Technical Article

Technical Article
MICROSARを活用して欧州向け車載ラジオ製品を
AUTOSAR ベースで開発
カーステレオやカーナビゲーションシステムを開発するアルパイン株式会社(以下、アルパイン)は、 2013年の年末
に量産を迎える欧州自動車メーカーから依頼を受けた車載ラジオ製品を、 AUTOSARベースで開発しました。 2010年
10月の開始から1年ほどの期間でCAN、 DIAG等のAUTOSAR機能部位の開発を完了し、その後、そのほかのSW-Cの
開発を経てプロジェクトを完了。 AUTOSARのプラットフォームとしてベクターのMICROSARを使用するとともに、既
存ソフトウェア資産を生かす独自のラッパーを開発するなどして、厳しいスケジュールと品質要求に対応しながら短期
開発を実現しました。
車載ソフトウェア資産の共通化を実現するAUTOSAR
「AUTOSAR」
(Automotive Open System Architecture)が定められ
ました(図1)。
パワートレイン、安全機能、インフォテイメントなど、クルマのあ
AUTOSARの詳細については、たとえばベクターがインターネット
らゆる部分に電子化の波が押し寄せています。 従来のメカや油圧か
上で公開している「はじめてのAUTOSAR」
(※1)などを参照していた
ら、いわゆる「E/Eアーキテクチャー」
(E/E=電気/電子)への転換と
だくとして、きわめて簡潔に説明すれば、制御マイコンなどハードウェ
もいえるこうした動きはこれからもさらに加速していくでしょう。
アの違いを隠蔽しつつ、その上に搭載されるアプリケーションソフト
電子化によってクルマの機能は豊かになる一方ですが、その代償
として制御ソフトウェアの開発工数はかつてないほど増大し、自動車
ウェア資産の共通化や再利用を図る仕組み、といえます。
(※1)
『はじめてのAUTOSAR 』http://www.vector.com/ds_beginners-autosar_jp/
メーカーやサプライヤーにとっては大きな負担になっています。
このような課題を解決するべく、車載ソフトウェア資産の共通化や
再利用を図ることを目標に、欧州を中心とする自動車メーカー、サプ
欧州自動車メーカーの推奨もありMICROSARを選択
ライヤー、エレクトロニクスメーカー、半導体ベンダー、ソフトウェ
AUTOSARは車載ソフトウェアの開発効率を高めてくれるというメ
アベンダーなどによって、車載ソフトウェアの標準アーキテクチャー
リットをもたらしますが、AUTOSARを初めて取り扱うメーカーやサプ
January 2014
1
Technical Article
図1:
AUTOSARの構造
ライヤーにとって膨大な仕様書を読んで全貌を把握するのは負担が
大きく、また、具体的な実装方法の把握も難しいといった課題が指
摘されています。
カーオーディオやカーナビゲーションシステムを手掛けるアルパイ
ンもその一社でした。
「欧州の自動車メーカーに車載ラジオをOEM供
給することになったのですが、AUTOSARリリース3ベースでの開発が
調達要件(RFQ)のひとつとして先方から指定されました。しかし当社
はこれまでAUTOSARでの開発経験がなく、初めての取り組みとなり
ました」
(アルパインOEM製品開発部の草野友博氏)。
なお、当該の車載ラジオはルネサス社のSH2Aマイコンで構成さ
れ、µITRONベースのソフトウェア資産がすでに存在しています(図2)。
同社では直ちにAUTOSARの導入に向けて動き始めました。まず
開発基盤として、ベクターのAUTOSAR向け組込みソフトウェア製品
群である「MICROSAR」を選択しました。
「発注元である欧州自動車
メーカーからMICROSARが推奨されたことや、CANバス関連の開発
図2:
AUTOSARベースで開発が進められた
欧州自動車メーカー向け車載ラジオ
環境で以前からベクターとはお付き合いがあったことなどを考えて選
択しました」
(草野氏)。
続 い て、 ベ ク タ ー に よ るコ ン サ ル ティン グ も 交 え な がら、
(ベーシックソフトウェア)で実現できる機能の把
AUTOSARの「BSW」
握を行いました。不必要な機能やアルパイン側で内製できる機能を
除外し、MICROSARの中から必要なBSWのみを契約しています。
具体的には、エラーレポート、通信実施有無の管理、およびECU
状態管理などを司る「MICROSAR SYS」、フラッシュメモリなどを管
理 する「MICROSAR MEM」、CAN制 御 の「MICROSAR CAN」および
「MICROSAR COM」などを採用した一方で、既存ソフトウェア資産
の変更量が多くなることなどを考慮して、実行環境の「MICROSAR
RTE」は採用しませんでした。また、OSは従来のままµITRONベース
とし、
「MICROSAR OS」を採用しませんでした。
全体の構成を図3に示します。マイコンハードウェアを抽象化する
「MCAL」
(マイコン抽象化レイヤー)は開発スタート時点ではマイコ
January 2014
図3:
今回開発した車載ラジオのソフトウェアスタック
2
Technical Article
ンベンダーから提供されていなかったためアルパインで開発してい
こうした取り組みの甲斐あって、客先の要求どおり2011年2月に評
ます。 BSW群は前述のとおりベクターのMICROSARを使用しました。
価ボードベースのサンプル機を提供。また、2011年4月には製品ハー
