く存在します。自動車メーカーは自社の競争
るといえます。しかも、この手順を踏むことで、ECUのサプライヤー
優位性に関わる作業を担当し、複雑な技術革新の達成を図ります。
図2:
AUTOSARは決してシンプルではない―増加する
仕様の内容
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図3:
汎用的なプロセス:AUTOSARを用いたソフトウェア開発
こうすることで、競合他社がその開発の革新的な内容を、サプライ
ツール
ヤーを介して労さず手に入れるような事態を回避できます。加えて、
システム全体の構成が明確化するため、個々のコンポーネントの再
利用が非常に広い範囲で可能になります。
この新たな手法の導入には、サプライヤーチェーンに含まれる全
開発ツールはAUTOSARの仕様本体と並行して作成せざるをえな
かったため、当初の完成度は必ずしも高くはありませんでした。ツー
ルに求められるパフォーマンスのレベルが上がるほどその開発は
関係者の手法の再編が欠かせません。 AUTOSARには一貫してフロン
困難になり、投入や成熟も進まなかったのです。 近年はAUTOSAR
トローディングが必要です。委託 (または再委託) 先のサプライヤー
仕様も安定し、量産プロジェクトの経験も蓄積してきたことから、
には仕様をさらに精密に、正式な形で策定することが求められ、それ
には責任と職務に関する現在の手法からの大幅な見直しとシフトが必
今では量産に使用できる高性能のツールが多数登場しています。
「PREEvision」はその一例といえるでしょう。 PREEvisionはE/E製品
要です。その結果生じるのは全業界的な変更のプロセスであり、そ
の開発プロセス全体をカバーする、AUTOSARに準拠した開発プラット
れは多くの関係者にとって楽なものではありません。 今、業界は改
フォームです (図3)。 PREEvisionでは、E/Eアーキテクチャーの設計、
変のただ中にあります。 移行の間、関係するパートナーの数が非常
評価、最適化、文書化が1つのツールとして統合されており、インター
に増加し、サプライチェーンの連携に要する手間が大幅に増えること
フェイスの定義をAUTOSAR形式でエクスポート/インポートできます。
は珍しくありません。そこにはリスクが潜んでいます。鎖の強さは最
要件分析からコラボレーションプラットフォームの提供、そして最終
も弱いリンクで決まります。関係者がこれほど多く存在する中で、変
的にはバリアント管理に至るE/Eの開発分野を包括的にサポートする
更を短期間で済ませ、エラー分析を手早く行うのは、相当の困難を
には、その他のコンポーネントが必要です (図4)。
伴う仕事になるかもしれません。このフェーズのプロジェクトでは、
AUTOSARも含め、規格にはイノベーションの足かせとなりうるリ
AUTOSARで期待通りの効果が得られず、コストばかりがかさむような
スクが潜んでいます。そのようなリスクを現実的なアプローチで回避
場面も出てきます。
「幻滅期」は、あらゆる変更プロセスが通る道で
できることを示す目下の例が「車載Ethernet」です。この規格の策定
す (図1)。したがってここで目標とすべきは、変更をできるだけ速く、
は最初の実装と並行して進められていますが、それによって現実的
かつ体系的に、
「走りながら」済ませてしまうことです。その関係者の
な規格の迅速な規定が促され、迅速な市場投入が可能となっていま
成熟度レベルによりますが、AUTOSARの手法による車両開発には、
す。 最初の実装が暫定的な規格のレベルに基づいて行われるため、
それだけの価値が確かにあります。 可及的速やかに「生産性の安定
後から別途修正が必要になるというマイナス面もあります。
期」への到達を図るべきなのです。ここで大きな貢献を果たすのが、
高性能のツールチェーンです。
図4:
「PREEvision」プラットフォームの内容
1つのツールですべてに対応:
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「標準化のための標準化」ではない
執筆者:
ヘルムート・シェリング (Dr.)
ベクター・インフォマティック (ベクター本社:
ドイツ、Vector Informatik GmbH) の創業者
および経営陣の一人。
AUTOSARは数十年にわたって進化してきた、継続的かつ一貫性
のあるカーエレクトロニクスの開発手法の標準化です。 AUTOSARは
実績のある、確立された方法を基盤とする一方で、最新のソフトウェ
ア技術も利用し、新世代の車両機能の開発を可能にしています。運
転の自動化に向けた進歩は、複雑さと安全性に関する新たな要求を
生み出しています。しかし、標準化はそれ自体を目的としたものであっ
てはなりません。考えられるデメリットをメリットが上回るのはどこま
でか、そして破壊的技術によって、既存のプレイヤーが排除される
恐れはないのかを綿密に見極めることが大切です。一部の新しい電
気自動車メーカーやGoogleの自動運転車両を考えれば、そうすべき
兆しはすでに表れているのです。
本稿は2014年3月にドイツで発行されたMobility 2.0に掲載された
■ 本件に関するお問い合わせ先
ベクター・ジャパン株式会社
営業部 (組込ソフトウェア関連製品)
TEL: 03-5769-7808
E-Mail: [email protected]
ベクター執筆による記事を和訳したものです。
提供元:
見出し画像、図1 ∼ 4:Vector Informatik GmbH
リンク:
ベクター ・ジャパン:www.vector-japan.co.jp
PREEvision:www.vector-japan.co.jp/preevision
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