車両側の仕様に依存する「Complex Driver」
(複合ドライバ)は発注
ドベースのサンプル機の提供を果たしています。なお、AUTOSAR周
元である自動車メーカーからの提供を受けています。アプリケーショ
りの開発はこの時点でほぼ完了し、その後はアプリケーション層にあ
ン層に相当する「SW-C」
(ソフトウェアコンポーネント)
は、µITRONベー
たるSW-Cの開発に比重が移っていきました。
スの既存資産を活用しながらアルパインで開発しました。
ラジオチューナーやUSBオーディオ再生などの機能で構成される
「Virtual MOST」と名付けたコミュニケーションサーバー層
SW-Cは、
RTEを使わず独自のラッパーで既存資産を活用
を介してµITRONとインタフェースする従来のアーキテクチャーを踏
襲し、MICROSARのRTEは使わずに専用のラッパーを開発してBSW群
実際の開発では最初にスケジュールが課題に挙がったといいます。
「開発をスタートしたのは2010年10月ですが、2011年2月までに評
価ボードベースのサンプル機を客先に提供しなければならず、非常に
厳しいスケジュールでAUTOSAR対応を進める必要がありました」と草
野氏は振り返ります。
その対応策として、まずベクター講師陣により、AUTOSARの開発
とインタフェースするように工夫しました(図5)。草野氏は「ラッパー
の開発工数は5人月程度で済み、SW-CをRTEに対応させた場合に比
べて工数を抑えられたと考えています」と述べています。
その後さまざまなテストを経て、すべての機能を実装したバグフ
リー版のサンプル機が2011年10月に完成し、2013年末に量産を開
始しています。
フロー、BSWの機能概要、MICROSAR環境やBSWの設定方法などを
テーマとするトレーニングをアルパイン社内で実施し、開発担当者の
スキルアップを図りました。並行してMCALの開発を速やかにスタート
させています。
AUTOSARリリース4での製品開発もスタート
ほか、ECUのコンフィギュレーション記述「EcuC」、ベクターのコード
AUTOSARベースでの開発で気になるのが工数の増加ですが、他
業務との掛け持ちでMICROSAR BSWの設定作業に2名(開発終盤で
は1名)、インテグレーション作業に同じく掛け持ちで3名(開発初期
のみ)、およびラッパーの開発に5人月程度を要しただけで、大幅な
生成ツール「GENy」、ベクターの開発ツール「DaVinci Configurator
増加はなかったと草野氏は明かします。
続いて、MICROSARの各BSW群、アルパインで開発したMCAL、
顧客提供のComplex DriverやCANデータベースファイル(*.dbc)の
Pro」等を組み合わせたインテグレーションをベクターと共同で実施し
また、ベクターが提供したMICROSARの品質も満足のいくものだっ
ました(図4)。
「サンプル機提供までのスケジュールが逼迫していたこ
たと草野氏は述べています。
「評価の過程でいくつかの問題が見つか
ともあって、最終的には自動車メーカーのある欧州に出向いて、ベ
りましたが、ほとんどが設定ミスや使い方の誤り、あるいは他のツー
クターの担当者にも合流してもらいながら、インテグレーションと結
ルに起因する問題で、MICROSARそのものの問題はわずか1件しかあ
合テストを行いました」
(草野氏)。
りませんでした。しかもどのような細かい問い合わせにも一日以内に
図4:
MICROSARを使った
インテグレーションの流れ
January 2014
3
Technical Article
図5:
ソフト資産の変更量を抑えるために
RTEの代わりに独自ラッパーを開発
ベクター・ジャパンから一報があり、そのサポートレベルにもとても
ベクター・ジャパン株式会社
満足しています」。
組込ソフト部
すでにアルパインでは2016年の量産に向けて、新たな製品を
櫻井 剛
「今回見送ったMICROSAR
AUTOSARリリース4ベースで開発中です。
RTEへの対応が次の製品では必要になると考えています。 ベクター
助けていただきました。微力ながらも、弊社のAUTOSARソリューショ
の協力ももらいながら、新たな製品開発に取り組んでいきます」
(草
ンが開発の効率化に貢献できたことを大変嬉しく思います。今後も、
野氏)。
お客様のご要望にお応えできる製品とサービスの提供に努めてまいり
欧州自動車メーカーの調達要件ではAUTOSARが必須になりつつ
「アルパイン様のエンジニアの方々の技術の高さにより、弊社も
たいと思います」
ある昨今、MICROSARの導入によってAUTOSARでの実装を短期間か
つ省工数で実現したアルパインの事例は、他のサプライヤーにとって
も参考になるに違いありません。
画像提供元:
表紙および図1:ベクター・ジャパン
本件を振り返って
アルパイン株式会社
OEM製品開発部
草野 友博 氏
「品質に優れたMICROSARとベクターのサポートのおかげで、お
客さまである欧州自動車メーカーの厳しいスケジュールと品質要求に
図2 ∼ 5:アルパイン
■ 本件に関するお問い合わせ先
ベクター・ジャパン株式会社
営業部(組込ソフト関連)
(東京) TEL: 03-5769-7808
E-Mail: [email protected]
対応することができました。今後、AUTOSARベースでの開発がより
重要になってくることは確実で、今回の経験と知見を社内の他部署や
次の製品へと生かしていきたいと考えています」
January 2014
4